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2011年11月17日 (木)

ロービジョンの赤ちゃん

K先生のご研究、おもしろい。
普通の赤ちゃんなら、いろんなデータがある。お母さんたちも、周りの誰かに聞けば分かる。
寝返りをうつのは何か月?つたい歩きは?歩くのは?おしゃべりは?
しかし、視覚障害の赤ちゃんには、そうしたデータが全くない。研究会ではそういうデータを見せて下さった。
おもしろい。
たとえば、視覚障害がある乳児は、「四つん這い」をしないのだそうだ。(普通の赤ちゃんは立つ前はそれをやる。)なるほど、手を前に出しても、手で床をつかむことができないと、「四つん這い」が安定した姿勢だというのが、分からないのだ。だから、床に手を触れさせてやって、それを分からせてあげる。(これを『パラシュート』と呼ばれていた)
お母さんたちは、「早く歩かないか?」と思うが、実は、首が座っていないと座れない。座れないと、立って姿勢を安定させられない。。。。そういう事がひとつひとつ身体の能力として備わってこないと歩けない。逆にいうと、備わっていれば、自然に自分から歩く。。。そう言えばレディネスという言葉を高校の家庭科で習った。
K先生のポケットには、視覚障害を持った子供たちが、こうしたそれぞれの発達段階の基準となるスキルをどの年令(月例)でできればいいか、データになって入っている。その道の人たちには垂涎モノだろう。。。。が、この話は複雑なのでまた別の機会に。


何日か前、りんママさんの日記で、怒りを感じた件を話した。
半年に一度行く眼科では、「普通に接していればいい。」とだけいわれる。でも、どうしてあげればいいのか、分からない。少しでもプラスになることをしてあげたい。その願いは切実だ。とても共感できる。

K先生に、どうしてあげたらいいのか?を聞いた。
赤ちゃんが、楽しい、幸せだって、思う事をしてあげればいいのよ。たとえば、だっこしてあげれば喜ぶんでしょう?だったらそうしてあげればいい。毎日の生活の中で、御飯をあげたり、ミルクをあげたり、おかあさんは、赤ちゃんがどうして欲しいか、知っているでしょう?それをしてあげればいいのよ。
「それって、もちろん、りんちゃんのお母さんもされてるし、逆に言えば、私たちが怒りさえ感じた『普通に接してあげる』ということに他ならないんじゃないですか?」
でも、K先生は、
「そうなの。それでいいの。」
障害の存在は重い。たかだか、教育なのだ。教育が障害の形まで変えられると思うのは、思い上がりなのかもしれない。と。
目からウロコだった。

「普通に接してあげればいい」という言葉、
無責任な第三者の医者の言葉でもあり、
何十年に渡って、障害児教育に携わり、その手でたくさんの子供達を育てた人の言葉でもある。
同じ言葉だが、全く意味が違う。

りんちゃんの写真。とってもかわいい。
もちろん、視力も伸びて、いろんな事ができれば良いと思う。
でも、できなくても、良いんだ。できなくても、幸せなら。。。。出来ない事より、出来る事の方が価値があって、それを高々人間が作った「教育」がもたらすことができるというのは人間の思い上がりなんだろう。りんちゃんの人生は神様(っているかどうか分からないけれど、自然の創造主が)くれたもの。そこが出発点での教育がある。。。

普通、赤ちゃんはみんな、あまり物が見えない。それが、6才、もしかして、もうちょっと、8才?位になるまでに、視力が固まっていく。小さな乳児の時に、「この子は視力が無い」と決めつけるのはどうか。本当は、6才位で固まるはずなのだから、視覚障害児であってもそういう事を視野に入れて、毎日、自然に生活していけばいい。
赤ちゃんの能力は自然にできてくる。自然にできてくれば、自然に見えてくるのかもしれない。
でも、そういう言い方をすると、何もしなくていいっていうことになってしまう。そうじゃない。その子が今、どういう発達の段階にあるのかを見極めて、その段階に則したことができるような手伝いをすればいいのだ。おすわりが出来ない子に歩くことを教えるんじゃなくて、身体の姿勢が保てるような事を教えるっていうような。
たかが、教育ができるのはそこまで。でも、子供の持つ力はすごい。それを何倍にも増幅させて、自分のものにしていけるのだ。


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飲み会のもう一人のメンバー、Fさん。
「子供達には、本当に、教わったわよ。」
子供達には、自然に力が備わっている。
それを子供達自身が教えてくれる。
「彼等が一番の先生!」

昔、視覚障害の6才児で歩けない子がいた。親達は、歩けないと思っていた。
「そんなこと、絶対ありません。今まで歩けなかった子、見た事がありません。この子は絶対に歩けます!」
Fさんは親たちに言い切ったそうだ。
「本当はちょっと、ハッタリもあったかな。」
と彼女は笑った。
しかし、その言葉で、お父さんは毎日、その子に歩く練習をさせたそうだ。
何か月か後、その子は本当に歩けるようになった。
Fさんの予言は当たったのだ。
何年も後になって、お母さんから聞いたそうだ。
あのころ、自分たちは、離婚の危機だった。息子に歩く練習をさせたこと、歩けるようになったこと、それが、自分たち家族の問題を解決させてくれた。


福祉の現場には、そんな話がいっぱいあるそうだ。
子供達が先生。

普通の子供に対しては、いろんな手引書がある。「たまごクラブひよこクラブ」。。。赤ちゃん雑誌、育児雑誌、仲間のお母さん達からも、いろんな情報が入ってくる。
おすわりができた。じゃあ、もうすぐつかまり立ちをするかも。来年の春には歩くわね。
。。しかし、視覚やその他の障害を持つ子供達についてはなかなか情報が無いという。

同じ頃に生まれたよその子はもう、歩いている。この子は?
「大丈夫、歩きますよ!」
そう、自信を持って言ってくれる人がいない。療育施設にいる人たちも、自分の経験だけがたより。そういう子を扱っていなければ、分からない。
「大丈夫」と言ってあげられない。

だから、まず、データが必要なのだ。どの月例の子供達は、どういう能力があるのか。どういう発達の段階を追っていくのか。
ベテランが「私だけが知ってる知識」というのではなく、新人の保母さんでも
「大丈夫!」と言ってあげられるような、根拠のある励まし。
K先生が
「大丈夫、普通にしてあげればいいのよ。」
とおっしゃったような。

日本中に散らばっている、いろんな子供達。
その一人一人の足跡を、次の子供達が辿れるように。
まず、日本が始めなきゃいけないのは、そこからだろう。

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K先生、うますぎ!

実はすずめ。
鳥なので、スキ嫌いがあります。
世の中のモノで食べた事の無いもの、たぶん、いっぱい。たぶん、っていうのは、ダメって思うものは、「我が輩の辞書に無い」ので、選択肢の中に無いんですね。
で、普段は、おばあさんの作った洗濯糊をおいしくいただいております。

ところが、その酔っぱらった土曜日の飲み会。
辞書に無い「あんきも」なんかが出てきたんです。いつもはさりげなくスルーするんですが、隣に座ってらしたK先生に見つかっちゃいました。
きっと、人類に食べ物が無くなって、これが最後ねっていう時にも、おクチに入れられないレベルの存在感をしています。
だって、アレですよ。あの、図鑑に載ってるアンコウ。そのあろうことか、肝臓。
それって、食べ物?

ところが、さっすが、教育のプロ。
「そうね。たくさんはムリね。じゃあ、ひと口だけ。」
っと1センチ位に切り、すずめの前に。話を変えようとするすずめに、
「じゃあ、もうちょっと小さくね。」
っと、小豆位?に切って下さり、
「わさびのせると良いのよ。」っと。この、普通じゃしない、極端な小ささがプロのテクニックなんですね。
アンキモの味はともかく、すずめのような頑な鳥にも、口に入れさせてしまいました。
すごい、教育者のプロ。

ってコトで、ってゆっか、あんきもと関係ないけど、昨日のりんママさんのこと話したら、K先生がお返事下さいました。流しちゃいますね。

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「一本ばしこちょこちょ」が嬉しいとき時期の遊び(相手のある遊び)

1.受動的遊び
(1)人のみ介在
1. 身体を振り回したり、高いたかいをしてもらう。
2.手をとって赤ちゃん芸をしてもらう
3 .手をとって手遊び歌をしてもらう
4 .散歩につれていってもらう
(2)物が介在
1.好きな曲をかけてもらう
2.幼児用ブランコに乗せてもらう
3.滑り台を抱いて乗せてもらう

2.能動的遊び
(1)人のみ介在
1.赤ちゃん芸の声かけをしてもらう
2.自発的な動作(足を床に打ち付けるとき、「ドンドン」と言ってあげる)に声かけをしてもらう
3.抱かれていて母の手に打ち合わせる
4.母の口に手を当てて「アワワ」と言ってもらう。
5. 口に手を当ててもらい、声を出す
6. 抱かれていてわざとひっくり返り受け止めてもらう。

(2)物が介在
1.吊された玩具に手を出していじる
2.ピアノやテーブルを手で打つ
3.ひも、紙、ポリ袋、起きあがり小法師、タンバリンをいじる
4.側にある物(畳、ふすま、障子、窓ガラス)を叩いたりひっかいたりする
5.持った物で側の物を叩く

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なるほど。。。
ひとつひとつ、「遊び」と言っても、とても教育的なんだなあっと、思います。
本当は、そのいくつかはお母さんが生活の中で自然にやってる事かもしれません。でも、こう書いていただくと、その動作やかかわりの「目的」や「刺激の種類」が分かりますよね。それが分かった上で、意識的に接してあげると、「どう」楽しいのかも、分かる気がします。「どう」成長しているのかも。


でもね。こういうこと、やってる赤ちゃんって、かわいいだろうなあ。
それだけでもオッケーよね。

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