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2011年11月10日 (木)

病院これくしょん

風邪引いて咳が止まらないすずめです。
咳だけじゃなく、「風邪オーラ」がギラギラに出てるらしく。。。
(外出時は、ブロン液飲んでるので、それなりに咳は止まってるんですけど)

昨日は電車に乗ってたら、隣に座ってたお年寄りが冷たい視線を投げかけたと思ったら、プイっと去っていきました。
以後、誰も座らない。ケッコウに込んでる電車でしたが、なぜか、私の周りだけ、すいてる。。。。m(。_。;))m

ってコトで、教育系話題もシツこすぎなので、建物ケイを考えてみます。

実はすずめは病院キラいです。インフルエンザでも、根性で耐えます。ってコトで、今回も放っておきますが。。。(って、世間の皆様、すみません。でもね。別に薬飲んでもそんなに変わんないと思うので、ブロン液でしのぎます)


病院や福祉系施設の建築にとっても興味があるんですが。。。
すずめは平面のヒトなので、そっちは素人。
でも、マイミクさんには、バリバリのプロもいらして、突っ込みどころ満載かもって、思いますが。
突っ込みやすいように大胆に言いきっちゃいますので、是非、突っ込んでくださいまし。

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病院の写真のコレクションをしている。建物の内部は許可が無ければ撮影できないので、コネがある場合に限り、内緒で取らせてもらっている。
病院は、不特定多数、特定の多数が様々な状況で利用する。ぎりぎりの命の狭間での高度な技量を要求される作業もあれば、生活の場でもあり、癒しが求められたり、精神的な安らぎや、ミスを回避するという論理的な整合も求められる場でもある。
そのすべてを、一つの建物が受け持っているのだ。

写真を撮る目的は、ここに貼ってある、掲示物だ。
病院は建築家さんに「箱」として作られる。内部には、様々なサイン表示が設置され、利用者の利便を計算して設計されているのだが、ここには興味深いモレがあるのだ。それが、「掲示物」になる。
たとえば、「レントゲン室」のそばに、手書きで「レントゲン室→」と、書いてあったりする。これはおそらく、看護師さんたちが、利用者からいろいろ聞かれて、やむなく貼ったのだろう。かなりある例としては、既成のサインのすぐ下にもう一度、「処置室」と書いてあったりすることだ。車いすや腰の曲がった高齢者の目線は、高いサインを見逃すのだろう。電話室の電話のピクトの隣に「電話」と、わざわざ書いてある例もあった。ピクトは子供や外国人でも分かりやすいが、年齢など限定してしまったりする。
笑える例もある。ある都立病院のエレベータの前の診療科のサイン。目指す「XX科」を見つけるのに、中に細かい表示は無い。降りようとドアを開けて、前にある診療科の表示を見ようとしたら、見えない(私の視力は両眼で0.7はある)。しかたなく降りてそばへ言って確かめたら、エレベータは行ってしまった。

また、サインだけでなく、イメージの問題もある。
何年か前に家の近くにできた、大きな私立大学病院。1階から8階だったか、各診療科までエスカレータで登るしくみになっている。エレベータもあるが、エスカレータの方が、イメージがつかみやすいなと思う。が、各階が全く同じ風景なのだ。しかも各階に数字の表示が無い。あったのかもしれないが、分からなかった。登りながら、ここは何階だろうと思っても確かめようが無い。しかたなく、天井までの距離間をもとに、何階かというのを推理して降りた。が、やはり、その階の診療科の表示はそばになく、踊り場まで回って全体図を見て探した。
そのエスカレータは非常に開放的で、踊り場もガラス張り。建築としては美しいが、そういう表示を設置する壁面が無いのかもしれない。慣れた人が利用する入院棟はいいかもしれないが、初めて利用する人には何も案内が無ければ、単なるエスカレータさえ、迷路になる。どの階も同じカラー、同じ構成なので、自分がどこにいるのか分からないのだ。

多くの施設に点字ブロックがせっちしてあるが。。。しかし、尻切れトンボのようなのもよくある。ここで行き止まり?
当事者がいたらクレームがきそうなものだが。。。それを後で吸い上げるシステムが無いのかもしれない。

こういう例は書き始めると、枚挙にいとまが無い。


ただでさえ、病院内は迷路だ。
多くの病院は、中を稼働させたまま、改築を部分的にして全体の立て替えを進めて行く。どこも増改築をくりかえした複雑な構造になっている。(これはしょうがないと思う)だからこそ要求されるアクセシビリティは高くなり、上記のような齟齬も起こるのだろう。
病院は日々、医療ミスと戦う場。
建築家さんの腕の見せ所でもあると思うのだが。。。建築にとって、サインはオマケなのかもしれない。本来なら専門は建築なのだから。

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病院で大切な事。

昨日のSEIJIさんのコメント:

>さらに今後の大型建築で改良を加えるとしたら
街で道を聞かれた時に使う方法を取り入れたら、どうかと思います。

ものすごく、ピンとくるものがあった。

実はずっと思っていたことがある。
私の実家は広島の福山。瀬戸内海に面した地方都市だ。
小学校の1年生の終わりに横浜から引っ越して、子供ながらに不思議に思ったことがある。
こっちの大人(子供ごころの印象ではお年りたちだったが)は、道を説明する時に、「西に行くと」とか、「信号を曲がって北に進むと」というように、東西南北で言うのだ。子供だったからか、東西南北には全くなじみが無かった私には難しい気がした。
大学で東京へ出てきて、その理由が分かった。東京では道案内にあまり東西南北を使わない。
なぜか。。。
福山は瀬戸内海沿いにある町だ。北に海。それは見えないが、おおむねどこにいても南に山が見えるのだ。そんなに高い山ではないが、平野を縁取る小高い部分。瀬戸内沿いの地域は、海に沿って細い平野が続き、所々小さな平野がある。どこにいても山が視界の中にある。そっちが南だ。もしかして、同じ事は、九州や四国、東海など、日本全国の同じような地理的条件にある所ではそうではないだろうか。
しかし、関東平野は広い。少なくとも都市部ではそういったランドマークは見えない。もしかして、昔は町を南北に分ける鉄道があったかもしれないが、今は複雑だ。すると、明快な方向性を示唆する鍵が無い。淀川にそって両方向を斜めに山に囲まれる大阪平野も同じではないだろうか。(京都は都大路の明快な都市計画のために違うかもしれない)だから、東西南北ではなく、「右、左」でなければ、理解できない。

(これは個人的な勝手な想像なので、皆様に、それぞれの地域の違いをお教えいただけたら幸いです。)

さて、大きな病院は複雑な構造を持っている所も多い。増改築を繰り返してきた結果、旧棟と新しい棟と、診療科が縦断している所も多いだろう。ユーザも単に自分の受診する所だけに行けば良いのではなく、レントゲン室や処置室、会計など、様々な場所を渡り歩かなければならない。いくつかの病院での経験だが、これを説明するのに
「この廊下をまっすぐ行ったらXXXがあります。そこを左に曲がって。。。云々」と、ルートを「線」として説明されるわけだ。しかし、この場合、鍵となるXXXを見つけられなかったら、その先、行き着けない。

だから、これを

>さらに今後の大型建築で改良を加えるとしたら
街で道を聞かれた時に使う方法を取り入れたら、どうかと思います。

としたら、どうだろう。
その「街」で道を聞かれた時に使う方法が
東西南北の地域では、東西南北を取り入れた説明。そういう物が無い地域では、「駅」や「XX街道」などを入れたらどうかと思う。

例えば、どこかに施設全体の平面的な構造を示し、その中に上記のような地域に沿ったランドマークを入れる。それに沿って説明する。その時、単に「ここをまっすぐ。。。」ではなく、
「(目的地は)概ねこの方向ですが、ここをまっすぐ行って。。」という、大きな方向感覚に訴える説明にする。
私の子供の頃の記憶では、年配の人の多くがこの「東」や「西」などの言い回しを使っていた。意外に高齢者は、このようなおおきな方向感覚を持っていて、分かりやすいのではないだろうか。

そこでちょっと思いついたことがある。
床に、大きな地図が描いてあるのはどうだろう。

最近、駅などの床面に、マンションの広告などが印刷されている。
強度は永遠ではないだろうが、おそらくそんなに高いものではないに違いない。場所を選べば、病院でも使えるのではと思う。

ああいう方式で地図が床面に印刷されているのはどうだろうか。できたら、周りの道までアバウトにあればなお、便利なのではあるまいか。大きいので、視覚障害でも分かりやすいだろう。

こんなささやかな素人のアイデア、できたら、建築家さんに伝える方法は無いかと思っていたが。。。ミクシーは便利だ(^^)

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