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2011年11月10日 (木)

昔は良かった?

さて、懇親会の番外。

ある人が(50代の女性) 言う。
「何で、今は、こんな時代になっちゃったんだろう。」
昔は良かった。
その言葉は、或る年齢以上の人間の常套句でもある。二言めにはコレが出てくる。

でも、私は決してそうは思わない。
「昔だったら、XXさんのような家庭の主婦が、こんな時間に飲み会になんて出席できて無いわよ。」

っというのはともかく。
昔と比較して、無くなったものに、コミュニティの連携があると、よく言われる。
犯罪にしても、教育にしても、もちろん福祉にしても、昔は地域という枠があって、みんなで助け合って生きてきたと。だから、今は犯罪が増えるのだと言われるのだ。(実際統計的に犯罪は増えていないのだが)

でも本当にそうなのだろうか。コミュニティの煩わしさ。私たち都会に住む者は、それから逃れたかったのでは無かったか。
私たちが逃れたかったものは、何だったのか、もう一度思い出してみよう。

コミュニティ/ご近所の結束力が高いのは、その情報力が基盤にある。近所同士、各家庭のルーツ、学歴や年収はもちろん、財産目録、親戚関係までみんな知っている。
お嫁に行かない娘がいたら、「お見合い情報」の嵐。大学なんかに行かせるから、行き遅れる。というハナシになる。「出入りの呉服屋」という商売なんかもあって、そういう「体面」の為に嫁入り道具と称するモノを大量に買わされていた地域もある。ご近所の家が買った小紋の値段はもちろん、柄まで把握していたりする。
そんなの無視すればいい?無視したら、コミュニティは成り立たないのだ。一家全体が「ご近所の評判」を保つストレスに日常的に晒されていた。(地域もあった)

或る程度の年齢の方なら記憶していると思うが。。。昔は、「学校の名前が(新聞に)出る」など、あってはならない事だった。何か事件があっても、学校ぐるみ、地域ぐるみで隠蔽する。だから、決して学校の問題はメディアに出ることが無かった。

さて、そんな中での障害者の問題はどうだったのか。

地方の眼科医さんが、
「うちの地域は、そんなに福祉なんかが整ってるとは言えないけど、家族でうまいコト、カバーしてるんよ。」と言っていた。家族やコミュニティが支え合って機能する所もあるのだろう。

しかし、何年も前だが、こんな話を聞いた事がある。
障害者を視点に入れた防災の整備。これがなかなか進まない。
「地域の障害者をリストにして、消防署が管理するとか、できないんですか?」
神戸の震災の時、ご近所がみんなで助け合ったという。しかし、本当に高齢者や障害者は一人残らず、誰かに思われていたのだろうか。おそらくモレがあったにちがいない。このモレをなくすためには、リスト化が必要ではないだろうかと思って聞いた。
しかし。。。
都市部ではそういうのを制作している地域があるそうだ。しかしできない所もある。意外に、田舎の方が「個人情報」ということで進まないというのだ。なぜか。。。高齢者はともかく、古い体質の所では、家にそういう者がいることを内緒であるという所もあると言う。
ちょっと驚いた。古いコミュニティの方が障害に対して優しいと思っていたからだ。

もちろん、こんな話は、地域差がものすごく大きいだろう。私が上で書いたような、「古きあんまり良く無い時代」の話も、地域によって相当異なるはずだ。しかし、こういう地域も存在していたことだけは確かだと言える。

考えてみると、「座敷牢」という言葉があった。本当に地域で介助されていたなら、肢体不自由な人たちをサポートしていたような「伝統の品」残っていていい。が、どれほどあっただろうか。
例えば、日本の和式トイレは肢体不自由だと不便なはずだ。それを介護するものはどれだけあったか?寝たきりにさせていたのではないだろうか。寝たきりにさせると、寿命が縮むということを知ってはいなかったのか。
いずれにしても、そういう障害を持ったまま、長生きするということがあまり考えられていなかったのではないだろうか。考えてみると、こうした介護は、たった一人、「嫁」が担っていたわけだ。何十年も。もし、それを受容しなければ、地域では生きていけない。すべての「嫁」がその長寿を本当によろこんでいただろうか。それを本当に、近所の人たちが肩代わりしてきたのだろうか?もし、本当にみんなで介護するシステムがあったなら「結」だの「講」だののように、専用の何らかの形が残っていてしかるべきではないか。逆に、その反対の悲しい歴史の話は多くある。

子供を地域で育てていたという。本当に、親は子供を外に遊びに行かせて、よその人が見てくれると当てにしてられたのだろうか。たくさん生んでも成人するのはそのうち何人か、という時代には事故で亡くなる子供もいただろう。人の目など届かなかったのではないだろうか。

そんな事を思わせる例もある。アメリカにはAvonという視覚障害の訓練システムがあるそうだ。1960年代は全盛だったが、今でもあるらしい。そこに何があるか知る為には、手を叩いてその音の響きで前に何があるのか知る。白杖で叩いてみれば一発で分かるはずなのに、なぜ?ちょっと仰天してしまうが、白杖を使わないことが前提なのだ。白杖への偏見がベースにあるという。

「古き時代はそれほど良く無かった」
その私の「仮説」が正しいなら、今の方が数段良いことになる。
町で白杖や車いすを使って歩く人を頻繁に見かける時代。大きな講演会で、「うちの子供はアスペルガーです。」「私はディスレクシアです」と堂々と言える時代。
そういう時代を作ってきた人たちがいるということだ。


古き良き時代の良さもある。
今更それを取り戻すのは不可能だが、
もし、本気で取り戻そうとするなら、そういうリスクも含めて取り戻す覚悟を私たちは持てるだろうか。

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