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2011年11月17日 (木)

言葉の壁は続く


さて、ずっと書こうと思ってたコト。
バリアフリーとユニバーサルデザインの差。


よく、言われる説明。
バリアフリーは特殊な人にむけて、バリアを取り除くことによって使いやすくしている
ユニバーサルデザインは、様々な人に使いやすいようにデザインしたもの

そんな感じではないだろうか。

でも、まあ、これはすずめのテキトーな言い回しなので、ネットでちょっと引いてみよう。


もう一度お断りすると、すずめ日記には、いろんな事、引用していますが、「引用」ということで、内容を抜粋して、できるだけ本文とのバランスを取るようにしています。しかしその「抜粋」の仕方によって、書いた方の意図を曲げてしまうこともあるかもしれません。引用の場合は、リンクをいれますので、できるだけそちらをご覧いただいて、すずめの勝手なでっち上げに、応戦していただければと存じます。


ユニバーサルデザイン バリアフリーデザイン
という二つの言葉でググると、先ずでてくるのが、

http://www.pref.mie.jp/UD/HP/home/know/univer/index.htm


「バリアフリー」と「ユニバーサルデザイン」
 バリアフリーは、人を隔てたり、行動を妨げたりする障壁(バリア)を除去した状態をあらわす言葉です。
(中略)

 つまり、エレベーターをつけることでバリアフリーになるとしても、もう一歩考えることが重要であり、エレベーター、エスカレーター、階段を、それぞれ平等、公平に利用できるようにすることがユニバーサルデザインといえます。

 また、「障害者用」「高齢者用」と名づけられた商品や道具などは、バリアフリーといえるかもしれませんが、使用するのに抵抗がある人もいます。年齢や障害の有無などにかかわらず、だれもがさりげなく使えることもユニバーサルデザインの重要な要素といえます。


(引用ここまで)
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なるほど、バリアフリーより、ユニバーサルデザインの方がエライってワケですね。

こういうのもあります。

http://web.sfc.keio.ac.jp/~s99433as/ud/biginer.html

> • ユニバーサルデザインとバリアフリーとの違い

→バリアフリーはもともとあったバリアを取り除くこと、それに対しユニバーサルデザインは最初から取り除かれている(特別な調整をしない)ことを指す。

(引用ここまで)


うーん。
実は、これ、すずめ的にはおかしいって思ってるんです。
ってコト、しばらく書きます。

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バリアフリーとユニバーサルデザインの違いについて、続きです。

じゃあ、先ず、バリアフリーっていう言葉について、調べてみますね。
http://ja.wikipedia.org/wiki/バリアフリー

おなじみ、ウィキペディアにはこう、書かれています。


バリアフリー(Barrier free)とは、広義の対象者としては障害者を含む高齢者等の社会生活弱者、狭義の対象者としては障害者が社会生活に参加する上で生活の支障となる物理的な障害(障碍)や精神的な障壁を取り除くための施策、若しくは具体的に障害を取り除いた状態をいう。一般的には障害者が利用する上での障壁が取り除かれた状態として広く使われている。

バリアフリーは、特に日本において広く普及し、発展・拡大解釈されている用語である。英語では、設備やシステムが広く障害者や高齢者などに対応可能であることを指して「アクセシビリティ」(accessibility)という用語が頻用されるのに対して、「バリアフリー」(barrier free)は建物の段差を取り除くことなどのみを示す認知度の低い用語である。

(引用ここまで)
ウィキでも、分が悪いなあ。書いた人が「ユニバーサルデザイン」派なんだろうなあ。


ここには、こんな感じに書かれている。

http://d.hatena.ne.jp/keyword/%A5%D0%A5%EA%A5%A2%A5%D5%A5%EA%A1%BC


身体障害者や高齢者が生活を営むうえで支障がないように、商品を作ったり建物を設計したりすること。また、そのように作られたもの。
岩波書店「広辞苑 第五版」より


ベトナム戦争で負傷した兵士が復員後、社会復帰する際に様々な障壁があることが指摘されたため、1960年代アメリカで生れた概念。障壁(バリア)を解放する(フリー)という意味。

ついでなので、英語辞書のアルクでbarrier-freeをひいてみると、

【名】障壁除去【形】バリアフリーの、障害物のない、障壁のない、垣根のない
って感じ。

英語圏ではどうなんだろう。
バリアフリーは、一応、国連なんかの会議でも使われていたはず。
英語としても、通じる言葉であるのか、一応、検証。

search English pagesでググってみた上の方にある項目をみると、ほとんどが建築関係。
英語圏の記事って、知識が無いんで、どういう所のが信用していいのか、分らない。
見覚えのある人たちのもあったりするが。。。

なので、ウィキだけ。


http://en.wikipedia.org/wiki/Barrier-free

Barrier-free
building modification consists of modifying buildings or facilities so that they can be used by the physically disadvantaged or disabled.
(中略)

This latter approach usually leads to lower total cost. However, with pre-existing structures, barrier free may be the most appropriate or only valid approach.

うーん。やっぱりonly valid approachって、そういうニュアンス?でも、これ、同じような「派」の人が書いてるのかも?
って、勝手に思ってみたり。

でも、まあ、この言葉を推進してる人たちの力はそっちの方に働いているのは、事実なんだろう。

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さて、今日は、ユニバーサルデザインについて。

ユニバーサルデザイン。
まず、すずめ的には押さえておいていただきたいポイントがある。
「専用品」ではないということだ。よく、ユニバーサルデザインって言っても、「僕」には使えない、という障害者の方がいらっしゃる。でも、特殊なニーズには、特殊な形でしか答えられない。
たとえば、「車いす」はユニバーサルデザインではなく、「専用品」。しかし、車いすでも移動できるスロープは、元気な人にも、ベビーカーにも、走り回る子供にも安全だ。これはユニバーサルデザイン。

ってことで、今日は、ユニバーサルデザインの世間での認識を調べてみたい。

先ずは、ウィキから。

http://ja.wikipedia.org/wiki/ユニバーサルデザイン

ユニバーサルデザイン(Universal Design、UDと略記することもある)とは、文化・言語の違い、老若男女といった差異、障害・能力の如何を問わずに利用することができる施設・製品・情報の設計(デザイン)をいう。

概説
ノースカロライナ州立大学のユニバーサルデザインセンター所長であったロナルド・メイス(1941-1998)が1985年に正式にペーパーで提唱した、バリアフリー概念の発展形。「できるだけ多くの人が利用可能であるようなデザインにすること」が基本コンセプトである。デザイン対象を障害者に限定していない点が一般に言われる「バリアフリー」とは異なる。

(中略)

よって、「もともとバリアのない世界を最初から構築すること」を目指すのがユニバーサルデザインの真の狙いであり、バリアフリーはその世界への移行期間中における、あくまで臨時措置であることを作り手は認識しておくことが重要である。


一応、英語圏でのユニバーサルデザインについて。

http://en.wikipedia.org/wiki/Universal_design

には、更に日本での解釈と同じように載っている。


Universal design

is a relatively new paradigm that emerged from "barrier-free" or "accessible design" and "assistive technology."[1] Barrier free design and assistive technology provide a level of accessibility for people with disabilities but they also often result in separate and stigmatizing solutions, (以下略)

っていうことで、まとめると、どっちがエライかってハナシになってて、まあ、
ユニバーサルデザインの勝ち。ってコトだろう。
こんな風なことが一般に言われていて、今更「バリアフリー」をやったら、バカってモンじゃないだろうか。
まあ、現実問題、前にも書いたように、ユニバーサルデザインという言葉、企業が一丸となってCMなんかでアピールしても認知度は50%。いくつも言葉を露出してると、混乱するし、ブレる。どっちかは殺してしまうべきだろう。


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さて、この言葉、どういう変遷をたどってきたのだろう。

まだ昔、この概念が世間に認知されていない時代から、見てきた記憶を記しておきたい。

最初はこういうコンセプト、日本ではものすごくネガティヴなものだった。「障害」という言葉。これを考えた製品作りは、一般の消費者にとって、「自分たちのものではない」というイメージを与える。「縁起でもない」に、近いのかもしれない。自分のため、自分の子供に買うならまだしも、ギフトにはならない。また、視覚障害という言葉を使うだけで、そういう方々の心情を害し、クレームが来るのではという恐怖もあった。

すずめはこっそり、そういう世界に関わっていた。
でも、まさか、そういうテーマが、こんなにメジャーになるなどとは思ってもみなかった。

何年かの後、知人がE&Cプロジェクトという団体を作った。この手のものでは最も老舗のひとつだろう。今、いろんな所で活躍しているメンバーにはこのOBも多い。古き良き時代。このことは、また別に書こう。
E&Cの中で、この概念をどう呼ぼうか、いろいろ考えたそうだ。で、出てきた言葉が「共用品」。

(うふ。これを大英断したのは、某名物おじさん。『神のおつげがあった。コレにしよう!』って。。。。。ちなみに、このおじさん、カミが無いことでイイ味?って感じのキャラ。彼のカミは天に上ってったから、時々お告げをしてくれるらしい)

ってなワケで、ユニバーサルデザインという言葉が世の中で企業のバックアップを得るまでの間、すずめたち、マイナーな趣味人の間では、「共用品」と呼んでいたのだ。

一方、この頃でも「バリアフリー」という言葉もあった。しかし、これは建築分野で生まれた言葉。60年代、個人建築なんかの分野で使われていた。日本の家屋は、家の中至る所に段差があった。これを解消するという意味合いから普及したのだ。同じように欧米でも建築基準の中に取り入れられはじめ、一部の専門家の間に広まっていた概念だった。

そして、1981年、国際障害者年。
「障害者」という言葉から徐々に抵抗感が無くなってきたのは、このころからではないかと思う。しかしもちろん、すずめたち生活者の感覚ではまだまだ、重いイメージがあった。
どう、変わってきたか。
それまで、障害者のテーマを取り上げる時、必ず「清く、美しく」でなければならなかった。彼らはいつも真面目で、お酒も飲まない。バカな冗談も言わないし、いつも、正しく、清く、美しい。。。。
要するに、生まれながら、天使。
中途障害なんて発想は無かった。なぜなら、誰も彼らを知らなかったから。

E&Cはそんな中でできた。
できたというより、自然発生したのかもしれない。最初は何人かの企業の人たちが集まり、輪ができて、人数が増えていった。シャンプーやリンス、その他沢山のJISやISOなどの規格もそこから生まれた。


そして、いろんな変遷があった。バブルがはじけ、メセナという企業の道楽ができなくなった。好意的に解釈すれば、メセナというようなことはできなくても、何か社会に良い事をというマインドは、人の中に残ったのではないだろうか。

その一つの形として、ユニバーサルデザインがあった気がする。

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ここ何日か書いているユニバーサルデザイン関係の話の続きです。


でも、なぜ、カタカナ言葉なのか?
と、目くじらたてる人もいるかもしれない。
ITのように、海外の会社と共用しないければならない分野でもない。立ち上げ時には、日本主導だ。英語でも通じる言葉などと考える必要が無い。。。なのになぜ?

「障害」という重いイメージを払拭しなければならなかったのだ。子供でも、気軽に言える言葉にしなければならなかった。今でも「障害」という「漢字」のイメージが良くない。だから「障がい」と書いたりする人もいる。その背景には、重く暗い時代の背景があった。そこから様々なものも引きずり続けている。そんなシガラミから脱するためには、カタカナにするしかないという戦略は正しいだろう。

これを日本語の言葉にすることのもう一つの問題。母国語の持つ、限定的な意味合いだ。「共用品」でも悩んだが、何て言う名前が良いのか。
ちなみに、国立国語研究所の「言いかえ提案」では、「万人向け設計」となっている。
万人向け。。。こんな所でさえ、突っ込もうと思えば突っ込めてしまう。
そこら辺が日本語の難しい所なのだ。
ユニバーサルデザインと「専用品」は違うということを前に書いたが、ユニバーサルデザインでカバーできない種類の障害もある。
じゃあ、それでカバーされない障害者は「万人」に入らないのか!

ちょっと理不尽な怒りに聞こえるかもしれないが、この日記は福祉関係の方々も読んでくださっっている。こんな勘ぐりが、あながち杞憂でないのは、ご存知だろう。しかし、このような問題は、どんなに理想的な言葉を考えた所ででてきてしまう。
障害の問題のまわりは、そういう網の目のような、しがらみでいっぱいなのだ。
新しい事を始める難しさ。それには戦略は一つの武器だ。


その戦略のひとつが「カタカナ言葉」であることは正しいと思う。
外来語のように見せることで、解消できることは多い。

先ず、
重いイメージを解消できる
上で書いたように突っ込もうとしたとき、辞書をひいたりするだろうが、日本語とイコールではない。「解釈」として変換できる。
今まで、歴史的に引きずってきたいろんなしがらみから無関係にスタートできる。

若い人にも、気軽に関わって欲しいが、気負わず、良い子ぶらず興味を持ってもらえそうだ。
「万人向け設計/福祉 研究会」だったら今までと同じメンバーしか来ない。しかし、「ユニバーサルデザイン サークル」だったら敷居も低いだろう。


この概念を広めるためには、ムズカシイ、そして、何よりも暗く重いイメージは大きな「バリア」。
その答えが
ユニバーサルデザイン
バリアフリー
二つの言葉がよーいドンで走り始め。。。。結局、企業さんの指示を受けたのは、ユニバーサルデザインだった。なぜなら、大きなスポンサーは家電メーカーや一般消費財メーカーであったから。建築分野から生まれたものよりもなじみやすかったのではないだろうか。


2002年。日本でユニヴァーサルデザイン国際会議が開かれた。(それも、まあ、イロイロあるけど)
これで、力関係がはっきりし、ユニバーサルデザインという言葉の「勝ち」が決定した。

というのが、すずめの「記憶」と解釈。
明日は、その違いについて。


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さて、ユニバーサルデザインとバリアフリーの差。
本当の所はどうなんだろう。


ユニバーサルデザインが日本に最初に紹介されたころ、
バリアフリーの一番の例というと、駅のスロープだった。
では、ユニバーサルデザインの例は?というと、
アメリカの研究者がまず、あげたのは、まるっこいハサミだったのだ。

このハサミ、日本でも売られていて、普通のハサミの5倍上の値段もするもの。輸入品ということをさっ引いても、高かった。
丸いシンプルでおしゃれなデザイン。手の当たりが優しく、子供にも、高齢者にも優しいという。しかし、特別なギミックは何もない。当時、日本には、もう、シャンプーリンスの規格があり、点字ブロックもあった。そんな中、紹介されたハサミ。

誰にでも優しいというのは、こういうものなのかと思った。


もう、ご承知だと思うが、
すずめ日記的マインドは、「バリアフリー」だ。
すずめは、「バリア」の形に興味がある。そのバリアが5センチなのか、5.5センチなのか、それをきちんと知りたい。そして、それを知った上で、それを埋めるスロープはどういう角度が正しいのか、試行錯誤をして考えたい。視力0.2(っていう言い方、ヘンだけど。ご愛嬌で勘弁ね)の人と、視野狭窄の人と、どう、対応の差を考えなければならないか、ちゃんと調べたい。そして、どこを犠牲にするのが、合理的か、考えたい。
たぶん、これは、トイレの細かい角度やスロープの位置を具体的に考える建築家さんの意識とも近いんじゃないだろうか。
バリアを知った上でなければ、フリーは作れない。

「世界中のみんな」などというアバウトな対応じゃ、何も見えてこない。

でもね。実はそんなの、関係ない。
モノをどう、作っていくかなんて、そんな流行や概念に左右されたりしないから。
出来上がったモノは、同じだから。


よく、学生さんたちにも聞かれる台詞。
「ユニバーサルデザインと、バリアフリー、どう違うんですか?」
知ってるオトナたちは、さりげなく
「スルーしましょうよ。」
と言う。だって、話せば長過ぎ(^^;

ってコトはともかく、
そんな小理屈の差、考えたいの?
それこそ、バリアじゃん。

って、長いコト、書いちゃいましたが、オチってこんなもんかな。

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