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2013年11月13日 (水)

小さな南の島の物語

小さな南の島の物語

すずめストーリー

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何隻かの船が難破した。

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何日かの漂流の後、一隻の船は大きな無人島に流れ着いた。

船には30人乗っていた。何日待っても、助けは来なかった。幸運な事に、島には水も食料になる果物なども豊富にあったので人々はこれで生き延びることができた。

島にはヤシの木が50本生えていた。人々は、1本ずつ分けて、1人1軒ずつ家を建てた。残りのヤシの木を使って、公民館や病院も建てた。

人々は助けが来るまでの何年かの間、そうやってしのいだ。

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もう1隻の船はもっと小さな島に流れついた。同じような島だったけれど、ヤシの木は20本しか無かった。船には30人。そのうち何人かの者が自分の家を作るようになった。だけどヤシの木は足りない。人々は争って確保しようとした。結局20人の強い者が取り、残りの弱い者の中には、傷ついて死ぬ者もいた。家が作れなかった者は洞窟で雨風をしのいだが、衛生状態が悪く、死んでいった。そこから病原体が発生し、やがてヤシの木の家に住む強い者たちにも感染して、全員、死んでしまった。

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もう一隻の船も同じような小さな島に流れ着いた。やはりそこにはヤシの木が20本しか無かった。船には30人。人々はみんなで相談して、大きな家を建てる事にした。小さな家だと1人1軒必要だが、大きな家なら何人か住める。5本のヤシの木では、12人住める家ができるはずだ。3本で作れば7人位住めるだろう。人々は5本のヤシの木で作る大きな家2軒と、3本のヤシの木で作る家を2軒、2本で作る家を1軒、1本で作る1人用の2軒の家を建てることにした。そして強い者は一生懸命働き、弱い者も手伝って完成させた。みんなで相談して配分を決めたが、それでもスペースには余裕があったので、いろいろやりくりして住むことができた。相談している間に、愛を育んで結婚する者もいた。そのうち、子供も生まれた。

何年か後、助けが来た時には、島の人口は35人になっていた。

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さて、日本の国。

何本のヤシの木があるのか分からない。

もし、ヤシの木が50本あるなら、みんなで勝手に豊かに暮らせば良い。

高度成長期。たしかにヤシの木は50本あった気がする。

だけど、これからの時代、ヤシの木はずっと50本あるだろうか。

もしかして、20本しか無くなるかもしれない。そうなった時、「福祉」は単なるオプションではなく、生存のための方法になってくるかもしれない。

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