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2014年9月13日 (土)

保育園の「騒音」/環境音として考えてみたらどうだろう

これは、具体的対応としてではなく、
将来的に、概念論としてだけれど。。。

たとえば、海のそばに住むならば、塩への対策をする。
雪国に住むなら、雪への対策をする。

相手は潮風や雪だから、モンク言ってもしかたがない。
雪国には雪国の良さがあるし、海が近い家も素敵だ。

たくさんの子どものいるコミュニティは充実している。消費人口が多いのだから、バスの便も多いし、スーパーやおしゃれなお店、病院や公共施設もたくさんあるはずだ。もちろん、こういうのにともなって地価も上がる。
何よりも、街に活気がある。
逆を考えてみたら良い。たとえば地方の過疎地域。老人ばかりでゴーストタウン化しているところもたくさんあるはずだ。駅前はシャッター通りとなり、車を持たない高齢者は日々の買い物にもこと欠く。病院も閉鎖され、むろん街には活気がない。。。。静かで良いかもしれないけれど。

若い世代の住む地域には、それなりの(というよりも大きな)メリットがある。
そのメリットは、海の近くの塩害や、雪国の雪と同じ。
でも、デメリットもある。
うるさいこと。
でも、うるさいなら、各個人が、防音などの対策をすれば良い。
塩の害や雪国の雪と同じように。

そういう新しい「概念」が作れないだろうか。
この裁判において。

たとえば、
判決は、

保育園の子どもの声は、「環境音」である。
これは、雪国の雪と同じ。
住民も住む町に若い活力があることによる恩恵は受けているはず。
だから、甘んじて、個人が対策をすべき。
たとえば、二重サッシ、防音壁など。

ただし、雪国で雪対策に自治体が補助をするのと同様、
自治体が貸し付けなどによって、多少の補助をするのは、ヤブサカではない。。。
みたいな。


■近隣住民が保育園を騒音で訴える――保育園は「迷惑施設」なのか?
(THE PAGE - 09月12日 19:00)
http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=177&from=diary&id=3051010 

神戸市で保育園の近くに住む70代の男性が「子供の声がうるさい」として、保育園を運営する社会福祉法人を相手取り、防音設備の設置や慰謝料100万円の支払いを求める訴えを起こしました。これは裁判にまで至ってしまったケースなのですが、実は最近、保育園の「騒音」をめぐるトラブルが全国各地で起こっています。果たして保育園は「迷惑施設」なのでしょうか。

 保育園の運営について周囲から苦情が出るのは、主に、子供の騒ぐ声、お遊戯などの際に使われるピアノや太鼓といった楽器の音、送迎する保護者らによる迷惑駐車などです。

 子供はそもそもうるさいものですし、それはある程度やむを得ない面があります。周辺の住民は可能な限りこういった状況を理解した上で施設を受け入れるのが望ましいところでしょう。しかしながら、騒音や迷惑駐車などに対する感じ方は人それぞれです。ある人にとっては何でもないことでも、別な人には苦痛と感じることもあります。

 保育園の騒音問題をめぐっては、ネットや識者のコメントなどで、子供に関することなのだから、周辺住民はもっと思いやりを持つべきだとの意見がよく見られます。しかし、保育園が置かれた環境は様々ですから、個々の事情をよく考慮しないまま、子供の声くらい我慢すべきと断定してしまうのは、あまりよい傾向とはいえません。

 報道によると、訴えた男性は、保育園の北約10メートルに居住しており、70デシベル以上の騒音が発生しているとしています。近隣住民への説明会以降、男性は騒音対策を求めてきたのですが、保育園側は対応をしておらず、男性は、「保育園についても、神戸市が工場などを対象に定めた規制基準が適用されるべき」と主張しています。

 これに対して保育園側は「窓やカーテンを極力閉めるなどの配慮をしている。高い防音壁で囲むのは子供や近隣の方にとって健全な姿とは思えない」と反論しています。報道内容を見る限りでは、保育園側は、窓を閉める以外これといった防音対策は施していないようです。もし70デシベルという数字が本当であれば、騒々しい事務所などの水準ですので、これをうるさいと感じる人がいても不思議ではありません。

 最終的にどちらの主張が認められるのかは司法の判断ですので、現時点において結論を出すのは時期尚早と思われます。しかしながら、日本はすでに成熟社会に入っており、様々な価値観やライフスタイルの人が共存する世の中になっています。価値観が多様化する社会で求められているのは「あうん」の呼吸ではなく、相互の価値観の違いを前提にした上での、現実的な解決策です。その意味では、保育園は公共性の高い施設なのだから、これまでの常識で判断すれば大丈夫だろうという考え方は、今後ますます通用しなくなってくるでしょう。

(The Capital Tribune Japan)

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