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2012年9月

2012年9月29日 (土)

当たりそうでこわい。。。

今年の2月に、すずめ日記に描いた予言、


http://suzume6.cocolog-nifty.com/blog/2012/02/post-d676.html

去年の5月の日記

http://suzume6.cocolog-nifty.com/blog/2011/05/post-da20.html


今、見たら、当たりそうで怖い。

今回、ジミントはイシバさんじゃなくアベさんになって、
良かったけど。
まだ、油断ならない。イシンの会が人気になっちゃうかも。
ジミントもイシバさんが取ってたら、
さぞ、メディアを掌握して、コイズミ時代再び〜みたいなコトになるとこだった。
コイズミさんは良い。焦点は郵政だったし。
だけど、イシバさんは、元、防衛庁長官。
怖すぎ。ああいうヒトが90%支持率取ったら、ヒットラーじゃん。

ってコトで、
そーゆーコトにならなくて、良かった。


でも、そうなるとイシンの会が怖い。
ジミンにインパクトが無いとなると、
今度は徴兵制イケイケ組が支持率90%取ったら、どーなるコトか。
おりしも隣の国とモメてる時に、
旗の中にモメてる場所を描いちゃうよーなヒトがなったら。。。怖すぎ。

ホラー映画じゃん
って、twitterに描いたら、
ホラー映画の次は戦争映画だとお返事が来た。。。
怖すぎてリアルすぎて、笑えない。。。

去年の5月の日記

そして、
日本も、
リーダーシップっていう名の下に、
強い「国」の力を求める。

日本と世界、どこへ向かっているのだろう。
なんか、同じ方を向いてる気がする。
その先に何があるんだろう。

「平和な時間」じゃない気がする。


http://suzume6.cocolog-nifty.com/blog/2011/05/post-da20.html


今年の
2月の日記 抜粋


ビビッドカラー (もしくは強い色、例えば濃紺。。プラス ピンクなどというように)

さて、どっちだろう。すずめ的に、後者が先に目立つと思う。
なぜなら、震災以来人は「強い日本」を望んでいるから。

コンクリートのグレイ プラス ストロングカラー
近くで見ると、それほど高級には見えないけど、写真で映像として流すと、そこそこインパクトがある。マスメディアジェニックなデザイン。

東北におけるコンクリートっていうのは、それなりに骨太で、良い選択だと思うけど。
このイメージをそのまま他のデザインに流用するとどうだろう。

マスメディアジェニックって、要するに見かけ倒しのかっこよさ。
だけど、家具にしてもアパレル(ファッション)にしても、それほどお金(無いし)がかからなくて、インパクトはある。
そういうものを、世の中は望むようになるのでは?

ファッションでは、スキッと強い、マニッシュな感じのものが出て来るかもしれない。ちょっと、コンサバティヴな。


そして、その次は。。。世の常として、強いものへの失望から、今度はフェミニンな方向へ行くかも?

ここから先は遠い所までの推理。

流行とは、流れをぶった切って突然始まるのではなく、
前の流れを残す感じで始まる。ちょうど、コートのマフラーのように。
強いものを残して、もしフェミニンが現れるとすると。。。
いわゆる、家長 VS 妻 という形でのフェミニンかもしれない。
強いものに頼る意味での美しきフェミニン。要するに保守的な構造の。。。たとえば、クラシックな。
洋服だと、今のような露出の大きなものではなく、胸の空きも小さく、
ウェストマークした女性的なもの。ピンクや甘さの効いた。


ただ。。。これは、きっと2、3年以降。
流行としては、そうだけど、
社会的方向としては、もっと違う形かもしれない。
強い存在は、必ずしも家長や男性ではなく、
女性かもしれない。若者や、(家長という意味ではない)高齢者かも。
そういう新しいパワーバランスが生まれる、端緒ができてくるかもしれない。


っていうすずめ占い。

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2012年9月28日 (金)

理系と規範

原発事故以来、

理系がウソつきになってしまった。


「安全だって言ったのにウソじゃん」
「爆発しないって言ったのにウソじゃん」

トカナントカ。

たしかにあの水素爆発は見抜けなかった専門家は多いんだろう。
それは解析や知見。。。技術的な限界。
そこに関しては、今までもがんばって来たんだろうけど、これからもがんばって欲しい。

だけど、
「安全って言った」ってのはどうだろう。

理系の中に、安全なんていう「基準値」があるのか。
無い。
そんな基準、理系の手法じゃ、未来永劫、作れない。


安全っていうのは何だろう。


たとえば、この水は安全か。
100人に1人、赤痢になる。。。そんなの安全じゃないけど、
飲まなかったら100人死ぬ。
だから、この水は安全。
そういう国もある。

日本では、放射線暫定基準値外の食品を大量に捨てた。
この食品は、日本人には、危険
だけど、平均寿命35歳、飢餓に苦しむ国ではどうだったろう。


環境によって、安全は変わる。
このボーダーをどこにするか、
それは、単に疫学的な数値では決められない。
政治の要素も大きい。
ってか、ほぼ、それがすべてじゃないだろうか。

理系がもたらすことのできる「結果」は

「このサンプルに関して、1000人に3人 癌になった(例えばね)」
っていう所までだ。この割合っていうのが、3人だったら安全なのか、
10人でもオッケーなのか。。。そんなのは言う方法が無い。


世の中には、そういういろんな実験が数多ある中、
賢い文系は、
自分たちが、都合の良い理系のセンセイを連れてくることができる。
3人ってのはキツいから、5人っていう結果出してるセンセにしよう。
あ、でもこっちのセンセイは カタブツ。こっちのセンセの方が口先がうまい。。ナドナド、
いろいろ考えて選んでくる。
で、センセに問いつめる。
基準値は、コレ、
このお米は、基準値の中に入ってますかいませんか?
「入ってます。」
「じゃあ、それは安全ですか?」
「あ、そういう聞き方されれば、安全というコトになります。。。」


でもって、
結局
「理系は嘘つきじゃん」ってなカンジになる。

で、
こういう評判があんまし出ちゃったんで、
いろんな学会が、そーゆーコト、言うのやめなさいよ。
とか、決まりを作ったりしてる。

この問題に限らず、
いろんな科学の分野で、「倫理規定」なるものがあって、
この研究、勝手にやるな、っていうのもある。
各大学も、倫理委員会トカナントカ、作ってる。

こういうのは良い。
大学も、学会も、自治的な組織なんだから、
自分たちの自主的なルールはあるべきだし、
そこで規制するのは良いやり方だろう。とっても。


だけど、そもそも論を言うなら、
理系は、こういう規範を持つべきだろうか。


本当は、
規範を持つべきは、
理系を「利用する側」の方ではないだろうか。
たとえば、
理系さんが、「勝手に安全と言うな」ではなく、
彼らを利用する政治が

「いい加減な理系の使い方をするな!」

というべきであるはず。

安全って決めたのは、
政治家でしょ。
文系の了見で、この程度なら、やってけると思ったから、その線引きにしたんでしょ。
それなのに、理系のせいにするってヘンじゃん。
問題はそこであるはず。
(もちろん、ワザとだから、そう、易々と反省しっこないけど。)


で、

逆に言えば、

理系には、文系の都合に踊らされるような規範なんて、持って欲しく無い。
純粋に、科学への興味から、
科学の進歩だけに注目した、独立した価値観を持って欲しい。
たとえば、これから先、原発を肯定するような関連の研究には予算がつかないだろうけど、
もし、そこに価値ある新しい研究が存在するなら、やれば良い。
世の中がこっちの方へ向いたからって、それにおもねちゃダメだ。
世の中なんて、いつ変わるか分からない。普遍的なもんじゃない。
それって
今まで原発を否定するような研究には予算がつかなかったというのと同じなんだから。

理系は理系の範疇で、
世間サマに踊らされることなく、
純粋性を保って欲しい。


で、

文系、
政治や企業は、
理系を利用するにあたっての、倫理規定をしっかりと、明確に、作るべきだ。
その倫理規定に反する使いかたは、
絶対にしない。
文系こそ、そういう理念と規範を持つべきだ。

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2012年9月16日 (日)

言葉としてのいじめ

■重体生徒の母、涙で「聞きたくても息子は…」
(読売新聞 - 09月13日 10:40)
http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=2152830&media_id=20


このような行為を「いじめ」と呼ぶのは、間違っている。
いじめがエスカレートでは無い。傷害事件だ。
過失であったなら、過失傷害罪。

これからは、きちんと、言葉として、使い分けるべきでは無いだろうか。

いじめとは何か。

ちょっとした心理的な軋轢程度のもの。人間関係の範疇のものだ。

万引きをさせたり、お金を取ったりするのは、
恐喝という犯罪であり、「いじめ」というような人間関係の範疇のものではない。
憲法で定められた教育を受ける権利を侵害したり(不登校)、自殺したくなったりするほどの「名誉毀損」「侮辱罪」も犯罪として刑事罰の対象だ。


いじめがエスカレートして「名誉毀損」や「傷害」。
被害者に実害を加えた時点で、それは「いじめ」から「犯罪」となる。

要するに、「いじめ」とは、
被害者を傷つけるだけでなく、加害者を「犯罪者」としてしまうものだ。
これを
きちんと明言するためにも、厳正に使うべきだ。

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家紋妄想/Come on Mousou

某師匠とやりとりしてて、

おもしろいモノ、見つけた。

http://www.omiyakamon.co.jp/onna-mon/03-1.html


家紋。

殆ど考えた事、無かったけど、これ、面白いかもしれない。
すずめの出た高校の校章は「違い鷹」だった。
江戸時代、藩校として作った、阿部正弘の家紋。デザイン的にもかっこよくて好きだった。


家紋って、母系というのを聞いていたので、
どういう仕組みなのか、ググって出てきたのが、上のサイト。
なるほどね。。。関西の習慣として、女紋っていうのがあるのね。
家の紋とは別に、
女性は実家から持って来た紋があって、
嫁入り支度のものにはそのマークが入ってる。そして、それを、女の子には伝えて行く。。。というようなのもあるらしい。

何となく分かるのは、
紋なんて、イマドキ、入ってるモノ、持ってる?
喪服と、風呂敷。。。ぐらいじゃない?
あと、お墓?

お墓だって、昨今のは、家紋なんて入れない、デザイナーズっぽいものも多いし。

で、その喪服と、風呂敷、袱紗。。。みたいなのは、いわゆる嫁入り支度として、親が作ったモノ。結婚前だったりするので、嫁ぎ先の紋じゃなく、自分の紋を入れるのがイージー。破談になるかもなんだし。
バツイチになっても、ずっと使えるし。

なので、合理的じゃん。

ってのは、ともかく。
妄想は、それじゃない。

ITの時代、人の視界はどんどん広くなっていく。普通に、海外とスカイプできる。
グローバル。どんどん、どんどん、マーケットスケールは大きくなる。
だけど、
ITが得意なのは、それだけじゃない。
何度も書いてるかもだけど、
ITは、ローカライズが得意なのだ。
今までのアナログでも、グローライズはできたけど、この個別対応、ローカライズはできなかった。「この人の為に一つだけ作る事」は無理だった。
ところが、今は、iPodを買えば、名前を入れてくれる。
車でさえ、いろんなカスタマイズオプションがある。

そんな時代。

家紋に話を戻すと、
皇室では、子供が生まれるとお印を決めるというのを聞いたことがある。ビアズレーも、作品には蝋燭を入れたりしてた。

これって、

要するに、自分用 ブランドアイデンティティだ。
昔は持ち物に、そういうマークを入れるのは、不可能だったけど、
これからは、できるかもしれない。


さて、ここから、更に妄想を広げよう。


自分用ブランド構築の時代が来る。

どうせ、自分のマークを決めるのなら、かっこいいのが良い。
いやいや、自分の哲学を反影したものが良い。
ウサギが好きだから、ウサギが良い。。。
などなど、
自分自身への演出を考えることになる。

自分自身の演出を考えるということは、
新しい自分を作りだすということでもある。
たとえば、デザイナーズベビー(DNA操作で理想の赤ちゃんをデザインするという発想)は無理でも、自分自身をデザイナーズアダルトとして、虚像を仕立てることができる。

リアルの自分と近い場合もあり、
大嘘の場合もあり。。。


たとえば、アバターとして使う訳だけど、
これが、人との接点になったりする。
自分の虚像を接点に、人と人とが繋がって、新しい社会が作れてしまう。
でも、その構成要素は、すべて虚像。
しかも、意図的に作られた虚像なので、流行によってどんどん左右されていく。。。
そう、これって、ミクシーと同じ。
だけど、違うのは、リアルの場で、リアルの土壌の上に、それが仕立てられるというもの。


そんな時代も来るかもしれない。。。という、

家紋からの、妄想。

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2012年9月 7日 (金)

自然が見える人 見えない人

よく、都会には自然が無いって言う。

そうだろうか。
もちろん、そうだろうけど、
でも、そう、言う人たちの多くが、
虫が嫌いだったり、
草の名前とか知らない。

たしかに、都会には自然が無い。
ホタルもいないし、
野うさぎもいない。


だけど、
二子玉川には、カワセミもいるし、
自由が丘にだって、ウグイスがいる。
渋谷でもオナガを見たし、新宿でハクセキレイもみた。


本当は、いろんな植物もいっぱいある。
自然って、見ようとしない人には見えない。

すずめは、
子どもの頃から、そういうのが大好きだった。
なので、とってもよく覚えている。

そんな中、
すずめが子どもの頃は見た事が無かった植物で、最近とても気になるのがある。


ハゼラン 

http://photozou.jp/photo/show/38290/12729422


サンジソウとも言う。結構きれい。以前、頂いたシンピジウムの脇から生えてきた。
園芸種かと思ってたら、道ばたで見かけるようになった。

最初、何て言う名前か分からなくて、何冊も図鑑を探した。
出てない。。。何冊も探したら、1冊だけ、出てた。


やはり、最近の外来種なので、まだ掲載してる図鑑が少ないんだろう。
山や自然の中ではなく、なるほど、街の道路脇でよく見る。
(園芸種ルートなんだろうか。今、まさにデビューしたてなんだろう)

3時に咲くらしい。なのでサンジソウとも言う。
花の付き方が珍しい。オモダカに似てる。
つぼみはまんまるで、艶々。
葉っぱもきれいでおしゃれだ。
毎年、同じ所に出る所をみると、強いんだろう。

マツバウンラン

http://ja.wikipedia.org/wiki/マツバウンラン

地方の博物館に行った時に、駐車場で生えてた。
割れたコンクリートの隙間から、1本。
何だろうと思って、覚えて帰って調べたけど、分からない。
やはり、図鑑に出てなかった。
最近、ネットをぱたぱたしてて、名前を見つけた。


ヒメツルソバ/ポリゴナム


http://ja.wikipedia.org/wiki/ヒメツルソバ

コレは明治の初めってコトだから、長いのかもしれないけど。。。
いろんな所でも見かける。
かなり強いらしい。
園芸店でも見る。


カタバミ/オキザリス

キカタバミやムラサキカタバミはすずめの子どもの頃からよくあった。
だけど、最近、華やかなのが、いろんな所で咲いている。
おそらく、園芸種だったのが、広がりつつあるんだろう。
黄色い八重になったのとか、派手なピンク、白。。。
きれいだけど、雑草としてはどうだろう。。

外来種として駆除を進めている所もあるようだ。
在来はカタバミと呼んで、外来種はオキザリスとしているみたいだ。

http://ja.wikipedia.org/wiki/カタバミ属

もひとつ、気になるのがある。
毎年、春ごろ、上智のグラウンドの土手の脇で見かける、小さなピンクの花。
ゲンノショウコに似てるけど、もっと、ピンクが濃い。ハエトリグサに近い色。
あれ、何だろう。。。
図鑑で見てもまだ分からない。

っていうのは、
すずめが気がついたもの。
ホントはもっともっとあるに違いない。

日本にこっそりやって来て、
道ばたでひっそり、咲いて、
少しずつテリトリーを広げて。。。
きっと、すずめはその時点で気づいたんだろう。
そのうち、もっともっと、多くなって、
誰も、これは昔は無かった花だって、思わなくなってしまう。
だって、「昔は無かった」っていうのは、なかなか思い出しにくいものだ。


植物図鑑を見ると、
いろんな植物が、
奈良時代や江戸時代、
いろんな頃にやって来てる。
今だって、どんどん来てて、
その歴史の一部を見てるんだろう。
これは意外にすごいコトだよね。


-----


補足 :
環境庁 外来種データブック見てたら、


ハタケニラが出てた。
この間、
小石川植物園でいっぱい見たばかり。駆除対象なのね。可愛い花だけど。
http://www.nies.go.jp/biodiversity/invasive/DB/detail/81190.html


ユウゲショウ:
コレもよく見るけど、でも、まだ、日本全土に広がってるワケじゃないのね。
http://www.nies.go.jp/biodiversity/invasive/DB/detail/81200.html


ブタナ
すずめが初めて見たのは北海道だった。
今は、いろんな所で見る
http://www.nies.go.jp/biodiversity/invasive/DB/detail/80570.html


マルバルコウ
http://www.nies.go.jp/biodiversity/invasive/DB/detail/80290.html
実はこれと近い、ホソバノルコウソウが好きで、
わざわざ取り寄せて植えたことがあった。
自由が丘のいつもの通り道の民家の垣根でも見る。とてもきれい。
マルバルコウは、まだ東京までは来てないらしい。

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セアカゴケグモ

西日本でセアカゴケグモ報告相次ぐ 尼崎では100匹以上も
http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=2145976&media_id=128


実はすずめは植物とかヲタだったりする。

虫も、子供の頃から好き。
昆虫図鑑とか、愛読書だった。

で、
クモは虫じゃないかもだけど、

このセアカゴケグモ、
昔、評判になってたなあ。。っと、
調べたら、1995年に発見されてる。
そっか。

ってコトでちょい、調べてみた。

ゴケグモって、
実はイロイロいる。
っていうか、クモって毒蜘蛛っていうイメージがあったりするけど、ホントはそんなに毒があるのはいなくて、いるとすれば、いくつかの種類に限られるワケだけど、その一つがこの
後家蜘蛛
そう、夫が噛まれると後家になっちゃうとか、雄蜘蛛食べちゃうとかイロイロ意味があるらしいけど。


ちょっと、びっくりしちゃったのは、ゴケグモ情報センターなるモノができてる。

http://insbase.ac/xoops2/modules/bwiki/index.php?FrontPage

ざっと見ると、今まで発見された場所が出てるけど、
概ね、場所として、輸入車とか、検疫所とか、そういう場所。
ココで食い止めねばっていうトコだろう。

こういう外来種、困ったモンだと思うけど、
でも、
植物ヲタのすずめの目からは、そんなモンかなとも思えてしまう。


温暖化のせいだとか、イロイロ言うけど、
でも、そんなに短絡的じゃない。

植物図鑑を見ると、
ほとんどが「外来種」だ。
それも、温暖化の噂が出るずっと前、奈良時代とかに渡ってきたものとか、
もちろん、明治の時代に、輸入品の詰め草に入っていたものとかもある。
日本古来の種なんて、ほんの数える程しか無い。

もちろん、温暖化の問題もあるだろう。
昔の日本であれば、何年かの冬は超せても、時々来る大寒波によって死滅してしまう。。ってコトで種をつなげることができなかったものも、大寒波なんて滅多に来ない、そのうち、だんだんと鍛えられて。。。みたいな。

生き物って、意外にヤワじゃなく、柔軟性もある。
たとえば、よく鉢植えで売ってるガジュマル。南の方では外でも越冬できるんだろうけど、東京では無理。普通は枯れてしまう。
だけど、なぜかすずめんちの近所では、じか植えの大きな木がある。
たぶん、こうやって年を重ねて耐性ができてったんだろう。


ホモサピエンスに限らず、
生き物はみんな、そのテリトリーをどんどん広げて行くモンなんじゃないかな。

ゴケグモ君は歓迎しないけど。

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2012年9月 2日 (日)

孤独死統計実施は3県

孤独死統計実施は3県 毎日調査
http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=2140535&media_id=2

しかし、本当にこれをどう、解決すべきか、
良く考えてみると、その難しさが分かる。

現在、高齢者に限らず、一人暮らしは多い。

http://www.stat.go.jp/data/kokusei/2010/kouhou/useful/u10.htm

ざっと、1500万人
http://www.stat.go.jp/data/topics/topi141.htm

高齢者のいる世帯の内訳をみると、高齢単身世帯が338万世帯(平成10年~15年の5年間で39.3%増加)、高齢夫婦世帯が447万世帯(同26.5%増加)、その他の高齢者世帯が860万世帯(同8.3%増加)となっており、高齢単身世帯と高齢夫婦世帯が著しく増加しています。(図1)

というコトだけど、これはもっと増えてるだろう。

さてさて、それは悲しいコトだろうか。
個人それぞれだから、そりゃ、分からない。
じゃあ、こういう高齢者が1人で亡くならないために、具体的にはどうすれば良いのか。


現在、地域には民生委員他、ある程度見守りのシステムがある。自治体が緊急通話用の機械を貸し出している所もある。本人が救急車を呼ぶ事もできる。だけど、それでも何の手だてもできず、亡くなるという事態が孤独死としてカテゴライズすることになる。

民生委員たちは、この人が危ないと思えば、時々見に行く。自治体の福祉課につなげることもある。だけど、すべての人がそれを歓迎しているわけではない。
個人情報を開示したく無い高齢者は多い。
否、個人情報という抽象的な言葉じゃない。
彼らにとっては、息子たちとうまくいっていない、今月の家賃を払っていない、娘が家出して帰って来ない。家の中が汚い。夕べの食器がそのまま出してある。。。。
地域/近所の人にしかフォローはできないが、地域/近所の人に知られたく無い事情を持つ人は多い。高齢でプライドがあれば尚更だったりする。

そもそも、陽気で社交的、何でも人に話せるような人だったら、そういう境遇になったりしない。
そうじゃない偏屈老人、リアルの友人としては歓迎しないが、
彼らにも、彼らの権利がある。誰にも気兼ねせず、静かに暮らす権利。それが楽しいと思う権利。
もし、行政が現在の体制ではなく、もっと強化しようとしたら、もっともっと、こういうプライバシーに踏み込んでいかなくてはならない。
それって、良いことなのか。


これから先、高齢者の一人暮らしは増える。
もちろん、孤独死にカテゴライズされるような事件も増えるだろう。
だけど、それを、国や行政が管理していくべきなのか。

安易にイエスとは言え無いと思う。


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