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2011年12月 5日 (月)

胃ろう:意図できる終末?

■終末期の人工栄養補給、中止可能に…学会指針案
(読売新聞 - 12月05日 01:29)
http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=1835412&media_id=20

胃から食べられなくなったら胃ろうをする vs しない


確かにこの記事だけを見ると、胃ろうを止めるというのが、
All or Nothing的にイエス ノーの問題のように見えてしまう。
だけど、本当にそうなのだろうか?

胃ろうを選択しないというのは、どういう事を示しているのだろう。

栄養状態が悪く、誤嚥も怖い。
だから、胃ろうを選択する。
それだけだろうか?


さて、誰でもこの問題で頭をよぎるのが、呼吸器の問題。
一度付けてしまうと、もう、取れない。射水だったか?の病院でもあった。
医師が家族の負担をおもんばかって、抜いたケース。

一度付けたら、絶対に抜けない。
抜けば死んでしまうのが分かっているから。

胃ろうはどうなのだろう。
元気になるという望みを託して胃ろうを選択する。
だけど、意識も戻らない。。。

その時に、抜けるのか。

呼吸器と違って、
胃に入れる量を減らしていくことはできるのかもしれない。
入れないことすらできるのかもしれない。
だけど、それはそれでやはり、どうなのだろう。
呼吸器と違ってすぐには亡くならないかもしれないけれど、
意図的に、枯れさせてしまうのはどうなのか。
意図的に餓死させるということと、
呼吸器を抜くことの差ってあるんだろうか?


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コメントに書いたこと

>判断


自分で決めるのか、誰かに決めてもらうのか。。。

今、ダイエットしようと思っても、お腹がすいたら食べちゃいます。
お腹がいっぱいって、幸せ。


口から入れられなくても、お腹はすくんだろうなと思います。身体が食べ物を要求していなかったら、消化できないので。
胃ろうで入れられるということは、お腹がすいているんでしょう。

認知症だから、
記憶が無いから、
お腹がすいても、感じない?分からない?
感じているでしょう。あかちゃんでも、お腹がいっぱいになると、幸せそうに眠りますから。


胃ろうを選択しない。
イコール
餓死させる。

それって、簡単に肯定できるのかなって、思います。
自分自身にとっても、
家族にとっても。

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来年夏までに作られる試案では、どんな内容になるんだろう。


ALSと呼吸器って。。。

http://suzume6.cocolog-nifty.com/blog/2011/11/post-8af1.html


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 高齢者の終末期における胃ろうなどの人工的水分・栄養補給は、延命が期待できても、本人の生き方や価値観に沿わない場合は控えたり、中止したりできるとする医療・介護従事者向けの指針案が4日、東京大学(東京・文京区)で開かれた日本老年医学会のシンポジウムで発表された。

 近年、口で食べられない高齢者に胃に管で栄養を送る胃ろうが普及し、認知症末期の寝たきり患者でも何年も生きられる例が増えた反面、そのような延命が必ずしも本人のためになっていないとの声が介護現場を中心に増えている。

 そこで、同学会内の作業部会(代表・甲斐一郎東大教授)が試案を作成した。広く意見を募って修正し、来年夏までには同学会の指針としてまとめるという。

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