« 新しい人材 | トップページ | 対決 巨匠たちの日本美術 »

2012年2月26日 (日)

キュレーターの色

一昨日、BUNKAMURA のフェルメールを見に行った。
フェルメールについては、また、後で書くことにして、
アップしていなかった日記。
2008年の8月に書いたものだけど。
損保美術館を見に行った時のもの。

(今は変わってるかもしれないけど)

-------


アンドレ・ボーシャンとグランマ・モーゼス
東郷青児美術館


http://www.sompo-japan.co.jp/museum/exevit/index.html


素朴画 だそうだ。
うーん。チケットを買ってまで行くほどのモノじゃない。

二人の共通点。それは半端じゃない描画エネルギーなのだ。それなのに、構造がめちゃくちゃ。

もう一つ共通点がある。二人とも中年以降、モーゼスは老後に絵を始めたことだ。たしかルソーもそうだった。
その年になると、素描などから始められないのだろう。若者が描いたら相手にされないが、地位があるようになってからは人の目にも止まるのだろうか。
基本的なデッサンや構造を構築する技量が無い。わざと、そらしたのではなく、明らかにトチっている。
それなのに、魅力のある絵(実は個人的にはあまり魅力を感じないが)。これをどう、考えればいいのだろう。


というのは実は余談。
今回の目的は
所蔵品の

ゴッホのひまわり

世界に6点しか無いという。
その一枚。

昔、ポンピドーセンターで初めて見た時、
凍り付いた記憶がある。
絵画という存在を超えた、霊気が漂っていた。
病める精神が作り出す空気。
絵画以外の何か...幽霊のような。


ここでは、

一部屋に

ゴッホ、セザンヌ ゴーギャンが3枚。

その真正面に長椅子。

贅沢というより、重すぎ(^^;


ちょっと残念なのは、背景の色だ。
グレイッシュな濃紺がペイントしてあるのだ。

この色の選択は、その道の人が行ったのだろう。
あまりにぴったりな色だ。


しかし、ここは鑑賞の場。これは正しかったのか。

ゴッホの霊気は感じられなかった
なぜなら、それも、青だったから。

セザンヌの静物も、果物より、布の白が目立つ。
幸い、ゴーギャンは赤が美しい。だが、この赤を私は画家が意図したものとして見ているのだろうか...

この二枚の絵、加えてゴーギャン。

三枚が内包するものの、最大公約数がこの青。
まさに最大で、余裕の無い、どんぴしゃりな色だ。


ダビンチの受胎告知を見に行った時もそうだった。
赤は、この絵のイメージ、そのままだ。そんな色がインテリアの随所に使われていた。そんな中では、マリアの輝くばかりのドレスの赤は損なわれてしまう。。。

ゴッホと
セザンヌとゴーギャン

この3つの大作に
あまりに正確すぎる色だ。
ぴったりと寸分の狂いなく、計算された色。

うーん、本音を言えば、私にはこの正確さが残念だ。


見ると、背景は壁紙ではなく、塗装。
この色を出す為に、調合したんだろう。


これだけの色を選ぶ力量があるわけだ。
きっと、次のリフォームでは、
白か、ベージュか、
平凡な色にして見せてくれるに違いない。
ちがった表情のひまわりが見られるはずだ。


こういう小さな美術館には、そんなのも粋だろう。

などと勝手に想像してみつつ。

|

« 新しい人材 | トップページ | 対決 巨匠たちの日本美術 »

美術」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/1210811/44268604

この記事へのトラックバック一覧です: キュレーターの色:

« 新しい人材 | トップページ | 対決 巨匠たちの日本美術 »