« 「デザインの力」 | トップページ | 救いが無い 事件の行く手 »

2011年11月23日 (水)

奈良・妊婦転送死問題 の核心って?


2010年03月01日23:46

この日記は「4つ組」になった1つです。

この複雑な問題、
いろんな視点をごっちゃにするから、
軋轢しちゃう。
だから、
バラして考えてみたい。

総論として

http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1426611690&owner_id=12848274


地裁判決への深い議論として

http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1427733705&owner_id=12848274∨g_id=1426611690

遺族の感情として

http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1429454673&owner_id=12848274∨g_id=1427733705

社会の問題として

http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1429454926&owner_id=12848274∨g_id=1429454673


-----

妊婦転送死、遺族の請求棄却
http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=1126474&media_id=2


ここ何年かの間で、これと、例の事件、これほど医療の世界が振動したものは無いだろう。

すずめ的にはこの件には二つの論点がある。


一つ目

大淀のこの事件、もともとの新聞タイトルは
「タライ回し」だった。

すずめ的には、この事件が、
実際の当事者の方にとっての事実とは別の場所で、違った衣をかぶせられて、キャンペーンのネタにされてる気がしてならない。

「産科/救急医療の危機」

確かに、この問題はある。だけど、これは、奈良の、大淀町の事件だ。これをそのまま、日本の産科の問題として、普遍化させてしまって良いんだろうか。
そこに大きな、危うさを感じる。産科医療は絶対、守らなきゃいけない。だけど、それはたとえば、この事件とは無関係だ。
この事件を、社会インフラとしての救急の問題と、いっしょに論じちゃいけない。
日本の産科/救急システムは瀕死の状態だから、瀕死の医師を責めちゃいけない。そんな理屈が生まれてきたら、おかしい。
だから、これは「タライ回し」の問題じゃない。
判決は是か非か、
それは全く別に考えるべきだ。


さて、二つめ。

こっちが本題。
ちょっとだけ、すずめはこの事件で某所から小耳にはさんだ事実がある。それは書けないけど、それをふまえて書くとすると。

この人、近親者も医療者だった。だから、妊婦さんの搬送に関しては、その人もいろいろと立ち回り、活躍した。(とお酉さまの本にも出て来る)
医療者なら、なぜ、町と同じ医療者を訴えたのだろう。
医療者なら、担当の産科医さんが、どう、頑張って仕事をしているか分かるはずだ。事情もすべて、完全に理解しているはずだ。妊婦さんは何ヶ月も検診に通う。その間に信頼関係も築いていただろう。もし、一生懸命、産科医さんが対応していて、それを分かっていて、訴えただろうか。
確かに脳内出血が起きていたら、助かるのは難しいに違いない。訴える前に、もし、担当医さんとTさんとの間に信頼関係ができていたら、充分その内容を説明することができ、折り合いがついていたんじゃないだろうか。(それも問題の進行中から)
たとえば争点である頭部CT
ここには書いてないけど、産科医さんの主張は子癇だった場合は、その刺激さえ危険で、しかもそれでどうなるわけでもない。。。っていうんじゃなかったっけ。
もし、そうなら、その時に、なぜ、遺族とそれをいっしょに検討しなかったのだろう。
もし、そうだったなら、訴えられる所までいかなかったのでは無いだろうか?


だから訴訟になった。
訴訟の形であるこの要求額に意味があったろうか?
すずめには、何人もこういう医療訴訟系のお友達がいるけど、彼らのうち、誰一人として、要求額に意味があった人なんていない。みんな、ただ、真実を明らかにしたかっただけなのだ。だけど、その方法としては、カルテを証拠保全で押さえられる、裁判しか無い。みんなそういう理由で訴えている。
この人もそうなんじゃないだろうか。

この事件、
この文面に出て来る以外の事実があるはずだ。
それは、「信頼関係ができていない」というものだったんじゃないだろうか。


-------

 奈良県大淀町立大淀病院で06年8月、同県五條市の高崎実香さん(当時32歳)が分娩(ぶんべん)中に意識不明となり、19病院に受け入れを断られた末、転送先で死亡した問題を巡り、遺族が町と産科医に約8800万円の賠償を求めた訴訟の判決が1日、大阪地裁であった。大島真一裁判長(島村雅之裁判長代読)は「救命の可能性は低かった」として、遺族の請求を棄却した。しかし、3時間以上も転送を待たされた経緯に触れ、「産科救急医療の充実を願う」と付言した。

 原告は、夫晋輔さん(27)と転送先で生まれた長男奏太ちゃん(3)。主な争点は、産科医が頭部CT検査を実施せず、死因となった脳内出血ではなく妊娠高血圧症の子癇(しかん)とした診断の過失と、救命可能性の有無だった。

 判決は、脳内出血が発生した時刻を、実香さんが頭痛を訴えた06年8月8日午前0時ごろと推認。その上で、「(けいれんが起きた午前1時37分ごろには)頭部CT検査を実施すべきだったといえるが、設備の整った医療機関にできるだけ迅速に搬送することを優先させた判断は不適切とは言えない」と産科医の過失を否定した。

 また、転送時期と実香さんの死との関係については「仮に(初期段階で)脳の異常を診断し、(設備の整った)奈良県立医大に搬送したとしても、手術開始は午前3時半ごろと考えられ、救命の可能性は極めて低かった」と述べ、請求を全面的に退けた。

 「脳内出血の可能性を考慮すべきだったが、短時間での手術が必要で、救命は困難だった」とした地裁の鑑定結果に沿う内容となった。

 一方、判決要旨の朗読後、大島裁判長は産科救急医療の現状に触れ、「重症患者でも現場で搬送先を探しているケースが多く、『救急医療』とは名ばかりだ。人の命を守ることは国や地方自治体に課された責務で、産科など救急医療の再生を強く期待したい」と述べた。【日野行介】

 【ことば】▽奈良・妊婦転送死問題▽ 06年8月7日、高崎実香さんが分娩のため奈良県大淀町立大淀病院に入院。8日午前0時ごろ頭痛を訴え、間もなく意識不明になり、けいれんを起こした。産科医は妊娠高血圧症の子癇と診断。病院は産科救急の転送先を探し始めたが、19病院に受け入れを断られ、午前5時47分ごろ、約60キロ離れた国立循環器病センター(大阪府吹田市)へ搬送。頭部CT検査で血腫が見つかり、帝王切開で奏太ちゃんが生まれたものの、実香さんは同月16日、脳内出血で死亡した。

-----

この日記は「4つ組」になった1つです。

この複雑な問題、
いろんな視点をごっちゃにするから、
軋轢しちゃう。
だから、
バラして考えてみたい。

総論として

http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1426611690&owner_id=12848274


地裁判決への深い議論として

http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1427733705&owner_id=12848274∨g_id=1426611690

遺族の感情として

http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1429454673&owner_id=12848274∨g_id=1427733705

社会の問題として

http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1429454926&owner_id=12848274∨g_id=1429454673

--------


昨日の日記の関連。

先ず、日本中のみんなに言いたい。

すべての事柄を、十把一絡げで呼ぶのやめよう!

障害者とはとか、
(イマドキの)若者はとは とか
高齢者は とか、

ってのはやめよう!

narrative base で語ろう!
これは、すずめの確固たる持論。

すべて、事例は別個。
人は一人一人違う。
全く違う。
それを、
障害者とは、こういうもの!
っていうカテゴライズはおかしい。


同じ、例に
「マスコミとは」
というのがある。
上のは、まあ、眉をしかめる程度だけど、
こっちは「危険」

マスコミって言ったって、
ネットでいっぱい出て来る、アクセス稼ぎのものから、
きちんと、裏を取ったものまでたくさんある。

今まで日記にいっぱい書いてきたけど、
すずめのマイミクさんたちを見てると、こういう質の良いジャーナリズムを支えているジャーナリストさんたちは、本当によく勉強してる。
当事者のそばに寄り添い、権威からも情報を集め、専門書を読み、一緒に飲み....いろんな視点を持ってる。いろんな実際、その現場にいた人もいっぱいいる。(彼らが医療の現場を知らないなんて、ホント、大誤解だ!)その中で、記事になるものはほんの一部だけど。
だからこそ、ある日、突然、何かの事件が起こった時、即座に関係者/専門家の知り合いにコンタクトが取れるだけの人脈も培ってこれてる。
彼らにはいろんな専門性があるけど、共通してることがある。みんな、熱い良心と、誠実な情熱で仕事をしていること。

そして、それは、前にも書いたけど、トンデモ記事とは違う。
トンデモ記事メディアはそれはそれなりのエンターテイメントとしての役割があるから、まあ、すずめ的には良いと思うけどね。(誰だって見分けられるんだから、ちゃんと分けて考えよう!)

だから、
先ず、
「マスコミは!」
っていうのはやめよう。
マスコミの流した、「この記事は」
「この記事の何行目は」
って、言おう。narrativeに!

そして、同時に、
「医師は」
というのも、やめよう。
山本病院の事件を引用するまでもなく、
悪いヤツというのは、どの環境にもいる。
医師は全員が誠実で人の命を助ける為だけに生きてるなんていう、主張はおかしい。
どの世界でも、良い人、熱い人、素晴らしい人が99%存在する。
だけど、とっても悪いヤツもいるのだ。
そして、考えるべきは、
心の中で悪いコトを考えるヤツがいても、
そこから具体的な被害が出ないような、物理的なストッパーを、社会が持つこと。
もし、不幸にして、そういう事が起きた時、その不満/主張が正しいか、公平な場で、公平な目で問う機会を、誰もが持てること。

これが、私たちの社会の基盤であり、
それは、多くの人の涙の上に勝ち取られてきたすべての人の権利であり、
誰も、その流れを逆行させてはならない。


しかし...
ネットの匿名性はそれを危うくさせてる。
たとえば、奈良の事件に対する日記。
その多くが
「妊婦さんは、検診も受けず、飛び込みで出産したんだろう」
というもの。クレーマーは訴えればお金が貰えると思っている。というのもある。それはしょうがない。誰でも何にでも詳しい訳じゃないんだから。
だけど、医療を対軸として、存在するある種のネガティヴな感情が存在してしまう事実はある。


問題の核心は、本当は、出産中の脳出血(これが致死性なのは遺族も誰でも分かっている)に対して、社会のインフラができていないこと。そして、すべての病院で、こういう稀な状態に対して、準備をすべきか、全く切るべきか、それとも、「何割の」病院でこれに対応ができるようにするかという所にあるはず。そして、それが不幸な結果をもたらした場合、それを、白日の下に、議論する場を、当事者そのものが持てること。
昨日も書いたけど、判決がどうのじゃない。だって、判決である「金額」は到底、亡くなったお母さんの命と等価では無いし、それが購えるものでもない。ただ、裁判をしなければ、事実に踏み込んでいけない。そういう現実が存在する。


----

お母さんが死の床で
新しい命を送り出そうとしていた夜。
搬送先はお母さんの親族である医療関係者が、
一生懸命電話して、探していたそうだ。
皆が、必死で助けようとした命。

次の命こそは助けられたらいい。みんな、同じように思っている。
熱血医師も、
熱血ジャーナリストも、

敵は同じ
その思いも。
仲間割れしてる場合じゃないヨ。


----


後で、ゆっくり、
この裁判の公判記録、ぐぐってみるね。
もう、見つけてる人いたら、教えてくれる?

----


人としてのnarrativeという視点

この日記は一つ前と、二つ前の続きというか、「組」として

この複雑な問題、
いろんな視点をごっちゃにするから、
軋轢しちゃう。
だから、
バラして考えてみたい。

総論として

http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1426611690&owner_id=12848274


地裁判決への深い議論として

http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1427733705&owner_id=12848274∨g_id=1426611690

遺族の感情として

http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1429454673&owner_id=12848274∨g_id=1427733705

社会の問題として

http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1429454926&owner_id=12848274∨g_id=1429454673


-------

この日記の
詳細は一つ前の日記の下のコメント。

http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1427733705&owner_id=12848274

今の状態で入手できる限りと思う資料も掲載されてます。
そこから、ピックアップして、
この日記の下に事実関係を転用しちゃいました。

------


すずめ的に、
この遺族がなぜ、訴訟にまで持っていったか。
医師との信頼関係ができていなかったから。
と思っている。

産科は他の救急等と違って、何ヶ月もの間、産婦さんは定期的に通う。
その間、看護師さんやドクターとも面識ができ、おそらく雑談もし、赤ちゃんを迎える幸福な話題をかわしているはずだ。また、(これは真偽の程は言及しないが、当初、このような問題も囁かれていた)産婦同士の情報交換も活発だったりする。この時初めて会ったわけではないだろう。だから、救急など場合とは違う。

言っちゃナンだけど、
よく、産科系のヒトたちから聞く話がある。
出産は確かに何時間もかかる。70時間かかっても、ずっと、ドクターがそのそばにいるワケじゃない。時々診て。。。最後の兆候があるまで、ほとんどの時間ついているのは助産師。ドクターは、たとえば手術とか、それからまさにこういう場合以外には、ベッドサイドに立ってたりしない。
だからね。
↑の「ココは1人医長だったから、外来の産婦さんと話をする時間もなく、毎回3分診療」っていうのは、あり得ないはず。

そういう信頼関係を構築するに、難しく無い場所。


それなのに、なぜ、信頼関係を構築できなかったか。

信頼関係っていうのを
narrativeに言うと。。。


産科医さんは、
とっても頼りがいがあったか。
目の前の危機に立ち向かっていくにあたって、
頼もしく見えていたか。


ということではないだろうか。
その象徴的な事象が、
「12:14 仮眠していた」
というもの。
この時間、仮眠しても良い位に安心な時間だったのか。

下の資料を見ると、そこには疑問を感じずにはいられない。
「まあ、大丈夫。僕は寝て来る」
と言われたら、
この人は、人格者で名医だから、と思えるだろうか。
少なくとも頼もしくは思えないのではないだろうか。

更に、これは公平では無いんだけど、
narrativeな視点でということで、
勘弁してほしいんだけど、

何時に仮眠を取ったとか、そんな杓子定規な視点からではなく、もっと、イメージ的にどうだったのだろう。
この医師は、本当に、この危機に対して、バリバリと、対処している頼もしい人だったのだろうか。転送先は受けてくれない。その理由は分かる。だけど、そこへの立ち向かい方はどうだったのか。
本当の所は、このイメージという要素は、大きかったんではあるまいか。もし、この医師がブルドーザーのごとく、攻め込んで行った人物だったら、どんな時間に仮眠しようと、遺族はそんなに不安にならなかったんじゃないだろうか。

だけど、これは余分なこと。
これを客観化するすべはない。
話をもとに戻すと。。。


確かに、遺族はその時、どう、感じていたかわ分からないけど、
もし、子癇ではなく、脳が原因であるなら、その重篤さによっては
どんな対応をしたとしても、
判決通り、助かる可能性は低かったのだろう。


だとしたら、

--------------------------------------------
: どうせ、助からないなら、
: 医師は
: 寝ていても正しいのか。
: 結果的に医師は
: 寝ていても、
: 起きていても
: Mさんは助かることがなかったのだから、
: 寝ていることも是である。
: これは正しいのか。
--------------------------------------------

救急医だったら、助かりっこない怪我人は
放置していても良い?


これを、遺族がnarrativeに主張を発露させたら、どうなのだろう。
彼らは「どうせ助からないなら、寝ていても良い」
とは思えないだろう。
だとしたら、その思いをぶつける先はあるのだろうか。
もちろん、この「思い」が正しいかどうかは、
分からない。だとしたら、その思いが正しいかどうか、
単に愚痴を重ねるだけでなく、
公に問うことができる場があるだろうか。

一つは
マスメディアを通して、世に問う事
もう一つは
司法の場で結着をつけること

すずめには、この二つしか思いつかない。


先ず具体的な情報

・8日0:00頃、突然の頭痛、嘔吐、血圧上昇があった。
 →この時点で激しい出血が右脳にあったと認めることができる
・0:14頃、突然の意識消失。刺激しても意識回復しない。
 →この時点でかなりの量の出血が中脳まで。脳ヘルニアが進行している状態と考える。
・1:37頃、痙攣発作
 →除脳硬直であると考えられる。
 したがって、この時点で、中脳・橋が両側性に傷害されていることになる。
・1:50頃、瞳孔散大、対光反射:右消失、左わずか 
 →右側脳室のヘルニアは完成、
  左側脳室のヘルニアは進行中だが、完成していない、と考えられる。
・2:00頃、瞳孔散大に加え、過換気で呼吸障害も起こっていると考えられる。このような状態では、脳ヘルニアの進行は通常、非可逆的である。救命不可能とはいえないが、午前0:00頃の出血で、2:00頃には瞳孔散大であったM香さんの病態の進行は急激であり、
2:00頃から数十分以内に開頭手術を行わないと救命不可能である。

以上、ベース医者様の一つ前の日記へのコメントから引用


-----
このケースでは、当該の妊婦の方が意識不明になった後に仮眠に行っているのです。判決では、意識不明には心因的な理由があり得るがそれは30分継続すれば排除でき、少なくとも12時14分の30分後には脳出血であることがわかったはずと述べています。医師は13時30分過ぎに仮眠室から戻ってきて、そして「子癇」と診断したのです。

kurim様のコメントから引用

------


社会としての視点


この日記は一つ前と、二つ前の続きというか、「組」として


総論として

http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1426611690&owner_id=12848274


地裁判決への深い議論として

http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1427733705&owner_id=12848274&org_id=1426611690

遺族の感情として

http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1429454673&owner_id=12848274&org_id=1427733705

社会の問題として

http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1429454926&owner_id=12848274&org_id=1429454673


この複雑な問題、
いろんな視点をごっちゃにするから、
軋轢しちゃう。
だから、
バラして考えてみたい。


------


奈良の事件は、
これ、独自のもので、
決して、日本の産科医療がどうのという問題ではない。
(これは大野病院の事件も同様だと思う)

日本が理想的な医療的インフラを持っていても
いなくても、
この事件の議論はそこに帰着してはいけない。


そこを断わった上で、
(でも言いたくなっちゃうだろうから)

社会としてはどう、あるべきか、
考えてみたい。


社会としてあるのは、

1
司法の問題。。。。。って呼んで良いのかどうかわからないけど、
こういうものを持って行く場として、今、日本には司法しか無い。
司法が介入しなければ、証拠保全もできないし、真実に迫る事ができない。
今、ジコチョーがどうのという議論がされてるけど、それがすべてを解決してくれるのか。。。

2
ネットでの暴走の問題。
前にも散々書いたけど、
事実だけを基盤にしたものならいい。
だけど、事実ではない根も葉も無い中傷が横行する。
横行位なら良いが、炎上までする。
それに対して、公判をひかえた当事者は丸腰でなすすべもない。
これに関しては、「良識」にしか頼るすべが無いのが、現実。


3
産科の社会的インフラ
確かにこの事件のようなケースは非常に稀。
こんなに稀なケースに対応できる施設を、どう、そろえるべきなのだろうか。
あんまり言い過ぎると、All or nathingになってしまいそうだ。
限られた医療/地域資源を、どう、どこまで、使って行くべきなのか。。。
すずめ的には、集約化しか無いと思うけど、
それでも、こういうケース(脳外科もある産科)は漏れてしまうかもしれない。ネットワークだけでできる問題なのだろうか?


----

この日記は一つ前と、二つ前の続きというか、「組」として


総論として

http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1426611690&owner_id=12848274


地裁判決への深い議論として

http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1427733705&owner_id=12848274∨g_id=1426611690

遺族の感情として

http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1429454673&owner_id=12848274∨g_id=1427733705

社会の問題として

http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1429454926&owner_id=12848274∨g_id=1429454673


この複雑な問題、
いろんな視点をごっちゃにするから、
軋轢しちゃう。
だから、
バラして考えてみたい。

と思ってたら、
タイムリーすぎに、こんなニュース

■ネットで医師暴走、医療被害者に暴言・中傷
(読売新聞 - 03月06日 18:16)
http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=1132857&media_id=20


--------
引用


 奈良の遺族は「『産科医療を崩壊させた』という中傷も相次ぎ、深く傷ついた」、割りばし事故の母親は「発言することが恐ろしくなった」という。


----

確かに、2チャンネル、それからいくつかのホームページ。
酷いのがある。標的にされているのは、患者たちだけではない。医師もだ。
その内容はわざわざ書くまでもないが、下劣以外の何ものでもない。

しかし、すずめ的には、
これをやってるのは、非常に限られた人数ではないかとも思っている。
たとえば2チャンネルなどはIPアドレスなどから多少見えたりするのだが、
別人になっていて、実は同じというのもある。

こういうページを読んでいると、読んでいる方まで心が荒んで行くのがわかる。そこに日頃の鬱憤が重なると、自分もイタズラ気分で書き込みたくなってしまうのではないかとも思う。そこへ何らかのレスポンスがあると、返してしまう。そして、またそこに反応があり...ネットでは匿名。自分を全く別のキャラクターに仕立てて、その全く別の自分に発言させてしまう。時として、それは本当の自分の意見では無いこともあるかもしれない。


(以下、独白)
怖いのは、
暴走する医師(この問題は医師だけではなく、他の分野にもあると思う)たちの中の、先頭を走る人たちの、ほんの一部には。。。ちょっと変わった人もいるらしいこと。
某所で耳にしたんだけど...リアルで会うと、本当に、ちょっと病んでいるようなエキセントリックな人だったとか。すずめも、ある場で『あの人は例のXXXXっていうハンドルネームの...』という耳打ちをされた事があるんだけど、その方の態度というか、話し方、声のトーン、何よりも発言内容...確かにちょっと普通の人には見えなかった。
そういう外見イコール人格と見るのは危険だけど、オピニオンリーダーがどういう人物なのか、ネットでついていく人たちは何も知らないのは確か。

------


ネットでの旗頭になっている人たちはどういう人格の人なのか。
本当はテキストファイルからは見えてこない。
しかし、彼らの意見に、たくさんの人たちが同調してるのは確かだ。
彼らの提供する情報が本当に正しいものだけだったら良いが、
「割り箸事件の子供は知的障害だった」
「大野病院のお母さんは2人目は産むなと言われていた」
などなど。。事実と反するものもたくさんある。
だけどそれが事実なのかどうなのか、もちろん、普通の人に調べるすべは無い。書いてあれば、信じてしまうのも無理は無いかもしれない。
そこへ、
本当は良心的な、熱い医師たちが、迎合してしまう。
一人一人の彼らはとても紳士的で誠実な良い人たちなのに、
マスではそういう存在じゃなくなってしまう。
先頭を走るリーダーの子分でしかない。

本当は、目の前にある敵は同じ
医療訴訟の関係者も
暴走医師のそばにいる、本当は良い人たちも

大きな敵に対して、
仲間割れしてる場合じゃない。


--

|

« 「デザインの力」 | トップページ | 救いが無い 事件の行く手 »

医療」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/1210811/43114574

この記事へのトラックバック一覧です: 奈良・妊婦転送死問題 の核心って?:

« 「デザインの力」 | トップページ | 救いが無い 事件の行く手 »