« 2011年10月 | トップページ | 2011年12月 »

2011年11月

2011年11月24日 (木)

疾走のための義足

2011年03月10日08:12
昨日は、イロイロあって、
コーロー省さんの福祉関係の技術開発系の
展示会に行ってきた。

マイミクのみなさま、ありがとうございました。
なぜか、懐かしいヒトにも偶然会ったりして、
いろいろ楽しい一日でした。


って中で、
ちょい、おもしろいなって、思ったもの。

疾走のための義足

http://www.imasengiken.co.jp/lapoc/sport.html

うーん。
ホームページには良い写真が無くて残念。

会場には、何人もこの手の義足?を付けた人がいて、
走ってた。


それが、かっこいいのだ。
(ここでのかっこよさっていうのは、いわゆるワカイ子がイケメン歌手なんかにキャーキャー言うのと同種の、単純な意味なんだけどね)

そりゃ、彼らは本物のアスリートだろうから、全身がシェイブされてて、
シンプルなTシャツなんかだと、そういうのがよく分かって。。。
だけど、
ハイテクなマシン風の足が見えてる状態って、
何ともかっこいい。
萌え~って感じ。

もし、ああいう系の人たちが、バンドとか組んだら、
か~なり、キャアキャア言うヒトたちが出るんじゃないだろーっか。
(もちろん、イケメン/美女 っていうのは、ベーシックに必須条件だけどね)

そういう人たちが何人も会場にいると。。。
すずめなんて、なんて自分はずんぐりカッコ悪いんだろーって、
思えちゃう。
しかも、両方ともナマ足なんて。。。



は、とっても、レベルの低い「感想」で、
そんな甘いモンじゃなく、
イロイロ問題もあるんだろう。

だけど、
すずめ的にすっごく興味深いのは、
こういう何かを「かっこいい」って思う感覚は、
結構、ストレートで、正直ってコト。
偏見とかすっとばしちゃう。

やっぱり、
「かっこいい!」って、
蔑ろにできない重要なファクターかも。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

もし、今の日本人だったら、っていうすずめ算してみた


2011年03月08日10:24
子孫368人まで血を広げた95歳、天国への旅立ちには一族全員が集結。
http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=1526075&media_id=84


彼女は10人の子供たちを産んだ。
もし、今、日本人だったら、どうだろう。
ちょうど、平均寿命の人たちのお葬式に参列する子孫の数。


えーっと、
先ず、このころの人たちって、何人位、子供を産んでたんだろう。

http://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/jinkou/suikei09/index.html

昭和22年

95歳だったら、もうちょっと早く子供を産んでるだろうから、
以下は今、80代中盤、ちょうど平均寿命の人たちってコトになるかな。

合計特殊出生率
4.5人って感じ?


じゃ、ざっと5人として、
5人の子供たちが、結婚して、25年後に子供を持つとして、
昭和40年?
出生率は 3人

で、孫たちは
15人


で、15人の孫たちが全員、子供を持つとして、
昭和60年の中頃?
出生率は2人

なので、

ひ孫は30人

で、
彼らはちょうど、これから、玄孫を持つとすると、
出生率は2人を切ってるから、

55人位。

5 + 15 + 30 + 55

105人。

でも、現実には、この最後の玄孫たちは、晩婚化が進む現在、産まれるのは、いつのことやら。。。

なので、お葬式参列者は、うんとラッキーなヒトで50人程度かな。

エリザベス・マクヒューさんの368人になるには、もう二世代、プラス晩婚化年数ほど必要かもしれない。

コレは、昭和の最初頃に生まれた人たちの場合のすずめ算。


じゃあ、今、産まれた子供の場合はどうなんだろう。
今の合計特殊出生率が
もうちょっと改善されて、2人になって、ずっと2人を維持できたとして、

30年後に

2人

60年後に

4人

90年後に

8人

わあ。。。何?このペース。
で、計算すると、結局、
7世代目にやっと、255人になり、
8世代目に 511人になる。


7世代目っていうと、210年後。
ちなみに、今から200年前って、

フランス革命でまだドンパチやってた頃。


それが良いのか悪いのか、分かんないけど、
地球にとっての一番の害虫がニンゲンだとすると、
まあ、それはそれで良しとも思ったり。

-------

10人の子どもたちからは55人の孫が誕生。その孫たちからは242人のひ孫たちが、さらには59人の玄孫(やしゃご)、2人の来孫(らいそん)まで生まれ、現在、エリザベスさんの直系血族は368人の大所帯となっている。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

それでも理想論を語り続けたい

2011年03月07日12:16
海賊や北朝鮮不審船。。。

こういう話、どのように、
どこまで信じたら良いのだろう。

どの記事も、自分たちの利益を軸にしたバイアスがかかっているのだろう。
だとしても、それを調べる方法も、裏を取る方法も、私たちには無い。
もちろん、ネットの評論なんて信じられるワケが無い。

竹島の問題でも、
北方四島の問題でも、
おそらく、どちらの言い分にも理があるはず。
そして、
どちらが正しいのか、ニュートラルな部分があるはず。
それを
白 と 黒
そのどちらかだけしか答えが無いという視点しか無い。
だけど、
そういう問題って、日本に限らず、世界中にあるんじゃないだろうか。
だとしたら、もっと、大きな視点で、
ファジーな落としどころを考えても良いんじゃないだろうか?

-----

昨夜、飲み会の帰り道、
カイホの人と一緒の方向になった。

確かに、
アブナイことがいっぱいある。
そして、報道されていないようなことも。
なぜ、隠すのだろうとまで思う。。。とのこと。

海保の横浜?の展示室には、
どこかの国の不審船を引き上げたモノが展示されている。
船体に残る銃弾の跡。。。。
そういえば、すずめも見た事があった。

この引き上げの費用も、
国は出せないということで、
カイホの人たちの個人のカンパで行ったんだそう。
仲間うちのほぼ?強制的に?
課長は2万、部長は3万?みたいな感じに、カンパさせられて。。。
個人の有志による、活動ということでの展示。
なるほど。

理想論では語れない現実がある。
「だけど、すずめは、素人なので、やはり、理想だけを主張していきたいって、思うんだけど。」
「うん。それが良いと思いますよ。それはとても大切。」
コメント

| | コメント (0) | トラックバック (0)

今日のスパム

2011年03月06日12:26

すずめ的に、スパムで最も秀逸なのは、

件名: 主人がオオアリクイに殺されて1年が過ぎました。


ってヤツ。
コレ、有名らしく、今もネットで検索すると出て来る。

内容は、件名がナイス!にもかかわらず、
ショボイ。


(以下、ネットで探して、半分だけ)


差出人: 久光
いきなりのメール失礼します。
久光さやか、29歳の未亡人です。
お互いのニーズに合致しそうだと思い、連絡してみました。
自分のことを少し語ります。
昨年の夏、わけあって主人を亡くしました。
自分は…主人のことを…死ぬまで何も理解していなかったのが
とても悔やまれます。
主人はシンガポールに頻繁に旅行に向っていたのですが、
それは遊びの為の旅行ではなかったのです。

ところで、

今日、ってか、さっき、めっけたモノ。

悲しみが深すぎて眠れませんでした。私


きっと貴方も報道で目にした事があると思います。
ニュージーランドの地震で大切な身内を亡くしました。
天災とはいえ、私にはもう未来が考えられません。
色々としがらみも理由もあるので名前は出せませんが、今回のこの地震によって遺族である私にはNZグローバルという所から2億近くのお金が入ってきます。
私は大切な身内の亡くして、その代償がお金というのはとてもじゃありませんが納得が出来ませんし、受け取る気にもなりません。
こちらは税金等を計算した所、6500万が浮いたお金になる事が分かりました。
そこで貴方にお願いがあります。まずは詳しい話しを…
今の私の精神状態では、このお金は見たくありませんし、早く消えて欲しいと考えています。
大切な身内を失くした私を可哀そうだと思ってくださるなら受け取ってくださいませんか?
http://free.at-communityxxxxxx

すずめんちには、
同じ内容で、
件名が違うのが、2本入ってた。

さて、ミクシーで、
みんなで、
スパムごっこしてみない?

びっくり!なタイトルで翻弄遊び。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

甘さが問題?/知恵袋に出したい解決法

2011年03月04日22:43
■居眠り・私語・「雑用」公言…試験監督に問題も
(読売新聞 - 03月04日 15:02)
http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=1523448&media_id=20


事件の為に、本当に監督を厳しくするべきなのか。何のために?

人員を2倍、3倍にして、金属探知機や、いろんな装備を用意して、
膨大な費用と手間をかけて、
どう、したいのか。


おそらく、大学関係者さんたちは、みんな知ってるんじゃないだろうか。
そんなコトをして、何のメリットがあるのか。
何も無い。


でも,世間の批判があるから、何か対応しておかないと、シメシがつかない。
そんな所じゃないだろうか。


大学全入時代。
大学の二極化は進む。
定員割れするぐらいならまだしも、
存続さえ危ぶまれるような大学も多い。
だから、
いくつかの大学にとっては、本当は、カンニングをして少々、点を上げても関係無い。受験生もそんなリスクを冒そうとも思わないだろう。

もちろん、
二極化の一方の大学は高い点数を要求する。

だけど。。。
携帯で答えを募集してそれを見て書くコトが、
本当に、実務的な意味で、有効だろうか?
そんなに時間に余裕ある試験だろうか?
ンなワケ無いはず。
普通に、スラスラ解答していって、やっと時間内にできるのがやっと。
それを、時間が余るほど、というか、こんな携帯で送信して、解答を読んで、それを写す時間がある程、余裕ある受験生だったら、カンニングしなくたって、できるだろう。歴史や地理ならまだしも、英語や数学なんか。。。

なので。。。
こんなコトしたからって、
現実問題、そんなに点が取れないはず。

もちろん、できる、できないじゃなく、
カンニングをしようという了見が間違っていて、
そんな人格の人間を入学させたくないのは分かる。

だけど、現実的に、
そんな受験生が合格しっこない。
監視員を増やしたって、無駄。
受験生を信じるから!
そう言って、今までのまま、変えませんって、
大学は言えばいいのに。


で、

メディアさんは、こういうの、やってくれないかな。

京大に、今回、受かった受験生に、
今回と同じ手口で、
カンニングのシミュレーションをさせる。
本当に、試験中に、問題を送って、
解答を貰って、
それを読んで、解答して、
全問解答できるか。

きっと、間に合わなくて、
慌てたりして、
不合格になるヨ。
ちゃんと、実力のある子でもね。


そして、それを全受験生に見せる事ほど、
安上がりで、完璧な「対策」は無いはず。

いかが?

| | コメント (0) | トラックバック (0)

すずめの都合ウサギの気持ち

2011年02月22日10:50
すずめはウサギと同居してるんだけど。。。


で、
近所に、
「うさぎのしっぽ」ていう、ウサギ系の専門店があって、
そこでイロイロ仕入れてくる。

うさぎのしっぽを知る前は、
いろんな所でウサギのノアの喜びそうなものをアレコレ買って来て、
蝶よ花よウサギよと、
猫かわいがりしてた。
特に、
時々、おやつとして、
マルカンのビスケットとか買って来て、
ふんだんに。
だって、うれしそーに食べるんだもん。

ところが、ウサギのしっぽでは置いてなくて、
聞いてみると、
「ウチでは置いてません。あれは、ウサギさんにとって、一個でホールケーキ一個分だと思ってください」
って言われて、そっかー。って思って止めた。
アレ、
おしっことか臭わなくなるっていうのが入ってるって書いてあったんだけどなあ。。

ところで、
先週、うさぎのしっぽに行ったら、
おしっことかウンチが臭わなくなるっていう液体を売ってた。
ビスケットさえ、売らないんだから、きっと良心的な視点で選択してるはず。
成分をみると、
分かんないけど
シャンピニオンエキスとか。。。
そういえば、口臭予防のキャンディでも見た事あったかも?


で、
さっそく購入。
ところが!
いつも大好きな乳酸菌タブレットに一滴、つけてあげると、食べない!
しかたなく、
フード(ペレット)に
一滴ずつかけて、
乾かしてあげると、次の朝までに、無くなってた。
うふっ。やっぱ、ウサギの浅知恵はすずめにゃかなわないのよん~。

ところが!

ノア、
ペレット食べなくなっちゃった!!
牧草は食べ放題にしてるんだけど

で、もちろん、ミョーな液体は止めたんだけど、
ここ、2、3日、
ほとんど、ペレット食べてない!
食欲が無いワケじゃなく、
水菜をあげると、うれしそうに飛んでくる。

要するに。。。
ペレットが不味かったんで、イヤになっちゃったんだろう。
何かと味にはウルさいやつで、
新しいモノ買って来ても、食べないモノはガンとして食べないというヤツだった。

どーしよ、
ウサギのハンガーストライキ。

牧草は食べ放題にしてるけど。

早く一服盛られたコト、忘れてくれないモンだろーっか。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

死刑の代わりに。。。。一生安泰な終身刑?

2011年02月19日11:23

ちょっと前に書いた日記で、
ちょい、ペンディングだったコト。
そのうち,もう一度、調べようと思っていた。


死刑と終身刑

ちょっと、考えてみたい。
だけど、ここでは「冤罪」については除外する。
冤罪の問題は、操作やいろんな仕組みの精度を上げていけばいつかは解決できることで、
そのような、すべての問題をクリアした先にも、
やはり、死刑は是か否かという問題は残るだろうから。

死刑は個人的に、廃止するべきだと思っていた。

社会は、人の命を奪う権利があるのか?
そもそも死刑囚の命は、「誰が」奪うのか。
本当に、「社会」が奪っているのか?
その「社会」とは、誰の意志を反映したものなのか?

中国ではちょっと麻薬を持ってても、死刑。
日本人の運び屋さんが逮捕されて、死刑になったっていうニュースも見た。
「社会」には人を死刑にする権利があるなら、
当然、中国の社会には、主体的にそれを実行する権利がある。
そして、運び屋さんは、それを知った上での犯罪。それが怖かったら、死刑制度の無い国を選んで商売すれば良いだけのことだ。なのに、中国を選んだのは、それなりに「実入り」も大きかったんだろう。


死刑の問題では、必ず言われる「解決策」がある。
終身刑をもっと厳格化し、
出てこれなくする。


実はすずめも、そう、思っていた。
だけど、ネットでパタパタしてて江川紹子さんのこのブログを見て、
そんな安易な問題じゃない。。っと思うようになった。

http://www.egawashoko.com/c006/000308.html

(以下引用)


ある医療刑務所には、戦後の混乱期に犯した事件のために、50年以上収容されている受刑者もいた。
 すでに高齢で、相当に認知障害も進んでいる長期収容者たちは、オムツを当てている。刑務官たちも介護のトレーニングをしていて、夜中でも、オムツや布団が汚れれば手早く交換するなど対応をするので、所内は悪臭もせず、清潔そのものだった。毎朝、看護師が検温や血圧測定を行うなど健康管理も万全。食事は、個人の状態に合わせた療養食を看護師が食べさせる。昼間は日当たりのよいリハビリ・ルームで、日光浴をしたりビデオを見たり、簡単なリハビリをして、体調を維持するように務める。
 健康管理とこまめな介護という点では、なまじの老人ホームより、ずっと手厚い。受刑者の人権を守るという点では、素晴らしいと思う半面、普通の市民がなかなか適切な施設に入れなかったり孤独死などもある中、重罪を犯した人が手厚いケアを受けている光景には、なんだか複雑な気持ちだった。

----


無期懲役とは言え、
高齢になった時、いつまで労働をさせられるのか?
高齢で認知症になった時、彼らに労働をさせる方が、介護よりもっと大変な気がする。
現実問題として考えて。

一般の世間の荒波の中では、高齢で収入が無いと、餓死/孤独死の恐怖まである。
いくら死刑囚で、働けないと言っても、日本国憲法を持つ国で、
働けないから食事をやらないという事ができるのだろうか?

そもそも、死刑囚の基本的人権って、何なんだろう?
生存権を奪われてるんだけど。。。
終身刑というのは、やっぱり、生存権は保証されなきゃいけないんだろうなあ。

よく分からない。

----
引用)

 とはいっても、刑務所に違いはなく、彼らにここを出る自由はなく、塀の中で生涯を終えなければならない。希望のまったくないまま、ただひたすら死ぬ日を待って生きているかのような彼らの姿に、何とも言えない重苦しい気持ちにもなった。
 死刑廃止を訴える人たちは、死刑が非人道的だと非難するが、仮釈放のない終身刑というのは、果たして”人道的”な刑罰なのだろうか……


-----

うん。何か、分かる。


でも、もうひとつ、


すずめ的には、誰にとって『人道的』で無いかというと、死刑囚にとってではなく、
「社会」にとって人道的でないと思うから、反対なのだ。たとえば、永山則夫なんか、ちょっとかわいそうな気がした(そういう言い方しかできないけど)。社会には彼を死刑にする権利があるんだから、彼を殺す。
その社会って、すずめもその一員だ。だから、すずめの意志も反映されたものとしての、「死刑執行」という意志が履行されたのが、彼を絞首台を登らせる行為だったわけだ。そして、それはすずめだけじゃなく、昨日産まれた赤ちゃんの意志でもあることになってる。
すずめ的に、絞首台のボタンを押したく無い。でも、そういう「罪」を、知らない所で、負わされているんだろう。ホントは嫌だ。自分が誰かの死刑執行人になるなんていう非人道的な罪を負いたくないから。


(引用)

それに、終身刑を導入すれば、私が医療刑務所で見たような高齢受刑者をたくさん抱えることになる。医療刑務所を拡充しなければ、追いつかないだろう。
 今でも、受刑者一人あたり年間250万円くらいかっているはずだ。刑務所での医療費は国の負担だから、受刑者が高齢化し、最期の看取りまで行うとなれば、刑務所の経費はますます増える。


-----

結局は、この問題がのしかかってくる。

世間では、貧しい高齢者が路頭に迷うさまが報道される。中には軽犯罪をわざと犯して、刑務所に入る事を望む人すらいると。若い人も、老後にそんな事にならないために、一生懸命働いて、貯金したりする。
だけど、ここは一生安泰なのだ。病気になれば、手厚い標準治療が受けられる。家族のだれも煩わされる事無く。


感情的に言えば、
そんな、死刑囚/終身刑囚人 に、そんなお金をかけて世話をしてやる必要は無い。

って言える。
だけど、国の機関がホントに現実的にそんな事ができるだろうか?

すずめは死刑囚/終身刑囚人 の日常って、テレビドラマとかで見る位しか知らないけど。。。


部屋の外からご飯を入れる窓があって、そこから、毎日、食事が出される?
着替えは自分でして、トイレは室内にあって。。。
なんか、刺激が無さ過ぎでボケそうだけど、ホントに認知症になったら、その差し入れたご飯をこぼしたり、排泄物をまきちらしたり、しちゃうのだろう。介護しないつもりなら、そのまま放置すれば、糞便にまみれてそのうち、死ぬ?悪臭の中で?
その末路が「刑」なのだから、それで良い?
だけど、本当に刑務官はそれに耐えられる?

本当は、現実的で無い気がする。


死刑は是とは言えない気がする。
だけど、その一方で、
この現実がある。

結局、答えは分からないんだけど。

死刑/終身刑の謎 マスコミに誘導されてた?編集する2011年02月19日20:10
死刑、見直し改正案まとめる
http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=1505481&media_id=2

1つ前の日記のつづき
いただいたコメントから、気がついて調べてみた。

マスコミは、
無期懲役って言っても、何年かしたら出て来る。
そんな感じに報道してるよね。
そういえば、光市の犯人もそんなコトを言ってた。
少年Aも出て来たし。(ただし、彼は少年で、それはそれなりの論理的背景があるはずなので否定すべきだとは思えない)
いずれにしても、そういう報道を頻繁に目にしているし、終身刑と言っても、みんな出て来るんだ。。。と、思ってしまっている。すずめもそうだ。

で、ネットでググってみた。

仮釈放 率

で、ググると、
http://fine.ap.teacup.com/daiichi/1686.html

出所受刑者のうち仮釈放者の占める割合を示す仮釈放率は、戦後しばらくは6~7割台だったが、82年に50.8%に落ち込み、84~04年は55~58%台で推移してきた。しかし04年56.5%▽05年54.7%▽06年52.6%▽07年50.6%と急速に落ち込み、08年は速報値で50.1%になった。
(中略)
刑期を2割以上残して仮釈放を認められた受刑者の割合も、03年の45%が07年には32%に減少。満期近くまで服役するケースが多くなっていることを示している。


なるほど、
全体の仮釈放率は、かなり高いと感じる。すずめ的にはだけど。


だけど、これって、すべての犯罪をひとまとめにしての数字。
重大な犯罪、死刑に値するような、無期懲役の場合はどうなんだろう


仮釈放 率 無期懲役 犯罪白書でぐぐってみる。


http://www.hokkaido-365.com/news/2010/11/post-1430.html

無期懲役受刑者1772人のうち、09年に仮釈放されたのは6人(0.34%)にすぎない。刑法は、無期の場合、10年経過後に仮釈放ができると定めているが、仮釈放者6人の平均受刑在所期間は約30年2カ月に及んでいる。


そうなんだ!

こんな文言も出て来た。


無期懲役囚の仮釈放は容易ではない。まず、その申請には最低10年の服役が必要だ。さらに、引受人や帰住地環境などが調査され、厳重に審理が行われる。「犯罪白書」(05年版)によると、04年に仮釈放された無期懲役囚数は全無期懲役受刑者1467人中3人。いずれも20年以上服役し、仮釈放許可人員の平均服役期間は27年2カ月(「矯正統計年報」05年版より)である。7年はおろか、十数年で出所できるなんてありえない話なのだ。


なるほどね。。。
今も、無期懲役は、重大犯罪に関しては、出てなんて来れていない。


なのに、
なぜ、私たちは、勘違いしてたんだろう。

無期懲役だと、そのうち、出て来てしまう。
そう思うと、こんな悪いヤツ、出てきてほしくなければ、
死刑しか無いって、思えちゃう。

ちょっと前にも、
陪審員による判決が、「死刑」だったケースがあった。
彼らも覚悟の上、重い判断をしたのだと思う。

死刑ではなく、
絶対に出て来ないなら、無期ではなぜ、いけなかったのか?
相応の理由があったのだろう。


だけど、
何か、不自然さを感じてしまう。
きっと、テレビでコメントしてる弁護士さんや政治関係者は知ってるはず。
なのに、言わない。


なぜ?

死刑を増やしたい?

| | コメント (0) | トラックバック (0)

きれいな空気の日本編集する


2011年02月18日17:20
越境大気汚染 西日本でかすみ
http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=1507600&media_id=2


最近の日本、
とっても空気がきれいになってるんですよ。

そうなんですか?

ちょうど、今の中国に行ってみると分かります。
空気が何か、重苦しい感じ。
ちょうど、日本の昭和40年代って、ああいう感じだったんです。

ちょっと前、
某省庁のそっち系の方と吞んだ時の会話。
なーるほどって、
思った。

ちょっと、パタパタすると、
こんなデータが出て来る。


<図表>浮遊粒子状物質(SPM)濃度の年平均値の推移

http://www.erca.go.jp/taiki/taisaku/fu_suii.html

粒子状物質とは、固体及び液体の粒子の総称であり、粒径10ミクロン以下の浮遊するものを特に浮遊粒子状物質(SPM)と呼ぶ。ばいじん、粉じん、ミスト、エアロゾルが含まれ、燃焼に伴うもの以外は粒径が10ミクロン以上のものが大部分である。燃焼排ガス中には、炭素、バナジウム等の金属粒子が多く、特にディーゼル排ガス中には未燃の炭素が多い。排出源ではガス状であったものが大気中の反応により粒子化した二次粒子は全粒子の30~40%に達することもあり、硫酸塩、硝酸塩有機炭素成分を含む。固定発生源対策が進展した一方、ディーゼル車の台数増加などにより、環境基準の達成は、改善傾向にあるものの遅れている状況である。
主な発生源 煙突排ガス、自動車排ガス、粉砕等

http://www.erca.go.jp/taiki/sub_win.html?fu_suii_01.gif:700:357:none


どういうスケール感なのか分からないけど、
昭和49年に
0.16
だったのが、
0.02


8分の1

昔は、
日本もきれいじゃなかったんだなあ。

誰かが一生懸命切磋琢磨して、
きれいな空気にしたんだろう。

ちゃんと、知っておきたいね。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

ドレッシングモデル/4人家族で子供2人


2011年02月18日17:11
今、近所のスーパーに行って来た。

ドレッシングの棚を見ながら、
思い出した。


ドレッシングのモデル。


ドレッシングって、普通、スーパーの棚に並んでるのは、
概ね,200cc入りだ。
で、裏面を見ると、
1回分のCalが書いてある。
1回分って15g とか。
で、200ccっていうと、
約16回分ってコトだよね。

コレってどういう意味か分かる?


4人家族が一週間に2度、野菜サラダを食べると、
ちょうど、2週間で一瓶。
一週間に1回だと、一ヶ月で一瓶、消費するって計算。
消費期限としても、ちょうど良いワケだ。

日本のいろんな製品は、この4人家族、子供が二人
っていうのを「モデル」として作られてきた。
一番売れてるって車、カローラもそう。
もちろん、マンションも、格安ツアーも。

ところが。。。


http://www.garbagenews.net/archives/1344618.html

誰もが知るように、単身世帯が増えている。
上の資料からは、
単身世帯24.9%
その他が、家族で暮らしているのだが、
60% が核家族。

このサイト、おもしろいので、もうちょっと見てみると。。。


http://www.garbagenews.net/archives/916570.html


1世帯あたりの人員。

1958 年には4.77人だったのが、
2008年には、2.55人


ドレッシングや、カローラの
4人家族モデルは、ガラガラと崩れていっている。

悪い事では無いとは思う。
人が自立して、生きていけるようになったという事でもあるから。


孤独を悲しむ人がいる一方で、
家族の煩わしさに不満を募らせる人がいる。
一人暮らしのすがすがしさ
賑やかな家族の楽しさ

そのどちらにいても、それが理想とは思えないのかもしれないけど。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

月と土星:バレンタインカードの解説

2011年02月15日10:37
さて、
昨日のバレンタインカードの土星。


http://sky.geocities.jp/shyuju2008/NewFiles/merry.html


ちょっと前に描いた日記の
そうそう、

この出典

http://gizmodo.com/#!5747691/what-if-you-put-jupiter-where-the-moon-is

ココから、思いついたもの。

ココでは木星だったけど、
土星の方がおしゃれなので。


この面白さのミソは、
長さの感覚的な違い。

土星や木星がどんなに大きいか、誰でも知ってるはず。
そして、詳しい数字は覚えて無くても、その半径や直径のリストは誰でも見たことがあるはず。
だけど、その大きさはピンときていなかったのでは?

例えば、下は地球と月。。。の半径と直径 km


地球
6,378
12,756


1,738
3,476


木星
71,492
142,984


土星
60,268
120,536

土星(輪)
136,800
273,600


この数字、そっか、月は地球の4分の1よね。
4分の1っていうと、4個入りのチョコの1つ分?
って、すずめはすぐ、食べ物に換算して勘違いしちゃうんだけど。。。


面積になると、16倍。
体積だと64倍

えっ?っていう位、差が大きくなる。

もちろん、そんなの小学生だって知ってるけど、
こうやってみると、ちょい、びっくり。
これは二次元だけど、3次元だともっと大きな差になる。

ちなみに、
この画像を描くにあたって、一応、環の大きさも確かめておいた。
だって、まさか、環の中に地球、入っちゃったりして?

でも大丈夫だった。

地球と月の距離は
384400km
まだまだ大丈夫。
(でも、たった、半径の3倍!)


ところで。。。
もちろん、こういう突っ込み、あるだろうって、思うのは、
こんな近くに土星があると、重力で飲み込まれちゃうはずっての。
そうだよね。
そもそも、こんな距離だったらお互い、二つの惑星として生まれなかったかも。


マイミクさんには、
その手の専門家もいらっしゃるけど、あえてすずめが妄想を書くと、
月と地球は、月の公転の外へ向かっての遠心力と、地球の重力の絶妙なバランスによって、(概ね)同じ位置にいるわけだけど。。。だとすると、

土星の衛星に地球がなった場合、その絶妙バランスってどこなんだろう。
かぐやから地球を見た画像があったけど、結果的にあの程度の「見かけ」になるんじゃないかな?


ちなみに。。。すずめは子供のころ、ビクセンのポラリス 1200っていうのを買ってもらって、今でもベッドの下にあるんだけど。。。(口径80で12倍ちょっと)
コレで土星をみると、すんごい小さな●に奇跡のように、輪っかがついてるのが土星。まさにおもちゃのミニチュアのよう。
コレがこんなに見えたら、そりゃ、面白い。

合成のネタに使ったのは、NASAが配給してる土星の画像。
HST(ハッブル宇宙望遠鏡WFPC2(Wide Field Planetary Camera 2:広視野惑星カメラ2)が撮影したもので、土星の表面に見えるオレンジ色の大きな衛星がタイタン。タイタンの右上に見える黒い丸はタイタンの影。


土星の衛星は言うまでもなく、いっぱいあるけど。。。
何か、すずめ的には無骨なヒトが多い気がする。
そこらヘンがゼウスの木星とは違う所。木星はイオ ガニメデ カリスト イウロパ。。。美女ばかり(浮気相手の。。。それはそれで大変そうだけど。。。


私たちのスケール感って、
イロイロ勘違いがあるのかもしれない。
ホントに見える土星は、
ミニチュアのように小さくて、
直径や半径で言うとそれほどじゃなくて、
でも、体積で言うと、どでかい。。。

日々、いろんなニュースが引用する数字も、
イロイロあるけど、あーゆーのも、どうなんだろう。
数の字面で言うのと、感覚的なギャップ。
そして、本当の意味。。。。いろいろあるのかも?
な~んて、思ったり。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

ホームドアの無い新設ホーム?

2011年02月14日10:26
九州新幹線試乗会で3歳児転落
http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=1501632&media_id=2

今から新設してる新幹線のホームにホームドアが無かったのだろうか?
それとも、ホームドアがあった上で、車両とホームの隙間、「16センチ」の所から落ちたのだろうか?


今から作る新設線の駅にホームドアが無かったら、逆にびっくりなんだけど。。。

ネットで、
熊本駅 新幹線 ホーム
 
ってググっても駅の写真は出てこない。


それにしても、16㎝、
私が手のひらを広げて親指と小指の先が作る一番大きな長さが16㎝。
3歳児というと、靴のサイズが、もう、その位あるはず。
しかも、落ちても尚、自分で隙間を歩ける程の子供が、落ちてしまう。。。

もし、それが、ホームドアの隙間だったら、
もちろん、できる限り狭くしようとして、技術的な限界だったのだろう。


いずれにしても、
どういう構造になってるか、
知りたいなあ。


試乗会での事故。
しかも、怪我はなし。
良い教訓だったかもしれない。

12日にあった九州新幹線の試乗会で、熊本県宇城市の3歳男児が車両とホームのすき間から線路に転落した。男児にけがはなかった。

 JR九州熊本支社によると、男児は祖母と一緒に試乗会に参加。熊本駅ホームで車両から降りる際に、約16センチ離れたホームと車両のすき間から、約2.6メートル下の線路に落ちた。男児の乗っていた車両は福岡寄り最後尾だったため、ホーム端の階段まで作業用通路を自力で歩いてホームに戻った。

 熊本駅の新幹線ホームには、通常時の転落防止用の柵はついている。ただしホームにカーブがあるため、乗降時に車両によってはホームとのすき間が広くなっていることから、同社では注意するよう呼びかけている。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

月の代わりに木星

2011年02月07日23:48
見上げた夜空に月の代わりに木星が浮かんでたらどう見えますか? (動画あり)
http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=1495320&media_id=46

むかし、
コドモのころ、
岩崎一彰の画集に萌えてた。

木星の衛星(何だったか忘れた)の赤道から見た、木星の出


木星の環が
垂直に立ってて、
もーっ。かっこよかった。

What If You Put Jupiter Where the Moon Is?


http://gizmodo.com/#!5747691/what-if-you-put-jupiter-where-the-moon-is


それにしても、木星、大きいなあ。
昔、
アイザックアシモフの科学エッセイ好きだった。

当時は4、5冊しか出てなかったけど。。。
その中のどれだったか、
もし、宇宙人がいるとしたら、どれ?
っていうのがあった。

断然、木星!
だと言うアシモフ。
木星の周りは厚い雲
ものすごい重力。
この底に、何かいるかも?


ところで、
このアシモフの科学エッセイ。
最近,調べると、もう、15冊とか?もうちょっとだっけ?
出てた。
改めて見ると、
すずめが学生時代に読んだ空想自然科学入門は半世紀前に書かれてる。
地球から宇宙へ
生命と非生命の間。。。
この本、好きだったので、ずーっと、とってあった。
最近、改めて読んでみると、
今でも、古くない!
ちょい、クオークも出てたり。

空想自然科学入門の
オープニングは、
科学って細分化されてしまってる。
科学の成果イコール、果樹園のフルーツ。
でも、一本一本の木を見るのじゃなくて、
もっと俯瞰して、果樹園全体を見てみようよ。。。
みたいな感じに書いてあった記憶がある。


昔、
マイコンって言葉があった。
何の意味かというと、
MY コンピュータ
自分で作るっていう。
昔は、コンピュータを勉強するって、
BasicやFORTRANを習って、
go toだとか deleteだとかって打って、パチンコゲームを作るとかっていうのだった。そうやって、打ち込んだ画面の上で、小さな●がポロポロと落ちてくのって、すっごく、不思議だった。
プリンタは分解すると、ボールペンが入ってて。。みたいな、ワケの分かるモノだったけど、コレがインクジェットになった時はすごい!って思った。
そういう時代、ガレージで、マックは作られたんだった。

今は、
ワケ分かんない。。。
生活感覚と違う所に、
いろんなモノがあって、
PCから音楽が聞こえても、
画像が動いても、
誰も不思議だと思ったりしない。
もし、冷蔵庫の中でリンゴが踊ったらすっごく不思議だよね。
きっと大騒ぎしちゃって、すずめだったら、みんなにメールしちゃう!
だけど、PCの中でリンゴが踊っても、誰も何も思わない。
昔は、パチンコゲームの●が動いて見えるだけで不思議だったんだけどね。

そうそう、
月。

すずめんちの寝室から見えてる月。
小さい。
アレが、木星の大きさだったら。。。

宇宙っていう遠くて見えないものを
こういう生活の感覚の中に引き下ろしてくると、
何か、不思議さが分かってくる。

もし、
地球のそばに、こんな大きな星があったら。。。
実サイズで考える事を
何か、忘れてた気がする。
実サイズで考えると、
半世紀前の科学の果実も、
ちっとも古くないのかもしれない。

っていうとりとめのない日記。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

100年後の美術の教科書

2011年02月04日17:28
表現の自由だの何だの。。。クズみたいなのが、
ゲージュツだアートだ文化だのって持ち上げられてる現代、
ホントに残るものは何なのか。
価値観は時代によって変わるなんて、
そりゃそうだろうけど、
ホントは良いモノは今だって、イイのだ。

100年後に残るもの。
何だろうって考えてみると分かる。


ってコトで、
すずめが書いた、100年後の美術の教科書。


--------


100年後の美術の教科書


J-テクニズム


J-テクニズムとは、20世紀末から21世紀初頭にかけて起こった芸術の流れ。日本、韓国、中国などの第二世界とユーロ諸国、アメリカなどの第一世界の文化の融合であり、後に第三世界にも広がって行った。
正確には1990年から2020年頃までの、経済活動と連携した文化の流れ全般を示すこともある。
J-テクニズムは2018年、日本の美術評論家、綾波レイによって唱えられた。
Jはジャンクとも、Japaneseとも解釈される。


背景

19世紀末の印象派、その後のシュールレアリズム、ポップアート等の運動の後、20世紀後半、芸術は暗黒の時代を迎える。美術、音楽に限らず、文学その他の分野でも同様だった。唯一花開いた分野は映像であった。

芸術の背景には、少なからず技術的な進歩の貢献があった。それまで工房の中でしか使えなかった油絵の具がチューブで入手できるようになり、画家たちの行動範囲は広がった。戸外の光、時間の変遷に視点をうつした印象派の台頭の背景にも、この技術的な部分がある。
 更には、それまで、いかに、正確に写実し、リアリズムを追い求めてきた古典派の技術が行き着く所まで到達してしまい、写真技術までもが現れたという事情もあった。この時代、もはや、本物そっくりの写実には誰も魅力を感じなくなっていたのだった。
その足場の上に現れたのが、シュールレアリズムや抽象表現、写実を単なる道具とした新しい方向性であった。そして、それをも否定した、新しい流れ、ポップアートが現れる。これらは、それまでの絵画的表現のすべてをやり尽くした上で生まれた最後の創作であった。
この後、芸術界は暗黒の時代、第2次マニエリズムへと突入する。

註)第一次マニエリズムは盛期ルネサンスとバロックの合間、16~17世紀にかけて

問題1
日本における第2地マニエリズムはどのようなものであったか述べよ。


明治大正にかけて美術界の大きな牽引力であった公募展組織が、家元的ヒエラルキーを作り、統率を行うことによって、閉塞していった。若い作家たちはこの傘下に入らねば制作を続けることができず、多くは制作活動を諦め、残った者も、古い因習と利権の伏魔殿である組織の中で、新しい作品を生み出すことは無かった。その一方で、海外の投資家の商品としての美術制作をする作家たちも現れた。彼らの作品群はバブル的値段で取引されたが、背景には投機的操作があったため、その作品の価値とは無関係であった。
これらの流れは共に閉塞的であり、何ら新しい価値あるものを生み出す事なく、面々と作品が作られ続けられた。本格的なポストモダンアートの流れの無かった日本にとっては、第一次世界大戦後から1990年までのおよそ70年間がこれにあたった。


Jテクニズムと技術背景


アナログ的制作技術の完成とデジタル手法の導入

20世紀後半、当時の文化を牽引してきた大量印刷は技術的に完成されたものになる。
デザイナは自由に写真やロゴタイプを創作し、大衆はそれらを安価に入手、消費できるようになった。一定の質以下のものは無くなり、殆どのものが同じレベルを維持できるようになった。
技術のレベルが到達点に達すると、新しいものを求めるようになる。それは、印刷技術を得た時代、古典派から印象派が生まれた事に似ている。更に、この時代、もう1つの新しい要素が加わった。IT技術の進歩である。それまでアナログ的に制作されてきた二次元、三次元の制作が、デジタル的に操作できるようになった。


商業主義の牽引
デジタル技術による製作物は、大衆の圧倒的支持を受けた。それによって、インフラ整備も進み、更に新しいアプリケーションを育てて行く。こうした資本が後に百花繚乱とも呼ばれる華やかなデザインの流れを作っていく。
特に広告媒体のデザインには高度なものがたくさんあった。また、こうした広告のメディアとしてのペーパー雑誌と呼ばれる書籍のデザインにも秀逸なものが多い。

註)当時は雑誌という紙のメディアが盛んに販売されていた。

多様性への対応
また、IT技術はそれまでの大量生産からローカリズムへの力となり、ユニバーサルデザインなどの視点も生んだ。また物流システムの整備によって、大衆とのインタラクティヴな制作がされるようになった。


ファインアートの終焉
それまで、芸術として価値があるとされていたファインアートはマニエリズムとともに終わり、変わって22世紀までも続くデザインの時代へと変遷してゆく。その最初がこのJ-テクニズムであった。

問2

以下の分野の代表作を答えよ

ペーパー雑誌
nonno, TIME, VOGUE

映像 (作家名で答えよ)
宮崎駿 スティーヴンスビルバーグ 

工業製品
Macintosh PC  iPot  携帯電話 
スカイライン(自動車) 新幹線 

ソフトウェア
Adobe Photoshop

サービス/インフラ
グーグル 

その他


100年後の殿堂入り

巨大建築物群(景観としての)上海、NY、ドバイ
微小技術品 ICチップのナノエッチング 血管内カテーテル

ミニスカート
ビキニ


↑ 皆様、補足お願い致します。100年後の教科書に載る今あるモノ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

救急:トリアージ13%のみ

2011年02月03日12:36
要するに、「基準を設けろ」
ってコトなの?
要するに、臨機応変なその時の救急隊員の判断じゃなく、取り締まれってコト?

何かこの記事、ヘンじゃない?


------


って、ホントは、
また、マスコミさんのいつものキャンペーン。
救急が足りないっていうのだと思うけど。

確かに救急は足りないんでしょう。
だけど、軽傷者がいっぱいだから、足りないのか
それで人が死んじゃったりするのか、
だったら、どういう方策が良いのか。

何か、ホンキで考えて無い気がするなあ。。


だって、トリアージしてないって言ったって、
重症だったら、(東京なら)大きな病院へ運ぶし、
軽症だったら、一次救急。
都市部はいろんな選択肢があるから、ルール化もできるかもしれないけど、
地方のうんと、田舎の方はどうなんだろう。
ルール化する程の選択肢、ある?

だけど、その時によって、
「あそこの方が当直の先生が今夜はイケメン、じゃない、優秀」とかって、知ってたり、イロイロ考えて運んでくれてるでしょう?

そういうの、ダメってコト?

--------


ここの所、
この手のニュースが多い。
確かに、タクシー代わり、飲み過ぎた、
夜中にハナミズみたいなので、
救急車呼んじゃうヒト、多いんだろうけど。

だけど、確かに高齢者の一人暮らしだったら、どうして良いか分からないものも多いのかも。朝までに孤独死しちゃってたらどうしようとか、不安もあるだろうし。

本当に、軽症での救急利用の悪質なのって、
どの程度あるんだろう。
本当にそれが減れば
パンクしようとしてる救急医療の問題が解決する?

何か、ホントの問題がすり替えられてる気がするんだけど。


ところで。。。

ホントに夜中に微熱で来たかわいそーでも何でも無いヒトは、
病院の椅子で朝まで待たしちゃえば良いのに。
消防さん、病院と相談して、
グリーンの次に、
「意地悪ピンク」ってトリアージってどう?
フトドキ者にはそういうのも効くかも?
そのうち、ピンク系が趣味のヒトの口コミで広がってくれれば、
夜中の病院レジャーも減るかも。

こういうゲリラ作戦も良いんじゃない?

■救急患者の緊急度選別、基準導入13%のみ
(読売新聞 - 02月02日 16:45)
http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=1489964&media_id=20


http://www.yomidr.yomiuri.co.jp/page.jsp?id=36347


救急隊員が現場で、搬送の緊急度などについて患者を選別する「トリアージ」の基準を設けている消防本部は全国で1割強に過ぎないことが、総務省消防庁の調査でわかった。

 6割以上は要請があれば患者を搬送しており、119番受信時の選別基準を設けている消防本部も3割以下だった。同庁は、トリアージを実施していない搬送の中には不要不急な事例もあるとみて、緊急度を判定する統一的な基準作りを始めた。

 総務省消防庁は2010年11月、全国802の消防本部に救急搬送時のトリアージ実施状況を聞いた。「基準を設け現場で実施」と回答した消防本部は13%(104本部)、「基準はないが、隊員が現場で搬送の要否を判断」が22・3%(179本部)、「要請があった患者は原則搬送」は64・2%(515本部)だった。

 119番受信時に「基準を設け、トリアージしている」は28・4%(228本部)にとどまった。同庁は、消防法が搬送対象について「傷病者のうち、緊急に搬送する必要があるもの」としか規定していないことや、医学的な検討が必要なことが背景にあるとみている。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年11月23日 (水)

コースター転落死/安全設計の瑕疵

2011年01月31日10:20
■コースター転落死、安全バー「触って確認せず」
(読売新聞 - 01月31日 01:47)
http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=1486455&media_id=20


触れて確認しなかった この主語はアルバイトの女子大生なワケだけど、彼女の責任では無いのではないだろうか?
アルバイトの仕事の設計に問題があったのでは?

この記事には、何人乗りのものかは書いていないが、30人や40人はいるのではないだろうか。その1人1人の,安全バーに手をかけ、触って確認するだけの、人員、時間等を施設側は見込んでスケジュールその他を組んでいたろうか?
また、アナウンスの中に、きちんと、カチンと言うまでバーを確認し、大柄な人は特に注意するような内容を盛り込んでいただろうか。こういうアトラクションに慣れた人ばかりではない。バーはカチンとロックをかける仕組みではなく、機械的に止めるものも多いだろう。だとすると、カチンを確認しない人もいるだろう。
バイトのスタッフにとっても、混雑時に、一度に乗客が入り、座ってしまうと、体格が分からなかったりするかもしれない。ちょっとした事で、大柄な人を見過ごしてしまうエラーは起こりううるので、対策を講じなければならないはず。

そこまで見込んだ設計がされていたのだろうか?

されていなかったとしたら、
これは、アルバイトの学生と、亡くなった本人のヒューマンエラーではなく、
安全設計の問題であったと言えるのではないだろうか。


おそらく、
同様のアトラクションを運営する施設でも、
同じ事を考えて、
今日あたり、チェックしてるに違いない。
尊い犠牲が学ばせてくれる事は大きい。


-----

死亡した会社員倉野内史明さん(34)(東京都羽村市)はスタートから約30秒後に転落した。

 安全バーは各座席に設置されている。客が手前に引いて腹部のあたりで固定し、締まるとカチッと音がする仕組み。体形に応じて8段階で固定されるが、自動で確認する装置はなく、係員が目視や手で触れて固定具合を確認する。大柄などの理由で安全バーが固定できない場合は、乗車させない規定になっていた。

 倉野内さんは身長1メートル85以上で体重も100キロ超という大柄な体格だった。

(中略)
事故当時、安全バーの点検はアルバイトの女子大生が担当しており、女子大生は同庁の事情聴取に対し、「口頭で『安全バーを下ろしてください』とアナウンスしたが、手で触っては確認しなかった。バーが下りているように見えたので、発車しても大丈夫だと思った」と話したという。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

救急搬入要請電話に出ず、急患の女性死亡/何かヘン

2011年01月26日22:25
■救急搬入要請電話に出ず、急患の女性死亡
(読売新聞 - 01月26日 12:36)
http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=1481455&media_id=20

ネットで探してみたけど、これ以上の情報は無かった。
なので、よく分からないけど。。。

そもそもの疑問は、

なぜ、心肺停止の状態の女性を、
二次救急に搬送しようとしたのか。。。

本当に助ける/助かる可能性のある 状態だったら、
二次救急に送るだろうか?
もひとつ謎は、
結果として、14分の病院に運んだこと。
こっちの方が遠い?何分ほど?
それが生死を分けた??

何か、おかしい。。。
じゃあ、この地域、他に病院は無かったのだろうか?

グーグルマップで見てみた。

すると。。。。
おや?

目と鼻の先に、
県立三島病院ってのがあるじゃん。
それなのに、なぜ??
名前からして、
三島医療センターよりか、
大きそうに見えるけど。。。

念のため、HPに当たってみた。
ら、、、

愛媛県立三島病院は平成22年4月1日から公立学校共済組合に経営移譲され、四国中央病院の分院「三島医療センター」として運営することとなりました。


そうなの??

でもって、この四国中央病院ってのをもう一度グーグルマップで見てみる。(ルート検索/車)この三島医療センターから、6.6kmとある。まさに、14分、ドンピシャ。


マップで付近を当たっても、名前的に他に大きそうな医療施設は無さそう。

ってコトは本院に運んだっていう事?


-----

それにしても、この見出し。。。
昨今の流行の先端、
救急病院が足りないって言いたい系。

電話に出なかったのも悪いけど。。。
こういうコトにならないように、携帯転送とかしておけばよかったじゃん。

でも、
14分の所に運んだのって、そんなに大きな問題?

事情は、以下の要素によって、180度評価が変わる

本当に病院を変えたことによって生死が分かれたのか?
(もともと、70歳の心肺停止、助からないような状態で運ばれたんじゃないだろうか?。。。むしろ。。。?)


いずれにしても、
この方の人生の最後の瞬間が、
どういうものだったのか、
幸せだったのか。
それが、
一番の評価になるべきなのかもしれない。

救急車で運ばれたりせずに。
愛する人と時間を分かち合うこともできたのではとも、空想してみたり。


----

愛媛県四国中央市中之庄町の三島医療センターで昨年12月の夜間、2次救急当番だったにもかかわらず、救急隊の急患受け入れを要請する電話に出なかったことがわかった。

 急患の70歳代女性は市内の別の病院に運ばれたが死亡。同センターは「警備員が警備員室から、事務員が詰めている事務当直室に電話の受信を切り替えないまま巡回に出たのが原因」とし、両室で電話を受けられるようシステムを変更したとしている。

 同センターや同市消防本部によると、救急隊は12月7日午後6時3分から同5分まで計3回、心肺停止状態の女性を搬送するため、センターへ入電。しかし、電話に出ないため、14分かけて別の病院に搬送したという。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

Twitterで情報検索/モスクワの自爆攻

2011年01月25日10:33
モスクワの空港で自爆攻撃、最低35人死亡・約130人負傷=露通信社
http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=1479590&media_id=52


イマドキの情報収集法。
記事では、


大統領のtwitterについて記述があった。
興味深いので、早速、検索。

先ず、
空港名をググる。

ドモジェドボ

すると、この空港内で、近くにいたという、日本人のつぶやきが出てきた。

http://twitter.com/#!/Yasuhiko_Kimura/status/29541644999069697

モスクワ ドモジェドヴォ空港で出張者の出迎えをしていたら爆発音が聴こえた。外に出たら全身に肉片を浴びた人が居る。私は無事です。
11時間前 Twitter for iPhoneから


この臨場感。すごい。

さて、では、もうちょっとコアに寄れないだろうか。。。
と、Twitter内で
ドモジェドボ
を検索してみると。。。うーん。コレは単なる情報の横流しと感想。
でも、ひとつ、キーワードを発見。

Kremlin Russsia


コレでリンクを辿ると


http://twitter.com/#!/KremlinRussia

ロシア語。。。
でも、まさに、ドンピシャのクレムリンからのつぶやきみたいに見える。

で、
ちょっと、良い手を考えた。
今まで、時々、海外のページを検索すると、グーグルに「このページを翻訳する」という文字が出てきていた。きっと英語だけだろうと思っていたのだけど。。。

上のURLを入れて、グーグルに。。。

すると、ホントに日本語に翻訳されてきた。
しかも、ちゃんと、ページのデザインもそのまま?
文章はでたらめっぽいけど、
単語の翻訳は当たらずとも遠からずなのだろう、全然分からないワケじゃない。
「翻訳」って始めてやってみたけど、コレって、意外に便利なのかもしれない。もしかして、英語なんかでも。

でも、内容はイマイチ。

で、同様の内容で、
メドベージェフを検索
彼のロシア語のスペリングでTwitterで検索。

簡単に出て来る

https://twitter.com/#!/MedvedevRussia

彼のつぶやき。
同様に翻訳


KremlinRussia 火曜日メドヴェージェフはドミトリーフォーラム世界経済に参加するスイスに延期予定のフライトを。
約10時間前
でretweeted
Web経由で
MedvedevRussiaと53人
KremlinRussiaは ドモジェドヴォ空港で爆発応答するには、緊急会議がhttp://krln.ru/3NZw~~V
約9時間前
でretweeted
Web経由で
MedvedevRussia 、89人
KremlinRussia 大統領はドモジェドヴォ爆発時に発現心から犠牲者の友人や家族に哀悼の意を
前に約10時間
でretweeted
Web経由で
MedvedevRussia 100 +その他


情報内容としては分からないけど、
臨場感だけはすごい。


ここまでの作業、日記を書くのも含めて、30分かかってない。
すごい。

-------


犠牲となられた方々のご冥福をお祈り致します。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

赤ちゃんにアヘンをあげる国

2011年01月24日23:31
http://edition.cnn.com/2011/WORLD/asiapcf/01/20/afghan.opium.kids/index.html?hpt=C2


パタパタしてて、みつけた。
CNNニュース。

ちょっと衝撃。

アフガニスタンでは、
赤ちゃんにアヘンを与える。

咳が出たら、
眠れなかったら、
泣いてぐずったら。。。
アヘンは万能の薬なんだろう。
チョコでもあげるように、お母さんが赤ちゃんに食べさせる。

働いてて忙しくて、
辛くても、アヘンが治してくれる。
取材されたこの地域はカーペットの産地らしい。
機織りって、きっと肩がいたくなったりするのだろう。
働き者の大人たちも、
赤ちゃんも、
世代を越えて使われてるアヘン。
背景には医療コストの高さがあるらしい。
病院へ行くよりも、安く、良く効く薬。

もちろん、何人かの人たちは気づき、デトックスプログラムを受け始めている。


------

なんか。。。
どう、考えて良いかよく分からない。

日本だったら、これは断固間違いだ。
赤ちゃんを、大人の無知の犠牲にしてしまってはいけない。
先ずは、大人たちに、この危険性を理解させて。。。

誰でも批判と、改善策が浮かぶ。

だけど、
海の向こうのアフガニスタンで、
日々繰り返されている彼らの営みに対して、
我々が非難できるだろうか。
江戸時代、
日本人が持っていた慣習の中にもいろんな間違ったものがあった。
だけど、もし、あの時代、他所の国からそれをやめさせるための使者とか来たら、どう思ったろう。

でも
このままで良いのだろうか。

援助金や人を送って、
やめさせるべきだろうか?
豊かな国で、日々、大量消費を重ねている私たちが、
介入すべき問題だろうか?


いずれにしても、
何もできないので、
日記に書いておこうかなって、思った。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

不均衡な宇宙


2011年01月23日14:42
さっき、宇宙人師匠のつぶやきで見つけた記事


http://physicsworld.com/cws/article/news/44795


要するに。。。
化学やいろんなものにある
非対称の形っていうのの紀元が宇宙にあるっていうハナシ。

コレが、
SOLEIL シンクロトロンっていう文系人間にはワケの分からない夢の施設?の実験から分かって。。。っていうのが、なんかおしゃれだ。
理系?(ってコトバはヘンだけど)のカタマリみたいなのから、結局出て来るのが、哲学って感じ?


私たちの身の回りのもの。
対象でないものはあまり見ない(気がする)


っていうのはともかく、

化学の世界では組成までたどると、非対称のものがいろいろある。
記事では、左利き、右利きという非対称が例示されてるけど。。

ふと、思い出すに、
カンブリア紀の生き物たちって、今のロジックでは無く見える。目が5個とか、
鏡像といえばそうだけれど、何か違う気がする。
カンブリアは生命が「爆発」的に豊かになった。それって、もしかして、「不均衡」に鍵があったりしないだろうか?
(これは、かなり妄想的だけど。。)


更に妄想的に、
デザイナ的にはコレって、おもしろい。


画面構成/デザインで、シンメトリーは「安定」している。
しかし、安定しているというのは
その画面の中での均衡であり、テンションは閉鎖的だ。
良い意味では、すべてのテンションを中央の軸に集結させて、力を合理的に集約する。力を平均的に分散させるのではなく、一点に集めれば、それだけインパクトが強くなる。


しかし、
テンションが画面内部で均衡をとってしまっていると、面積的な広がりを持たせられない。デザインとして、動きが無く、面白く無い。
その「動き」を表現するものとして、「非対称」的な構図を作る。
均衡を破れば、どちらか、左右一方に傾く。
ちょうど、右効きか、左利きか、どちらかが優位であるように、どちらかが強くなり、どちらかが弱くなる。そして強い方から弱い方へ(もしくはその逆に)力のベクトルが生まれる。

そして、そのベクトルが向かうのは、画面の外だ。
一点集約の力
VS
面積的広がり


どちらが、強いか。

でも、
もしかして、
宇宙の基本論理が
ア(ン)シンメトリーにあるとしたら、面白い。

安定/均衡 閉鎖的テンションからは、
広がりは生まれない。
ビッグバンがあるとしたら、
宇宙は力を一点に集約したまま、
軸を中心に均衡を保ってしまうのではないだろうか。

宇宙が
内から外へ
小さなものから
大きなものへと進化したなら、
もしかして、その鍵はこの不均衡にあったのではないだろうか?

という、ロマンティシズムを感じちゃう。
なんか、素敵

| | コメント (0) | トラックバック (0)

格差/身分社会って快適だもん

2011年01月22日12:51
人口減少「移民で」経団連会長
http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=1476597&media_id=4

ざっとミクシーの日記を見ると、今でも仕事が無いのにだの何だのって、書いてあるけど、そりゃ、人口が増えれば、かつての高度成長時代を再び演出することができるかもしれない。仕事だって、人口が増えれば、それだけ消費者も増えるワケで、需要も増える。経済も高揚するでしょうよ。
アメリカも中国も、みんな、そうやって人口増加っていう武器で消費社会を構築してきた。ちょっとした産業ベースと、知的財産とがある国の人口が増えれば、そりゃ、経済成長、それも特大のが期待できるのかもしれない。

しかも!
移民ってのはイイ。
何しろ、見た目が純粋日本人じゃないって分かる。
一億総中?流で、同じ顔した日本社会に、「身分制度」を作ることができる。
自然に。
だって、他所の国から入って来たばかりで、子供をそう、簡単に大学に行かせられないだろうし、贅沢な暮らしなんてできないだろう。
そのうちハーフや3世代目が生まれるかもしれないけど、それにはまだ間がある。7割以上が持ち家で育ち、8割高卒以上っていう、平均的ニホンジンには追いついていけないだろう。

よく、欧米では、お手伝いさんっていうのが、いる。別にものすごいお金持ちじゃなくても、結構使われてて、お手伝いさんも雇わないで妻に雑用をさせるなんて。。。っていうワルグチさえ聞いたことがある。
でも、日本でダスキンとかでそういうのを探すと、めちゃくちゃ高い!そりゃそうだろう。
すずめの友達とかんちでも、そういう人をお願いしてて、みんな東南アジアの人。聞くと、な~るほど、それならいいじゃんって言う位、安い。組織になってなくて、口コミで良いヒトを紹介してもらって。。。っていうコネだから、ウルサくないのだ。

だけど、いくら安くても、実はすずめなんか、やっぱし、嫌だ。
プライベートな所で、そういうのがあると、何か上下関係を感じちゃう。だって、自分や家族が理不尽に汚したものを、片付けてもらったりするワケだし。(ダスキンのだったら、契約って割り切れる気がするけど。。。)
よく、高齢者の家にお掃除でヘルパーさんが行くと、高齢者さんは、ヘルパーさんに恥ずかしくないように、一生懸命掃除して、お迎えするのでヘトヘト。。。なんてのを聞くけど、それが、日本の美徳っていうより、プライベートでの上下関係への違和感なんだろうって思う。


江戸時代まであった身分制度。
すずめたちは、いろんな激動の時代を経て、やっと忘れたのだ。
生まれながらの身分によって、人と人の間に上下関係がある。コレが会社だの組織の中でのものだったら,良い。だって、そこから出れば無効なんだし。
身分制度ほど、政治をやろうとする者にとって、都合の良い魔法は無い。
だって、一部の「下」の者を作るだけで、その他の階層のすべての歪みを解消することができるんだから。医療、介護、福祉、就労。身分制度を導入したら、すべての問題が一挙解決だ。

さて。。。
上の移民。
もし、日本にたくさん来て、
全人口の1割とか2割とか占めるようになったら、
モトモトの日本人にとって、どういう存在になるだろう。


すずめ的には、
違和感を感じずにはいられない。
違和感としか言えないけど。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

すずめ的 5秒でわかる心臓マッサージ


2011年01月17日12:49
http://home.r05.itscom.net/bfree/NewFiles/smimark6b.html


某氏からの情報。

現在、いろんなスタンダードが変わる局面にあって、
BLS/市民にとっての心肺蘇生法の作法が変わるらしい。

すずめの日記でも何度もご紹介してる、
心肺蘇生法の形、
これに近くなってきてるんだそう。

シツコイかもだけど、
久しぶりなので,もう一度、ご紹介しちゃう。


http://home.r05.itscom.net/bfree/NewFiles/smimark6b.html

5秒で分かる心臓マッサージ

実はこの文言、ピクトの描き方、向き、項目、単語。。。
どれも、そのミチの専門家との議論を重ね、デザイナ的視点でとっても吟味したものだった。

デザイナ的視点とは、

最低限の情報での最大限の効果
間違っても遠からず


心肺蘇生法の普及は

何十人かに1人存在する立派にできる素人が身につけること
素人全員がヘタクソでもアバウトでも良いからできること

このどちらを目指すかという事だと思う。

今までのいろんな講習会は、その前者だったんじゃないだろうか。
なので、すずめは後者を狙った。
なにも前者を否定するワケじゃない。だけど前者の方法論では決して後者はカバーできない。


ってコトで、
すずめ式5秒でわかる心臓マッサージ


試しに,5秒でコレ、見てみて。

http://home.r05.itscom.net/bfree/NewFiles/smimark6b.html


1 2 3 4 5

ハイ、
頭の中に何が残ってる?

文字としては何?
単語は?
絵は?

すずめはこーゆーの、3歩歩いたら半分くらい忘れるけど、
すずめよりか賢いアナタは、明日の朝まで7割覚えてるかもしれない。
でも、1週間後は半分?


その半分の情報がどこまで「使えるもの」であるかってのが、勝負。
なので、いろんなモノを排除して、
シンプルに表現したのだった。


さて
そこで重用なのは、先ず、何を伝えるかというプライオリティになる。


さて、一番重要なのは何だろう。

すずめ式では
「いつ」
だと考えた。

バイタルサインダトカナンダトカ。。。よく分かんないんで、端折る事にしよう。
もっとも大きく、誰にでも分かるコト

「呼吸をしていなかったら」

息をしてるかしてないか。コレは子供でも確かめる方法を知っている。鼻から空気が出ているか。
鼻をつまんでみたり、手を当ててみたり。
ここで間違ってしまうというのは、
息をしているのに、していないように間違えてしまうこと
だけど、息をしていないのに、しているようには、間違えない。
だから、確かめる方法が不適切であっても、最悪、息をしていないように間違えるだけだ。
息をしていないと思えば、次のステップに進む。本当は酔っぱらって倒れていただけだったら、次のステップで本人がむっくりと起きだして気がつくだろう。

だから、わざわざこの方法は書かない。不要なコトを書くと、それだけ重要な事が伝わらなくなるから。
最も重要なのは、
何を書くかではなく
何を切るか
なのだ。

そして、「押す」。
右のピクトは
押す、姿勢、位置関係も示唆している。


で、
次に大切なのは、
その場合、
「あなたが、できる事をする」
と言う事だ。できる事が難しそうだと誰もやろうとしない。
できることが、シンプルで、簡単そうだったら、やってくれる確率が高い。
だから、ココではあえて、マウスtoマウスは書いていない。詳しくはも一度後で書くね。


心肺蘇生法は最近テレビドラマなんかにも出てくるので、知ってるヒトも多いだろう。だけど、テレビドラマで見たことのあるヒトができるとは限らない。とは言うものの、テレビドラマで一度でも見たことがあるというのは、大きな情報だ。テレビの視聴率っていうのを延べ人数にすると、膨大な量の人たちが見ていることになる。赤ちゃんとかを除いて、ほぼ、日本の国民全員と考えて良いんじゃないかと思う位じゃないだろうか。
だから、この人々が、できるようにするっていうのが、最も大きな効果を狙うってコトになる。

というコトは、先ず、カットできるのは、リアルな写真、もしくはイラスト。
胸を押すっていうのは、分かってるんだから。


ドラマで「押す」が分かっている人たちが実際に役に立つように情報をオンするなら、何が必要だろうか。

って、長くなったので、続きは明日。


ってコトで、昨日の日記のつづき


ネタはコレ
http://home.r05.itscom.net/bfree/NewFiles/smimark6b.html

ドラマで「押す」が分かっている人たちが実際に役に立つように情報をオンするなら、何が必要だろうか。

先ずは「どこ」を押すか。
講習では「ケンジョートッキナンタラ」って教えられる。
ストレートに言えば、乳首の間。
だけど、チクビってコトバがエッチだとか、
タレてるヒトもいるとか、いろんな議論があって、
ケンジョートッキナンタラになってるのだ。
でもって、素人はケンジョトッキなんて言われても分かんないから、別途図なんか表示しなきゃいけない。

でも、コレも、この位置の正確性がどれほど要求されるかということになる。
ちょっとでも間違ったら、台無しか、死んじゃうんだったら、コレは重要だ。だけど、難しそうに書いたら誰もやってくれなくなるんだから、ココはシンプルに言うのが、合理的であるはず。

なので、押す位置をシンプルに表記してるのが、左下のピクト。
本当は手の形も表現してる。(んだけど、そこまで印象に残せるヒトは多く無いだろう)

もうひとつ、
1秒間に2回

これはコトバで入れた。
人が一瞥で読める文字数は5-7文字だと言われる。この程度なら許容範囲だ。
(この件に関してはまた後で)

で、
次は、どれほど押すか?

ということだろう。コレはさすがに映像的記憶では分からないだろう。
なので、5cm凹ませるピクトグラムを入れた。

しかし、実はここには重要なエラーの可能性がある。もし、相手が赤ちゃんでも5cmか?という勘違いを引き起こすこともある得るかもしれない。このような時に、赤ちゃんに遭遇する割合が高ければ、このピクトに並列して、何らかの注意を書かなければならない。しかし概ね、ケースとしては少ない。(統計的に)なので、補足説明として下に入れている。

こういう場合の「ピクトグラム」の効果、イイでしょ。
ダイレクトにそして限定的に、「5cm」「凹ませる」というイメージが記憶に残せる。ちょうど、絵と文字の中間。不要なモノをすべてカットしてるので、訴求効果が高い。イラストや写真ではこうはいかない。


マウスtoマウス

心肺蘇生法っていうと、マウスtoマウスってイメージもある。だけど、
コレって、見ず知らずのヒトに素人ができない。っていうか、コレをやれって言われるかどうかで、勇気が持てるか持てないかが決まる。
すずめレベルのヘナチョコだと、絶対、できない。コレをやらなきゃいけないんだったら、すずめレベルのヤツは逃げちゃう。
だから、あえて、コレを書かなかった。

でも、公的にも、実は,昔は
心臓マッサージ 15回 に、マウスtoマウス 2回
だった。だけど、一昨年だったか、コレが
30回 対 2回に減った。
なぜなら、マウスtoマウスをやってると、その間心臓マッサージが途絶える。途絶えさせないことも重要っていう意味なんだそうだ。
ただ、水の事故なんかだと、酸素が抜けてるので、必要ってコトだけど、でも、実際問題、水の事故を街中で誰かが救助するってシチュエーションはそうそう無いだろう。海水浴場やプールには訓練を受けた監視員がいるはず。だから、ココもすずめ的には「切って」も良いと思った。

コレね。
単純なように見えて、実は難しい。このポスターを作った時点では、15回 対 2回の時代。
教え方/普及の仕方 はキチンとコントロールされてて、誰かがデタラメを広める事はできない。
だから、もしかして本当の専門家はこういうドラスティックな言い方しちゃうと、モメるんだろう。
だけど、このポスターを作った時点で実は、国際的にはもう、30対2回の時代が始まっていた。なので、すずめはエイっヤっと端折ったワケだ。

そして、あれから2年。ネット上にも、マウスtoマウスを省略しても良いというのはたくさん出てくるようになった。

今回、某氏からの情報。
心肺蘇生法のスピード。

1分間に80~100回
乳児の場合は1分間に100~120回、幼児・小児(10歳以下)の場合は1分間に80~100回の速さ

とかって、書いてある。
でも、コレってどうよ。
実際のところ、昔は15回対2回。15回だったら。。。えっと、それを何秒でやれば良いんだっけ?って計算しなきゃなんない。
そんなの、こーうゆーとっさの時に計算できる素人いる?


他にも、アンパンマンマーチのスピードとか、あんたがたどこさとか、歌っていうのもある。
歌は良いと思う。リズムがつくし。だけど、本当にスピードを限定してくれないんじゃないだろうか。歌って意外にゆっくり歌っても速く歌っても気がつかなかったりする。特にスピードを意識しちゃうと、ワケわかんなくなっちゃう。ドンドン早くなったり、遅くなったり。

だから、何らかの、スピードの基準になる分かりやすいものがあるといい。
そこで採用したのが

1秒に2回

正確に言えばコレだと1分間に120回になる。
でも、どっちみち、正確な早さでなんてできない。
正確になんてできない中、どっちにブレるか?
疲れてくると、遅くなっていく。でも、遅くなってくと、効果が低くなる。
だから、最初から低めではなく,多めに設定しておくと、ブレを吸収しやすいんじゃないか。

何よりも良い事は、覚えやすいコトだ。暗算も簡単。
やりながらも、えーっと 100割る60に何を×んだっけ?なんて、計算しなくても良い。
30回でも5回でも数えやすい。

ってコトで、コレ。
(ってすずめが思いついたんじゃなくて、某有名ドクターからのレクチャーなんだけど。。。プロってこういうアバウトなのに、名前出せないのよね)

でも、これを作ったのは何年も前。
今でも最先端かも。


っていうデザイナ的心パイ蘇生法。


| | コメント (0) | トラックバック (0)

子供手当:ヘンな調査

2011年01月16日11:36
子ども手当は家庭でどう使われているのか 「教育費よりも生活費に使う世帯が上回る」
http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=1469825&media_id=105

まあ、最初に言われてたように「貯蓄」じゃないってコトが分かってきたコトではあるけど。

さて、みなさん。
お財布の中の100円。あなたは何に使いましたか?
そう、聞かれて、生活費だか教育費だか、区分けしてるヒト、いる?

たとえば、
1年生に入学する子がいる家庭で、
家計の中で、
おばあちゃんからいただいたお祝いが
何に使われたか。。。
ランドセルを買った?
そうかもしれない。
だけど、もし、おばあちゃんからお祝いをもらえなかったとしても、ランドセルは買ったでしょ。だとしたら、おばあちゃんからのお祝い金が「何」に使われたかって、関係無いでしょ。結果として、「家計」全体の助けになったってワケでしょ。
確かに家計の中で食費はいくら位、住居費は。。。っと区分けをしてる人もいるんだろう。だけど、もし、外食とかしちゃって、ある日突然、食費が赤字になって、住居費が残ってたら。。。餓死を選んだりしないでしょ。ふつーに。
家計の中で、「何」に使ったかっていう質問が
どれほどバカバカしいか。
別に、言葉を尽くすこともなく、誰だって分かるはず。

もちろん、子供手当の使い道として、
未来永劫おろさない、「老後の貯蓄」に使われたとしたら、問題かもしれない。
そんなコトになりっこないけど、もし、そうなら、子供手当年代の平均貯蓄額が高くなるから、分かるはずだけど。。。(アリエナイっ)
まあね、
ちょっと前の日記にすずめも書いたけど、
よく、こういうアンケートでみんなが答えていた
「貯蓄にまわす」っていうのは、
やっぱしあり得なかったというのは、分かったんだろーけどね。

子供手当の正しい使い方


要するに、
使っちゃえば良いワケだ。
去年まで家計から捻出してた子供の塾代を子供手当で支払って、
結果として、余裕のできた家計から
おとーさんの激安居酒屋飲み代が増えても良い。
おかーさんの最高級ブランド狂い代が増えても良い。
そんなの大きなお世話だ。

そもそも。。。
「目的が分からない」って
トンチンカンな批判ばかり。
だって、経済対策って、そういうモンでしょ。
目的は、子供たち(と大人みんな)が豊かな生活が送れるようになること。
今、それを阻んでる要素の大きなものが、景気。
国内産業は青息吐息を過ぎて、すでに心停止。
コレをどーにかしなきゃならない。
それが「目的」でしょ。


なのに。。。

何だろー。この調査。
バカバカしすぎない?
っていうか、
意図がミエミエ。

要するに、子供手当を避難したい
子供手当を出した政党をつぶして、また選挙したい。
そうそれば、また、マスコミさんを中心とした経済効果が上がる。
(でもね。選挙の経済効果は、子供手当で買う消費による産業活性化よりも、ずっと小さいヨ。)


でもって、
その意図にまんまと乗ってる日記がいっぱい。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

すずめってばヘルパーでぶーっ♪

2011年01月15日23:50

すずめってば、
ヘルパーになっちゃった。
今日は、その初シゴト。見習いだけどね。

重度障害者の訪問ヘルパー
っていう資格らしい。

すずめのリアルを知るヒトは、
アイツにはそんな適性ありそーも無いって思ってるよね。
ハイ、
あまり有能じゃないかもって思いマス。


っていう、ホントにできるかどうかっていうのは別として、
ベンキョは面白かったんで、
ちょっと,紹介しちゃうね。

------


興味深かったのは、
そもそも、ヘルパーって、どういう存在なのか。
そこからして、すずめは知らなかった。


以下、書くのはすずめの個人的な理解なんだけど。。。


世の中には、
耳の聞こえない人がいる。
だけど、本を読む時は、聞こえなくても別に障害なんて問題にならない。
映画でも字幕があれば、それほど不便じゃない。
全員が耳が聞こえない国ってのがあっても、そう、不便じゃない社会を作ることはあるいは、可能かもしれない。

今、私たちが生きる社会は耳が聞こえる事がベースになってるから、聴覚障害は不便なんだ。
だけど、そこに音声認識や字幕を付加することは、そんな大変なコトじゃない。ちょうど、近眼のヒトがメガネをかけると同じコト。
よくお腹が出てるおじさんは、サスペンダーしてるけど、
もし、サスペンダーしてないと、きっとズボンが落っこちちゃって、おまわりさんに捕まっちゃうかも??でもって、その後の人生は、みんなに誤解されまくって、悲惨なモノになってしまうかも?だとすると、サスペンダーって、めちゃくちゃ重用なモノってコトになる。


以下、どこからが、「特殊な配慮」だろう。

デブな人にズボンのサスペンダー
近眼でめがね
聴覚障害に音声認識
車椅子にスロープ


生活における全介助


もしかして、どこから特殊かなんて、線引きは無いのかもしれない。
手に入るサポートだったら、近眼のメガネのように、

じゃあ、こういうサポートって、どう、考えれば良いのだろう。


以下、おベンキョのレポートとして書いたモノ。
メモとして掲載。

↑の内容をマジメに作文したモノ。

P3
障害者基本法と自立


医学モデルと社会モデル

WHOは改訂版の国際障害分類、すなわち国際生活機能分類(ICF)において、二つの対極的な視点からの障害の理解を唱えている。
その1つは、障害を個人の問題であるとする「医学モデル」であり、もうひとつは、障害を社会環境との不整合に起因すると考える「社会モデル」である。前者であるとすれば、障害とは、個人が何らかの方法を用いて、社会に適応できるよう努めるべきものである。発達期の児童や障害を受けて間もない場合には、これは非常に大きな意味を持つ。
しかし、後者であるとすれば、ユニバーサルデザインに象徴されるような社会的資源、サービスの提供などの環境整備が大きな鍵になる。

平成16年5月28日障害者基本法が一部改正、第6条が削除された。

① 障害者は、その有する能力を活用することにより、進んで社会経済活動に参加するよう努めなければならない。
② 障害者の家庭にあっては、障害者の自立の促進に努めなければならない。

ここで論点となっているのは、障害者の自立の概念である。
自立には様々なレベルがあるが、これをより、少なくする事が自立ではない。
個人が自らの要求や希望を、障害を持たない人と同じようにかなえ、達成できるかということにある。WHOによる医学モデルの視点では、欠如した能力の補完によって、より、外的サポートの少ない状態で生活できる事に価値があると考えられるだろう。しかし、社会モデルという視点からは、最も重要な要素は自己決定権にあるとされる。障害者はどれほどの社会的援助を受けているか、その量の多い少ないによって価値が左右されない。

この自立という概念への捉え方によって、外的なサポートがどうあるべきであるか、プラクティカルな意味で変わってくることが非常に興味深い。

実はこのヘルパーの資格、
講習と、テキストによるお勉強の二本立てになっている。
テキストによるお勉強には、問題集?みたいなのがついてて。。。
でも、さあ、
すずめ、最近、字をあんまし書いてないからタルイ。
で、問題集に書かずに、PCで書いてプリントアウトして添えた。

ってコトで、
下はそのすずめが書いた解答(間違ってるかどーだか、分かんないけど)のコピペ。

-----


言語障害がある人とのコミュニケーションの留意点を書きなさい

相手のペースに合せて、話し終わるまで気長に待つ。分からなければ勝手な解釈をせず何度でも聞き返し、復唱して正確に理解できたか確認する。質問は簡単な言葉(yes noなど)で答えられるように配慮し、場合によっては相手が伝えようとしている事を予測して、いくつかの選択肢を提示する。

あなたが24時間介護を必要とするようになったら、何を望むか書きなさい

介護にも二通りの希望がある。人間的な関係を望むものと、人間性の介入しない物理的な介助である。たとえば、食事など、介助してくれる人と楽しみや快適さを共有できるものであれば、相手との人間的な関係の上にある介助が欲しいと思う。しかし、排泄やその他、他人に介入して欲しく無いものもあり、そのようなものは、例えば、生身の人間ではなく、ロボットのようなものであって欲しい。将来、HALのようにハイテク的に筋肉等の動きを再現するものがあったら、理想的だとも思う。しかし、もしもの時の事故を回避するようなものとしては、物理的援助と同時に人による介入が重用だと思う。

p9

電動車椅子使用者Aさんと外出中、乗用車に接触、転倒。Aさんは頭を打ち出血、声をかけても反応がなく、呼気も感じられない。あなたはどのような対応をするか書きなさい


先ず、接触した乗用車の人に協力を求め、車椅子とAさんを安全な場所に移動。そこで車椅子から降ろして、バイタルを確認。もし、心臓の動きが停止していたなら、仰向けにして心臓マッサージを行う。
同時に、接触した車の人に救急隊の要請を頼み、指示を煽ぐ。もし、通行人などが見つかれば、AEDの場所などを聞き、取りに行ってもらう。(心臓マッサージの手は止めない)通行人が見つからず、救急隊の到着まで時間がかかるようであれば、乗用車の人に心臓マッサージを代わり、自分がマウスTOマウスを行い、救急隊の到着を待つ。

P10

自分にありがちなヒヤリハット、自分の性格や行動の癖、また、対策について書きなさい。

いつも、前もって準備などをせず、突発的に何でも始めてしまう。
エネルギーはあるので、そのままやり切ってしまう。


起こりえる事故

準備などが不足しているため、
時間的余裕が無い事も多い。
また、情報の不足から、不合理な手順を要してしまうこともある。
準備が不足していると思ったら、
一歩下がって、万全の条件を整えてから再度始める方が良いことに気づくべき。


対策

せめて、情報だけはアクセスしやすい状態にしておく。
たとえば、携帯電話に情報を送信しておく。
PCのデータを持ち歩くなど。


ご意見、感想シート


講習は非常に興味深いものでした。
そもそも、「ヘルパー」というものの、概念的な意味を理解していませんでした。

単に人間的に「助ける」という存在ではなく、
その人の筋肉、骨格、杖の代わりになるものという意味なのでしょう。
言うまでもなく、人の身体、神経は非常に精巧にできています。その代わりとなる動きができるよう、ヘルパーは頭脳やテクニックを使うこと。
そういうドライな関係が、人と人との軋轢を防ぐことにもなるのでしょう。

特に、この件が、自立支援法の6条の内容ともオーバーラップして、興味深いと思いました。
人の自立とは何か。
結局は自己決定権をどこまで、快適に、普通に、維持していけるかということなのかもしれません。

とても勉強になりました。
ありがとうございました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

ペットボトルの誤飲:大人もあり得る!

2011年01月14日21:47
飲食物似の入浴剤 誤飲に注意
http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=1468903&media_id=4

これって、子供だからじゃない。大人でもある。
人って、何かを飲む時、意外に味わったりしてないのだ。
ペットボトルからの誤飲事故って、意外に多い。

すずめってば、リアルを知ってるヒトは納得かもしれないけど、
こーゆーヤツなので、イロイロある。
類は友を呼ぶ。。。って?
すずめの友達も同類はいっぱいいるけど。。。同類じゃない友達の一人が、
やはり誤飲事故をやっちゃった。
彼女はすずめと違ったタイプで、おっちょこちょいじゃ無いんだけどね

彼女の夫が
油絵に使うペインティングオイル?をCCレモンのペットボトルに入れて、保存してたんだそう。それを、ある日、彼女が飲んじゃった。

あのね、そっち系のヒトは知ってると思うけど、
ペインティングオイルって、粘性のある、ちょうど、黄色くて濃いオリーブオイルみたいな感じの液体。もちろん、臭い。
そんなモン、何で間違えんのよっ!

って思わず言っちゃったけど、
実は笑い事じゃなかったのだ。彼女はそれで、かなりアブナイ状態になって、
「ご家族を呼んでください」なんて言われちゃったんだそう。

生還した彼女のハナシによると、
人って、ペットボトルを口にすると、そんなチビチビ舌で味わって飲んだりしないんだそうだ。一気に
ガっ
っと、喉に送り込んじゃう。
だから、トロっとしてようが、臭かろうが、気がつくのは飲み込んだ後。
(ちなみに、こういうのを無理に吐き出させたら余計怖いって)

この手の事故、
意外にあるそうだ。
ポイントは、清涼飲料水のボトルへの危険なものの詰め替え。
液体のモノって、つい、ペットボトルとか飲料用ガラス瓶に詰め替えたくなっちゃう。
「農薬」って書いたから大丈夫
そう、思っててはいけない。
すずめの友達は、ホント、いつも注意深く慎重な人なんだけど、
でも、時にはそういうコトもやっちゃうのだ。きっと誰でもそうだ。
農薬って書いてあっても、飲んじゃったりする!

このニュース、
「子供が」っていうことだけど、
大人だってあり得るハナシなのだ。


最近、化粧品にしても、イロイロおしゃれで素敵なのが多い。
つい、食べたくなっちゃうような石鹸とかよくあるよね。
固形物は、口に入れた時に、子供でも不味いって分かるし、口から吐き出せる。
だけど、コレ、
その手の飲みたくなっちゃうような入浴剤だったんだろう。
それはそれで、そういう遊び心のあるデザインってのも良い。
だけど、
作り手は、こんな事故が起こるようなモノは作っちゃいけない。
もし、飲みたくなるようなデザインだったら、

たとえば、天然成分、有毒物を含まない、
小さな子が100cc程度なら一気飲みしても死なない組成のものに限るとかにしなきゃ。こういう硫黄?が入ってるようなのはダメ。


ちなみに、
国民生活センターでは
こういう警告を出している。
どれもそれほど重篤な事故では無いと思うけどね。

http://www.kokusen.go.jp/pdf/n-20091216_3.pdf

 消費者庁は14日、愛知県で男児(4)がペットボトル入りの入浴剤を飲料と間違えて飲み、一時意識不明となる事故が起きたと発表した。飲食物に似たせっけんなどの誤飲事故が相次いでおり、同庁は注意を呼び掛けている。

 同庁によると、男児は3日、自宅の居間にあった入浴剤を数口飲んだ後、意識を失い病院に搬送された。胃洗浄を受け意識を回復したが、硫黄中毒で3日間入院した。

 入浴剤は大分県別府市の会社が製造。500ミリリットルの透明ペットボトルに入っており、お茶に似た褐色の液体だったため、男児が間違えた可能性が高いという。 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

年齢別 犯罪の統計

2011年01月14日12:27
■刑法犯8年連続減、しかし高齢者の殺人急増
(読売新聞 - 01月14日 06:11)
http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=1468080&media_id=20


こういうのを鵜呑みにしちゃいけないかもっていうことで、
ソースを探してみた。


http://www.npa.go.jp/toukei/keiki/hanzai_h21/PDF/H21_ALL.pdf


この真ん中程の所に、
年齢別検挙件数 ( 総数表 )

ってのが出て来る。

なるほど、確かに高齢者の犯罪件数の多さは驚くベキモノがある気がする。
世間のニュースでは、青少年の犯罪率ウンヌンをイロイロ言うけど、
実体は違う。
(多くの人が知る通り、青少年の犯罪率は年次的にもどんどん下がっている)

ただ、大雑把に「犯罪率」と言うと、どこまでのものを含めるかと言う問題がよく言われる。たとえば、道でおしっこしちゃうってのも軽犯罪。だけど、こういうのが増えるか減るっていうのは、実際に道でおしっこしちゃう人が増えるとかっていう意味じゃない(場合が多いはず)。その程度でも警察官が取り締まる年かどうかっていうのが、大きいのだ。たとえば、サミットとかがあれば、その関連の場所では、おしっこ程度でも(ホントはテロかもしれないし)厳重に取り締まる。もちろんこういう場所には警官がたくさん配備されるし。。。逆に、その他の地域や部門では手薄になったりする。犯罪ってモノに対する基準も変わる。だから、こういう数字の推移とか、鵜呑みにしちゃいけない。

統計の中での「重用犯罪」や「殺人」意外の数値は、この際、考えない。


さて、それでみると。。。
全年齢層で最も刑法犯罪総数、凶悪犯罪が多いのは、
30-39歳
総数109,974件 凶悪犯罪 1,292件 殺人 201件

だれかがこのグラフを人口当たりに換算してくれるとおもしろいんだけど、
この年齢層は確かにいわゆる団塊ジュニアでもあり、そこそこ人口の多い年齢でもある。だけど、まあ、何倍もあったりしないので、やはり、比率としては多いのは確かだろう。社会的活動が活発で、いろな問題と関わる機会の多い年代でもあるし。

どの年齢層も総数としておよそ5万。
40-59才が6~75000と少し高い。


まあ、いずれにしても、
世間で言う程、
『イマドキの若いモノは。。。』悪く無いってのは確か。
最も分別があり、
ゆとり教育世代でもない、
オトナが一番犯罪を犯してるワケだ。

さて、その中での高齢者。
やはり、高いというべきか。


70歳以上
総数32542件 凶悪犯罪 174件 殺人 88件

ちょっと前に、
日本はどんどん悪くなってるってみんなが思ってるっていうアンケートの日記を書いたけど、
こういう統計に関して言えば、日本はどんどん良くなっている。
特に,若いコは良くなっている。
http://www.chironoworks.com/ragnarok/psychology/log/eid41.html

唯一、
高齢者、オトナだけが、
良くなっていっていない。
その原因は何なのか。
確かに、介護や看病の疲れがあるだろう。しかし本当にそれだけだろうか?
刑法犯罪総数、凶悪犯ともに、この件数。

記事中には

>同庁によると、高齢者による殺人の動機の41%は「怒り」で、「介護・看病疲れ」(17%)、「恨み」(16%)と続いた。配偶者や子など親族が被害者となるケースが7割を占めた。

高齢者のキレやすさが出て来る。
これもまた鵜呑みにして良いかどうか分からないが、
でも、統計的有為差以上のものがあるのは確かだろう。


ちなみに。。。全世代の中で、高齢者が一番お金持ちだ。
貯蓄率、持ち家率ともにとっても高い。
http://www.gamenews.ne.jp/archives/2009/02/post_4497.html

なんと!貯蓄が100万以下は4.9%
平均は2500万(ただし、ものすごくいっぱい持ってるヒトもいる)

いずれにしても、
マスコミが煽る、
「最近の若いモンは」。。。というイメージが、
ちょっと違うコトが分かるよね。

-----

 昨年の65歳以上の高齢者による殺人が前年より32件(22%)増の175件に上ったことが、警察庁のまとめでわかった。

 殺人が前年より27件減の1067件と、戦後最少を2年連続で更新する中での増加だった。

 同庁によると、高齢者による殺人の動機の41%は「怒り」で、「介護・看病疲れ」(17%)、「恨み」(16%)と続いた。配偶者や子など親族が被害者となるケースが7割を占めた。

 また、昨年1年間に全国の警察が把握した刑法犯は158万5951件で、前年より11万7093件(6・9%)減少した。8年連続の減少で、23年ぶりに年間160万件を割り込んだ。知能犯が8639件(16・3%)減の4万4363件と著しく減ったのをはじめ、強制わいせつなどの「風俗犯」を除く凶悪犯、粗暴犯など全項目で前年を下回った。

 ひったくりなど街頭犯罪(14罪種)は、一昨年まで10年連続最多の大阪府を東京都が約4500件上回ってワースト1に。これに大阪府、愛知県が続いた。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

AEDの信頼性/バッテリーの寿命

2011年01月13日09:19
もしかして、近々、問題になるかもしれない。


AEDの信頼性。


WIKIから


2003年になって、ようやく救急救命士に使用(医師の指示なく)が認められ、2004年7月からは一般市民も使えるようになり、空港や学校、球場、駅などの公共施設に設置されることが多くなった。2005年に開催された愛知万博ではAEDを多数配置しており、これによって助かった人が少なからずいる。また2006年7月には大手鉄道事業者の中で初めて、東京都交通局が都営地下鉄全101駅へのAED設置を完了した。2006年にはJR東日本の新幹線全駅にAEDが設置されたほか、JR東海も新幹線全駅と在来線主要駅に設置[3]、小田急電鉄が2008年3月15日から営業運転を開始した60000型電車「MSE」に列車内で初めて設置されるだけでなく、そのほかのすべての特急ロマンスカーにも2008年10月22日に設置完了するなど、鉄道事業者でもAEDの導入が進んでいる。


何年か前も厚労省から通達が流れてたけど、
AEDのバッテリーの寿命は4、5年だそう。

2004年から導入が始まり、
初期に入れた所のものは、すでに5年以上が経過している。
聞くところによると、バッテリーがすっごく高い。5万とか?もっと?
だから、「使い捨てAED」ってのがあって、バッテリー寿命を考えると,そっちの方が得っていうハナシもあった。
(ずっと前に聞いた話)
最近のものは、時々チェックする仕組みになってるそうだけど、
昔のものは、そうじゃないだろう。

もしもの時に、
使えなかったら、
せっかくの機械も無駄。
命に関わる問題だ。

厚労省で通達があったってコトだけど、
その後、実際にはどうなってるのかな。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

日本は悪くなるって宗教?

2011年01月12日10:40
日本の将来、国民9割超が悲観
http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=1465276&media_id=4

「日本社会が悪くなる」
この見識に、どれほどの人がリアリティを持って考えられているか?
具体的にどういうコトなのか、ホントに分かってるのか?

誰もがフタコト目には言うコトバ、

日本はどんどん悪くなってる

今日このごろに限らず、何十年も前から言ってきた。
だれもがシタリ顔で。
「そんなコト無い」って反論すると、
「アンタは何も知らないのよ」っと、さもさも、自分だけ世界の重大秘密をしってるかのような顔で、ニっと笑ってるヒトたち。1人や二人じゃなくて、コクミン全員そうだから、キモチワルイ。これって、宗教だよね。
だって、誰も,ホントにどう、悪くなってるか、突っ込んで聞いたら答えられないんだもん。


イワク

犯罪率が増えてる (あの、統計的に減ってますけど。。。マスコミ報道が多くなっただけで)
青少年がの犯罪が増えてる(あの、統計的に減ってますけど。。。マスコミ報道が多くなっただけで)
親と子の心が荒んでる (コレに関しては統計の取り方が分からないけど、昔がそんなに素晴らしかったかというと。。。そうでも無い気がしマス。)
経済が低迷(それは確かに。。。だけど、バブルで一気に上がったモノがバブル前の水準にちょうど戻ったという今日この頃。。。バブルを基準にはしちゃいけないかも)

どれも、マスコミ報道の多さによって、印象が左右されてる。良い例が犯罪率。心の問題は統計の取り方が分からないけど、事実として、報道が増えてしまってるのも事実。報道量イコール事実という解釈は間違ってるっていうのは、誰もが知るところだよね。


これから、もし、もっと世の中が悪くなってくとしたら、どうなるんだろう。
10年のスパンをイメージして考えてみる。

自殺者がもっと増える。具体的に、
平成9年から21年までに1万人程増えてる(ほとんど男性)から、この10年でもう、1万人程増える。

失業者が増える。。。。って、具体的にどう、悪くなるかっていうと、
強盗が増える 
http://www.keishicho.metro.tokyo.jp/toukei/bunsyo/toukei21/pdf/kt21b009.pdf
ここ、10年、ずっと犯罪件数は順調に減ってきてるけど、このグラフが逆に向いて10年前の水準にもどる?ってコトは平成21年の1万件が平成12年の39000件に増えるってコトだね。


親が子供を殺す犯罪とかが増える。
http://kangaeru.s59.xrea.com/G-baby.htm
この犯罪はずっと減ってきていて、平成17年には19人。
それが、10年前の38人に増えるってコト?

経済ってのを考えると、10年前はそんなに携帯電話とか持ってるヒトいなかったと思うけど、これから経済がどんどん悪くなってくとしたら、みんな携帯、手放す?クーラーも買わない?車も、洋服も買わない。国産牛肉も食べない。。。そうなる?

もちろん、「悪くなる」ってコトは、
こんなコトじゃない。もっといろんな複雑な要素があるんだろう。
だけど、
上のすずめの妄想にYes って同意できる?
もし、上の妄想がホントなら、
この何十年か減っていた犯罪率が上昇。。。
今年を谷間に、ドンドン悪くなる。。。ってコトは、
史上最低の犯罪率を記録してるのが今ってコトで、
私たちは、歴史上最も素晴らしい幸せの頂点にいるってコトだよね。
噛み締めて過ごすべきかもだけど。。。


実は、すずめは上のようになるとは思ってない。
なぜなら、子殺しや少年犯罪の着実な現象は、単に偶然、みんなが幸せだったから減ったんじゃなく、社会システム的に、減って来たからだって思うから。そして、その影には、地道に尽力してきた人たちがいたから。報道されないけど。
そう、思っているから。


この記事で、
日本は悪くなっていく
そう、解答した人たちが、どれほど、具体性を持って、その問題を考えているか。そして、本当に、そんな危機感があるなら、どのような「具体的な」方策を実際に取っているか。本気で悪くなってると思って、しかも、その見識に何らかの根拠があると確信してるなら、みんな具体的な対策を考えてるはずだよね!のんびりなんて、してらんないじゃん!

って、ホント?
誰も、ホントは根拠も何も考えてないでしょ。
それなのに、90%以上のヒトがそう、信じ込んでる。

これは、まさに、宗教。
マスコミ教って呼ぶっきゃないって、すずめは思ってるんだけどね。

ずっと前に書いた日記
「日本はどんどん悪くなる?」をブログに揚げました。

http://suzume6.cocolog-nifty.com/blog/2010/10/post-fb50.html

| | コメント (0) | トラックバック (0)

これはマスコミの功績かも/タイガーマスク


2011年01月11日13:34
タイガーマスクに続き桃太郎も
http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=1464519&media_id=2


第一報は一週間程前だったろうか。
「タイガーマスク 伊達直人」からランドセルっていう報道。
(1つ前の日記にも書いたけど)

最初に送った人のセンスが良い。

伊達直人って、
ちょっとわざとらしくて、
いかにもっていう名前。でも、昨今のアニメ系の名前じゃなくて、
ほど良くキャラクターが香る。
しかも、タイガーマスクって、意外に多くの世代に認知されてて、
意味合いも、気負いが無くて、
おしつけがましくなくて、良い。
何よりも、語感っていうかゴロが良い。
ニュースで見た若い人たちは、タイガーマスクのマンガを知らなくても、
名前は一発で覚えられただろう。

しかも、
タイミングも良かった。
新年を迎えて、みんながどっちかというと、幸せな時期。
こんなニュースに注目して、
新聞に大きくのせたマスコミの功績も大きいだろう。
寄付といえば、何百万円もの単位が注目される中、
個人がちょっとした遊び心でできちゃう範囲でもあるかもしれない。
ニュースになったからこそ、広まった運動。
コレシキで日本は変えられないかもしれない。
だけどペンの力が人を動かす事ができるっていうのをしっかり見せてくれた。
これからも、ドンドン、ジャンジャン、繰り返し繰り返し、流して欲しい。
エビだのタコだの流すんだったら、
あれに負けないくらい、シツコク、毎日報道して欲しい。

コレシキで日本は変えられないかもしれない。。。。?
でも、ひょっとすると?

| | コメント (0) | トラックバック (0)

伊達直人のランドセル


2011年01月10日19:06
■施設わからず…警察に「タイガー」のランドセル
(読売新聞 - 01月10日 14:13)
http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=1463793&media_id=20


こういうの、流行るといいね。
日本全国、いろんな所で、
伊達直人のランドセルが、広まってる。


普通の子だったら、
普通に大きくなって、
今頃は、
いろんな人にお年玉をもらって、
おばあちゃんたちが、
競って、
誰が買ってあげようかって、
相談して、
「何色が良い?」
とか聞かれて、
得意そうに答えて。。。
デパートの売り場を通りかかるたびに、
横目で見て、
ワクワクして、
背負った時の自分の様子を頭に描いて、

そんな幸せな子供時代の
1つのランドマークが
ランドセル。


施設の子供たちも、
たくさんの人たちに囲まれて、
きっと楽しい子供時代を過ごしているのだと思う。
だけど、
もしかして、ランドセルは、
誰か、特定の人の「好意」ではなく、どこか、公的な所からの「支給」かもしれない。

だから、タイガーマスクのランドセルっていいな。
だって、これが、まぎれもなく、「伊達直人」って言う人の、
個人的な「好意」の賜物であることは、確かなのだから。
子供たちが本当に欲しいものは、
支給されるランドセルじゃなく、
誰かが
子供たちの未来に思いを馳せてくれること。
その気持ちなんだろうから。

いろんなシガラミやウガった見方とは無縁に、
伊達直人っていうかっこいいお兄さんの好意として。

もっともっと、違う形も良いよね。
ランドセルだけじゃなくて、
手編みのマフラーとか、
手作りの上履き入れとか、ぞうきんとか。。。
あなたの事を思ってますっていうのって、どう?

調べてみると、
伊達直人のカノジョって
若月ルリ子さんって言うのよね。
ルリコお姉さんからのマフラーって良いかも?

(欲しいおじさんたちいっぱいいるかもだけど)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

サンデルのつづき

前に書いたマイケル サンデルのハーバード白熱教室。
お正月、ずっと通しでやってた。

やっぱり、まだ、人気は衰えないんだろう。

ちょっと前、彼の方法を真似た授業を Y市立大でやった番組をちらりと見た。
チラリと。。。というのは、見るに耐えなかったから。
途中からちょっとだけ見て、飽きた。


学生たちに、
自分たちで選ばせたテーマで研究させ、
それを発表させ、
討論しようというもの。

教室の後ろには大人たちが立ち、討論に参加してる。


「環境を大切に」
「例えば、制服をペットボトルで作るなどという方法もあります。」

みたいな。。。

そのまんま、小学生だ。

環境を守るような産業を育てるべき。。。。みたいな。
そんなの、誰でも、小学校低学年でも知ってるハナシだ。
オトナが考えるべきは、それが現実的に、どうしてきちんと回っていかないか。
そこから少しでも良くする道を見つけるべきって言うことじゃないのか。

制服をペットボトルで作る際に、どれだけの環境負荷があるのか、
その負荷を計算したら、本当にそれは正しいのか、
他の方法を考えるべきではないか。。。
その他の方法はうまくいくのか。。。?
そういう議論、すべきじゃないの?
環境を守ろうなんて、いろんな方面からいろんな人たちがイロイロやってて、その成果が現在の日本。
その成果がどれだけあったか(実は、成果的には日本は世界に冠たるエコ産業立国でもある)、どの部分にまだ努力の余地があるか。。。っということのはずでしょ。

なのに。。。
「ペットボトルの制服」に、
誰も反論しない。
まさに小学生の総合学習の発表会並み。


で、思った。

この子たち、
どういう専攻か知らないけど、
考えてみると、上のような反論はある意味で、理系の範疇なのかもしれない。
そこには限界があるかもしれない。


そこから、
ハーバードでの議論を思い出してみる。
議論のレベルの差は歴然だけど、
それは、本当に、学生個人の知的レベルの差なんだろうか?
もしかすると、
ハーバードの子たちにも、こういう方式でやらせてしまえば、
同じようなマヌケさを持ってしまうんじゃないだろうか。
なぜなら、大統領選のディベートでも同じようなマヌケさがあるのだから。

環境問題に対する政治的、科学的なバックボーンをすべての学生が持つべき。。。とは思わない。というか、そういうのがあるかどうかは、本来問題じゃない。彼らの専攻とは関係無いんだし。


ハーバードのクラスと
Y市立大のクラスの差。

これは、
導く教授の差に他ならないんじゃないだろうか。
サンデルは、バックボーン的な知識の差が出るようなものは回避させる。
唯一、哲学の授業であるから、ジョンロック、ロールズなど、哲学系の理解をベースにしているだけだ。
他は、全く問わない。だからこそ、国籍を問わず老若ニャンニャン、あらゆる知的レベルの人たちに楽しめるのだ。
具体的な例として用いるのは、
かなり普遍化させたステレオタイプのみ。

イチローの年収
100年前の船の事故の裁判
親切過ぎる車の修理工。。。


そして、
学生たちの誰もが、
マイケル サンデルの個人的な哲学者としての方向性が、
コミュニタリズムにあり、それはリバタリアニズム VS 社会という軸の上に乗ったものであり、
その軸のベクトルをはずさない「マナー」を持っている。
だから、どのディベートも、サンデル自身の誘導もあるが、
同じ方向に帰結していく。
誰も、例えば芸術論とか言い出したりしない。
もし、そういうのを誰かが出してきたら、きっとそれさえ、「社会との関わり」っぽくまとめられて行くんだろう。
ディベート的能力のトレーニングっていうのは別。
だって、実際、彼らはその議論のゴールがどこか知っていて、(しかも結果的には結論/勝敗を言い切らないのがサンデル先生ってのも知ってて)
反論してる。反論者も、最後は切られると知ってるから、節度を守って(イコール八百長的に)突っ込んでる。
ホントに討論して勝ち負けを決しようと思ったら、大統領候補者対決みたく、機関銃の打ち合いみたいになっちゃうんだろう。


これって、
考えてみると,
たとえば、算数の鶴亀算とかを学生たちに理解させるための、「仕掛け」と同じだったのかもしれない。
ただ、その仕掛けの大きさが壮大だったけで。


ってコトは、
きっと多くのセンセイたちが思ってると思うけど、
同じような哲学や政治学みたいなテーマでやる必要は無い。
全く別のでも良いかも。
例えば、絵とかでも?

あ、そういえば、
学生時代の講評会(作品を提出した後の講評はいつも公開で行われ、ホントはそれが一番勉強になると誰もが知ってる)
ってそういう形に近かったかも。
ただ。。。センセイに突っ込まれて、延々と口先で弁明する度胸があるヤツはいないだけで。
そうそう、
サンデルの次は、ビダイの講評会ってのを公開したらおもしろいかも?

----

http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1568869778&owner_id=12848274

すずめ、サンデル先生が東大でやった講義に参加しちゃいました。
そのレポートを上の日記から何日か書いてました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

移植医療:保険とドナーの人口

2010年12月29日22:12
年末、渋谷の駅前を歩いてたら、
「今年の10大ニュースで~す」
っていうパンフレットを配ってた。
いいじゃん!って思ってもらったら。。。びっくり。
幸福の科学の宣伝本だった。

電車の中でヒマだったからパラパラってめくってると、
「霊界奉行?」
っておじさんが出てきて、
臓器移植は、霊界では間違ったコトになってるから、やっちゃいけません。。。みたいな説明してる。
(捨てちゃったんで、あんまし覚えて無いけど、アホすぎな内容だった)

ってのはともかく。

ちょうど、いくつか前の保険に関する日記を書いている時にちょっと発見した、ページ。
ちょい、興味深い。


http://sun.ap.teacup.com/souun/2404.html

どういうヒトなのか分からない。
上の幸福の科学同様、この問題って、いろんなバイアスがかかってる場合が多いので、このページ、鵜呑みにしちゃいけないと思う。
ただ、真ん中の方の数値データは本物だろう。


>ハーバードメディカルスクール(現在はカリフォルニア州のHighland Hospital勤務)のAndrew A. Herring氏らは、2003年の全米入院患者のデータを分析し、臓器提供者(ドナー)の16.9%が医療保険の無保険者であること、医療保険を欠くことが臓器提供の最大の因子であることを明らかにした。移植患者(レシピエント)の無保険者は0.8%だった。
International Journal of Health Services38巻4号p641~p652
“Insurance Status of U.S. Organ Donors and Transplant Recipients: The Uninsured Give, but Rarely Receive”

うん。
興味深い。

そして、無保険者だけではない。


         臓器提供者  移植患者   他の全入院患者
          (n=1,447)  (n=4,962)   (n=7,971,320)
主たる支払い者
メディケア    14.6%  44.2%  37.2%
メディケイド    2.6%   9.0%  18.5%
私的保険     45.8%  44.2%  36.6%
無保険      16.9%   0.8%   4.6%
その他      20.1%   1.8%   3.1%

平均在院日数    3.5日  15.6日   4.6日
平均費用   33,367ドル 174,259ドル19,634ドル 


メディケアは「高齢者医療保険」
メディケイドは連邦政府と州政府が共同出資する低所得層向けの「医療扶助」

以下、引用

 Herring氏らは、米国の入院患者の在院日数の20パーセントに相当するデータを分析し、797万7729回の退院データから、1,447人の臓器ドナー(170人の生体臓器ドナー、47人の角膜ドナーを含む)と4,962人のレシピエントを識別した。これは同年の臓器ドナーの49%、レシピエントの94%のデータの分析に相当するという。

 臓器ドナーの16.9%が無保険だったのに対して、レシピエントの無保険者は0.8%、他の全入院患者の4.6%と大差があった。多変量解析によっても、無保険であることは、他の人口統計学な要因よりも臓器提供の強力な予測因子だった。他の臓器提供と関連した因子は、若いまたは中年の成人であること、男性であること、白人非ヒスパニックそして北東部の病院だった。

 Herring氏らは「(医療保険を欠くことが臓器提供の大きな因子である)傾向は、移植コミュニティーの価値観や意図を反映しているとは信じない」としつつも、米国の医療システムを“The U.S. health care system denies adequate care to many of the uninsured during life. Yet, in death, the uninsured often give strangers the ultimate gift.”と批判している。

 この分析は臓器ドナーの49%しか識別していないが、Herring氏らは「残りのドナーがすべて被保険者でも、全ドナーの無保険者率は他の入院患者の2倍あるだろう。私達の分析は、たぶん保険をかけていなかった臓器ドナーの割合を控えめに見積もっている。支払い人が「その他」の20%の患者の多くが、実のところ無保険だけれども、臓器調達組織がそれらの医療費を支払ったことが考えられる」としている。

当Web注

1. 臓器ドナーの平均在院日数が3.5日と短く、臓器調達組織が費用を支払ったとみられるケースの多さも注目される。受傷時のショックで一時的に脳死判定基準を満たしていたり、治療中に投与された麻酔などの影響で脳死判定基準を満たすかのように偽装された患者を生体解剖している恐れがある。

2. ハワイで入院した患者の家族が、高額医療費を理由に臓器提供を迫まられたものの、家族が断って救命を要求した結果、生還した事例を山口氏が報告している。:*

3. 移植患者のほとんどは、生涯にわたり免疫抑制剤の服用が必要なため、充分な医療保険に加入してない患者が移植を受けるケースは少ないと見込まれる。移植患者のうち無保険者0.8%とその他1.8%に、海外から渡航してきて移植を受けた外国人患者の存在が想定される。外国人患者を除外したデータであるのか否かについては、論文に記載がない。

4. American journal of nursing 2007年6月号p21は、Pediatric Transplantation 2007年3月号からの引用として、米国の医療保険制度が移植患者の生存率を下げていることを伝えた。要旨は「11~17歳で腎移植患者の1年生存率は脳死腎移植95%、生体腎移植96%に対して、5年生存率が脳死腎移植60%、生体腎移植72%と低い。服薬不履行の50%は年間1万4千ドルかかる免疫抑制剤を買えないことによると見込まれる。ほとんどの保険会社は薬剤保険に生涯限度額の制約を付けている。メディケアは障害者認定されない限り、移植後36~44ヵ月後または小児患者が大人になった時点で保険適用が切れる」
(American journal of nursingは資料名を示していないが、引用元はHealth insurance considerations for adolescent transplant recipients as they transition to adulthoodhttp://www3.interscience.wiley.com/journal/118490809/abstractと思われる)。


引用ここまで。


---

要するに、

アメリカの場合、医療費がすんごく高いそうだ。
だから、重病になった時、医療費を支払っていけないのなら、いっそ?
そういうこと?


うーん。


確かに、日本の臓器移植ドナーはめちゃくちゃ少ないと言われる。
どの位少ないんだろう、。。
っていうか、どのくらい、アメリカは多いのだろう。

貧乏でも、最低限の医療が受けられる日本
無保険だったら、医療がとてつもなく高額なアメリカ

もしかして、その差が
ドナーの量に反映してしまってる?

ネットをパタパタすると、こんなのが出てくる。

http://medg.jp/mt/2010/06/vol-210.html
(引用)
日本では、臓器移植法が施行された1997年から2010年1月末までのデータで、脳死からの総移植件数は374件、脳死ドナー数は86人、心臓移植は69件です。アメリカにおける総移植件数は、臓器調達移植ネットワーク(OPTN)によれば1988年から2010年5末までで約48万件に上り、その内の生体ドナーは10万件、死体ドナーは38万件です。アメリカでは医学的にいって脳死も人の死なので、死体ドナーの中に脳死者も含んでいますが、脳死が条件となる心臓移植数だけ見ても累計で5万件です。

すごい。
ホント、桁外れだ。

すずめはコレが良いのかどうか分からない。
ただ正直、この大量の脳死の動機が経済的理由に起因するとすると、違和感を感じずにはいられない。

でも、これも
考えてみると、安楽死の1つなのだろうか。
重篤な状態に陥った時、
(不自然な行為によって脳死にさせられたとかどうかってのは、この際、考えないけど)
脳死までになるような状態で、
回復したとしても、そんなに希望が無いのかもしれない。
経済的に困窮して、
十分な治療が受けられないまま
生きながらえるより、死んだ方がマシ?

余分な延命治療を拒否するという日本人も多い。
脳死に近い状態から
引き戻すことは、それに近いのかもしれない。
後遺症の可能性も高いだろう。
だったら、一理あると考えられる。
でも、
それでも尚、すずめ的には違和感は拭えない。

良いか悪いかは分からないけど。
というより、安易に良いとか悪いとか、言っちゃいけないと思うけど。
なんか、考えさせられる。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

何処も同じ、米国のワイドショー効果?


2010年12月29日09:29
米国民が「最も称賛する人」は
http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=1453276&media_id=2


ヒラリーはともかく、
何でペイリンがwomanの2位?

あの副大統領候補騒動の後、フォックステレビのコメンテーターになって。。。
華々しいメディア露出のヒト。
ワイドショーおばさんのアイドル。

そもそも、メディアを選挙の道具的に占拠するってどうよ。


って思いつつ、
Wikiを引いてみた。

こちら、
日本のウィキ
http://ja.wikipedia.org/wiki/サラ・ペイリン


エイゴのウィキ

http://en.wikipedia.org/wiki/Sarah_Palin

エイゴのウィキは長い。。。
読んでられないので、まず、Africa でページを検索してみた。

そう、有名なAfrica is a continent?を見つけようと思ったから。
(外交音痴でアフリカって国?っていう有名な失言。。。さすがにおかしいとは思うけど)
あはっ。無いじゃん。もちろん、こういう断片だけ取って煽ったコトバが一人歩きする危険があるって分かる。だけど、多少そのケはあるってコトだろうし、そういうウワサへの反論があっても良い。だけど、そもそも、アフリカってコトバがエイゴのウィキには出てきていない。(でも、まあ、そういうので拾っちゃおうって思ってるすずめも同様のミーハー的アサハカさ )
ざっと見ると、宣伝ばっかだ。
「一般のイメージ」にも、この the most admired man of 2010 とかみたいなのばっかし。


要するに。。。
オバマさんみたいなヒトが大統領になっちゃった中、
反動で、口コミ活動(Tea Party)が成功したんだろう。特にアメリカは二大政党がかわりばんこに取るワケだから、次のヒーローは彼女たちの陣営なんだしね。
メディアさん、乗るワケだ。(というか、そもそも、フォックステレビが私物なんだろうけど)


メディアに煽られて政治を作ってしまう構造って、
いずこも同じなんだなあ。。。


ところで、
同じCNNのアワード。
週末に、ぼーっとテレビを見てたら、

http://edition.cnn.com/SPECIALS/cnn.heroes/archive10/anuradha.koirala.html

CNN Top 10 Hero
をやってた。
そこで、一位を取ってたのが、
このhuman trafficing (人身売買反対活動家)の女性。
ネパールの人。
こういう人がきちんと1位を取れる良識が良い。
ちなみに、もちろんトップ10の他のには、チリの鉱山のサバイバーさんたちもいたし、すずめにはチンプンカンプンなミュージシャンみたいなヒト?
もいたけど。


http://edition.cnn.com/SPECIALS/cnn.heroes/archive09/shin.fujiyama.html


何か、風邪ひいちゃって、
お片づけしようと思いつつ、
グダグダして、
ネットをパタパタ。。。


1つ前の日記に書いたCNN Hero の続き。


週末に、ぼーっとCNNのテレビを見てたら、
クーパーさんのCNNのショーをやってた。
よくよく見たんじゃないんだけど。

で、今、
そういえば、日本人って、こういうのには選ばれないんだろーなあ。。。。っと思いつつ、上のサイトで、歴代のHeroたちを見てみようとクリックしたら、
のっけから、
2009年に、東洋人の顔。

SHIN FUJIYAMA

??
な~んか、ワザとらしい名前。
実は聞いたコト無かった。


ネットで引いてみると、

あった

http://nikvi.jugem.jp/?eid=389

フジヤマって富士山じゃなくて、
藤山なのね!

知らなかった。。。
すごいじゃん。ニホンジン、ちゃんと、活躍してるじゃん。
学生さん。
ホンジュラスの貧困支援をする学生たちの組織を作ってきたんだとか。

なんか、
ニホンジン、情けないって思われてるけど、
どうして、こういう子たちを、報道しないんだろう。
知らなかったのは、すずめだけ?

ラリーキングの特別ゲストだって、書いてあるけど、
その時点で、そのインタビューとか、流しても良いのに。

顔が地味だから?


------

ところで、
そういえば、ラリーキング。
年内でCNNニュース降板。

時々見るだけだったけど、
サスペンダーがカッコいいかもって思ってた。

いつもインタビューはちょっと前屈みになってて、
そこを前から撮ると素敵なんだけど、
時々,カメラが後ろに回ってくと、その前屈みさが、年齢を感じさせてしまって、ああ、そういうコトよねって、思わなくも無かったけど。


日本でも、
筑紫哲也が死んじゃって、
田原総一朗もヨボヨボだし、
なんか、ニュースを分かりやすく見せてくれる人がいなくなっちゃった。

誰か、魅力的な人、出て来ないかなあ。


| | コメント (0) | トラックバック (0)

国民皆保険 崩壊への初期微動かも?


2010年12月27日18:10
無保険の子救済 条件に批判も
http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=1451792&media_id=2


これは、
大地震の前の
初期微動かも?


って思っちゃうのはすずめだけ?


このニュースに限って言えば、
この場合の「子供」って、
おそらくは多くの自治体では「高校生」もしくは、「中学生」

なぜなら、たとえば東京とかいろんな自治体で、中学生までは医療費が無料になったりするから。
だけど、ぶっちゃけ、普通の高校生だったら、そんなに病院に行くコト無いはず。
インフルエンザだって、放っておいた方が安全に治ったりして?
歯科はちょい、大変かもだけど。
あ、もちろん、頑健な高校生でも病気になる事はあるから、上はもちろん、「統計的に」ってコトなんだけど、少なくとも大多数はそうであるはず。

そもそも、健康保険、彼ら、「なぜ」入らないんだろう?
日本では国民皆保険ってコトで、全員が何らかの保険に入らなければならないと定められている。

ちょっとネットをパタパタしてみる。

健康保険 滞納

で検索すると、滞納してると、後で督促がきて、結果的に差し押さえられたりする。時効は5年。

しかし!
落とし穴がありそうだ。
国民皆保険とはなっているが、どういう「拘束」方法になってるんだろうか。
たとえば、企業を退社して、社会保険が無くなると、
健康保険に自動的に入れられてしまう?
そうではなさそうだ。
国保は自治体によっていろいろ差があるので分からないが、もし、手続きしなかったら、自動的には保険証を送ってきたりしないだろう。
と言う事は、退職したら自動的に無保険になるだけだ。だから滞納じゃない。


だとすると、
若い世代で、
病気をしないなら、
払わないという手もありそうだ。
病院では、全額払えば良い。
何のコトはない。3割負担の3倍ってだけだ。
で、
まとまった病気?をしちゃったら、その時に入れば良い。
でも、その時点で、保険未加入がバレてしまうので、
時効以降の5年分の滞納分を払って。

っていう悪いコトは
きっと誰でも思いつくはず。

そして、しょっ中病気をするような、高齢になってから、
きちんと支払えば良い。

さて、
もちろん、すずめは↑のようなコトになったら、大変だと思っている。
だから、絶対、早めに手を打つべきだと思う。

結果的に、
皆保険って言っても、上のような仕組みでは、
遅かれ早かれ破綻が来てしまうのではないだろうか。
だって、若かったら病気なんてしないんだし、絶対払わない方が得!
そして、若い人に逃げられたら、病気をたくさんする高齢者とかをカバーするっていう、保険の根本的なシステムがダメになるのは、明らか。
コレ、崩れ始めたら、きっと速い。
年金よりか、ずっと。

だとすると。。。
今のような国保、社保、その他の仕組みを
もっと拘束力のある「税」の中に組み入れていくしか無いんじゃないだろうか。


ちなみに。

http://ja.wikipedia.org/wiki/国民健康保険

ココには、もっと細かい国保の問題点がイロイロ出てる。


オマケ:
あ、こういうの書いたからって、すずめは滞納とかしてないし、
これからもそういうつもり無いからね

| | コメント (0) | トラックバック (0)

偽ガンダム 国ではなく『個人』の問題


2010年12月22日19:32
四川省の遊園地の“偽”ガンダム、「版権」避けられず撤去へ
http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=1447698&media_id=97


こういう知的所有権の問題があると、
いつも
「中国は」というバッシングが出て来る。
果たして、これは「国」の問題なのだろうか。

昔、この手の仕事をしてた頃もすごかった。
まさにハイテクニックと言える技術。
商品を出してから、
一ヶ月後には、日本の店頭に並ぶのだ。
当時、
海外生産の場合、開発から店頭に並ぶまで、半年かかる。
金型を起こしてからも最低で3、4ヶ月。
ところが、
商品を分解して、そこから金型を盗ってしまう。
それを組み立てラインにのせて、同時にパッケージや説明書まで作ってしまって、
発売から1ヶ月後にはもう、店頭に並んでいる。
犯罪だが、当時は今のようにDTPも無い。
日本ではできない神業だ。
尊敬に値する技術。

見つかると、税関でせき止めて、破棄。
発覚までの短期決戦。敵も生活がかかってる。必死だろう。


どういうルートで作っているかというと、
台湾や中国の普通の裏町の町工場なんだそうだ。
海外で何か流行りそうなものが発売されると、ソッコーで仕事にかかるらしい。
もちろん、こんな犯罪をやめるように、訴えるのだが、
次から次へと新しい商品が作られ、
コピーされていく中、国に何ができるのか。
「国」がやってる犯罪じゃない。
個人の犯罪なのだ。

本当は、
そのままそっくりなモノ以外、
それが「コピー」なのか、許容範囲なのか、裁判所で決めてもらうしかない。
それには1年も、もっとかかったりする。そのころには、商品生命も終ってたり。。。
「国」が何ができるのか。


こういうニュースがでると、

『中国は』という日記ばかりで埋め尽くされる。
しかし、
これは、国の犯罪ではなく、
個人の犯罪だ。
同様の事をされたら、日本でも取り締まるのは難しいはず。
何よりも、つい、この間まで、まさに,日本が世界中から叩かれていた「評判」そのままだ。何でもモノマネする日本人。
散々そう、言われてきたから、
今度は後から来た「国」に同じ罵倒をする?


ガンダムをはじめアニメには、
「金髪」のニホンジンが出て来る。
そういうセンスのニホンジンが
ニホンジンを真似する中国人を罵倒する。


ちょっと、恥ずかしい気がする。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

今後の月食情報


2010年12月21日17:31
皆既月食、見られるのは北海道などが中心か
http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=1446427&media_id=88


残念。東京じゃ見られなかった。
今現在。曇ってるし。。。せっかくオレンジの月が見れる?
っておもったんだけど。


ってコトで
悔しかったので、
今後の月食情報を調べておいた。
6月には皆既中に月入りしちゃう。それはそれで面白いかも?
条件が良けりゃ。

でも暮の12月10日にはちょうど、10時過ぎに見頃になる月食。
いいじゃん。
ってコトで、
来年に期待。

ちなみに、
来年2010年って、素人にも分かる天体現象って、この月食ぐらい?

だけど、再来年は月の金星食があるって、
ちょい、楽しみ

2011年6月16日 皆既月食 3時22分 4時22分 月入後 月入後 月入後 皆既中に月入
2011年12月10日 皆既月食 21時45分 23時05分 23時31分(1.11) 23時57分 25時18分 全過程が見られる皆既月食
2012年6月4日 部分月食 月出前 ---- 20時03分(0.38) ---- 21時07分 欠けた状態で月出
2013年4月26日 部分月食 4時51分 ---- 5時07分(0.02) ---- 月入後 欠けながら月入
2014年4月15日 皆既月食 月出前 月出前 月出前 月出前 18時33分 皆既後の部分食中に月出
2014年10月8日 皆既月食 18時14分 19時24分 19時54分(1.17) 20時24分 21時34分 全過程が見られる皆既月食
2015年4月4日 皆既月食 19時15分 20時54分 21時00分(1.01) 21時06分 22時45分 全過程が見られる皆既月食
2017年8月8日 部分月食 2時22分 ---- 3時20分(0.25) ---- 4時18分
2018年1月31日 皆既月食 20時48分 21時51分 22時29分(1.32) 23時08分 24時11分 全過程が見られる皆既月食
2018年7月28日 皆既月食 3時24分 4時29分 月入後 月入後 月入後 皆既中に月入
2021年5月26日 皆既月食 月出前 20時11分 20時18分(1.01) 20時25分 21時51分 皆既前の部分食中に月出

| | コメント (0) | トラックバック (0)

子供手当の景気刺激効果 を証明してみよう

2010年12月21日10:29
子ども手当 上積み分は国費で
http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=1445823&media_id=2

なぜ、メディアは財源問題一辺倒なのだ。煽られる方も煽られる方
子供手当ほど、良質な消費を刺激するものは無いはず。少なくとも、必ず市場に撒かれるお金だ。今、一番有効な経済対策は、ちゃんとした消費をする事!

それをデータからすずめが証明してみてあげる。

子供手当の景気刺激効果


まず、この調査から


http://www5.cao.go.jp/keizai3/2010/0115kyufukin.pdf


内閣府の行った定額給付金に関する調査。今年1月に発表されたもの。
(概要を下に貼付けた)


定額給付金が消費として支出された割合は、「100%」とする世帯が50.0%、「80~
99%」が7.3%、「60~79%」が5.8%となる一方で、「0%」とする世帯は26.9%
であった。1世帯あたりの平均は、64.5%であった。


というコトは、
6割以上が消費に使っている。
特に、子供のいる世帯の方が消費行動に結びついている割合が大きいとしている。
(しかし、数値的には微々たる差)

この調査、
設問の多くを「何に使ったか」に費やしている。
しかし、お財布のどのお札を何に使ったかなど、誰も分かりはしない。
貯蓄も含めて。

定額給付金が貯蓄以外に使われたかは、結果論として、
貯蓄額が増えたかどうか、
に尽きるはず。

残念ながら、ネットを叩いても、まだ、
日本の家計貯蓄率は2008年までしか出ていない。

http://www2.ttcn.ne.jp/honkawa/4520.html


順調に、下がっている。
コレが、定額給付金で下げ止まるとは思えないのが普通だろう。
みんな、結果的に使っちゃってるって。

この調査のいい加減さは、ここでも分かる。

>定額給付金による消費増加効果
定額給付金がなかった場合と比較して消費が増加した金額は、定額給付金受取総額
に対する割合で、「定額給付金がなければ購入しなかったとするもの」が29.0%、
「定額給付金がなくても購入したとするもの」のうち「定額給付金によって増加し
た支出額」が3.8%となり、合わせて32.8%となった。

実際のところ、ナンノカンノ言っても、一世帯あたり65%は使ってると言っている。30%のギャップは何?

本来だったら、
「貯蓄額が定額給付金でいくら増えましたか?」
その質問一本で良い。
65%どころか、ほぼ100%使っちゃったっていうような結果が出たに違いない。特に子育て世代じゃそうだろう。


でも、まあ、それでも、65%って数字にはなってるんだけどね。

-----


さて、
子供手当の場合はどうだろう。
メディアは
盛んに財源の問題だけを煽る。
子供手当が、消費刺激にならない根拠として、
街角のヒトたちに、
「ウチは貯金します。」
っていうコメントを言わせている。
だったら、こう、聞いてみるべきだ。
「お宅の貯蓄額はいくら増えましたか?」

でも、まあ、定額給付金と違って、子供手当の貯金は、遅かれ早かれ使われてしまう。
中学生を持つ世帯なら、2年以内の高校受験時に。小学生を持つ世帯でも、高学年になる3年以内に。昨今、塾代でも年間100万以上かかるんだからね。
これが高齢世帯だったら、ヘタすると、支出は遺産相続の時。一度も市場に出ずにタンス預金ってコトになりかねない。


誰がどういうリクツを言おうと、
確実に、子供手当は市場に出ていく。
彼らが何に使うか。
食べ盛りの子供、
「おいしい!」って言ってくれる子と家族の団らんのために、
おかあさんはいつもより、ちょっと贅沢なお肉を買うかもしれない。
塾か、洋服か。。。
(って言うと、また、外国人にとかパチンコに使う親がいるだのなんだの言いそうなヒトもいるかもだけど。。。じゃあ、同じように、定額給付金や子供手当でパチンコ業界がどれだけ潤うか、データに出る程か、考えてみると良い。あなたの近所の親はそうかもしれないけど、経済をマクロで考えると、そんなヒトは極々わずかであり、景気刺激的には無視すべき数字であるのは間違い無い。ルールの微調整で良いコトを根本的欠陥のように煽るべきじゃない。また、のせられるのがいるんだから)

財源無いんだったら、増税してでも良い。増税して、ちゃんと(国産)食料品を買ってくれる食べ盛りの世代に再配分すべき。農家さんや企業に、設備投資や運転資金を貸し付けても、売れなかったら、彼らは借金をかかえるだけ。売れないコトが一番の問題なんだから、買いたい人が買えるようにしてやらないかぎり、消費も伸びないし、企業も立ち直れないヨ。


もちろん、こんな日々の消費行動がデータになるまでには、時間がかかるかもしれない。
だけど、のっけからどーよ。
こうやって、
財源だの何だのって、せっかくの方策を台無しにするような報道してりゃ、
世の中,暗くもなるよ。

-----

「定額給付金に関連した消費等に関する調査」の結果について

-概要-


1.調査時期
平成21年4月から9月末までの半年間。

2.調査対象
全国の15,000世帯。有効回収数は9,194世帯、有効回収率は61.3%。

3.主な調査結果
(1)定額給付金の受取状況
家計が市区町村から受け取った定額給付金の金額は、「4~5万円」とする世帯が
28.2%、「2~3万円」が17.2%、「3~4万円」が13.9%、「6~7万円」が13.7%
などとなった。1世帯あたりの平均は、4万4840円であった。(図表2)

(2)定額給付金が消費として支出された割合
定額給付金が消費として支出された割合は、「100%」とする世帯が50.0%、「80~
99%」が7.3%、「60~79%」が5.8%となる一方で、「0%」とする世帯は26.9%
であった。1世帯あたりの平均は、64.5%であった。(図表4)

(3)定額給付金による消費支出の内容
定額給付金がどのような商品・サービスを購入するために支出されたのかをみると、
「教養娯楽」が37.6%、「食料」が11.7%、「家具・家事用品」が10.0%、「被服
及び履物」が8.6%、「交通・通信」が8.3%などとなった。(図表6)

(4)定額給付金による消費増加効果
定額給付金がなかった場合と比較して消費が増加した金額は、定額給付金受取総額
に対する割合で、「定額給付金がなければ購入しなかったとするもの」が29.0%、
「定額給付金がなくても購入したとするもの」のうち「定額給付金によって増加し
た支出額」が3.8%となり、合わせて32.8%となった。(図表11)

(5)世帯構成別にみた定額給付金による消費増加効果
定額給付金による消費増加効果を世帯構成別にみると、「子がいない世帯」では
27.3%となっているのに対し、「子(18歳以下に限る)がいる世帯」では33.8%と
なり、子がいる世帯の方が高くなっている。(図表12)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

日本人の動物的なカン 生存能力

2010年12月19日10:49
この間、建築系の友人と
いろいろ話していて、
今の日本人って、動物的なカンのようなものがどんどん薄れている
気がする。。。っていうのがあった。

例えば、
蒟蒻ゼリーの話でも、
動物だったら、
赤ちゃんには親が食べてみて、そして、
安全だと確認したら子供にあげる。
ところが、蒟蒻ゼリーのような危険なものを、そのまま赤ちゃんに
渡してしまった。

もしかして、今の日本人。こういう本来動物が持っていたはずの
本能的な危機への感覚が鈍っているのかもしれない。


草食化してると言われてるオトコの子たち。
どんどん、すべてのものが安全で便利になっている。
すずめも、昔は賞味期限を確かめて買ってたけど、
今はそんなコトしない。

そんなコトを話しながら。。。でも、
本当にそうだろうか?
と、思った。

本当に、日本人は、サバイバル力が弱くなっているのだろうか?

ぼーっと考えてみるに、
たとえば、南の島の裸で暮らす原住民の人たちのサバイバル力と
日本人のサバイバル力の差。

確かに、ある日突然、ジャングルの中に置き去りにされたら、原住民さんたちはきっと難なく息のびられるのだろう。
でも、それはサバイバル力だろうか?
もし、彼らが、慣れ親しんだジャングルではなく、寒いロシアのツンドラに置き去りにされたらどうだろう。
日本人のサバイバル力とそれほど、変るだろうか。
コンクリートジャングルの中だったらどうだろう。
そもそも、サバイバル力って、そういうモノだろうか?
私たちにとって、ジャングルの毒蛇と戦いながら食べ物を得て生き延びるとかっていう試練が訪れるなんて、先ず、無い。
よっぽどでなけりゃ。否,よっぽどでも。


本当に日本人は動物的なカンが薄れてきたのか。。。

そもそも、カンって何だろう。
危機回避能力:生き延びる力?
でも、まあ、結果論的に平均寿命は伸びている。これからも大きく下がることは無いだろう。
うーん。。。サバイバル能力をすずめの個人的な感覚じゃなく、事実としてとらえるなら、何だろう?単なる平均寿命の延びではもちろん、違うだろう。疾病なんかをさっ引いて、「不慮の事故及び有害作用死亡統計」だとしても、労働災害なんかも大きいはず。だとすると、個人の動物的カンで回避できるかなんて、分からない。純粋に、生活者としての、生存能力の変遷が分かる数値...確かに、上で友人が言った、「親が食べてみて安全かどうか確かめる事」というのはあるかもしれない。要するに、子供の命を、子供自身が、もしくは親が守るためには、親や子供自身の生活の中でのカンの力が大きいかもしれない。それだけじゃなく、大人の社会的環境と比べて、子供の生活の周りにあるものは、比較的シンプルだ。
子供の(結果的な)生存能力っていうのは、どう、変わっているだろう。

昨今、子供をめぐる哀しいニュースがメディアを頻繁ににぎわせている。
子供も大人も命を守る力が弱くなっている?


ってコトで、ちょい、パタパタ。。。

まず、この統計。
人口動態統計100年の年次推移


http://www1.mhlw.go.jp/toukei/10nengai_8/hyakunen.html


トータルで、不慮の事故による死は100年の間、緩やかに減りつづけている。

でも数字はすべてマに受けちゃいけない。なぜなら、100年の間にこういう統計の取り方や、不慮の事故と言う定義など、いろいろ変わっているからだ。
だけど、概ね、微妙に減っていることは言えるだろう。

すずめ的には、「防げたはずの事故」はもっとドラマチックに減っているのではと思う。
なぜなら。。。

http://d.hatena.ne.jp/zundamoon07/20100318/1268909917
http://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/jinkou/tokusyu/furyo10/01.html

ここで分かるのは、この不慮の事故というのは、高齢者に劇的に多いということ。
年齢階級別では65歳を超えると、絶壁のように高くなる。
もちろん、高齢者の事故だって、防げたはずのものは多いはず。家の中の段差や階段そのほか、コレさえ無ければ!というのも多いだろう。
だけど、大雑把に言えば、確かに高齢になると、転倒のリスクは上がり、回復力は格段に落ちてしまう。普通だったら、「痛いっ」で済むところが、「事故」ということになる。

ということは、人口構成の高齢者比率が多くなれば、それだけ全体の中で高リスクのヒトの割合が高くなるということでもある。
逆に言えば、他の年齢層の人口あたりの事故数は下がっているはず。

で、
子供だけで調べてみた。

http://www.jfpa.or.jp/14-jiko/db/001-11.html

データは平成12年からのもので、10年にも満たない範囲だが、
よく世間で言われる「最近の。。。」という揶揄には該当しているかもしれない。
それぞれの年齢層で、たった10年で半数近くになっている。


そもそも、子供の事故死は減っていて、年間、絶対数としてはそん
なに何人も亡くなっていない。
上のは人口十万対の数だが
もっと、長期に絶対数を見てみると。


死因/年次

昭和 35年 50年 平成2年 17年 18年 19年
全死因 49,293 19,103 5,616 2,958 2,864 2,828

不慮の事故及び有害作用
1,315 919 346 174 149 127

1 平成7年から乳児死因分類が改訂され,必ずしも旧分類か
らの完全な連続性は保たれていない。

http://www8.cao.go.jp/youth/whitepaper/h20honpenhtml/html/b1_sho1_1.html

この昭和35年、日本はもう、すでに充分豊かだったと思うが、1300人を越える子供たちが不慮の事故で亡くなっている。それから幾星霜、
平成19年には10分の1になっている。日本全国で127人しか亡くなっていないのだ。


ちなみに、この間の出生数の絶対値は、
昭和46年あたりの第二次ベビーブームでは200万人を越し、上の統計の35年あたりでは
170万人ぐらいだろうか。
そして、最近、たとえば、2008年は109万人。

要するに、単位人口当たりの子供の不慮の事故数は、50年のスパンで考えると、劇的に、
大雑把に言って5分の1には減ってるということになる。
そしてそれは、50年前の親たちが賢かったのではない。今もって減り続けている。

http://www8.cao.go.jp/shoushi/whitepaper/w-2010/22webhonpen/html/b1_s2-1-1.html

すずめ的に考えると、
35年から50年の減りも大きい。これは、まだまだ、世の中のいろんなモノの整備が行き届かなかった部分もあるのかもしれない。
なにしろ半世紀前なんだから。
だけど、昭和50年から平成2年までの減りも大きい。このころは、バブルに向かって世の中がどんどん豊かになっていった時代。
親が個人として注意深くなるというより、社会の中で危ないものを無くすよう、努力をしてきたということではないかと思う。


長くなったので、続きは明日

って、1つ前の日記の続き

ここでちょっと補足。
いつの世代でも言われ続けてきた、
「近頃の若いモンは。。」という揶揄。
古代エジプトだか?の落書きにもあるそうな。。。

その伝で言うと、
昨今のワカモノも根性が無い。

でも、まあ、昨日の日記の統計で言うなら、それほど結果的生存率に遜色は無い。
。。。って言うと、そんなコトは無い。メンタルな部分で脆弱になってるトカナントカ言う人も多い。
うーん。そういうのは比べられないからねえ。。。
あるとすれば、バロメータとしては自殺率だろうか。


確かに、昨今、自殺が増えていることが問題になっている。

http://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/jinkou/tokusyu/suicide04/3.html

もっと新しいのがあると良いんだけど。。。5年前のもの。
こっちは新しいけど。

http://www.t-pec.co.jp/mental/2002-08-4.htm


これを見ると、大きなスパンではどの年齢層でも下がっている。特に女性は安定している。
しかし、男性の50から54才の増加がものすごい。
この現象に限って言えば、「近頃の若いモン」という問題では無いのは明らか。
他の年齢層ではこの状況は無いことを考えると、この原因は、特に日本人全体が弱くなっているというより、この年齢の男性特有の事情によるものだといえるのではないだろうか。

今の若者たち。
すずめたちの頃は、学校を卒業すると、何らかの仕事に着くことが当たり前だった。
でも、そういうレールが危ういものになって久しい今日、
この厳しい時代を、彼らはどうやら生き抜いている。
単純比較はできないのはもちろん、弱くなったとも言えないんじゃないかと思う。
我々が若者だった時代、我々より年配のヒトたちが若者だった時代。。。
同じような試練があったらどうだったろう。もちろん、それぞれ辛いことも経験してきたろうけど、集団意識として、そんなに強くてりっぱだったろうか。。
確かに、団塊の世代なんかだったら、今だったら、デモとかして火炎瓶とか投げてるかもしれない。だけど、あの当時だって、そんなコトするのは、ほんの一部の大学進学者のそのまた、一部だったのだ。中卒で金の卵になったヒトたちには遠い存在だ。

親が子供を守る力がどう変わったかなんて、
測るすべは無いかもしれない。
でも、少なくとも、社会が,子供を守る力を伸ばしていることは確かだろう。
昨今、屋上は封鎖され、危ない遊具は撤去され、いろんなリスクが
企業や公的機関の努力によって、減らされている。
だから、軟弱になり、何かあると、すぐ訴訟になってしまう。。。
とは言うが、
すずめ的には、これは素晴らしい事で,評価されるべきだと思っている。
なぜなら、そういうリスクからもたらされる死は、プリベンタブル
だったんだから。
防げたはずの死はあまりに哀しい。
それでも、防げない死は依然としてあり、これからもゼロにはできない。せめては、叡智によって救う事のできる命は救うべきだ。

今、ヒトは殆ど、死ななくなった。
もしかして、江戸時代はもっと、親が子供を動物的な本能によって守り、
生き抜いていく力を持っていたという「仮説?」は正しいのかもし
れない。しかし、
それによってもたらされたのは、平均寿命50歳の社会だ。
動物的カンは、ヒトの寿命を50歳までにしかできない。
しかし、私たちが今、生きてるのは、80歳を越える平均寿命を持
つ日本だ。これは人類史上誰も、いかなる国家も実現しえなかったものだ。
この進歩は、乳幼児死亡率と感染症に起因するものだけじゃない。
一人の親が一人のわが子を全力で守ることだけでも達成されない。
施設や製品、社会システムを作る人たちの誠実な努力によるものじゃないかと思う。

確かにすずめは毎日、ぼーっと生きてる。
ボーっとしててもあんまし死なない環境になってきたし。
牛乳を買うとき、スーパーで製造年月日なんて確かめない。
古いものが売ってる可能性なんて、めったに無いんだから。
甘やかしすぎだなんて言うけど、
What's wrong?
私たちは、平均寿命80年をどう、幸福に伸ばすかという微妙で高度な戦いをしてるのだ。
絶対値1300人の死亡数を減らすのはたやすいが、
127人しか死なない事故を減らすのは難しい。
もう、ちょっとやそこらのバカな事で亡くなるヒトはいないんだから、死んじゃうほどの事故っていうと、よほど。。。っていう事になって当たり前だ。蒟蒻ゼリーの事故のように。あんなの考えられないって事になる。

何のカンの言っても、
日本は世界一、ヒトが死なない国なのだ。
これから先、どこまでそれが延ばせるか分からないけど、
幸福に、価値あ人生が送れるように、
たくさんの人たちが切磋琢磨してることを、
本当は忘れちゃイケナイ。
その切磋琢磨の轍から、学びたいと思う。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

管理社会へのベクトル?

2010年12月18日21:02
■滞納給食費・保育料、子ども手当から天引きへ
(読売新聞 - 12月18日 14:33)
http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=1443846&media_id=20

本当は生活困窮世帯には給食費も保育料も免除される。
だから、手続きをすれば、未納世帯の何割かは、払わなくて良いはず。
なので、こういう滞納費がいくらあるってよく言われるけど、アレはこっちのお財布では赤字だけど、こっちのお財布からは使って無い。。。ってコトでもあるんだよね。そういうの、一度試算してみりゃ良いのに。


ってのから考えると。。。
子供手当から天引きっていうのは、ユーザさんは丸損なワケで、効果的な?お仕置きだと思うんだけど。。


ただ、
個人情報の管理。

子供手当の場合、地方自治体の管轄だから、
区立や町立の保育園や小学校の事務管理の範囲内である、保育料とか給食費とかだったら、まあ、良いけど、
そうじゃ無かったらどうだろう。それと、それに伴う作業的な部分ではどうなのだろう。

保育料の未納はたぶん、市役所なんかの教育関連の部門で管理してて、
この現在のデータ。どこまで遡るか分からないけど、過去のデータ。。。
全部つき合わせて、子供手当の支給用の書類と照合するのだ。
事務的な煩雑さも問題だよね。
もちろん、すべてを一元的にデータベースとして個人情報を管理してたとしたら、簡単なんだけどね。だけど、そういう国民背番号的管理をしても良いかっていう議論はあったはず。もう、とっくにやってるのかもだけど。
それだけじゃなく、
もっと広げれば、
健康保険や年金、国税の未納なんかまで繋げても良い?

給食費の未納をバッシングすることは容易い。
民衆は単純に乗ってくる。
その証拠に、ミクシーの日記でも単純なバッシングがいっぱい。
短絡クンたちをのせやすいテーマだ。

だけど、本当の所、徹底させたとしても、補助や支払わせるための事務費や職員の人的負担と差し引きしたら、放置した方が安いかも?と言える。
分かんないけど、少なくとも、試算してみるべき。
なのに、ちょくちょく出て来るところが、ちょい、すずめ的には違和感を感じちゃう。。。根拠無く鳥類的なカンだったんだけどね。
でも、こうやって、天引きの作業考えると、
な~んか、管理社会的なベクトルをを感じる気がするんだけど。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

最先端医療 4分の3が利用希望/プロパガンダ

2010年12月17日09:05
最先端医療 4分の3が利用希望
http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=1442069&media_id=4


この記事で「先進医療技術」として例示されてるのは、
ペースメーカーや人工透析、腹腔鏡手術、エコー。。。
そういうのを使いますか?と言われてノーというヒトがいる事の方が不思議。
そういう質問をして、
先端医療技術が7割って言っても良い?

ココ、米国医療機器・IVD工業会

http://www.amdd.jp/about/index.html

だけど、まだ、この調査についてはアップされてない。
だけど、27項目っていうのが、ホントにこういうものだけだったら、
何か、恣意的な気がするなあ。。。

たとえば保険のテレビコマーシャルなんかで盛んに宣伝?されてる、
重陽子線治療なんか、もし、安くなったとして、ホントにみんながみんな、欲しいものなのか。。。その他、いろんな保険とかきかない治療を「みんなが」望むんだろうか?
同じ口で、みんな、「無駄な延命治療はしないつもり」って言ってるのだ。

もちろん、40代50代だったら違う。60代だったら、微妙?
平均寿命に近い年齢、70代での癌の場合は?
この調査、40から60代。
何で、70代を入れないんだろう?
アップされたら見てみたいけど。。


こういう数字を一人歩きさせて、
ドンドン機械を買いましょう
みんなお金かかっても良いって言うんだから、
モト取れますヨ
ってな
プロモーションに使うってつもりなんだろーな。
って、デザイナ的には思ってしまうんだけどね。


世界最新の医療技術を利用したい人は4人に3人、医療費が多少高くなってもOK―。米国の医療機器メーカーなどで構成する米国医療機器・IVD工業会の先進医療技術に関する意識調査で、こんな結果が出た。

 調査は9月、日本全国の40~60代の男女計2000人を対象にインターネットで実施。先進医療技術の定義として、心臓ペースメーカーや人工透析、腹腔(ふくくう)鏡手術、超音波検査(エコー)など27項目を挙げた。

 いずれかを使ったことのある人は81%で、心電図(64%)、エコー(39%)など検査関係の割合が高かった。これらの技術を重要だと考える人は87%に上り、理由(複数回答)は「病気の早期発見・治療ができる」「体への負担・痛みが少ない」「迅速で正確な診断ができる」がそれぞれ7割を超えた。

 技術は日進月歩で進化しており、世界最新の技術の利用を「とても希望する」は33%、「希望する」は41%。これらの人の3人に2人は、医療費が多少高くなっても希望するとした。 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

しつこく、蒟蒻ゼリー問題への補足

2010年12月17日08:15
昨日、消費者問題組織系友人たちと話をしている時に思い出したこと。

この祖母の場合、40代だったという。
20年以上前は、ミニカプゼリーは非常にポピュラーなお菓子だった。同様の形状だが、寒天で作られており、50個入りのものなどが、普通に売られていた。特に小さな子供専用のようなもので、クマさんなど動物のイラストが描かれたりしていた。たしか、ブルボンなども作っていた。(現在でも売っている)また、このころも、コレを凍らせるとおいしいという口コミがあり、すずめも冷凍して食べた事がある。当時は、ネットなどの情報網は無く、ゼリーを凍らせて食べると言う発想は無かったが、誰かから母が聞いてきた気がする。
ファミリーレストランなどのお子様ランチのオマケにもついていた記憶もある。


そういう子育てをした者にとって、ミニカップは危険なものには思えないはず。メディアでいくら危険を訴えようと、なめてかかっても不思議ではない。


-----

この間、職場で携帯の電源が切れてしまった。
帰りに100円均一ショップへ寄り、電池式の充電器を買った。
説明書には、
「データが消えても責任は持ちません。あらかじめ、データを別に書き留めておいてください」
と書いてあった。
携帯を充電する時に、いちいちすべてのデータを書き留めるヒトがいるだろうか?
もちろん、メーカーはそんな事はありえないと知っている。ユーザももちろんだ。
「説明書に書いてある」は、単なる方便であることは、誰でも知ることだ。


蒟蒻ゼリーについて書いた日記

http://suzume6.cocolog-nifty.com/blog/2010/11/post-c537.html
http://suzume6.cocolog-nifty.com/blog/2010/11/post-b5dc.html
http://suzume6.cocolog-nifty.com/blog/2010/11/post-75ae.html

| | コメント (0) | トラックバック (0)

これが煽られると。。/救急隊引き上げ

2010年12月16日09:55
死亡と誤判断 救急隊引き揚げ
http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=1440758&media_id=4

確かにあってはならないことなんだろう。
そして、
いろんな事情があって、こういうことになってしまったのかもしれない。

高齢者で
身体が冷たくなっていて。。。
誰もが想像するように、
近所の男性が朝に発見したということは、
もしかして、もう、相当時間が経っているのかも?
って思ってしまうのかもしれない。
一人暮らしだし。

こういう事を二度と起こさないようにしなきゃいけない。
そうするためには、
自分たちが明らかに亡くなっていると思っても、
一応、病院へ運ぶ方が良いっていうことになるんだろう。
もちろん、運ぶ先は、死ぬ程重症なんだから、
3次救急。
軽症用の病院がいくら混んでパンクしても、
そのせいでタライ回しにされて、死ぬヒトは出ないかもしれないけど、
こういう病院が混んじゃったら、そりゃ、問題かも。

どうするべきなんだろう?


 山口県の岩国地区消防組合消防本部の救急隊員が14日、119番で駆け付けた現場で、生きている高齢男性を死亡と誤判断し、引き揚げていたことが15日、同消防本部への取材で分かった。検視に来た県警岩国署員の指摘で生存が判明。同消防本部は再度救急車を出動させ、岩国市内の病院に搬送した。

 男性は低体温症と診断され、搬送先の病院で治療を受けていたが、14日以降意識は戻らず、15日夜に死亡した。

 同消防本部などによると、14日午前8時55分ごろ、同市玖珂町の一人暮らしの男性(83)宅で「亡くなっているのではないか」と近所の男性から119番があった。駆け付けた救急隊員は脈がないなどとして、死亡と判断し引き揚げた。

 その後、岩国署員が検視の際に男性の体が動いたことを確認したため、「生きているのではないか。もう一度、来てほしい」と要請。約1時間後、救急隊が再び男性宅に駆け付け、脈がわずかにあることを確認した。 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

北ニモマケズ/すずめ風

2010年12月10日18:26

ちょっと前の朝鮮半島の出来事のコメント欄に書いたモノ

雨ニモマケズ
風ニモマケズ
北ニモ南ノ経済ニモマケヌ
丈夫ナ産業ヲモチ
慾ハナク
決シテ瞋ラズ
イツモシズカニワラッテヰル

一日ニ雑穀米一合ト
肉と少シノ野菜ト菓子ヲタベ
アラユルヒトヲ
カンジョウニ入レテ
ヨクミキキシワカリ
ソシテワスレテ
都会ノ私鉄沿線ノ
小サナウサギ小屋ニヰテ

東ニ激安スーパーアレバ
行ッテバーゲンヲアサリ
西ニデパ地下アレバ
行ッテソノ列ニナラビ
南ニ楽天市場アレバ
買ッテレビューヲ書キ
自分ハソンナデモ

北ニケンカヤセンソウガアレバ
ツマラナイカラヤメロトイヒ
失言シタトキハナミダヲナガシ
基地問題デハンタイサレレバハオロオロアルキ
ミンナニデクノボートヨバレ
ホメラレモセズ
クニモサレヌ
セイジカガイル
サウイフクニニ
ワタシハスミタイ

| | コメント (0) | トラックバック (0)

興味深い番組/ある少女の選択  ~“延命”生と死のはざまで~

2010年12月10日10:45
ちょっと前の
NHKのクローズアップ現代


http://cgi4.nhk.or.jp/gendai/kiroku/detail.cgi?content_id=2977

18歳の少女、
延命をしない選択。

聡明で明るく、
あどけない少女の
葛藤の後の
命の選択。


それは、価値のあるものだったのだと思うけれど、
普通の18歳の女の子だったら、
今、どういう青春を送っていたか。
若い身体が
死に向かって準備をしていくかのような姿が痛々しく、
考えさせられました。
聡明な少女だけに、
残してくれたものも大きかったのかもしれません。


動画を上記サイトから見られます。
たぶん、期間限定ですから、
お早めに。


ある少女の選択
 ~“延命”生と死のはざまで~

(NO.2977)

 
 
腎臓の「人工透析」30万人。口ではなくチューブで胃から栄養をとる「胃ろう(経管栄養)」40万人。そして、人工呼吸器の使用者3万人。「延命治療」の発達で、重い病気や障害があっても、生きられる命が増えている。しかしその一方、「延命治療」は必ずしも患者の「生」を豊かなものにしていないのではないかという疑問や葛藤が、患者や家族・医師たちの間に広がりつつある。田嶋華子さん(享年18)は、8歳で心臓移植。さらに15歳で人工呼吸器を装着し、声も失った。『これ以上の「延命治療」は受けたくない』と家族と葛藤を繰り返した華子さん。自宅療養を選び、「人工透析」を拒否して、9月、肺炎をこじらせて亡くなった。華子さんの闘病を1年にわたって記録。「延命」とは何か。「生きる」こととは何か。問いを繰り返しながら亡くなった華子さんと、その葛藤を見つめた家族・医師たちを通じて、医療の進歩が投げかける問いと向き合いたい。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

規制の前に評価の蓄積は?/エッチなアニメ

2010年12月09日08:38
角川書店、「東京国際アニメフェア」出展取りやめ 社長「都の姿勢に納得できない」
http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=1432834&media_id=32

こういうコトを
自治体とかが「法」としてやるから、
反対が出ちゃう。


表現の自由に関してはやはり死守すべきっていうのは厳然とある。
上村松園も春画を描いてたっていう。今になれば、きっと芸術作品なのだろう。
今の時点で、都議会がエッチだと決める作品に、そういう先見性があるのだろうか。
その一方で、
商業活動として確かに子供が食い物にされている現実はある。
何よりも、
若いヒトたちに蔓延させたくないのは、
「センスの悪いもの」だ。
そりゃ、キワドくエッチならば売れるだろうという商売として作られたものは、センスが悪いのは多いだろう。

良心的企業は、社内での基準があるはず。
クリエーターの中にも、
下品でも儲かれば良いというスタンスをどこまで許すか、
自分自身の中にもボーダーもあるはず。
客観化ができないだけで。


だけど!
ホントは、理屈にできないけど、
分かる。
ココと言う風にボーダーを引くのは難しいけど、誰でも、松園レベルの枕絵とエッチなマンガの違いは分かる。
しかも,明らかに。
今までだって、18歳未満禁止っていうのもあったんだし。

確かに、このボーダーの位置は、人によって違うのだろう。
また、作品の中に占める割合や必然性も、解釈によって大きく違う。
だから、難しい。更には、ココに、表現の自由を死守しようという、いわゆるプロ市民が登場しちゃって、ますます、コトは複雑になって行く。


まずは。。。
どうだろう。


こういう流れ。
表現の自由の侵害と言う意味ではもちろん、
商売至上主義的下劣な表現の横行っていう意味でも、
本当のクリエーターたちにとっては、危機感があるはず。
今までは、チラリと見せただけでインパクトがあったのに、
イマドキは読者が麻痺しててバッチリ見せないと誰も振り向いてくれない。。。から、しょうがなく、ここまで描くみたいな。

まずは、どうだろう。
歩みよれないだろうか。

歩み寄りの具体的方法として、
規制以前の評価機構を作ること。

世の中には、アニメヲタクみたいなヒトたちがいっぱいいる。
アニメやマンガ、膨大な量を見る事は、ものすご~い時間が必要だが、
彼らはそんなコト、厭わない。
なので、
彼らをネットワーク化、組織化して、
評価基準を作って、
いろんなデータを蓄積することから始めては。
(もちろん、コレはよくある『優良図書』推薦団体さん系じゃなく、もっと、ディープなメンバーをボランティアで募って)

それは、データ収集なので、最終的評価とは別にする。
評価を「許容に対する」是と否のボーダーの為に考えるから,難しい。
複雑で些末な問題も孕んでしまい、目が曇る。
だから、先ずは、純粋に評価(スコア化)を目的にする。
視点ごとに細かくセグメントを作って。
また、評価に関しては、何人もの判断を並列にデータ化するなど。。。
イロイロ方法はありそうだ。


まずは。。。それを何年かやって、
見えてくるデータをもとに、
どういう部分が問題なのか、
コンセンサスを得ること。

そして、
最終的には、
法による規制ではなくて、
こういうNPOレベルの、民間,出版、書籍販売関係の自主規制によって、
考えて行ければ良いのではないだろうか。

-----

本当の危機は/性描写作品編集する2010年12月11日10:12
性描写漫画規制、成立の公算
http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=1435356&media_id=4


本当の危機は、こういう問題が「政治的」テーマで語られることではないだろうか。表現の自由は死守されなければならないが、実は作り手の側も、昨今の過激になっていく風潮には苦しめられているはず。
本当は、このまま良いと、一番思っていないのは、作り手側ではないだろうか。
だとしたら、歩み寄る事もできるのでは?

だけど、これが政治的対決構造の中で語られてしまっている中では、
それが歪められてしまう。すずめでも、イシハラの味方はしたくない。したくないだけで、この法制化には条件反射的に反対したくなってしまう。

でも、
それで良いのか?


昔、チャタレー夫人の恋人 という本があった。
多くの人が知るとおり、


チャタレー事件(チャタレーじけん)とは、イギリスの作家D・H・ローレンスの作品『チャタレイ夫人の恋人』を日本語に訳した作家伊藤整と、出版社社長に対して刑法第175条のわいせつ物頒布罪が問われた事件。わいせつと表現の自由の関係が問われた。/wiki

http://ja.wikipedia.org/wiki/チャタレー事件

「チャタレー夫人は私だ!」
ってヤツ。

すずめが高校のころは、まだ、コレが岩波文庫だか新潮文庫だかで売っていた。
そして、「その部分」がXXXXXXってなっていた。
だけど、それって、当時ネンネだったすずめにでも、意味が分かっちゃうし、しかも、大した部分じゃ無かったと思う。森の中でオトコとイチャイチャ。。みたいな?
その後も伊藤整じゃなく、別の訳で出てるんだろうけど、きっと、今のヒトが読んでもどうってコトの無いものだろう。

しかし、当時は、こんなものでも、ものすごいインパクトがあったワケだ。

その後、いろんな「過激さ」で話題になったものがいっぱいある。
どんどん「過激」になって行き、今や、誰も少々のコトでは驚かない。
特にネットでは、いろんなモロ画像が溢れ、メールにまで添付されて送りつけられて来る日々
私たちの感覚は日々、麻痺していく。

そんな時代、
実はすずめは昔からマンガって苦手で、ほとんど読んだ事無かったし、アニメも一部を除いて全く見て無い。だから、こういうコトに詳しいワケじゃない。
でも別にそーゆー趣味が無くても、検索の途中で、いろんなのが出てくる。
だから、「当該」作品ってのが、どういうのか、概ね分かる。
子供たちが好奇心でこっそり探して行くエッチ情報の先には、どこまでもどこまでも、トコトン下品で下劣な物がいっぱいあってしまう。
現実的に。

下品で下劣
上品で高尚


確かに、コレは線引きが難しいものもある。
しかし、
大きいのは、作品としての質の差だ。

3つ程前の日記にも書いたけど、
エッチなのがいけないとは思わない。
上村松園だって北斎だって春画を描いていた。今や芸術作品なんだろう。
上質なエロティシズムなら、小学生に見せても良いと思う。
上質なものなら、感覚は麻痺していかないから。
だけど、
質の劣悪な、
単に売れるから、儲かるからという事で作られた商業主義的エロ作品は見せたく無い。誰でも知る通り、世の中にはいっぱいある。
そして、誰でも分かる通り、上質なものと、劣悪なもの。厳然と明らかな差がある。誰でも分かるよね!

それを、政治上で分類すると、
パンツが見えてるか見えて無いか
ってコトになってしまう。
でも、そういう問題じゃない。


概ね、たとえば子供の見る時間帯に出て来るようなテレビ番組のものは、
そこそこ、オッケー。下品なコトするとスポンサー(この時間帯はおもちゃや食品など会社の信頼度が大きい業種が多い)が降りてしまうので、自主的に規制されてく。だけど、そうじゃないモノには今、何のストッパーも無い。


一昨年はフトモモが見えたらNG
去年はパンツが見えたらNG
今年はパンツはオッケー。
じゃあ。。?

みたいな、そういう昨今。
今やチャタレー程度じゃお笑いにもならない。

これに、一番、危機感を持つべきは誰か。
クリエーター自身であるはず。

チャタレー程度じゃ誰も振り向かない時代。
本当は、「ここまで」やるヒトじゃなかったけど、そこまでやらないと、売れない...読者の感覚が麻痺してるから。
それって、同じ意味で、表現の自由が歪められていないだろうか?
規制されてできないのだったら、抜け道を探せば良い。
だけど、相手の感覚が麻痺してしまってたら、自分も過激にするしか、方法が無い。それって、創作にとって、ものすごく大きな不自由さのはず。

政治の回路を外れて、
歩み寄れないものだろうか。
だって、一番危機感を持つべきは、作り手なのだから。


っていうのの、解決策を
いくつか前の日記にも書いた

http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1636139104&owner_id=12848274

| | コメント (0) | トラックバック (0)

日本では香港が55件商標登録


2010年12月08日11:29
「讃岐」の商標登録無効を決定
http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=1431823&media_id=2


こういう記事があると、みんなしてまた、ヨソの国バッシングするんだろうけど、
日本だって、いっぱい、外国の地名、登録しまくってるヨ。

ちなみに、
香港

を特許庁の簡易検索で調べると、
55件、登録済み。

元祖香港のヒトが日本に来て、
香港飲茶を売ろうと思ってもダメ。
香 港∞食 堂∞飲茶
もう、先願済み

他にもニューヨークだの何だの、
イロイロいっぱい登録されてるじゃん。
あ、バーミヤンってのもあるよね。
ジョージアもそう。


逆に、なぜ、無効にしたのか、不思議。


ガイコクの事、批判ばかりしたいんだったら、
それなりに調べなさいヨ。
恥ずかしすぎっ。


ちなみに、日本では
讃岐
は131件登録されてますが。。。

-----

ホントは、地名本体、そのものだけでは登録できないコトにはなってる。
(なので、上の件数も例示してるようにその文字を含むもの。バーミヤンとジョージアはご存知の通り,単体で登録)
だけど、
実際問題、地名なんて、星の数ほどある。
現地の「有名ブランド」なんて、もっともっとあるだろう。
もちろん、特許庁も調べるだろうけど、
誰も知らなかった海外の一級品を日本に初めて導入する場合、調べがつくかどうか。
上の香港も、
登録上は、香港/厨房
などとなっているワケだけど、
一連で 香港厨房としなくてもよくて、
二段に分けても使える甘い設定。
ニューヨーク ニューヨーク なんてのもある。


のみならず、
世界中のいろんなモノが登録されてる。
昨今は、こういうのを避けるために、海外進出の予定があるモノは
企業さん、イロイロ先に手を回して各国で登録しちゃうけど。

コシヒカリとか、自分たちが甘かったとしか言えないかも。
(他にもブランド米作るんだったら、発売前にきちんと調べて各国で登録すべき。。。って当たり前だよね)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

本当に貯蓄か、そのうち分かる/子供手当

2010年12月08日08:56
子ども手当使途 貯蓄など最多
http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=1431644&media_id=2

結局はメディアさんは、子供手当は景気刺激策にはならず、単なる貯蓄になるから無駄って言いたいんだろうけど。だけど、そのうち、分かる。コレが本当なら、この世代貯蓄額が子供手当の投入額の4割も!増えるはずだから。

でも、まあ、それはそれでも良い。
子供手当の貯蓄は、極近い将来の教育費になるのだ。
文科省が血道をあげて取り組んでいる、おバカな子供が育ってしまう懸念に、個人が取り組む費用になる。国がやるか、個人の選択でやるか。後者であっても良い。
もっと言えば、もっと増額しても良いはず。全員に高度な履修内容が必要なのではない。望む者だけ塾へ行けば良いとも言える。

ってなコト、書くと、
パチンコ屋につぎ込む親もいるとかナントカ、算数のできない人たちの反論がありそうだけど。。。
そりゃ、いるでしょう。そういうヒトも。
そして、アンタの周りには、あのヒトも、このヒトもって指折り数えられるの程いるのかもしれない。ニュースにもおバカな親は出てくるし。
でもね、そういうのの人数、統計で考えると、どれだけのものか。経済って、『ボクの周りの知り合い』の数で考えちゃダメだよね。算数的に考えても分かる。
市場への還元率で考えるべきだよね。

ってのは置いておいて、


逆に言えば、なぜ、「貯蓄」なのか。
子供手当は義務教育までとしているが、実際問題としては、大学進学のための費用が一番大変なのだ。昔は特に希望する者だけが行く場だったろうが、今やほとんどの人たちが進学を希望する時代。このために貯蓄は必要だ。

だから、国はこういうコト、メディアに書かれたく無かったら、その部分を何らかの形で手厚くすれば良いんだけどね。おそらく、全世代の中で、この年齢層の子供を抱える親が一番経済的重圧も大きく、若い人たちが子供を作りたく無い理由の最も現実的なものが、このためだろう。子供は何人欲しい?5人。ウソー。ムリ無理。だってそんなに大学、行かせられないもん。
じゃあ、1人かな。。。。って感じになるんだから。
更には、昨今、50代男性の自殺率が急激に高くなってるけど、偶然?この年代だ。

ってのはともかく。

結局は、子供手当が、どう、使われて行くか。
最終的には、市場に出て行く。
すずめ的には、そんなに貯蓄にまわされることなく、
生活費が少しだけ贅沢に使われるようになると思う。
ステーキや
コシヒカリとかの
国産食品
それから、塾。
こういう産業部分、
もっと伸ばして欲しいよね。


だったら、
更に言えば、
ドン!っと消費税を上げて、
全世代からお金を徴収して、
それを、最も日本の産業を支えてくれる消費行動をしそうで、
日本の将来を変えてくれるようなカテゴリーの人たちに
再分配するべき。
そう、そのカテゴリーって、まさに、子育て世代。
大学生までの。

メディアさん、
ヘンな煽り方しないで欲しいな。

厚生労働省は7日、子ども手当の使途などに関するアンケート調査の結果を発表した。使い道(複数回答)で最も多かったのは「子どもの将来のための貯蓄・保険」で41.6%。次いで、子どもの衣類など16.4%、学習塾などの学校外教育費16.3%と続いた。厚労省は「貯蓄であっても子どものためなので悪いことではない。全体としてかなりの割合で子どものために支出されている」としている。

 調査は今年6月の初支給を受け、8~9月にインターネットを使い実施。子ども手当の対象である中学3年生以下の子どもを持つ保護者約1万人が対象。

 子ども手当は少子化対策として導入されたが、手当支給をきっかけに子どもを増やそうと考えた家庭は8.5%。ただ、第1子が0~3歳の家庭に限ると13.9%だった。

 「子どものため」以外の使い道で最も多かったのは、家庭の日常生活費で13.8%。野党から「親のパチンコ代に消える」などの批判もあったが、「大人の小遣いや遊興費」は0.4%にとどまった。子どものため以外の回答を選んだ人

| | コメント (0) | トラックバック (0)

朝鮮半島のできごと。

2010年12月07日09:23
米中首脳 朝鮮半島情勢で協議
http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=1430290&media_id=2


どういう風になっているんだろう。
メディアはイロイロ伝えてくるけど、
でも、
どっちにしても、かなり恣意的なモノ、
誘導があるだろうなあ。


本当はどうなってるんだろう。
すずめごときが、考えても分かんないけど。
ネットにはいろんな批判がいっぱい。
だけど、正直、今、どう、動けば良いか。
強気に出ても良いのか、
分からない。

まずは、メディアが伝えてる事が、
きっと、事実によって構成されていても、恣意的に選択された事実で、
それによって、真逆の誤解さえしてしまう可能性のある報道である可能性も
考えなきゃいけないよね。だとすると、
すずめたちが知っているとしている情報でいろんなコトを批判したら、
そりゃ、思う壷というか。。。
特に,今、強気に出ないカンせーケンへの批判ばかりが渦巻く中、
本当に、コレに一緒に煽られても良いのか。
すずめ的には怖いって気がする。
根拠無いけど。

政治にしても経済にしても、
批判は簡単。
だけど、政治経済だけでなく、教育や医療他の問題が全部リンクしてる現在、
全部のバランスを取って、パーフェクトな政治っていうのは、
おシャカサマでも無理無理。
コノ問題に対するカンが悪いとか、
アノ問題に対するナントカ省が悪いとか、
みんながてんでに
イロイロピンポイントで言えば言うほど、
日本の政治は悪くなってく気がする。
ここんとこの総理大臣降ろしには
目に余るモノがあったよね。
総理が代われば、
新聞雑誌が売れる。
そういうバイアスがかかってるんじゃない?って、思っちゃうほど。

朝鮮半島で本当に何が起こってるのかなんて、
私たちには、どんなに背伸びしても見えっこない。
どーすれば良いんだろう。

せめては、
安易な批判は
国全体が右傾化してく結果になるコトを想像して、
やめておこうと思う今日このごろ。


ところで、
この田中宇のメルマガ、
おもしろいんだけどね。

http://tanakanews.com/

| | コメント (0) | トラックバック (0)

渋谷パルコ裏の広告/知ってる人いない?

2010年12月04日00:30
何年か前までの話だけど。

渋谷のパルコパート1とパート3の間の道。
(下に貼付けたけど)

あんまり通る人いないような道、
大きな白い壁があって、
そこに大きな広告が描かれてる。

グーグルマップのその位置を、
ストリートビューでみると、まさに、その広告が見える。
今、すずめが見たのでは
アフタースクールっていうピンクの広告が描かれている。

何年か前、
8年位かな。

よく、ここを通り道にしてた頃があった。

ある日、通りかかったら、まさに、この広告を描いている所だった。
驚いた。
だって,そのころもう、こんなモノ、コンピュータで出力できて、
簡単に貼付けることができる時代だったから。

その後も何度もその作業をしてる所に遭遇することがあった。
余りに面白くて、興味津々で見飽きなかった。
「すごいですね。こんなの見せていただけて、感激です。」
「そうですか。ありがとうございます。」
そんなやり取りをした。画材についても聞いたっけ。アクリル系。

下書きの絵を見て、
それを実に原始的に、まさにすずめたちが学生時代にやってたように、
鉛筆(コンテ)で、線を書き、そこへただ,描いていく。

画力はハンパじゃない。
いわゆる「職人」なんだろうど。(当時、30代位だったろうか、若い人だったけど)いつも二人。
小さな文字も正確に、描き取り、
人物もきっちり、描いていく。
動きに無駄が無い。
すごい。
すごいものは、すごい。

本当は、デザインの世界、
こういう作業系の仕事は下に見られてしまう。
デザイナは、指示をしたら、
外注とかのイラストレータさんに指定するだけ。
「職人」であって、描いたモノを売ってるだけ。
描いたものは、「作品」ではなく、「品物」と同じ。
彼らもデザインの原画を写していくだけ。
だからか、謙虚な受け答えだった。


今、ストリートビューで見えている広告も、
これが手描きかどうか分からないけど、
普通に見たのでは、PCの出力の写真からなのか、手描きだか、
分からない。
そばに寄って始めて、微かな筆跡によって分かる。


先週だったっけ、
久しぶりにこのそばを通ったので、
見に行った。
そしたら、
同じような広告があった。

って思って、
そばで見たら、PC出力だった。

ホント、そばに寄らないと分からないクオリティなので、
ストリートビューで見ても、
分かんないんだよね。

手描きの広告が、PCになったのはいつ頃だったんだろう。
ああいう技術、
生き残って欲しかった。
どこかでやっていないかな。


ネットでいろんなキーワード引いたけど
出て来ない。

きっと、誰も気がつかなかったんだろう。
だれも、日記に描いて無い。
あんなすごいモノが、
誰にも気づかれることなく、
まさに、街の片隅で生まれ、
消えて行ったこと。
誰も記憶してないのかもしれない。


でも、
すずめは、ちゃんと覚えてるからね。
ずっと忘れ無い。


-------

誰か、
知ってたら、教えて欲しいな。

http://maps.google.co.jp/maps?f=q&source=s_q&hl=ja&geocode=&q=%E6%B8%8B%E8%B0%B7%E3%80%80%E3%83%91%E3%83%AB%E3%82%B3&sll=36.5626,136.362305&sspn=36.428389,59.414063&brcurrent=3,0x60188ca91be8c94f:0x48e0c2c3bd525d97,0&ie=UTF8&hq=%E6%B8%8B%E8%B0%B7%E3%83%91%E3%83%AB%E3%82%B3%E3%83%91%E3%83%BC%E3%83%88%EF%BC%93&hnear=%E6%B8%8B%E8%B0%B7%E3%83%91%E3%83%AB%E3%82%B3%E3%83%91%E3%83%BC%E3%83%88%EF%BC%93&ll=35.662134,139.698586&spn=0.001142,0.001813&z=19&layer=c&cbll=35.662056,139.69861&panoid=FvGUN3jGvHQ8tQ5sIN-mWg&cbp=12,69.65,,0,0.98



大きな地図で見る

| | コメント (0) | トラックバック (0)

工事現場のガードマンさんたち

2010年12月01日10:48
何日か前、こんなメールのやり取りをした。
相手は小鳥建設。

あ、もちろん、仮名だけどね。


----


現在、ユニバーサルデザイン化工事をされている、
すずめのお宿駅のそばに住んでいる鳥です。

実は今日、自転車の鍵をなくしてしまい、
つばめのお宿駅の自転車店まで引きずって持っていかなければならなくなってしまいました。
途中、駅の工事の関連で立っていらっしゃる方に
ご相談しましたら、
お忙しい中、中から工具を出して来て、
切って下さいました。
途方にくれておりましたので、
とても助かりました。

ありがとうございました。

とても感じの良い方で、何人かの方たちがいらしたのですが、
明るくて、良い雰囲気でした。
工事現場は囲いで覆われてしまっていて、私たちも、いつもは目を合わせることもなく通り過ぎてしまいます。でも、私たちにとっても、心強い存在なのだと、改めて思いました。

これから、寒くなって参りますが、
皆様、ご自愛くださいませ。

メールにて、失礼いたしました。

----

すずめ様

おはようございます。

わざわざご連絡ありがとうございます。
ご近隣の皆様には、日頃よりご不便、ご迷惑をお掛けしているなか、
このようなメールをいただくことは、とても励みになります。
担当部署を通じて当該現場にもお礼をいただいた旨、伝えておきます。

今後とも宜しくお願い申し上げます。

  小鳥建設Webマスター

-------

ずすめんちの近所の駅では、ずっと工事してる。
駅にエスカレータとかつけて、駅舎の下に大きな自転車置き場を作るんだそう。

なので、毎日、毎夜、うるさいんだけど、
いつも、工事現場のガードマンの人がいろんな所に立ってくれてる。
毎年、冬になると、放火魔さんがご活躍したりするんだけど、
彼らがいる間は大丈夫かも?
って思ったり。


うるさい工事現場だけど、
ポジティヴに思えば、街を守ってくれてる?

なーんてコト、思ったので、
わざわざメールでお礼を書いちゃった。
こういうの、きっと、毎日寒い中、現場で頑張ってる人に届くよね。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

遺族をバッシングする人たち/蒟蒻ゼリー

2010年11月29日21:36
こんにゃくゼリー 遺族が控訴
http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=1422316&media_id=4

訴訟は憲法でも保証された基本的人権に基づく権利。遺族は何ら、責められる事をしているわけではない。
それなのに、何だろう。なぜ、こんなにも画一的に遺族をバッシングする日記ばかりなのだろう。あまりにもみんなが同じすぎて気味が悪い。ネットの住民の特殊性もあるのだろうか。


以下、
彼らが書いている勘違いと、疑問に関して、列挙している。
(再掲)

● 親の過失について

この場合は祖母ですが、祖母の行為が間違っていました。
何人もの方が祖母を訴えるべきと書いてありますが、それも可能でしょう。しかし、祖母との間に謝罪や理解があったとしたら、訴訟に至る前に和解したはずです。そして、それは他人が口出しするべきことではなく、ましてや侮蔑やバッシングの対象にされるべきものでもありません。
更に、言うまでも無く、これは設計の瑕疵や企業の社会的責任とは別です。

よしんば、親がどんな酷い人であれ、(これはたとえ話です)この企業の責任が帳消しになるというのはおかしいでしょう。

今回の判決では、この親の過失の大きさが、設計の瑕疵の大きさ以上であったことによって、棄却されたのだと思います。(まだネット上に、公判記録や判決文は出ていないので、詳細はわかりませんが)これは、尺度、スケール感の問題です。
消費者の権利と、企業の経済活動に関する権利、どちらが重く考えられるようなスケールになっているかということであるとも言えるでしょう。蒟蒻ゼリーを欧米では禁止していますが、もし、このような事件が起こったら、もちろん、消費者の権利/安全が優先されるでしょう。

● 欧米での蒟蒻ゼリー禁止について
これは蒟蒻が日本の伝統的な食品であるというのとは無関係でしょう。なぜなら欧米でも『グミ』のような商品として弾力性の強いものは出回っていますし、日本人にとっても、蒟蒻ゼリーの味は蒟蒻を連想させるものではありませんでしたから。精製された食物繊維によって同様のものを作ることができます。

● 飴と餅について

飴という素材そのものについては、設計の問題ではありません(飴は何百年も前から知られていますが)。
個別に、どの形の飴の「製品」が危険かという問題になります。
確かに飴による事故は多く発生しています。
その事故が、もし、XX飴という製品形状そのものに、起因するものであったら、それは改善させるべきであり、また、それが改められない、被害があった、ということであれば、その製造業者を訴えるべきでしょう。

しかし、飴でも事故があるのだから、蒟蒻ゼリーの設計は許されるという問題ではありません。命を奪うほどの事故があるなら、当然、改められるべきです。

餅も同様です。蒟蒻ゼリーと同様に,一口で口に吸い込まれてしまい、気道を塞ぐ形状の製品で、且つ、事故が起こったとしたら、発売中止にすべきです。しかし、それ以前に、今回のこの事例を教訓として、そのようなものは、作るべきではありません(実際は、危険であると分かっているので作られません。本当は、すすって食べる餅の伝統食はあるのですが、危険なため、伝統食としても廃れてしまいました)


● 企業の責任について

想定できる全てのリスクに対して、なんらかの対策を取る責任があります。実際には、企業内に、自主基準を持ち、且つ、業界団体が様々な安全基準を作っています。これらを遵守することによって、責任が取れているということになるのでしょう。

しかし、この蒟蒻ゼリーに関しては、空洞の状態でした。
そこが問題になり、消費者庁ができたという経緯があります。

また、販売戦略も企業の責任です。
なぜなら、企業は製品が店舗のどこに、どのように並べられて売られるかというところまでプランして、製品を作るからです。蒟蒻ゼリーの場合は、店頭に山積みされる事を想定してデザインされています。(薬局の店内の棚に置かれるのだったら、箱形にし、また、キャンディのようにつり下げて売られるのだったら、穴をつけ、もっと長いデザインにします。当然、これらの方式より山積みの方がたくさん売れますが、山積み販売してもらうために値段を下げたり、CMを流して小売店にアピールします)
また、コマーシャルも同様です。番組の提供をされているものも多いと思いますが、主婦層にアピールできる番組や時間帯を選んでいます。当然、小さな子供もいる人たちが多いでしょう。もちろん、CMのイメージもそうです。
そういう戦略を立てて小売店に降ろせば、自然に店頭の山積みにしてくれます。
誰でも気軽に食べるようなゼリーとして売ったのは、小売店の責任ではなく、メーカーの恣意的な戦略です。
これは、デザイン系の人間なら誰でも知っている、学校でも習う程度の初歩的な知識です。

蒟蒻ゼリーはダイエット食品であるはずという「勘違い」がありますが、
そうであれば、他のダイエット食品と同様の扱いがされるべきです。(たとえば、何千円かの高価なもので、相応のパッケージデザインになっている)

山積み販売で購入する商品に対して、消費者は警戒感を持てなくて、当然です。今後も、「あぶないと言うニュースは知ってはいたが、『大丈夫だと思って』凍らせて食べた」という人が出てくるはずです。

● 事件へのマンナンライフ社の対応について

以下、
http://www19.atwiki.jp/mannanlife/
からの引用です


1歳9か月の幼児が祖母宅で凍らせたこんにゃくゼリーを食べる。ゼリーを喉に詰まらせ病院に搬送される(2008/7/29)

脳死状態になり多臓器不全で亡くなる(2008/9/20)

父親はマンナン社に事故を連絡。
マンナンライフ社は、事故発生の際は同業他社に報告する取り決めだったがそれをせず。

龍之介君の母、由佳さんが「事故を防ぐため、すべてのメーカーにこんにゃくゼリーの製造販売を禁止してほしい」とコメント(2008/9/30)

マンナンライフ社、一時製造中止決定。再開未定(2008/10/8)
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20081008-00000012-mai-soci

2008年11月26日 付け
http://gigazine.net/index.php?/news/comments/20081126_mannanlife/

マンナンライフ、こんにゃく入りゼリー「蒟蒻畑」の販売を再開へ

(この再開に関しては、マンナンライフ社は改善を行ったのでということにしていますが、抜本的解決策になっていないということで、消費者団体等が講義をしています)


企業の社会的責任の1つに、危機管理があると思います。普通は、企業がその活動の範疇で何らかの重篤な事故が起こったなら、原因究明等、即時対応するはずです。しかし、マンナンライフ社は、この赤ちゃんが亡くなった事を連絡しても、無視でした。両親が公的機関に訴えて初めて、対応したようです。

● 親の訴える対象について

残念ながら、裁判という形を取る以上、金額の提示をしなければならない仕組みのようです。
ネットにアップされていないので、訴状は確認していませんが、要求の中には、製品の改善もしくは、販売中止が求められているのだと思います。(提訴の時の弁護士のコメントにはそう、ありました)
しかし、今回の裁判に至る前、事故の直後から、両親はマンナンライフ社、その他に対して、製品の改善、販売中止を、『先ず』求めています。

ネットの親バッシングには、この点に関するものも多くありましたが、事実は上記の通りです。

● 親のバッシングについて

この件に限らず、訴訟の原告に関して、感情的なバッシングが行われていることを頻繁に目にします。
今回も何千件もの日記がミクシー内にアップされていますが、どれも同じ内容、同じ誤解、同じ発想で親達を侮蔑、糾弾しています。聞くに耐えない口汚いものも多くあります。書く人間の品格のなせるものとは言え、その知性の貧困さに暗澹たる思いがあります。
論理的な部分は別として、子供を失った親に対してこのような事ができるものなのか、疑問さえ感じます。もし、遺族が、友人や近所の人であれば、こんな言葉は口にできないのかもしれないと思ったりもしますが。。。
そこが、ネットの怖さでしょうか。バッシングしている人たちは、自分自身の品格を貶めている事に気づいているでしょうか?
親の起こしてしまった行為自体は間違いでしょう。しかし、親自身は、消費者として、国民として憲法にも保証された当然の権利を行使しているにすぎず、何ら、蔑まれるべき事をしているわけではありません。
こんな声がネットで大量に出回ることによって、世論を左右してしまう怖さを感じます。

● 両親の気持ちについて

ネットの日記には、責任を「人のせいにしている」というバッシングが多くあります。
子供を失った事を人のせいにして、慰められる人がいるでしょうか?バッシングしている人たちは、そうすれば、慰められる人間が存在すると思い(もしかして、『あなた』はそういう人間ですか?)、この親がそれに該当しているということなのでしょう。しかし、それはあまりにも想像力が無さ過ぎです。そんな人間はこの世に存在しません。
そして、誰よりもそれを知っているのが、この親達のはずです。

確かに、この親/祖母は大きな間違いをしてしまいました。小さなお菓子を孫に食べさせたという極めて日常的な行為の結果として。
『あなた』が、世の中のすべての情報に精通していて、決して、ミスをしない人であれば、彼女の事を糾弾する資格があります。しかし、もしかして、30年に1度でも、ミスをすることがある方なら、あなたには、ミスをする人を、少なくとも「感情的に」糾弾する資格はありません。


● フールプルーフとユニバーサルデザイン

年間100万人の赤ちゃんが生まれます。そのすべての親達が、『あなた』と、あなたの周りの優秀な人たちと同じように、一度もミスをすることなく、子育てを全うできるというわけではありません。最初から高齢の祖父母に育てられなければならない子もいます。視覚や知的な部分に障害のある親もいるでしょう。忙しさに疲弊してしまっている親もいます。そのすべてが、更に24時間、神経をすり減らして、注意深くするべきでしょうか?
もし、すべての製品が、十分安全に配慮されて設計されていたら、そんな束縛から開放されます。その方が合理的ではありませんか?ことさら便利でなくても良いかもしれません。せめて、日常的に、人が生活の中で気軽に接してしまうものが、命までも奪わないように。
それが、フールプルーフ、ユニバーサルデザインの考え方です。

私はそれを支持しています。

(この日記は

http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1623371502&owner_id=12848274

http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1624413089&owner_id=12848274∨g_id=1623371502

http://mixi.jp/view_diary.pl?
id=1624480237&owner_id=12848274&org_id=1624441107

の前の3つの日記にいただいたコメントについて、項目別に書いています。


蒟蒻ゼリーの件について、1つ前の日記にこんなご指摘をいただいた。


>この裁判では企業の製造物責任法(PL法)上の責任の有無が争点になっており、判決では商品に欠陥はなかったとして棄却されています。大まかにいうと原告側が主張した設計上の欠陥、警告表示の欠陥、不適切な販売方法のいずれも認められないということのようです。

まさに、ここが、デザイナとしてすずめが最初に反感をもった所以だ。

この日記では、最初の重篤な事故、死亡事故が出て、国民生活センターから指摘された時点で、本来、こう、変えるべきだったと、デザイナとして思う具体例をあげてみたい。(本来は製品設計を抜本的に変えるべきだが、それが難しく、時間がかかるとしても、パッケージデザイン的に、変えるべき事はあった。)

裁判では問題に対して、「事故が発生した時点では、ここまでの大きさにしていたなら、許容範囲」としたわけだが、それは程度問題だ。
裁判官は、本来、どういう工夫ができたかというのが思いつかなかったのではないだろうか。


あの程度の表示を加えただけでは、「改善」とは呼べない。
なぜなら、本来、ここまでできるはずだから。ここまでできることは、どのデザイナでも分かり、あの程度では、それに手加減を加えたにすぎない。企業はそれを重々知っているはずだ。


ちなみに、現在、過去のデザインはこちら。

http://d.hatena.ne.jp/Yosyan/20090305

さて、
事故を起こしにくくするために、最小限、どこまでの事をすべきか。具体的に説明したい。

元のパッケージの問題点は、単に,警告表示だけのものではない。もちろん、警告表示は大きくすべきである。しかし、問題はそれだけではない。
パッケージデザイン自身が、危険性を想起させないデザインになっていることである。

蒟蒻ゼリーはダイエット食品であり、小さな子供に与えるべきではない。というバッシングもあった。ならば、おやつのゼリーではなく、ダイエット食品のような、人工的なデザインにすべきだ。また、価格設定も、主婦が日常の買い物として気軽にカゴに入れる価格帯では無くすべきだ。


現在のパッケージは果物の写真を使い、シズル感によって、健康的なおいしさを表現している。暖色/パステル系で親しみやすい。また,有機的なイメージはカラフルで生活感にも溢れている。更に、蒟蒻畑というロゴタイプは、丸みを持たせ、囲みの方形の角も丸めている。柔らかいデザインにすることによって、やさしいイメージを出している。
これが主に置かれる薬局には、言うまでも無く、医薬品やダイエットサプリメントが置かれる。それらのデザインは、もっと、シンプルで硬い。その中では、かなり、柔らかな親しみやすさがアピールできるだろう。
消費者は、この親しみやすく、健康的なパッケージの製品を、さぞ、安心して手に取ることだろう。油断してしまってもしかたがないとも言える。


さて、私だったら、どうするか。

先ず、パッケージイメージを抜本的に変える。(これはデザインクオリティを下げるという意味では無い)
ダイエット食品ということなら、あえて黒でも良いかもしれない。
そして、果物の写真は使わない。代わりに、ピクトグラムにした果物のイラストを用い、
例えば,英語のアルファベットをデザイン的には位置し、硬く、かっこいいスタイリッシュなデザインにする(たとえばお酒のような)。子供が手に取らないような。
同時に、ロゴタイプももっと、角のある、硬いものにする。
警告表示を大きくするのはもちろんであるが、もっと、短い単語を大きく表示し、補足説明を下に書く。警告マークも、もっと太いラインを使い、インパクトを強くする。

更には、このような店頭での山積み用の袋を止め、店内の棚に置いてもらえるよう、箱にする。
ただし、箱は環境保護の視点からのオーバーパッケージになるので、一箱あたりの量を現行の 3倍にし、定価も、800円程にする。(内容量が多くなれば、パッケージの環境負荷は小さくなる)

現在の価格帯は、ちょうど、子供が「おやつ」として食べるものと、同等だ。
たとえば、ポッキーチョコレートやポテトチップス他、主婦が気軽にカゴに入れる価格帯になっている。これでは注意喚起ができない。
黒っぽい、高級感のあるパッケージにし、値段を上げることによって、
主婦が気軽に日常的な意識で買ってしまうことを回避させる。


本当は、ここまでの事は、誰でも思いつく。(おそらく、もっと)
誰でも思いつく事を、彼らはしなかった。手を抜いた。

PL法の責任の有無は、程度問題だ。
消費者保護の意識の高い欧米では、このような判決はありえない。(ありえない以前に、販売禁止がされている。)
日本は、商業活動を、消費者保護より優先したのだろう。
それが、今回の地裁の裁判官の尺度だった。

PL法の責任の重さを測る尺度が、
高裁では違う可能性もあると思う。


| | コメント (2) | トラックバック (0)

太陽を所有してる女性、ゴアさんは訴えるんだって。

2010年11月29日16:22
スペイン女性が太陽を「個人所有」、ゴア氏「彼女を訴える」

http://news.searchina.ne.jp/disp.cgi?y=2010&d=1129&f=national_1129_077.shtml

http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=1421778&media_id=97

おもしろいじゃん。
こうなってくると、
ヒトが所有するって、
どういう意味なのかって、思えてきちゃうね。

そういえば、小惑星に名前つけたり、
月の土地を買うとかってのも、あったよね。

メシエ天体みたく、
自分で勝手に名前つけるのもいいかも。

Suzume 666

とか。。。でも、それじゃメシエさんのパクリだし、
東京じゃ、彼が名前つけちゃったのどころか、一等星さえ見えないし、


ってコトで、
すずめは、
昼間を担当するコトにした。

秋晴れの青空の
雲。

Suzume1

とかってね。


みなさん、
これからいつも、
雲を見るたびに、
あれは、

Suzume 8

とかって、すずめの雲だって、思い出してよね。



----

ところでゴアさん、
とうとう、温暖化の原因は二酸化炭素じゃなくて、
太陽だって、認めたワケですね。


裁判にも負けちゃったしね。


補足説明;
ゴアさんの、「不都合な真実」っていう映画。
その中で、温暖化の原因をイロイロ述べている。
しかし、これはおかしくないか?っと、イギリスで訴えられて、
敗訴した。。。温暖化の原因として、二酸化炭素諸悪の根源説は否定されたワケだ。


-------


 宇宙の恒星や惑星の所有を取り決めた国際条約の盲点を利用して、スペインの女性が太陽の個人所有申請を行って役所の認可を得た。これに対して環境保護に取り組んでいるアメリカのゴア元副大統領は「地球温暖化の責任で彼女を訴える」とコメントした。中国網が伝えた。

 太陽を「個人の財産」としたのは、スペインに住む49歳の女性。以前、アメリカ人が月をはじめとする太陽系の惑星を個人所有しているのを知り、今年9月より太陽の個人所有申請手続きを始めたという。彼女によれば国連の「外層空間条約」では国家による恒星や惑星の所有を禁止しているものの、個人所有に関する規定はないとのこと。そこで、現地の公証役場に申請を行ったところ、驚きながらも職務に忠実な公証人のおかげで無事申請が受理されたそうだ。

 太陽の所有者となったこの女性は、これから太陽を利用する人から料金を徴収し、その半分をスペイン政府に、20%をスペインの高齢者年金に寄付するつもりだ。また、残り10%ずつを研究費、地球の飢餓解決、そして個人のポケットマネーに充てる予定にしている。どのようにして徴収するかはこれから考えるとのこと。うかうか日光浴などできない時代がやってくるのだろうか。

 そんな彼女を、ゴア元副大統領が訴えるという。ゴア氏は27日に記者会見の席でこの件に触れ「彼女の『持ち家』である太陽が地球の温暖化問題を招いている責任をとってもらう」趣旨で法定に訴状を提出するとコメントした。また、「スペイン政府も被告に入れるか検討中。女性は太陽で得たお金をスペイン政府に渡そうとしている」「このようなお金を安易に自分の財布に入れてはいけない」と意見を述べた。

 ゴア氏の訴えに対して、この女性からの反応はまだないという。(編集担当:柳川俊之)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

救急搬送時間って、短い方が良い?

救急搬送時間って、短い方が良い?
2010年11月27日09:52
■救急搬送時間が過去最悪、10年前より9分遅く
(読売新聞 - 11月26日 11:10)
http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=1419145&media_id=20

最悪?

救命士さんたちは、現場で何もせず、早く運ぶ事だけが良い?
!0年の間には、救命士さんたちができることも格段に増えてるよね。

そのそも、この搬送時間のベースは何?
到着時間?引き渡し時間?
軽いコトで119番しないでくださいって運動したんだから、簡単に軽症って分かるような人が少なくなったとしても、搬送時間、延びるはず。


実は、以前もこの手の記事があって、
???
って思ったので、東京消防庁へ問い合わせたことがある。
その時の情報源は総務省の消防庁で、やはり,東京が搬送時間ワーストっていうものだった。
すると、東京消防庁さんからお返事があった。
総務省のも消防白書だったか、その手の全国データからだったんだけど、
このデータのベースになっていたのは、
搬送時間が何たるかという事を統一していないものだったのだそう。
消防車は病院に到着して、門をくぐって、ドクターやらいろんな人に引き渡し、その人がどのような処置を受けているか、確認し、書類を書いてもらって帰る。
この中のどこまでを搬送時間として入れるか。東京消防の場合は、「引き渡した時間」他の、「早く運べてエライ」県は門をくぐった時間にしてる所も多かった。


さて、この記事、どうなのだろう。
その時のデータがみんな「門をくぐった時間」で、そりゃ、おかしいじゃんってコトで、引き渡し時間にしたデータにしてたら、遅くなるだろうし、

何よりも、技術レベルの高い救命士さんだったら,何らかの処置もするかもしれないし。。。。それだけじゃなく、ちょっと前から軽症では呼ばないでくださいキャンペーンをやってるワケで、そういうのが功を奏しているとしたら、また、時間は長くなるかもだし。


搬送時間データを短くするにゃ、数的に大きな軽い人たちの搬送時間を短くすりゃ良い。だけど、そういう問題だろうか?
これで、死ぬ人、予後が悪くなっちゃう人が出たかどうかが重要なんじゃないだろうか。
一次、二次救急、きっと少々断わられても死にゃしないだろう。
本当に重症な場合に、どれだけ断わられてるか。
そこが問題なんじゃないだろうか。
そして、社会インフラも、医療資源が足りないなら足りないなりに、その重要な部分だけを、先ず、拡充するように動くべきなんじゃないだろうか?

| | コメント (0) | トラックバック (0)

死刑廃止への道ではなかったか/上告は?


2010年11月26日08:07
少年に死刑 涙こらえる裁判員
http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=1418652&media_id=2


地裁ということであるから、これから控訴される可能性もあるのだろう。その分裁判員たちの気持ちもまだ、軽かったかもしれない。これが最高裁だったらいかばかりか。
(報道によると、上告はしないらしい)


本当は、裁判員制度において、死刑が一般市民によって決断されることは無いだろうと思っていた。
司法制度、社会的議論の中では、いろいろな論があり、おいそれと廃止は難しいのかもしれない。そして、集団感情としても。
しかし、個人的感情としてはどうだろう。
自分自身、誰かの、それが誰であっても、死を願えるだろうか。
何よりも、その結論を
自分自身、個人としての存在である自分に、
ゆだねられる事の、
理不尽さに耐えられるだろうか。
自然な感情として、
それは回避されてしまうのではないだろうか。
そう、
思っていた。

死刑は、集団的感情としては是であっても、
個人の自然な方向性からは、否定されると。

だから、
この裁判員制度で徐々に、死刑への流れが迂回されていき、
そして、何年か、何十年か後に、
社会全体として、司法的に、死刑が否定されるのではと。

ところが、
今回、そして、前回、
こういう結果になってしまった。

まだ、地裁だから分からないとは言え、今後の流れの大きな足場になってしまうのだろう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

IHクッキングヒータ 

2010年11月16日17:03
某友人へのメール。

視覚障害のカップルがIHクッキングヒータを買いたいんだけど、
何か、良いの無い?っていうのに対しての
すずめのメール。

要するに。。。

視覚障害 ユニバーサルデザイン対応って、昨今、世の中にはいっぱいあるけど。そして、それはとてもすばらしい選択肢だけど。
そうじゃなくても、もしかして、良いかも?
っていうすずめ的見解。

ポイントは、

たまに使うものと、
ある程度若い人が、毎日、日常的に自分専用のものとして使うもの。
前者には、いろんな配慮が欠かせないけど、
後者は、「慣れ」っていうマジックが効くんじゃないかなって。


もちろんね。
音声なんかの対応がすばらしいってコトを否定するんじゃなくてね。

音声チップを搭載すれば、それだけコストアップになるのは、当然。
(もちろん、それを値下げしろという要求は理不尽だし、あるべき形じゃない)
あくまで、チョイスとして、価値が高いっていうことだなって。

------

IHのクッキングヒーターはかなり前からユニバーサルデザイン対応のもの、出てた記憶がありました。(たしか、サンヨー製でした)一時、他のものより高くなってしまって、取りやめたかな。
でも、今もあると思います。

http://panasonic.co.jp/ud/products/02/index.html


例えば、上はパナソニックのものですけど。

IHのクッキングヒータは
キッチンに据え置くもの、ビルトイン
それから、卓上のものとあるんですが。

ユニバーサルデザイン対応となると、音声ガイドがついているようです。

なので、ご質問に関して、正攻法でお答えするなら、上のURLで紹介されている音声ガイド付きということになるのですが。。。


多少、通常品より高価かもしれません。
特に卓上用でしたら、昨今、バーゲンだと1万もしないので。


実はウチもIHを使っているのですが、
見えなくても、もしかして、普通ので間に合うかもしれないって思います。
なぜなら。。。毎日、自分が専用で使うものなので、「慣れ」ることもできるからです。

以下は、我が家のの仕様です。(初期の製品なので、今はもっと良いかも)


主に使うスイッチは限られていて、指先一本のワンタッチです。間違えてもやり直しは簡単。

たとえば、お湯を沸かそう、炒め物をしようとしたら、
電源スイッチを入れる
加熱ボタンを押す。
強火 弱火の指定をする(いつもやるワケじゃないけど)
(必要なら)加熱時間を入れる


この4ステップで、4つのボタン。
(揚げ物用っていうのもオプション的にありますけど)


で、
概ね、加熱時間は、お湯なら、3分?
加熱時間のボタンを3回押すと3分で、ピ、ピ、ピと音がします。
どのボタンも、膨らんでいたりして、指で分かりますが、主に使うものには、指で分かりやすいような丸いシールとか、張っておくと便利かもしれません。

私は、おっちょこちょいですぐ忘れるので、使う時は必ず、時間指定をしています。毎日の事なので、指が覚えていて、自然に1分とか3分って、押してしまいます。お湯を沸かしたり、複雑な調理じゃない時は、強火か、中火、デフォルトです(^^;

こういうもの、毎日使うので、別に目で確認とかしてないんですよね。
間違えたら、スイッチ切って、もう一度押せば良いし。

もちろん、弱火でトロトロとか、複雑な火加減を使う時はありますけど、一日に一度とか?なので、別途、覚えて慣れていけば良いかも?


なので。。。
もし、選ぶなら、先ず、上のURLの音声ガイド付きを触れてみて、
便利だったらそれで良いし、
もし、価格的にもっと安いのをと思ったら、
実際に店頭で音やボタンの仕組み、そのほか、店員さんにつき合ってもらって、実際に試してみて、通常商品でも分かるようならそれでもオッケーかも?って思ったりします。


IHは、
「火」で煽って本格的料理がしたい人には物足りないかもしれませんが、
ソコソコの腕の人だったら、まあ、便利かもって思います。
掃除が楽で、揚げ物とかしても部屋や換気扇が汚れません。やかんとかも焼けないので、きれいなまま。ウチはビルトインですが、レンジ台もキッチンの調理台の続きとしても使えてるので、便利です。


っていう個人的で勝手な意見も含めてですけど、
自分たちのライフスタイルに合せて選ぶのが一番かな。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

日本海海戦1:何となく調べた

2010年11月08日23:52
何となく覚え書き

何かの拍子に、
バルチック艦隊を日本海軍が破ったってハナシに興味を持った。

唐突だけど。。。


で、何となく調べてみたので、その資料のそのまんま羅列。


おもしろいなって、思ったコト。

湾岸戦争の時、
「情報の戦い」だと言われた。

この、
日露戦争のころ、
100年以上前の日本。
バルチック艦隊を破ったのも、情報の力だった?


この時、バルチック艦隊は、北から来るか、南から来るか。。。分からなかった。
それを見つけたのが、信濃丸。
そして、それを打電した。
その無線機。

ほんの6年前、
1895年、イタリアのマルコーニが無線通信実験に成功する。
マルコーニの公開実験を小田切延寿技師は詳細に報告し、
そして、そのわずか2年後に1896年に逓信省・電気試験所長の浅野応輔は無線電信の研究を所員の松代松之助に命じ、松代は僅かな資料を頼りに手探りで実験機材を造った。翌1897年に築地で追実験に成功。
そのころ、日本はグラスゴーに「敷島」を発注しており、無線機はマルコーニを検討したが、高価なので断念。自力で作ることになった。1901年には150kmの交信能力を持つ34式無線機を制式化。1903年には長崎・台湾間の1200kmに達し、36式無線電信機を完成。
海軍はは直ちにほとんどの連合艦隊の艦艇に装備された。


ロシア側もバルチック艦隊にマルコーニの無線を配備したが30%ほどであり、説明に来たイタリア人技師は待遇の悪さに帰ってしまい、使いこなせていなかった。

という背景の中、日本は、
情報戦で勝利した。


なんか、おもしろい。


ちなみに、誰でも知る通り、
この後、日本はダメダメで、その後のポーツマス条約でも、
ばっかみたいな、ご褒美しかもらえなかった。

でも、考えてみると、
この時、日本がやったコトって、
ホントはショボくて、イギリスの手先になったに過ぎないのかも。

その中で、
唯一、
彼ら、技術者たちが、
プロジェクトXみたいに、がんばったんじゃないかな。
そして、彼らの足跡を、この後、たくさんの無名の技術者たちが、歩んでゆく。

って、なんか、かっこいいなって思ったり。


以下、それを調べた資料。

http://ja.wikipedia.org/wiki/三六式無線機

三六式無線機(さんろくしきむせんき、公式名称は三六式無線電信機)とは日本海軍が日露戦争当時以降使用した無線機である。三四式に次いで制式採用された日本海軍で二代目の実用無線機である。1903年(明治36年)に採用された。
採用後直ちに戦艦(「三笠」など)や巡洋艦等大型艦艇より順次搭載され、日本海海戦までに仮装巡洋艦も含む駆逐艦以上全艦艇に装備された。


日本海海戦 [編集]
1905年5月27日午前2時45分、仮装巡洋艦「信濃丸」(艦長成川揆海軍大佐)が北航する病院船「アリヨール」の灯火を発見、更に接近し敵大艦隊の存在を確認後の4時45分、第一報にて「敵艦見ユ」を意味するモールス符号による略語「タ」(―・)の連送で始まる「敵艦203地点ニ見ユ0445」を打電した。この通信は巡洋艦「和泉」による中継を受けて連合艦隊司令部が座乗する旗艦「三笠」へ到達。これを受けて司令長官東郷平八郎大将が艦隊の出動を直ちに下命、同艦より大本営あてに「敵艦隊見ユトノ警報ニ接シ聯合艦隊ハ直チニ出動、コレヲ撃滅セントス。本日天気晴朗ナレドモ浪高シ」と打電し報告した事で、日本海海戦が開始された。戦闘中も連合艦隊が無線電信を有効利用した事は、戦闘の有利な展開に大いに寄与した。
実物を忠実に復元したものが現在横須賀の記念館「三笠」無線電信室の中に展示されている。


http://homepage2.nifty.com/nakagen29/05.htm


05・・・日本無線史の落穂拾い的考察 (1)
イタリア人マルコニーにより無線通信が発明されたのは1895年のことでした。その情報は
直ちに日本に伝えられ、2年後には早くも実験試作が行われました。
1896年に逓信省・電気試験所長の浅野応輔は無線電信の研究を所員の松代松之助に命
じ、松代は翌1897年に実験に成功しました。松代は僅かな資料を頼りに手探りで実験機材
を造り築地海岸で実験を行いました。

この一事は、その当時の日本社会の実力からすれば、驚嘆に値すると思われます。明治
政府が1868年に成立してから、近代国家の建設を目指して先進国に追付こうと諸制度や
産業を整えていた時代ですから、今日では日曜大工店等で容易に入手できる部品・材料
の類も総て自力で調達しなければならなかった筈です。

科学・技術を駆使できる技師の養成を目的に工部大学校が創立され、日本初の工学士が
誕生したのが1879年でした。開学当初の教授陣は総て英国人であり、実験機材は総て輸
入に頼っていました。松代が無線機の実験をしたのは、そんな時代から20年も経ていなか
ったのですから、先ず実験機材を準備する事が大仕事でした。


..............
左図は浅野応輔、中図は松代松之助、右図は木村駿吉

月島で実験した無線機材
また、文献資料の類も手に入れるのが大変でした。複写機もフアックスもインターネットも無
い時代です。輸送手段にしても航空機は未だ出現せず、大洋航路の船舶しか有りませんで
した。そんな環境の下で、世界最先端の技術を独力で追随したのですから、その努力には
敬服します。

松代らは僅か2冊の冊子を頼りに精力的に研究を進め、1897年11月には早くも月島・金杉
沖間1.8kmの交信に成功しました。次いで1898年12月には月島・第5台場間3.4kmの実験
にも成功を収めました。マルコニーの発明が公表されてから、2年に満たずしてに独力で
追試に成功した例は世界的にも稀であったと思われます。

この成果は専門誌である、「電気学会雑誌」に発表しましたが、それだけに止まらず新聞社
や陸海軍を招いて公開実験を行いました。先端技術を広く一般に知らしめる広報活動は今
日では当たり前の事ですが、当時としては画期的な試みであったと思われます。この公開
実験は特に海軍の関心を高め、その開発を促進する結果を齎しました。

その頃、海軍は戦艦「敷島」を英国に発注していたので、無線機に関して英国マルコニー社
に打診しましたが、非常に高価であったので自主開発に方針を変えました。松代松之助の
移籍を要請し、同時に第二高等学校教授であり無線技術の研究をしていた木村駿吉を招
請して体制を整えました。組織としては外波内蔵吉少佐を委員長とする無線電信調査委員
会という形をとりました。

海軍大学で大臣臨席で行われた無線実験
松代・木村を中心とする研究活動は着々と成果を上げ、1900年には海軍大臣臨席の下に
実験を行い、1901年には150kmの交信能力を持つ34式無線機を制式化するに至りまし
た。マルコニーの無線通信成功の報を得てから僅々6年にして、極東の一小国が独力で開
発し実用に供したのですから、担当者は超人的な努力を重ねたと思われます。

一方、逓信省における研究は佐伯美津留に引き継がれ、こちらも成果を上げて行きまし
た。1900年の交信距離は、18kmから50kmほどでしたが、1903年には長崎・台湾間の1200
kmに達しました。この時に夜間の交信は出来るが昼間は困難であるという現象を発見し
ました。電波伝搬データの第1号と見ることが出来ます。

海軍はさらに開発を進め1903年には、より高性能の36式無線電信機を完成し、370kmの
交信能力を備えるに至りました。この無線機には安中電機製作所(現在のアンリツ電気株
式会社)の開発したインダクション・コイルが組み込まれた事は特筆に価します。また電源
としては島津製作所の創案による蓄電池を使用しました。この事は幾つかの主要部品が民
間の企業により製造できる段階に達した事実を明示しています。

バルチック艦隊の続き編集する2010年11月08日23:53
資料のつづき

.....
左図は36式無線電信機のレプリカ。右図は安中 電機製のインダクション・コイル

36式無線電信機の回路図
この36式無線機は直ちに連合艦隊の艦艇に装備されました。主要な艦から始め、日本海
海戦の直前には駆逐艦に至る殆どの艦に装備されました。すなわち1905年5月には、戦
艦・巡洋艦・哨戒艦は100%、海防艦・砲艦は88%、駆逐艦は85%という数字でした。
この装備率は世界最高の値であって、世界最強を呼号した大英帝国海軍でも80%程度で
したから当時の関係者が如何に先見の明があったか、果断な実行力があったかを如実に
物語っててます。

軍・官・民一体となつて開発・整備された36式無線機は、日本海海戦において期待に背か
ぬ働きをしました。欧州から回航して来るロシア・バルチック艦隊を迎撃すべく布陣した連
合艦隊は70余隻の艦艇を哨戒に当てましたが、その中の信濃丸が五島列島・白瀬島西方
海域でロシア艦隊を発見、直ちに「敵艦隊発見」の打電をしました。この時、連合艦隊の旗
艦・三笠との距離は185kmほどでした。逸早くロシア艦隊の位置・動向を知った日本艦隊
は優位の立場を占め、海戦史で最大かつ完璧の勝利を収めました。

この際に相手のロシア艦隊も無線設備は有りましたが、有効に使われることは有りません
でした。装備率は30%ほどと伝えられ、機材の能力も36式無線機よりも低く、将兵は操作
に熟達していなかったようです。真偽のほどは確かではありませんが、指導のために乗艦
した英国マルコニー社の技術者が待遇の悪さに怒って途中で退艦してしまい、遂に使いこ
なせるレベルに達しなかった、という珍談も有ります。

また、ロシア艦隊は信濃丸の発した電文を傍受はしたが、何らの対策を講じなかったと云う
話も伝えられています。その一つは、妨害電波を発して、その後の交信を不能にしようと艦
隊司令長官に進言したところ、「そのような卑劣な手段は光輝あるロシア艦隊として採るべ
きでない」と却下されたとの事です。その2は、既に日本海軍に位置・進路を発見され臨戦
態勢に入ったにも関らず、ロシア艦隊の無線封鎖を続けたために艦隊内の相互の連絡が
不十分であった事です。

上図は哨戒艦「信濃丸」、下図は戦艦「三笠」の模型
大勝利を得た連合艦隊司令長官・東郷平八郎は哨戒艦信濃丸の功績に対して感状を授
け、そのを讃えました。また作戦計画を推進した主席参謀・秋山真之は36式無線機の開発
に尽くした木村駿吉技師に感謝の書簡を送っています。この事は開戦に先立ち開発整備し
た無線通信機が、実戦に於いて極めて有効に働いたとしての高い評価を示すものです。
世界の戦史上、初の電子情報戦であり、その成果は劇的と云えるものでした。以来、列強
は競って無線通信技術の軍事への導入を図りました。

当時は開発途上の東洋の一小国である日本が、殆ど独力で先端技術に追従し大量に整備
し、それを作戦に活用して勝利を収めたのですから、世界を驚倒させた事は想像に難く有り
ません。前記の秋山参謀は木村技師あての書簡で 「いかに威力の大きい大砲・魚雷など
の兵器を持ち、そして強大な軍艦、かつ高速の軍艦といえども無線機が無くてはその能力
を充分に発揮できない。したがってその重要性は・・・・」と記しています。
まことに歴史に燦然と輝く名参謀の至言と云うべきでしょう。

/homepage2.nifty.com/i-museum/19460000sinano/sinano.htm

http://homepage2.nifty.com/i-museum/

●無線電信と日本海軍
日清戦争が終わった1895・明治26年,イタリアのボローニャ出身の青年が自宅の窓からほんの数キロ先まで無線でモールス信号を送ります.有名なマルコーニによる無線通信実験が成功した瞬間でした.
マルコーニは各地で公開実験と講演をくり返しますが,その実験を熱心に見学し,観察し、報告を本国に送る日本人の姿がありました.日本海軍の小田切延寿技師の報告書には「空中線の長さが150フィート、電池50個、10吋直径を有するインダクション・コイルを使用」といった詳細な技術情報が含まれています.日本海軍は明治30年には月島海岸で4年前のマルコーニと同じ水準の実験に成功,大変な熱意を注いでこの新世紀の技術開発に取り組むのです.
●永井荷風のアメリカ
1903年、永井荷風は北米航路の信濃丸でアメリカに渡ります.「日本人による最初の異国遍歴の物語であり、日記文学(末延芳晴)」といわれた「あめりか物語」を書く大作家も,この頃は「新形式の伝記小説を」創造しようと「徒に苦悶の日を送」(『西遊日記抄』)っておりました.
荷風がウォール街の銀行の一職員として働くのは日露戦争講和後のことです.日露戦争は情報の戦争でもありました.タイムズの特派員はロシアの旅順艦隊と日本海軍の戦闘情報を無電でロンドンに送るのですが,戦闘開始から1分以内に新聞社にその報せが届いたのはこの時が史上初めてだといわれています.信濃丸と僚艦には日本海軍が心血をそそいで開発した無線機が搭載され,信濃丸は日本海に向かうバルチック艦隊をいち早く発見して「敵艦見ユ」という有名な電信を発します.世界戦史上初めて無電が使用されたのです.


小田切延寿


http://abocavo.blog.ocn.ne.jp/abocavo/cat2250308/index.html


2005-11-09
テレグラフに関する本二つ

 今日、ゲットしたのは、『日本無線史』という非常にマニアックな本。
 発行は、日本電波監理局、昭和27年。全十二巻揃うと、三十万円くらいするのだけど、今日頂けたのは巻四、十、十一、十二の四巻だけだった。……誰かがすでにもうゲットしてしまったのかなぁ、それとも来週行けば、他の巻があるか。
 ただ、ボクが見たいと思っていた第十巻が手に入ったのは、とても嬉しい。
 この巻は「海軍無線史」と題して、上下二段組み677頁の分量が書いてある。
 明治三十二年、イギリス英国公使館付川島令次郎が、イタリア人マルコニーの無線電信による電信通信の発明を海軍大機関士、小田切延寿に報告するところから、昭和二十年終戦までの海軍における無線電信の方法とその改良、また教育、国家予算などに関することである。
 読んでいて(と言ってもパラパラと興味があるところを捲っているだけだけど)、時々ボクが生まれ育った佐世保という地名が出てくること。
 大正十五年一月二十九日から二月五日までの間、東京佐世保間に於て波長二〇メートルの短波及び波長五メートルの超短波を用い、短波空中線に関する実験を行い、次のような結論を得た。……等々。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

仕分けされないために必要な結論とは?


2010年10月19日07:53
子どものころの経験の多さと、年収の関係
http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=1377312&media_id=40


記事の中で引用されたデータ、何か有為さがあるようには感じない。なぜなら、これを調査した団体は、

国立青少年教育振興機構

若者たちに、いろんな経験を!っていう団体。独法って、仕分けされてたけど、もし、若者にそういう経験させなくてもイイっていう結果にでもなったら、ソク、活動意義が無くなっちゃうじゃん。

きっと、イマドキの子供たちは、昔のオトナに比べて、自然やその他の経験が減ってるっていう思い込みで調査したんだろうけど。。。

さにあらず。

なぜなら、イマドキの子供たちのパパやママはキャンプ大流行の世代なのだ。
それまで一部のマニア向けだったテントやその他、キャンプ用品が、ホームセンターやスーパーでも売られ、ワンボックスカーが大ヒット。オートキャンプ場は、さながら神戸の震災後の広場のごとく、大混雑。

各地で「自然を見る」っていうようなイベントや教室も開かれ、
パパたちも勉強して、火をおこしたり、テント張れるようになった。

むしろ、私たちの世代の方が経験して無いだろう。


で、この研究にインパクトを与えるっていうか、
価値あるって思ってもらうために、

こういう経験をさせると、
頭 良くなって、
就職も良いところにできて
お金持ちになれる


みたいな結論が欲しかったんだろうけど、
この数値って、
有為差、ある?


もとのデータはこっち。

http://www.niye.go.jp/insreport_pdf/10taiken-06.pdf


いろんなグラフ、
ざっと見て、折れ線、まっすぐなのが随分多いよねえ。
設問の文章に??があるかどうかはともかく。

でも、
青少年に自然とかの体験をさせるってコトに
意義があるってみんなに支持されないと、
独立行政法人、仕分けされて、おとり潰しになっちゃうからねえ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

日本は一人当たり消費量36位


2010年10月18日15:01
■地球が1・5個分必要…現代人の生活維持なら
(読売新聞 - 10月18日 11:18)
http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=1376946&media_id=20

興味深い。
ちょっとググってみると、これは、生きている地球レポート/ WWF (パンダのマークのね)かららしい。

日本の一人当たりの消費量、36位。デンマーク、3位。

アラブ首長国連邦、カタールなど、アブラ関係の国々はともかく、デンマークが3位とはびっくりだった。国民満足度、世界一の国!
(この調査に関しては、下に抜粋)


http://www.inaco.co.jp/isaac/shiryo/kono/GDPranking.htm

デンマークって
ものすごーっくイケイケな豊かな国というイメージでは無い。

だけど、福祉は素晴らしいと言う。
でも、一人当たりの消費は世界3位

パンダマークのWWF「エコロジカル・フットプリント」(EF:Ecological Footprint)の二つの指標でってコトだけど、

どういう基準なのか、詳しいことは分からない。
だけど、デンマークのGDPって27位?
酪農国、福祉国家のイメージのあるこの国、そんなに消費行動に走っているということなのだろうか。
この数字は日本はもちろん、アメリカよりも高い。
産油国は別とすれば、先進国で1位。

原因は何なのだろう。
本当に平たく、国民の「消費量」が多いのか。

それと、国民満足度の関係は?
福祉との関係は?

日本は36位
この差は何なのだろう。
もし、リーズナブルな調査であれば、偉いじゃん日本ってことになるんだけど、

よく分からない。
後でもう一度調べてみよう。


(表題のニュースから)

 1人当たりの消費が大きいのは、アラブ首長国連邦、カタール、デンマークの順。オイルマネーで潤う産油国など、上位には所得水準の高い国が目立った。米国は5位、日本は36位だった。

国民満足度

http://visitscandinavia.or.jp/index.php?node=ftcsustainable&cmd=view&attsub=5


世界178ヵ国を国連などの国際機関から出されている100件以上のデータを分析したものです。「医療制度と健康」「教育」「環境」「経済的な 豊かさ」などをもとに算出。。。。デンマークが1位になったのは、この国が行ってきた高齢者福祉や児童福祉の充実、国民一人ひとりが安心して暮らせる社会づくりによる賜物といえるのかもしれません。今 回の調査結果は、国民が生活の中でこれらの福祉サービスの質の良さを実感していることの現れです。日本も、いつかは胸をはって「幸せだ」といえる国にしたいものです。
【国民の幸福度ランキング】
第1位 デンマーク
第2位 スイス
第3位 オーストリア
第4位 アイスランド
第5位 バハマ
第6位 フィンランド
第7位 スウェーデン
第8位 ブータン
第9位 ブルネイ
第10位 カナダ
--------------------------
第90位 日本

生きている地球レポート

世界自然保護基金(WWF)が発行している環境問題についての報告書。地球環境とそれに対する人間の活動による影響について考察を行なっており、1998年から隔年ごとに発行されている(直近は2008年版)。
「生きている地球指数」(LPI:Living Planet Index)と「エコロジカル・フットプリント」(EF:Ecological Footprint)の二つの指標を用いて、20世紀後半(1960年代/1970年代)から発行時までの地球環境の変化、および近未来の変化について考察・提言を行なっている。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

自殺の本当の原因は?


2010年10月15日23:38
うつ病による経済的損失を国が試算 自殺死亡率トップの日本は約2兆7千億円
http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=1374796&media_id=105

うつによる自殺者の7割は、精神科を受診し、薬も服用していた。
精神科を受診する人の数は増えているが、しかし、自殺者は減っていない。

なぜなのだろう。
コミミにはさんだ話。っていうより、よく言われている話。

風邪の薬だったら、体重が10キロだったら、この量、一日何回って、決まってる。
だけど、精神科の薬にはそれが無い(のが多いってコトだろうけど)のだそう。
この量で眠れないんだったら、もうちょっと増やして、また、増やして。。。どんどん増やして。
減らすとヨカラヌ事をしでかしたりするので、
どんどん増やせば、大人しくなる。。。

自殺者の7割が精神科受診

http://blogs.yahoo.co.jp/tetsuyajpn/50545294.html

自殺者の7割が精神科受診 抗うつ剤副作用疑う声も

以下は上記URLから抜粋

2010年4月27日(火)15:00

(河北新報)
 自殺で亡くなった人の7割は精神科を受診し治療中だったことが、全国自死遺族連絡会(田中幸子世話人)の遺族への聞き取り調査で分かった。12年連続で自殺者が3万人を超える事態に、政府はうつの早期受診キャンペーンに乗り出している。

 調査は
 今年3月までの調査では対象となった1016人の自殺者のうち、精神科を受診、治療中だった人は701人で、69.0%を占めた。
 藍の会が単独で調査していた07年末までの「受診率」は51.9%だったが、連絡会発足後の08年1月以降は883人のうち632人と、71.6%に上った。
 連絡会によると、自殺者のうち飛び降り、飛び込みは197人。自宅のあるマンションから飛び降り自殺を図った場合は、全員が受診していた。
 その多くは抗うつ剤などを1回5~7錠、1日3回(一部はほかに就寝時も)服用し、女性の割合が高いことも特徴。「もうろうとした状態での衝動的な行動だったのでは」などと、副作用への疑いを口にする遺族も多いという。
 調査とは別に、自殺への不安などで悩む人の藍の会への相談では「うつの薬が効かないと受診先で種類を増やされ、1日に40錠服用している」との実例もあった。
 藍の会代表も務める田中さんは「受診は増えても、自殺は減っていないのが実情。自殺予防はうつ対策からとキャンペーンを展開する前に、国はしっかりと調査をやってほしい」と訴えている。


補足:

ただし、上の統計、多少、バイアスはあるかもしれない。
全国での、自殺者の総数は平成22年、
32845人

もあるのだが、調査対象者は1016人

調査したのは、自殺関係の団体で、ここにアクセスする人、このような人達の知り合い?は、多少、能動的な人が多いだろう。おそらく、おかしいと思ったら、何とかしようと、精神科を訪れるのではないだろうか。

だとしても、自殺とは無関係なものも含めて、精神科受診者自体が増えているはずっていうのは、本当だろう。
そして、それにも関わらず、自殺者が増えているというのも。

出典
http://www.t-pec.co.jp/mental/2002-08-4.htm

| | コメント (0) | トラックバック (0)

美談 /本当の問題は?

2010年10月14日09:33
チリ救出 今日昼に全員地上か
http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=1372786&media_id=4

ヒネクレもののすずめは、
何か、このニュース、
好きじゃない。
昨日、夜、報道番組でもやってた。
「健康状態が心配です」
「その後も精神的な影響があるのでそのケアを。。。」

チリっていう
2008年のGDP 44位って国、
何年か前、やっと軍事独裁政権から脱したような国、

そこでの、
炭坑で働く人々。


彼らの周りに、
世界中のメディアが集まり、
大統領までやってきて、
世界中の人々が、
「1人、救出されましたっ!」
ってな、レポートに感動しちゃってる。
それを見て、
ツツイヤスタカの小説思い出しちゃうのって、すずめだけ?


世界中で、
感動しちゃってる人達には、
事故が「なぜ」起こったのか。
危機管理、それ以前に、穴を掘るための、土木技術的な安全性ってのは、どう、担保されてたのか。
そんなコトには興味無いよね。
だって、事故の規模としては、ちっぽけなモノ。

すずめは、
昔、っても、ちょっと前の、バブルのチョイ前、

http://ja.wikipedia.org/wiki/北炭夕張新炭鉱ガス突出事故

この事件、覚えてるけど。
あのころは、まだ、メディアの中心は新聞だったから、
みんなが鵜の目鷹の目って感じじゃ無かった。
結局、遺体?を残したまま、
閉鎖したんだよね。


そもそも。。。
実は、すずめたち、ほとんどが、炭坑なんて、縁が無い。
っていうか、どこにあるのかさえ知らない。
夕張?
他には、小学校の頃、地図に バッテンに金槌みたいなマーク(つるはし)があるのが採掘地だったっけ?だったら、もっとたくさんあったよね。

調べてみると。。。


http://coal-mania.hp.infoseek.co.jp/index.htm

炭坑マニア

こんなページがあった。
そうだ。炭坑って、日本の工業技術、その危機管理の中心テーマとも言えるはずの、大きな問題だったんだろう。
今は、坑道には、地下鉄が走ってる。

もどって、
チリの問題。

確かに、埋められた人々が助かったことはすばらしいけど。
本当の問題は何なのか、
ちょっと違う気がしてしまう。


「チリ万歳」救出劇成功の陰に
http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=1373140&media_id=2

チリって、いつも、この程度のコトで、大統領が出てきて、こんな手厚い保護がされるんだろうか。海外メディアの食いつきはともかく、
炭坑で働く人々は、みんなこんなに大切にされてるんだろうか?

だったら、何で、こんな事故が起こるような、
採掘の体制だったのか。。。


何か、このニュース、釈然としない。1つ前の日記にも書いたけど。

http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1601801938&owner_id=12848274


チリの事件、

確かに、感動的だったのかもしれない。
世界中のメディアが報道してたようだ。

可愛い子どもや美人の奥さん、
その他、
いろんな角度の取材ができたろう。
助かるというコトが分かってからは、美談の仕立てもしやすい。

でも、
何で、コレっぽっちの事故。。。
そんなに何時間もメディアが報道するんだろう?

もしかして、
何か、
他に注目して欲しく無い事があった?


何?

思い出した。
そうだ!

アメリカの臨界前核実験。

去年、オバマさん、コレでノーベル賞を取ったっけ。
今年も今、まさに、ノーベル賞シーズン。

だけど、マの悪い事に、
(って、まさか、狙ってる?)
今、
臨界前核実験。


実験は、ずっと前から予定してたろう。

何もニュースの無い所に
コレをやったら、良い話題になっちゃう。おりしも、ノーベル賞シーズンだし。


だから。。。
世界中の人達が注目する、何か、ニュースが欲しかった?

その影でこっそり、やりたかったから。


っていう、すずめの推理


| | コメント (0) | トラックバック (0)

抑止力と言う呪縛


2010年10月14日08:54
米国で臨界前核実験、広島と長崎で怒りの声
http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=1372703&media_id=88


やはり、「抑止力」という呪縛からは逃れられないのか。
平和記念式典での、「変化」を考えると、
とても残念。
新たな開発は行わないというものの、
結局は、行わなくてはならなかった。


気になるのは、国際間の込み入った事情の中、
「誰」に、この実験をしたというコトを見せたかったのか。
世代交代に向かって、より、右傾化しそうな某将軍サマの国?

さすがのすずめも、
核兵器廃絶が、ちょっとやそっとで実現するとは思えない。
だけど、
「フリ」だけはして欲しいな。
アメリカが、「やめるフリ」したら、インパクトあるだろうし。

せめては、
机上の空論で良いから、
長期計画/廃絶までのビジョンを発表して欲しい。

30年後には各国が核不拡散条約加盟国が1本ずつ。

50年後には、ゼロ。

それをどう、実現していくかっていうような。

そして、
そのゴールまで、
これから、3年の間に何回の核実験
5年の間に何回、
10年後には。。。

そんな長期ビジョン。

だったら、みんな、納得するんだけどな。


------


米国:オバマ政権初、臨界前核実験 抑止力維持、方針崩さず

 <分析>

 ◇議会で劣勢 「共和票対策」狙いも
 【ワシントン草野和彦、テヘラン鵜塚健】オバマ米政権が先月、06年以来となる24回目の臨界前核実験を実施していたことが明らかになった。「核兵器のない世界」を目指すオバマ大統領が09年の就任後、初めて実施した実験は、他国に核兵器が存在する限り、米国は核抑止力を維持するという大統領の方針を踏襲したものだ。米国内に根強い「核抑止力低下」への懸念を払しょくする狙いもありそうだ。

 エネルギー省傘下の核安全保障局(NNSA)によると、今回の実験は、原爆開発で知られるニューメキシコ州の核開発研究機関ロスアラモス国立研究所が担当。9月15日夕、ネバダ州の地下約300メートルにある実験室で実施された。

 オバマ大統領が「核なき世界」を訴えたのは09年4月の「プラハ演説」だが、その目的は「核テロの防止」だ。演説でも「世界に核兵器が存在するうちは、米国は安全な方法で核兵器を維持する」と明言している。

 これを具体化したのが、核戦略の指針として今年4月に発表した「核態勢見直し」(NPR)だ。核兵器の役割について、通常兵器の能力向上により削減させる一方、「米国と同盟国に対する核攻撃の抑止」という基本路線は崩さなかった。

 また、新たな核兵器開発はしないが、研究や、現有する核兵器の使用期限の延長を継続することも明らかにした。今回の実験はその一環であり、NNSAによると、実験データは「保有する核兵器の安全性と効率性を測定する」ために使用され、あと2回の実験が近く予定されている。

 今年2月発表の11会計年度の予算教書では、NNSAの核兵器性能維持の関連費として、10会計年度予算から11%増の70億ドル(約5700億円)が盛り込まれた。さらにバイデン副大統領は、核兵器関連費を次の5年間でさらに50億ドル増額すると表明している。

 「核抑止力維持」の一連の措置は、NPRだけでなく、今年4月にロシアと締結した新戦略兵器削減条約(新START)を巡る動きとも連動する。共和党から「核抑止力の低下につながる」との反発が出ているためだ。

 条約批准には、上院(定数100)で67人以上の賛成が必要だ。現在は与党民主が59(無所属2を含む)、共和党が41だが、11月の中間選挙では民主の議席減が予想され、選挙結果が反映される来年1月以降は、さらに批准が難しくなる。今回の実験でオバマ大統領は、核抑止を重視する姿勢を見せることで「共和党票固め」を狙ったものといえる。

 ◇「二重基準だ」イランで反発
 一方、核開発疑惑で非難されるイランからは反発の声が上がった。女性NGO「平和友好協会」のスサン・サファベルディ代表は「根拠のないイランの核兵器開発疑惑を指摘する一方で、核実験を続けていたことは明らかな二重基準であり、米国が今も『世界の警察官』気どりであることの表れだ」とオバマ政権を批判。「平和を築くには、相互の尊重に基づく対話が基本だが、米国は勝手な独り芝居を続けているようだ」と非難した。

米国:抑止力維持、方針崩さず オバマ政権初の核実験

| | コメント (0) | トラックバック (0)

ビキニの謎。。。見えない

2010年10月10日11:20
ビキニの謎。。。見えない


って、このタイトルにひかれて来たヒトいるでしょ。
そう、あ、な、た 


でも、今日の日記は、ビキニはビキニでも世界遺産のビキニでした。


----


この夏、ユネスコの世界遺産にビキニ環礁が認定された。
ニュースを聞いた時、一番によぎった疑問は、
誰が運動したのだろう?
ということだった。核の脅威を伝える遺産は、ヒロシマに次ぐ二つ目。
ヒロシマの時には、「負の遺産」として残すことに、アメリカ等の大きな反対があり、登録までに何年もかかった。

ビキニはマーシャル諸島共和国にある。アメリカが支配してるとは言え、一応、タックスヘイヴンのミニ国家。
ここに、世界遺産の登録への運動をした人がいるんだろうか。そして、こんな国に、いっぱいお金を出しててもなかなかヒロシマを認めさせられなかったニホンよりも大きな力があるんだろうか。

ネットで、いろんなキーワードを引っ掛けても出て来ない。
ニュースでは、ある日突然、遺産登録委員会にかかって認められたみたいに見える。

いろんなキーワードをひいても、何も引っかからない。
誰も疑問に思わないんだろうか。
ユネスコの世界遺産認定なんて、そんなに簡単に降りるモノなのか。
しかも、こんなアーギュメントのあるものに対して。


たとえば、こんな運動もある。
http://www.madonnagasaki.org/

被曝マリアを世界遺産に
でも、難しいんだろう。イロイロあるし。
(去年の4月ごろ、すずめも日記に書いたけど)


なぜ、
誰が、
ビキニを世界遺産にする運動をしたのだろう。
裏には、何があるのだろう。

オバマさんの平和賞
米国駐日大使、国連事務総長の平和記念式典出席


確かに,世界は、核離脱の方向に動いているように見える。
そして、その動きは、ちゃんと、確かなもののように見える。
だけど、このビキニ、
誰が、主張したのか。。。


で、
そういうのを調べてると、行き当たった。
ビキニ環礁でブラボー実験中に被曝した第五福竜丸の久保山さん
彼の死因は、輸血に寄る肝炎だというもの。(しかもそのブログにはそれは学会の常識って書いてある)
???
原爆記念病院に彼の検体も残されてたんじゃなかったっけ?

で、ググると。。。

http://www.news.janjan.jp/living/0903/0903048691/1.php


福竜丸・久保山さんの死因は高放射線による多臓器不全

2009/03/05
 米国の水爆実験で被曝し、乗組員の久保山愛吉さんが死亡した「第五福竜丸事件」から55年。被曝問題研究者の医師、聞間元氏が講演し、久保山さんの死因は放射線を大量に浴びたことによる肝不全をはじめとする多臓器不全だったとする最近の研究成果を発表した。当時、米国側は「血清肝炎が死因」で、放射線の被曝は決定的なものではないとしたが、事態の矮小化を図った政治的結論だったという。


本文中の引用

 第五福竜丸23人の乗組員のうち、事故死と原因不詳の2人を除き、既に12人が肝臓ガンなどの病気で亡くなっている。亡くなった方の平均年齢は約61・6歳と若い。存命でも肝臓や胃、前立腺、皮膚のガンなどに罹っている方がおり、現在最も心配されているのがガンの影響だという。

----


いずれにしても、分からない事がいっぱいだ。


なぜか、
すずめのマイミクさんには、
このビキニ水爆の年に生まれた方が何人もいらっしゃる。

団塊の世代より後の、
シラケ世代の前半?

WIKIを見るとこういう記述がある


1950年代前半に生まれた世代は第一次ベビーブームに続く世代(ポスト団塊の世代)に当たり、高度経済成長時代初期に小学校に入り、1970年の大阪万博の頃に高校を出た世代である。この世代の大学進学率は2割前後[2]であり、高度経済成長期に「金の卵」として中卒や高卒で集団就職した者が多かった。その一方で、進学志向の強い高校、あるいは予備校に在学していた時期に70年安保などの学生運動を経験した者も存在した[3]。そして、成人する時期にあさま山荘事件(1972年2月)や沖縄返還(1972年5月)や第一次オイルショックを経験した。


コメント欄で、
「ビキニと共に育ってきた」
という言葉を見て、ちょっと、ドキッとした。

そうか。。。
1つ前の日記ですずめが感じた疑問。

ビキニをめぐる報道やスタンスは、
疑問だらけだったろう。

見えそうで見えない真実。
中身が分かってるのに、
見えないというだけで、とらえることのできない。。。

(ビキニって、別の意味でもそう?)

その前の団塊の世代は、
その真実を明らかにせよと、ストレートに訴えてきた。
だけど、ポスト団塊の世代から、すずめたちに繋がるシラケ世代は、
ストレートに訴えることが、「かっこわるい」と思ってきた。
そこにある真実をうやむやにしつつ、
その歪みを見ながら、
分かってるけど、証明のできない真実。

この問題に限らず、原発の問題もそう。

彼らを先頭に、
生まれた頃から、
世の中には、真実ってあるけれど、
そして、それをみんなが知っているけど、
知らないフリをして生きてる。

そんなのが当たり前の中で生まれ、育ってきたのかもしれない。


そんな中での、ビキニ、
原水爆運動

広島の平和式典には
国連事務総長、駐日大使が出席した。
それだけじゃなく、フランス、イギリスという先進、核オーナーの国々他、74カ国代表が出席。

http://blog.goo.ne.jp/05a21/e/b1dee806955bf5896d528be38c2145d3


ネットで、この日の74の各国来賓代表リストを探そうと思ったんだけど、
出て来ない...

なぜ、知りたかったかというと、
核保有国と出席者の関係。。。

ちなみに、Wikiから、

NPT批准国
        核弾頭数合計 NPT  CTBT
アメリカ合衆国 9,400    批准  署名
ロシア     13,000    批准  批准
イギリス    185     批准  批准
フランス    300     批准  署名
中国      230     批准  署名

NPT非批准国 CTBT 未批准(未署名)
インド    60-80
パキスタン 70-90
北朝鮮 10以下

疑いが強い国
イスラエル  80


そもそも核拡散防止条約NPTって何か、勝手なキマリの気もするけど、それはおいといて、
今回のこの動きでは、何か、新しいコンフリクトができつつあるように感じる。

アフガニスタンやイラク戦争で私たちはみんな、見てしまった。
NATOやら、国連軍やらに、踏み込まれ、統治された国と、
北朝鮮のように、決して、踏み込まれないであろう国。
その違いは、核なんじゃないか。


核を持つことに疲弊し、意味を感じなくなった国々と、
今なお、核を持つことで、均衡を保とうとする国々。
後者は貧しく、力も無い。

すずめ的に見ても,後者はあぶなっかしい。
次の「核抑止力」の標的は彼らだろう。
アメリカvsロシアの冷戦構造は、
そのまま、NPT 批准国 vs 非批准国っていうのにシフトしてるんだろうか。
だったら、5大国全部で100発もあればいい。


はっきりは見えないけど、
うすうす、分かる。
ビキニのように。

いずれにしても、
歴史に残る年になった。
何かが変わっているのが、目に見える形になってきている。
もしくは、目に見える形を最初に提示することによって、
これから何かを変える端緒にしようとしているのか。

それって、善意なのか。
善意じゃなくても、
何人かの善意の人々と同じ目標値なら、すずめ的には言うコト無いんだけど。


1つ前の日記はビキニについてだったけど。。。

関連して思い出したこと。
何年か前、このビキニ世代の先輩デザイナと話ししたコトがある。

デザインの世界って、
タナカイッコーとか、ナガイカズマサ、カメクラその他がいる。
こういう人達は、中学校の美術の教科書にも載ってるから、みんな知ってる名前だけど。。。
この後にも、その道では有名な一連の人達がいる。
ちょうど、すずめたちの上司とかであった世代の人達。年の頃は、戦中戦前に生まれた、70代。
彼らは、今、デザインの世界で普通に使われてるもの、先陣を切って作ってきた。

こういうすんごい人達がいる。
そして、徐々に。。。訃報が舞い込むようになってきた。


さて、元に戻って、その先輩デザイナたちの話。

僕たちの世代は、常に、頭の上の重しのようにナガイさんやイッコーさんたち重鎮がいた。彼らを越えることは絶対できない。逆らえない。今はもう、引退したとは言え、目の上の瘤のようなもの。僕たちは彼らの下で下積み時代を生きて来たんだけど、今に至るまで、ずっとその下積みのまま。(早く死んでくれないかなとは言わないけどさ)

イッコーさんたちは確かにすごい。何も無い時代に、一匹狼として切り開いてきた。デザイナといえば、彼らのような一匹狼でキャラクタリスティックに戦うのがカッコいいって思って来た。あんな風になりたいと。

だけど、実は、すずめたち世代は、あんな風にって思わないのだ。
美大を出る時にすでに、「企業」やプロダクションなどの集団を選んできた。
なぜなら、先端的な仕事は、個人じゃなく、企業活動の中にしか無かったから。
一番の理由は、楽だから。
上司世代には、いろんな紆余曲折があったりするけど、すずめたち世代には、何も無い。
学校を出て、ストレートにデザイナになっちゃう。
それに甘んじちゃう。だから、イッコーさんたちは、瘤に見えない。年齢的にも遠過ぎるし。

だけど。。。その先輩デザイナの世代は、それじゃ良しとしなかったんだろう。
イッコーさんのように、企業のコマとならず一匹狼として、自分のデザインイコールひとつのブランドイメージのような方向性がを追求したかったんだろう。

先輩デザイナは、ちょうど、ビキニ世代だ。


別の視点で考えれば、個人の力から、集団力へということなんだろう。
イッコーさんたちも、個人とは言え、実は「事務所」であり、正確な意味で「個人」じゃない。だけど、(センセイ事務所って呼ばれる)事務所自信の方向性としては、彼らの「個性」がウリ。
そして、その個性が社会を切り開いてきた。

ただ、そういう形にも限界がある。
もし、そのセンセイが身体を壊したら。
その個性が時代とミートしなかったら。。。
その点、企業は強い。複数の部門があるんだから、入れ替えがイロイロきく。

考えてみると、社会そのものが個性を必要としなくなったのかもしれない。
もう「個性」「キャラクター」のバリエーションとしては出尽くしてる感がある。
今は、その持ちネタをどう、商売的戦略に載せて行くかというだけ。
消費者の視点からは、「変わったもの」「個性的なもの」が出たと見えるかもしれないけど、実は、プロがそう、見えるように,仕掛けているにすぎない。本当に、先進的なものは、今でもまだ、埋もれているはず。どこかに、見えない形で。20年後の世に出る日を待って。


----

っと、書きながら思い出した。
或る、高名なデザイナ。たぶん、誰でも彼の作品は見た事があるはず。
ある日突然、連絡が取れなくなった。1年後、奥様からお手紙を頂いた。
突然、脳梗塞で倒れたとのこと。言語の部分などが壊れてしまったと。
その次の年、彼自身の手による、お手紙が送られてきた。何が書いてあるのか分からない。2、3歳の子の書きなぐりのような。。。そばに奥様の通訳がそえられていた。
あれから何年か。去年の年賀状には、新しい仕事の作品が載っていた。
やっぱりデザインが好きと。
彼もまた、ビキニ世代。

そして、企業におもねず、一匹狼で戦ってる。

って書きながら、もう1つ、思った。
そうだ、今度、会いに行こう。


| | コメント (1) | トラックバック (0)

救急:川崎スタンダードって?

2010年10月05日21:07
1つ前に、
川崎が救急のワーストってハナシ、
書いたら、ちょい、コミミに挟んだ地獄耳のすずめ


この調査の結果受けて、
川崎スタンダードってのをお役人さん達が作ったんだそう。

http://www.tokyo-np.co.jp/article/kanagawa/20100907/CK2010090702000045.html

消えるといけないので、
ほぼ全文、下に貼付けちゃうね。

『市健康福祉局の坂元昇医務監は「恥の限界を超えている」と頭を抱える。』
って。


医療機関さんは3分以内に応えなさいって。
そーよね。ウルトラマンのカラータイマーだって、3分だし、カップヌードルも3分でできるんだから、その位できるでしょ。

そうそう、ひとつ前の日記に引用した記事にゃ、
コレで病院への補助金もやんないからねって、

おもしろいじゃん。

すずめの個人的妄想:

コレって、もしかして、
どっか、「回答次第で受け入れ拒否する」ビョーインが1つあって、
そこへの個人的アテツケのような意味もあったりして?

------

以下、上記リンク先、抜粋。
(著作権にかからないようにするため、一部カット)


【神奈川】

川崎市、迅速な救急搬送へ 9日から新体制
2010年9月7日
 川崎市は、救急搬送時の救急隊と医療機関間の情報伝達を迅速化する「川崎スタンダード」体制を“救急の日”の九日午前九時から導入する。受け入れ医療機関がなかなか決まらず、救急隊の現場滞在時間が三十分を超える割合が、全国の政令指定都市で三年連続ワーストという汚名返上を目指す。 (北条香子)
 総務省などの調査によると、救急隊の現場滞在が三十分以上の事案の割合は、川崎市では二〇〇七年に16・9%、〇八年が16・4%、〇九年16・5%と改善がみられない。
 〇九年の政令市平均は7・1%。ワースト2の千葉市でさえ9・2%。川崎市の数字は他都市と比べて突出しており、市健康福祉局の坂元昇医務監は「恥の限界を超えている」と頭(中略)る。市消防局も「市民から『通報を受けてから救急隊が現場に到着するのは早いのに、なかなか現場から出発しない』と言われることもある」と明かす。
 市地域医療課によると、現場滞在が長引く要因の一つとして考えられるのが、医療機関の受け入れ回答に時間がかかること。医療機関側が救急隊に「付添人はいるのか」「お金がある患者か」などと次々と質問し、回答次第で受け入れ拒否することもあるという。坂元医務監は「不採算になる長期入院や入院費の踏み倒しを病院が警戒するのも理解できるが、満床、専門外などの事情以外で受け入れを拒むのは、本来は医師法違反だ」と指摘する。
 川崎スタンダードでは、救急隊が重篤ではないが入院が必要な患者と判断した場合、受け入れ確認に必要な最小限度の医学的情報(年齢、性別、病状、既往症など)のみを医療機関に連絡。医療機関は三分以内をめどに受け入れ可否を返答し、救急隊の現場滞在時間の短縮を図る。
 地域医療課は「川崎スタンダードの導入を契機に、救急医療体制を改善したい」としている。


二つ前の日記、
川崎スタンダード。
なーんか、ヘン。
騙されてる気がする。

最近、救急が足りないって言われる。
救急の何が?
って思ってると、
「ちょっとやそっとのコトで救急車を使わないようにしましょう」
ってのがアピールされてる。
そっか。
タクシー代わりに使うヒトがいるワケだ。

で、コレを救命士さんに言うと、
「確かに、出動率すごく上がってて、一度出たけど、後回しにした事ある。」
なんてのも言われたりする。
最近、東京とか、PA連携って(PはポンプでAは救急車)できる時には、消防車も同時に出て、早く着いた方が何かする、ってのになってる。消防さん、イロイロやってるんだよね。


だけど、この問題、そんなに大きいんだろうか。
軽症でも救急車を呼ぶヒト。
確かにばかやろーな使い方をよく耳にする昨今。
(でも、このハナシ、近頃の若いモンは。。ってんじゃなく、近頃のオトナは。。なんだけどね)
だけど、そういうヒトたち、放置しといても死なない。
(コレを言うと、風が吹いて桶屋が儲かる的に風邪をひいて死んじゃうみたいなコトを言う医療系のヒトって多いんだけど。。。。それってどーよ)
それに、救命士さんがトリアージして(見分けて)、軽症だけを扱う病院に連れてって、そこで、もし、テキトーに扱われても、死なないんだし、気に入らなきゃ、自分のかかりつけに行きゃ良いんだし。もし、有能な救命士さんに当たってれば,別に病院に連れてってもらわなくても、良いっていう事態もあるかもだし。(東京はそーゆーコトになってる)
なので、救急の問題で、コレをテーマにするのって、何か、すり替えのように感じる。


本当の問題、
どうにかしなきゃいけないのは、
この救急の不足によって、どれだけの人が亡くなったり、重篤な状態になったりしてるかってコト。もしくは、そういう事態が発生しても対応できるキャパが無いってコトじゃないだろうか。
3次救急とか。そこが軽傷者でパンクしてるなら、そっちを別途、解決すべきなんじゃないだろーっか。


さて、
川崎スタンダード。
「恥の限界を超えている」ってコトで、搬送時間のデータを一生懸命短くしようとしてるワケだ。


コレって、そういう問題?
3分以内で、ベッドが空いてるかどうか言えないとイケナクて、
救急取らなかったら、補助金出さない。

でもって、
その時に3分以内に確認して断わられる要因としては、
その患者さんに病院の支払いができるかどうかっていう経済能力まで含まれてて、払えないようなヒトは運ばせない。。。ってのも含まれてる。


それって、救急車と病院の救急窓口の仕事?
社会的カバーが最終的にされるべきで、だったら、関係無いはずなんじゃないの?
って、素朴にすずめは思うんだけど。


昨今、世間サマは救急の問題を、
タライ回し/イコール搬送時間
軽傷者の救急車利用
ってコトに的を絞ってる。
だけど、それって、何か違う気がするんだけど。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

公共哲学の夜

2010年09月25日14:22
今、じゃっく先生のつぶやきで知っちゃったんだけど、

この間、すずめが行ったサンデル教授@東大
明日の夜、やるんだって。


http://cgi4.nhk.or.jp/hensei/program/p.cgi?area=001&date=2010-09-26&ch=31&eid=16497


うふっ。


ってのはともかく。。。
今日の日記


民主主義って/ 熟議の民主主義


この間、ヒョンな感じに公共哲学なるモノの会に行っちゃった。

実はすずめは、多少、お察しされてるかもだけど。。。
学生時代は、すんごい、ブンガク少女だった。小学校に入学したそ
の日から、とにかく、一日中、本ばっかし読んでた。
よく、学年に1人とか、図書館の貸し出し数が突出してるヤツがい
たと思うけど、
そうそう、それ。
とにかく、高校までの12年間、本ばっかしの人生だったので、こ
のままじゃ字しか読めないオトナになってしまうと思って、美大に
行ったのだった。


っていうカコがあるので。。。
哲学って、興味が無いワケじゃないけど、でも、俗物的単細胞の脳
に成り果ててしまった今日この頃。。。
逆に、単細胞で考えると新鮮で、面白いんじゃないかと、
参加してみた。


っていうのが前置き。

で、何かイロイロ考えさせられた。
以下、すずめ的妄想風考察。


民主主義って何だろう?
すずめたちは小学校の頃から、多数決で学級委員を決めて、飲み会
の行き先も多数決で決めちゃったりする。
なぜなら、それが公平だから。
公平?
本当に、公平なんだろうか?
そして、そこから導きだされる解答は、真実の一つだったりするん
だろうか?

「ナチス、ヒットラーも民主主義によって選ばれたんですよね。」
っと、公共哲学会を主催されてる哲学者Y氏はおっしゃった。

すずめの頭には、「色付きの悪夢」(NHKの番組 昔の白黒
フィルムをいろんな資料をもとに画像処理して『色付き』にする試
み)で見た、ナチスの赤い旗が広がった。
あの赤、何て魅力的だったろう。ワインカラーでもなく、少し、黄
色っぽい、でも、鮮やかに深い。
正直、カッコ良過ぎ。
あんな色と、ハーケンクロイツ、見せられちゃったら、すずめなん
か、イチコロだ。ヒットラーに熱狂しちゃいそう。ホント、あの時
代に生まれなくて良かった。

そういう仕掛けのもとに、民主主義を取られたら。。。
その結果がもたらすものには、真実があるんだろうか?

そういえば、コイズミ内閣の頃もそうだった。
なぜか、高支持率が延々と続いた。

コレが飲み会の行き先

ワインバーか、イタメシか、居酒屋か。。。
その差だったら、多数決も良い。もし、お腹がすいてる人が少なく
てワインバーになっても、それはそれ。
大勢がイタメシにつき合うのは理不尽だし。かと言って、「みんな
で話がしたい」っていうのが、第一の目的なんだから、バラになっ
てっていう選択肢は無い。
お開きになった時、
「おほほ、おしゃれ~な私たちに、ぴったりの雰囲気ザマしたわねぇ。」
っと、微笑んでる酔っぱらいが多い方が良い。


っていうような、コトを日々、学習しちゃってるから、コイズミの
支持率っていうのが、すばらしいコトに見えちゃったりしてた。で
も、その実、ひねくれモノのすずめの頭には、90%を越えるのっ
て、どーよ。っと、ナチの姿が頭をよぎらなかったワケではない。
だけど、そうは思っても、世の中の9割が信じてると、長いモノに
は巻かれてしまう。


って、長くなったんで、また明日。

さて、多数決のハナシのつづき。
コイズミ支持率は一時、100%に迫る90%台。それを長く維持
してた。


この9割ってすごい。
ハナシは反れるけど、
75%だっけ?忘れたけど、一定以上のシェアを取った商品は、
絶対に覆せないという「神話」があった。
この例えで引用されるのが、キリンラガー。
ご存知の通り、ドライ戦争が始まるまで、神話はずっとリアルだった。

マーケティングの基本も、結果論的な多数決だ。
100万個売れるものは、開発コストなんか、ビビたるものだ。
だけど、1000個しか売れないものには、開発コストどころか、
パッケージの版代金なんかでも、出費は大きい。同じものでも、一
個あたりの定価を高く設定しなければならないから、その付加価値
を理解してもらえる人じゃないと、買ってもらえない。売れない、
だから作らない。

でも、考えてみると。。。
それって、独裁者と、どう違う?

売れるか売れないかの結果。
独裁者が勝手に決めた結果。

下っ端の個人にとって、
成るようにしかならない結果ってコトでは同じなんじゃないかなあ。

そんな
疑問を感じる、感じないに関わらず、私たちは、そういうオキテの
中に生きてる。

ヒットラーがそうであったように、
民主主義とは、独裁者をも肯定してしまう方法論なんだろう。
困ったコトに、それなのに、私たちは、民主主義イコール公平と信
じてしまっている。
単細胞すずめは、カッコ良ければ、ナチの赤い旗に向かって突進し
ちゃうかも。

じゃあ。
どうしたら良い?

中学生辺りに聞いても、こう、応えるだろう。
「少数意見も尊重すべき」

なーるほど。
やっぱりマーケティングのハナシでこういうのを聞いたことがある。
たとえば、化粧品のパッケージ(クリーム)のデザインモニター。
1 白いデザイン
2 ピンク
3 薄黄色
4 黒
調査結果では、もちろ、白がダントツ。
でも、黒も14%あった。
多数決的には、白だけど、この結果から黒を選択して、成功した。

全員が選ぶ無難なモノって、魅力を感じないこともある。少なくと
も、市場で競合に勝つためには、何か、アピールが別に必要にな
る。そのアピールがボトルカラーでできれば、これほど安上がりな
戦略は無い。だけど、黒い瓶のクリームなんて、肌も黒くなっちゃ
いそう。。。?
黒という(その当時は)大冒険の色でも、14%あったというの
は、この色が受け入れられる素地はあるのだという事を示している
という判断なのかもしれない。

マーケティングの場合、売れる事、イコール 真実であり、善だ。
そこにきれいごと、言うつもりはない。
だって、売れ残ったら、捨てるしか無い。お店も、会社も倒産しちゃう。

だから、この結果、
14%を選ぶっていうものは、正しいんだろう。
まさに、これって「少数意見を尊重」した成功例?


でも、そうだろうか?
14%じゃなく、10%だったら?
もしくは、いつも50%を廃して14%を選んで正解なんだろうか?
実は。。。
殆どの現場では、1位が50%で2位が14%だったら、一位
を廃して、2位を選ぶ事なんてできない。
多くは、非常にキャラが立った?ような天才肌のベテランマーケッ
ターがいて、彼の「独断」で、決定されるのだ。
彼は天才なので、外すコトもあれば、当たるコトもある。
黒いクリームの箱は冒険であり、どっちにしろ、当たるも八卦当た
らぬも八卦。当たらなかった時は、大外れ。
その点、無難なデザイン(白)であれば、大当たりはしないかもし
れないけど、大外れも無い。

さ~って、そんなコト、誰もが承知の上、どういう結論を出すか。

多数決の少数意見。
たくさんある個別の少数意見のうち、どれを採用するか。
それもまた、多数決で決めるんだろうか。

それって、じゃんけんより、正しいんだろうか。


-----


もひとつ、すずめの妄想的例

昨今のユニバーサルデザイン。
点字ブロックって、高齢者には突っかかりやすい。

視覚障害への補助をちょっと見えないヒトもカバーするのか、
全盲でしかダメなのか。。。
車椅子の方が聴覚障害よりオトクにするか。。。。

障害って、ヒトの数ほど多種多様。だから、どんな形のものでも、法律でも、
あっちを立てればこっちが立たず。。っていうようなのはすっごく多い。
っていうか、みんなにハッピーなんて、アリエナイ。

そんな中、
「少数意見」って「誰の?」
ってのが、一番の問題になる。
結果的に、ニッポンは障害者運動としては、車椅子のヒトたちがずっと頑張ってきたので、
彼らの声が一番大きく聞こえる。(ってのはすずめの誤解です。ごめんなさい)その次は、ロービジョンでなくて、全盲。(ってのもすずめの誤解です。ごめんなさい。っと最初から謝っちゃうけど)
で、ナンタラ病とか、よく分からない複雑なモノは、仲間も少ないから、行政への声も届かない。
多数決の場では、この声の大きさで「少数意見」の中が更に分かれてるコトになる。

そんなのアタリキシャリキな中、どれを選ぶか。
結局は、マスコミ受けの良いモノになる。


「少数意見を尊重」イコール、多数決なんていうのは、単なる手続きにすぎず、最初っから結論は決まってるってコトじゃないだろうか?天才の独断によって。
それって、要するに、独裁と似てる。
そして、それって、場合によっては、更に不公平に感じちゃうってコトないだろうか?

っていうすずめ的多数決の限界。


また、長くなったので、続きは明日。

じゃあ、
どうすりゃ、良いんだろう。

多数決に問題があることなんて、本当は幼稚園児でも知ってる。
だけど、ニホンのエライヒトも、アメリカの大統領も、それで決められてる。
なぜかというと、
多数決は別に良いアイデアが無いっていう事に尽きるんだろう。


そこで、
熟議の民主主義ってのがあるんだそうだ。
このコトバ、初めて聞いたんで、
最初は熟慮の民主主義かと思ったんだけど、ぐぐると、
熟議の民主主義って言葉が出てきたんで、こっちだろうな。


たとえば、ココに書いてある。

http://www.csdemocracy.com/ronkou/tamura091110.html
ここで注目されるのが、熟議民主主義である。「熟議」とは、「熟慮し議論する」ということだ。自分の意見をできるだけ明確に述べるとともに、他者の異なる意見にも真摯に耳を傾け、納得したり自分の誤りに気づいたら、自分の意見を修正する。それは、「ごり押し」や「固執」や「論破」ではない。熟議民主主義は、集計民主主義の問題点を乗り越える可能性を秘めている。投票サイクルの状態は、それぞれの見解を修正し合うことでしか解決しない。現代社会には、唯一の「正解」を見出しにくい社会問題が多数存在しているとなれば、なおさらである。政治が素朴な「世論」に左右されたり、「利益誘導」の場にならないためには、何が妥当なのか、何がなされるべきなのかについて、世論そのものの質を高め、「よく練られた世論」によって政治家をコントロールすることが必要である。
うーん。

理屈としては分かるかもだけど。


何か、すっごく恣意的な気がする。
多数決って、分かりやすい。みんなで投票して、数の多いのに決めれば良い。
だけど、コレって、平たく言って、どうすれば良い?
決を取る前に、みんなでトコトン議論せよってコト?
トコトンってどのレベル?
1時間?10日?
パワポとか、資料とか使う?
会議室で?居酒屋で?

メンバーの中に口がよく回るセンセイとかいる?
スレスレで見えそうなミニスカートの美女とかいる?

国立行政法人仕分け会議

1参加者 町のおじさん プラス 美女 @居酒屋
2参加者 町のおじさん プラス 東大教授 @会議室

同じ時間熟議しても、結果は全然、違いそう。。。
でも、それがどういう結果になるか、ウスウス分かるんで、最初っから、助っ人を美女にするか、センセイにするか、ちょい、手心を加えれば、結果は自由自在。


ところで、この日、イロイロ政治系のヒトたちも来てた。
で、すずめのした素朴な質問。

「政治家さんっていろいろいると思うんですけど、その中で誰が良いかって、分かんないんです。政治家としての能力っていうか、スキルとか、偏差値にできないんですか?たとえば、柔道家のヒトとか。。偏差値どれくらいなのかとか。。」

そうそう!、って意外に立派な哲学系のヒトたちにもウケタ気がするんだけど。
(っていうお調子モノのすずめ)
どう考えても、スキルの無い、基礎知識の無い人には、政治は難しそう。
騙すのは簡単そうで、騙そうと思ったら、素人ばかり入れれば良い。そうすれば、エライ政治家さんの言うなりの手駒だよね。
ってまあ、言うまでも無いことなんだけどさ。

でも、何で、政治にプロフェッショナリズムって問われないんだろう。
政治家としてのスキルが高けりゃ、少々フリンしてたって、オッケーだけどね。
ニホンはそれを問わないから、政策作成能力や政治的手腕じゃなく、全然関係無いコトで引きずり降ろされるんじゃない?

ってのは、ともかく。
元の、熟議の民主主義に話しを戻すと。。。

あ、その前に、
すずめのデザイナ的経験。


よく、いろんな場で、酷いデザインを見ることがある。
何で??っていうの、よくあるよね。
そういうのを見るたび、すずめは想像する。
ああ、みんなで寄ってたかって、こんなにしちゃったのね。。。


デザインって、デザイナが提案したそのままで通る時ばかりじゃない。
アレはダメ、コレ入れて。。。といろんな条件があったりする。
それだけなら良い。
「みんなで考えましょう」
みたいに素人さんが寄ってたかって来ちゃうコトもある。
「一緒に勉強していきましょう」
トカナントカ。
あのさあ。あたし、この道、ウン十年なの。何で今更、素人さんとオベンキョしなきゃいけないのよっ。
だけど。。。それが多勢に無勢で言えなかったりする。

(この部分には、すずめは怨念の思い出がいっぱいある)

そうすると。。。結果は最悪。
すずめはいろんな印刷やら複雑なテクニックを駆使して選らんだ黒を、
あのヒトは青が良いと言い、このヒトは赤が良いと言う。
そういう人たちに「なぜ黒」なのかというのを、統計やいろんな資料を集めれば説明できるかもだけど、そんな事するためには、デザイン作業の何十倍もの時間がかかる。。。なので、しょーがないから、青と赤の縞にする。
「あらあ、その方が全然、良いわ!」
っと一人が言うと、みんながそうだそうだ。。。ってなっていく。
そういうヒトにセンスがあるかどうか。。薄々服装でも分かるんだけど、それは言えない。
で、多数決。
デザインっていろんな理屈の上で作り上げてるものなんだけど、
いろんなヒトが、理屈を知らないで、勝手なことを言えば言うほど、ひどくなる。でも、その勝手なことを言った人には、何の責任も無く、酷いものに上がった場合はデザイナの責任なのだ。

デザインに対する「熟議」が3分なら良い。
30分もあったりしたら、エライコトになる。
熟議なんて、やればやるほど、ひどくなる。

「それはうまく、コントロールしていくということによって・・」
とかって、言われても、
それって、詭弁だとしか思えない。

ここにある大きな問題はプロフェッショナルと、素人とのスキルの差だ。
デザインなどという、形のあるもの、前例のあるものへの答えは、
プロフェッショナルは、もともと知っている。
結果として、「熟議」の成功とは、このプロのスキルをいかに損なわないで、最初に提示したデザインの通りにできるかという事でしかない。
そもそも、素人さんのアドバイスなど、プロには、何の役にも立たない。(きっぱり!)

それなのに。。。
最悪な事に、
熟議を重ねた上に、多数決があると。。。
結果的には、10人の素人の意見が一人のプロの意見に勝ってしまうという事になるのだ。
熟議でめちゃくちゃにして、みんなで多数決。
多数決までやられちゃった日にゃ、もう、デザイナには抵抗するすべは無い。
技術やテクニックは無視で、素人シゴトでやりたいなら、最初っからプロ抜きにすりゃ良いのに。
だけど、その素人10人の感性は、必ずしも何百万人もの消費者を代表してない。狭い密室で、「熟議」して作り上げた独特な空気の中だけでしか通用しないものだったりする。
市中で時々見る、ゴチャゴチャにいろんなモノが盛り込まれた稚拙なデザイン。きっと、そんな理由あるんだろーなっと、いつも頭をよぎる。

熟議
プラス
多数決。

まさに最悪のルール。

デザインっていうのは、技術の上にあるもの。だから。特殊なのかもしれない。

じゃあ、政治はどうだろう?
もちろん、スキルとか統計手法とか、論理性ってあるよね。
(逆にそれ以外、思いつかない)
だとすると。。。。デザインにおける熟議の多数決と同じなんじゃないだろうか?


| | コメント (0) | トラックバック (0)

スズメも少子化、その原因は


2010年09月19日14:21
スズメも少子化、その原因は
http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=1346741&media_id=2


そりゃ、増えるにしても、減るにしてもすずめの勝手でしょ。
大きなお世話っ


何か、こういう風に言われると、いかにも、異変が起こってるかのように聞こえるよね。
サンマだのマグロだのもそう。
セミが北上するだのナンだのと。

でも、人間が昔調べたデータの通り、
気候も、
動物も
植物も、
毎年、全く同じだったら、
むしろヘンじゃないだろうか。
それって、ニンゲンの奢りなんじゃない?


すずめだって、
少子化したっていいじゃん。
モンクあるっ?

| | コメント (0) | トラックバック (0)

以前、「買ってはいけない」という本があった。

2010年09月18日16:20
マクドナルドの怖すぎるCM!死んだ男が“I was lovin’ it”
http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=1346386&media_id=114

どんなモノでも、一種類の食品を食べてだけいたら、病気になる。それは別にマクドナルドに限った事では無く、お米でも野菜でも、何にでも言えること。
それなのに、なぜ、ハンバーガーに限って、そういう見方しかされないのか。


別に、擁護するわけではないんだけど、


以前、「買ってはいけない」という本があった。
ココにもマックが出てきたけど、やはり、同じ理屈で否定されていた。
それは、食べ物への評価としてはおかし過ぎる。

私たちは、たとえばゴマに対しては、
「栄養がある」
(栄養があるってどーゆー意味か分かんないけどさ)
って、手放しで言ったりする。
でも、もし、毎日、ゴマしか食べなかったら、
レタスしか食べなかったら。。。
死ぬ程不健康だろう。
だから、そんなコト、誰も言わない。

もひとつ。。。昔、
「世界で一番健康的な食べ物」っていうのがあった。
クエーカーのオートミール。
だけど、コレだって、コレだけ食べてれば「健康」って意味じゃ無いだろう。
だったら、ドッグフードとかの方が健康的ってコトになってしまう。


別にハンバーガーを擁護するワケじゃないけど、
おかしいよね。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

麻薬のおそろしさ


2010年09月18日10:03
押尾被告、即日控訴も墓穴の可能性
http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=1346314&media_id=42


すずめはゲーノー スポーツの話題って、非常識にダメダメなんだけど。

今さっき、ちょうど、テレビで流れてたので。

(っていう情報しか無いんで、多少誤解があるかもしれない。さっき見た報道番組の中での内容のみをベースにして書いたので。)


争点は、


以下引用

http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=1345671&media_id=2

 検察側は「適切に救急搬送すれば9割方救命できた」とする救命医2人の証言などをもとに、容体急変時に119番していれば田中さんをほぼ確実に救命できたと指摘していた。

 これに対し、押尾被告は公判で「MDMAを田中さんに渡していない。人工呼吸や心臓マッサージなどの救命措置をした」と述べ、遺棄致死罪とMDMA譲渡の無罪を主張。弁護側も「田中さんは容体急変後にあっという間に亡くなり、119番しても救命可能性はきわめて低かった」と述べていた。

ニュースでは、
検察側の救急医は100%と言い、
弁護側は、全員じゃない。。。40?%
と、意見が食い違っていたとか。


しかし。。。この100%に対して、マスコミがどう、報道してるか分からないけど。ココ何日か、何度かこのニュース、そして100%という言葉は耳にしていた。そして、ものすごく、違和感を感じていたのだった。

本当に、麻薬を飲んでも、救急車を呼べば100%助かって、
明日からピンピンしてるのか。

もし、飲んで、おかしくなった時点で、救急車に乗っていたら、
本当に助かった?
でも、病院に付いたころには、身体中の血液や神経に薬は廻り切っていたはず。そこで、心臓だけを動かし続けたとして、無事で済むのか。
よく、麻薬で、植物人間になったという話を聞くけど、結局はそういう状態の可能性もあったんじゃないだろうか。

麻薬とは、それほど、怖いものなのだという、そういう事実も報道すべきじゃないだろうか。


そして、
物理的に助けられたかどうかというのが、裁判の争点だったと報道しても言いのか。

もし、オシオ被告が救命医で、その場で見て、
カノジョは助かるかどうかって、分かったろうか?

争点はそこには無いはず。
市民として、
よしんば自分が無関係であっても、
放置すべきじゃない。
明らかにダメだと思っても、
救急車を呼ぶべき。


100%という完璧無比な数値は、その最も大切な要件を損なってしまう気がする。


でも、
本当は、それが争点だった。
だから、実刑。
そういうコトじゃないかなあ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

v


2010年09月15日17:03
すずめのコネタ


おもしろいの、めっけ。

http://www.species.asu.edu/index


左の方には、

「2010年の新顔 トップ10」

わあ。。
写真がおっされ~になってるけど、

実はどれもカワイクナイ。
イケメンもいない


ひとつだけ、
ちょい、おもしろいかも
http://species.asu.edu/2010_species01


Attenborough's Pitcher

アッテンボローって、
よくディスカバリーチャンネルとかに、出てる短パンのおじさん?

それにしても。。すごいかも。フットボールほどのサイズ。
ウチのウサギだったら、食べられちゃうかもじゃん。

でもね。このサイト、ちょい、面白い。
かわいいのもいるし。

インドネシアのFojo?の生き物たち。
New Species Found in "Lost World":

World's Smallest Wallaby


http://news.nationalgeographic.com/news/2010/05/photogalleries/100517-new-species-lost-world-foja-science-pictures/#/foja-mountains-new-species-discovered-wallaby_20357_600x450.jpg

キュートじゃん。

http://news.nationalgeographic.com/news/2010/05/photogalleries/100517-new-species-lost-world-foja-science-pictures/#/foja-mountains-new-species-discovered-frog_20352_600x450.jpg

この子、名前はピノキオカエルだって。
ちょっと、かわゆいじゃん。


で、
真ん中は、
「今日の絶滅危惧種占い」
(ウソ)

でもって、このサイト、
あなたが新種の絶滅危惧種を見つけたら、応募できちゃう。
登録したいHuman Being いたりして?

| | コメント (0) | トラックバック (0)

日本の国際競争力 6位

2010年09月14日01:08
http://www.nikkei.com/news/headline/article/g=96958A9C9381959FE2EAE2E6888DE2EBE2EBE0E2E3E29C9CE2E2E2E2


から引用/抜粋 ね。


日本の国際競争力6位に上昇 「ものづくり」高評価
世界経済フォーラム調べ 公的部門は「最下位」も
(各国の政治指導者や企業経営者が集まるダボス会議の主催団体)

世界経済フォーラムが9日に発表した「2010年版世界競争力報告」で、日本の総合順位は前年より2つ上がって6位。日本は「政府債務残高」の項目で事実上、最下位になるなど公的部門に対しては厳しい評価となったが、製造業の生産工程など民間部門が高く評価された。ギリシャに端を発する金融危機の影響で欧州勢が順位を落としたことも日本浮上の一因となった。

世界経済フォーラムがまとめた競争力ランキング
(カッコ内は前年順位)
1(1) スイス
2(4) スウェーデン
3(3) シンガポール
4(2) 米 国
5(7) ドイツ
6(8) 日 本
7(6) フィンランド
8(10) オランダ
9(5) デンマーク
10(9) カナダ
………………
22(19) 韓 国
27(29) 中 国
51(49) インド
58(56) ブラジル
63(63) ロシア
83(71) ギリシャ

公的債務の大きさや政府の効率性などが重視された結果、前年の17位から27位となり中国や韓国に抜かれたスイスの有力ビジネススクールのIMD(経営開発国際研究所)による「2010年世界競争力年鑑」とは対照的な結果


IMDによる2010年の競争力順位
(カッコ内は前年順位)
1(3) シンガポール
2(2) 香 港
3(1) 米 国
4(4) スイス
5(7) オーストラリア
6(6) スウェーデン
7(8) カナダ
8(23) 台 湾
9(11) ノルウェー
10(18) マレーシア
………………
12(10) オランダ
13(5) デンマーク
16(13) ドイツ
18(20) 中 国
23(27) 韓 国
27(17) 日 本

(10年版は139カ国・地域が調査対象)
 

 ただ、民間部門では「製造物の付加価値」「流通支配力」「生産工程の先進性」「顧客重視」などが1位だった。「技術革新力」「特許数」などでも2位となるなど、日本の「ものづくり」の底力が高く評価された。

----

やっぱり、製造業は日本の王道。
その評価が高いことって、
骨太って気がするなあ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

宗教対立の意味は?

2010年09月12日08:52
「9.11」から9年 宗教対立なお
http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=1339339&media_id=2

特定の宗教に思い入れの無い日本人からかもしれないが。。。

文明国で、
「宗教対立」って、具体的にどういう形を示しているのか。何をするというのか。
あり得ない気がする。

ここで示しているのは、もちろん、イスラム教とキリスト教なのだろうが、
彼らが、「どう」対立するというのだ。
彼らの教義は、そして教会内における規範やマナーや道徳は、
具体的な、嫌がらせや、反目感情の表現を
是としているのだろうか?


もちろん、信者が個人として、仲が悪い/喧嘩する はあるだろう。
この記事でも引用しているが、どこかの牧師が、コーランを焼くなどと発表したり(後,撤回した)。。。
イスラム教会建設反対デモ

こういう話は、
アメリカのキリスト教、教会としての,普遍性のあるスタンスとして考えて良いものなのだろうか?もちろん、そんなはずは無い。

だとしたら、
こうしたニュース、
一部のコンフリクトを一般的、普遍的「教会/宗教」を主語に報道しても良いのだろうか。
それこそが、対立ではないだろうか?

| | コメント (0) | トラックバック (0)

脳死の意味

2010年09月06日09:01
脳死について、
イロイロ議論が膨らんじゃって、
日記も伸びてしまいました。

最初は適当に書いていた日記ですが、
途中から、系統別に分けるコトにしちゃいました。
6つあります。


なので、
表題の日記そのものは、タイトル通りになってませんが、
下につけていただいてるコメントは、何となくそっちの方に流れてると思います。

別にテーマから外れても、
何でもオッケーで無礼講です。
もちろん、どんなテーマでも、どの項目につけていただいてもオッケー。

どなた様もどうぞ。

-------

ヨソではお利口にした方が良いのかも?
っと、八方美人のすずめです(ウソ)

あ、すずめんちではどうぞ、どなた様も無礼講でございます。
どなたさまも、遠慮なく、荒らしてくださいまし。
燃やすなり何なりと。


ってコトで、このテーマ。

脳死って、
我々一般人には、難しい概念だ。

人って、心臓が停まったら、その一瞬に、死んじゃう。
そう、思っちゃうけど。。。それがホントかどうかは、我々一般人的には、その停まった瞬間の状態の存在が、どう、価値があるかっていうコトになる。。ってすずめは思ってる。たとえば、もし、AEDでドンってやれば生き返るんだったら、停まった後、10分後の肉体も、生きてるって思っても良いし、推理小説のあるような生きてるコトによって法律的にイロイロってあるんだったら。。。それもそれ?

っていう風に、本当は人の死っていうのは、明らかなものじゃなくて、上のすずめ風解釈にも異論がある通り、もっともっとアバウト。


そして、脳が関わると。。。
脳のうちの、どれほどの機能が残されてるかというコトになる。

ってコトで、
Wiki

脳死(のうし、英:brain death)とは、ヒトの脳幹を含めた脳すべての機能が不可逆的に回復不可能な段階まで低下した状態のことである。ただし国によって定義は異なり、大半の国々は大脳と脳幹の機能低下に注目した「全脳死」を脳死としているが、イギリスでは脳幹のみの機能低下を条件とする「脳幹死」を採用している。日本では、脳死を「個体死」とする旨を法律に明記していない。

-----


さて、このいろんな段階のうち、
脳死とは上の状態だけど、そこまでいかないアバウトな状態。。。コレをすずめたちは、植物状態とかって呼んでたりすると思うけど。。。

植物状態 

脳死

では、わざわざ言うまでもなく、まさに天と地、天国と空 位な差がある。


でもって、やっと、本論に行くけど。。。
この記事/ネットで囲われた所にあったりするので、入れとくね。

(以下、記事のすべての文言は記載していますが、全文引用を避けるために、あえて、記事の途中に、すずめのコトバを入れています。)


臓器移植 読者編:6 動かない娘と過ごした時間

病院から自宅に戻って過ごす和ちゃんと、寄り添う兄の慶(けい)君(提供写真)
 脳の回復が望めない状態になった娘と自宅で暮らした女性は「移植が浸透すれば、自分たちのような選択ができなくなるのではないか」という不安を感じています。

    ◇

 昨年3月、1歳だった長女の和(のどか)は、腸の病気で手術を受けた後、突然、意識を失いました。脳に先天的な代謝異常があった可能性が高く、検査の結果、脳の機能がほぼ失われていました。今後、意思の疎通も食事も呼吸も出来るようにはならない、治療法はない、と医師から告げられました。

------

すずめのコトバ

この記事、引用元はコレ

http://www.asahi.com/health/ikiru/TKY201008010125.html


------


 突然、ピクリとも動かなくなった娘。混乱する中で尊厳死という言葉が頭をよぎり、「いつ呼吸器を外してもらおうか」と何度も思いました。病院スタッフの方々は私たち夫婦を励まし、できる限りの治療を続けてくれましたが、私には娘が生きているのか、機械で生かされているのかわかりませんでした。

 発症から10日後、体がパンパンにむくみ、心臓がとまりそうな状態になりました。利尿剤も効かず、もうだめかと思われましたが、翌日、半日で1キロも体重が減るほどの尿が出て命の危機を脱しました。娘の生きたい、という強い意志を感じました。

------

すずめのコトバ

この記事は、朝日新聞の家庭欄の「患者を生きる」っていう連載の一回分。

患者を生きるは様々な疾病や状態などについての長期連載。
この記事も「臓器移植」というシリーズ、30回分ほどの中のひとつ。
このシリーズは、いくつかの視点から脳死の問題を扱っているが、これはその「読者編」12回のうちの1つ


-------


 約5カ月の入院を経て、娘は自宅に帰ることができました。以前と違い全く動かなくなってしまった娘でも、12月に他界するまで一緒に過ごした時間は幸せでかけがえのないものでした。

 臓器移植に反対はしません。治るなら何でもしてほしいというご家族と、私たちも気持ちは同じです。でも賛成とも言えません。脳死はある日突然、やってきます。移植は「選択の医療」と言われますが、混乱の中で移植の話をされたとき、家族は本当に冷静な選択が出来るのでしょうか。

 昨年3月の時点で、脳死下での子どもの臓器提供が認められていたら、医師から臓器提供の話をされていたかもしれません。治療内容が変わっていたかもしれません。そして、あの時すぐに娘を失ったかもしれません。

 脳死の概念や移植がもっと浸透したら、娘のような命をもっと早い段階であきらめる方向に世の中が進んでいくのではないか、と焦りが募ります。どんな命も本当に最後まで支えてくれる社会、医療であってほしいと心から願っています。(千葉県 宮城淳子 35歳)


--------引用ここまで


さて、
この記事は、
上で書いた、

脳死 と 植物状態

との差に対して、読者に誤解を与える書き方をしているか否か。


っていうのが、この日記の論点。


長くなったので、続きは次の日記に。

さて、一つ前の日記の続き


もいちど書き出すと、

この記事は、脳死と植物状態との大きな差をごっちゃにするように書かれているかどうか。


全文の中で、ポイントはココかな。


(引用)

 昨年3月、1歳だった長女の和(のどか)は、腸の病気で手術を受けた後、突然、意識を失いました。脳に先天的な代謝異常があった可能性が高く、検査の結果、脳の機能がほぼ失われていました。今後、意思の疎通も食事も呼吸も出来るようにはならない、治療法はない、と医師から告げられました。

------


公平に見て。。。


もし、この記事をここだけ、切り抜いて読んだら、すずめ的には和ちゃんは「脳死」じゃないんだろうなって思う。


だけど、確かに。。。

タイトルが

臓器移植 読者編:6 動かない娘と過ごした時間


であると、ちょっとニュアンスが変わるのは確かだ。
その部分に誤解を生じさせる要素があるかという事になる。


そもそも。。。この時点で最終的には、お家にも帰って家族にとって「生きていた」娘を「臓器移植」などというテーマの記事にした時点で、脳死を想像させる。
医学的スコアがどうであるとかナントカ関係なく、単なる病気でも脳死?って思っちゃったりするかもしれない。
それと、こんな風に本来の主題とは違う論議を生んじゃうっていう時点で、もしかして、記事の質を問えるのかもしれない。

だけど。。。すずめ的には、これは許容範囲であると思える。


なぜなら。。。

書くと長くなるけど。。。この問題、もしかして、私たち一般市民、身近な人がレピシエントやドナーになるかもしれない者として、どう、考えるかっていうことになると思うので、長々とした日記にしちゃうんだけど。

確かに脳死っていう概念は難しい。
特に、植物状態と、脳死との大きな差についてなど。
でも、いつも、言葉を尽くして語るのは難しい。
だとしたら、どう、表現すれば、一番誤解が無いかという事になる。


コレを考えた時、
じゃあ、それはなぜ、必要かという事になる。
なぜ、誤解をされてはいけないか。


それは。。。
私たちにとって、「生きているとは」という命題に対する、
私たちなりの応えになるからではないだろうか。


人が、もし、
人間的な活動ができないなら、「生きている」とは言えないのか。
あえて極論しちゃうと、人間的な活動能力が減っている事には、
生きていること/生命 が「減っている」となるのか。

この極論をどこまでも広げていくと、
障害を持っていること/人の多様性 に関して、価値というスケールを与えてしまう事になる。


痴呆老人になって周囲に迷惑をかけまくりながら生きるんだったら、命の価値は無い/イコール死ぬべき


一般の私たちにとっては、脳幹の問題だとか、
光の反射だとかって、問題じゃない。
なぜなら、
前のWIKIでも引用してるけど、
この脳死判定の方法/基準 は国によって違う。
文化や歴史的背景、宗教観。。。そういうものによって変わるし、日本の基準だって、これからも変わっていくだろう。

脳死の科学的判定基準は、普遍的なものでも、絶対的なものでもない。
脳死を考える時に、軸にはならないものだ。

脳死を考える時、
一番の軸にすべきは、本人の心のあり方であり、それが確認できないなら、それを最も色濃く反映しているはずの、家族の意志。
そして、周囲の人々や社会の「気持ち」

判定基準は、これまでも変わってきたように、
その本来の「軸」の方向によって、いつでも変わる。

現在の法整備でも、脳死判定を受けるかどうかは、その本来の「軸」の意志であって、法的にどうのっていうモノじゃない。臓器移植をしたい人に対して、その選択肢を与えたにすぎない。


だから。。。

私たちにとって、
本当は、脳死の科学的判定の内容なんて、
それほど重要じゃないのだ。

重要なのは、いかに、
そういった瑣末な事に惑わされることなく、
提供したい
生きて家族として最後の時間を過ごしたい
その選択ができるかどうか。

さて。。。
デザイナ的に、
じゃあ、この問題、どう、伝えていくべきか。。。
ヘンな伝わり方をして、誤解を受けるんだったら、
もう、きっぱり、
脳死と植物状態の差はスルーする。

というコトは、
すべてのこれに類似した状態の事は、(今まで通りかもだけど)
植物状態 とする。
そして、その中で、いろんな手続きをふんで脳死判定を受けて、出た状態だけを「脳死」とする。


って、今までもそうなんだけど。
ちょっと違うスタンスとしては、
脳死 っていう言葉は、形容的にも使わないこと。
ほとんど脳死に近いとか。。はやめて、
植物状態が進んでいる。。とかというように。


そうすることによって、
脳死
その状態/言葉にも、
尊厳を与えることができると思うんだけど。


一つ前の議論の一部、
こっちへ写してみました。

原文は一つ前の日記へのベース医者さまのコメントで、
こっちへはその一部を転載しています。

>結局 そのすずめさんのような考え方を招くから、植物状態と脳死状態を混同してはいけないと思うのです。

その考え方というのは。。。
私たちにとって、 本当は、脳死の科学的判定の内容なんて、 それほど重要じゃないのだ。
重要なのは、いかに、 そういった瑣末な事に惑わされることなく、
提供したい
生きて家族として最後の時間を過ごしたい
その選択ができるかどうか。
ヘンな伝わり方をして、誤解を受けるんだったら、 もう、きっぱり、 脳死と植物状態の差はスルーする。


って、コトですよね。

>つまり、人の気持ちのあり方で臓器を摘出してもよい事になってくる、さらにいえば、権力者の気持ちの在り方で臓器を摘出してもよい事になってくる。

この問題、架空の世界じゃなく、もう、すでに、現実的にどうしていかなければならないかという局面にどっぷり漬かって久しいものになっています。
非現実な極論からの思索はもはや不要でしょう。

>この子でいえば、瞳孔反射があれば、それこそ表現できないだけで意識がある可能性があるのに、親の気持ちの在り方で臓器を摘出してもよいことになってくる・・・この記事にはそのような次元の感覚もみえるわけで、嫌悪感を覚えるわけです。

法治国家である日本で、それは決して起こらないでしょう。ダブルハートの時代はともかく、今は明確に脳死の判定システムもできてしまっていますし、それを内緒で犯罪的に利用できないストッパーも法の中に盛り込まれていますし。

>脳死状態で臓器を摘出してもよいとされるのは、それが死体だからであって 「生きているけれども人としての価値がないから」ではありません。
>>医学的なスケールによる基準は絶対的なものでも、普遍性なものでもなく
>ここで改善していくべきはスケールの方なのです。

それは異論ありません。人の心のあり方は不変ではなく、時代によって変わるでしょう。法の一部である医学的なスケール/判定の目盛り も、それに寄り添って変わって行くべきだと思います。だから、「絶対的なものでも普遍的なものでもない」と書きました。


>医学の不確かな部分・・・は 私もすずめさんに色々とお話ししてきたところですが、そのなかで唯一絶対確かなものがあるのです。それは物理法則の中でも絶対とされる熱力学第二法則につながるものです。
・・・エントロピーの増大の法則・・・すなわち、融解したものは元に戻らないということです。血流がとだえますと、細胞レベルでの融解がはじまります。それがマクロでみえるようになりますと壊死となり、体中でそれが起きて細菌がからみますと死後の腐敗となっていきます。すなわちこれが死の本質です。絶対に戻らない事はお分かりいただけると思います。


ですが。。。融解しきったものが「死」であるというのは、物理法則では定義できませんよね。融解しきっていても、機械が血を巡らせて、ピンクの頬をし、温かい手を持っていれば、死とすることには抵抗があることはとても理解できます。それが不可逆的だからといって、「死」とするかどうかは、物理学の問題ではなく、「人」の「人として」の問題です。
極論すれば、壊死、腐敗までの過程のうち、どこを死とするか。。。個人の自由でもあると思います。


>その部分の不確かさはある。であるからして、スケールの改善が事の本質であり、けっして人の気持ちのありようではない・・・という一線は守らないと 酷い社会の到来を招きかねません。

本当のところ。。。多くの場合、脳幹までダメージを受けていて、その後にどういう人生が待っているか。たった何日かのギャップなのかもしれません。(これに反する症例はネットでいっぱい出て来るのは承知ですけど、ここではザックリと。)
なので、本当は「確かさ」の問題じゃない気がします。確かさとしては、そこそこ確かで、これから、徐々に修正してっても良い問題でしょう。
それより大きいのは、私たち社会がどう、折り合いをつけていけるかじゃないかなと思います。


>それらを補えば脳死状態でも臓器を保全できることが解ってきて、臓器移植を目指してあわてる必要もなくなってきた。

ここに書いてあったのは、ごっちゃになるので、下に回しました。


>脳死状態というものは、脳への血流の有無全脳の壊死融解という 植物状態とはまったく違う状況があり、この発生からしても、頭蓋内圧が血圧を超えていたという一点にあるわけでして、決して植物状態の延長にあるわけではありません。であるからして、記事のような代謝疾患は脳死判定の対象にならないのです。

この記事の赤ちゃんの具体的な症状は分かりませんが、論点としては、
何ら自発的活動をする事の無い温かい赤ちゃん
の、短い人生を共にすることに、価値を見いだすかということだと思います。そして、現に、この母親もそれを思索しています。法整備以前に、この子の予後を聞いた時点で、それを想像していたでしょう。

それは、今回の法改正で、子どもの脳死について変わりましたけど、同じ可能性を持っていますよね。脳死の赤ちゃんが何ヶ月も(11ヶ月でしたっけ?)生きた例もありました。もし、脳死判定の対象になる子を持っていたとしたら、その母親も同じ逡巡をしたでしょう。

>また、脳死と植物状態を区別しないということであれば、脳死は本当はいきているのだけれども、法律的に殺人が許されているのだという考えをもつことになります。

脳死であるか、植物状態であるかではなく、脳死判定で脳死と判定されたもののみが、「死」として扱うことができるということですよね。誰もそれを殺人とは思いません。


>>脳死の科学的判定基準は、普遍的なものでも、絶対的なものでもない。
>これを絶対化すること。これが改正の方向であり、今はそれが可能な医療機器ができているのです。

人の死を医学という人の作った技術と作法が、絶対的に定義できるなんて、
とっても不遜だと思います。医療はあくまで、人に寄り添うためにあると思います。



>一方 脳死状態での臓器ですけれども、視床下部が死んでしまって 抗利尿ホルモンやホルモン類似の物質が出てこなくなるのが脳死状態で一週間以内に心臓がとまる理由なのですが、それらを補えば脳死状態でも臓器を保全できることが解ってきて、臓器移植を目指してあわてる必要もなくなってきた。極端な事をいえば脳の融解液状化を証明するまで待つこともできるようになってきていると思います。脳死判定基準が作られた時期では、臓器が悪くなる前にとりださなければならないという、どこか移植の都合というものがあったのですが、今はどっしりかまえて脳の血流停止 あるいは脳の融解液状化を証明できます。

すごく古いんですけど
実はネットで、この手の「疑惑」的なものが書いてあり、臓器移植への反対の気持ち的論拠になってる気がします。
すずめも,何となく信じたくなっちゃいますけど。。。

http://www5.ocn.ne.jp/~kmatsu/ishoku/ishoku307mokuji.htm

http://www5.ocn.ne.jp/~kmatsu/ishoku/ishoku312.htm


■家族承諾での移植後、臓器提供「拒否」が急増
(読売新聞 - 09月07日 16:14)
http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=1334268&media_id=20

偶然、三つ前から日記を書いてる。

>すずめ的に、昨今、臓器提供や尊厳死に対して、マスコミやその他が是とするキャンペーンを張ってるように見えてしょうがないんです。「しない」を表明する、「延命措置もお願い」って、浅ましく生きたいのかって、思われちゃうみたいな。。。。だけど、人は自分の命に対して、もっと、なりふり構わずどん欲になっても良いんじゃないかって、思うんですけど。(本人の自由意志によってですけど)

二つ目の日記のコメントへの返信として。


この問題、ここの所ちょっとした懸念がある。


前の日記のコメントにも書いたけど。
私たち、どっちに向かってるんだろう。
一人一人別で、自分の前を見ているはずだけど、でも、
何となく、風が吹いていて、風見鶏のように、身体をそっちに向けてる気がする。


たとえば。。。
何年か前、「国民総背番号制度」が言われた時、みんなはものすごく反感を感じて、
停めたよね。

だけど、最近、戸籍上200歳の人が見つかった。トカナントカ問題になって、
ちゃんと年金や住民票と照会してないじゃないかっ。
ってなコトになって、ダイジンが
「個人情報保護の観点から難しかったんですけど、これからはやっていいコトにさせます。」
って言っても、誰の頭にも国民総背番号のころのキモチはよぎることなく。
「御意」って思っちゃう。
あのさあ。年金が問題だったら、年金のデータで調べりゃ良いでしょ。100歳以上の受給者とかさあ。別に戸籍カンケイ無いじゃん。って単細胞すずめは思うけどね。

ってのは、ともかく、でもさあ、
何か、コクミンは誘導されてる気がしない?


でもって、ハナシを戻して、脳死だけど。
とってもよく覚えてるのは、何年も前、この法案が国会を通った時。
(確かにこの問題、法制化に関しては何回か却下されて、やっと、通る運びになった時のコトなんだけど)
投票用紙を入れに行くギインさんたちの、無防備にうれしそうな顔。笑いながら。。
こんな愉快そうに通すべき法案なんだろうかって、何か違和感を感じたのを覚えている。

それから何年か。。。
実施された何例かのケース、実際にはされなかったけど、脳死判定の対象であったかもしれないたくさんのケース。
両方足しても、でも、その実、絶対値としてはそんなに大きな数じゃないはずだ。
それなのに、どうだろう。
このメディアに流れる量。報道数。(それ自体は悪いことじゃなく、むしろ良いことだろう)
実際、この問題に関わる人はどれだけなのか。
もしかして、多くの人が一生関わらない。もし、関わったとしたら、そのスタンスは、一人一人、完全に私的なものとして、持たなくてはいけない。なのになぜか、ここのところ、「みんなで考えよう」みたいな風潮がある。考えようだけだったら良いけど、どうも、美談臭く感じる。

確かに、この問題、個人がどう、判断しても、社会は許容していくべきで、「あのヒト、あーゆーコトしたんだって」とかって、後で後ろ指刺されないようにしなきゃいけない。
っていうコトで、社会がどう、受け止めるかはとても大切であるのは確かなんだけど。
だけど、何か、そこに、ある方向性の風が吹いてて、みんなが、何となく、そっちを向いてしまってるように感じる。

なぜか。。

難しいからだと思う。
ノーシだとか、ショクブツジョータイだとか、
ノーカンだのハンシャだのハンテーだの。。。
本当に理解できるコクミンは何割だろう。
ましてやその重要性や機序を分かってるヒトは?

そして、それを、完全に理解させることは可能だろうか。

たとえば、あなたんちの、隣のおばさんとか、おばーさんに、カクカクシカジカって説明すれば、何分で理解さえられる?
お茶一杯じゃ無理でしょ。2,3日通ってできるかどうか。。。たぶん無理。これが大多数。

こういうレベルの理解の人達を誘導するのは、本当に容易い。
なぜなら、自分の確固たる意志を持てないから。持っていたとしても、説明できない、主張できないから。


この問題、
難しいリクツはともかく、
医学だの科学だの、メディアの情報に惑わされることなく、
知的能力に依存することなく、
自分と、
自分の愛する人の人生の問題として、
いかに、純粋な意志が持てるかということになるだろう。


デザイナ的に、
きっとそこには、
節度ある「戦略」が必要なんだと思う。


だから。。。
この際、もいちど、はっきりさせたい。

脳死は
脳死判定をしたものだけが下されるものであって、
それまでは、
「死」では無いこと。
それなら、シンプルだよね。


以下、
ネットで偶然拾った文言


-----

ただ、この「脳死」という言葉というのは、最初に人工呼吸器がICUの現場に導入されたときは使われていなかったということが重要です。現在「脳死」というように呼ばれている状態は、最初は「超昏睡」(フランス語でle coma depasse、「一線を越えてしまった昏睡」という意味)とか、「不可逆的昏睡」(もう逆にはならない、回復することはけっしてない昏睡)とか、そういうふうに言われていたわけです。こういう状態について、「脳死 brain death」という語が使われるようになったのは、実は臓器移植との絡みの中においてなのです。


脳死の意味について、
物理的にどういう理屈があるのか、
脳死の意味2 (三つ前の日記)
にベース医者さまに
いっぱい、いろいろ書いていただいております。
それをふまえて、
もうちょっと、ちゃんと考えてみたいと思います。

先ず。。。

三つ前の日記のコメントより


>この議論はおそらく多角的で場合分けしながら、さらにどの観点からの立論であるのか、そのうえで、その立論は各論であるということを理解しつつ行わないと不毛なプチ党派闘争になると思います。


そう思います。
では、
その論点っていうか、
観点の種類って、
どういうものがあるんでしょうか?


っていうの、こちらのコメントにどうぞ

| | コメント (0) | トラックバック (0)

熱中症対策/ヨーカドーの心づかい


2010年09月05日13:13
5日も東日本や西日本の各地で猛暑日の予想
http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=1331925&media_id=88


昨日、出かけた帰り、大井町のイトーヨーカドーの入り口の前で、
小さな紙コップに入れた水を店員さんが、
「お水、いかがですか?」
と配っていた。

あ、いいなって思った。

店員さんは、涼しい店内じゃなくて、
暑い屋外に出て、ちょうど駅前を通る人達に声をかけてたんだけど。。。

店内で熱中症になる事なんてまず、無いから、外から来た人向けなのかもしれないけど、
涼しい店内では、自動販売機もあるし、何か飲みたければいつでも飲める。
だから、本当は買い物に来た人じゃなく、
ヨーカドーを素通りしちゃう、外を歩く人への配慮なんだろうな。

お茶とかジュースとかじゃなく、
水っていうのが、良い。いろんな事情もあるだろうから。

こういう事を思いつくっていうのが、
企業の姿勢なんだなあって思った。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

消費者庁/この報道、おかしい

2010年08月29日13:01

■「司令塔」未だ…消費者庁1年、届かぬ事故情報
(読売新聞 - 08月29日 11:20)
http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=1324246&media_id=20

この事例、それほどのもの?

事故情報、「どこへ」届くべきだと思っているのだろう。
実際のところ、消費者庁ができる前から
国民生活センターが機能しており、設計に問題のあるものなら、メーカーに即日回収、設計変更を指示している。

上の記事であげられた商品の場合、
何十年も前から売られているものであり、もし、今更、改善するとしたら、説明書に「お風呂で使わないでください」という説明文を大きくするぐらいではないだろうか。
それ以前に、この事故事例、それほどのデータ的インパクトのあるものであるとも思えない。たまたま、医療系学会で2件報告されたものだ。
何十年も大量販売されているものによる事故。どこに問題があったかは記事からは不明だ。これを消費者庁が扱うべき、商品販売/企画設計 に起因するものだと断定してしまって良いものだろうか。消費者への啓蒙という視点からは、お風呂での遊びには気をつけるという、誰でも知っている今更国がアドバイスしなければ。。という程のものではない。消費者庁の幹部が知ってるべきものだろうか。

こんなものが伝わっていないからと言って、「事故事例」が届かないと、記事にして良いのだろうか。

ちなみに、


http://www.kokusen.go.jp/

国民生活センターのトップページだ。
ここには、大量の情報がある。
階層を降りていくと、驚くべき膨大な量だ。そして、ココにもある通り、本当に危険なら、即日回収させるだけの強制力を持っているのが分かる。


逆に言うと、
こんなすごいもの、
別の分野でも、見習って欲しいものだ。
医療や政治の分野なんかでも。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

管理社会への一里塚

2010年08月24日23:24
■戸籍上「文久元年生まれ」も生存…東大阪市
(読売新聞 - 08月24日 21:44)
http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=1319370&media_id=20


お役所仕事っていう批判もあるけど。。。

本当は、ある種の潔癖さを肯定しても良いかもしれない。
何年か前から全国で戸籍が電子化されてるんだから、こういうデータベースができてるのは、自明。それなのに、やらなかったっていうことかもしれない。
(本当にやってないなら、逆に褒めてあげたいけどね)


国民総背番号制議論の時、管理社会への危機感をみんなが感じていたはず。
そして、
その時の、コンセンサスとして、

情報としては電算化させる
だけど、その情報を他の事に流用しない。

っていうのがあったはず。
戸籍をデータとして分析したら、
それを国や市町村にさせたら、いろんなコトが分かってしまう。
まさに、個人情報のコアな部分なのだから。
たとえば、特定地域(部落など)の人の履歴
年金と組み合わせたらもっと、イロイロ分かる。
住民票の地域の地価や納税額と組み合わせることも、
データベースさえあれば、誰だってできちゃう。

その集計データを誰が「管理」するのか。。。

そのどこまでをやっても良いのか。
年金受給と年齢と、住民基本台帳のデータと組み合わせる事をやっても良いのか?

ホントは簡単にできる事だけど、
やって良いかどうかは、
簡単に決めちゃいけないコトだ。
それは、文久元年生まれのたった1人のデータがどうなってるかよりも、
遥かに、重要で、大きなリスクを持ってる。

こういうニュースに煽られちゃいけない。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

文字の表記の標準化

2010年08月17日03:23

某所で小耳にはさんだ話題。


日本語の文字、カタカナの表記について、
昔から、イロイロ問題になってたけど、
最近はどうなんだろう。。。
ちょい、調べときましたので。

現在、カタカナ表記には、いろんなスタンダードがある。

以下は

外来語(カタカナ)表記ガイドライン 第2版
テクニカルコミュニケーター協会
カタカナ表記検討ワーキンググループ

が検討したネタってコトだけど。


1 記者ハンドブック第9版 株式会社共同通信社社団法人共同通信社 2002/4
2 記者ハンドブック第10版 株式会社共同通信社社団法人共同通信社 2006/4
3 新聞用語集 日本新聞協会 新聞用語懇談会 1996/10
4 最新版 朝日新聞の用語の手引 朝日新聞社 朝日新聞社用語幹事 2002/5
5 毎日新聞 用語集 毎日新聞社 毎日新聞社 2002/2
6 読売新聞 用字用語の手引 中央公論新社 読売新聞社 2005/2
7 NHK ことばのハンドブック 第2版 日本放送出版協会 NHK放送文化研究所 2005/11
8 NHK 日本語発音アクセント辞典〔新版〕 日本放送出版協会 NHK放送文化研究所 1998/7
9 基本外来語辞典 東京堂出版 石綿敏雄 1990/9
10 官公庁のカタカナ語辞典 第2版 三省堂 三省堂編修所 1998/3
11 Imidas 現代人のカタカナ語 欧文略語辞典集英社 イミダス編集部 2006/4
12 大辞林 第二版 三省堂 松村明 1995/11
13 JIS工業用語大辞典 第5版 日本規格協会 日本規格協会 2001/3

それぞれ、どう、違うか、イロイロあるんだろう。

この報告書でも触れてるけど、
イロイロ複雑だ。

http://www.jtca.org/ai_collaboration/katakana_wg/katakana_guide.pdf


説明には多くの例示がある。その中には、ここ10年の間に普及した新語も多い。
自然発生的に使われ始めたもので、日本語としての表記法や他の専門分野との整合とか、考える間もなかったろう。特に、専門分野から派生したもの(コンピュータ用語なんか、そうだろう)は、グローバル化の中、もとはアルファベットだったものも多く、難しそうだ。


この流れの中で、興味深いのは、語尾の長音だ。
ちょっと前、マイクロソフトがどーのっていうニュースがあったけど、アレ、もう一度まとめておくと。。。

ググると、こういうページがある。


http://www.hi-ho.ne.jp/hida/radio15.htm

(もっと公的なのがめっかると良いんだけどね)


外来語の表記の中で、

デザイナ デザイナー
コンピュータ コンピューター
ドライバ ドライバー
みたいな、最後の長音。
コレに関して、どうするか。
今のところ、大雑把に言って二つのスタンダードがある。

一つは、
http://www.konan-wu.ac.jp/~kikuchi/kanji/gairai.html
http://www.konan-wu.ac.jp/~kikuchi/kanji/gairai.html

内閣告示・内閣訓令としての国語規範
(一般の社会生活において、現代の国語を書き表すための、外来語表記のよりどころとして、平成3年(1991)「外来語の表記」)

ざっと言うと、
長音は原則として長音符号「-」を用いて書き表す。ただし、慣用に応じて長音符号「-」を省くことができる。と示されてる。(原則は「-」はつけるってコト)

でもって、もう一つのスタンダード。
JISだ。こちらでは、上のような規定とは別に、辞書のような形で用語集が出ている。その多くは「ー」が入っていないらしい。そして、 「規格の様式」の中では、「末尾に長音が付く言葉は、3文字までならそのまま記述する。 3文字を超える場合は、末尾の長音を省く」ということ。
また、それは、それぞれの専門分野の慣習に従うっていうモノだった。

http://www.jisc.go.jp/app/pager?id=12239


っていう、アバウトな状況だったんだけど、
ここに来て、っていうか、結構前だったんだけど。。。マイクロソフトがこんなアナウンスをした。

ググってみると、結構前って、去年だったのね。


http://www.microsoft.com/japan/presspass/detail.aspx?newsid=3491


要するに。。。
JISじゃなく、国語審議会の方を採用。長いモノには巻かれてぐるぐる。。ってコトね。さっすがマイクロソフト。新聞なんかもこっちのスタンダードだから。。って。まあ、いいけど。


続きは明日。


昨日の続き

----

っていうのが、現在の状況と、その背景。

さて、こういうの、すずめ的にはどう、考えてるか。
勝手な言い分を聞いて欲しいんだけど。

ようするに。。。
日本語の「標準化」


今、上の議論には、「教育現場」は出てこない。
それが出てくると、国を挙げての洗脳が始まる。
学生は、こんぷ~たー の最後の ー が無いと、テストでバツになるので、絶対、つけなきゃいけなくなる。
こうやって、かつて、文部省は、日本語から を の音や、ゐ とかの文字とか殲滅したワケだ。
すずめたちは、英語のアールとエルは聞き分ける練習をさせられるけど、こっちの音の差を聞き取る事は教えられない。これは、日本の文化に対する、大罪だって思ってるんだけど。
標準化にはそういう落とし穴がある。


漢字も標準化がきっちりされてる。すずめたちは、気がついた時は、その標準化にどっぷり漬かってたので、ヘンだとも思わなかったけど。。。

たとえば、きへん/木へん 林とか杉とか橙のヘンとか、木っていう字。
この真ん中の棒ははねない。
はねちゃいけない。はねるとテストじゃバツ
だから、教養高きニホンジンははねない。
だけど、木の真ん中、はねた方がおしゃれだと思わない?
はねたって、木 って読めるよね。
そもそも、「間違い」ってどういうコトなのだ??
実は、日本の文字は康熙字典っていう、中国の辞書が基になってる。康熙字典以外でははねてる「木」もあるんだけど、コレに決めたので、はねちゃイケナイのだ。

はねた「木」を教科書や活字にしちゃいけないというのは分かる。だけど、はねた日本文字は「間違い」という了見には、すずめ的に納得がいかない。
なぜなら、文字は、文化だから。

だから、「法」や「都合」によって、禁止され、「間違い」とするんじゃなく、人が使いたければ、是とするものであるべき。そう思う。


上の表記法も、
すずめ的には、各々の専門分野での慣習を良しとした、JISのスタンスに共感する。

更に。。。
トンデモすずめが、寝言的に、主張するなら。。。
個人や、いろんな分野、仲間で、それぞれのスタンダードがあっても良いんじゃないか。
ニュースや新聞は、各、企業のスタンスで行けばいい。
教科書も、テレビも。。。
でも、「間違い」としてはいけない。
もっと、ゆる~くて良いんじゃないかな。
コンピュータも進化してるし、そういう「緩さ」にも対応できるはず。

国や、エライ機関が決めたものが「正しい」
それ以外は「間違い」
そんなのヘン。


この寝言を進めると...昨今、若者の日本語が「乱れてる」って言われるけど。
すずめ的にはアレはアレで良いって思ってる。
すずめのニホンゴだって、アレだしね。

英語と米語。
300年前は同じだったはず。
だけど、変わってきた。江戸時代のお侍さんのコトバも、時代劇と同じとは思わないけど、今のすずめたちのとは違ってたんじゃないだろうか。
言葉は自然に変わっていくもの。
混乱を防ぐためのルールは便利かもしれないけど、
そして、それぞれの美意識は変化に左右されることなく、保ちたいと思うけど、
変わるのが、自然。

この「変化」を「嘆かわしい」として、「守るべき」と主張されてる。
それはそれで良い。だけど、守るための方策と、
美意識のあり方やルールは別のはず。

自然に、
それぞれが、自分の美的感覚を大切に、
言葉を使って行けたらいいな。
標準化などしないで良い。
お行儀悪い言葉も、ミョーな表記も。。。
日本語には、そういうのも自然に包み込む力があるんだから。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

終戦の日/一番長かった夏


2010年08月15日19:30
終戦記念日 犠牲者の冥福祈る
http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=1309540&media_id=2


WIKIで1945年を引くと、
ものすごく大量の記載が出て来る。
まさに、人の歴史にとって、一番長い年。

今、私たちはそれから65回目の夏の、8月15日の時間を過ごしてる。


日本にとって、終戦の日

だけど、調べてみると、戦争が終った日というのには諸説あるらしい。
以下、Wikiから

• 1945年8月14日:日本政府が、ポツダム宣言の受諾を連合国各国に通告した日。
• 1945年8月15日:玉音放送(昭和天皇による終戦の詔書の朗読放送)により、日本の降伏が国民に公表された日。
• 1945年9月2日:日本政府が、ポツダム宣言の履行等を定めた降伏文書(休戦協定)に調印した日。
• 1952年4月28日:サンフランシスコ講和条約の発効により、国際法上、連合国各国(ソ連等共産主義諸国を除く)と日本の戦争状態が終結した日。

連合国軍の占領下にあった1952年4月27日までの新聞紙上では、9月2日を降伏の日や降伏記念日や敗戦記念日と呼んでいた。イギリスやアメリカ合衆国を初めとする連合国側では、9月2日を対日勝戦記念日として「V-Jデー(Victory in Japan Day)」と呼んでいる。国際的には、9月2日を終戦の日とする国が多い。

ということだ。

この日に至る経緯を見ると、ポツダム宣言から原爆投下。。。そして、受諾までの事件がほんの4週間程の間に起こっている。


• 7月26日 ポツダム宣言発表。連合国は日本に降伏を要求する。
• 7月28日 日本はポツダム宣言を黙殺する声明を出す。
• 8月6日 - 米軍が広島市へ原子爆弾投下
• 8月8日 - 深夜、ソ連が日ソ中立条約を破棄、日本に宣戦布告
• 8月9日 午前、ポツダム宣言の受諾の可否について最高戦争指導会議が開かれる• 午前11時02分、米軍が長崎市へ原子爆弾投下
• 8月10日• 未明、御前会議で「国体の護持」を条件に日本のポツダム宣言の受諾を決定、連合国側へ打電
• 8月14日 午前11時、天皇が御前会議でポツダム宣言受諾の意思を表明
• 8月15日 日本時間正午に昭和天皇の肉声で読み上げられた終戦詔書がラジオで放送される(玉音放送)。日本国民にとっての終戦の日となる。(終戦記念日)

今の誰もが思うと思うけど、何で、もっと早く、降伏しなかったのだろう。
ポツダム宣言と原爆投下は、日本がそんなに早く動きっこないっていう事で、原爆投下のタイミングを図ったのか。。。

そんな風にさえ、思う。


この時、誰の目にも、敗戦は明らかであったろう。巻き返すことなどできないと。
それなのに、なぜ、こんなに引っ張ってしまったのか。

ちょっと前、BSで「日本の一番長い夏」っていうドラマを見た。
その中で出て来た事。

ポツダム宣言については、日本は発表を知っていた。
そして、それを、どう、扱うか...新聞には「さりげなく」報道して欲しいという要請があったという。(ポツダム宣言への反応については、黙殺の意志があったかどうかって、諸説あるようなので、この件に対する真偽は保留しとくとして)
ドラマでは、日本がなぜ、すんなり降伏できなかったという事に言及していた。
クーデターが怖かったから。
事実、15日前夜、陸軍によるクーデター未遂事件が起こっている。

宮城事件
宮城事件(きゅうじょうじけん)とは、1945年(昭和20年)8月14日の深夜から15日(日本時間)にかけて、一部の陸軍省幕僚と近衛師団参謀が中心となって起こしたクーデター未遂事件である。
wiki


陸軍だけでなく、いろんな抵抗があっても不思議じゃなかったろう。
そんないろんなものを越えての、
終戦。


ちゃんと知って、覚えておきたいって、思う。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

拾った平和

2010年08月09日13:32
長崎原爆の日 約6000人黙とう
http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=1303067&media_id=2

今日、また、長崎の日


拾った平和

平和って。
大切だとかナントカ
毎年、このころになると、みんなが言ってる。

うん。確かに異議なし。

だけど、正直言うと、すずめは、その「平和」って何なのか実は分
かんない。
だって、すずめも、すずめの友達も、誰も、平和じゃない世界を知
らないんだもん。
すずめの親世代は、戦争をしていた時代を知ってる。そういう話を
いろいろ聞いたこともある。
だから、戦争の悲惨さって、分かる。

分かる?
正直言うと、ホントは分かってない。
お話の話だと思ってる気がする。
だって、
すずめたち、生まれた時から、戦争なんて、人生の前提に無かった
んだもん。
ニュースで、キタチョーセンのきな臭いハナシを聞いて、
おせんべ食べながら「ったく、コワイわよねえ。」トカナントカ
言ってるけど、マジじゃない。

世の中にゃ、「戦争が起こるかも」トカナントカ、
もっともらしく言うヒトもいる。
なるほどねえ。って思う?
うそ。ホントは思って無い。
思ってたら、おせんべなんて、食べてない。

マジに心配してたら、マジにどうしようって、具体的に思うよね。
だけど、
「もう、そん時はそん時よ。」
な~んて言っちゃう。ホントにマジで「その時」になったら、そん
なに達観なんてしてらんないんだけどさ。
実はゼンゼン、心配なんてしてないノダ。


だって、
すずめたちにとって、平和って、勝ち取ったモノじゃない。タダで
拾ったモノなんだもん。

もし、コレが自分たちで希求して、やっと手に入れたものだったら、
平和っていうものが、どういう「形」をしているか、知っていたか
もしれない。
戦前の世代は知っていただろう。ずっと求め、渇望していたろうから。
だけど、私たちは、べつに、誰も頼まなくても、手に入った。
もし、失っても、また、落ちてるかもだから、拾えばいいじゃん。
そんな気がしてる。
どうせ、拾うモンなんだから、
平和がどういう形してたって、関係無い。
作るんじゃなくて、拾うんだから。
それに、きっといっぱい落ちてるに決まってるんだしねって。

だけど。。。

65年前の今日、
長崎には原爆が落とされた。

焼かれた人たちは、
消え行く命の狭間で、
平和の形をくっきりと、思い描いていたに違いない。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

原爆文庫


2010年08月08日13:15
すずめは、横浜生まれなんだけど。。。
小学校から10年間、広島の福山市ですごした。

当時は、夏休み中、「登校日」ってあって、
8月6日、原爆の日は、学校へ行く日だった。

小学校の宿題には、「なつやすみ帳」ってあって、
そこには、小さな短編小説が載ってた。
毎年、原爆の話。

いつも、きちんとして、きれいなおばさん。
背筋をピンと伸ばして、和室に静かに座ってる。美しい横顔。。。
美人だから、お高くとまってるんだなって思ってた男の子。
だけど、ある日,知った。
彼女の美しい横顔の反対側は、原爆の熱線にやられて、ケロイドの傷があった。


そんな話。

すずめは小さい頃から本の虫だったんで、
図書館に棲息してたんだけど。。。

小学校の図書館。
原爆文庫っていう本棚があった。
全部、原爆の関連の本。(当時ははだしのゲンとかマンガは置いてなかったけど)

いろんな本があった。
今も、おこり地蔵とか、サダコさんの話なんかは、健在。
だけど、もっと、もっといっぱいあった。

どういう題名だったか、
記憶のかなた。
覚えて無い事が歯がゆいんだけど。

ひとつだけ


チョウのいる丘


今はもう、絶版。
アマゾンで中古を見つけた。
コレクター価格
15000円

本の現物を手に入れるのは、難しそうだけど。。。
せめて、タイトルだけ、記録しておくことはできないかなあ。

もし、小学校の(特に広島や長崎とかの)
小学校の先生。
昔、置いてた本のリストだけでも、
保管してないかな。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

第一子の初産年齢の統計

2010年08月04日09:13
■未成熟な親、相次ぐ虐待…10~20歳代が半数
(読売新聞 - 08月04日 03:04)
http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=1297685&media_id=20

この統計、おかしい。
第一子の初産年齢の統計では、年度によってちがうが、
下の出典(17年度 国民生活白書)では、ざっと、20代の初産が60万件中、40万。30代以上が、20万。初産だけで言っても、10~20歳代がもともと、6割。
それから考えると、ここで計算された統計は、同数、もしくは少ない位じゃないだろうか。


http://www5.cao.go.jp/seikatsu/whitepaper/h17/01_honpen/html/hm01010004.html


確かに、「未熟」だと、経済的に不安定で、周りには独身で遊んでる友達がたくさんいて、いっしょに遊びたくなると子供がじゃま。。。。それが、この間話題になってた、2人の子を置き去りっていう事件の背景かもしれないけど。


虐待の背景は、もっと多様じゃないだろうか。

こういう事件があると、
「未熟な親」という批判が集まるが、
20代は未熟で、(10代の後半で産んでも、2、3歳になれば20代になる)
30代で産むべき?という晩婚化、少子化の奨励になってしまう。
30代で少数の子供を、世間から後ろ指さされぬように、りっぱで、高学歴の完璧な子に育てるべき。そういう了見が、ますます、少子化をすすめちゃってないだろうか。

子供も、
子育てする親も、
本来多様なもの。
もっと、アバウトでいいじゃん。
虐待されそうだったら、助ければ。
って、思ったりするんだけど。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

昔からある:小麦粘土

2010年08月01日22:00
食べられる粘土がある
http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=1294690&media_id=58

昔から、子供用粘土は食べられる。カラフルな粘土の主材料は小麦。これに「食用」色素で色をつけたもの。食品生成法も通ってるし、食べても安全。
ただし、子供たちがどのような状態で遊ぶかが分かって無いので、子供が食べても不味い味(食塩/防腐剤の意味もある)を混ぜていた。


小麦粘土はお母さん達も手作りすることも多かったから、本当は誰でも知ってるよね。


逆に。。。

この粘土おもちゃ?
子供が、3日遊んで、おもちゃ箱に入れっぱなしで。。。ゴキブリだの蟻だのがたかって。。。その上で食べても大丈夫
っていうコトを想定できてる?

そんなコトやっちゃいけません。
っていう注意書きを書くんだったら、
それは、すでに玩具の流通ルートでは売ってはならないもののはず。
きちんと、食品として認識して、
食品として管理しなさい。
ってコトであれば、
もう、それは食品以外のナニモノでもないじゃん。


補足
食品生成法も通ってる
正確には、食品衛生法を通るだけの材料と品質で作られている。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

■ミケランジェロ、神の姿に解剖図の「隠し絵」

■ミケランジェロ、神の姿に解剖図の「隠し絵」
(読売新聞 - 07月31日 14:36)
http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=1294423&media_id=20


??っと思い、
ソースをあたってみた。

アブストラクト、ほぼ、全文、読める。

http://journals.lww.com/neurosurgery/Fulltext/2010/05000/Concealed_Neuroanatomy_in_Michelangelo_s.1.aspx

Concealed Neuroanatomy in Michelangelo's Separation of Light From Darkness in the Sistine Chapel


っていうコトなんだけど、
下の方の画像、いろいろ何枚も出てくるので、
面白い。
コレ、医療関係者、もしくは、占い師が見ると、
こういう解釈になる??


ミケランジェロは、kidney stones 腎臓結石?みたいなのがあったし、そういう系にも興味があった。。。
もちろん、人体構造を人体解剖から学んでる。

それは、そうかもしれないというより、事実なんだろう。


だけど。。。

ちょっと、おかしくない?
この図、こういう解釈って、
心霊写真の類みたいじゃん。
(心霊写真って、何でもマルが二つあったら目で、三つ目は口なんだよね。。。お腹のタルミが目玉??)

上の表題のような疑問が生まれた経緯には、

もともと、これだけ完璧に近いデッサンがベースにある作品の随所に、不自然な/不可解な/理屈に合わない 部分があり、完璧なだけに、なぜ?という議論があったということなのだが。。。

しかし、その原因は、こういうコトだったと考えるのには、ちょっと、無理がありはしないだろうか。

(特にね。このFigure1をクリックしてでてくるFigure 6 of 10の赤い線。ちょい、サギっぽいデザイン処理だ。日本の記事はこの図を使ってるけど、のっけからコレだけ出すのは、分かりやすいって言っても、わかりやす過ぎなので、ズルかも)


すずめ的にいつも思う要素は。。。

こういう時代の絵画。
経年的な色彩などの劣化は、どうなのだろう。
絵を描いた経験のある人なら、誰でも知ってる。
絵の具が乾いたら、全然、違った感じになっちゃった。
輪郭とか弱くしたつもりだったのに、妙に浮き上がって来ちゃった。。。。

現代の優れた技術で作られた画材でもそういう事は頻繁に起きる。
ましてや。。。この時代のfrescoes フレスコ。
部分的に、劣化していたとしても、不思議じゃない。

特に...
ミケランジェロの絵画(昔、システィーナで見た時は、そんなの分からなかったけど...写真や印刷物で見るレプリカの場合)の多くに出て来る、水色は、何か、不自然な彩度を持っている。

http://geijutsuhiroba.com/books/assets_c/2009/04/41050901022727-thumb-400x488-12612.jpg

(たとえば、この女性のスカート。そして、このシスティーナの背景のブルーもそうだ。細部の表情が乏しい。/ディスプレイ上の画像ではブルーの彩度が高くなりがちだが、この傾向は画集でも起きている。印刷画像の場合、このような中間的なブルー/シアンの彩度は落ちやすいはずなのに)


これは。。。もしかして、本来、もっと別の色であったのではないか。
個人的に、想像するに、もっと、深い、紫系のブルーだったのでは?
彼の描く、少し、褐色がかった肌の色にマッチするような。 そして、こんなに目立たないような。
だけど、ブルー系の色に混ぜた、オレンジ系?茶色系?の色素が飛んでしまったのでは?
そうすると、色あせた絵が別のものに変わったり、不自然になったりすることもあるあずだ。ましてや、ルネッサンスの時代のものなのだ。


ミケランジェロの絵画は、
筋肉の在処をオーバーコンシャスなまでに表現し、女性が女性に見えない。この時代に、ストレッチ素材などあるわけないのに、神様たちは、身体の線がくっきりアラワなレオタードを着てるかのようだ。
確かに、これは、彼の人体への深い造詣のなせるワザだろう。そして、遠くから見る事を想定しての、強調という要素も大きい。

だけど。。。
この表題の件はどうだろう。


このおじさん(あ、違った、カミサマだ。ごめんなさい。ごめんなさい。すずめにバチ、当てないでください

本来、もっと、喉の部分には違う影も入っていたんじゃないだろうか?それが、経年劣化して一部,消えてしまった。。

てか、

すずめには、脳幹じゃなく、
ソフトクリームに見える

| | コメント (0) | トラックバック (0)

昔はもっとあったはず

2010年07月27日12:34
■木箱監禁死の両親、女児の姉へも虐待か
(読売新聞 - 07月27日 03:06)
http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=1288882&media_id=20

こういう事件の報道に関する反応。
いつも決まって、「最近は。。」
と、あたかも増えているような日記が並ぶ。

しかし、そうだろうか。
たとえば、こういう統計がある。

指導者用「乳幼児の事故防止教育ハンドブック」 東京都福祉保健局

http://www.fukushihoken.metro.tokyo.jp/kodomo/shussan/nyuyoji/jiko_kyouiku/index.html

の、「第二章 乳幼児事故の現状」から、

0歳は出産に伴う異常などにより多くの子どもが死亡しており不慮の事故は第5位であるものの、1~4歳、5~9歳の小児期では不慮の事故が第1位を占めている

0歳では平成元年には事故による死亡率は出生10万当たり31.8であったが、平成14年は13.5となり、この15年の間に平成元年の42.5%に減少している。

1~4歳では平成元年には人口10万対14.7であったが平成14年には5.0となり、平成元年の34.0%と3分の1になっている。

5~9歳では平成元年には人口10万対7.5であったが平成14年には3.7となり、平成元年の49.3%に減少している。

事故による死亡率をみるかぎりこの15年間に2分の1以下に減少しており、事故による死亡率はよい方向に進んでいる。


引用元
http://d.hatena.ne.jp/WinterMute/20090311/1236733630


更に、付け加えると、
これより前は、格段に多い。
http://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkyuujigyou/dl/100514c.pdf

少子化による実数が減ってるとしてもまだ差がある。
だけど、昭和の中期というと、まだ統計の基準なんかも違ったろうから、考えないコトにして。。。


いずれにしても、
死亡者の数が減ってるのは確か。

この、「不慮の事故」は本当に、昔から、すべて、
防げ得ない不慮のものだったのか。


昔、虐待による死亡などというような、概念が無ければ、
親が
「転んで頭を打った」
「この火傷は本人の火遊び」
「目を離したすきに、箱の中へ入ってしまった。」
などと言えば、警察も信じただろう。そもそも、警察など、介入させなかったろう。病院の医師を言いくるめれば、どうにかなったのではないだろうか。
今は、救急系の人達は、小さな痣にだって注目し、嘘を見抜くテクニックも、その対処にも長けてるだろうけど。
でも、昔だったらそういうのも
虐待死にカウントされる事は無かったのでは?

さて、
そのすずめ的解釈。
メディアが報道するのは、悲劇の結果だけだ。
だけど、その悲劇は減ってる。
ここには、きっと減らした人達がいる。

それは、たとえば、上の記事でも問題になっている、児童相談所の職員。
救急やその他の医療関係者、
学校や幼稚園の職員
周りの大人。

今、多くの大人が知っている。もし、小さな子供の背中に、痣があったり、
腕に火傷の後を見つけたら、虐待の可能性があると。
そして、見ず知らずのコンビニの店員さんでさえ、それをどこに通報すればいいか、通報されたら、どう、対処すればいいか、しっている。

10年前、15年前の私たちは知っていただろうか?


悲劇は確実に減らされているはず。
増えていると勘違いしてるのは、大衆だけ。
騙してるのはメディア。
だけど、
ウソも方便だと思う。
なぜなら、こういうニュースを見るたびに、
増えてると思うたびに、
かわいそうな子供たちに心が及ぶ。
そして、コンビニで出会う小さな子の腕の痣を見て、
虐待を連想する、やさしい大人が増える。

それはそれで良いことだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

陣痛促進剤 妊婦の同意義務化

2010年07月13日19:46
なんか、びっくり。
こんなコト、イマドキ、義務化しなきゃイケナイって。
不思議。

添付文書がついたのは、確か2002年?
それがついたってコトは、
誰でも、この薬には共通認識を持ってるってコトで、
その共通認識を内緒にして、使ってたってコト?
そっちの方がおかしくない?

陣痛促進剤 妊婦の同意義務化
http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=1274589&media_id=2


陣痛促進剤による子宮破裂などの被害が相次いでいることから、医療機関が投与する際に、危険性を説明して妊婦の同意を得ることや、過量投与を防ぐため点滴の量をコントロールする装置の使用が添付文書(説明書)の改訂で義務づけられた。被害者らでつくる「陣痛促進剤による被害を考える会」(愛媛県今治市)などが17年前から要望しており、出元明美代表は使用の厳格化を歓迎している。

 陣痛促進剤は、陣痛を誘発したり強める時に使われるが、人によって作用に100倍以上の差があるとされている。子宮の強い収縮によって胎児が脳にダメージを受ける副作用が知られ、点滴する際には、ごく少量ずつ投与し、母子の状態を見極めながら使用しなければならない。

 同会によると、00年からの10年間で、少なくとも90件の副作用被害が報告されている。脳内出血などで子どもや母親が亡くなったり、重度の障害が残った例もあるという。

 こうした事態を重視した厚生労働省は先月1日付で、陣痛促進剤を製造する5社に対し薬の添付文書の改訂を指示した。各社は先月10日までに、インフォームド・コンセント(十分な説明に基づく同意)を求めることを添付文書に明記。子宮破裂や脳内出血、(胎盤が出産前に突然はがれる)常位胎盤早期はく離などが起こる危険性があるとして、分娩(ぶんべん)監視装置による監視などで妊婦の状態を観察し、適切な処置を行うことなども書き加えた。出元代表は「さらに陣痛の状況に応じた用法・用量も詳しく書くことが必要だ」と話している。【奥山智己】

一つ前の日記の続き。

こういう薬の難しい事情。
説明責任って、どうなのか。

たとえば、保険の約款なんて、きっとだ~れも、読んだコト無いよね。
すずめは、昔、説明書のシゴトしてる時、
コレはだ~れも読みっこないって、確信しながらデザインしてた。
だって、すずめ自身、説明書なんて、読まないモン。

さて、
昨今、誰でも一度は見た事があると思うけど、
コーションラベル。
びっくりマークとか、いろんなシンプルなマークが黄色とかのラベルに並べられてる。コレは、PL法の施行に答えて、業界がやってるコトだけど。。
やってはいけない事、
やったら、ものすごーっく危ないかもしれない(可能性のある)事
が、数を絞って、最小限度、載せられている。
だから、こういう説明書の注意事項には、もっともっとたくさんの注意事項がならんでるんだよね。だけど、そういう取説の注意事項には、
あんた、アタマ、おかしくない?っていうような、トンデモなお客サマ向けの事も書いてあったりする。だけど、こんなの読むヒト、いないので、最小限、重要な項目に限って、コーションラベルが貼られてるワケだ。

なぜなら。。。
こういう製品が理由で、事故があっても、
「そんな事、しちゃイケナイって、説明書に書いてありました~」
じゃ、通らないからだ(それが消費者の不注意であったとしても)。裁判になっても、その説明が分かりやすかったか、目立っていたかという事が争点になる。

だから。。。
たとえば、35年前の扇風機を使っての事故。
アレはメーカーが一方的に悪く、しかも、何年にも渡って、何億円もの費用をかけて、テレビCMで流すという、「あがない」をしなければならないっていう責任があるっていう事になるのだ。(ちなみにPL法では、保証の期間を10年と規定してる。扇風機は35年前だから、論外なんだけど、残念ながら、35年前はPL法が無かったんで、やっぱり、しょうがない)

というような、きびしい、社会的な責任を製造者は持ってる。
そして、それに精一杯応えようと、具体的ルールを作ってる。
PL法は医療をカバーしていないんだけど、このスタンスは、社会としてコンセンサスを得たものであるのは、間違い無いはず。


さて、その上での、
陣痛促進剤 妊婦の同意義務化

そもそも。。。
陣痛促進剤 なんてコトバ、多くの人が聞いた事無いはず。
妊婦さんだって、どれほど知ってるか。

保険の約款じゃないけど、
出産のために病院に入ったら、その時に、
「何かあるとしたら。。。。ですが、どうでしょう?同意しますか?」
みたいな同意書にサインする。
だけど、上のPL法じゃないけど、それが「分かりやすく」無いと社会的にはダメなはず。たとえば、「何かある」とすると、それは、何である可能性があるのか。それはどんなリスクがあるのか。そのリスクを回避するための他の選択肢は無いのか。緊急避難的にされる事には、どんな可能性があるのか。

そういう説明をしていくと、
全く問題の無い妊婦さんでも、予め、陣痛促進剤の説明、議論になってる問題については、受けておく必要があるんじゃないだろうか。
それも、現場の人の裁量で考えられた「説明」じゃなく、
たとえば、どっかの組織とかが、きちんと作った、内容のものを。


というコトで、
すずめの提案。

こういうのの、「読みやすいマニュアル」
を、どっかが作るべきじゃん?
厚い本でも良い。
優秀なデザイナにご依頼されれば、必要な所だけ拾えるようなデザインにできるヨ。
妊婦さん達は、産婦人科の待合室でヒマに何時間も待たされるんだから、
その間、映像とかも見せられるし、本も読ませられる。
そのビデオと冊子の該当ページを読んだ事をチェックして、
その上での、同意書サイン。
その中には、産婦人科の事故は、今までどういう機序で起こってきたか。
そして、それを回避するために、どういう手だてをここでは取っているか。。。そんな視点の説明も入れて欲しい。
そして、医療者だけでなく、あなた自身も、自分を守るために協力してほしい。こういう事に注意して。
それでも尚、「何か」が起こってしまった場合、まず、どうすれば良いか。
そこまで、言及して欲しい。

そんなの、どっかの団体さん、やったらどう?
製薬会社さんとかから、補助とか出るかも?

| | コメント (0) | トラックバック (0)

すずめのココロザシ /繋げたい財産

2010年07月04日08:43
すずめのココロザシ

さて、連日の飲み会、モトイ、勉強会。

昨日は、コンなことしたい!って
のを一つ、思いついた。


前にもご紹介した、知る人ぞ知る、このページ。

http://www.hi-ho.ne.jp/okajimamic/

これ、個人がコツコツ作ってるページ。
その方...医療系の方ならご存知、
某国立医大の名誉教授。

コレって、国家財産だよね。


氏は1924年生まれ
どうにか、この財産を継いでいきたいと思って、すずめはこのHPを少なくとも残していこうと、許可をもらった。どういう形が良いんだろう。。。

もうひとつ。。。
氏は、いろんな著作を書いていらっしゃるし、
今もいろんな所で投稿されてる。
それが、いかにも氏らしいのは。。。その中で、ほとんどご自身の意見をおっしゃっていないことだ。「ドイツの制度はこうです」と提示されるが、それが良いとか、日本はこうあるべきとは、一切、書かれない。
それを申し上げると。。。
「そういう姿勢が身に付いてしまっているんでしょうね。」

でも、
「本音は、どうなんでしょうか?」
とお聞きすると。。

うん、出て来る出て来る。。。
いろんな反論もあるのかもしれない。
だけど、これだけのバックボーンのある見識。
我々は、謙虚にお聞きしたい。
それを、日本の財産にしたい。

で、
すずめは思った。
こうして、氏がおっしゃる事。
すずめはどう、すれば良いか?
すずめが聞いても、日本を変える力にはならない。
誰か、然るべき人に伝えて行きたい。
氏の弟子を作ってあげたい!

先ずは。。。どこかで、「オカジマ塾」を開催したい。
大きな集まりじゃなく、小さな、でも、濃厚な、然るべき人達限定で。
場所は...氏のご自宅から遠く無い場所で。

それにしても。。。

これだけの方、なぜ、そういう講演とか無いんだろうか。。。
「そういうの、頼まれませんねえ。」
あまりにビッグネームすぎるんだろうか。

さて、どうしよう。。。
早くしたい。

さて、
一つ前の日記に書いた方とのお話。

「いつも、ご自身のお考えはおっしゃらないようにされているように拝見しますけど..本音は、やはり、ドイツは日本のお手本であると、思ってらっしゃるのでは?」
「はい。それはそうですね。たとえば。。。」

ドイツでは、開業に関して、非常に厳しい「ガイドライン」が国によって設けられている。ドイツの場合、ガイドラインというと、日本のようにアバウトな方向付けではない。罰則もあり、経済的にも不利になるような仕組みになっており、非常に拘束力の強いもの。(ドイツでは、その他その拘束力の強さによって、段階的に様々なルールが作られている)

開業に関して、
ドイツでは、人口当たり、いくつの医院を作って良いか、非常に厳格に決められているのだそう。こう言うと、地方vs都市、そこでの診療科の問題がツツかれそうだけど、そう、それも、ちゃんと計算に入れて、実に細かく、現状に沿ったルールが作られている。だから、勝手に開院できない。開院しても、いろんな事が不利になってしまう仕組みになっている。たとえば、もし、利益が上がらなかった場合には、補填さえしてもらえる。
今、この法律の翻訳をしてるんだけど、なんだかんだともう、1年もかかってしまって、まだアップしていないんだけど。

というコトだった。

氏のお話はココまでで、
(飲み会がお開きになっちゃった)
続きは、別途、何かチャンスを作っちゃおって思ってるけど、
以下はすずめのすずめ的妄想。

ドイツのルール。
なーるほど。
デザイナ的にコレはおもしろい。っていうか、誰でもそういうルールは思いつくだろうけど。。「お手本」があれば、理由付けになる。
日本では、言うまでも無く、ココは単純に市場原理に任されている。この位の人口があれば、耳鼻科は2軒しかいらないだろうから、内科も標榜しようかとか、ここじゃなくて、一駅、次の駅にすれば、皮膚科は無いとか。
地価やいろんなコトを考えて選択するんだろうけど、結果、偏在が起こってくる。どっかの地方の田んぼのど真ん中に小児科を作っても、子供のいない地域では、利益分岐に届かない。そんな所に病院作っても破綻するに決まってるから、作らないし、あったとしても、存続できない。。。

こういうのを、地域のインフラとして、公が管理するっていうのは、良い案じゃないだろうか。市場原理は医療に『なじまない』だとか、混合診療とか自由にさせると、アメリカみたくなるから。。とかって目くじら立ててるヒトたちも、肝心なトコじゃ、アバウトなのね。今の医療の問題に、「偏在」があるのは、事実なんじゃないの?何人かの人達は、それを「医療崩壊のせい」とかお行儀悪いモンスターがいるからとかって、言ってるけど、それって、もしかして、「偏在問題」からフォーカスをそらしたいから?って思っちゃう。開業を市場原理任せにするコトが一番、大きな「アバウト」じゃないだろうか。

すずめ的には、ものすごーっく良い案に思える。
開業を論理的にコントロールすることによって、
その地域の人口、いろんな病気の罹患率、そういうのから、ある程度、利益率が計算できてくるだろう。もし、この戦略の中で、利潤が出ず、診療圏がものすごく広くなってしまうんだったら、それは、もともとの価格設定である診療報酬が間違ってるってコトだ。今までみたく、「それじゃ開業医さんが儲からない」トカナントカっていうようなアバウトな計算じゃなく、こういう構造的なデータから、出して行くべきじゃない?
でもって、高い薬を出して、やっとこさ、存続できてるなんていうようなコトも防げるかもしれない。昔、ドイツでは抗生物質はできるだけ出さないコトにしようって決めたなんていうニュースがあったけど、そういうコントロールもしやすい。良心的な診療をしていて、儲からなかったら、補填してもらえる。。そういう仕組みにすればいい。
でもって、その補填だって、別に国が出せってコトじゃなく、診療報酬を戦略的にデータに基づいて、変えたりとか、いかようにも、国の持ち出しじゃない方法は作れるだろうしね。

今、大きな病院からどんどん、医師が逃げて、開業に走ってるそうだ。(前にデータ調べたから、どっかに数字もある)
だとしたら、「今」がチャンスのはず。(っていうか、もう、遅いか。。。)

---


ネタは、二つ前の日記に出て来た、某氏にいただいた、資料から。

ドイツの救急は。。。
要するに。。
ドイツでは、救急車は、重病人だけ病院に運んで、後は、普通の開業医さんに運ぶ.開業医さんは、全員、どの診療所でも救急をみて、夜や休みには救急当番も受け持つ義務があるし、訓練もされてるんでオッケー。


---


誰が見ても重症っていうようなものだけが、病院に運ばれる。それ以外は開業医が最初に診療する。
病院はきちんと、計画的に配備され、大学病院は難しい患者を受け入れる最後の砦。

さて、その開業医の救急業務、
州医師会と州保険医境界の共同で作成された救急業務規則に基づいて実施され、開業医は全員(65歳以上、妊娠育児等以外)、一般救急当番に参加する義務がある。当番医師は、休診日と夜間、小児から老人まであらゆる年齢と疾患の患者を最初に診療して、応急処置をする。必要とあれば、病院への転送。あらゆる疾患、年齢に対応できるよう、訓練されてるので、問題無い。
また、こういう患者は、最終的には、もとのかかりつけ開業医に戻されるので、開業医にとって、患者が逃げてしまう恐れも無い。

自治体の地域救急センターは受付,連絡業務を受け持つ。
急性期病院のベッド稼働率は80%。だから、満床による拒否は起こらないし、運び込まれた患者は必ず引き受けることになっている。

開業医の定員制

ドイツでは20年程前、医師の過剰が問題になったが、2000年を過ぎるころから、また、不足の傾向に転じてきている。
そこで、過剰と集中に対処するために、長、中期計画として、1993年、開業認可規則に新たに地域別、専門医別の定員制の条文が加えられ、医師偏在防止の対策が講じられた。
この施行から15年。大多数の専門において定員は充足されてはいるものの、一般医学の専門資格が無いと開業できない家庭医に関しては、150--70%と、偏在が残っている地方もある。

-----

っていうのが、このペーパー 医学と医療 no.471
の前半なんだけど。


なーるほどね。
ドイツって、すんごく、恵まれてる環境が先ずアリキで、
そんな恵まれてない日本への導入なんて、ムリってハナシもあるけど。。。
ドイツでも、いろんな問題があって、その解決策を模索してる中での、
現在の状況ってコトなのね。

考えてみると、
ある日突然、壁の向こうとこっちが一緒になって、
それまでに培ってきた医療インフラも、ガラガラポン。
厳しい状況もあったはず。

この救急の仕組みなんて。。。ナカナカなんじゃないの?

読んでみると。。この救急システムも、先ずは、
「開業定員制」
が根本にある気がする。
開業は許可する/許可しない。
だけど、許可したなら、きちんと公的に保証し、患者が逃げないように、経営を守る。

ドイツでは、この施行から、15年。

日本も、もし、今から、コレをしたとしても、本当に実効性が現れるのには、時間がかかるんだろうな。だけど、だからこそ、早いトコ、考えて欲しいモンだよね。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

精神病院/捨てられたイタリア、捨てるべきか日本

2010年07月03日11:04
昨夜は精神病院の著作で有名な大熊氏のご講演、プラス、もちろん飲み会。

大熊和夫氏、どーせ、有名人だし、名前言っても良いよね。
彼は、そう、ゆきさまのモト。。。ってコトは書かないけど、

40年近く前、
朝日新聞の熱血記者だった彼は、
どうにか精神病院の取材をしたいと思った。中に入るにはいろんなルートがあるが。。。そのうち、「患者になって入るのって、意外に簡単」っていうのが分かった。

彼は「妻」と結託して、アル中に化けるコトにした。家中のお酒を全部飲み、それでも足りないので味醂まで飲んで、タクシーで病院へ。
「妻」は「このアル中亭主、病院へ入院させてください。」っと。(潜入先は長谷川病院)
結果、彼は2週間入院。それが、「ルポ精神病棟」となった。

そこで彼が見たのは、病院という監獄だった。
檻があり、「不潔部屋」というのがある。
そこでの「治療」は想像を越えたものだった。
入れられている人には、認知症のお年寄りもいた。

それから40年。
今は、どう、変わったのか。

大熊氏は

日本は重症の『精神病院病』に罹っているとおっしゃる。

彼の有名な著作に、
「精神病院を捨てたイタリア 捨てられない日本」
というのがある。(こういう本にしては珍しく6刷を重ねている)

イタリアは精神病院を廃止した。
そんな馬鹿な事ができるのだろうか。
大熊氏はおっしゃる。
僕もね、精神病院を無くすなんて、どういう事なんだろう。精神病院にも良いのと悪いのとがあって、悪いのを無くせば良いっていう事だって思ってたけど、そうじゃない。それじゃ駄目だっていうのが、イタリアに行って分かった。


イタリア精神保健改革の立役者は、精神科医フランコ・バザーリア。
パードヴァ大学の精神医学教室の教授からゴリツィア県立マニコミオ(イタリア語で精神病院のこと)の院長に転身。

1961年当時、精神科医が、患者に「自傷他害の疑い」をかけて有無を言わさず鉄格子のあちら側へ送り込んだり、強制治療を行うという「特権」を持っていた。バザーリアの運動の結果、1968年、イタリアの精神衛生法が部分改正。自由入院が許され、入院患者が半分以下になった。

入院患者を自由にしていくことによって、病気そのものも改善されていった。地域の支援拠点や患者たちの集会である「アッセンブレア」などの開催。。。
1978年には病院はほぼ空っぽになった。
センターは重い病人を在宅で支えるために、1975年以降、24時間、365日オープン。この「24時間、365日オープン」こそが、精神病院に代わる機能だった。
2001年の統計によると、イタリアの707カ所のセンターのうち「24時間、365日オープン」は50カ所。他はほぼすべて「12時間オープン、日曜祭日休み」。閉まっている夜間や休日は、総合病院内の精神科病棟が対応。

1978年5月、180号法がほぼ全会一致で国会を通った。
革命的な精神衛生法の根本概念をぶち壊す新法。精神衛生法は精神科医や精神病院に特殊な権力つまり強制入院・強制治療の権限を与えた法律だが、180号法は権限に大幅な制限を加え、強制入院させる先の病棟も消滅させた。


日本の精神保健福祉法(昔は精神衛生法と言った)によれば、精神科医は「自傷他害の疑い」を抱けば患者を有無を言わさず鉄格子の向うに放り込むことができる。これは、治安の責任を精神科医が担っていると言るが、180号法は、精神科医を治安の責任から解放したのだ。


この半年後、それまでの無秩序な医療供給体制(日本はまだこの状態で、精神病院は郊外の限られた地域に作られている)を根本から改革した国民保健改革法833号法(新医療法)を制定。国土(人口ざっと5500万)を約150の保健区に分割し、日本と同じ社会保険方式の保健予算を区住民の数に比例して分配した。

1994年、精神保健擁護3か年計画の大統領令が打ち出され、「精神保健に従事する職員の数やケア付きグループホームの数は、人口に比例した数の設置が義務つけられた.「98年末までにマニコミオを閉鎖できない州は予算の0・5%をカット」と州に圧力をかけ,翌年3月、保健大臣はイタリア半島からマニコミオ(精神病院)が完全に消えたことを宣言した。


結果的に、現在のイタリアに、精神病院は一部を除いて、無くなった。地域の支援センターが24時間、支援している。


ってのが、精神病院を捨てたイタリア。


長くなったので、続きはまた明日ね。

昨日の続き


この講演会。
オーディエンスには、そうそうたるメンバーがズラリ。
普通はパネリストになっちゃう重鎮ばかり。


質問コーナーでは活発な意見交換がされた。
その中での興味深い質問(この方は一般医療従事者)
「では、もし、精神病院が無くなったら、今の認知症患者さんたちは、どこへ行くのですか?」
大熊氏:
それこそ、日本的な質問だなあと、思います。確かに、精神病院の入院患者の2割が認知症。
でも、認知症に必要なのは、ケアであって、精神科の「治療」では無いはず。
そういう人達を精神病院に入れるという発想そのものが、おかしい。

さて、飲み会では。。。
すずめは、某精神科医さんと某ジャーナリストさんと同席。
ちょい、訴えた。


実は、すずめんちの1軒隣に
そういう方が住んでいた

変な人だなあと思っていた。高齢のお母様と2人。お母様の方はキチンとした婦人で、時々、ご挨拶したり、雪かきをして差し上げたら、喜ばれたり。。。っていう交流はあったけど、
5,60歳?と思われる息子さん、Aさんの方は、ちょっと。。。
っていうか、あまりにヘンな人だった。
一年中同じ服。ものすごく臭い。たぶん、何年もお風呂に入っていない。その人が外へ出てると、遠くでも臭った。
それだけじゃない。我が家にとってものすごくイヤだったのは、隣家との狭い隙間を通路に使ってるのだ。敷地内だし、まさか人が通ると思っていなかった所で、姿を見た時は、ぞっとした。
慌てて、通り抜けができないように塞いだ。。。昼間いないので分からなかったけど、我が家の庭の周りにも入ってきているらしかった。

ところで。。。

我が家の一軒前のIさんは、とっても良いご家庭で、都心に珍しく、我が家の近所は結構、交流があったんだけど。。。Iさんを嫌ってるらしく、Aさんがよく怒鳴り散らしているのを見た。かなり、危険な人物に見えちゃう。どうしても。生活圏で考えると、正直、怖い。

何年か前、Aさんの高齢のお母様を最近見ないっていうコトになった。Iさんは先ず、行政の関係者を呼び、相談した。しかし、Aさんは拒否。最後に、警察を呼んで、瀕死のお母様を救出。でも、衰弱が激しく、何週間か後に亡くなったそうだ。
以来、その家は無人。
噂では、Aさんは精神病院に入っているんだそうだ。


さて。。。精神病院を無くしたら、
彼のような人は戻ってくる?

精神科医さんは。。。

確かに、問題だね。日本の場合、生活保護とか受けてれば、公的機関が接近する機会があるけど、その人みたいだと(都心の一戸建てに住む資産家)そういうのが一切無いからねえ。

でも、どうして、そんなに臭いのが気になるの?

うーん。確かに、刺されそうとか、そういうのじゃないけど。

地域に戻るって、そんな、近所が面倒見て欲しいって言う意味じゃないよ。
行政の地域のセンターが支援するとか、イタリアのように手厚くすれば、うまく行くんじゃないかな。

そうなんだろうか?

こういう問題、たとえば、さっきの講演で言えば、
「地域の偏見」とかっていう、概念的、抽象的な言葉になる。
だけど、その偏見って、
生活者にとっては、こういうコトなのだ。
部屋の中を覗かれたり、
臭かったり。。。
火の始末とか、どうなんだろうとか。。。
それは「偏見」って片付けられるものじゃない。
生活者にとって。

他にもいろんなお話があった。
薬の問題は大きい。
膨大な量が歯止めの無い中、処方され、それが大きな収入源になっている。
薬で朦朧となった患者達はおとなしく、扱いやすくなる。
こういうのを、どう、辞めさせて行くか。

今でも精神病院の問題は、ある。でも、職員がそれを暴いていかない。
もっと、声をあげていくべきじゃないか。

---

ところで。。。
大熊氏は、ピザ作りの達人だとか。
長野までピザ食べに行きたくなっちゃいそう。

あ、
でも、このイタリアの精神行政の重鎮たちが、11月(17日だったか?)に来るんだって。東大の赤門講堂でご講演の予定。旅費は自分たちで出すよって言って、来て下さる事になったとか。東京の後は、大阪とかで講演予定とか。
そのうち、アナウンスしますね。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

高額抗癌剤 アメリカとイギリスの比較


2010年07月02日11:15
高額抗癌剤 アメリカとイギリスの比較


すずめんちに、なぜか、送って来てもらえる医学書院の雑誌「病院」
その記事で読んだのをちょい、ご紹介。


文献紹介の記事

(まあ、昨今、アメリカだのイギリスだのの医療が良いって言うヒトもいないだろーけど。ってか、ああなったら、日本もおしまいよねって、頑張ってるワケだけどさ。なので、今更だけど)


Faden RR, et al:
Expensive cancer drugs: A comparison between the United States and the United Kingdom.
The Milbank Quarterly 87(4):789-819, 2009
(ファーストオーサーはジョンポプキンス大医師)


高額抗癌剤の医療政策についての初めての包括的英米、比較研究だって。


高額抗癌剤の給付
アクセス
自己負担について、


両国の政策を述べ、
11種類の高額抗癌剤を対象に、


イギリスの患者
アメリカのメディケア加入者
小売り市場で自費購入する患者(アメリカ)


の自己負担額を比較


●どちらの国の制度が公平であるか

イギリスではNHSが上から一方的に決める配給方式のために、患者の抗癌剤へのアクセスは厳しく制限されていると思われているが、両国の制度はそれとはほど遠い。イギリスの方が基本的にアメリカより公平。しかも、終末期の困難な意思決定を行う上でも、優れている。

イギリスではほどんど無料で提供されている11の抗癌剤のうち6つはアメリカのメディケイドの給付対象では無い。
日本では、アメリカの抗癌剤政策を理想化し、日本が遅れてると批判してるけど。。。現実はほど遠い。

んだそうでした。


まあね。
そーだろーよって、皆思ってたでしょうけど。
第二報で、だれか日本と比較してよって、思っちゃう。

それと、高額抗癌剤って、とっても象徴的だけど、ど~してもって、モンじゃないって思う人もいるかも?っていうネタだけど。
でも、ネットの時代、物理的なアクセス方法はどーにかなるけど、経済的アクセシビリティってとっても大切よね。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

この見出し、どーよ/統計研究の結語

2010年07月02日01:07
■就寝前に毎日携帯、睡眠障害リスク1・4倍に


日本睡眠学会定期学術集会ってコトだから、一応、ソースを当たってみた。

この学会のプログラム見ると。。。

大井田隆先生って方は二つご研究を出されていて、以下通り。

中学生・高校生を対象とした消灯後の携帯電話使用と不眠症状に関する全国調査

日中の過剰な眠気と睡眠障害との関連―高校生を対象とした縦断調査研究―


残念ながら、抄録とか載ってないけど。
でもさあ、
こういう見出し、どーよ。


■就寝前に毎日携帯、睡眠障害リスク1・4倍に


すずめみたく素直なヒトが素直に読むと、
携帯って、睡眠障害を引き起こしちゃうモノだって読めるよね。

記事を抜粋すると。。。
(以下引用)

就寝前に毎日、携帯電話を使う中高生は、使わない生徒に比べ睡眠障害になるリスクが約1・4倍高い

全国から無作為に抽出した92校の中学生4万151人と、80校の高校生5万5529人が質問書に回答。

1日の携帯電話使用時間/2時間を超えたのは
高校2年の男子で35%、女子で45・8%で、
就寝前に毎日、携帯電話でメールをする」
男子は18・9%、女子は27・8%だった。
「毎日通話する」生徒も
高校3年生男子で11・2%、女子12・5%だった。

 生徒に睡眠障害について尋ねたところ、就寝前に毎日、携帯電話で通話やメールをする生徒は、そうでない生徒に比べ入眠障害や中途覚醒、早朝覚醒などの睡眠障害を発症するリスクが約1・4倍高かった。「日中に過度の眠気に陥る」リスクも、毎日通話する生徒で1・17倍、メールする生徒で1・5倍に高まることも分かった。


-----


ねえ。この調査で、
携帯イコール、睡眠障害っていうのは、
ちょい、ヘンっぽくない?

(上記の研究者さんが、そういうコトをホントに結論にしてるかどうかは、不明。無かったとしても、インタビューで答えてる可能性はあるかもだけど)

---

携帯をすっごく使う子と、使わない子、
平たく考えて、好みとかライフスタイルとか、違うよね。
だとしたら、そういういろんな要素がトータルに組み合わさって、「不眠」のような状態を作ってるってコトない?
っていうか、その「説」を否定して、あくまで、携帯が不眠の原因、みたいな結論が出るような「実験」は、少なくとも、上の研究の題名になってるような「調査」じゃ、答えが出ないよね。


だとすると。。。

この新聞、


「(引用)
同大医学部の宗沢岳史助手は「中学や高校の健康教育で、生徒たちに就寝前の携帯使用を控えるよう呼びかけてほしい」と警鐘を鳴らしている。」

って結論づけてるけど。

もし、ライフスタイルに起因するものだとしたら、
携帯止めたって、治んないじゃん。
上のアンケート調査で、携帯やめたら、不眠が治るって結論が出るようなデザインの設問になってるの?

めちゃくちゃ、恣意的に感じるんだけど。
それって、この先生のせい?
それとも、メディアのせい?


(読売新聞 - 07月01日 20:00)
http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=1262130&media_id=20

| | コメント (0) | トラックバック (0)

こんにゃくゼリー:あるべき姿

こんにゃくゼリー:あるべき姿

2010年06月30日23:39
そう、
公的な規制はせず、
業界の自主基準にまかせるべき。

これが、一番正しいやり方だと思う。

こんにゃくゼリーに限らず、家電やその他、
たくさんの安全基準がそういう形だ。


こんにゃくゼリー メーカー側に改善要請へ
http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=1260505&media_id=88


ただし、
もちろん、ここには落とし穴がある。

業界団体のポリシーがどこまで、会員企業に浸透させていけるか。
売りたいなら、メーカーは団体を脱会すれば良いっていう事になってしまう。
これに対して、
本来、消費者が成熟していれば、
業界団体を脱会っていうような行為をしてまで、
儲け主義に走る企業の理念のお粗末さを見抜けるはずなんだけど、

どうなんだろう。
ミクシーの日記を見てると、
この国の消費者は、(意識の高い人もいるんだろうけど)
レベルが低いのも多そうだ。
欧米と比較するつもりは無いけど、
少なくとも、
おいしいから、売らなくなるのはけしからん
なんていうコトバは恥ずかしくて言えない程度ではあって欲しいけど。


もうひとつ、
小売り業界の理念も問いたい。
本来なら、
きちんとしたお店なら、

売れるなら何でも売る
っていうような、下品な了見は持っていないはず。
今までも、教育委員会やら、業界団体やらが、良く無いと判断したものの扱いを止めたお店は多い。店独自の良心基準を持っている所もいっぱいある。

そういう意志を通して欲しいもの。

メーカーやマーケット/消費者の成熟度が問われることになる。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

奈良から広がってる世直し?/「全患者が生活保護者」

奈良から広がってる世直し?/「全患者が生活保護者」34医療機関 大阪、不正調査へ


2010年06月29日14:25

http://www.asahi.com/health/news/OSK201006280082.html
「全患者が生活保護者」34医療機関 大阪、不正調査へ

この事件、誰でも、どっかで見たなあって思うよね。
そうそう、
アレと似てるんじゃない?
奈良の山本病院事件。

何人かの人は知ってるかもしれない。
奈良で、誰があの事件の告発に尽力してたか。
熱いヒトが
日本を変えていく。
そう、
こういう形で。


奈良の山本病院事件は、
こいういろんな問題を背景に持つ、
小さなカケラだった。

最初っから全部なんて掴めない。
小さな欠片を掴んで、
砕いてみると、
それが、どういう組成になってるのかわかる。
そしたら、それがどこから来たのかも。

ひとつ、ひとつ、
変えて行こうとしてる人達の鼓動を感じちゃう
昨日のニュース。


------


 大阪市が生活保護受給者の代わりに医療費を支払う「医療扶助」により昨年11月~今年1月に診療報酬を受け取った大阪府内の医療機関のうち、患者の95%以上が生活保護受給者だった医療機関が72カ所あり、そのうち34カ所は全患者が受給者だったことが、大阪市の調査で分かった。同市は、不正な請求が行われたケースもあるとみて、調査に乗り出す。

・・・・

朝日新聞 2010年6月28日19時11分


---
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20100624-00000030-yom-soci
患者全員が生活保護、大阪の34医療機関調査へ

| | コメント (0) | トラックバック (0)

夕張の救急の話題1


2010年06月16日08:41
久しぶりに、誰かが燃えそうな話題。

あえて書いちゃう。
すずめ的には、
この記事には問題があると思うけど。。。
でも、ここはヒトツ、ちょい、考えてみたい。
ってコトで、先ずは資料。

ブログの方は消されないかもだけど、ニュースの方は消されそうだから、
とりあえず、全文をペーストしとくね。

(著作権の縛りだと、引用は本文より少なくなくてはならないんだけど、この続きを別途書きますってのと、この場合、省略しない事に意義があるんで、全文ペーストには根拠があるヨ)

http://www.hokkaido-np.co.jp/news/donai/234651.html


北海道新聞

道内

救急受け入れ、また拒否 夕張市立診療所 心肺停止の男性(06/02 07:40)
 【夕張】医療法人財団「夕張希望の杜(もり)」(村上智彦理事長)が運営する夕張市立診療所が5月、自殺を図り心肺停止だった男性の救急搬送受け入れを断っていたことが明らかになり、夕張市の藤倉肇市長は1日、医師の村上理事長から事情を聴いた。男性は市内の別の診療所に運ばれ、死亡が確認された。

 関係者によると、5月19日朝、同市内で首つり自殺で心肺停止となった患者がいると通報があり、救急隊は最も近い市立診療所に受け入れ要請を行ったが、村上医師は4月から常勤医師が1人となったことや、ほかに外来診療があることを理由に断ったという。

 市立診療所は昨年9月にも、心肺停止の患者受け入れを断った経緯があり、市と協議した結果、心肺停止患者の原則受け入れを確認し、5月上旬の別のケースでは受け入れた。

 藤倉市長は1日、夕張市役所で記者会見を開き、「昨年9月の事故を受け、二度とこのようなことがないようにと協議してきたので、今回のケースは誠に遺憾だ」と述べた。

 村上医師は市に対し、「首つり自殺と聞いて緊急性が低い死亡確認のケースと判断した。常勤医が自分一人なので外来などに対応しなければならなかった」と話しているという。


-------


こちらは産経

http://sankei.jp.msn.com/affairs/crime/100601/crm1006011555032-n1.htm


北海道夕張市立診療所、救急搬送断る 夕張市長「誠に遺憾」
2010.6.1 15:54
このニュースのトピックス:自殺

 記者会見する藤倉肇市長=1日午後、北海道夕張市役所
 北海道夕張市は1日、財政破綻(はたん)後に市立病院から公設民営化した市立診療所が5月、心肺停止だった男性の救急搬送受け入れを断っていたことを明らかにした。男性は別の診療所に運ばれ、死亡が確認された。
 藤倉肇市長は同日、会見で「誠に遺憾」と話した。診療所を運営する医療法人「夕張希望の杜」から事情を聴き対策を協議する。
 夕張市などによると、5月19日午前8時ごろ、同市旭町で50代の男性が自殺を図り、心肺停止となったと119番通報があった。救急隊は診療所に受け入れを要請したが「医師が1人で外来患者の対応があり不可能」と断ったという。
 診療所は昨秋にも同様に断ったことがあり、心肺停止患者は市内で最も近い医療機関が受け入れることで合意していた。希望の杜は3月に常勤医3人が退職し現在は常勤医1人だった。


------


ってカンジの報道。ここんとこ、メディアさんは、「受け入れ不能」をハンティングしてる気がするけど。。。ってのはまた、次にってコトで、

核心の資料。。。は、二つ目の日記に。


って、コトで、核心の資料の転載。

全文ペーストだけど、
省略すると意図的になっちゃうんで、
しょーがない。

http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/3660

6月2日、北海道・夕張の病院で起きたある出来事が全国に報道された。
5月に、夕張市内の男性が首つり自殺を図って心肺停止状態となった。その男性を北海道夕張市立診療所(夕張医療センター)に救急搬送しようとしたところ、理事長の村上智彦医師が受け入れを拒否し、男性患者が死亡した、というのだ。
報道によれば、同センターは2009年秋にも心肺停止状態の自殺者の受け入れを断ったことがあり、夕張市の藤倉肇市長が今回の事態に対して「誠に遺憾」と発言したという。
報道は、センターが救急搬送を断ったことを糾弾する論調である。
しかし、そうした報道から見えてこないことは、あまりにも多い。
村上智彦医師は財政破綻した夕張に単身で飛び込み、地域医療の維持と再生のために、まさに孤軍奮闘している人物である。
そんな村上医師がなぜ救急患者の搬送受け入れを断ったのか。そもそもセンターは本当に救急搬送を受け入れるべきだったのだろうか。
以下は、村上医師からJBpressに寄せられた反論の手記である。

007年、夕張市の財政破綻に伴い、夕張市総合病院が経営破綻しました。

 夕張市総合病院の応援医として働いていた私は医療法人財団「夕張希望の杜」を立ち上げて、病院の経営再建と地域医療の継続を図ることにしました。

 破綻した夕張市立総合病院の建物を借りて、2007年4月に公設民営方式の指定管理者として夕張医療センターの運営を開始したのです。

 指定管理の条件は、夕張市からの資金援助を一切受けないこと、そして19床の有床診療所と40床の老人保健施設を運営することでした。

 夕張医療センターの本来の仕事は、在宅支援診療所として、120軒の在宅患者さんや40床の老人保健施設、かかりつけの患者さん、委託されている110床の特別養護老人ホームとグループホームを、24時間体制で電話対応も含めてケアすることです。

 救急医療や在宅医療等は、センターの本来の仕事には全く入っていないのです。

この3年間、ボランティアで救急を受け入れてきた

 「地域医療」というと、いかに救急患者の受け入れ体制を確保するかがよく問題になります。しかし、24時間365日の体制で救急を支えるためには、最低でも7人の医師が必要です。また、看護師や技師、医療機器の維持管理を考えますと、対応する範囲にもよりますが、最低でも3億円以上はかかります。そして、患者を受け入れる病院は「救急指定病院」である必要があります。

 ところが、夕張市の救急の予算は年間120万円しかありません。その予算でさえ医師会の事務職員の人件費として消えていますので、実質「ゼロ」です(ただし、予算がないという割には、市は財政再生計画で市営住宅の建て替えに数十億の予算を計上しています。決して救急の予算がなかったわけではなく、優先順位が低かっただけの話です)。

 また、夕張医療センターは「救急指定病院」ではありません。おまけに救急医療は不採算部門です。


そのため、私たちはこの3年間、ボランティアで救急を受け入れてきました。

 本当は医師も労働者ですから労働基準法がありますし、そもそも徹夜明けの医師が普通に働いていることは、徹夜明けのパイロットに操縦しろと言っているのに等しい行為です。

 特に今年の4月から、夕張医療センターの常勤医は私1人しかいません(公設民営方式の診療所は通常の民間の開業医と同じですから、医師1~2名の運営が普通だと思います)。在宅医療と外来の一部、そして週末の当直を時々非常勤の先生にお願いしてあります。

 1人体制になってしまったことから、3月の段階で市長や副市長や担当者に、「救急を今後従来通り受け入れることは難しい」ことを説明しました。同時に、「夕張医療センターを救急指定病院にしたい場合はキチンと予算を取り、労働基準法に反しない条件を契約書にも明記すべきです」という提案もしてあります。

 4月には市内で救急に関する会議があり、その席でも救急隊や医師会、行政担当者に対して、その旨を伝えてありました。

 しかし、私たちが言うことはほとんど受け入れられることなく、指定管理者の条件にはない救急医療を強要され、ボランティアでやってきた部分は評価されず、それをやらないなら出ていけ、という話になっています。

心肺停止状態の患者を小さな診療所で受け入れられるか

 今回、救急搬送の受け入れ要請があった患者さんは心肺停止状態(CPA)でした。

 患者さんがCPAとなった場合、一刻も早く病院に搬送するというのは正解ですが、設備もスタッフも少ない診療所で対応するのは無理な話です。

 救急のマニュアルでも、CPAの原因となる心筋梗塞や脳卒中の場合は専門の施設にできるだけ早く運ぶことが大切だとされています。地元の診療所に寄ることは、場合によっては時間のロスになるのです。

 昨年の9月に、やはり夕張で中学生の首つり自殺があり、心肺停止の状態で夕張医療センターに救急搬送の受け入れ要請がありました。

 この時には朝日新聞(北海道の支局)の記者の「とにかく謝るべきだ」という強い要望に従って、受け入れなかったことを謝罪しましたが、本当は若い方ならばなおさらヘリを呼んでもいいから、道内に9カ所ある救命救急センターに搬送すべきというのが私の意見でした。


 結局、朝日新聞の記者は「自作自演」のような記事を書き、医療機関を非難してセンセーショナルに記事を書くことを自慢して歩いています。

マスコミと行政が医療崩壊を助長している

 常勤医が1人だけになった4月から今までの2カ月間、私は週末も含めて夕張から出ることもなく、ほぼ毎日当直をしています。労働基準法に違反しながらも、可能であれば救急車も受け入れていました。

 しかし、そのようなことは今回の報道ではまったく問題にされず、逆に「何度か受け入れていたんだから、今回も受け入れられる」という論法になっています。

 特に、今回の北海道新聞の報道で一番問題なのは、私本人には一切の取材はなく、一方的に行政の話を基に報道していることです。他の新聞社も同様です。十分な取材をすることなく、検証なしで報道しています。

 「その結果、夕張市の医療がどうなっても責任は取らない」というのでしたら、あまりにも無責任な話です。我々はあくまでも民間企業ですから、風評被害による損害があった場合、報道したマスコミに対して法的手段を取ることも検討しなければなりません。

 行政の対応にも大いに問題があります。

 今回のような自殺は病気ではありません。うつ病対策等の行政の取り組みが大切なのであって、救急医療を充実させても自殺は減りません。

 私は昨年秋から自殺予防に関する取り組みをするよう市に要望していましたが、一切行われていません(今回の報道では、言い訳するかのように夕張市が自殺対策を始めたと書いてありました)。

 要するに今回の報道は、北海道新聞の記者が「抜く」ことだけを考えて報道し、また、夕張市が自分たちの怠慢の責任を医療に押し付けただけの話です。

 このような「医療を非難しておけばよい」といったマスコミの安易な姿勢と、行政の怠慢が全国に広がる医療崩壊を助長しているのです。

破綻前と何も変わらない夕張市の上層部

 夕張市には夕張医療センターを含めて医療機関が5カ所あります。隣町の栗山赤十字病院まで車で30分、岩見沢市立総合病院まで40~50分、札幌市まで1時間と、決して陸の孤島ではありません。

 私は数年前から「市内の医療機関や近隣の後方病院などと連携を取れるように、市の方で調整してほしい」といったことを市に提案してきました。

 しかし、市の対応は全く進んでいません。「現状維持」「先送り」といった破綻前の習慣を続けているのです。市役所の上層部は、相変わらず破綻前と同じです。

 その一方で、保健福祉部門をはじめ、若手の職員の中にはとても真剣に市の医療再生に取り組む人たちもいます。また、一部の住民は真面目に健康づくりに取り組み、在宅で家族を支えています。

 そんな人たちは今回の報道後も「頑張ってください」「私たちは分かっていますよ」と声をかけて下さり、たくさんの励ましのメールをいただきました。

 こういう人たちに支えられて、また、その人たちを支えたいという思いで、何とか夕張に踏みとどまっていられるのです。

 夕張での高齢化社会への取り組みは、他の地域にとっても良いモデルになると思います。

 「優等生」である長野のようなモデルは、多くの地域で真似できないかもしれません。しかし、「劣等性」の夕張で実現できたモデルは、必ず他の地域でも実現可能だと思います。

 その意味では、夕張市の一番良かったことは、破綻したことなのかもしれません。


-------

何だか...夕張というもしかして、小さなコミュニティの中で、
報道と医療、そして行政、
コレを機に仲が悪くなりそう。。。もともと悪かったのかなあ。

さて、この問題、某所で議論されてたんだけど。。。


その最初の投稿は、一つ前の、「核心」としてタイトルを書いた医師の言い分に共感したヒトのものだった。
なるほど、分かる。そして、彼の言い分から、この記事、スルーするには、ちょっとひっかかるものが存在するんだろうっていうのを感じる。


当然ながら、その最初の投稿(医師によるもの)は、

夕張、救急は大変。
世の中の救急、壊滅的になってる。
ホラ見たことか、
医療崩壊っ。

っとまでは書いて無いけど、そういう方向性に行くようなもの。
夕張の医師にシンパシーしてる系


そして、続くのが、
メディアへの批判。


って感じなわけだけど。


問題はどこにあるのか。
すずめ的にはいろんなモノ混ぜちゃいけない。
混ぜちゃうから、ヘンな勘違いを生んだりする。
ってずっと思ってる。
オーノ病院 然り
オーヨド然り


まず、
この記事、どういう問題があるのか、列挙してみたい。

-----
事実A
夕張市立診療所が5月、自殺を図り心肺停止だった男性の救急搬送受け入れを断っていた

1
医師法じゃ断っちゃいけないわけだけど、
それって、個人として断れないわけで、組織的な環の中で別のところに回すっていうのは、その範疇?
2
首吊りで心配停止 それってそもそも、救急車の対象?
(ただし、コレは分からないので、事実が分かるまで、想像で言っちゃいけない。是にしても、非にしても)


事実B:
市長が病院長に事情を聞いた



それって問題?別に良いんじゃないの?



それって、やっぱし、問題。

市長が病院長に事情を聞くっていうのが、オオゴトにしても、何にしても、
本来、新聞に載せるほどのアクションじゃないよね。

だけど、コレを新聞に「書く」という事は事件扱いにしてるってコトかも。
すずめがとなりのおばさんに今晩のメニュー聞いたって記事にならないんだしね。


事実C

3月に常勤医3人が退職し現在は常勤医1人



それじゃあ受け入れられないよね



緊急なんだし、受け入れられたでしょ

----


っていうのをまとめると


メディアの書き方の問題

夕張の医療インフラの問題

夕張先生の対応の問題

夕張先生の労働条件の問題

遺族の問題

消防の対応の問題

ってコトがあるかも。
そして、その一つずつを別々に考えなきゃいけない。
ユメユメ、
夕張は大変なんだから、何でもオッケーなんて結論はだめだよね。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

マスコミに降ろされたソーリたち

2010年06月02日11:24
結局、マスコミに降ろされたって事だよね。ここ何年か、マスコミの総理降ろしのパターンが決まってきた。最初、私生活を追っかけて持ち上げて、劇場型ニュース系で持ち上げ、徐々に叩き、最後にみんなで袋だたきにする構図。その時間が、だんだん短くなってきた。
まさに、ジェットコースター。スピードが速ければ速い程、視聴率は上がるし、新聞は売れる。

アソーさんの時も、アヴェさんの時も、大衆は、彼らの政策の内容や、戦略に注目することなく、そんなモノ見えてくる前に、細かいコトをツツいて、止めさせた。
今回のハトさんのコトなんか、まさにそう。
先ずは、戦後60年続いた一党独裁に終止符を打ち、それまでジミンの利権にぶら下がってた地方、ツヅウラウラにいるはずのいろんなヒトたちをとりあえず、リセットできたはず。仕分けのような作業、天下り退治、今まで、何十年かのジミンの取り組み/結果から思ったら、ものすごいスピードで進んだはず。それって、ものすごい成果。
それだけじゃない。景気だって、回復し始めたじゃん。メディアはバラマキっていう解釈しかしてなかったけど、こんなに即効なのは、消費が強くなったってコトでしょ。
デパートも、住宅、車も好調になってきてるんだし。

何で、もっと、大きな視点で見る事、できないんだろうねえ。
コイズミさんの時だって、アレは悪い意味でそうだったよね。大きな視点では、何が起こってるか見えなくて、小さな視点、構造カイカクやら、彼の魅力的なパフォーマンスだけ見てたから、良く見えちゃってたけどね。


さて、
すずめが予言してあげよう。

次のソーリも、最初は持ち上げて、
ファッションやら、イロイロ話題になって...
でも、今度のソーリは、ああいえばこーゆう、っていうマスコミ対策として、
ビジョンも目標も、何も言わない。風呂敷も広げない。
だから、マスコミ的に記事にならない。面白くないので、
どっかまた、ツツク所を探して、引きずり降ろすんだろうね。

さて、その、スピード。きっと半年。また選挙で、新聞が売れるだろーね。
あ、お正月が来るから、もうちょっと伸びるかな。

その後、次のソーリは、ジミンでも、また、同じ半年サイクル。来年の今頃はまた、選挙だろーねえ。

さて、その寿命をどう、伸ばせばいいか。
ソーリは、口のうまい芸人さんかなにかの影武者作って、ワイドショーにガンガン出て、
マスコミ的においしいヒトになるしか無い。そうやって、コクミンの目を釘付けできる視聴率メーカーになるしか、これからは、政治を続ける事ってできないかも。
政権続けたかったら、ヨシモトに弟子入りするべしっ。


ってのはともかく、
こんなに何度も何度も選挙やって、きっとうれしい人達はいっぱいいるんだろうな。
でもさあ、焼き畑ばっかりやってて、いいの?


首相が退陣表明 小沢氏も交代
http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=1228815&media_id=4


結局、
マスコミの恣意的誘導をどう、かわすかがキモ。
なので、ワイドショーウケが最優先ってコトになる。
悲しいかな、一つ前の日記に書いたように、大衆は簡単に誘導されちゃうんだからしょうがない。

そういう意味で、一番のソーリは

ワイドショーの視聴率を稼げるというコトになる。なぜなら、そうでなければマスコミ的においしくないから。

コイズミはおいしいヒトだったから、長続きした。
歯切れの良い、分かりやすい舌鋒。
(見苦しく無い程度の)外見
コレに尽きる。

政策も、品行も関係無い。
本当は品行は悪くても、マスコミ的においしいヒトなら、報道されないから大丈夫。
逆にどんなに品行方正でも、マスコミ的にかわいげの無いヒトだと、重箱の隅でも何でもツツかれちゃう。

大衆は、政治なんてホントは興味無い。
単に、アイドルが欲しいだけ。

政界に人材を出してるナントカ政経塾さんは、是非、ヨシモトの授業を入れるべきかも。
さっすが、コクミンもお笑い出身をソーリには選べないだけのプライドはあるから、せいぜい、アナウンサーあたりから、お笑いの訓練すると良いかも。

政権を長続きさせようと思ったら、
政治を二重構造にして、
表は、お笑い
裏にはちゃんとした人材を...
っていう手が一番だと思うんだけど。

でも、それって、長く続くと、どっかの県みたく、腐敗しちゃうかもだから、定期的に不祥事を暴いて、政権交代させると良いね。
不祥事はエッチ系が分かりやすいからおススメしちゃいたい。

次の総選挙には出馬せず、日ロ問題進展できず無念=首相
http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=1229573&media_id=52

| | コメント (0) | トラックバック (0)

人工呼吸器って


2010年05月17日00:45
土曜日はディープな夜だった。
いっぱいいろんな人とも会ったけど。。。みんな無事?
すずめはマ人間だし、ちゃんと終電で帰ったからね。

っていうのはともかく。
ここんとこ、実はいろんな所にちゅんちゅん首を突っ込んで、いろいろネタがいっぱいあったんだけど、日記にしてなかった。でも、ぼつぼつ、忘れ無いうちに書いとこう。

直近のハナシから。


土曜日の会。
中に、某、今年の大宅壮一ノンフィクション賞を取った人がいらしてて。。。その中のネタ。

ALSのお母さまをずっと介護されてた中での話。

ALSは。。。
まず、誰でも知ってるだろうけど、
一応、WIKIの記述を貼っておくと。


筋萎縮性側索硬化症(きんいしゅくせいそくさくこうかしょう、amyotrophic lateral sclerosis、通称ALS)は、重篤な筋肉の萎縮と筋力低下をきたす神経変性疾患で、運動ニューロン病の一種。きわめて進行が速く、半数ほどが発症後3年から5年で呼吸筋麻痺により死亡する。有効な治療法は確立されていない。


なぜ、わざわざ貼ったかというと、こんなに速く亡くなっちゃうんだ!っていうこと。要するに、呼吸をする力が無くなってしまったら、そこが命の限界ということだ。
そこで、人工呼吸器が出て来る。

ALSと人工呼吸器の話。

ずっと前にも聞いたことがある。(障害学の集まりだった)
人工呼吸器をつけるかどうか、一度付けたらもう、外せない。
ALSではそれが論点になるが。。。。現実的に、看てくれる家族がいない場合は、それを勧められないことが多いのだと。(この『勧めない』っていう言葉の微妙なニュアンスがポイントかも)


ALSといえば、。。。
動けない、食べられない、話せない。
誰ともコミュニケーションできない。
人工呼吸器をつけて。。。そんな状態で生きていたくない。

そういうテーゼの一つのモデルだろう。
誰しも、そんなになったら死にたいという、象徴的な状態だ。


しかし、現実的に、こんなにも、時間が短くなる。
発症して。。。2年?3年?
2回?3回?しか桜が見られない。クリスマスケーキも2回。
その時間を10回?もっと長く、人工呼吸器は伸ばしてくれる。
良いか悪いかは別として、この時間の差が大きいのは確かだ。

そして。。。
良いか悪いか。
是か非か

彼女は言う。
「人口呼吸器って、何か、ものすごく悪いものの象徴のように言われてるでしょう?でも、そんなこと無いって思ったんです。すごい、すばらしい機械だって。付ける前はすごく苦しそうで、金魚が口をパクパクさせてるみたいだったのが、付けるだけで、顔がピンク色になって、元気になってく。これは、すっごく、素晴らしいものだって、思いました。」

なるほどね。
すずめ的に、良い話。
とっても分かる気がする。

もっと、みんなに知って欲しいかも。

オマケの愚痴------


時々書く、すずめの持論。

昨今、
「余分な延命治療はしないで、って娘に言ってあるのよ。」
って、イジワルばあさんたちが言う。
もちろん、今はピンピンしてて、そんなアワレっぽい状態なんて、想像だにできない元気いっぱいの人達。
スルーしながら、すずめは心の中でばっかやろーって言い返す。

「あのさあ、アンタ何様?親の命日、娘に決めさせたいワケ?第一、その『延命』って何なのさ。苦しくってそのまんま死んじゃうのを見殺しにするっていうコトを娘にさせたいワケ?そういう重荷をムスメは一生、背負わされるワケ?」
延命治療っていうと、あまりにステレオタイプな情景だけが、世間に蔓延してる。ホントはいろいろあるんだよね。
もっと、いろんな状態や事情が。
それを考えもせず、不用意なコト、言い残さないでよねっ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

原発の耐用年数は?


2010年05月06日11:58

もんじゅ、
14年も眠っていたワケだけど。

その間に、世の中は携帯電話がこんなに小さくなり、
電球はLEDになった。

着工は85年、
設計の技術は30年前のもの。

フランスもやってみて失敗し、先進国が撤退した中、
30年前の技術が、今の世界最先端!!


もし、築14年の不動産があったら、買うだとうか。
少なくとも、機械関係の部分は、ちょっと不安じゃないだろうか。

日本は原発の耐用年数に関する規定は無いらしいけど、概ね、30年から40年。
チェコではたしか、30年。

14年稼働させなかったものを、
あと何年使うつもりなのか。
(何も事故が無く、安全に使えたと仮定して)

CO2が出ないというフレコミの真意を考えないコトにして、
且つ、信じるとしても、

原発の電力って、本当はいくらについてるんだろうか。
研究開発費、廃棄までのすべてのコスト、ウラン燃料調達関連政治的コストを計算したとして。


そういうデータをもとに、
もっと議論すべきだと思うけどね。

もんじゅ 14年ぶりに運転再開
http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=1198870&media_id=2

| | コメント (0) | トラックバック (0)

普通じゃない医療処置トップ10


2010年05月01日01:25
ヘンなのめっけ。


Top 10 Unusual Medical Treatments

普通じゃない医療処置って、何?
タイムの記事だけど、
ギャグなのか、マジなのか、すずめにはちょっと分かりかねるんだけど
すずめ的には全部ギャグ扱いで、
日記にしちゃう


http://www.time.com/time/specials/packages/article/0,28804,1984400_1984439_1984406,00.html

一つ一つに詳しい記事、アリ。next で送ると便利


Top 10 Unusual Medical Treatments
トップ10って、どういう意味かよく分かんないけど。

Full List
AND NOW FOR SOMETHING DIFFERENT
• Full Face Transplant

すずめ訳: 顔、全部移植
美人になるっていう目的だけじゃなく、イロイロできそう。
バカボンのパパとか、ドラえもんとかってのもあったりして?

• Bloodletting (phlebotomy)

すずめ訳:しゃ血(字忘れた)とかって言うんだっけ?

どうせなら、代わりに緑とかいろんな色にしてもいいかも?
玉虫色のヒトとか、いるかも。

• Medicinal Leeches
すずめ訳: 自粛


うっ。これ、日本語にしたくないね。

リンクわざわざ見ない人のために、
内緒で言っちゃうと医療用ヒル

ずっと前にディスカバリーチャンネルでやってたけど。
見ちゃダメって感じ。
一匹ずつ、名前とかついてたりしたら、どうしようって、思ったり。


• Distraction Osteogenesis

すずめ訳:バイオニックジェニー。

この進化系がエヴァンゲリオンかもね。

• Maggot Debridement Therapy

すずめ訳: 自粛

うっ。コレも、ダメ。1、2匹逃げたりして、ベッドにいたりして、

実は、岡山だったか?の会社で製造?してるっていうニュースを見たことがある。その時の呼び名も「マゴット」ホントは日本語に訳しちゃいけないのかもしれないけど、蛆療法。


• Human Breast Milk

すずめ訳: ひゅーまんぶれすとミルク

うーん、母乳って、誰が作るから母乳って言うんだっけ?


• Cryogenic Chamber Therapy

すずめ訳: クールなサウナ療法

うん。コレは何か、良さそう。もし、寒く無いならやってみたいかも。


• Urotherapy

却下

• Tiger Phallus Soup

無視

• Pearl Powder

真珠の粉 これって、どっかの化粧品にあったよね。
まあ、貝だし。栄養あるかもだし。

Read more: http://www.time.com/time/specials/packages/completelist/0,29569,1984400,00.html#ixzz0mbBjBxc4

| | コメント (0) | トラックバック (0)

小学校では禁止の所も多いはず

2010年04月30日08:46
バッグのひもで宙づり、男児死亡 名古屋市
http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=1193912&media_id=88


こういう事故を懸念して、昔から、小学校低学年ではショルダーバックを禁止している学校もあったなあ。(今でも多くがそうではないだろうか)
だけど、高学年になると、ランドセルが体格的に窮屈になる子も多くなり、ショルダーバックを持つ子も増えてくる。

そういえば、滑り台でのランドセルによる同様の死亡例もあった。


こういうニュースが出ると、
「昨今の子は」のような日記がいっぱい出る。
稀な事故を普遍化して語る人がいかに多いか。
みんな、自分が子供だった頃のこと、忘れているんだろうか?
子供を知らない大人が多過ぎる。


ショルダーバックを高学年では使わせる親や学校が多いのは、
高学年では学校の帰りに木登りなどする子が少なくなり、
危険に対する認識能力も高くなるからだろう。
それでも昔は、木登りできる木や危ない環境がいっぱいあり、子供たちは、高学年まで腕白でいられた。同様の事故はもっと多かった。
http://www.jfpa.or.jp/14-jiko/db/001-11.html
統計で見ても、子供の不慮の事故による死亡率は激減している。

これは昨今の、いろいろな行政の取り組みによるものだろう。

亡くなった子。

5年生。
木登りをするぐらい元気な子だったのかもしれない。
本当は、子供なんて、そんなものなのだ。
誰かといっしょにいたら、みんなで遊びながら、つい、1人だったらしないような事もしてしまったりする。それが子供らしさ。
この子が特に危険に関する常識に欠けていたわけじゃないだろう。危ないかもしれないという事が頭をよぎったかもしれない。だけど、落ちて首を引っ掛けることなんて稀だ。それも知っていただろう。
そんなわずかな危険性なんて、大人だって、勘定に入れない。だから、つい、やってしまった。
この子が特に問題なんじゃないだろう。同じような事ではっとした経験は、多くの子が持っているはず。

でもね。
君の命は守ってあげられなかったけど、
これからの日本は、
もっともっと、こういう事故が起こらないように、
努力していくと思うよ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

中国、かわいそう/メディアさん、いいかげんにしなさいっ


2010年04月27日13:00
すずめも中国の海賊版の問題にはイロイロ関わったコトあるから、イカガナものかと思うよ。だけど、こういうバカな揚げ足取りは止めようよ。
本当の問題が見えてこなくなるじゃん。


<上海万博>公式マスコットの盗作疑惑に原作者が「ガンビーなんて知らない」―中国メディア
http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=1190093&media_id=31

メディアさん、よっぽど中国をバッシングしたいと思ってるんだろうね。
ここまでの揚げ足取りって、知性はともかく、品性を疑っちゃう。

>米国で1950年代に発売されたキャラクター「ガンビー」の盗作ではないかと指摘されている問題について


バカバカしいったら、ありゃしないっ。1950年代だって??
それから、世界で何兆ものキャラクターが製造されてるよ。
そのどれにも似ないようにってデザインしてたら、どうなるコトか。
目が二つあったら、もう、著作権侵害になっちゃうじゃん。
しかも、50年代って、まだ国際的に商業系の法の整備だってそんなにされてない。

確かに、中国の知的所有権に関する態度には大いに問題があるよ。
だけど、コレは違うっ。
こういう事で、本当の問題を、単なるいじめっ子的バッシングみたいな感情論に持ってって欲しくないよね。
メディアさん、いいかげんにしなさいっ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

捨てないで大切に長く使おう

2010年04月26日11:23
伝統品産地 プライド捨て100均
http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=1188896&media_id=2

そういう所まで来てしまったのか。。。
消費者としては、じゃあ、そういうのを探しちゃおうと思う、一方、
ここまでしないと潰れてしまう日本の産業。

そして、模倣へのいたちごっこの技術。知的所有権ウンヌンなんていう法をかざす間も無く、作られ、消えていく。
100円均一で国内産業が本当に太刀打ちできていけるのだろうか。中国や東南アジアには為替マジックっていう武器がある。同じ努力で作っても、為替の差で安く輸入できる。国産品にはそれは無い。

廉価路線を脱して高価格帯に移行できるのなんて、ほんのわずか。

どうすれば良いのか。


本当は、私たち、消費者が頭を切り替えて行ければ一番良い。
100円均一が売れる背景には、「大量消費」がある。モノを大切にする姿勢を持っていたら、そんな何でもかんでも、そんなにいっぱい買いたくならない。粗末に使おうと思うからこそ、100円で間に合わせようとする。

すずめ的、国産産業を育てるキャンペーンキーワード
「モノは捨てないで、大切に、長く使おう」

うーん。難しい。
すずめのコーヒーカップは一昨年、福袋に入ってたもの。もう、何カ所か欠けてしまってる。次に買うのは、もっと安物でも良いって思っちゃってる。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

ありそうな気がしてた/建物の耐震

2010年04月20日09:15
手すり崩れ2人転落 強度検査、項目になし
http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=1182127&media_id=88

こういうニュース、
場所は茨城県。だったら、地震が来そうってコトで耐震の基準も厳しいはず。


だけど...
「どこ」とは言わないけど、
都立高校でも、危ない所、知ってる。結果として、今年移転するから、耐震構造にする改築も、「見送り」という形で、引き延ばしてきたんじゃないかな。

中国の地震のニュースを聞くたびに、怖いと思う。

学校の建物は、選べない。
東京では、少子化にともなって、学校の統廃合が進む中、
あと何年かで移転するから、廃校になるからという理由で「見送り」的時間稼ぎをされてる施設が少なからずありそうな気がする。
特に、たくさんの高校が、昭和30年代、40年代のベビーブーマーの人口増加、進学率上昇に伴って、建設されてる。もちろん、耐震基準は今のモノじゃない。加えて、学校って、マンションなんかと違って、一つ一つの部屋が大きく、下層階は特に広い空間になってて、支える構造になってない。
こういうのが、どの程度、改築されてるのか。


確かに、
すずめが思い描いてる例の場合、
何年も前から、入り口のコンクリートの柱が落ちたり、イロイロあった。
みんな危ないコワイって思ってたけど、今年から移転されてるから、(でも施設はあと何年か使うんだけどね)結果オーライっていう事にはなるんだけど。

耐震改築には莫大なお金がかかり、
移転すると計画に入ってるっていう物の場合、
改築にお金をかけることは、不合理なんだろう。

だけど、もし、本当に、地震が来たら、
若い10代の子が重いコンクリートの瓦礫の下に埋まる。
それも何百人も。
子供たちや父兄は不安を感じていても、中学校、高校の場合、3年しか滞在しない。そういう運動も起きない。

建て直しが不可能なら、
せめて、
この建物は『ココ』が弱い。
先ずは、そこを専門家にアドバイスしてもらって欲しい。
(その上で放置するっきゃ無い場合には、バッシングが怖いんだろうけどね)
その情報をもとに、せめて避難訓練をやって欲しい。


下のニュースの例は、
きっと、
もっともっといっぱいある。


19日午後、茨城・高萩市の県立高萩高校で、ベランダにあるコンクリート製の手すりが崩れ、生徒2人が転落した。茨城県などによると、去年、校舎の点検を行ったが、検査項目にコンクリートの強度検査は入っていなかったという。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

寒いっ。。。。寒冷化はこうやって、ある日突然?

2010年04月16日10:34
(出がけにミクシーなんて書いちゃってるすずめ)


東京だけじゃないらしいけど。
寒いよね。

って思ってたら、
ニュースでアイスランドの火山の話をやってた。

やーな感じだ。


ちょい、頭の中をよぎったコト。


天明の大飢饉

WIKIをひいてみた。

http://ja.wikipedia.org/wiki/天明の大飢饉

より、抜粋。

江戸時代中期の1782年(天明2年)から1788年(天明8年)にかけて発生した飢饉である。江戸四大飢饉の1つで、日本の近世史上では最大の飢饉。


異常気象の原因 [編集]

1783年、浅間山に先立ちアイスランドのラキ火山(Lakagígar)が噴火(ラカギガル割れ目噴火)、同じくアイスランドのグリームスヴォトン(Grímsvötn)火山もまた1783年から1785年にかけて噴火した。これらの噴火は1回の噴出量が桁違いに大きく、おびただしい量の有毒な火山ガスが放出された。成層圏まで上昇した塵は地球の北半分を覆い、地上に達する日射量を減少させ、北半球に低温化・冷害を生起しフランス革命の遠因となったといわれている。影響は日本にも及び、浅間山の噴火とともに東北地方で天明の大飢饉の原因となった可能性がある。


すずめはそういうのには素人なんだけど、
なんかさ、やな感じ、しない?

この時の火山もアイスランド。
今回のはそんなに大きくないだろうけど。
この年には連鎖的に噴火してるってコトだよね。日本の浅間山も含めて。

温暖化って騒いでるけど、
寒冷化はこうやって、ある日突然、やってくるのかもしれない。
そして、
世界中の農作物にダメージを与える。
火山の噴火は
地球と言う巨大な自然の摂理。
人類ごときちっぽけなモノに
どうにもなるモンじゃない。
気象なんていう巨大なものが、
人類の取って来た統計通り、何の揺らぎも無く
続くって考えるニンゲンの方が不遜なのかもしれない。


農作物のダメージは、
CO2ナンタラっていうよく見えないモノとは違って、
目の前で、瞬間的に起こる。
天明の飢饉も
春には分からなかったろう。
夏になっても涼しい。
ただそれだけで、
何万人もの餓死者が出た。
夏まで、あと3ヶ月。

農作物のダメージって、
きっと日本だけじゃない。
世界の穀物やらとうもろこしやら
チョコレートやらアイスクリームやらチーズケーキやらおせんべいの相場が(って、そんなのあるかっ)
劇的に変わるんだろう。
それは、政治も変えてしまうかもしれない。

何年か前の冷夏。
日本はコシヒカリとか冷害に弱い品種ばかり作ってたから、
ダメージは深刻だった。
その時は、輸入して賄えた。
世界の気候は安定してたから。
日本の食料自給率いくつだっけ?

おほほ。
パンが無ければダイエットすればいいのよっ。


ってなコトにならなきゃいいけどねえ。

アイスランド噴火の影響 成田で欠航相次ぐ
http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=1178812&media_id=88


アイスランドの火山というと、
すずめ的にはラキ山が思い浮かんじゃう。

浅間山が噴火し、
なぜかラキ山
も噴火。
(付近の火山が連鎖的にいくつか噴火した)
噴煙で、
夏の無い年になった。
フランス革命につながったという説がある。


さっき一つ前の日記に
コワって思って書いたばかり
詳細はそっちに。


噴火の経済影響 9・11時超えか
http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=1181050&media_id=2


アイスランドの火山。
今日のお昼のニュースじゃ収束しそうも無い。
ニュースじゃしきりに、飛行機の心配をしてる。
もうちょっと伸びたら、食べ物など輸入が滞るどかナントカ。
みんな、ホントにそんなコト、
心配してる?

一つ前の日記にも書いたけど、
これだけの噴煙。
そのままヨーロッパ付近の地面に落ちて、おしまいになるんだろうか?

すずめは、ずーっと前、こんな本を読んだ。
http://www7a.biglobe.ne.jp/~monadon/books083.htm
複合大噴火/1783年

今回の火山のニュース、
「だいじょーぶになりました~」っていうニュースが聞こえて来ない。
つい、この本の事が頭をよぎる。

偏西風が日本にやってくるのは、いつごろになるんだろうか。
もし、今回の噴火が多大な粉塵を吹き上げていたとしたら、天明の大飢饉を引き起こし、ヨーロッパの農業にも打撃を与え、フランス革命さえ引き起こしたという、「核の冬」のような状態になってしまうんじゃなかろーっか。
粉塵が影響を与えるのは、偏西風の流れを考えると...たとえば、ロシア、北アメリカ、カナダ、中国。。。。そして北朝鮮。
今でさえ危ないニュースが聞こえてくるショーグンさまの国に、飢饉なんて起こったら....断末魔に何やらかすか...怖いかも

っていうのは、
いつも能天気なすずめに似合わないので、ちょい、調べてみた。


先ず、すずめ的には上の「複合大噴火」の本を読んじゃってるから、アイスランド火山 イコール 飢饉って刷り込みができちゃってるのかもしれない。でも、もしかして、アイスランドの火山なんて、しょっ中噴火してて、今更ニュースになんてなんない。。。っていうのかも?と思ったりした。
今まで、どれほどの頻度で噴火してるのか?

そういうのをまとめてるサイトは見つかんなかったのでウィキから拾った。


ラキ山 歴史上、2回の大噴火を起こしている。
934年(人類史上においても大きな噴火の一つ)
1783年の噴火(これが上の天明の飢饉の原因になったとされるもの)


カトラ火山 もっとも危険といわれる火山の一つ
40~80年おきに噴火
最後の大規模噴火は1918年に起こった。
1955年に小規模な噴火の兆候。
文献上は930年の記録が最も古く、以来、16の噴火が記録されている。

1721年のカトラ火山噴火を手始めにラキ山を含む火山群が大規模な活動

最大の噴火は1766‐68年噴火
1947‐48年噴火
2000年2月28日


っというのが出て来る。そんなに、滅多やたらボンボン吹いてるワケじゃなさそうだ。


さて、日本の冷夏と、これがどう、関連してるか。調べてみた。(以下)...それは幸い、分からなかった。連動が無いようにも見える


ちなみに、日本が冷夏だった年を列挙すると(出典はウィキ)

1954年
1976年
1980年
1982年
1983年
1988年
1993年
2003年
その他 戦前では1900年代から1910年代にかけて冷夏が多く、中でも1902年は気象庁の統計史上1位、1913年は同2位の記録的低温の夏であった。

この中で、すずめ的に覚えてるのは、
1993年のもの。記録的な冷夏により、「1993年米騒動」な~んて言われた。
この頃はササニシキやコシヒカリなど、日本の米作りはみんな高付加価値の品種ばかりを育てていたから、冷害に弱く、稲作は大打撃を受けた。あの年は、コシヒカリなんてコトバは日本から無くなって、「国産米」だったら、何でも良かった。

これはアイスランドの小規模噴火の3年後だ。


さて

もし、このまま、火山活動が収束しないとすると、どうなるのだろうか?
温暖化ってイロイロ言われているけど、
ある日突然、こんな風に火山が爆発すれば、明日っから、地球は寒くなる。
打撃を受けるのは、石油産業じゃない。農業。
そして、おそらくそれは、世界の中で、最も弱い人達に直接ダメージを与えるだろう。足りなくなっても尚、食料は強い国が買い占め、ギリギリ生きている弱い国は、そのギリギリというラインを越えてしまう。
それは「国」の問題じゃなく、今、飢餓に喘ぐ赤ちゃんの明日のご飯を奪うのだろう。

もしかして、もう、穀物の相場とか、
変わってるのかもしれない?
農業を巡って、世界はどう、動くのか。

な~んて思って、
すずめはささやかに、近所のスーパーにパスタの安売りを買い占めに行っちゃった


-------

ちょいと、お風呂の中で思いついて、追加。

ウィキでもう一つ、調べてみた。
日本国内の、火山の噴火の歴史。
上の冷夏と連動はどうだろう?
もちろん、火山噴火って言っても、粉塵を舞い上げるのと、火だけを吹くの、
水蒸気の爆発...イロイロ種類が違うだろうから、よく調べないと言えないだろうけど。

(以下、ウィキより天災じゃない転載)


1946年、1952年 明神礁(海底火山)の噴火。一時、島が出現。
1977年 有珠山
1979年 御嶽山で水蒸気爆発。
1983年 三宅島
1986年 伊豆大島三原山、全島避難。
1989年 伊豆半島伊東市東方沖海底で噴火。
1991年 雲仙普賢岳、平成新山ができる。
2000年 有珠山、三宅島で全島避難。
2004年 浅間山
2009年 浅間山小噴火[1]


最後に
すずめが中学校の頃読んだガモフ全集の最初のページに書いてあったことば

世界の終わりは
火だと言う
氷だとも言う

   フロイト


        ちゅんっ

| | コメント (0) | トラックバック (0)

The cat came back おもしろっ


2010年04月15日13:54
夕べ、テレビ見てて発見。
アウディのコマーシャル

http://www.audi.co.jp/jp/brand/ja/models/a3/a3_sportback.html


なんか、歌詞がかわゆい?
って思って、調べてみたら、びっくり、

すごいじゃん。
ちょい、すずめのツボじゃん。

the cat came back


Now old Mr. Johnson had troubles of his own,
He had a yellow cat that wouldn't leave his home,
He tried and he tried to get that cat away,
Gave it to a man going far away.

But the cat came back, the very next day,
The cat came back, they thought he was a goner,
But the cat came back, just wouldn't stay away.

Now the man around the corner swore he'd kill the cat on sight,
He loaded up his shotgun with nails and dynamites,
He waited and he waited for the cat to come around,
Ninety-seven pieces of the man is all they found.

But the cat came back, the very next day,
The cat came back, they thought he was a goner,
But the cat came back, just wouldn't stay away.

Gave it to a little boy with a dollar note,
Told him for to take it up the river in a boat,
They tied a rope around its neck it must've weighed a pound,
Now they drag the river for the little boy it's drowned.

But the cat came back, the very next day,
The cat came back, they thought he was a goner,
But the cat came back, just wouldn't stay away.

Gave it to man going up in a balloon,
Told him for to take it to the man on the Moon,
The balloon came down about 90 miles away,
Where he is now, I dare not say.

But the cat came back, the very next day,
The cat came back, they thought he was a goner,
But the cat came back, just wouldn't stay away.

They gave it to a man going way out west,
Told him for to take it to the one he loved the best,
First, the train hit the curve, then it jumped the rail,
Not a soul was left behind to tell the gruesome tale.

But the cat came back, the very next day,
The cat came back, they thought he was a goner,
But the cat came back, just wouldn't stay away, away, away, away.

Away across the ocean he did send the cat at last,

Vessel out alone today taking water fast,
People all began to pray the boat began to toss,
A great big gust of wind came by and every soul was lost.

But the cat came back, the very next day,
The cat came back, they thought he was a goner,
But the cat came back, just wouldn't stay away.

On a telegraph wire, sparrows sitting in a bunch,
The cat was feeling hungry, thought she’d like them for a lunch,
Climb softly up the pole, when she reached the top,
Put her foot in the electric wire, which tied her in a knot.

But the cat came back, the very next day,
The cat came back, they thought he was a goner,
But the cat came back, just wouldn't stay away.

Now the cat was a possessor of a family of a own,
With seven little kittens and along came a cyclone,
Blew the houses all apart and tossed the cat around,
The air was full of kittens and not a one was found.

But the cat came back, the very next day,
The cat came back, they thought she was a goner,
But the cat came back, just wouldn't stay away, away, away, away,
Just wouldn't stay away.

実は別バージョンもあるみたい。

こっちの方が、ちょい、論理的?

あ、ちがうっ。このネコ、ジョンソンさんちと、ウィルソンさんちと、両方に来てるっていう、な~んか、すちーぶんきんぐっぽいすんごい、大河ドラマホラーなんだ!
すずめ、大発見じゃん!


Freddie Wilson had a cat that he didn't want to keep,
He offered it for sale, but no-one would buy it cheap.
He called upon the preacher to ask for his advice,
The preacher said just leave him here, for it would be so nice.

But the cat came back, he wouldn't stay away,
He was sitting on the porch on the very next day;
The cat came back, he didn't want to roam,
The very next day he was home sweet home.


Freddie put the cat on board a ship was headed for Ceylon,
The ship was overloaded, about forty thousand ton;
Not many miles from shore that gallant ship went down
There wasn't any doubt about it, everybody drowned.

But the cat came back, he wouldn't stay away,
He was sitting on the porch on the very next day;
The cat came back, he didn't want to roam,
The very next day he was home sweet home.


Freddie put the cat on board with a man in a balloon,
Who would give the cat away to the man up in the moon,
The balloon it didn't rise, it burst in bits instead,
Ten miles away they found the man dead stone dead.

But the cat came back, he wouldn't stay away,
He was sitting on the porch on the very next day;
The cat came back, he didn't want to roam,
The very next day he was home sweet home.


Freddie Wilson took his gun and he hid behind a bush,
In the barrel of his gun lead and powder he did push.
He aimed it at the spot where the cat would appear;
The next day all they found was Freddie Wilson's ear.

But the cat came back, he wouldn't stay away,
He was sitting on the porch on the very next day;
The cat came back, he didn't want to roam,
The very next day he was home sweet home.


Now the cat sat on the porch and he ate a piece of cheese,
An Irishman came by, he was feeling well at ease.
The cat he was a-smiling, for he was fully fed;
The Irishman sang "Britannia!" and the cat fell dead.

But his ghost came back, he wouldn't stay away,
He was sitting on the porch on the very next day.
His ghost came back, he didn't want to roam,
He haunted Freddie's house and his home sweet home.

| | コメント (0) | トラックバック (0)

長期脳死:生きてる事の意味


2010年04月06日00:21
■「長期脳死」も臓器提供の対象に…厚労省委員会
(読売新聞 - 04月05日 19:40)
http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=1166014&media_id=20


でも、もし子供だったら、
この時間は大きい。たしか、11ヶ月の子が、1年生きてたっていうのがあったんじゃなかったっけ。1歳の子が2歳になる。その成長って、親には大きいんじゃないだろうか。


断わっとくと、このニュース(下に全文貼付けた)は

厚生労働省の臓器移植委員会は「長期脳死」も、臓器提供の対象となることを確認した。


だけであって、別に、対象となるから、提供しなさいってワケでは無い。
そして当たり前だけど、脳死だからって、提供するのは本人や家族の意志であって、強制でもおすすめでも何でも無い。
ただ、提供したいと願う人に、提供できる法整備をしただけのこと。そして、その基準として「長期脳死も対象だ」ということを「確認」しただけだ。
何も変わったワケじゃない。


というのは、分かった上で、

人が生きているということについて。

以前、ALSの話で思ったことがある。
何もコミュニケーションできない、脳だけ動いている状態。
だけど、その生には価値がある。(もちろんその死にも)
なぜなら...身体のどこも動かない状態でも、
たとえばホーキングみたいにすばらしい仕事をする人もいる。
詩を書くひともいる。
だからすばらしいと。

でも、その話、すずめ的には噛み砕けないものがある。
じゃあ、そういう活動ができない、何も働きかけのできない人の「生」は価値が無いのか。


っと、ここまで書いて

上の11ヶ月の赤ちゃんの長期脳死の件、やっぱり気になるので調べてみた。

どういう意図のページか分からないけど

http://www.mumumu.org/~viking/blog-wp/?p=2910

抜粋すると、

2000年、日本医師会雑誌
旧厚生省研究班の論文「小児における脳死判定基準」

脳死とされる、6歳未満のこどもについて、
小児脳死判定基準を厳密に満たした20例のうち、7例(35%)が長期脳死
そのうちの4例(20%)が、100日以上 の長期脳死

「300日以上脳死状態が持続した幼児の一例」日本救急医学会雑誌2000年
兵庫医科大学のケース
生後11ヶ月の男児が、脳死後 326日間、心臓が動き続けた
この間、身長が、74cmから82cmまで伸びている。
また、90日頃から、手足を動かし始め、いちじるしいときには、あたかも踊るように見えた。(いわゆるラザロ徴候。手足の動きは心停止まで続いた)

長期脳死になるかならないかを見分ける医学的な基準も発見されていない


ということだ。


結果としては心停止。
心停止しなかった例は無いというのは正しいのだと思う。


だけど、

脳死してても手足を上げるというラザロ徴候は単なる反射として考えても、
赤ちゃんの身長がのびて、成長することの意味。
それって、本当はどう考えれば良いんだろう。

重度の障害で今も、そして将来も、
知的反応ができるようになる望みの無い赤ちゃんたちがいる。
だけど、愛らしいよね。そのかわいらしさだけで、
誰でも、いとおしく感じるだろう。
ぷよっとしたほっぺはピンクだろうし、伸びた爪を切ると透明で、髪の毛はふわふわだろう。
何もできなくても、家族だと思うだろう。


長期脳死に関する確認

法としてはこれで良いと思う。
だけど、
人の生きる意味と、
法の与える選択肢とは別だということを

ちゃんと分かっておきたいと思った。


--------

「長期脳死」も臓器提供の対象に…厚労省委員会
(読売新聞 - 04月05日 19:40)
日記を読む(8)日記を書く

 厚生労働省の臓器移植委員会は5日、脳死とされてから30日以上心臓が動き続ける「長期脳死」も、数日で心停止する通常の脳死と同じく、臓器提供の対象となることを確認した。

 長期脳死は小児に多いとされる。長期にわたり心臓が動き続け、体も温かいため、臓器移植法改正を巡る昨年の国会審議では、小児の移植に反対する案の根拠になっていた。

 小児の脳死判定基準を検討してきた厚労省の研究班はこの日、「適切に診断され長期脳死となった例で、人工呼吸器が不要になったり、意識が回復したりしたことはなく、必ず心停止に至っている」と報告。委員会はこれを了承した。ただし、医師が臓器提供に際して家族に十分説明し、理解を求めた上で提供の有無を判断してもらうよう留意するとした。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

加工品の原産国表示って

2010年04月05日08:42
■食の安全で閣僚級定期協議、日中が覚書締結へ
(読売新聞 - 04月03日 15:15)
http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=1164089&media_id=20

今更、輸入品へ頼らない「食」というのは、無理だろう。次善の策としては、表示義務をもうちょっとしっかりさせて欲しいと思う。


パッケージデザインをする時、
必ずどこかへ「原産国表示」をする。そこから知ったイロイロ。
ちょっと書いてみたい。


誰でも知る通り、「日本製」のビデオデッキを開けると、中身の部品は全部中国製。よくあるハナシだ。

日本の原産国表示の義務はいくつかの法律で規定されてる。具体的に「何」かと言うと(ぐぐってみた)不当景品類及び不当表示防止法、不正競争防止法、商標法、関税法。

しかし、この中で最も核となる「不当景品類及び不当表示防止法」では、「消費者に誤認を与える不当な表示」がアバウトに禁止されているだけ。
原産国表示を義務付ける法的な規制はなく、誤認されるおそれがなければ原産国を表示する必要はない。
原産国表示を法令で義務付けることは、WTOのTBT協定により強制規格に該当し難しいのだ。輸入規制って言われると日本も弱い。

極端な事を言えばバルク(バラバラの状態でまとめて大量に)で輸入して、箱詰めを日本で行えば、「日本製」になる。(この「極端な例」がままありそうな気がする)
そして、更には、三角輸入。
たとえば、アメリカが中国から中身を輸入し、アメリカで箱詰めして日本に輸出すれば、 MADE IN USA となってしまう。

今の時代、
もし、すべての製品をその出自に関してクリアにしていくと確かにキリが無い。日本ではほとんど鉄鉱石なんて産出できないんだから、鉄でできた車は日本製じゃないことになるし、いろんなものが複雑に絡んだ原材料のすべてを表示してたら、世界ウン十カ国に及んでしまう。(それを全部列挙すれば、それはそれで誰も読まないので、良い詐欺になる)

原産国表示の国名は、どれか一つ、表示すれば良い。何十カ国あっても、ひとつだけ。そして、その「どれ」を表示するかは、表示者の勝手だ。だから、一番イメージの良い所を表記すればいい。


というのが、現在の状態だろう。

だけど、実際は、企業はそこまでアコギじゃない。
(でも、『例外』としてアコギな企業もいっぱいあったりするんだろう)

たとえば、生協なんかは、いろんな社内基準を設けている。そして、すずめ的には、概ねチェックシステムもきちんとしてるんだろうと「考えたい」
なぜなら、昔、狂牛病の騒ぎがあった時、生協はニュースの次の配達で、販売商品の膨大な原産国リストを配布してきた。そのスピードの早さには仰天したものだった。これは相当きちんとさせてないとできないことだと思ったから。

それと、これも、好意的に考えれば、部品を輸入して日本で組み立てているような商品は、部品の輸入時点で品質チェックがされていて、部材のすべてがその会社の社内基準に達していると考えられるはず。
もちろん、これは、そうした社内基準のある『ブランド』のものに限られるる。


さて、
中国製食品の例に戻ると...

同じ中国製と言っても、

その「ブランド」の現地法人で、その「ブランド」の社内基準に合致した現地自社工場で作ったもの

と、

現地の一般の工場で作ったものを日本の会社が買い付けてブランド名だけ入れて販売したもの

と、両方ある。でもって、例の「毒入り餃子」は後者だ。
前者はすべて、製造プロセスが日本製と同じクオリティである(と信じたい)が、後者は現地基準に準じている。(もちろんそれを『ブランド』がチェックしてるはずだが、それも抜け道がいっぱい)


報道の通り、「犯罪者が故意に毒を入れた」のだとして、なぜ、これが起こったか。セキュリティなどの基準が日本とは違うからだろう。


この差は大きいはずだ。
しかし、私たちは、食品のパッケージからその差を知ることはできない。
先ずは、せめて、「表示」に関するガイドラインを整備させるべきじゃないだろうか。


毒入り餃子
というアイテムは、かなりアピール度が高い。
上で書いたように国際的圧力も大きいのだろうが、
餃子のインパクトに便乗して、ガイドラインの改正を考える良いチャンスだと思うんだけどね。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

構図って何だろう


2010年03月26日10:09
美術のお話。

絵やその他、いろんな美術作品で、最も大きな要素は、
構図 だ。

たとえば、白い紙にリンゴが3つ書いてある。
それが、三角形に並んでいれば、この絵は三角形の構図。
3つのリンゴの間に3本の線が見えてくる。

構図っていうのは、
見えない、そこに無いものを、自分の理屈で再構築することでもある。
3つのリンゴは自分の知っている三角形という概念的な形に変換され、3つのリンゴとしてではなく、「三角形」のイメージで心に響く。
時として、そのイメージは描かれている3つのリンゴよりも、大きな要素となる。絵の価値を決めてしまうのが、構図だと言っても過言ではないぐらいだ。

その構図を見きわめること。
それは絵画へのアプローチとして大きな課題だ。とくに、自分が制作している時などは。

絵の要素はとても複雑。リンゴには微細な斑点があるかもしれない。その斑点の色の変化が複雑なのかもしれない。だけど、そういう細部ではなく、もっと大局でモノと対峙すること。それがとても重要だ。
画家はそれをどう、行っていくか。

具体的に言うと、
目を細めて、視界をぼんやりさせて細部が見えない状態で絵を見る。
下がって見る。

そうやって、細部ではなく、大局である、構図を見ていく。
細部が見えないようにして、という方法はこの大局を見る時点でとても重要なのだ。もちろんディテールもとても大切だ。だけど、その細密表現の中でも、重要なものと、そうでないものがある。それがどれなのか?それは一歩下がると見えてくる。


さて、
今日のニュース。


総務相遅刻 連絡ミスで更迭か
http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=1154074&media_id=2


----

私たちの身近には、こういうディテールで溢れている。
でも、全体の構図はどうなっているのか。

こういうと、報道がミスリードしているように聞こえるかもしれない。でも、違う。報道は、知り得た事を全部書くべきだろう。
構図を捕らえることができるかどうかは、受け手の問題だ。

すずめも絵だけじゃなく、何事も、一歩下がって全体像を見るようにしたいと思う、今日この頃。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

法ではなく業界の自主規制であるべきだけど。。。


2010年03月25日11:24
こんにゃく入りゼリー 安全対策で初会合
http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=1152724&media_id=88


夏までに「法規制」も視野にって。実は残念な方向性。
こういう基準はできたらお上からの「規制」じゃなく、業界の自主的なものであって欲しいなあ。「法」で規制しなければっていう事は、よっぽど、どうにもならないような、低レベルの企業の体質があったんだろう。確かに最初の遺族への対応も最低だったし。任せておけるようなヤカラじゃ無いんだろうな。


こういう所が企業の「質」を問われる場所だとつくづく思う。
よく、いろんな大企業の社会的責任云々って、いろいろ批判されてるよね。だけど、そのダメさ加減のレベルとしては次元が違う。
でも、こんにゃくゼリーがネタになると、ミクシーの日記が好意的なのにびっくり。若い人が多いからかもだけど。
彼らもトヨタやヒタチがあんな対応したら、怒るだろうにねえ。なにせ、原因はどうあれ、死者が出てもスルーだなんて。。。アリエナイ。

消費者庁さん、小売店への調査だけでなく、テレビコマーシャルの作り方の解析も是非、入れて欲しいね。現在のCMはクラッシュタイプってしてるけど、周りにハートを飛ばして、そのハートが売れ筋である事故品にそっくりだなんて、あまりにミエミエの宣伝を今でもやってるんだからね。
こういう、儲かれば人の命なんてどうでも良いっていうような、フザけた会社は実はそんなに無い。普通の企業はもっと良心的でココまではやんないってコトを私たち慣れてしまっていて、気づかないんだよね。
だからこそ、私たちはいろんな製品を安心して買えるのに。


-------

以下、転載


こんにゃく入りゼリーをのどに詰まらせて死亡する事故がこの15年間で22件起きていることを受けて、消費者庁は会合を開き、今年夏までに具体的な安全対策をまとめることになった。

 こんにゃく入りゼリーについては、現在、業界団体が自主的に「子供や高齢者は食べないように」といった注意表示を行っている。24日に行われたこんにゃく入りゼリーの安全対策プロジェクトの初会合で、消費者庁・泉政務官は「実際に(人が)亡くなっている現実を重く受け止めなければならない」と述べ、業界の自主規制だけではなく、法規制も視野に入れて対策を行う考えを示した。

 消費者庁は小売店での販売実態の調査などを行い、夏までに具体的な対策をまとめる方針。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

癌ってお金が大変?...実態とデータ

2010年03月21日10:17
日本医療政策機構の調査なのね。ってコトで、ちょい、興味を持っちゃった。

■がん治療費、年平均133万円…7割が負担感
(読売新聞 - 03月20日 19:27)
http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=1148642&media_id=20


多くの人は知ってるだろうけど、
ここ何年か、「病院ランキング」みたいな「流行」があるよね。コレをもともとしっかりやってた、某新聞社のマニアがいて、そこの病院ランキングはすごかった。よくあるランキングじゃいろんなバイアスがかかってるけど、それを細かくできるだけ排除して...
でもって、コレをやってたヒトが、ある日突然、新聞社辞めて、ココの理事長になっちゃった。だから、また、ああいうマニアックな統計処理やってんだろうな。だから、きっと、突っ込みどころ、いろいろ回避する方策も取ってんだろう。最近あんまし会わないけど、そっか、ちゃんと活躍してたのね。な~んて。

さて。

この記事、ソースを調べたいと思って、飛んだら、
この日本医療政策機構、ホームページではいろいろ今までの調査を発表してるけど、最後のプレスレリースは3月の8日、やはり癌の意識調査2をやってるけど、コレとは違う。
上の記事のローデータはまだ無い。


ってコトで、調査結果に関してはよく分かんないので、
すずめ的に、もし、こういうアンケートに答えるんだったらっていうコトで、
考えてみた。


------

さて、ここ何年か、すずめのパパが癌で、
それでもって、実は先月旅立ってしまった。
その中での経済的負担に関する感想。

経済的に負担だったか。

そう聞かれれば、誰でも イエス と答える。

当たり前だ。今までかからなかった医療費がかかるようになるんだから。
だけど、本当にそれは負担が大きかったと考えて良いものなのだろうか。


以下引用

>保険診療や健康食品などに使った総額は平均で年132万9000円。患者世帯の年収は200万~300万円が16%と最も多く、「とても負担が大きい」「やや負担が大きい」が合わせて71%に上った。経済的理由で治療を断念したり、別の治療に変えたりした患者も7%いた。

ここまで


父の場合はどれだけかかっただろう。

先ず、基礎的な情報として、
医療費は、月額
通院の場合 12000円
入院の場合 40000円
を上限に、それ以上かかった場合は帰って来る。

なので、本来、年間48万しかかからない。だけど、もちろん、その他のいろんな費用はあるワケで、それが10万を越えたら、その分は税金が控除となる。(あんまし払ってないなら。。。というか年収200万の場合は、あんまり効果無いかも)

なので、平均、132万っていうのは、どういう数字なのだろう。
上記の戻ってくるっていうのは、何ヶ月か後に通帳に振り込まれるので、実はすずめのパパたちも知らなかった。気がついて無かった。(知らない所からお金、ふりこまれてるのにね
だけど、全員がそれを知ってたとしても、おおかた100万以上の金額が、「医療費以外の医療関係費用」ってコトになる。
通院費?病院の個室用差額ベッド?

更には、癌も末期になると、だんだんいろんな運動能力が削げていく。そうすると、いわゆる「介護」の対象。たとえば、お手洗いに自分で行けないとか、ベッドは特殊なのが欲しいとか。。。いわゆる、介護保険を利用することになる。
でも、コレ、すずめパパで利用してみて、分かったんだけど、びっくりするほど、安い。たとえば、ポータブルトイレ。
http://www.scrio.co.jp/store/images/item_images/04-168-3/4-168-3_1.jpg

こんなやつね。コレ、自己負担、3000円。

訪問の入浴サービス。
1回1200円

うーん。後、何に、100万もかかるんだか。
実はすずめの場合は、すずめが東京で、パパが広島で、イロイロ考えて東京で治療をしたので、交通費などかなりかかったかもしれない。それから、末期には入院は個室。1日3万でも10日入れば30万だし。
だけど、それはすずめのパパの勝手。それから、すずめのパパの場合は、癌でのターミナルケアをした期間はそう、長く無い。せいぜい3ヶ月。
それから、その3ヶ月間、これが永遠に続くとは思って無かった。もう、長く無い。。。だから精一杯のことをしようというのがあった。これがもし、何年もの事になるんだったら、差額ベッドの個室代は高い。


さて、すずめパパは高齢者だ。
癌のほとんどのケースは高齢。
だから、そのデータで考えると、
高齢者の9割は持ち家。
そして、どっかに書いたけど、貯蓄額も多い
http://www.gamenews.ne.jp/archives/2009/02/post_4497.html

ナント、17%が4000万以上貯めてる。
(もちろん、100万以下の人もいるけど、4.9%だ)

うーん。
高齢者、平均で考えると、この「負担に感じる」ってのは、
本当に、鵜呑みして良いのだろうか。

少なくとも、制度的には、そこそこ恵まれているように見える。


ただし!
問題が大きく違うのは、
高齢じゃない、働き盛りの場合だ。
彼らの場合、高齢者とは治療の方針も違う。抗がん剤も、強いものを使い、身体の負担も大きい。とにかく、生き延びて欲しいから。
そして、仕事や家族もある。就労を続けることが難しい場合もあるだろう。

この二つのケース、
分けて考えないと、分けて訴えないと、
ダメなんじゃないかと、
思ったり。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

無いモノねだりじゃなくて

2010年03月17日18:08
高リスク妊婦 ヘリ搬送が増加
http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=1144640&media_id=2


やっぱり、こういうのが、現実的且つ経済的な方法じゃないかな。

すずめが鳥だからか、なぜかマイミクさんにも高い所が好きな?人がチラホラ
そういう話を聞くにつけ、やはり、これは大きなソルーションだよね。


ヘリは産科に限った話じゃないだろうけど、
特に産科が集約化をしなければならないんだったら、これぞ武器じゃないだろうか。
医師が足りない足りない、あータリナイ。って良く言ってるけど。
それって、単なる愚痴。確かに、今年から医学部定員増やせば良いけど、それだけのこと。結局、今から増やしたって10年後にしか増えない。無いものねだりやってて不毛すぎじゃん。

だれか、
しっかり試算すればいいのにな。
(やってるかも?...でも、そんなの厚労省データだから、信じられないって言うんだよねえ。数字は数字なのに)
こうやって、集約化 プラス ヘリやその他のシステム。
10年を乗り越える具体策。
ちゃんと、考えてる人は考えてるんだろうね。


@@@@@


あ、突っ込まれそうだから、
付け加えておくけど、すずめだって、ヘリだけが万能なんて思ってないヨ
カラヤン先生の近くで飛んでる友達は、
雪降ると、搬送に5時間かかったりとかって言ってたし。
いろんな方策の中の、強力な一つってことで

| | コメント (0) | トラックバック (0)

君も宇宙飛行士になれる

君も宇宙飛行士になれる


2010年03月14日23:56
/わけではない


っていう本が昔あった。
子供の頃読んだのは、「わけではない」がつかない方。
アポロの乗組員の話だったかな


最近の子ども 狭い世界で満足?
http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=1141349&media_id=4


さて、
ちょっと、恣意的すぎるんじゃないの?
この言い方。

調べてみるとネタもとは
ここ

http://benesse.jp/berd/center/open/report/kodomoseikatu_data/2009_soku/soku_13.html

Q.あなたが40歳くらいになったとき、次のようなことをしていると思いますか。


「世界で活躍している」「有名になっている」よりも身近で現実的な将来を描いている
「親を大切にしている」「幸せになっている」「子どもを育てている」「自由にのんびり暮らしている」といった身近で現実的な将来をイメージする子どもが、学校段階を問わず6~8割程度いる。その一方で「世界で活躍している」「有名になっている」といった将来をイメージする子どもは2割を下回る。

--------


これは、本当に子供の世界が狭くなったということなのだろうか?


じゃ、それをちょっと、置いておいて、

じゃあ、広い視野を持った小学生、中学生、高校生って
どんななのか。
そして、昔は、もっと子供たちは広い視野を持っていたのか。
そしてその「広い視野」を持って、何してたのか?

昔、「世界」は遠い世界だった。
憧れられる程の。だけど、今は、憧れる程、遠い世界じゃない。
一昔前だったら、
夏休み、ハワイと北海道、どっちが良い?
って聞くと、きっとハワイだったろうが、
今はどうだろう。去年の夏も行った長野の方が良いって言うかもしれない。
しかし、それは、視野が狭くなったわけでは無いかもしれない。
自分が本当に好きな物を、物珍しさに惑わされる事無く、分かるようになったとも言えるんじゃないだろうか。
なるほど、今の若者の海外旅行離れは激しいと聞く。旅行なんて、国内より海外の方が安いとこもある。留学だって簡単。そんな所に憧れなんて抱けない。

宇宙飛行士だって、昔は雲の上どころか成層圏の上、
だけど今は、CMにだって出てる。


それよりもネタもとの結果。

ちょっとびっくりしてしまった。
こっちの方がインパクトある。

だって、

「親を大切にしている」っていうのが、
小学校から高校生まで、全年齢層で、80%近い(小学生は82.9%)
でもって、これが一位!
これって、仰天じゃないだろうか。
もちろん、彼らがこうなるだろうとか、こうなったら良いとかっていう意味じゃない。いろんな家族の問題や人と人との関係の希薄さが言われる中、
あまりにも濃密じゃないだろうか。
具体的にはどうであれ、要するに、良好な家族関係を築いていなければ、この言葉は出てこない。少なくとも、頭の中に、家族の理想モデルが描けていなければ、言えない。
これは、「世界」などという具体像が描けない対象じゃない。今、子供たちの目の前に存在してる、リアルで、よく知り尽くしているもの。それに対するヴィジョンでもある。


実はすずめ的にはちょっとうれしくもある。
かつてのデザインは、より、グローバルに、よりマスプロダクションを目指して切磋琢磨していた。それがいかに大きくできるかが、質だった。しかし、ここ何年か、
私たちの視点は、もっとミクロでローカルな現実へ向かっている。そして、それがまさに「質」の追求だ。
歩けなくても使える施設 見えなくても読める本 手が使えなくても食べられる食事。
間違えても決して壊れないマシン 転んでも死なない施設。
それが「質」。デザインの次世代は、世界にたった1人しかいない個人に対応できる快適さの追求だ。ノーマルも何も関係無い。ローカライゼーションへ。それが、今の潮流の最先端なのだ。


子供たちの将来像の2位以下は
「幸せになっている」「子どもを育てている」「自由にのんびり暮らしている」
と続く。学生運動に血道をあげた世代、人生のすべてを仕事に捧げた企業戦士、シニカルに現実を見つめた「現代っ子」世代には、物足りないかもしれないが、
人間のあるべき形、自然に思うはずの形を表していないだろうか。
素直すぎるぐらいに。
将来、どんな大人になるのか、
それは別かもしれない。
だけど、今、
子供である彼らは、こういうヴィジョンを持っている。


子供たちの方が、
ずっと進んでる。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

高校無償化/ってバラマキじゃないよっ


2010年03月12日16:10
な~んで、この手の話、全部、バラマキっていう視点しか無いんだろうね。
経済ってもっとマクロに考えようよ。


すずめは別にミンシュトーとかジミントーとかって
興味ないし、どっかに加担するつもりも無いけど。

子ども手当・高校無償化可決へ
http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=1139298&media_id=4


これは、マクロに考えて、良いことだと思うよ。
その代わり、増税して良いから。
(するだろうし)


子供手当て
高校無償化

これって、何を意味しているかというと、対象になる人たちのピンポイントの減税。その他の人たちの増税。要するに、再配分。
それって、良いことじゃないだろうか?


限られた経済規模の中、
誰にお金を使って欲しいかという事になる。

誰に使って欲しいか

年金もらって持ち家もある高齢者じゃない
独身貴族でもしかしてずっと独身かもしれない若手OLやお兄さんたちじゃない。
彼らだったら、余分なお金は何に使うだろう。
都心のおしゃれなレストラン?音楽ダウンロード?
孫が喜ぶ(だけど孫の親は喜ばない)高級玩具?
こういうお金の使い方ってどう?
確かに局部的、限定的経済波及効果はあるだろう。だけど、そんなに日本の産業の中核じゃない。

だけど、

若い、子供のいる世帯。
これからの人材を育てる世帯が消費するもの。
それって何だろう。

教育、文化関係の支出、
無駄の無い、節約レジャー
外食じゃない質の良い食材
エコノミーな車
安くても丈夫な高品質の服

彼らの消費するものは、とても堅実で、エコロジカルでもある。
こういうカテゴリーの消費を煽ることが、これからの日本の産業を育てることになるはずだ。
アニメだの、おしゃれな旅行だの、ソフト先行の高付加価値産業で大儲けっていうのも良い。
だけど、もっと、堅実な、国の中核となるような産業を育てるべきじゃないだろうか。その牽引者が
こういう子育て世代だ。

子供手当てや高校無償化は、
全体に均一で取った税金の再配分。
それって、どんどんやるべきじゃん。
もちろん、同時に経済弱者への再配分もされるべきだよね。
彼らだってもらっただけ、全部、こういう堅実な使い方をしてくれる。
そして、福祉関連産業も育ててくれる。

これって、今の日本のあるべき方向性だよね。


本当は、
こんな事、すずめが書くまでもなく、
政治家さんは分かってるよね。っていうか、そういうコト考えて作ったんだよね。そんな難しい理屈じゃないから、誰だって思いつくはずだし。思いつく以前に分かりきってるよねえ。
きっと、言ってるんだと思うけど、
報道されないんだろうね。


それをさあ、

高校無償化っていうと
枕詞に バラマキってつけるの、
安易すぎない?
ねえ、他の日記書いてる人たち。


| | コメント (0) | トラックバック (0)

救いが無い 事件の行く手

救いが無い 事件の行く手

2010年03月10日20:24
救いが無い 事件の行く手


この事件

http://mytown.asahi.com/kanagawa/news.php?k_id=15000001003040005

文面は下部
-----

普通の人でも難しい世の中、
てんかんの持病を持って、車の運転をしなければならないような仕事をなぜ、選ぶのか。そんな事、言ってられないのだろう。
犠牲者の男の子はまだ14歳。何も過失も無く、ただ突然、命を奪われてしまった。あまりに痛ましい。
車の運転をするということは、人の命をも奪う可能性があるということだ。抗けいれん薬を飲んでいなかったというのは、運転者に非があるのは議論の余地がない。

ただ、この事件をきっかけに、こういう人たちの就労の道が閉ざされてしまうことに懸念を感じる。

同時に...
すずめのマイミクさんたち。
本当は無いだろうか。患者さんのうち、この人が車を運転してたら怖いって。
高齢だとか、脳梗塞の後とか、糖尿病やその他。
それから、ロービジョンでもあると言われている。
人生半ばでこの状態になっても、
車の免許を返したくないだろう。
免許の更新テストは少々のことがあっても通ってしまう。
極端に言えば、目の前、10円玉程の範囲の視力さえあれば、
視力検査もパス。


だけど...
その状態が治療して治るものじゃない人もいる。
もし、病院が通報したり、
うるさく言ったりしたら、来なくなる。
世間が騒げば、隠すようになる。
だって、生活がかかってるのだ。隠さざるをえない。

車を運転できるかできないか、
なんていう程度の不便さじゃ、もちろん障害者手帳なんて役に立たない。
かといって、こういう車を運転できないという人だけに、国が補助できるだろうか。
いろんな可能性を考える時、
この問題には、解決できるモデルが無い。

彼らは社会では一番の弱者かもしれない。
解決策が見えない中、彼らを非難しても良いんだろうか。


2010年03月04日

てんかん発作で事故「会社にも責任」 

 横浜市鶴見区の県道で2008年3月、同区の中学2年伊藤拓也君(当時14)がトラックにはねられて死亡した事故で、拓也君の遺族が3日、運転中にてんかんの発作で意識を失い、事故を起こした運転手の男性(46)=自動車運転過失致死傷罪で服役中=と勤務先の建設会社を相手に、慰謝料など総額約1億円の損害賠償を求める訴えを横浜地裁に起こした。

 訴状によると、08年3月9日、男性が時速40キロで走行中に突然てんかんの発作を起こし、歩道で信号待ちをしていた拓也君をはねて死亡させたとされる。男性は昨年3月、横浜地裁で禁固2年8カ月の実刑判決を受けて服役しているという。

 遺族は、男性が医師の処方通りに抗けいれん薬を飲んでいなかったと主張。男性が事故前にもてんかんの発作で物損事故を起こしていたのに、勤務先は業務で車を運転させたとして、同社も監督責任を怠ったとしている。

    ◇

 提訴後に会見した拓也君の父の伊藤真さん(46)は「もし事故の朝に薬を飲んでいたら事故は起きなかった。それが本当に悔しい」(中略)

 禁固2年8カ月の地裁判決を一度は受け入れて控訴しなかったが、刑事裁判で考慮されなかった勤務先の責任も問いたいと、提訴に踏み切った。真さんは「被害者の人権が軽くとらえられ、判決にも納得できない。運転の過失というより、未必の故意による事故だと思う」と語った。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

奈良・妊婦転送死問題 の核心って?


2010年03月01日23:46

この日記は「4つ組」になった1つです。

この複雑な問題、
いろんな視点をごっちゃにするから、
軋轢しちゃう。
だから、
バラして考えてみたい。

総論として

http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1426611690&owner_id=12848274


地裁判決への深い議論として

http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1427733705&owner_id=12848274∨g_id=1426611690

遺族の感情として

http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1429454673&owner_id=12848274∨g_id=1427733705

社会の問題として

http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1429454926&owner_id=12848274∨g_id=1429454673


-----

妊婦転送死、遺族の請求棄却
http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=1126474&media_id=2


ここ何年かの間で、これと、例の事件、これほど医療の世界が振動したものは無いだろう。

すずめ的にはこの件には二つの論点がある。


一つ目

大淀のこの事件、もともとの新聞タイトルは
「タライ回し」だった。

すずめ的には、この事件が、
実際の当事者の方にとっての事実とは別の場所で、違った衣をかぶせられて、キャンペーンのネタにされてる気がしてならない。

「産科/救急医療の危機」

確かに、この問題はある。だけど、これは、奈良の、大淀町の事件だ。これをそのまま、日本の産科の問題として、普遍化させてしまって良いんだろうか。
そこに大きな、危うさを感じる。産科医療は絶対、守らなきゃいけない。だけど、それはたとえば、この事件とは無関係だ。
この事件を、社会インフラとしての救急の問題と、いっしょに論じちゃいけない。
日本の産科/救急システムは瀕死の状態だから、瀕死の医師を責めちゃいけない。そんな理屈が生まれてきたら、おかしい。
だから、これは「タライ回し」の問題じゃない。
判決は是か非か、
それは全く別に考えるべきだ。


さて、二つめ。

こっちが本題。
ちょっとだけ、すずめはこの事件で某所から小耳にはさんだ事実がある。それは書けないけど、それをふまえて書くとすると。

この人、近親者も医療者だった。だから、妊婦さんの搬送に関しては、その人もいろいろと立ち回り、活躍した。(とお酉さまの本にも出て来る)
医療者なら、なぜ、町と同じ医療者を訴えたのだろう。
医療者なら、担当の産科医さんが、どう、頑張って仕事をしているか分かるはずだ。事情もすべて、完全に理解しているはずだ。妊婦さんは何ヶ月も検診に通う。その間に信頼関係も築いていただろう。もし、一生懸命、産科医さんが対応していて、それを分かっていて、訴えただろうか。
確かに脳内出血が起きていたら、助かるのは難しいに違いない。訴える前に、もし、担当医さんとTさんとの間に信頼関係ができていたら、充分その内容を説明することができ、折り合いがついていたんじゃないだろうか。(それも問題の進行中から)
たとえば争点である頭部CT
ここには書いてないけど、産科医さんの主張は子癇だった場合は、その刺激さえ危険で、しかもそれでどうなるわけでもない。。。っていうんじゃなかったっけ。
もし、そうなら、その時に、なぜ、遺族とそれをいっしょに検討しなかったのだろう。
もし、そうだったなら、訴えられる所までいかなかったのでは無いだろうか?


だから訴訟になった。
訴訟の形であるこの要求額に意味があったろうか?
すずめには、何人もこういう医療訴訟系のお友達がいるけど、彼らのうち、誰一人として、要求額に意味があった人なんていない。みんな、ただ、真実を明らかにしたかっただけなのだ。だけど、その方法としては、カルテを証拠保全で押さえられる、裁判しか無い。みんなそういう理由で訴えている。
この人もそうなんじゃないだろうか。

この事件、
この文面に出て来る以外の事実があるはずだ。
それは、「信頼関係ができていない」というものだったんじゃないだろうか。


-------

 奈良県大淀町立大淀病院で06年8月、同県五條市の高崎実香さん(当時32歳)が分娩(ぶんべん)中に意識不明となり、19病院に受け入れを断られた末、転送先で死亡した問題を巡り、遺族が町と産科医に約8800万円の賠償を求めた訴訟の判決が1日、大阪地裁であった。大島真一裁判長(島村雅之裁判長代読)は「救命の可能性は低かった」として、遺族の請求を棄却した。しかし、3時間以上も転送を待たされた経緯に触れ、「産科救急医療の充実を願う」と付言した。

 原告は、夫晋輔さん(27)と転送先で生まれた長男奏太ちゃん(3)。主な争点は、産科医が頭部CT検査を実施せず、死因となった脳内出血ではなく妊娠高血圧症の子癇(しかん)とした診断の過失と、救命可能性の有無だった。

 判決は、脳内出血が発生した時刻を、実香さんが頭痛を訴えた06年8月8日午前0時ごろと推認。その上で、「(けいれんが起きた午前1時37分ごろには)頭部CT検査を実施すべきだったといえるが、設備の整った医療機関にできるだけ迅速に搬送することを優先させた判断は不適切とは言えない」と産科医の過失を否定した。

 また、転送時期と実香さんの死との関係については「仮に(初期段階で)脳の異常を診断し、(設備の整った)奈良県立医大に搬送したとしても、手術開始は午前3時半ごろと考えられ、救命の可能性は極めて低かった」と述べ、請求を全面的に退けた。

 「脳内出血の可能性を考慮すべきだったが、短時間での手術が必要で、救命は困難だった」とした地裁の鑑定結果に沿う内容となった。

 一方、判決要旨の朗読後、大島裁判長は産科救急医療の現状に触れ、「重症患者でも現場で搬送先を探しているケースが多く、『救急医療』とは名ばかりだ。人の命を守ることは国や地方自治体に課された責務で、産科など救急医療の再生を強く期待したい」と述べた。【日野行介】

 【ことば】▽奈良・妊婦転送死問題▽ 06年8月7日、高崎実香さんが分娩のため奈良県大淀町立大淀病院に入院。8日午前0時ごろ頭痛を訴え、間もなく意識不明になり、けいれんを起こした。産科医は妊娠高血圧症の子癇と診断。病院は産科救急の転送先を探し始めたが、19病院に受け入れを断られ、午前5時47分ごろ、約60キロ離れた国立循環器病センター(大阪府吹田市)へ搬送。頭部CT検査で血腫が見つかり、帝王切開で奏太ちゃんが生まれたものの、実香さんは同月16日、脳内出血で死亡した。

-----

この日記は「4つ組」になった1つです。

この複雑な問題、
いろんな視点をごっちゃにするから、
軋轢しちゃう。
だから、
バラして考えてみたい。

総論として

http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1426611690&owner_id=12848274


地裁判決への深い議論として

http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1427733705&owner_id=12848274∨g_id=1426611690

遺族の感情として

http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1429454673&owner_id=12848274∨g_id=1427733705

社会の問題として

http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1429454926&owner_id=12848274∨g_id=1429454673

--------


昨日の日記の関連。

先ず、日本中のみんなに言いたい。

すべての事柄を、十把一絡げで呼ぶのやめよう!

障害者とはとか、
(イマドキの)若者はとは とか
高齢者は とか、

ってのはやめよう!

narrative base で語ろう!
これは、すずめの確固たる持論。

すべて、事例は別個。
人は一人一人違う。
全く違う。
それを、
障害者とは、こういうもの!
っていうカテゴライズはおかしい。


同じ、例に
「マスコミとは」
というのがある。
上のは、まあ、眉をしかめる程度だけど、
こっちは「危険」

マスコミって言ったって、
ネットでいっぱい出て来る、アクセス稼ぎのものから、
きちんと、裏を取ったものまでたくさんある。

今まで日記にいっぱい書いてきたけど、
すずめのマイミクさんたちを見てると、こういう質の良いジャーナリズムを支えているジャーナリストさんたちは、本当によく勉強してる。
当事者のそばに寄り添い、権威からも情報を集め、専門書を読み、一緒に飲み....いろんな視点を持ってる。いろんな実際、その現場にいた人もいっぱいいる。(彼らが医療の現場を知らないなんて、ホント、大誤解だ!)その中で、記事になるものはほんの一部だけど。
だからこそ、ある日、突然、何かの事件が起こった時、即座に関係者/専門家の知り合いにコンタクトが取れるだけの人脈も培ってこれてる。
彼らにはいろんな専門性があるけど、共通してることがある。みんな、熱い良心と、誠実な情熱で仕事をしていること。

そして、それは、前にも書いたけど、トンデモ記事とは違う。
トンデモ記事メディアはそれはそれなりのエンターテイメントとしての役割があるから、まあ、すずめ的には良いと思うけどね。(誰だって見分けられるんだから、ちゃんと分けて考えよう!)

だから、
先ず、
「マスコミは!」
っていうのはやめよう。
マスコミの流した、「この記事は」
「この記事の何行目は」
って、言おう。narrativeに!

そして、同時に、
「医師は」
というのも、やめよう。
山本病院の事件を引用するまでもなく、
悪いヤツというのは、どの環境にもいる。
医師は全員が誠実で人の命を助ける為だけに生きてるなんていう、主張はおかしい。
どの世界でも、良い人、熱い人、素晴らしい人が99%存在する。
だけど、とっても悪いヤツもいるのだ。
そして、考えるべきは、
心の中で悪いコトを考えるヤツがいても、
そこから具体的な被害が出ないような、物理的なストッパーを、社会が持つこと。
もし、不幸にして、そういう事が起きた時、その不満/主張が正しいか、公平な場で、公平な目で問う機会を、誰もが持てること。

これが、私たちの社会の基盤であり、
それは、多くの人の涙の上に勝ち取られてきたすべての人の権利であり、
誰も、その流れを逆行させてはならない。


しかし...
ネットの匿名性はそれを危うくさせてる。
たとえば、奈良の事件に対する日記。
その多くが
「妊婦さんは、検診も受けず、飛び込みで出産したんだろう」
というもの。クレーマーは訴えればお金が貰えると思っている。というのもある。それはしょうがない。誰でも何にでも詳しい訳じゃないんだから。
だけど、医療を対軸として、存在するある種のネガティヴな感情が存在してしまう事実はある。


問題の核心は、本当は、出産中の脳出血(これが致死性なのは遺族も誰でも分かっている)に対して、社会のインフラができていないこと。そして、すべての病院で、こういう稀な状態に対して、準備をすべきか、全く切るべきか、それとも、「何割の」病院でこれに対応ができるようにするかという所にあるはず。そして、それが不幸な結果をもたらした場合、それを、白日の下に、議論する場を、当事者そのものが持てること。
昨日も書いたけど、判決がどうのじゃない。だって、判決である「金額」は到底、亡くなったお母さんの命と等価では無いし、それが購えるものでもない。ただ、裁判をしなければ、事実に踏み込んでいけない。そういう現実が存在する。


----

お母さんが死の床で
新しい命を送り出そうとしていた夜。
搬送先はお母さんの親族である医療関係者が、
一生懸命電話して、探していたそうだ。
皆が、必死で助けようとした命。

次の命こそは助けられたらいい。みんな、同じように思っている。
熱血医師も、
熱血ジャーナリストも、

敵は同じ
その思いも。
仲間割れしてる場合じゃないヨ。


----


後で、ゆっくり、
この裁判の公判記録、ぐぐってみるね。
もう、見つけてる人いたら、教えてくれる?

----


人としてのnarrativeという視点

この日記は一つ前と、二つ前の続きというか、「組」として

この複雑な問題、
いろんな視点をごっちゃにするから、
軋轢しちゃう。
だから、
バラして考えてみたい。

総論として

http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1426611690&owner_id=12848274


地裁判決への深い議論として

http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1427733705&owner_id=12848274∨g_id=1426611690

遺族の感情として

http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1429454673&owner_id=12848274∨g_id=1427733705

社会の問題として

http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1429454926&owner_id=12848274∨g_id=1429454673


-------

この日記の
詳細は一つ前の日記の下のコメント。

http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1427733705&owner_id=12848274

今の状態で入手できる限りと思う資料も掲載されてます。
そこから、ピックアップして、
この日記の下に事実関係を転用しちゃいました。

------


すずめ的に、
この遺族がなぜ、訴訟にまで持っていったか。
医師との信頼関係ができていなかったから。
と思っている。

産科は他の救急等と違って、何ヶ月もの間、産婦さんは定期的に通う。
その間、看護師さんやドクターとも面識ができ、おそらく雑談もし、赤ちゃんを迎える幸福な話題をかわしているはずだ。また、(これは真偽の程は言及しないが、当初、このような問題も囁かれていた)産婦同士の情報交換も活発だったりする。この時初めて会ったわけではないだろう。だから、救急など場合とは違う。

言っちゃナンだけど、
よく、産科系のヒトたちから聞く話がある。
出産は確かに何時間もかかる。70時間かかっても、ずっと、ドクターがそのそばにいるワケじゃない。時々診て。。。最後の兆候があるまで、ほとんどの時間ついているのは助産師。ドクターは、たとえば手術とか、それからまさにこういう場合以外には、ベッドサイドに立ってたりしない。
だからね。
↑の「ココは1人医長だったから、外来の産婦さんと話をする時間もなく、毎回3分診療」っていうのは、あり得ないはず。

そういう信頼関係を構築するに、難しく無い場所。


それなのに、なぜ、信頼関係を構築できなかったか。

信頼関係っていうのを
narrativeに言うと。。。


産科医さんは、
とっても頼りがいがあったか。
目の前の危機に立ち向かっていくにあたって、
頼もしく見えていたか。


ということではないだろうか。
その象徴的な事象が、
「12:14 仮眠していた」
というもの。
この時間、仮眠しても良い位に安心な時間だったのか。

下の資料を見ると、そこには疑問を感じずにはいられない。
「まあ、大丈夫。僕は寝て来る」
と言われたら、
この人は、人格者で名医だから、と思えるだろうか。
少なくとも頼もしくは思えないのではないだろうか。

更に、これは公平では無いんだけど、
narrativeな視点でということで、
勘弁してほしいんだけど、

何時に仮眠を取ったとか、そんな杓子定規な視点からではなく、もっと、イメージ的にどうだったのだろう。
この医師は、本当に、この危機に対して、バリバリと、対処している頼もしい人だったのだろうか。転送先は受けてくれない。その理由は分かる。だけど、そこへの立ち向かい方はどうだったのか。
本当の所は、このイメージという要素は、大きかったんではあるまいか。もし、この医師がブルドーザーのごとく、攻め込んで行った人物だったら、どんな時間に仮眠しようと、遺族はそんなに不安にならなかったんじゃないだろうか。

だけど、これは余分なこと。
これを客観化するすべはない。
話をもとに戻すと。。。


確かに、遺族はその時、どう、感じていたかわ分からないけど、
もし、子癇ではなく、脳が原因であるなら、その重篤さによっては
どんな対応をしたとしても、
判決通り、助かる可能性は低かったのだろう。


だとしたら、

--------------------------------------------
: どうせ、助からないなら、
: 医師は
: 寝ていても正しいのか。
: 結果的に医師は
: 寝ていても、
: 起きていても
: Mさんは助かることがなかったのだから、
: 寝ていることも是である。
: これは正しいのか。
--------------------------------------------

救急医だったら、助かりっこない怪我人は
放置していても良い?


これを、遺族がnarrativeに主張を発露させたら、どうなのだろう。
彼らは「どうせ助からないなら、寝ていても良い」
とは思えないだろう。
だとしたら、その思いをぶつける先はあるのだろうか。
もちろん、この「思い」が正しいかどうかは、
分からない。だとしたら、その思いが正しいかどうか、
単に愚痴を重ねるだけでなく、
公に問うことができる場があるだろうか。

一つは
マスメディアを通して、世に問う事
もう一つは
司法の場で結着をつけること

すずめには、この二つしか思いつかない。


先ず具体的な情報

・8日0:00頃、突然の頭痛、嘔吐、血圧上昇があった。
 →この時点で激しい出血が右脳にあったと認めることができる
・0:14頃、突然の意識消失。刺激しても意識回復しない。
 →この時点でかなりの量の出血が中脳まで。脳ヘルニアが進行している状態と考える。
・1:37頃、痙攣発作
 →除脳硬直であると考えられる。
 したがって、この時点で、中脳・橋が両側性に傷害されていることになる。
・1:50頃、瞳孔散大、対光反射:右消失、左わずか 
 →右側脳室のヘルニアは完成、
  左側脳室のヘルニアは進行中だが、完成していない、と考えられる。
・2:00頃、瞳孔散大に加え、過換気で呼吸障害も起こっていると考えられる。このような状態では、脳ヘルニアの進行は通常、非可逆的である。救命不可能とはいえないが、午前0:00頃の出血で、2:00頃には瞳孔散大であったM香さんの病態の進行は急激であり、
2:00頃から数十分以内に開頭手術を行わないと救命不可能である。

以上、ベース医者様の一つ前の日記へのコメントから引用


-----
このケースでは、当該の妊婦の方が意識不明になった後に仮眠に行っているのです。判決では、意識不明には心因的な理由があり得るがそれは30分継続すれば排除でき、少なくとも12時14分の30分後には脳出血であることがわかったはずと述べています。医師は13時30分過ぎに仮眠室から戻ってきて、そして「子癇」と診断したのです。

kurim様のコメントから引用

------


社会としての視点


この日記は一つ前と、二つ前の続きというか、「組」として


総論として

http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1426611690&owner_id=12848274


地裁判決への深い議論として

http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1427733705&owner_id=12848274&org_id=1426611690

遺族の感情として

http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1429454673&owner_id=12848274&org_id=1427733705

社会の問題として

http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1429454926&owner_id=12848274&org_id=1429454673


この複雑な問題、
いろんな視点をごっちゃにするから、
軋轢しちゃう。
だから、
バラして考えてみたい。


------


奈良の事件は、
これ、独自のもので、
決して、日本の産科医療がどうのという問題ではない。
(これは大野病院の事件も同様だと思う)

日本が理想的な医療的インフラを持っていても
いなくても、
この事件の議論はそこに帰着してはいけない。


そこを断わった上で、
(でも言いたくなっちゃうだろうから)

社会としてはどう、あるべきか、
考えてみたい。


社会としてあるのは、

1
司法の問題。。。。。って呼んで良いのかどうかわからないけど、
こういうものを持って行く場として、今、日本には司法しか無い。
司法が介入しなければ、証拠保全もできないし、真実に迫る事ができない。
今、ジコチョーがどうのという議論がされてるけど、それがすべてを解決してくれるのか。。。

2
ネットでの暴走の問題。
前にも散々書いたけど、
事実だけを基盤にしたものならいい。
だけど、事実ではない根も葉も無い中傷が横行する。
横行位なら良いが、炎上までする。
それに対して、公判をひかえた当事者は丸腰でなすすべもない。
これに関しては、「良識」にしか頼るすべが無いのが、現実。


3
産科の社会的インフラ
確かにこの事件のようなケースは非常に稀。
こんなに稀なケースに対応できる施設を、どう、そろえるべきなのだろうか。
あんまり言い過ぎると、All or nathingになってしまいそうだ。
限られた医療/地域資源を、どう、どこまで、使って行くべきなのか。。。
すずめ的には、集約化しか無いと思うけど、
それでも、こういうケース(脳外科もある産科)は漏れてしまうかもしれない。ネットワークだけでできる問題なのだろうか?


----

この日記は一つ前と、二つ前の続きというか、「組」として


総論として

http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1426611690&owner_id=12848274


地裁判決への深い議論として

http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1427733705&owner_id=12848274∨g_id=1426611690

遺族の感情として

http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1429454673&owner_id=12848274∨g_id=1427733705

社会の問題として

http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1429454926&owner_id=12848274∨g_id=1429454673


この複雑な問題、
いろんな視点をごっちゃにするから、
軋轢しちゃう。
だから、
バラして考えてみたい。

と思ってたら、
タイムリーすぎに、こんなニュース

■ネットで医師暴走、医療被害者に暴言・中傷
(読売新聞 - 03月06日 18:16)
http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=1132857&media_id=20


--------
引用


 奈良の遺族は「『産科医療を崩壊させた』という中傷も相次ぎ、深く傷ついた」、割りばし事故の母親は「発言することが恐ろしくなった」という。


----

確かに、2チャンネル、それからいくつかのホームページ。
酷いのがある。標的にされているのは、患者たちだけではない。医師もだ。
その内容はわざわざ書くまでもないが、下劣以外の何ものでもない。

しかし、すずめ的には、
これをやってるのは、非常に限られた人数ではないかとも思っている。
たとえば2チャンネルなどはIPアドレスなどから多少見えたりするのだが、
別人になっていて、実は同じというのもある。

こういうページを読んでいると、読んでいる方まで心が荒んで行くのがわかる。そこに日頃の鬱憤が重なると、自分もイタズラ気分で書き込みたくなってしまうのではないかとも思う。そこへ何らかのレスポンスがあると、返してしまう。そして、またそこに反応があり...ネットでは匿名。自分を全く別のキャラクターに仕立てて、その全く別の自分に発言させてしまう。時として、それは本当の自分の意見では無いこともあるかもしれない。


(以下、独白)
怖いのは、
暴走する医師(この問題は医師だけではなく、他の分野にもあると思う)たちの中の、先頭を走る人たちの、ほんの一部には。。。ちょっと変わった人もいるらしいこと。
某所で耳にしたんだけど...リアルで会うと、本当に、ちょっと病んでいるようなエキセントリックな人だったとか。すずめも、ある場で『あの人は例のXXXXっていうハンドルネームの...』という耳打ちをされた事があるんだけど、その方の態度というか、話し方、声のトーン、何よりも発言内容...確かにちょっと普通の人には見えなかった。
そういう外見イコール人格と見るのは危険だけど、オピニオンリーダーがどういう人物なのか、ネットでついていく人たちは何も知らないのは確か。

------


ネットでの旗頭になっている人たちはどういう人格の人なのか。
本当はテキストファイルからは見えてこない。
しかし、彼らの意見に、たくさんの人たちが同調してるのは確かだ。
彼らの提供する情報が本当に正しいものだけだったら良いが、
「割り箸事件の子供は知的障害だった」
「大野病院のお母さんは2人目は産むなと言われていた」
などなど。。事実と反するものもたくさんある。
だけどそれが事実なのかどうなのか、もちろん、普通の人に調べるすべは無い。書いてあれば、信じてしまうのも無理は無いかもしれない。
そこへ、
本当は良心的な、熱い医師たちが、迎合してしまう。
一人一人の彼らはとても紳士的で誠実な良い人たちなのに、
マスではそういう存在じゃなくなってしまう。
先頭を走るリーダーの子分でしかない。

本当は、目の前にある敵は同じ
医療訴訟の関係者も
暴走医師のそばにいる、本当は良い人たちも

大きな敵に対して、
仲間割れしてる場合じゃない。


--

| | コメント (0) | トラックバック (0)

「デザインの力」

「デザインの力」連載中!/医学書院「病院」
2010年02月26日11:29
さて、宣伝ですが。

医学書院の「病院」って雑誌。
その手の方はご存知だと思うんですけど。

1月からすずめの連載が始まりました。
光栄なコトに巻頭カラーの見開きっ。


ってコトで、
ちょい、ご案内です。

良かったら、見てね

--------

さて、
どういう内容かというと。


すずめの持論

デザインには力がある

モノを美しく見せたり、快適にしたりするだけじゃない。
確固たる力がある。
たとえば、事故を防ぎ、人の命を救うような。

そういう想いを書いていきたい。
っていうのが、メインコンセプト。

よく、デザインって、芸術だのアートだのの一種だと思われてるけど、
実は違う。芸術と技術の間にあるものとも言われてるけど、その「間」の中の位置にも大きな幅がある。
すずめは、その技術寄りの所に立っていたいと思う。


「病院」はそっち系の人たちしか読まないんで、そういう分野での視点にしたいと心がけた。たとえば、りっぱな建築の紹介とか、こういう薬のデザイン、素敵でしょ。とかって紹介されても、看護師さんが将来デザイナになって、薬のデザインしてみようとか、ドクターがうんとお金儲けて、こういう病院建てる院長になろーとかって(あんまし)思わないよね。
だから、できるだけ、身近そうな、たとえば、書類や掲示物を作る時なんかのデザイナ的コツを紹介する所から始めた。そして、そこから、
誰の為にデザインするか、その誰っていうのには、どんな多様性があるか...すずめのシュミのユニバーサルデザイン系につなげていきたいっておもってる。

1月号は
12ヶ月の目次。お正月だし。
ちょうど上で書いた「デザインの力」のメニュー。


2月号は
色のハナシ。
デザインって感性の世界だと思われてるけど、実は違う。
デザイナは感性だけで色を決めたりしない。なぜ、この色が良いのか。
それには、科学的な理由がある。そんなリクツを。(リクツなんだから、誰だって使えるワケだ)

それから今日?発売の3月号。
ここでは、「かわいい」ポスターのご紹介。すずめのお手伝いしてる医療安全全国共同行動で作った掲示物を、どういう話し合いのもと、作ったかと言うプロセス。この中で、「かわいい」は目的を持った機能の一つで、それは意図して作ってる。まず、目的をはっきりさせ、それをどう、解決するか、その分析そのものが「デザイン」なんだヨって感じ。


っていう今日この頃。
この雑誌、もし、手に取ったら、巻頭カラーも見てね

| | コメント (0) | トラックバック (0)

オリンピックが切ったもの


2010年02月24日14:27
すずめはご幼少のミギリからおてんばだったんだけど、
でもスポーツはカラキシだめで、ダメどころか常識の範疇に無いヤツで。。。

野球選手の名前とか、(きっと)すっごく有名な人も知らなくて、
って、まあ、たぶん、こういう書き方してるだけで、どの程度なのか、きっと分かると思うけど。


ってすずめが書く
スポーツネタの日記。

たまたま週末、何年かぶりに友達の剣道の先生に会ったんで。

「どうして、剣道はオリンピックに出ないの?」


うん、それには二つの理由があってね。
って、井戸端バナシのレポート。
(あ、でも、上で書いたとおり、すずめはこの手のコト、ダメダメなので、間違った書き方とかしてるかもだけど)


柔道はオリンピックに出るのに、
何で、剣道は出ないのか。

本当は、両方とも、武道。
オリンピックに出るようになってから、剣道は武道だけど柔道はスポーツ、みたいに言われるようになった。だけど、そもそもそんな差があるか無いかなんて、誰にも言えない。

しかし、現実的になぜ、柔道がスポーツ・ゲームになって行ったか。

結局は「得点/スコア化」にあった。
どうすれば、オリンピックで「点が取れるか」
そういう得点の設定によって、柔道のあるべき姿(かつての姿)が曲げられて行った。
一回で倒す、一本を取る?、っていうのではなく、
ちょっとした、得点に数えられる技で、判定勝ちのような「勝ち方」があるようになり、
そして、選手たちも、そっちの方向へシフトしていった。
最初は日本は強かったが、
そういうスコア化によって、徐々にその地位を奪われていった。

もし、剣道がオリンピックに出るようになったら、
柔道と同じ道をたどるだろう。
剣道の場合は、
本来、哲学としては竹刀ではなく、真剣だ。
竹刀なら、どの角度であたろうと、当たれば当たった事になるが、
真剣だたら、斜めに当たるのか、垂直に当たるのか、本来大違いだ。
垂直に当たれば、腕の一本だって切り落とされる。
ゲームのスコア化ではそこのところが、加味されない。

剣道の達人は、
試合中、微動だにせず、一回だけ剣を振り降ろして、
勝負を決める。
しかし、柔道風に「技」の配点を入れたら、達人でも判定負けとなってしまう。

もし、剣道がオリンピックに入ったら、
そういう曲げられ方がされていってしまうだろう。


二番目の理由。

昨今、剣道は世界各国に広まっている。
だから、競技?人口としては、オリンピックに値する程度のものはあるかもしれない。
しかし、
結局は本当に強い国は、かなり限定的だ。
日本か韓国、中国あたり。
世界中に選手はいても、ぶっちぎりに強い国と、そうでない国との技量の差が大きく、
インターナショナルで競っても、バランスが良くない。


-----

なるほどねえ。

でも、
それぞれのスポーツ、
どれも、発祥の国では、
スポーツ/ゲームとしての側面だけじゃなく、
その国の風土や文化に根ざした「道」のような側面があったものもあるんじゃないだろうか。
オリンピックに沸く今日、
観客としては、スポーツ イコール ゲーム
っていう視点しか無い気がするが、
もしかして、ここに持ってくるために、切り捨てられた大切なものも大きいのかもしれない。

なーんて、思っちゃった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

オリンピックが切ったもの


2010年02月24日14:27
すずめはご幼少のミギリからおてんばだったんだけど、
でもスポーツはカラキシだめで、ダメどころか常識の範疇に無いヤツで。。。

野球選手の名前とか、(きっと)すっごく有名な人も知らなくて、
って、まあ、たぶん、こういう書き方してるだけで、どの程度なのか、きっと分かると思うけど。


ってすずめが書く
スポーツネタの日記。

たまたま週末、何年かぶりに友達の剣道の先生に会ったんで。

「どうして、剣道はオリンピックに出ないの?」


うん、それには二つの理由があってね。
って、井戸端バナシのレポート。
(あ、でも、上で書いたとおり、すずめはこの手のコト、ダメダメなので、間違った書き方とかしてるかもだけど)


柔道はオリンピックに出るのに、
何で、剣道は出ないのか。

本当は、両方とも、武道。
オリンピックに出るようになってから、剣道は武道だけど柔道はスポーツ、みたいに言われるようになった。だけど、そもそもそんな差があるか無いかなんて、誰にも言えない。

しかし、現実的になぜ、柔道がスポーツ・ゲームになって行ったか。

結局は「得点/スコア化」にあった。
どうすれば、オリンピックで「点が取れるか」
そういう得点の設定によって、柔道のあるべき姿(かつての姿)が曲げられて行った。
一回で倒す、一本を取る?、っていうのではなく、
ちょっとした、得点に数えられる技で、判定勝ちのような「勝ち方」があるようになり、
そして、選手たちも、そっちの方向へシフトしていった。
最初は日本は強かったが、
そういうスコア化によって、徐々にその地位を奪われていった。

もし、剣道がオリンピックに出るようになったら、
柔道と同じ道をたどるだろう。
剣道の場合は、
本来、哲学としては竹刀ではなく、真剣だ。
竹刀なら、どの角度であたろうと、当たれば当たった事になるが、
真剣だたら、斜めに当たるのか、垂直に当たるのか、本来大違いだ。
垂直に当たれば、腕の一本だって切り落とされる。
ゲームのスコア化ではそこのところが、加味されない。

剣道の達人は、
試合中、微動だにせず、一回だけ剣を振り降ろして、
勝負を決める。
しかし、柔道風に「技」の配点を入れたら、達人でも判定負けとなってしまう。

もし、剣道がオリンピックに入ったら、
そういう曲げられ方がされていってしまうだろう。


二番目の理由。

昨今、剣道は世界各国に広まっている。
だから、競技?人口としては、オリンピックに値する程度のものはあるかもしれない。
しかし、
結局は本当に強い国は、かなり限定的だ。
日本か韓国、中国あたり。
世界中に選手はいても、ぶっちぎりに強い国と、そうでない国との技量の差が大きく、
インターナショナルで競っても、バランスが良くない。


-----

なるほどねえ。

でも、
それぞれのスポーツ、
どれも、発祥の国では、
スポーツ/ゲームとしての側面だけじゃなく、
その国の風土や文化に根ざした「道」のような側面があったものもあるんじゃないだろうか。
オリンピックに沸く今日、
観客としては、スポーツ イコール ゲーム
っていう視点しか無い気がするが、
もしかして、ここに持ってくるために、切り捨てられた大切なものも大きいのかもしれない。

なーんて、思っちゃった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

粘菌の記事に意義有り

粘菌の記事に意義有り/モジホコリ飼ってたし

2010年01月23日03:35
■「粘菌」エサの駅つなぎ首都圏そっくり鉄道網
(読売新聞 - 01月22日 04:50)
http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=1085424&media_id=20


このネタになった、
モジホコリ、
飼ってた。

寒天培地を毎週作って、増やして、
いろんなヒトに分けて(押し付けて)迷惑がられたり


http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20100122-00000038-san-soci.view-000

ところで、
変形菌の動き。

すずめの知ってる範囲(飼ってる間に見てた)で語っちゃうと、

変形菌の小さな細胞を寒天培地の上に置いたオートミールにつけてやる。先ずはこのオートミールを食べるわけだが、しばらくすると、オートミールの周りに円形(網状)に増えていく。
次に、そのそばにオートミールを置く。すると円形にのびつつある細胞の一部がそれに触れると、そこに向かって、太い動脈?が現れる。
と、同時に、他に向かって伸びていた別の細胞の網は白く消えていく。
みつけると、最初に広げた動脈を死滅させて、次の餌に行く動脈だけを残しているようだ。(寒天培地の上に白い痕を残すので分かる)

この白い痕は、死滅しているらしく、
しばらくして餌をその上に置いてやっても気がつかないことがある。
気がついて、再び黄色い動脈を作り始める場合もある。

顕微鏡でみると、(カメラの拡大レンズで見ても)動脈の中に、ものすごい勢いで原形質が流れているのが分かる。
この流れが、きっと瞬時に、死滅させるべき動脈に情報を送り、次の餌の方へ流れを集中させていくのではないだろうか。


だから...
(おそらく研究者なら知っていると思うが)
粘菌は、その餌に向かって伸びて行くのではなく、まんべんなく情報網を張って、もし、何かあれば、そこに道を伸ばしているだけなのだ。
結果として、合理的にネットワークを張っているように見えるが、その実、別の場所で死なせた網も相当ある。

めったやたらに、
へたな鉄砲、数打ちゃ当たる式に網を張り、
その中で当たったら、無駄になったのを捨てる。
ちっとも合理的じゃないし、
そんな所からニンゲン様は学んじゃイケナイ。


モトネタ
がどういうものか分からないが...
サイエンスの記事?
このニュースの通りなのだろうか?

-------


ホントはアサクラ日記の続きを書くつもりだったんだけど、
割り込み。


-----

補足:

下のコメント欄に書いた事

なんか、ヘンな気がします。
すずめごときのようなちょい、飼ったコトがあるだけのヒトが言うのもナンなんですが。。。(粘菌研究って、結構世界的にも歴史が古いんで、いろいろ知られてると思うんですが)


書いてから、思い出したんですが、
以下、すずめが飼ってた時の観察からの想像です。


もし、
首都圏の地図の寒天培地の上に、
都市の位置に合わせて寒天培地を置く
その中の東京に粘菌の細胞を置く


すると、
東京からどんどん、円形状に広がって行きます。
そして、次の上野駅、を見つけると、変形菌はそちらを囲みますが、その時までに東京駅を食べ切っていたら、東京駅の周りにあった細胞は死なせます。(黄色い粘菌は白くなります)そして、その次の、日暮里....上野の餌を食べ切っていたら、上野も切ります。
でも、もし、東京駅に食べきれないような豊富な餌を置いておけば...こんなに広く、伸びて行き辛いんじゃないかな。

だから、
このような地図を作らせるためには、実際、かなり恣意的な餌のやり方をしなければならない気がします。

具体的には、
東京駅の餌を一旦食べ切らせて、上野駅へ向かわせる。
上野駅に到達したら、もう一度、東京駅に餌を乗せる。

すると、東京駅と上野駅の間にある無数の網のうち、最も近道である一本を残して、無駄な網を死滅させます。そうすると、結果的に、上野駅と東京駅の間を結ぶ、最も近道が粘菌の動脈で結ばれることになります。

そして、次の駅にも、同様のプロセスで動脈を繋がせます。
この時、最初の東京駅にも適度に餌を補充し続けます。

そして、全体的な首都圏の動脈網ができるまで、コントロールしながら、すべての駅に少しずつ、餌を補充しつづける


そうすると、おそらく、写真のような図ができるんじゃないかと思います。


たぶん...
やってみたら、そうだと思うんですが...
もいちど、粘菌クン、調達しようかなあ。
コメント

| | コメント (0) | トラックバック (0)

LVの視覚特性を考えたユニバーサルデザイン

2010年01月15日10:19


上のタイトル、長くなり過ぎちゃったんでもいちど書くと
ロービジョンの視覚特性を利用したユニバーサルデザイン

っていう、ケーススタディのご紹介。
すずめが最近、やった仕事。


先ず、最初に。

ユニバーサルデザインの例というと、何を思い浮かべるだろうか。

駅のスロープ、シャンプーリンスの表示、いろんなトコの点字表示、音声でしゃべるエレベータ...


基本的なコトを言うと、
まだ、世の中でこのユニバーサルデザインと言う言葉がメジャーで無い頃、すずめたちは「共用品」という言葉を使っていた。
共用品の定義は、より多くの人が使える製品、サービス。すべての人が使えるという事は車椅子や点字などは特定の人用のものなので含まれない。しかし、点字表記のついた券売機は目が見えなくても使えるので、共用品になる。

さて、昨今、有名になったユニバーサルデザインだが、
思い浮かべるものを分類してみて欲しい。

スロープ 駅の券売機  ...施設等の設計
シャンプーリンスの表示、斜めドラム洗濯機 ...立体物のデザイン
アクセシビリティに配慮されたホームページ....ウェブ

そういう中に、グラフィックデザイン/平面のデザインは無い。
本や、雑誌、広告などは聞かない。
新聞は多少、文字が大きくなっている。これはユニバーサルデザイン的配慮と言って良いかもしれない。しかし、その他の例はあまりない。
ひとつ、何人かの方は思いつくだろう。
大活字の本
でも...
大活字の本は、専用品だ。何倍もの大きな文字で印字されるため、分厚い本になり、普通の本が上下2冊になったりする。
多少大きな文字が良いと思う人は多いかもしれないが、ここまでの大きさはちょっと必要がないだろう。デメリットも大きい。
(もちろん、すずめは大活字さんの本の価値を否定するもんじゃない。これはこれで素晴らしい)

しかし...とにかくグラフィックのユニバーサルデザインって、(あんまり)無い。
なぜか。

なぜかの前に、その有効性を考えたい。
かつて、共用品が行った高齢者の不便さ調査では、高齢者が最も不便さを感じるもののトップに、「文字などの見えにくさ」があった。
また、人が始めて「老い」を意識するのは、やはり書物などの見えにくさを意識した時だという。
そして、その年齢は、45歳位である。なぜなら、初めて老眼鏡を買った年齢が最も多いのは、45才なのである。更には、この年齢層、45歳以上の人間は、日本の全人口の半数に当たる。

なので、本や広告等の印刷物のユニバーサルデザイン化は求められるはずである。


だがしかし...
ユニバーサルデザインの集まりがあっても、グラフィックデザイナは何人もいない。ほとんどがプロダクトや建築設計系の人たちだ。
ほとんどって、ホントにマジな話、すずめと、あとMさんと。。。Fさん??ホント、いない。
なぜか...

グラフィックは企業の経済活動に直結しているからだ。本の字が大きくなって、一冊の本が上下巻になったら、値段は倍。絶対売れない。大きな文字の全然イケてない雑誌なんて、買わない。いくら見易くたって、ダサっていう広告には、特殊なヒト以外、だ~れもホントは引かれない。ああ良いですネっとか、美談にはのるかもしれないけど、少なくとも、それで買いたい気持ちになったりしない。
そして、グラフィックの成果は、即座に売り上げに反映する。だから、美談でもクサイ広告なんて怖くて作れないのだ。

しかし、駅のスロープは違う。それによって運賃が高くなったりしないなら、誰も文句を言わない。シャンプーもギザギザがついていたって、メディアが美談で報道してくれるメリットこそあれ、それが売り上げに響いたりしない。
だけど、たとえば、音声表示(しゃべる家電とかね)によって、1000円でも高くなるなら、話は別。みんな買わなくなる。だから、そういうモノは作らない。今までも、ユニバーサルデザインの流行にのって、音声チップを搭載した家電はいっぱい出たが、廃盤になってるのもある。(新発売されるのには気づくけど、こっそり売らなくなるのには気づかないよね)


っていうコトはこれまでも何度も日記に書いたネタなんだけど。

例によって長くなったので、続きは明日。


-----



さて、
本題。機能の続き
すずめのグラフィックユニバーサル
ロービジョンの視覚特性を分析した、日本で始めての試み♪


先ずは、サンプル。
某アサクラメガネさんのカタログ。

マイミクさんには、この業界の方も多いんで、説明は不要かもしれない。
そして、アサクラメガネとぐぐれば、別にすずめがURLとか紹介するまでもなく、
一目瞭然に、色々出て来るんでここで書いてもしょうがないんだけど。
メガネ屋さんなんだけど、某Yさんてヒトは研究者としてもすっごく有名で、いろんな活動をしてる。
東京にはロービジョンケアをする医療機関はたくさんあるが、地方には無い。その拠点となってるのがメガネ屋さんだったりするのだが、そのダントツ、ピカイチがアサクラメガネだ。

っていうのがあるんだけど。

その、某アサクラメガネさんのカタログだ。


上のは普通のページ。


ざっと見た印象、どうだろうか。
普通の印刷物と変わらないのではないだろうか。
もちろん、文字は12ポイント。一般の書籍が9から11ポイント位であるとすると、多少、大きい。
だけど、そんなバカでかいわけじゃない。

まあ、言えるのは、見出し文字はちょい、バカでかい。それと、重い。
だけど、本文とのコントラストがあってキリッと締まりが有るとも言える。

メガネ屋さんのカタログ、特に、アサクラメガネのものは、ロービジョンの人も見る。
だから文字を大きくしたいというのは当たり前なのだが、印象として、世の中にある普通のデザインと遜色無いものであって欲しい。
それは至極当たり前のことだ。老眼だって近眼だってロービジョンだって、ダサイものはNGだ。

という意味で、このカタログ、
このページだけでなく、ざっと見て、特殊な印刷物とは気づかないはず。


でも、実は中にはいっぱい、いろんな仕掛けをしてある。
それを自慢したい。

まず、表紙。

何の変哲も無い、フツーの地味なデザインなのだが...
地色を真っ黒にしている。
そして、グロスコートPPというフィルムを貼っているので、ピッカピカ。
この加工は印刷工程で比較的安いものだ。印刷物はお金さえかければ何でもいろんな工夫ができるわけだが、いつもそんなバブリーな予算があるワケじゃない。っていうか、そんなの稀だ。グロスコートPPは、値段にして、一冊10円程のコストアップ。(もちろんロットによって違う)これで、わあ、ピッカピカじゃん。って感じになる。それだけじゃない。水をこぼしてもオッケー(中ページはダメだけどね)汚しても水で拭けば落ちる。
このカタログは使い捨てじゃない情報を満載したので、こういう素材は贅沢じゃない。

そして、地色を黒にした理由。
家庭の中で、机の上、書類の間、リビング...そんな所において、四角い黒い存在として目立たせるため。
もし、ぼんやりとしか見えなかった場合、表題なんて見えない。だから、できるだけ、四角い大きな形として認知できるように配慮した。アレ?どこに置いたっけ?見渡して、真っ黒い視角がぼんやりみえれば、もしくは、小さな視界を真っ黒な物体が横切れば、アサクラのカタログだヨ。手に取れば、見えるでしょ。
ってデザインだ。
もちろん、タイトルや写真は見えた方が良い。だけど、これは一般書籍じゃない。他にたくさん並んだ本の中から選ぶシチュエーションは考えられない。だったら、表紙のアサクラメガネってうタイトルが見える/読めることはそんなに大切じゃないのだ。手に取った時点で、ユーザは、それが何なのか、分かるからだ。

さて、明日は本文のデザインについて。


(申し訳ないけど、サンプルの写真は、いろんな事情で小さくしてます)
後で紹介するけど、本当はアサクラメガネとググれば出て来て、送料込みで500円で販売してます。ご興味ありましたら。(って販売促進してるわけじゃないです..詳細は後で書きますけど)


さて、また続き

本文のデザイン、先ず、特徴的なのは、左側の黒い帯だ。

ロービジョンの中には、羞明を感じる人もいる。
明るい所で、普通以上にまぶしい。パソコンの画面もそうだ。そして、白い紙にさえ、まぶしさを感じる人もいる。(ただし、すべての人がそうってワケじゃない)
そこで、よくあるのが、黒地に白の印刷。

しかし、一般の印刷物で、黒地の印刷なんて難しい。
だってインクがいっぱい必要になる。それだけじゃない、インクをべったり紙に塗るわけだから、裏に写る。だから紙質も厚くしなければならない。更には、印刷の工程では紙を重ねていくわけだから、汚れやすい。また、オフセット印刷の機械の構造上、多量のインクを一カ所に流すのは印刷の劣化を起こしやすいのだ。白抜きの文字も、コンディションによってはつぶれたり、かすれたりしてしまったりする。だから、表紙や数ページやそこら、黒地に白っての位だったら良い。だけど全ページ黒地だなんて、印刷屋さんにはばかやろーなデザインってコトになるだろう。
本当は印刷工場に対して、デザイナは「そんなコトはけしからん!どんなに不良率が高くてもちゃんと印刷せよっ!」っと言えるワケだが。。。そういうのって、どーよ。デザイナも無知すぎない?ちゃんと印刷の事も考えてデザインしないといけないよね。場合によっては、コストになって跳ね返るのだ。

だから...すずめはこの「黒地」っていうのを、左に帯として使った。

これによって、この見開きのデザイン。ぼんやりとしか見えなくてもどっちが上だか分かる。
そして、机の上で開いていても、どこに黒い帯があるか分かる。

さっきから、「ぼんやりと、本がどこにあるか黒ければ分かる」
なんて書いて来たが...もしかして、???っと思った方はいらっしゃらないだろうか?
本を四角い物体としか認知できず、ページのどっちが上か分からないなんてヒトが、本を読めるのか?
っと。


ロービジョンには様々な視力の状態の人が含まれる。たとえば中心には非常に良い視覚があるけど視野が10円玉位の大きさしか無い人、近くに寄せれば分かる人、ルーペや拡大読書器を読める人...様々だ。
だから、先ず、本を読んでもらう。じゃなく、
本の読みたい所まで、どう、導線を引き、アクセスしやすくするか。
それが、重要なのだ。


さて、本のページまでのアクセスはこれで整った。

次は本文までのアクセスだ。

------

ちなみに、上のページは、まぶしさを感じる人の為の特別な眼鏡、
遮光眼鏡の為のレンズの透過率だ。

コレ、あんまりにもオタクな内容なんだけど。。。

某東海光学さんと、某HOYAさんのレンズ、
もちろん、メーカーは別なので、別々のカタログで見ないといけない。
なので、同じ透過率のグラフも、別の軸になっていて、比べられない。
だから、このグラフ、すずめが一個一個同じスケール上に引き直したモノ。
これなら、どのレンズがどの辺の色をカットするか、メーカーを越えて、一度に比べられるよね。
っていう、分かるヒトにしか通じない、マイナーなサービスもしちゃってる
ねえ、こんなコト、今まで(自主的に)やってくれるヒトなんて、いなかったでしょ。


-----

二つ前の日記の続き


さて、本のページまでのアクセスはこれで整った。

次は本文までのアクセスだ。


---

って言うのの続き


この黒い帯には、見開きの左右ページに何が書いてあるか、タイトルだけ列挙している。
帯の上の方に左ページのタイトルを下半分に右ページのタイトルを書いている。
この黒い帯にそって目玉を動かして、見て行けば、左右のページに何が書いてあるのか分かるのだ。
ルーペや拡大読書器は、文字を拡大してくれるわけだが、もちろん、視野が限られる。視力によって拡大率が違うので、その幅がどれほどか人によって違うが、自分が見える視野も限られるので、大きくすれば良いってモンじゃない。
なので、この程度にしたのだが。。。この黒い帯にそって、文字を追いながらルーペや目玉を縦に動かして読むことを想定して配置した。

ロービジョンだと読むことに不自由を感じる人は多い。
すずめは本文も心を込めて書いた。是非、全部読んで欲しいが、本当は必要な部分だけを読めば良いのだ。
だから、ここで、コレが読みたいと思って、それが上の方に書いてある項目だったら、左ページの上の方を、下の方だったら左ページの真ん中あたり?半分より下だったら右ページを探せば良い。

っていうコトで、
次。

白い地の本文部分。

ほんとうはおしゃれにしたかったんだけど、この見出しだけはバカでかくしている。
まあ、締まったデザインとも見えるよね。
文字にはいろんな太さがある。

W1 エクストラライト
W2 ライト
W3 レギュラー
W4 ミディアム
W5 デミボールド
W6 ボールド
W7 へヴィ
W8 ウルトラヘヴィ

って感じに8種類位ある。(フォントによって呼び方が違う)

で、この本文のいっぱいある文字は、その中のヒラギノゴシック W3 (レギュラー)を使用している。
普通明朝体などの本文は、W2 ライト辺を使うので、多少太いが、不自然さを感じさせないギリギリの限界がここまでかなと思う。
これ以上になると、「わっ、太い字!」って印象になるし、画数の多い漢字はつぶれてしまったりする。

そして、原則的に12ポイントの大きさ。
これも一般の印刷物のボディタイプ(本文等の文章用)としては大きい。だけど、ここまでだったら、ギリギリ許せるかもしれない。
その限界。
普通は、文字の小さめの雑誌で、9ポイント、ちょい、大きいかなって思えるので11ポイント位が使われている。

で、
バカでかい感じのする、見出しは30ポイントだ。しかも、W6 のボールド。12 vs 30と、コントラストをつけて見分けをつきやすくした。


もう一つ
本文の中、読んで欲しい文言は、すべて白地に黒のゴシック体にしている。
中ページには、薄いブルーで、傾けたような明朝体もあるが、これは読まなくても、通じる内容だ。
よく、赤の方が目立つなんて思われてる方も多いが、それは、周りに赤い色が無い時。ロービジョンの人の中には色を識別できない人も多い。
白地に黒が一番コントラスト(輝度の差)が大きい。
だから、ここでは、必要な情報のすべてを白地に黒にしている。
その他の色の文字は読まなくても通じる。

全部を読んでもらうのではなく、
読むべき所だけが、どこか分かる。
それがグラフィックのユニバーサルデザインのキモだと思う。


----

いろいろトラブったけど、
4つ前?の日記の続き

さて、すずめの仕掛けは更にある。

本文の言葉遣い。
できるだけ画数の多い言葉を避けた。

たとえば メガネ vs 眼鏡
もちろん、メガネにしたが、遮光眼鏡というような特殊な語はそのまま。
文章の書き方も、できるだけ平易にした。
こういうカタログの文章だと、かなり華やかな敬語を使が使われたりする。だが「おっしゃいます」など、ひらがなにしても文字数が多い。
こういう言い回しなども、できるだけ避けた。
更には、普通の言葉遣いに関しても、できるだけ漢字を使わないようにした。もちろん、漢字の方が分かりやすい場合も多いし、ひらがなだけでは誤読を誘う場合もある。ひらがな、漢字の使い分けは、あえてルールを決めず、文章の前後のつながりの中で自然かどうか、何人かの人にチェックしてもらい、違和感があれば、検討する形にしている。

実は、こうやって組んで行っても、文字量の多さの問題はあった。本当は、すずめはいつもなら、もっと行間を明けるのだが、今回は、この12ポイントを維持するため、また、文字がかたまりとして、どこにあるか目で分類できるよう、行間は「ベタ」。マシンの中に入っている「自動」の設定にしている。一般書籍程文字数が多く無く、間に写真が入っているので、バラけている。だから行間が開いていると、文字が塊に見えなくなってしまうのだ。
迷う所だ。行間が空いていた方が列を目で追いやすいのだが、そうすると、1ページ辺に載せられる文字数が限られてくることになる。
っと、考え、サンプルでも検討した上、「自動」の設定にしているのだが、どうだろう。今後のレスポンスを見て考えたいところではある。

でもって、こういう工夫を最初のページに説明した。
世の中のいろんなモノ。作り手はたくさんの工夫をしてるが、使い手がいつもそれに一発で気づくとは限らない。何回か使っていて、ああ、こうなってたのかと、分かる時もある。でもそんなのは不便だ。だから、このカタログは、最初のページに、こういった工夫について、載せた。それによって、目の動かし方が分かるよね。

----


一つ前のつづき。
しつこく続きます


さて、本文のページの内容。
イロイロデザイナにしか思いつかないコト、入れている。


先ず、ロービジョンケアストーリー


医療にしても、こういうサポートにしても、本当は、治療やケアが有りき。エビデンスがベースじゃなく、人の人生が最初にある。いろんなものが、それに、どう寄り添っていけるか。それが最も重要なことなのだ。
そこで、そういう「物語」を入れた。

見たいものは人それぞれ違う。そしてその見たいものの背景にはその人の物語がある。
例えば...PCも使える。何でも手伝ってくれる人がいる。自分でも何でもできるから、別に不自由しない。それでも、見たいものがある。それは、お孫さんの顔。娘の小さい頃に似ているとか、目もとがかわいいとか、そういうのは、誰かに代わってもらえない。
その経験は、何ものにも代え難い。
サックスを吹くのが趣味という男性。メガネで視力は出る。だけど、サックスの練習の為には、楽譜を何センチか、自分の決めた距離で読めなければいけない。アサクラさんはその、楽譜の位置に合わせて、練習の姿勢に合わせてメガネを作った。その人の、その用途だけのためのメガネ。まさに身体の一部で、人生の一部だ。

そういうのを各項目の最初に入れた。

この物語のネタになったのは、
アサクラさんの一人一人のスタッフが、
1人1人のユーザさんに、寄り添って、それで実際に経験したものだ。
(個人情報のため、一部背景等を変えている)
それから、この業界に冠たるアサクラならではの長年の蓄積。
このキーワードで引くと、ネットにはその手の分野の学術研究がひっかかる。
ネタにしたもののいくつかはこういう事例報告のもある。
全盲に近いカテゴリーの人でも新聞をスラスラ読んじゃう。
そんな魔法がある。ウソじゃない。だって、論文になってるんだもん。

昨今、メガネは安く売ってるお店もある。
どう違うの?
と聞くと、
メガネが、バンドエイドとかと同じようなものだったら、そういう安いものでも良いと思う。
だけど、もし、身体の一部として使うなら(そしてロービジョンの人はまさにそうだ)
100円均一は使わないよね。
なるほど。まさに身体の一部。そして人生の一部だ。

そして、ここにももう一つ、仕掛けがある。
実は「カタログ」としてはこの部分、読まなくても良いものだ。(せっかくだから読んで欲しいけどね)
読んで欲しい本文は白地に黒の12ポイントゴシック体だ。だけど、ここは読まなくても良いので、わざと、11ポイントの明朝体の細いタイプにしている。(ヒラギノ明朝ライト)
この明朝の11ポイントっていうのは、たとえば、そんなに小さい文字じゃない雑誌とか、単行本とか、本文に多用される文字の大きさが概ねこの位だ。だから、この文章が読めるということは、まあ、そこそこ、日常生活の中でいろんなものが読めるということになる。そういう目安に使って欲しいと、こういう部分を作ってみた。もし、この部分を読むのが不自由なら、もうちょっと拡大率の大きいルーペかメガネを買う事も考えられるのかも?


写真たち

すずめは山を歩いたり、いろんな写真を撮ったりするのが好きだ。
マイミクさんにはプロの写真家さんもいらっしゃる中、すずめのは素人写真だけど。

このカタログには、そういういろんな写真を散りばめた。
きっと知ってる人が見れば分かる。例えば、このページに見えてる白い花は5ミリ程のもの。箱根で撮ったキクザキイチゲの仲間。知っている人にしか伝わらないけど、こんな小さな花、昔は見えたよね。それを思い出してもらえないかな。そう、思って載せた。山歩きを知ってる人にだけ伝われば良いと思って。それから、ツツジ。下の写真は山桜だ。これなら、誰にでも分かるよね。きっと思い出もあるはず。信号機。これが見えなくて、外へ一人で出るのを諦めた人もいるかもしれない。

上の赤ちゃんの写真の横にあるのは、苺の絵。ね、絵を描くのを諦めた人、いない?
クッキーを作ったりとかも。これは去年のクリスマスにすずめが焼いたクッキー。女の子の形、ちょっとおしゃれでしょう?
その右側にあるのは、ウサギの鍋敷き?かわいいでしょ。すずめはウサギ飼ってるからうさぎモノは隙だったりするのだ。1650円だって。でも、値段が見えなくて失敗したっていう人、多いよね。

そういうのを、いろんなページに説明無く、入れ込んでいる。
説明はそれだけで読みなさいと強要してしまうことになる。だから、気がつかない人には単なる「飾り」で良い。分かる人にだけ感じてもらえれば良い。そういうのがいろんなページに溢れている。もしかして、見えれば人生を豊かにしてくれるかもしれない。そしてそれは求めれば、見えるかもしれないものたちなのだ。


その他、写真絡みの工夫
いくつかの例外を除いて、商品の写真はどれも、白地に切り抜きで載せた。
四角い背景のある写真は四角い塊として見えてしまう。それから製品によって適切な背景色は違う。なので、ここでは、基本的にすべてを製品の形を切り抜いて白地に入れた。全く印刷の無い部分に載せられるので、この方がアウトラインを認知しやすい。

シミュレーション写真

写真たち。いくつかは画像加工でいじっている。
たとえば、この上の山の写真。草津のから釜。文字が乗っている所は白く飛んでいる。(前の説明のツツジの写真も実はそうだ)
人にはいろんな見え方があって、それを他の人が知ることはできないので、あなたの目は、こう見えてるはずでしょう。と言ったらウソになる。
しかし、当たらずとも遠からず。まあ、こんなのに近い?そういう画像処理をいろいろやった写真も混ぜてある。
例えば、明る所がまぶしい。暗い所は真っ暗。まぶしいから、全体がぼんやり霞んでしまう。パソコンの画面さえまぶしい。。。
山の写真の右下の写真は羽田空港へ続く駅構内。自ら光りを発する看板やライトなどのグレアな光源はまぶしい。だけどそれだけじゃなく、光は床にさえ反射してまぶしい。せっかくの明るい看板もにじんだように見えない。
人の視覚を取り出して客観化することはできない。だから、こう、見えてるんですっていうと、嘘になる。だけど、近いものがあると、その人がどう、不便か、分かるはずだ。
そんな写真も、いろいろ入れている。

カタログを見ながら
「お姉さんの目はこんな風に見えちゃうの」
ってなカンジに誰かに説明出来ると良いかなって。

----


複雑な情報整理 拡大読書器の説明

拡大読書器というのは、据え置き用、ポータブル型....いろいろあって、その機能もイロイロだ。
カタログでは、たくさんの選択肢の中から、自分に合ったものをピックアップするという分かりやすさが求められる。
そういう複雑な情報をどう、伝えるか。整理して考えた。
そこで「文字ピクト」
よく、いろんな所で絵文字/ピクトを見かける。
良いものはたくさんある。なのですべてを否定するものではないが、中には、これはイカガナモノカ。と思うものもある。「なぞなぞじゃん」って。
よーく見て、考えなきゃ分かんない物もよくあるよね。
ルーペや拡大読書器を使っても、すべてがクリアに見える分けじゃない人もいる中、そういうのはとても不便だ。電話のマークとか、覚えられるかもしれないけど、凡例と首っ引きで覚えなきゃいけないものは、使い物にならない。
その点、文字は便利だ。文字なら覚えてるので、ぼんやりしか見えなくても、類推がきく。

という事で、この複雑な拡大読書器の機能説明は、「ピクト風文字」にした。


そして、カタログには、この機能と、最小限度の情報記載に停めた。
読まなくても、見れば分かる表意だ。ぼんやり見て、黒い機能説明の四角が5つ並んでいるものの方が、3つのものより、高機能だ(まあ、だいたいって感じだけど)そんな大雑把な違いが分かったら、次はどう、違うか、そのピクト風文字の内容を見て、自分に必要な機能かどうか、チェックする。

そういう見方ができるようにしている。

更に...
このページの意図。
カタログは、うーん、やっぱし、文字、大きいよね。
っていう印象は拭えない大きさになっている。(基本サイズは12point)
しかし、これでもギリギリである人は多いだろう。
更に、拡大読書器を使おうという人はもっと不自由なはずだ。
だから、拡大読書器のページの文字は更に大きくしたかったのだが、
あまり大きくすると、ページに収まらないというのもあるが、普通の人に違和感がありすぎになる。
そこで、このページだけ、
「カード」のようなデザインにした。
文章のページではなく、図柄のようなもの。
うーん、そう思って「デカすぎ」ページへの違和感を減らしてくれるかどうかは、人によって違うし、ビミョーなセンかもしれないけど、すずめのキモチとしては、そういう意図でデザインしている。

もうひとつオマケ、

最初のページには、
文字の大きさサンプルを入れた。
ね、この中のどの文字が見えないか...それによって、どの拡大率を持つ拡大読書器が必要か、チェックすることができる。

それにしてもさあ、すごいよね。
こんな大きさの文字しか見えない人でも、
すらすら新聞読めちゃう道具があるってコト。
PCにも繋げられるタイプもあるんで、他の事にも使えるかも?

----


さて続きは拡大読書器がらみでのオマケ

カタログには、豪華?なオマケがついてる。
「拡大読書器の説明書」だ。


拡大読書器はすっごく便利なツールで、コレが無くちゃいられないって人もいる。だけど、せっかく買っても、使い方を忘れちゃってしまい込んでる人も多いという。ちなみに、毎年、某都市でも100台以上が補助で売られているということだが、どれだけちゃんと使われているのか分からない。ちゃんと使えれば、ものすごく便利で介助なんて不要になる人もいるし、高価でもある機械なので、惜しい。
しかし、拡大読書器ってすっごく特殊な機械のため、ナント、説明書が付いていないのだ。
また習いに行かなきゃならない。
そこで、誰でも簡単に分かる説明書ができないかと思った。
それがこのページ


本当はアサクラさんにお願いすれば、このページの元になったYさんとすずめの研究発表した拡大読書器の説明書の元ネタが手に入るかもしれない。
元ネタは...
こういうイラストがもっとたくさん並んでる。

なぜか。。。

すずめ的イラストテク。


すずめ的
「読まなくても良い説明書」
説明書って、誰も読まないよね。
だけど、使い方の手順って分かんない人も多い。
特に、手順としてでなく、
動かない時、「なぜ?」って考える時、説明書を読む人もいる。
でもって、この「動かない」場合の原因って、
電源が入ってない
スイッチが入ってない
っていうコトが、よくあるのだ。

で、
すずめ的説明書には、この
「コンセントを入れます」
っていう説明さえ、イラスト入りで説明する。
コンセントの入れ方、図入りで説明されなきゃ分かんないヤツいる?
イナイ。

なぜか。
この説明書、文字でも書いてあるけど、
すべて、一つの手順に、一つのイラストを入れているからだ。
だから、説明用の文字を読まなくても、
イラストだけ目で追えば、手順が分かるのだ。
つまんない、『コンセントを入れます』だけでも。

そして、それ以外の細かいコトはできるだけ入れない。
全体像の把握に無関係なトリビア系説明は、別途、固めて入れる。

こういう説明書って、何か事故とかあると、問屋さんとかから、クレームが来る。
このクレーム対応の一環として、メーカーとしては、説明書に注意事項を入れる。説明書に入れたからカンベンねってコトだ。
だけどさあ、こういうのの中には、アリエナイっていうようなのも、ままあるのだ。
そういうの、全部読みなさいって言われた日にゃ、馬鹿馬鹿しくて破いちゃうよね。
だから、余程、危険で不可逆で無い限り、おしまいの注意事項の所に固めていれる。
ハイ、すずめも、こんな項目読むヒトは、余程のヒトだと思って書いてマス。
何万個も生産したって、一人も読まないんじゃないの?ハッキリ言って、読むヤツいたら、おかしいよ。
だからこういう中で、重要なものは、別項目を作っていれる。
たとえば、表紙とか、セット内容(意外にココは見る人も多い)の所に。

っていうのが、すずめ的説明書。
この拡大読書器の説明書のオマケも、こういうテクで描いたんだけど。。。

でも、実は誌面の都合で、手順項目は割愛してるんだけどね。
概ね
1手順 1イラスト で表示してる。

でも、もっとゴージャスなのが欲しかったら、
去年?のロービジョン学会誌にアサクラさんが出してるんで、
個別にアクセスすれば、入手可能かも。


---

ってコトでね、
しつこく、間延びして続けて書いたシリーズのラスト。


-------

あ、そうそう、もう一つ、オマケもついてる。
福祉関係の情報集。チェックリスト付き。
こういう福祉関係の情報も、ネットにたくさん散らばってるんだけど、一つに取りまとめたのっていうのはなかなか無い。(あるかもしれないけど、すずめでも見つかんない)
なので、ここにまとめたヨってもの。


さて、もひとつ、オマケの企みがある。
実は本文もすずめが心をこめて描いている。
その時、声で読んでチェックした。すずめの口調で。

これ、声で録音して、音声でも出したいと思ってる。
すずめ、実は声のオシゴト、してたことがあって、
どうせなら、自分でやりたいななんて思っちゃったり。


っというようなのを出して、何ヶ月か。
反響はとっても良い。

ウワサ?に聞く所によると。。。

某大学の先生から感激の電話があったそうだ。
「コレ、カタログじゃありません!教科書です!」
学生の教科書につかいたいので、コピーしても良いかって。
うれしいじゃあ~りませんか。
分かる人には分かるんだ。

すずめたちは、ロービジョンのバイブルを作りたかった。
専門家だけが読めるものじゃなくて、
普通の人も、
手軽に買えて、
手軽に読めるもの。
それだけじゃなく、
本当に、人生を変える機能のある情報。
ルーペだとか遮光眼鏡が良いなんて言ったって、どこに売ってるのさ。
拡大読書器って、具体的にどれが良いのさ。
それが分からなきゃ、「字に描いた餅」だ。
だから、ちゃんと、餅まで手が届く情報のバイブルが作りたかったのだ。
ここで見つければ、
どうにかすれば、手に届く。
意外にそんなのが、ネットにさえ無い。
だから、作りたかった。


さて、このカタログ、
宣伝っぽくなっちゃうから、あえて載せないけど、
(どうせ、その手のヒトはみんな知ってるだろうし)
アサクラメガネのサイトから入手できる。(ぐぐってみてね)
一部、500円

実はすずめは、このカタログの印刷費、知ってる。
994円だったか。。。
プラス、宅急便費用も入れると1000円は越えてる。

500円っていうのは送料込みだ。っていうか、送料に当てたいという値段。

東京やいくつかの都市には、ロービジョン外来なんかをやってる病院がたくさんある。眼科さんも。
だけど...

ロービジョン学会のホームページで見て欲しい。
一軒も無い県もあるのだ。
県に一軒あったって、遠い。
目が不自由だともっと遠い。
だから、そういう人にこんな情報を届けてあげたい。
アサクラメガネは遠い所までカバーできないけど、
だけど、カタログで見つけて知れば、近くの普通の眼科さんで、どうにか対応してくれるかもしれない。
電話で相談すれば、どうにかできるかもしれない。。。
そういう力になりたい。
だから、
是非、届けてあげたい。

そういう思いを込めたカタログ。

たくさんの人に知って欲しい。
情報が、
人生を変えることもある。
そう、思うから。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

障害者の幅 2010年01月11日14:38

障害者の定義 政府が見直しへ

http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=1073720&media_id=2


この問題、政治的次元だけの問題じゃない。
厳密に、学問的にも、障害とはどう定義するか、分からないというより、コンセンサスが取れていないんじゃないだろうか。

その上で、政治的次元で考えると、
先ず、「障害者」っていう括りそのものが、あまりにも広すぎだ。
ちょうど、「世界中の平野」っていうのと同じ位のバリエーションだろう。平野って言ったって、北極の氷の上もあれば、関東平野も、湿地帯も、ジャングルも...北極だったら、そのままの装備じゃ死んじゃうし、ジャングルも怖いかもだし。

それを、同じ障害者って言っちゃうから、ミョーな仲間割れ的コンフリクトを生んじゃう。
同じ視覚障害でも、何でもできるバリバリのおばさんもいれば、深窓の何もできないか弱い美少女もいる。そうそう、あの辻井クンも目が見えないんだったよね。どっちにしても、目が見えないっていうのは、その人の個性に関してはオマケのような感じなんだけど、そのオマケの大きさと影響力の幅があまりにも大きい。

それでもって、結果論的に齟齬がでてくる。

例えば...(すずめがこう書いちゃうコトにも突っ込まれそうだけど)
日本で一番有名な障害は車椅子かな。
車椅子系は運動組織もとってもしっかりしてて、早くからいろんな声を上げてきたよね。
その次辺が視覚障害?(まあ、どっちが先ってコトって、どうでも良いんだけど)

視覚障害イコール、全盲。
そういうイメージがあるけど、なぜだろう。
本当は視覚障害って言ってもいろんなバリエーションがある。
光を感じることができる程度から、
目の前で振った指が動いてるのが分かるとか...
10円玉の面積だけは見えるとか、
見えてるんだけど、見えてるように頭が解析してくれてないのとか。
その程度によってものすごーーっく、幅がある。
だけど、普通の人は、白い杖を持ってたら、イコール、全然見えないって思っちゃうよね。

でも、本当はそれはおかしい。データ的には、視覚障害で手帳を持った人は30万人。このうち2割程が全盲