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2012年3月

2012年3月31日 (土)

消費者は忘れない

放射性セシウム新基準 1日から
http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=1971726&media_id=4


先ずは、暫定ってコトバ、
どういう意味だろう。

311以前は、水にも野菜にも、セシウムなんてゼロだった。
アリエナイので測ってもいなかった。
輸入品にだけ税関で基準が儲けられていた。

しかし!
3月17日、
突如として、暫定基準というモノが登場するようになる。
どういう意味??
基準が無かったから、とりあえず?基準を作るってコト??

そうじゃない。暫定っていうコトバ、

provisional (emergency) standard
の翻訳だ。

要するに、エマージェンシーだったのだ。
私たちは、それまでの「平和」な状態ではなく、トンでもない状況にあり、だから、すべての基準がひっくり返った中で生活してきたのだ。
そして、ようやく、今、その戦時下での生活が終りつつある(まだだけど)。

去年の3月4月の日記。

http://suzume6.cocolog-nifty.com/blog/2011/03/post-b43f.html


http://suzume6.cocolog-nifty.com/blog/2011/04/post-58ff.html

めでたしめでたし?


しかし、放射線というのは、私たちに対して、どういうものなのだろう。


多くの人が言う。
国は隠蔽している。本当の事を言って欲しい。

実はそんなことは無い。ちゃんといろいろ公開してる。
そして、安全か安全じゃないか、
これは嘘だ、嘘じゃないかっていう批判の対象じゃない。


安全とは、どんなにつきつめても、割合でしかない。

どんなに高い放射線を含んだ食べ物も、健康被害に関しては、割合でしか影響が無い。
たとえば、XX SVの食品を食べて癌になる確率は、XX%という風に。
たとえば、それが1%だと仮定しよう。
日本人の致死率は100%だ。その中の半数が癌になり、3割が癌で死ぬ。
その中の1%がその食品由来だということになるが、でも、ある人が癌で亡くなった時、その原因が、3割が癌になるという日本人の宿命によるものなのか、放射線由来なのか、原因は分からない。分かる方法も無い。
1%を0.5%に減らしても、私たちの運命に関して、分からない。人口動態調査にさえ、出て来ないだろう。(この件に関しては突っ込むと長いだろうけど割愛)


だから、ある放射線量の食品に関して、安全かどうかなんて、実は誰にも言えないことなのだ。隠す隠さない、本当のコト、嘘っていうハナシじゃない。

そういう意味で、
国が決めた基準というのは、そこそこ理解できるものだ。
オッケー、安全だと信じようじゃないか。

しかし!
それと、消費者が買うか買わないかは、ハナシは別だ。
なぜなら、私たちは、死ぬか死なないかなんてので、食品は選んで来なかったから。
だから死ぬって言われてもタバコを吸う人はいるし、
絶対安全な農薬やら、食品添加物やらを排除した食品には、高額を払ってでも買う価値があると考える人がいる。それは、消費者としての権利だ。

放射線があるかもしれないと思うだけでおいしく無い。
じゃあ、買わない。
同じ桃なら山梨産を買いたい。そうい思う消費者はいる。
安全だとか健康被害っていう問題じゃない。

そして、時として、これは市場価格に反映することになる。

その力、どれほどのものなのか。


昔、森永ヒ素ミルク事件というのがあった。
森永粉ミルクにヒ素が入ってしまったというもの、1955年のことだ。
実に半世紀以上前。しかし、今もって、森永の粉ミルクは市場価格が低い。

森永ドライミルク はぐくみ 大缶 850g 
価格ドットコムでの、この最低価格は 1980円

明治乳業 明治ほほえみ 850g
こちらは2100円

誰もが知るように、明治と森永のブランド力には差が無い。
しかし、今もって、100円以上の値段の差がある。
これは、農薬だの添加物以前の問題。品質に関しては全く根拠の無いものだ。

だけど、消費者というのは、そういうものなのだ。(もちろんこれには、森永という企業の謝罪の気持ち、良心というのも反影しているだろうが)


要するに、消費者は忘れない。半世紀以上も。


だから、今回の事故で、
もし、市場価格に消費者の意識が反影されてしまうなら、
これは、東電が保障すべきものだということだ。
そして、それは、販売可能だからとか、今年だけとか、そんなんじゃ無い。
半世紀にわたって、保障しつづけなければならない。

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 食品に含まれる放射性セシウムの新たな基準が1日から適用される。新基準は、東京電力福島第1原発事故直後の昨年3月に設定された暫定規制値より大幅に厳格化され、肉や魚、野菜は暫定値の1キロ当たり500ベクレルから100ベクレルとなる。基準値を超えた食品が流通しないよう、厚生労働省は自治体に検査強化を求めている。

 暫定規制値では食品を5分類し、「肉・卵・魚・その他」「野菜類」「穀類」を1キロ当たり500ベクレル、「牛乳・乳製品」「水」を200ベクレルとしていた。新基準値は子どもに配慮して「乳児用食品」(50ベクレル)の区分を新設。「牛乳」も50ベクレルにし、その他の「一般食品」(100ベクレル)と「水」(10ベクレル)を合わせて計4分類とした。流通期間が長いコメと牛肉には経過措置を設けて10月から新基準を適用。大豆も来年1月に切り替える。 

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2012年3月28日 (水)

大増税すれば?

消費増税 民主、未明の大混乱
http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=1966946&media_id=4


この際、ドカンと大増税しちゃってください。
って、すずめ的には思うんだけど。


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この間、結構、教養高そうなご婦人とお茶してて、言われた。

消費税、海外だったら、食料品と贅沢品、分けてる。日本もそうするべき!
って。

あ、だけどさあ、そういう国って、もともと消費税高いんだよね。
WIKIで拾ってみると。
(順に、標準税率  食料品にかかる税率)

EU加盟諸国

ベルギー 21% 6% 
オランダ 19%  6% 
ルクセンブルク 15%  3% 
フランス 19.6%  5.5% 
イタリア 20%  10% or 4% 
ドイツ 19%  7% 
デンマーク 25%  25% 
フィンランド 23%  13%
スウェーデン 25%  12%

こういう二桁レベルの数字。だから、食料品と税率を分けるっていうコトになってくる。

http://ja.wikipedia.org/wiki/消費税


そもそも、なぜ、国が逆累進とも言えちゃう消費税を上げようとしてるか。。。っていうコトを、なぜか、みんなスルーしてる。

要するに、
消費税前の税金って、企業にかけてきた。そうすると、企業の業績によって、税収は乱高下しちゃう。企業の業績が良い時はドカンと儲かるけど、悪い時はドカンと減っちゃう。
しかも、企業の業績が悪い時ほど、弱者が困窮する。国が再分配すべき金額が大きくなる。福祉が成り立たない。
だけど、人が買う量っていうのは、それほど変わらない。まずは、食べなきゃいけないし。だから、そういう安定的な税収入を得るためには、人が安定して行動する何かにかけなきゃいけないワケだ。
それが、消費税。

だけど、もし、贅沢品だけにかけたらどうだろう。(昔の物品税と同じなんだけどね)
もちろん、不況になると、一番に売れないのが、贅沢品だ。だから、こういうのからの税収入も、不況になれば大暴落。

なので。。。食料品その他、人がどうしても必要なモノにかけるしかない。。。っていうのは、ホントは分かる理屈なのだ。
(とは言え、消費税って、なかなか徴収も難しいらしいけど)


ところが、ココに妄想が介入する。
政治家さんはみんなお金持ちの味方だから。

って、そうだろうけどさ。

だけど、先ずは、この理屈を知った上で考えたいモノ。


で、
すずめ的に、
消費税でも何でも、ドカンと増税すりゃ良いって思う。
特に、電気代、税金かけるか、国営化するかして、うんと上げれば良いじゃん。
もちろん、累進課税もドカンとね。


それでもって、
収入の少ないヒトには、
別途「手当」として、大盤振る舞いして欲しい。

子供手当
大学手当
高齢手当
病気手当
結婚手当
出産手当
失恋手当。。。。

何でもかんでも、収入によって手当を出して欲しい。


どーせ、
高福祉って、高負担でないとできない。
増税反対っていうのは、
高福祉国家反対ってコトでもある。

すずめは、
もう、しょーがないから、
個人が将来の準備するんじゃなくて、
マスとして福祉で養って欲しいって思うんだけどね。

小さな政府じゃなく、
大きな政府。
これから、みんなが貧しくなっていくんだったら、
それしか生き残る方法は無いんじゃないの?

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ゆとりって、そんなに悪い?

脱ゆとり 高校教科書ページ増
http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=1966177&media_id=4


ダイガク教育の現場の諸センセイ方がいらっしゃる中、すずめが言っちゃうけど。

ゆとりって、そんなに悪い?

若者って、そんなにバカになってる??
すずめたちの頃だってバカだったよ。


すずめ的に、一番、大きいのは、大学全入ってのだと思ってる。
誰でも大学行けるとすれば
ぶっちゃけ、トーダイ、ワセダケーオージョーチっとかナントカ以外、どこでも良いじゃん。好きなのが専攻できれば。
だったら、別に一個でもいっぱい単語覚えようとかしなくても良い。
競争率だって、めちゃくちゃ下がってる。
そりゃそうだ。少子化だもん。


っていう時代。
別にモンカ症がどう言おうと、勉強したく無いヤツはしない。

なので、「ゆとり」を止めたって、そんなに変わらないだろうって思ってる。

そもそも。。。
それって、ホントに問題だろうか?

逆に言って、
じゃあ、ゆとりじゃなかった時代の今のオトナって、そんなに賢いだろうか?


この間、消費税のコト話してて、すっごく違和感感じた。
年配の、教養深く見える人。
「消費税、食料とか生活用品はゼロにして、高級品にだけかければ良いのよ。」
って。。。それって、昔の物品税じゃん。
でも、何でそもそも、国が消費税を生活用品にかけなきゃいけないか、知ってない?

でもって、消費税を食料品にかけるのは、お金持ちの都合だ。
日本の政治家はみんなそうだ!
ッと、批判精神だけがたくましくなる。


もしかして、これが、今の大人の教養を象徴してる。
こういう、中学の社会の問題に出て来るような基礎的な事が抜けてる。
でもって、そこに、批判精神だけがオンされるから、
みんなして後期高齢者保険制度を潰して事務費をドブに捨てるような事でもやっちゃう。
批判精神が肥大したヒトが、なぜか賢そうに見えちゃう。


すずめ的に、
今のゆとりで育った子も、
オトナも、知識レベル的には大して変わらない。
だけど、
批判精神だけが一方的に肥大してる。

だから、
ゆとり世代はダメダメだというコトになる。


ゆとり世代が習ってなくて、
今の大人ができる/知ってるコトって、どれほどあるだろうか。
英語の筆記体ぐらいしか、思いつかないけど。
(でもさ、ガイジンが英語の筆記体、書いてるとこ、見たコト無いんだけど。)

そんなに悪いかな。
ゆとり教育。
アメリカンスクールのカリキュラムなんか見てると、
確かにレベルの高い部分はある。だけど、スポンと抜けてる所もある。
親が熱心じゃない家の子はそれこそ落第しちゃうぐらい、こぼれちゃうかも。。
だけど、確かに伸びる子はそのゆとりの部分を使って伸びるんだろーなって思う。

今のユトリの子たちだって、そういう部分で、私たちが学生時代には獲得できなかった部分を学び切ってる。たとえば、プレゼン能力。リテラシー。
今の小学生、自分で(親に隠れて)ホームページ作ってたりする。
ブログなんて、みんなやってる。
ゆとりがどーのっていうおじさん、おばさん、あんたたち、できる?

英語だって、(できないとは言え)格段に進歩してる。
昔は英検一級なんて、一つの市に一人しかいないとか言われてた。
今はザラザラ(英検じゃなくて)。。。しかも、昔とは難しさが雲泥の差。


すずめ的に、
別に今の子たち、バカになってるワケじゃない。
昔みたく、大学や表社会が選ばれた人たちだけのものではなく、
みんなが行けるし、みんなが自分を主張できるようになった。
それだけの事にすぎないと思ってる。
すずめたちもバカだったし、
今だにバカだ。平均すれば同じ。

だからさ、
批判精神だけをたくましくさせるのは、やめようよ。


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高校でも「脱ゆとり」=教科書ページ12%増、英語は25%アップ―文科省
(時事通信社 - 03月27日 17:05)


 文部科学省は27日、主に高校1年生が2013年度から使う教科書の検定結果を公表した。現行教科書と比べたページ数は全教科平均で11.9%増となり、新学習指導要領に基づき、「脱ゆとり」に転じた教科書が小中高全てで出そろった。

 要領改訂で地理Aに防災教育が盛り込まれたが、文科省への提出期限が東日本大震災の約2カ月後に設定されていたため、震災や原発事故について十分書き込めなかったとして、多くの社は地理歴史や理科などの教科で内容の差し替えを申請する見通し。

 今回は、生徒の興味や関心を高めるため、ゲームを通じ数学の楽しさを教える「数学活用」と、食物の成分など人間生活に関係の深い事柄を学ぶ「科学と人間生活」が新設された。

 新要領で「授業は英語で行うのが基本」と明記された英語は工夫が施され、英文の量も増えたためページ数が25.2%増となった。新たに学ぶ単語数は平均で514語となり、現行版から約46%増えた。 

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2012年3月26日 (月)

記事がヘンでは?

10歳少女の告訴「幼い」と無効
http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=1963567&media_id=4

裁判がじゃなく、記事がヘンだと思って、判決文他資料をネットで探したんだけど、
結果として、この記事以上のものはでてこない。

事実はどうかというのは別に、記事の趣旨をまとめると。

富山地裁 田中聖浩裁判長
2012年1月判決
母親(39)の交際相手の男(42)が強制わいせつ罪などで懲役13年
母親もホテルを予約したとして同ほう助罪などに問われ、懲役4年

検察側は「判決は少女の告訴能力について十分検討していない」として控訴

検察は少女に対する2件のわいせつ事件を問題視:
母親がほう助容疑で捜査対象
少女と祖母の告訴状で男を起訴

そのうち、一つは、
10歳11カ月とまだ幼い年齢で、告訴能力が無いとして告訴を無効
祖母の告訴状は無効。公訴無効。
(記事全文は下に)

-----


すずめ的にちょっと頭をよぎったのは、
アマミノクロウサギ裁判。(奄美大島でのゴルフ場建設の許可取り消しを求めた訴訟)この時も、ウサギには告訴の能力無しってコトで、却下。
なので、上関原発の訴訟ではカンムリウミスズメとそのお友達の人間たちも訴訟に加わった。

ってのはともかく、
この裁判、なぜ、10歳の子供にしなければならなかったのか。
あまりに痛ましい。
そこに問題があるはずだ。
もし、この裁判が有効であったなら、10歳の子が被害者の場合、本人が原告にならなければ罪にできなくなってしまう。

10歳の子を法廷に立たせなければ、こんな非人間的な犯罪を罰することができないのか?
もし、そうだとしたら、法が問題だと言える。

だけど。。。

そうじゃない。


強制わいせつ罪は、

wiki

刑法第176条(強制わいせつ)
13歳以上の者に対し、暴行又は脅迫を用いてわいせつな行為をした者は、6ヶ月以上10年以下の懲役に処する。13歳未満の者に対し、わいせつな行為をした者も、同様とする(性別は問わない)。


13歳以下であるこの子は、強制わいせつの対象ではない。
なぜなら、

児童虐待の防止等に関する法律で、13歳にみたないものは、いかなる理由があっても、本人の同意があったとはされず、即、犯罪と見なされるからだ。

10歳は、問答無用に犯罪なのだ。

さて。。。
では、なぜ、この親と男の犯罪を、こんな事をしなければ告発できないのか。
もっと小さい子への虐待や傷害だったら、どうなのか。

この裁判で10歳の子でも告訴能力があるとして、
だから、この親たちを罪人にできる(実際には、このケースでは祖母が告訴して懲役にできているが、祖母がいなかったらどうなのか)ということにするならば、

もし、もっと、小さい子、
おばあさんがいない子の場合、
罪にすることができないということになってしまう。

なので、
すずめ的には、(あくまでこの記事の情報からだけだけど)
告訴能力があるとしないというのは、
妥当だと思う。
10歳の子供が告訴能力を持たなければならない社会の方が間違ってるし。


なのに。。。
ミクシーの日記には、
裁判長を詰る言葉が並ぶ。

情報があまりに無いので分からないけど。
少なくとも、記事はおかしい。


------


 強制わいせつ事件の裁判で、被害を受けた当時10歳の少女の告訴を富山地裁(田中聖浩裁判長)が「幼い」ことを理由に無効とし、公訴の一部を棄却する判決を言い渡していたことが25日、分かった。検察側は「判決は少女の告訴能力について十分検討していない」として控訴しており、NPO法人「児童虐待防止協会」(大阪市)の理事長も務める津崎哲郎花園大特任教授(児童福祉論)は「こうした判決が確定すれば、子どもが救済されず、水面下で被害が拡大する恐れがある」と危惧している。

 判決があったのは今年1月。この少女と当時15歳だった姉に、それぞれホテルでわいせつな行為をしたなどとして、母親(39)の交際相手の男(42)が強制わいせつ罪などで懲役13年、母親もホテルを予約したとして同ほう助罪などに問われ、懲役4年を言い渡された。

 検察側が問題視しているのは、少女に対する2件のわいせつ事件。いずれの事件でも法定代理人の母親がほう助容疑で捜査対象となっていたため、富山地検は「地獄のような日々だった。できるだけ重い罰を与えてほしい」とする少女の話を告訴調書としてまとめた上で、祖母の告訴状も取り男を起訴していた。

 しかし、判決は「調書作成時、10歳11カ月とまだ幼い年齢であった」とし、「告訴能力を有していたことには相当な疑問が残り、有効な告訴があったとは認めがたい」と少女の告訴を無効と判断。その上で、最終的に母親が起訴されなかった1事件については、告訴権は母親にあり、祖母の告訴状は無効として公訴を無効とした。 

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2012年3月21日 (水)

すべきことは、教師の労務改善では?

小中生の留年、習熟度別にすべき~橋下市長
http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=1957778&media_id=88

8、9歳の子にかけ算を教えられないっていうのは、子供の能力の問題じゃない。
教師の技量の問題だ。そういう低質な教育しか与えられないというのは、基本的人権の侵害じゃん。


ただし、
先生がなぜ、たかが小学校2、3年生にかけ算が教えられないかというと、
余裕の問題では無いだろうか。


ちょうど、2、3日前に、公立中学のセンセイをしてる古い友人に会った。
昔はいろんなシュミを持ったヤツだったので
「最近は何?」
って聞くと、何も無い。余裕が無い。
毎日、帰りは10時。

学校って、そんなに遅くまでやってる??

要するに、書類書きだと言う。
何か一つやるにしても、
膨大な量の報告書を書かなければならない。
子供の為にやる事の何倍もの事務仕事が発生する。
っていうコトは、
子供たちの為に、何か、新しい事をしようとするだけで、
余分な、莫大な、仕事をしなければならなくなる。
子供たちの為に使う時間は15分でも、
書類書きは3時間。
ちょっとした相談に乗ってもそう。

だったら、特別なコト、しようと思えなくて当然だ。


そういえば、そんな統計を見たことがある。

http://jec.or.jp/soudan/images/kikanshi/65-2-6.pdf


もっと、ズバリってのもあったけど、めっからない。
ズバリってのは、
日本の教師は、子供と向き合う時間と、その他の拘束時間の差があまりに大きいってモンだった。

なぜ、こんなにもたくさんの書類を作らなければならないのだろう。
結局、いろんな意味で教育の現場が叩かれ続けてきて、
その自衛手段としてっていうコトだったんだろう。
一つ叩かれると、一つ、全国の教師の仕事が増える。しかも未来永劫。

話はそれるけど。。。


今も昔も子供たちを巡る不幸はたくさんあった。
家庭内暴力や貧困、
お母さんが病気になった、事故にあった。。。
いろんな事態が発生すると、先ず、学校の担任の先生が気づく。
個人情報云々でうるさい昨今、生徒を通してのフォローは、いろんな意味で実効力がある。先生が自分で、もしくはソーシャルワーカーにつなげる事によって、
その子の親や、他の家族を守る。
学校というのは、そういう社会のセーフティネットとしての役割をずっと果たしてきた。
(逆に言えば、これから、子供が少なくなってしまう時代、そういう救いの手と繋がる場所を持たない人が増えてしまうということでもある)

先生って、そういう、ものすごーっく、重要な役割さえ、持ってるのだ。

で、
もとの話題にもどると。


たしかに、かけ算もできないような子が存在するという。
たかだか小学校低学年。まだ子供だ。
かけ算ができなくなる理由は何か。
子供のせいだろうか?
違うに決まってる。それって、教師の怠慢だ。


もちろん、「かけ算」ってのは一つの例。
高学年になると、精神的なもの、家庭の事情。。。その他、いろんな難しい問題があるようになる。かけ算だけじゃなく、社会のセーフティネットの一つとしての、役割だってある。


だけど、
教師が忙しすぎるんじゃないだろうか。
しかも!
子供に使う時間じゃなく、
上司に報告書を書く作業に忙殺されてる。


かけ算ができないなんてのの責任は、
教師にある。
子供自身が「留年」なんかで責任を取らされるなんて、断固、間違ってる。
だけど!
そういう余裕を与えない、労務環境に問題がある。

政治が変えるべきは、
そこじゃないだろーっか。

------


 大阪市・橋下徹市長は20日、日本テレビ系列・読売テレビの報道番組に生出演し、小中学生の留年制度について「年齢別ではなく、習熟度別の学習にするべきだ」と述べ、学年という枠組みを撤廃すべきだとの持論を示した。

 目標の学力に達していない小中学生に対し、留年制度を検討している橋下市長は、20日に出演した読売テレビの報道番組「かんさい情報ネットten!」の中で、「年齢だけでなく、能力ごとにクラス分けをして、習熟度を上げる」と述べ、学年別のクラス分けを撤廃すべきだとの持論を強調した。

 橋下市長「学年をボンと下げるのではなくて、年齢によるクラス分けはもうやめましょうと。科目によって、年齢を超えたグループができて、そこで同じプログラムや科目を勉強すればいい」

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2012年3月 6日 (火)

ぞっとさせるメディア

非常に興味深いブログをみつけた。

「ぞっとした」にぞっとした話
http://blogos.com/article/33290/


上記から抜粋。(資料は、全文を下にペーストした)


「菅首相が介入、原発事故の混乱拡大…民間事故調」(読売新聞2012年2月28日)
東京電力福島第一原発事故に関する独立検証委員会は27日、菅前首相ら政府首脳による現場への介入が、無用の混乱と危険の拡大を招いた可能性があるとする報告書を公表した。。。。。「首相がそんな細かいことを聞くのは、国としてどうなのかとゾッとした」と証言したという。(全文参照)

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ブログ執筆者/山口浩氏 のコメントから抜粋

違和感があったのは、「首相がそんな細かいことを聞くのは、国としてどうなのかとゾッとした」という証言だ。

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すずめ的にもかなり恣意的な表現だと感じた。

山口氏は
内閣審議官の下村健一氏がツイッターで明かされた「発言の真意」を引用している。

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以下、引用。

【民間事故調/3】私は、そんな事まで自分でする菅直人に対し「ぞっとした」のではない。そんな事まで一国の総理がやらざるを得ないほど、この事態下に地蔵のように動かない居合わせた技術系トップ達の有様に、「国としてどうなのかとぞっとした」のが真相。総理を取り替えれば済む話、では全く無い。

【民間事故調/4】実際、「これどうなってるの」と総理から何か質問されても、全く明確に答えられず目を逸らす首脳陣。「判らないなら調べて」と指示されても、「はい…」と返事するだけで部下に電話もせず固まったまま、という光景を何度も見た。これが日本の原子力のトップ達の姿か、と戦慄した。


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http://www.h-yamaguchi.net/2012/03/post-017c.html

山口氏のブログは上記。


氏は、
メディアのあり方に言及されている。
まったく同感だ。

結局、ソーリの悪かった点は、
口調が強すぎたのでこの、ぼーっとした官僚さんやら東電マネジメントやらが
ビビって萎縮してしまったというもの。
もっと、優しく言えばよかったというコトか???

なら、ヘッドにはそう書きなさい!メディアさん。
「ソーリは 官僚や東電首脳をビビらせないように優しい言葉を使うべき」

そう書けば、どんな読者も、あんたたちの性根は分かるから。


こうやって、私たちは、誘導されていった。
結果、
口調の強い、カン氏は降ろされて、
口調が弱そうなヒトがソーリになった。

そういえば、アソーさんの
「何でオレがああいうヒトたちの治療費まで払わなければならないのか」って発言も、随分な曲げられ方をして流されてたなあ。。。
そういうコトは報道しないのよね。

小泉以後、焼き畑政治。
次は、この口調が弱いソーリは
「口調が優しすぎ!」
って叩かれて、降ろされるんだろう。


--------

http://www.yomiuri.co.jp/politics/news/20120227-OYT1T00920.htm


福島原発
 東京電力福島第一原発事故に関する独立検証委員会(民間事故調、委員長=北沢宏一・前科学技術振興機構理事長)は27日、菅前首相ら政府首脳による現場への介入が、無用の混乱と危険の拡大を招いた可能性があるとする報告書を公表した。


 報告書によると、同原発が津波で電源を喪失したとの連絡を受けた官邸は昨年3月11日夜、まず電源車四十数台を手配したが、菅前首相は到着状況などを自ら管理し、秘書官が「警察にやらせますから」と述べても、取り合わなかった。

 バッテリーが必要と判明した際も、自ら携帯電話で担当者に連絡し、「必要なバッテリーの大きさは? 縦横何メートル?」と問うた。その場に同席した1人はヒアリングで「首相がそんな細かいことを聞くのは、国としてどうなのかとゾッとした」と証言したという。

 翌12日朝、菅氏は周囲の反対に耳を貸さず、同原発の視察を強行。この際、同原発の吉田昌郎前所長(57)が東電本店とのテレビ会議で、「私が総理の対応をしてどうなるんですか」と難色を示す場面を目撃した原子力安全・保安院職員もいたという。

 報告書は、官邸の対応を「専門知識・経験を欠いた少数の政治家が中心となり、場当たり的な対応を続けた」と総括し、特に菅氏の行動について、「政府トップが現場対応に介入することに伴うリスクについては、重い教訓として共有されるべきだ」と結論付けた。

(2012年2月28日05時02分 読売新聞)

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ホントは怖いニュース記事

ChromeユーザーはIEユーザーより賢い?――オンラインパズルでの調査結果

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前からウスウス分かってたけど、
ってか、誰だって分かってるだろうけど。。。

こういう集計ができるってコトは、
個人の履歴も、
データベースにできてるってコトよね。

私たちが見たサイトとか、
買ったもの、

どーゆーのが好みか。
誰かと喧嘩してるか。
こっそりつき合ってるか。

全部、知ってて、

たとえば、

フリンしてる20代女性とか
ギャンブルにハマってるおじさんとか、
XXX病に罹患したヒトだとか。。。。

分かっちゃってるんだろーな。

http://www.itmedia.co.jp/news/articles/1203/05/news056.html

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 米GoogleのWebブラウザーGoogle Chromeのユーザーは、米MicrosoftのInternet Explorer(IE)ユーザーよりもCalcuDokuパズル(数独のバリエーション)を解くのが速い――。英パズルサイト「calcudoku.org」を運営するパトリック・ミン氏がこのような調査結果を発表した。

【写真:Chromeユーザーは解答が早かった】

 この調査は、2010年と2011年に同クイズサイトにログインしてパズルに挑戦した100万以上のユーザーデータに基づいている。ログイン時に使っているWebブラウザ別にユーザーを分け、IE、Firefox、Chromeの3つのグループのパズルの解き方を分析したという(Safariはユーザー数が少なかったため、今回の調査から外された)。

 一般的なパズルでは大きな差は見られなかったものの、解く時間を競うパズル(右図参照)では、はっきりとした差が現れた。Chromeユーザーが最も速く、次がFirefox、最後がIEだった。

 また、こうした時間を競うパズルで途中でギブアップしたのは、IEユーザーが最も多かった。

 ミン氏は「だからといってChromeを使えば頭が良くなるわけではない」とコメント。Chromeは、数学的能力の高い技術系のユーザーが選ぶ傾向があることや、IEがWindowsのデフォルトブラウザであり、技術的なことに関心のないユーザーはIEを使うことが多いことなどが、今回の結果につながったと推測している。

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2012年3月 1日 (木)

都市化

都市化について
具体的な事例を入れて書きなさいって小論文、
やってみた。


現代は、都市化が進んでいるといわれる。これはどういう事を意味するのか。逆に考えてみた。都市化が進んでいるというのは、過疎の場もできているということでもある。

過疎によって、どのような事が起きていくか。
何週間か前、地方の離島で救命士が気管挿管に失敗したのに届けなかったというニュースがあった。なぜ、こんな問題をこんなに大きなニュースにしてしまうのか。地域の中で穏便に片付けることはできなかったのか。
この問題には大きな背景がある。地方と都市との救急に対する意識の違いだ。
都市部では8分で到着する救急車も、地方では、数時間も待たなければならないことすらある。雪で道路が封鎖されることもある。ドクターヘリも台風では飛べない。
そんな場所での救急に対するニーズは都市とは全く違うはずだ。にも関わらず、救急のルールは都市である中央で作られ、都市と同じルールを地方でも適用させられている。
都市化によって、日本中すべての場所が、都市スタンダードでの運用を迫られる。

もちろん、政治の仕組みは、地方の要望をすくいあげるべく、いろいろな方策を立ててはいる。地方でも、誰か声を上げる人がいるかもしれないが、その声も中央とのパイプがあってこそ。しかしこうした法律は全国一律だ。そうなると、人口の多い場所が強者となり、その論理ですべてが決められることになる。
都市化の持つ問題、それは、強者である都市のスタンダードに地方が飲み込まれて行く事でもある。

さて、更に考えてみる。
都市化とは、都市になっていく過程でのことだ。もともと都市であった場所には、都市化の問題はあり得ない。
それまで「田舎」だった場所が都市となっていく時、どのような問題があるだろうか。

阪神淡路大地震をめぐる生活保護受給者に関する興味深い話を聞いた。
被災した場所に住んでいた彼らの一つのモデル:
朝、起きると、街の喫茶店へ行く。そこでモーニングセットを食べ、新聞を読む。ひがな一日、そこで過ごし、帰りに銭湯へ行き、住まいの古い県営住宅へ帰る。そんな毎日。何とも極楽である。彼らはこうした費用をみんなツケで買う。月に一度、生活保護費が入ると、それをそれぞれに支払うのだ。彼らはマネジメントができない。その代行を地域の人々がしていたのだった。地域の人々は、少し足りないと思えば加減してやるなどという配慮もしていただろう。そういうアバウトさが彼らを支えていた。
震災後、古い県営住宅の変わりに、新しい県営マンションが建てられた。しかし、彼らは帰って来なかった*。彼らが住んでいたのは、地域のコミュニティの中であり、マンションという建物ではなかったからだった。
結果的に新しい都市は、弱者である彼らを追い出してしまったわけだが、方策は無かったのか。あるのかもしれない。しかし、それを法律だの根拠のあるルールだのという形にできるだろうか。問題を文書にできるだろうか。できないだろう。できるぐらいだったら、とっくにやっていたはず。
本当の問題は、文書や法律にできない、もっとナラティヴな部分にある。たとえば、地域の人たちのアバウトな支援のような。

都市化による問題点をもう一度、まとめてみる。
一つは、力の偏在。都市と過疎地域を同じ都市スタンダードで支配してしまうこと。
そして、こうした中にある本当の問題は、文書にできないナラティヴな部分があり、強者である都市の視点からは見えてこない。
どのように解決していくべきか。問題や人を一律に概念的な存在と考えず、多様性を持つものとして考えるということが出発点ではないだろうか。

*なぜ、帰ってこれなかったのか:新しいマンションには、エアコンも風呂もある。古い県営住宅よりも、はるかに良い環境ではあったが、電気代、水道代など、生活費用も跳ね上がってしまった。その支払も自動振込で、銭湯へ行く必要さえ無くなった。地域の人々が行っていたマネジメントの余地が無くなってしまったとも言え、縁が不要になってしまった。

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