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2011年11月17日 (木)

ホームドア 駅での転落事故

朝起きて、テレビをつけたら、そんなニュースをやっていた。ミクシーのニュース欄を見ても、まだ入っていない。そのうち、どこかに出たら、リンクしよう。

男性は47歳の針灸師。同僚と食事に行った帰り。ホームから転落し、這い上がろうとしたらしい。電車の運転手はそれを見て緊急ブレーキをかけたが、間に合わなかった。駅にいた他の人たちは、男性が落ちたことに気がつかなかった。
これが何時のでき出来事であったか、聞きのがした。しかし、遅い時間ではあるのだろう。
おそらくは、家か、仕事場の最寄り駅。いつもの勝手知ったる駅のはずだ。ゴミ箱の位置、電車のドアの位置、何でも頭に入っていたろう。それでも事故は起こった。


もし、自分がそうであったら、ものすごい、恐怖の瞬間だったろう。駅の写真が流れていたが、もちろん点字ブロックは設置されていた。しかし、何かのかげんで逃して、もっと先に床があると思っていた。酔っていたのかもしれない。ふらりとなった時、真っ暗な闇の中で方向感覚を失ったのかも。そして、身体に大きな衝撃が走った。転落。電車が来る音がする。落ちた方の壁を手探りで探し、這い上がろうとした。電車が急ブレーキをかける音が聞こえる。47歳。まだ働き盛り。子供はいたろうか?何歳だったのだろうか。電車の前面の角が男性の頭蓋を押しつぶす瞬間、彼の脳裏にうかんでいたのは、誰への想いだったのか。
そして、本当の闇。

誰も気がつかなかったそうだが、誰かが気がついていたとしたら、助けられただろうか。おそらく、無理だったろう。

これは、防げない事故だったのかもしれない。
しかし、彼の最寄り駅が、たとえば、東京のメトロ地下鉄の駅だったら、起こらなかった。ホームには、柵があり、電車が着き、ドアがあくと、その柵も自動的に開く。いくつかの私鉄の駅もそうだ。
どこかで統計を見たが、年間、結構な数の転落事故がある。視覚障害の人が恐れるのもそれだ。
柵が有れば、無かった事故。


確かに、すべてのJRの駅に柵をつけるのは大変な大事業になるだろう。だから、全部できるか、ひとつもできないか。。ということで、今のところ、一つもできない。
でも、もっと臨機応変にできないだろうか。
視覚障害者の方が使う最寄り駅はある程度限られている。そういう人が集まる駅もそうだ。だとしたら、そこへ、自動ドアが付くやつでなくてもいい。単純な柵でもできないものだろうか。
全部につけるというと、何年後に成るか分からない。
だから、全国の視覚障害の生活者の人たちが、それぞれ、自分勝手に、最寄りの駅に、「柵を作れ!」を要求してってもいいんじゃないだろうか?きっと、切実なものがあるだろう。

そういう形の声、もっとあげていってもいいんじゃないだろうか?


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駅の転落事故、どの位あるんだろう。
ネットをぱたぱたやると、まず、出てきたのが、これ、

http://www.unyuroren.or.jp/home/horitsu/horitu/h034.htm

法律の視点で、転落事故の責任のあり方を説明している。以下は抜粋。

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駅ホーム転落事故について

JR東日本管内で起きた駅ホーム事故の件数は97年54件、98年34件、99年50件、00年50件と年間約50件の事故が起きており、事故にまで至らなかった転落事故は年間約400件に達しているとのことです。

利用者の中には、病気の人もいれば、身障者、特に目の不自由な人、子供やお年寄りなどもいます。「事故が起きても責任は本人にある、事故に遭うのが嫌なら利用するな」と言えません。また酩酊者の事故の場合でも、酔っているからというだけで鉄道会社が免責されるとはいえません。....大量輸送を行っている鉄道会社には乗客に対する以前に比べて遙かに高い安全配慮義務が課されている、といえます。......被害にあったら泣き寝入りしないで鉄道会社の責任を明らかにしていくことはもとより、実際の被害が生じなくても利用者としての意見を積極的に述べていくことがより安全で、より快適な公共輸送機関をつくり上げていく要諦です。

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もうひとつ、昨日、コメントを寄せてくださった方が、ニュースを案内してくれた。

http://www.chugoku-np.co.jp/News/Tn200802100222.html
http://www.chugoku-np.co.jp/News/Tn200802110015.html

以下、抜粋すると、

2/10の記事では

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線路に転落、視覚障害者死亡
'08/2/10
 9日午後7時35分ごろ、廿日市市前空5丁目のJR山陽線前空駅下り線ホームで、山口県和木町和木、病院職員で視覚障害者の片岡義也さん(47才鍼灸(しんきゅう)師)が、広発南岩国行き下り普通列車にはねられ即死した。

線路からホームへ上がろうとしていたところ、到着した列車にはねられた。運転士が非常ブレーキをかけたが間に合わなかったという。

ほぼ全盲で白いつえを利用。同日は勤務後、同駅近くの飲食店で同僚と酒を飲んだ後、1人で帰宅していた。

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翌日の続報では、

事故は、駅職員が不在で乗客もまばらな中で起こった。点字ブロックなどハード整備が、人の介助にとって替わるバリアフリー社会の「死角」を浮き彫りにした。駅は2000年開業。身体障害者用のエレベーターやホームの端を知らせる黄色の警告用点字ブロックなど備え、「バリアフリーが進んだ橋上駅」として知られる。

 男性は通勤に利用していた。「駅員に手を引いてもらうなど、親切にしてもらっていたようだ」事故当時も駅員2人のうち1人が、男性を改札から階段を経由して、ホームへ降りるまで見届けた後、改札へ戻った。改札から現場は見通せない。その後、線路に転落したとみている。ホームに居合わせた他の乗客数人も転落に気付いていない。

駅では昨年12月14日未明にも、忘年会帰りの男性会社員(26)が線路上に横たわり、貨物列車にひかれ亡くなった。駅は午後8時以降は無人となり、JR西広島駅(広島市西区)から防犯用カメラで監視している。

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ここでは、「人の介助」がモノに勝るという視点に立っている。そうかもしれない。

現場の写真を見ると、上下線二本の線路の幅は十分だ。男性は落ちたホームの上に上ろうとしていたが、もし、彼が目が見えていたら、(もしくは、うろたえていず、冷静な判断ができていれば)反対側に逃げられたかもしれない。誰かが見ていて、それをアドバイスすることができれば、それができた可能性もあるのではないだろうか。

もちろん、人の介助、有るに越したことはない。しかし、男性は働き盛りの47歳。慣れている駅であれば、そんなもの煩わしいと感じることがあってもおかしくないだろう。もちろん、駅員が2人しかいない駅で、いつも、介助が保証出来ると言えないはず。

続報の記事では、モノよりも「人」という視点だが、この場合、「モノ」があれば、起こりえなかった事故でもある。しかも8時以降、無人になる駅で、昨年も26歳の男性が亡くなっている。
人ではない、モノで防ぐとしたら、
やはり柵でしかなく、思える。

しかし、こういうページも見つけた。

http://www.nhk.or.jp/heart-net/fnet/arch/thu/40415.html
視覚障害の方が、駅のホームでどのような危険に向き合っていらっしゃるか、非常に分かりやすく説明されている。
その中で、柵を設置する場合の具体的な問題点に対しても述べられている。

1.車両扉の不一致
2.幅が狭いホーム
……狭いホームに柵を取り付けることによって、よけい狭くなり、危険が増すのではないかという指摘。
3.混雑路線
4.輸送力の低下
……開け閉めに時間がかかると、過密ダイヤの輸送力が低下するのではという声。
5.定位置停止
6.費用対効果

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うーん。
1が最も問題だが、車両の規格統一と古い車両の寿命を考えれば、「いつ」それが全国で実現可能になるか、分かるのではないだろうか。が、そういう提示が無いということは、そういう方向性で進んでいないのではないのかもしれない。
もうちょっといえば、新幹線の新型車両で東京/大阪間の時間短縮に血道をあげるなら、全国で使われている、古い車両をどうにかする方に力を入れてもいいのでは?と思えてしまう。どうせ、遅かれ早かれ、変えなければならないはずだ。


今回、この事故でとても感じたのは、緊急性だ。これは、視覚障害や高齢の方々の問題じゃない。本当に、一番危ないのは、飲んで遅くなるお父さんたち。若く、働き盛りで、家族もいる人たちではないだろうか?視覚障害者の方の中でもそうだろう。

東京でも、メトロなど、いくつもの駅で簡便な柵や自動ドアのついたものはつけられつつある。だから、何年かの後には全国のすべての駅に装備されるのかもしれない。でも、それまでに、何件の事故が起こるのだろうか?

今回の犠牲者は、視覚障害の方。

これを期に、「自分の利用する駅に柵をつけてくれ!」っと、全国の視覚障害の方が言い初めてもいいんじゃないだろうか?もちろん、組織にして、みんなで、全うなルートで要請するのが良いに決まってるが、そんな大変なこと、誰でもできるわけじゃない。じゃあ、頭を切り替えよう。うんと将来できるかもしれない、完璧なものより、明日にでもできる、そこそこのモノの方が良いかもしれない。たとえば、明日の仕事の帰りに、駅員さんを捕まえて、「この駅は自分が利用するんだから、こうしてくれ!」って言ってみるのはどうだろう。相手にされなかったら、そういう要望はどこに出せばいいか、聞いて、電話してみるとか。

全国で、こういう「自分勝手キャンペーン」起こせたら、変わるかもしれない。みんなでやれば怖くない?

こういうの、どこで提案すればいいんだろう。

すずめの最寄り駅は、利用者には一人、白杖を使ってらっしゃる方がいる。そういうこと、言ってみてもいいかもしれない。今度東急にメールしてみよう。


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すずめ日記では、いろんなウェブなどのページを引用させていただいていますが、
一応、全文コピーアンドペーストはしないようにしています。あくまで「引用」なので、
本文の量の方を多くし、内容にとって、必要な部分だけを掲載するという、著作権云々というルールを守っているつもりです。
でも、その引用の方法、抜粋箇所によっては、元の著者さんの意図を曲げてしまう可能性もあるかもしれません。
なので、出典のURLを是非、ご覧ください。


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駅の転落事故のことが気になったので、もうちょっと調べてみた。
そんな中で、こんな記事をみつけた。


http://www002.upp.so-net.ne.jp/HATTORI-n/878-2.htm

点字ブロックは不要と言うより弊害そのもの(日本の付け方に問題)

「副題」駅ホームの点字ブロックは危険を増すだけ、安全基本に違反し危険、


トップページに行っても、表題が書いていないのだが、いろんな社会問題について、突っ込んでいるページだ。よく見ていないが、内容量は相当ありそうだ。興味深いので、一部、抜粋してみる。


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(以下、引用)

米国ではホームの端全集に巾の広い点字ブロック(日本の約2倍)を取り付けブロック上は立ち入り禁止にしている。すなわち危険区域の表示として点字ブロックを利用しているので全ての人の安全に役たつ、
日本では問題はホームの端は危険なのに立ち入り禁止の表示がないのは安全の基本に違反し全ての人に危険

◆日本では点字ブロックは歩く目的のために付けられている、

視覚障害者がガイドなしで一人で歩く目的のために点字ブロックを付けている、だからガイドを申し出ることは不要と言っているのと同じ。(誘導ブロックと危険を示すブロックの目的には余り差がない、どちらも上を歩いてよい)

(引用ここまで)
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なるほど、賛同できる部分がある一方で、疑問を感じる部分もある。
それは、視覚障害者に対する、あまりに画一的な視点だ。彼らを、誰かの介助なしでは行動出来ない人にみなしている。そういう人もいる。しかし、そうでない人も多いはずだ。(働いている人はそうではない人の方が多いだろう)
もし、視覚障害を持っている人が、駅のホームでは介助されることが、マストであるとすると、相当不便だろう。彼らだって、みんなと同じに通勤する。いちいち、駅員を呼んでこなければならないのか。地方には無人駅もあるが、そういう駅は使えないとするのか?もしくは、毎朝、介助の人を頼み、どこかで待ち合わせして、いっしょに通勤してもらうのか。
もしくは、視覚障害者に限り、ラッシュを避けて通勤できるよう、企業は配慮すべき。というのか。
それも、バカにしてはいないだろうか?そういう選択がみんなにあって、視覚障害であっても、享受できるならいい。だけど、彼らだけ特別扱いされたいと思っているだろうか?もちろん、思っている人もいるだろう。だが、思っていない人もいるはずだ。彼らだって、仕事にはプロフェッショナルなのだ。障害の有無に関係なく。
視覚障害には幅があり、いろんな人がいる。そういう視点が抜けている気がする。

しかし、こういう意見、「弱者への保護」を唱うと、無条件に賛同する人が多い。困ったことに、そういうのに反論する人は悪者になってしまう。

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(以下、一部抜粋、引用)

▼米国では日本と点字ブロックの利用の仕方が全く違うのです。

点字ブロックは視覚障害者のためというよりむしろ健常者の安全のために付けられていると見て良いのです。

アメリカでは、駅ホームの端ぎりぎりに点字ブロック(巾が今の2倍)を設置しブロックの上は立ち入り禁止なのです。
(中略)
駅ホームでの歩行は点字ブロックに頼るのではなくガイドが必要なのです(盲導犬を含めて)なのに、日本では何の理念もなく単に付けさええすればこと足りと無駄なことしているのです。駅ホームの点字ブロックは不要と言うより危険なのです。

(中略)

◆延々と続く歩行用の誘導点字ブロックも不要

誘導ブロックがあっても慣れた通路でなければ利用困難でもあり、特に人的ガイドが完備している成田空港などの誘導ブロックは必要ないばかりかむしろ弊害とすら思うのです。

(引用ここまで)
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以前、ロービジョンの友人と旅行した時、この空港の介助の問題で、友人がモメていた。日本の空港は、視覚障害者が一人で行動することを許さないそうだ。介助を断れないという。(海外では、断れば付いてこないそうだ。)彼女は、旅慣れていて自由に行動したいので、どうしても付いてきて欲しくないのだ。いつもモメるらしい。彼らにもプライバシーがある。当然だろう。


確かに、介助を必要とされる方には、誰もが手を貸そうという気持ちを持つことは、大切だ。日本はそういう気持ちの部分が抜けているのかもしれない。
しかし設備に関してはそれは、別。社会のベースは、それが無くても、行動できるインフラが作られて行くべきではないだろうか?

駅の問題に関しては、介助を期待するより、ドアのついた柵。
階段以外の「選択肢」として、「便利な工夫のされた」エスカレータやエレベータ。障害者に限らず、普通の人も、命を失うような危険と接しないで良い方策。
介助を求めれば、手が借りられ、嫌なら、自分で行動できる。
そういう国が最も進んでいると思う。

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