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2014年8月 6日 (水)

平和への言葉2014:平和宣言 国連事務総長メッセージ、首相挨拶、子ども代表平和への誓い

広島平和式典 2014
平和宣言

広島市は毎年8月6日に、原爆死没者への追悼とともに核兵器廃絶と世界恒久平和の実現を願って平和記念式典を行い、広島市長が「平和宣言」を世界に向けて発表しています。広島・長崎の悲惨な体験を再び世界の人々が経験することのないよう、核兵器をこの地球上からなくし、いつまでも続く平和な世界を確立しようと、これからも平和宣言は訴え続けていきます。

平和宣言

被爆69年の夏。灼(や)けつく日差しは「あの日」に記憶の時間(とき)を引き戻します。1945年8月6日。一発の原爆により焦土と化した広島では、幼子(おさなご)からお年寄りまで一日で何万という罪なき市民の命が絶たれ、その年のうちに14万人が亡くなりました。尊い犠牲を忘れず、惨禍を繰り返さないために被爆者の声を聞いてください。

建物疎開作業で被爆し亡くなった少年少女は約6,000人。当時12歳の中学生は、「今も戦争、原爆の傷跡は私の心と体に残っています。同級生のほとんどが即死。生きたくても生きられなかった同級生を思い、自分だけが生き残った申し訳なさで張り裂けそうになります。」と語ります。辛うじて生き延びた被爆者も、今なお深刻な心身の傷に苦しんでいます。

「水を下さい。」瀕死の声が脳裏から消えないという当時15歳の中学生。建物疎開作業で被爆し、顔は焼けただれ、大きく腫れ上がり、眉毛(まゆげ)や睫毛(まつげ)は焼け、制服は熱線でぼろぼろとなった下級生の懇願に、「重傷者に水をやると死ぬぞ。」と止められ、「耳をふさぐ思いで水を飲ませなかったのです。死ぬと分かっていれば存分に飲ませてあげられたのに。」と悔やみ続けています。

あまりにも凄絶(せいぜつ)な体験ゆえに過去を多く語らなかった人々が、年老いた今、少しずつ話し始めています。「本当の戦争の残酷な姿を知ってほしい。」と訴える原爆孤児は、廃墟の街で、橋の下、ビルの焼け跡の隅、防空壕などで着の身着のままで暮らし、食べるために盗みと喧嘩を繰り返し、教育も受けられずヤクザな人々のもとで辛うじて食いつなぐ日々を過ごした子どもたちの暮らしを語ります。

また、被爆直後、生死の境をさまよい、その後も放射線による健康不安で苦悩した当時6歳の国民学校1年生は「若い人に将来二度と同じ体験をしてほしくない。」との思いから訴えます。海外の戦争犠牲者との交流を通じて感じた「若い人たちが世界に友人を作ること」「戦争文化ではなく、平和文化を作っていく努力を怠らないこと」の大切さを。

子どもたちから温かい家族の愛情や未来の夢を奪い、人生を大きく歪めた「絶対悪」をこの世からなくすためには、脅し脅され、殺し殺され、憎しみの連鎖を生み出す武力ではなく、国籍や人種、宗教などの違いを超え、人と人との繋がりを大切に、未来志向の対話ができる世界を築かなければなりません。

ヒロシマは、世界中の誰もがこのような被爆者の思いを受け止めて、核兵器廃絶と世界平和実現への道を共に歩むことを願っています。

人類の未来を決めるのは皆さん一人一人です。「あの日」の凄惨(せいさん)を極めた地獄や被爆者の人生を、もしも自分や家族の身に起きたらと、皆さん自身のこととして考えてみてください。ヒロシマ・ナガサキの悲劇を三度繰り返さないために、そして、核兵器もない、戦争もない平和な世界を築くために被爆者と共に伝え、考え、行動しましょう。

私たちも力を尽くします。加盟都市が6,200を超えた平和首長会議では世界各地に設けるリーダー都市を中心に国連やNGOなどと連携し、被爆の実相とヒロシマの願いを世界に拡げます。そして、現在の核兵器の非人道性に焦点を当て非合法化を求める動きを着実に進め、2020年までの核兵器廃絶を目指し核兵器禁止条約の交渉開始を求める国際世論を拡大します。

今年4月、NPDI(軍縮・不拡散イニシアティブ)広島外相会合は「広島宣言」で世界の為政者に広島・長崎訪問を呼び掛けました。その声に応え、オバマ大統領をはじめ核保有国の為政者の皆さんは、早期に被爆地を訪れ、自ら被爆の実相を確かめてください。そうすれば、必ず、核兵器は決して存在してはならない「絶対悪」であると確信できます。その「絶対悪」による非人道的な脅しで国を守ることを止め、信頼と対話による新たな安全保障の仕組みづくりに全力で取り組んでください。

唯一の被爆国である日本政府は、我が国を取り巻く安全保障環境が厳しさを増している今こそ、日本国憲法の崇高な平和主義のもとで69年間戦争をしなかった事実を重く受け止める必要があります。そして、今後も名実ともに平和国家の道を歩み続け、各国政府と共に新たな安全保障体制の構築に貢献するとともに、来年のNPT再検討会議に向け、核保有国と非核保有国の橋渡し役としてNPT体制を強化する役割を果たしてください。また、被爆者をはじめ放射線の影響に苦しみ続けている全ての人々に、これまで以上に寄り添い、温かい支援策を充実させるとともに、「黒い雨降雨地域」を拡大するよう求めます。

今日ここに、原爆犠牲者の御霊に心から哀悼の誠を捧げるとともに、「絶対悪」である核兵器の廃絶と世界恒久平和の実現に向け、世界の人々と共に力を尽くすことを誓います。


PEACE DECLARATION

Summer, 69 years later. The burning sun takes us back to “that day.” August 6, 1945. A single atomic bomb renders Hiroshima a burnt plain. From infants to the elderly, tens of thousands of innocent civilians lose their lives in a single day. By the end of the year, 140,000 have died. To avoid forgetting that sacred sacrifice and to prevent a repetition of that tragedy, please listen to the voices of the survivors.

Approximately 6,000 young boys and girls died removing buildings for fire lanes. One who was a 12-year-old junior high student at the time says, “Even now, I carry the scars of war and that atomic bombing on my body and in my heart. Nearly all my classmates were killed instantly. My heart is tortured by guilt when I think how badly they wanted to live and that I was the only one who did.” Having somehow survived, hibakusha still suffer from severe physical and emotional wounds.

“Water, please.” Voices from the brink of death are still lodged in the memory of a boy who was 15 and a junior high student. The pleas were from younger students who had been demolishing buildings. Seeing their badly burned, grotesquely swollen faces, eyebrows and eyelashes singed off, school uniforms in ragged tatters due to the heat ray, he tried to respond but was stopped. “‘Give water when they’re injured that bad and they’ll die, boy,’ so I closed my ears and refused them water. If I had known they were going to die anyway, I would have given them all the water they wanted.” Profound regret persists.

People who rarely talked about the past because of their ghastly experiences are now, in old age, starting to open up. “I want people to know the true cruelty of war,” says an A-bomb orphan. He tells of children like himself living in a city of ashes, sleeping under bridges, in the corners of burned-out buildings, in bomb shelters, having nothing more than the clothes on their backs, stealing and fighting to eat, not going to school, barely surviving day to day working for gangsters.

Immediately after the bombing, a 6-year-old first grader hovered on the border between life and death. Later, she lived a continual fearful struggle with radiation aftereffects. She speaks out now because, “I don’t want any young people to go through that experience.” After an exchange with non-Japanese war victims, she decided to convey the importance of “young people making friends around the world,” and “unceasing efforts to build, not a culture of war, but a culture of peace.”

The “absolute evil” that robbed children of loving families and dreams for the future, plunging their lives into turmoil, is not susceptible to threats and counter-threats, killing and being killed. Military force just gives rise to new cycles of hatred. To eliminate the evil, we must transcend nationality, race, religion, and other differences, value person-to-person relationships, and build a world that allows forward-looking dialogue.

Hiroshima asks everyone throughout the world to accept this wish of the hibakusha and walk with them the path to nuclear weapons abolition and world peace.

Each one of us will help determine the future of the human family. Please put yourself in the place of the hibakusha. Imagine their experiences, including that day from the depths of hell, actually happening to you or someone in your family. To make sure the tragedies of Hiroshima and Nagasaki never happen a third time, let’s all communicate, think and act together with the hibakusha for a peaceful world without nuclear weapons and without war.

We will do our best. Mayors for Peace, now with over 6,200 member cities, will work through lead cities representing us in their parts of the world and in conjunction with NGOs and the UN to disseminate the facts of the bombings and the message of Hiroshima. We will steadfastly promote the new movement stressing the humanitarian consequences of nuclear weapons and seeking to outlaw them. We will help strengthen international public demand for the start of negotiations on a nuclear weapons convention with the goal of total abolition by 2020.

The Hiroshima Statement that emerged this past April from the ministerial meeting of the NPDI (Non-Proliferation and Disarmament Initiative) called on the world’s policymakers to visit Hiroshima and Nagasaki. President Obama and all leaders of nuclear-armed nations, please respond to that call by visiting the A-bombed cities as soon as possible to see what happened with your own eyes. If you do, you will be convinced that nuclear weapons are an absolute evil that must no longer be allowed to exist. Please stop using the inhumane threat of this absolute evil to defend your countries. Rather, apply all your resources to a new security system based on trust and dialogue.

Japan is the only A-bombed nation. Precisely because our security situation is increasingly severe, our government should accept the full weight of the fact that we have avoided war for 69 years thanks to the noble pacifism of the Japanese Constitution. We must continue as a nation of peace in both word and deed, working with other countries toward the new security system. Looking toward next year’s NPT Review Conference, Japan should bridge the gap between the nuclear-weapon and non-nuclear-weapon states to strengthen the NPT regime. In addition, I ask the government to expand the “black rain areas” and, by providing more caring assistance, show more compassion for the hibakusha and all those suffering from the effects of radiation.

Here and now, as we offer our heartfelt consolation to the souls of those sacrificed to the atomic bomb, we pledge to join forces with people the world over seeking the abolition of the absolute evil, nuclear weapons, and the realization of lasting world peace.

August 6, 2014

MATSUI Kazumi
Mayor
The City of Hiroshima



首相挨拶全文

 広島市原爆死没者慰霊式、平和祈念式に臨み、原子爆弾の犠牲となった方々の御霊に対し、謹んで、哀悼の誠を捧げます。今なお被爆の後遺症に苦しんでおられる皆様に、心から、お見舞いを申し上げます。

 69年前の朝、一発の爆弾が、十数万になんなんとする、貴い命を奪いました。7万戸の建物を壊し、一面を、業火と爆風に浚(さら)わせ、廃墟(はいきょ)と化しました。生き長らえた人々に、病と障害の、また生活上の、言い知れぬ苦難を強いました。

 犠牲と言うべくして、あまりに夥(おびただ)しい犠牲でありました。しかし、戦後の日本を築いた先人たちは、広島に斃(たお)れた人々を忘れてはならじと、心に深く刻めばこそ、我々に、平和と、繁栄の、祖国を作り、与えてくれたのです。緑豊かな広島の街路に、私たちは、その最も美しい達成を見出(みいだ)さずにはいられません。

 人類史上唯一の戦争被爆国として、核兵器の惨禍を体験した我が国には、確実に、「核兵器のない世界」を実現していく責務があります。その非道を、後の世に、また世界に、伝え続ける務めがあります。

 私は、昨年、国連総会の「核軍縮ハイレベル会合」において、「核兵器のない世界」に向けての決意を表明しました。我が国が提出した核軍縮決議は、初めて百を超える共同提案国を得て、圧倒的な賛成多数で採択されました。包括的核実験禁止条約の早期発効に向け、関係国の首脳に直接、条約の批准を働きかけるなど、現実的、実践的な核軍縮を進めています。

 本年4月には、「軍縮・不拡散イニシアティブ」の外相会合を、ここ広島で開催し、被爆地から我々の思いを力強く発信いたしました。来年は、被爆から七十年目という節目の年であり、5年に一度の核兵器不拡散条約(NPT)運用検討会議が開催されます。「核兵器のない世界」を実現するための取組をさらに前へ進めてまいります。

 今なお被爆による苦痛に耐え、原爆症の認定を待つ方々がおられます。昨年末には、3年に及ぶ関係者の方々のご議論を踏まえ、認定基準の見直しを行いました。多くの方々に1日でも早く認定が下りるよう、今後とも誠心誠意努力してまいります。

 広島の御霊を悼む朝、私は、これら責務に、倍旧の努力を傾けていくことをお誓いいたします。結びに、いま一度、犠牲になった方々の御冥福を、心よりお祈りします。ご遺族と、ご存命の被爆者の皆様には、幸多からんことを祈念します。核兵器の惨禍が再現されることのないよう、非核三原則を堅持しつつ、核兵器廃絶に、また、世界恒久平和の実現に、力を惜しまぬことをお誓いし、私のご挨拶(あいさつ)といたします。




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こども代表と、国連からのメッセージ

平成26年度「平和への誓い」

わたしたちは、信じることができませんでした。
69年前の8月6日、この広島に原子爆弾が落とされ、多くの尊い命が奪われたことを。
5歳だった祖父は、「地獄のような光景が今も目に焼きついている。」と語ってくれました。

広島に育つわたしたちは、広島の被害、悲しみ、そして、強さを学びました。
爆風により、多くの建物がくずれました。
家や家族を失い、ふつうの生活がなくなりました。
その中で、
水道は1日も止まることなく、市内電車は、3日後には再び走りはじめました。
広島は人々の努力によって、町も心も復興したのです。

悲しみや苦しみの中で、生きることへの希望を見つけ、生き抜いた人々に感謝します。
当たり前であることが、平和なのだと気がつきました。

ある語り部の方は言いました。
「小さなことからはじめてほしい。」

わたしたちは、もう行動をはじめています。
友達を大切にし、優しく接しています。
家族や被爆体験者から被爆の事実と平和への思いを聞いています。
平和の思いを込めて、毎年千羽鶴を折り、慰霊碑に捧げています。
平和とは何か自分で考え、友達とも意見を交流しています。
平和について考えることで、仲間とつながりました。

わたしたちは、できることからはじめる勇気をもつことができました。

Welcome to Hiroshima.
みなさんをここ広島で待っています。
平和について、これからについて
共に語り合い、話し合いましょう。
たくさんの違う考えが平和への大きな力となることを信じて。


平成26年(2014年)8月6日
              こども代表  広島市立牛田小学校 6年 田村 怜子
                       広島市立尾長小学校 6年 牟田 悠一郎
 

Commitment to Peace

We were not able to believe it –
Sixty-nine years ago on August 6, an atomic bomb was dropped onto this Hiroshima, and many precious lives were lost.
Grandpa, who was five years old at the time of the bombing, spoke of that day: “The scenes, straight from hell, are still burned into my eyes.”

We who are growing up in Hiroshima learned about the damage, tragedy, and strength of Hiroshima.
Many buildings were destroyed by the blast. Having lost their homes and families, the survivors saw their everyday lives vanish.
Amongst this,
water service did not stop even for a day, and the streetcars began to run again after three days.
Through the efforts of the people, Hiroshima’s city and spirit were revived.

We are grateful for those who managed to find hope to live, and survived amidst the sadness and suffering. We realized that those things we take for granted are peace.

An A-bomb survivor once said: “Start from the small things.”

And we have already begun to act.
We value our friends and treat them kindly.
We listen to stories about the reality of the atomic bombing, and the longing for peace, from our families and the survivors.
With wishes for peace, every year we fold paper cranes, and dedicate them at the monuments.
We think for ourselves about what peace is, and exchange opinions with our friends.
By thinking about peace, we are able to connect with others.

We have gained the courage to start from what we can do.

Welcome to Hiroshima.
We are waiting for all of you here in this city.
Let’s all talk and share opinions about peace, about the future,
Believing that many different thoughts will become a powerful driving force for peace.

August 6, 2014

Children’s Representatives:
Reiko Tamura (6th grade, Hiroshima City Ushita Elementary School)
Yuichiro Muta (6th grade, Hiroshima City Onaga Elementary School)


アンゲラ・ケイン軍縮担当上級代表が代読

広島で開催される今年の平和記念式典に御参列の皆様にメッセージをお送りできることを、光栄に思います。

歴史学者によれば、今も私たちが記憶している残虐な原爆投下は、元々この式典会場からほど近い相生橋を投下目標としていました。それから数十年にわたり、広島市民と全世界の支持者の方々は、信頼、友好、理解という新たな形の多くの橋を築いてこられました。

この厳粛な式典は、悲惨な過去の記憶を、核兵器のない未来というビジョンに結びつけるものです。私は特に、被爆者の方々が、核廃絶が達成されるまで軍縮を推し進めるというコミットメントを進めていくことのできる新しい世代との絆を築いていらっしゃることに感謝しています。国連も同じ目標を積極的に追求しています。

広島から発信されている数多くの平和と希望のメッセージは、核兵器がもたらす悲惨な人道的帰結を世界に教示し、国際的な人道・人権法上、核兵器の使用は決して許されないということに焦点を当てた世界的なうねりを巻き起こしています。被爆者の方々は、こうした取り組みの「顔」となっています。被爆者の方々の証言に、私をはじめ、数限りない人々は胸を打たれました。

皮肉なことに、近代科学では、人類は、ひとたび使用されれば地球上のすべての生物を滅亡させることができる大量破壊兵器の保有と最新化を進める一方で、他の惑星の生物の存在を探索しています。私たちはこの欠陥に取り組み、核兵器の獲得競争を助長している軍国主義に立ち向かわなければなりません。

広島市民の皆様と国連との間には直接橋が架かっています。核軍縮は引き続き、国連の最重要目標のひとつになっているからです。加盟国と市民社会が協力し、核兵器のない世界というビジョンの実現に向けて歩を進めるうえで、国連は欠かせない存在です。

世界が被爆者の方々とともに、最後の核兵器が廃絶され、核兵器の時代と呼ばれる歴史上の悪夢に終止符が打たれる姿を目にできるよう、直ちに具体的な進展を求めるとともに、すべての人が希望、平和、繁栄という新時代の幕開けを迎えられるようにしていこうではありませんか。

* *** *



Delivered by Ms. Angela Kane, High Representative for Disarmament Affairs

I am honoured to send greetings to all participants in this year’s Peace Memorial Ceremony in Hiroshima.

The atrocious bombing we remember today had as its original target the Aioi Bridge not far from this ceremony, according to historians. In the years since, the citizens of Hiroshima and supporters around the world have created many new kinds of bridges ― of trust, friendship and understanding.

This solemn commemoration connects memories of a tragic past with the vision of a future free of nuclear weapons. I am especially grateful to the hibakusha for forging links with the new generations who can carry forward the commitment to pursue nuclear disarmament until it is finally achieved. The United Nations is actively pursuing this goal.

Hiroshima’s many messages of peace and hope have educated the world about the devastating humanitarian consequences of nuclear weapons, inspiring a global campaign focused on the unacceptability of using these arms under international humanitarian and human rights law. Thehibakusha have been the face of that effort. Their testimonies have deeply touched me and countless other people.

One of the great ironies of modern science is that humans are searching for life on other planets while retaining and modernizing weapons of mass destruction that, if used, can destroy all life on planet Earth. We must address this failing and counter the militarism that breeds the pursuit of such weaponry.

The people of Hiroshima have a direct bridge to the United Nations, where nuclear disarmament remains one of our most important goals. The United Nations is an indispensable arena where Member States and civil society can work together to advance our vision of a world free of nuclear weapons.

Let us press for immediate and concrete progress so that the hibakusha and the world can witness the final destruction of the last nuclear weapon as we end the historical nightmare known as the age of nuclear weapons– and welcome the dawning of a new era of hope, peace, and prosperity for all.

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コメント

韓国人には金を出すという意識は低い。日本の百分の一も出していない国連分担金もだから目一杯滞納してきた。
韓国は日本のおかげで先進工業国の一員になれた。OECDにも入れたが、 ここは国民純生産の0.7%をODAとして供出する約束がある。韓国はそれも無視して雀の涙の額で逃げている。
潘基文は朝鮮の文化「身内登用」を国連に持ち込んだ。事務総長スタッフには一割以上の韓国人が入り込んだ。
韓国では身内が高いポストに就くとすぐに汚職に手を染める。 その意味で注目されたのが国連イラク支援派遣団の官房長に潘が娘婿を任命したことだ。イラク関連ポストは大きな金が動く。前任のアナン事務総長の息子も巨額の不正な金を得ていたことがばれた。
こうゆう不正に目を光らせるのが国連内部監査部だが、潘はこのポストにいた凄腕の元米検察官の再任を拒否し、監査部の要因補充もしなかった。今、監査部の欠員率は76%。 部屋はがらがら、人手不足で通常の監査業務もまともにできていない。それにしてもここまであけすけにやる人も珍しい。
韓国人事務総長と日々接する内部の鬱積は大変だとは想像がつくが、その苦痛を今年退任したインガブリット・アーレニウス前事務次長(スウェーデン人)が潘基文本人に書き送った。 前次長は潘を「指導力がなく」「傲慢で戦略がなく、世界の問題を解決するパートナーとしてこれほど不適格者はいないとみなされている」と評している。

投稿: 韓国大嫌い | 2014年8月 8日 (金) 08時56分

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