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2013年3月21日 (木)

科学と非科学の間

タイトルはアシモフからぱくっ。

ニューロンvs 視覚

人の自殺vs 自殺統計

自殺は人の物語

それを統計で判断するのはおかしい。

その言にはとても共感するものがあった。

個人と社会。ミクロとマクロ。視点を変えると全く違う。

どう違うのだろう。素朴に考えてみた。



● 網膜、ニューロン、大脳

 網膜の錐体、桿体細胞から入力された視覚情報は視床、視床下部、中脳へ伝えられる。しかし、その経緯のすべてが分かっているわけではない。これを知覚心理学では、視野のどこに、どんなタイプの刺激が与えられると、どの部位の刺激への反応が早いなどというような実験から、大脳へどのように視覚情報が伝えられるかを推測してゆく。視覚系のさらに上位では、神経節細胞の集団がどのようにニューロンの受容野を構成しているかなど更に複雑である。昨今、どういう刺激を与えるとどのように脳が反応するか、MRIやその他様々な機器があり、どの部位が興奮するか、化学的に分子的に調べることができる。感性をミクロに考えていくと、神経細胞の化学的なやり取りまで迫ってゆくことになる。しかし、最も大きな鍵は、人がどう、感じているかということになる。

 人の感性はミクロな反応がベースになっている。

 光は人の水晶体から入り、網膜に投影される。脳に伝えられる。その様を詳細に説明することはできる。しかし、それだけでは人が「見えて」いることにはならない。脳に視覚情報が伝えられても、見えていないこともあるのだ。本当に見えているかどうか、それは本人に聞いてみないと分からない。見えているはずでも、知覚できていないこともあるのだ。

 複雑系の集合体である人の認知システムはそれほど複雑だ。どんなにミクロに解析しても、全部の要素を一緒にすると、ゼロになったりする。このゼロという結果は、時としてはミクロの次元では説明できなかったりする。

 それよりも、すべてを統合してしまった、人の感覚の方が正確であったりするのだろう。

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● ガンの予後予測

 ガンに関する「説」で、興味深いものがある。放射線医師、近藤誠氏の「がんもどき」論だ。氏は「患者よ、がんと闘うな」などの著書で、まさに一世を風靡した。★註1

 早期発見して治療をしても死亡総数は滅らないことから、がんには「早期発見できる大きさになる以前に転移する本物のがん」と「転移や浸潤する能力のないがんもどき」がある。ただし、早期発見が可能な大きさになったあと初めて転移することは絶対ないとは言い切れない。(引用)★註1

 この論には多くの反論がある。しかし、間違っているという確固たる根拠は無い。どのガンが「がんもどき」であったか、分かるすべが無いからである。早期に発見して手術をする。それで治癒したとしたら、それが手術で切ったせいなのか、もともと、癌ではなく「がんもどき」であったのか、分からない。

 ガン細胞を病理学的に見分けて「がんもどき」かそうでないか、識別できれば良い。細胞の悪質度を見分ける精度を上げるということかもしれないが、今は限界がある。

 では、このがんもどき論を信じた上で考えてみたい。早期発見されているのだから、全員が手術をする。その中の何割が「がんもどき」なのだろう。これは、臨床からは分からない事だが、想像することはできるかもしれない。

 癌には本物のガンとがんもどきの二種類しか無いと仮定する。そして、がんもどきの場合、手術してもしなくても、大きくならない。本物のガンは早期とは言え、発見された時には、検査不能な微細ながん細胞が血流やリンパにのって散っているので、どんなに局部的に退治しようと無理だと仮定する。

 2期まで行ったということは、進行ガンということであるから、この場合、カウントすべきは1期のみ。ステージが1期の再発率は1割。上の乳ガンのデータでは1期で発見される89%が「がんもどき」ということになる。Fig1

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 もう一つ、こういう資料もある。

 2006年次、女性の乳がん2万412例の進行度(ステージ)。これをみると、ステージIが最も多くて7232例、35.4%を占めていた。これにステージ0(1817例)を加えた9049 例、44.3%が早期乳ガンだった。Fig2

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 ということは、およそ55%が「本物の癌」であり、残りの44%のうちの1割もその後進行するのであるから、4割が「がんもどき」であるという計算になる。

 もし、誰かが、胸にしこりを見つけたと聞いたとする。そしてそれが癌そのもののような所見を持つ時、どう、考えればよいか。治療するべきか、放置してもよいか。この計算であれば、55%が初期ではなく、45%が初期であり、そのうち5%が手術してもそのうち進行してしまう。4割は手術してもしなくてもがんもどきであるから、進行しない。そういうことになるだろう。

 更に年齢階級別死亡率をみると、40歳前の死亡率は低い。この年齢でどんなにたくさん発見されても、4割以上は「がんもどき」であるということだろう。

 これは、「もし、がんもどき論を信じ切ったとしたら」といういわば、お遊びの試算であるが、一つ一つの症例では分からないことも、マスにすると分かることがあるということだ。これは、上で書いた、ニューロンの興奮と「見える」ことの違いと同じかもしれない。ミクロでは見えないことが、マクロでは見える。しかも、そちらの方が正確であったり、趨勢を示唆できていたりする。(実際にはこの4割という統計がもっと大きかったとしても、早期で手術をしないという選択はしないだろう。)

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● 自殺:個人の物語と統計

 テレビをつければ、保険会社の広告が流れる。曰く、「80歳まで入れる」「持病があっても入れる」など。保険としては、驚く。CMの口調としては、困っている人を助けるようなものとしても聞こえる。それはすごい。

 しかし保険会社の医療部門に勤務していた友人が教えてくれた。こういうのは、全部、人口動態から利益計算をして作られている。絶対に保険会社が儲かるようになっているのだと。なるほど。人口動態、予測可能だろう。どんなに健康食品が流行っても、来年の平均寿命が1歳も高くなることはないし、もし、インフルエンザが流行ったら、何歳下がるか、これも過去のデータから分かっている。

 ここ何年か自殺が高くなったが、これもまた、大きく変わらないだろう。厚労省がどんなに頑張っても、来年、半分になることはない。50歳代男性における極端な増加だけが減らせるとすると、せいぜい、突出してしまった、1000人。何年かかけて、うんと減らせるとするとどうだろう。今までほとんど女性は変化していない。10万人あたり、15人。ということは、もし、世相とともに増えてしまったという男性の自殺率を減らせたとしても、10万人当たり、現在の24人を15人にできるというのが、限界であるということだ。実数にすれば、9000人。3万人をどんなに頑張っても、半分にはできない。自殺のような不確定なものでさえ、素人が電卓をはじけば、こんな推理が簡単である。保険会社のプロフェッショナルなら、もっと確度の高い予測ができるのだろう。


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 自殺の原因は徹頭徹尾、個人の物語であるはずだ。しかし、それを「社会科学で」見ると、上のような足し算や経済との相関などというような理屈が出て来る。

 太宰治の「斜陽」では、主人公の弟の直治が自殺するが、その時の遺書にはこのような言葉がある。★註6

「結局、僕の死は自然死です」

 葛藤をしても、自然死だと言う。それは弱肉強食の動物の世界でライオンに食べられるガゼルの死亡率と同じ意味かもしれない。それにしても不思議なものである。乳ガンの予後については、誰しも、どの程度の危険率なのか、聞く。動かない事実のように受け入れている。しかし、同じ統計でも自殺に関してはそんな風に思えない。

 そもそも、反感を感じずにはいられない。ニューロンやガン統計ではそれほど感じない感情を、なぜ、自殺にだけは感じるのか。それは不可抗力では無いと思えてしまえるからだろう。統計としてまとめてしまうと、マジックのように「事実」となってしまう。日本から一人の自殺者もいないような、美しい日本を作ることができるはず。私たちは心のどこかでそう、思っているから、乳ガンの予後ほど、簡単に受け入れられないのだろう。

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● ミクロとマクロ

 「見える」----その事実を科学で説明しようとすると、知覚心理学、大脳生理学などという分野になる。そこでは、網膜の細胞から、分子のサイズにまで遡って、解析してゆく。どこまでも正確さを追い求める。しかし、どこまで分析しても、人が見えているかどうかは、人が感じているかどうかということでしか、知る事はできない。最も正確な答えは、「見えます/見えません」という答えでしかない。それは、ミクロなものの集合体である、人の感性である。

 ガン細胞はどう、育つか。どう、人の組織を浸食していくか。これもまた、科学ではミクロの世界に迫って説明しようとする。しかしそこでも集合体としての人の反応でしか説明できないものがある。今、ガン細胞を体内に見つけた者にとって、誰かがそれでどう、亡くなってしまったかというよりも、自分の健康はどういうものになるかの方が大きな関心事だろう。もちろん医学にとってもそうだ。今、目の前の人の命をどう、救うか、どう、QOLを上げるかであるのだから。結局、一つ一つの事実よりもガンを帰納法的に考えた統計の方が正確だということなのかもしれない。

ミクロへのアプローチはサイエンスと呼ばれる。

マクロへのアプローチは、ソーシャルサイエンスなのかもしれない。

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註1

患者よ、がんと闘うな /近藤 誠

http://www5.ocn.ne.jp/~kmatsu/gan050.htm#06

註2

対がん協会 会報 552号

財団法人日本対がん協会 12/1, 2009 発行

http://www.jcancer.jp/archive/document/kyokaiho0912.pdf

註3

健康長寿ネット  国立長寿医療研究センター HPhttp://www.tyojyu.or.jp/hp/page000000800/hpg000000776.htm

註4

内閣府平成23年版 自殺対策白書

第1章 自殺の現状/4 年齢階級別の自殺の状況

註5

内閣府平成23年版 自殺対策白書

第1章 自殺の現状/1 自殺者数の推移

註6

太宰治 斜陽(直治の遺書)

“姉さん。

 僕には、希望の地盤が無いんです。さようなら。

 結局、僕の死は、自然死です。人は、思想だけでは、死ねるものでは無いんですから。

 それから、一つ、とてもてれくさいお願いがあります。ママのかたみの麻の着物。あれを姉さんが、直治が来年の夏に着るようにと縫い直して下さったでしょう。あの着物を、僕の棺にいれて下さい。僕、着たかったんです。

 夜が明けて来ました。永いこと苦労をおかけしました。

 さようなら。

 ゆうべのお酒の酔いは、すっかり醒めています。僕は、素面で死ぬんです。

 もういちど、さようなら。

 姉さん。

 僕は、貴族です。


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参考

患者よ、がんと闘うな

近藤 誠

抗がん剤は90%のがんに無効で命を縮める元凶だ。手術偏重もがん検診も同様。ではどうすべきか? 従来の“がん常識”を破った革命書

文芸春秋者, 1996

http://www5.ocn.ne.jp/~kmatsu/gan050.htm#06

(引用)

がんは三大成人病の筆頭に数えられ、今なお多くの患者が苦しめられています。しかしその原因が、抗がん剤や外科的手術、がん検診といった、治療法にあるならば――。現役の放射線科医による「文藝春秋」での連載は好評を博し、九五年度文藝春秋読者賞を受賞しました。巷間流布されている「がん常識」を根底から覆し、がんに関する著書が多数ある著者自身が“これまでの集大成”と自負する本書は、実りある人生を実現させるための革命書といえるのではないでしょうか。

斜陽 太宰治 新潮社 1947年

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