世の中の経済、誰が決めてるか、ご存知だろうか。
実は経済の神様ってのがおわしマシて、彼が決めてるのだ。とは言うものの、昨今の経済はフクザツなので、一人じゃ大変。なので手下の魔女に手伝わせてる。
さて、これはその魔女のハナシ。
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魔女の名前はモイラ。そう、運命の女神だ。何しろお金がすべてって時代、運命の女神が経済の神様の下請けをしてるってのは分かるハナシだろう。
モイラは言うまでも無く、絶世の美女。でもって、永遠に25歳。お肌の曲がり角の手前に右足、向こうに左足を突っ込んでる。彼女の家は、モーニングバレーっていうちょいおしゃれなネーミングの街にある。商店街の中程にある細い階段を上っていくと、大きなテーブルがあって。。。いわゆるカフェのような営業形態だ。ここで日本中のニンゲンの命より大切なお金にまつわる運命を全部決めちゃってるんだから、恐ろしい話だ。
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さて、今日もモイラは仕事に励んでる。せっかくなので、彼女の仕事の内容を紹介しよう。
彼女の家の棚にはたくさんのリンゴが並べられてる。色とりどり。これが彼女の商売道具。
このリンゴで彼女はニンゲンの運命を決めて行くのだ。
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今やってるのは、中下家。
4人家族 夫婦と女の子と男の子の家族。
ここんちのリンゴ経済。
リンゴ経済って言うのは、神様用語で、人がどれだけお買い物をしちゃう運命にあるか、その予算をリンゴっていう単位で決めようってもの。
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「そうね、先ず、車。」
中下夫妻は1990年に結婚、1年後に男の子、その2年後に女の子が生まれる。二人ともそれほど出来がいいわけじゃないけど、大学全入時代、私立4年大学に行く。この家族の25年間の車の代金。
二人は最初の男の子が生まれた時点で、中古のマーチを購入 100万、これに2年乗る。。。けど、車検が大変なのと、子供が二人ってことで、カローラの新車を購入。300万。これには5年乗って、その後、子供達も大きくなったし、アウトドアでも。。っと、セレナを購入。カローラを下取りしてもらって300万。これには10年乗って、また、プリウス300万を購入。
ってコトで、中下家は25年の間に1000万を使ってる。ってコトは、1年で40万。
モイラは中下家の籠にリンゴ4個を入れる。
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あ、何で25年かというと、魔女のモイラが永遠の25歳の魔女だってコトに起因する。偶然、これは、夫婦が子供を育てて、大学を卒業させるっていう年数と同じだ。よくワンジェネレーション30年って言うけど、子供が大学を出ると、そこから先の消費生活は変わってしまう。それまでの買い物は、家も車も、家電も、みんな必要性があったはず。だけど、子供達が巣だってしまうと、消費の要因にはそういう必要性以外からの要素が浮上してくる。全くロジックが違うってコトで、お肌の曲がり角、じゃなく、消費の曲がり角25年。それを目安にする。
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さて、次。
携帯電話。
中下夫婦が結婚した90年代には携帯電話、無かったので、これは15年で計算する。
子供がいない間は、二人とも一ヶ月5000円、年間10000円 子供が大きくなってからの10年は、家族4人がスマホ。月々5000円x4 年間25万 15年で1年平均、ざっと20万
リンゴ2個分。
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っと、そこまで計算した時、細い階段をのぼる足音がして。。。。経済の神様がやってきた。
この神様、神様なのに、なぜか魔女に頭が上がらない。何か弱みでも握られてるのかもしれない。
「あら、いらっしゃい。」
きわめてラフなモイラの口調に対して、
「あ、どうも。」
と、緊張感を漂わせたトーンで答える神様。
「す、座って良いでしょうか?」
経済の神様って、意外に謙虚である。
その問いに答える代わりに、モイラは言う。
「ちょうど良かったわ。ねえ、これ、計算しといて。」
「な、何で僕が。。。」
「だって、私、忙しいんですもん。」
この会話にどういうロジックがあるか不明だが、神様はしぶしぶテーブルにつき、電卓を出した。
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「えーっと、食費は、リンゴ6個。」
さすが、経済の神様は計算が速い。だけど魔女は疑い深い。
「本当?ちゃんと計算してる?」
「えーっと、子供のいない頃は4万。年間50万。大きくなると60万ちょっと。だからリンゴ6個だよ。」
「意外に奥さん、しっかりしてるのね。」
「教育費がかさむからね。」
いつのまにか、魔女の注意はリンゴにはなく、テレビでやってる韓流ドラマに釘付けになっている。
「じゃ、次、教育費もお願い。」
「な、何で僕が。。。」
「だって、私、忙しいんですもん。」
またしてもこのロジックがすんなり通ってしまったというのはともかく、神様はネット検索を始める。
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生命保険会社だの、いろんな所が公開してるが、高校まで公立だと、約500万。大学が私立だと4年間で530万。これを二人分、25年で割ると、82万。
「はい、リンゴ8個分」
モイラはもう、テレビの韓流ドラマに釘付けになっている。かなり上の空。
「住宅費も出した?」
神様はまた素直に電卓に向かう。
中下家は賃貸派。子供が生まれる前から5年間、家賃7万のアパートに住み、その後、3LDK、家賃12万に引っ越す。これを25年で割る。
「うわあ。リンゴ13個。」
「次、家電は?」
韓流ドラマもクライマックス。モイラの注意はほとんどリンゴには向けられていない。もちろん、神様なんて眼中には無い。
25年間に中下家はエアコン5台。冷蔵庫2台、テレビ4台、洗濯機3台。。。。っと、ざっと120万円分購入している。これに家具。全部入れて250万
「りんご1個かな」
「ありがとう。さすが神様」
韓流ドラマが終わり、余韻にひたりながらモイラは答える。実は上の空なんだが、神様は気を良くして、つけくわえる。
「レジャー費とか洋服とか、計算する?」
「めんどくさいからいいわ。どうせ中下さんちだとリンゴ1個もいらないでしょ。」
たしかに中下家はそんなにおしゃれじゃないので、衣服費はいつもユニクロ。どっちみち、こういうのは、余裕のある家はゴージャスだし、余裕が泣けりゃ質素。家計への脅迫的な圧迫は無い。
なので、まあ、無視でも良いんだろう。
ところで、ついでにもうちょっと、このお仕事について補足しておこう。リンゴ経済、おされ〜な言い方で言えば、リンゴノミクスにはたとえば税金とか細かい予算は入ってこない。もともと多くの人間が出さざるをえないようなものの個人差に関する指標なのだ。経済の神様は、これを最後の審判の時に上司に提出しなきゃいけない。この時、リンゴノミクスがどんな風に使われるかは分からないが、とにかく、これが経済の神様の仕事なのである。
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ざっとまとめると
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食費 6
携帯電話 2
車 4
住居 13
教育 8
家電 家具 1
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合計34個のリンゴ。
これが、中下家の欲望の資金。
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「コーヒー入れましょうか?」
モイラは25歳の見事なプロポーションを誇示しながら、優雅な身のこなしでキッチンに向かう。
「さすが、経済の神様って計算が速いわ〜」
神様はすっかり気を良くして鼻の下をのばしている。
「じゃあ、次の中田さん、お願いね。」
神様って、褒められると何でもやるモノだ。だからお賽銭挙げる時とかも、一応褒めてからお願いすると良いかもしれない。
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ってワケで経済の神様、中田家のデータについて電卓をはじき始めた。
中下さんよりか、ちょい年収は高いかな。でも家族構成は同じ。
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食費 6
携帯電話 2
車 4
住居 16
教育 9
家電 家具 2
リンゴ39個
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ざっと、こんな感じ。
まず、ちょい、違うのが、ここんちの子たちは高校から私立。でも、それは大した違いじゃない。
大きく違うのが、家だ。中田夫婦は結婚当時は2LDKの賃貸マンション。家賃は10万。子供が1歳の時、マンションを購入した。3000万だが、頭金、1000万。ここに5年住み、この間に30年ローンで組んだ返済額が年、100万で150万支払った。でも元金はほとんど減っていない。結局2000万で売却し、5000万の一戸建てを購入。3000万のローンを組んだ。(これはローンなので、完済するとなると利子がついて倍額になる)これを25年で計算するのはアンフェアなので、神様の外見的年齢、50歳 ーー 50年で計算することにする。一戸建て購入当時35歳の中田夫婦にとっては、85歳までの住処ということだし。
ざっと計算すると、50年リンゴ16個分。
で、家具や家電は、この引っ越しと住居水準に伴って購入するんで、ちょい、高くなる。
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「あら、意外ね。」
モイラは胸にかけたゴージャスなペンダントをもてあそびながら、言う。このペンダントは、トロイア戦争の前、友達にリンゴを1個横流しするお礼に。。。というか交換条件として、もらったものだ。1個だから10万程度の品なのに、この後、リンゴを巡って戦争にまでなったらしい。ってのはともかく。
「中下さんより、中田さんの方が断然リッチに見えてたけど、そうでも無いのね。」
「そういえばそうだよなあ。」
経済の神様の脳裏に色っぽい中田さんの妻の姿がよぎる。
モイラはテーブルの脇に転がってる水晶玉に手を伸ばした。小指の先でちょん、っとつつく。水晶玉の色が変わって、中田さんの家が映し出された。
「このソファ、良いわよねえ。うちも欲しいな。」
そう言いながら、経済の神様の方に流し目を送る。神様の表情がなぜか恐怖に変わった。
「あ、ああ、でも、センス悪くないかな。」
「そうねえ、もうちょっと明るい色の方が良いかしらね。」
神様の表情にほっとしたものが見える。
水晶玉には、中田さんの家が映し出されていた。個人情報保護法だの何だの言ってるが、魔女なら誰でも水晶玉の一つや二つ持っている。他所の家を覗くぐらい朝飯前。こうやって見られても恥ずかしく無いように、家の中は常に整理整頓を心がけたいモノ。。。っというのはともかく、中田さんの一戸建ては4LDK。ちょっと郊外だが、二人の子供達もそれぞれの部屋を持ち、リビングも広い。中下さんの文化住宅的賃貸マンションとはかなりの差がある。
「でも、まあ、いいわ。じゃあ、つぎ、中上さんの計算、やってくれるわよね。」
「は、はい。」
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雰囲気的に二人の関係性において、魔女が優位なのが見て取れる。この原因は何なのか分からないが、まあ、それはおいておくとして。中上家のリンゴノミクスを見てみよう。
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食費 7
携帯電話 2
車 5
住居 18
教育 10
家電 家具 2
リンゴ44個
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中上家も同じ家族構成。妻は近所でも評判の美人で、か〜なりリッチっていうイメージの家族である。妻の美人度を根拠に、自分たちは中流じゃなく上流だと思ってるフシもある。ただしこの根拠、夫の頭部の残念さが否定的な要素を加えていることを付記しておきたい。
子供達は中高一貫私立に通い、車は外車(ただし低価格仕様車)。テーブルに並べられるメニューは他家族とそれほど差は無いが、購入場所が高級スーパーなので、かなり高い。
さて、この家族に自分たちは上流と勘違いさせる大きな根拠になっているのが、住居である。
二人は両家の支援のもと、結婚時に3000万のマンションを購入。5年後に2500万で売却して、5000万のマンションに引っ越す。ローンの年間支払額100万。また5年後に4500万で売却し、郊外に6000万の一戸建てを購入。ローンは1000万。損得で言えば50年で9000万。
モイラの水晶玉には中上家のリビングが映っている。
「やっぱり、このソファ、いいわあ。」
神様の顔色が変わる。
「でも、ここにソファ、置くと狭くなるよ。」
っと、言ってしまってから、「しまった」という表情になった。
「そうよねえ。ここ、狭いから。もっと広い所が良いわよねえ。」
モイラは神様に流し目を送る。
「さ、さてと。」
神様は電卓を置いて、立ち上がった。
「あら、もう、帰るの?」
「あ、ちょっと用事を思い出した。今日のリンゴ、黒猫便に出しておこうか?」
声が震えている。
「いいわ。重いし。あとで取りに来てもらうわ。」
モイラは平然と答えた。
どの籠にも40個ほどのリンゴが入っている。3つ合わせると100個を超える。今日の3人はこういう量だったが、昨日の3人、下田さんたちのはもっと軽かった。だが、多くの家がおよそ40個弱。都会人は車が無いので、もっと少なかったりする。
リッチかビンボーか、概ね住居費のリンゴで決まるが、でも、その差、実はそれほど大きく無い。中田さんと中上さんの差は2個。これは携帯電話のリンゴと同じ数だ。でもって、リッチそうに見える家とそうでない家との差は、たかだかリンゴ10個。元値は年間100万。もちろん、これは年収とは関係無い。12万の賃貸マンションの生活と郊外の一戸建てのゴージャス生活の維持費とでは大きく違うし。ただ人がリッチに見えるかビンボーに見えるかのちょっとした指標であり、本人達の欲望の係数でもある。ってワケで、これが最後の審判の時の参考資料になるワケだ。
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細い階段を経済の神様が降りていく音がする。
明日もまた、こんな風にヒトの運命は決められてゆく。かなり大雑把だが、人生なんてそんなモン。
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モイラは傍らにあった、通販カタログのソファのページをめくる。
さっきの中田さんちのリビングにあったソファが出てる。
「なんだ。意外に安いじゃん。リンゴ2個は多かったんじゃないの?」
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