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2013年8月18日 (日)

はだしのゲン :学校の自主にまかせるべき

「ゲン」閲覧制限 批判相次ぐ

http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=2&from=diary&id=2544289 

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もし、この批判で学校側が方針を変えて、閲覧自由ということにしてしまうなら、これもまた、ファシズムの一つの形だ。

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子供にこの本を見せるべきか、そうでないかには、いろいろな論がある。両者とも一理あり、絶対に「自由に見せる方が正しい」とは言えない。

ここで多くの人に欠如している意識は、小学校で言う「子供」とは、幼稚園を出たばかりの6歳児も含むことだ。こどもの感じ方に任せれば良いといっても、それが6歳なのか15歳なのかによっては、大きな違いがある。

今でも多くの小学校では漫画をあまり置いていないだろう。その中で唯一置いている「漫画」は確かに人気になり、取り合いになるに違いない。(だが、子供が漫画を望むなら、小学校の図書館にはどんどん漫画を入れて、子供達は休憩中に漫画を読みふける。。。などというのがあるべき姿だと思う人はそう、多くは無いだろう。)

そんな存在にしたくないなら、閉架措置は一つの方法だろう。閉架措置は読ませないではなく、読みたい子は借りられるのだ。

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時々、原爆の日が何日か、なんていうのを該当でやっているが、大人達のほとんどが知らない。ちょっと前の日記で書いたが、「広島原爆の日のテレビ欄」を見れば、いかに誰も興味を持っていないことが分かる。

そういう中で、もし、小学校1年で、何も習わないうちに、図書室にも漫画が置いてある!と飛びつき、怖いもの見たさでこれを読み。。。というのは、もし、本当に「はだしのゲン」が平和教育に良い素材であるなら、その価値を台無しにしてしまうような使い方であると言えるだろう。中学生にしても同じことが言えるかもしれない。暴力シーン(のある巻)などだけがピックアップされてしまうかもしれない。単なる「ホラー漫画」の扱いを受けることは、作者も本意では無いだろう。

本当は原爆の悲惨さを伝える本ははだしのゲンだけではなく、もっとたくさんある。幼稚園の子が読めるものから、小学校低学年、高学年向けと何冊もある。はだしのゲンを読む前に、こちらを読めば、いろいろな過激なシーンがなぜ、描かれているのか、小さい子でも理解できるかもしれない。だが、「漫画」ということだけで小さい子は飛びつくだろう。本当に生きた使い方をするべき価値ある素材なら、計画性は大切だ。

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それでも、その事情は、それぞれの学校によって違う。

なので、こんな「世論」などという、無関係者の多数決ではなく、学校が、自分たちの意志で決めるべきだ。そんな世論などに屈せず、正しいと思ったら、それを貫くべきだろう。

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ただ、松江市の小学校の場合、もし、この閉架措置がお役所の号令で行われていたのだとしたら、これは間違っている。(もちろん、それが小学校の先生達みんなの総意なら別だ)

それぞれの図書を閉架にするかどうかは、それぞれの学校が決めるべきだろう。

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 原爆の悲惨さを描いた漫画「はだしのゲン」を、松江市の全小中学校が図書室で自由に閲覧できない閉架措置とした問題を巡り、名古屋市で17日開かれた全日本教職員組合(全教)主催の教育研究全国集会で、出席者から「子どもの知る権利の侵害だ」との批判が相次いだ。

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 図書館をテーマにした分科会で、専門家として参加した沖縄国際大の山口真也教授(図書館学)は、過去に大江健三郎さんの著書「沖縄ノート」を学校図書室に置くことに抗議があったと説明。一方、在沖縄米軍の機関誌を置く公立図書館への批判も紹介し、「図書室も思想的対立に巻き込まれる時代だが、多様な本を準備するのが図書室の義務。子どもが何を読み、読まないかを判断する責任は保護者にある」と指摘した。

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 また、北海道大大学院の姉崎洋一教授(教育法)は、松江市の措置を「保護者や教員の話し合いを経て、学校が主体的に本を選ぶべきだ」と批判した。

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 出席していた山口県の中学教員も、取材に対し「子どもの感性は多様で、『はだしのゲン』の受け止め方も任せたらよい」と閉架措置に疑問を投げかけた。【花岡洋二】

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コメント

同感です。

閉架扱いと禁書/焚書扱いを混同しているような意見が散見されます。

18禁の青年向け書籍と同じような取り扱い(ただし、ゲンの場合は児童の申請と教師の許可があれば閲覧可能になる点が異なりますが)でしかないと思うんですけどね。

投稿: えまのん | 2013年8月21日 (水) 16時04分

えまのんさん、コメントありがとうございます。

>閉架扱いと禁書/焚書扱いを混同しているような意見が散見されます。

はい。
なんか、そういうのを「正義」とすり替えてるように思えます。

本当は担当の部門、
地域の自主性をどう、守れるかということだと思います。
みんな一緒じゃなくて良いし。
閉架扱いにしても開架扱いにしても。

投稿: | 2013年10月 2日 (水) 17時23分

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