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2011年11月24日 (木)

100年後の美術の教科書

2011年02月04日17:28
表現の自由だの何だの。。。クズみたいなのが、
ゲージュツだアートだ文化だのって持ち上げられてる現代、
ホントに残るものは何なのか。
価値観は時代によって変わるなんて、
そりゃそうだろうけど、
ホントは良いモノは今だって、イイのだ。

100年後に残るもの。
何だろうって考えてみると分かる。


ってコトで、
すずめが書いた、100年後の美術の教科書。


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100年後の美術の教科書


J-テクニズム


J-テクニズムとは、20世紀末から21世紀初頭にかけて起こった芸術の流れ。日本、韓国、中国などの第二世界とユーロ諸国、アメリカなどの第一世界の文化の融合であり、後に第三世界にも広がって行った。
正確には1990年から2020年頃までの、経済活動と連携した文化の流れ全般を示すこともある。
J-テクニズムは2018年、日本の美術評論家、綾波レイによって唱えられた。
Jはジャンクとも、Japaneseとも解釈される。


背景

19世紀末の印象派、その後のシュールレアリズム、ポップアート等の運動の後、20世紀後半、芸術は暗黒の時代を迎える。美術、音楽に限らず、文学その他の分野でも同様だった。唯一花開いた分野は映像であった。

芸術の背景には、少なからず技術的な進歩の貢献があった。それまで工房の中でしか使えなかった油絵の具がチューブで入手できるようになり、画家たちの行動範囲は広がった。戸外の光、時間の変遷に視点をうつした印象派の台頭の背景にも、この技術的な部分がある。
 更には、それまで、いかに、正確に写実し、リアリズムを追い求めてきた古典派の技術が行き着く所まで到達してしまい、写真技術までもが現れたという事情もあった。この時代、もはや、本物そっくりの写実には誰も魅力を感じなくなっていたのだった。
その足場の上に現れたのが、シュールレアリズムや抽象表現、写実を単なる道具とした新しい方向性であった。そして、それをも否定した、新しい流れ、ポップアートが現れる。これらは、それまでの絵画的表現のすべてをやり尽くした上で生まれた最後の創作であった。
この後、芸術界は暗黒の時代、第2次マニエリズムへと突入する。

註)第一次マニエリズムは盛期ルネサンスとバロックの合間、16~17世紀にかけて

問題1
日本における第2地マニエリズムはどのようなものであったか述べよ。


明治大正にかけて美術界の大きな牽引力であった公募展組織が、家元的ヒエラルキーを作り、統率を行うことによって、閉塞していった。若い作家たちはこの傘下に入らねば制作を続けることができず、多くは制作活動を諦め、残った者も、古い因習と利権の伏魔殿である組織の中で、新しい作品を生み出すことは無かった。その一方で、海外の投資家の商品としての美術制作をする作家たちも現れた。彼らの作品群はバブル的値段で取引されたが、背景には投機的操作があったため、その作品の価値とは無関係であった。
これらの流れは共に閉塞的であり、何ら新しい価値あるものを生み出す事なく、面々と作品が作られ続けられた。本格的なポストモダンアートの流れの無かった日本にとっては、第一次世界大戦後から1990年までのおよそ70年間がこれにあたった。


Jテクニズムと技術背景


アナログ的制作技術の完成とデジタル手法の導入

20世紀後半、当時の文化を牽引してきた大量印刷は技術的に完成されたものになる。
デザイナは自由に写真やロゴタイプを創作し、大衆はそれらを安価に入手、消費できるようになった。一定の質以下のものは無くなり、殆どのものが同じレベルを維持できるようになった。
技術のレベルが到達点に達すると、新しいものを求めるようになる。それは、印刷技術を得た時代、古典派から印象派が生まれた事に似ている。更に、この時代、もう1つの新しい要素が加わった。IT技術の進歩である。それまでアナログ的に制作されてきた二次元、三次元の制作が、デジタル的に操作できるようになった。


商業主義の牽引
デジタル技術による製作物は、大衆の圧倒的支持を受けた。それによって、インフラ整備も進み、更に新しいアプリケーションを育てて行く。こうした資本が後に百花繚乱とも呼ばれる華やかなデザインの流れを作っていく。
特に広告媒体のデザインには高度なものがたくさんあった。また、こうした広告のメディアとしてのペーパー雑誌と呼ばれる書籍のデザインにも秀逸なものが多い。

註)当時は雑誌という紙のメディアが盛んに販売されていた。

多様性への対応
また、IT技術はそれまでの大量生産からローカリズムへの力となり、ユニバーサルデザインなどの視点も生んだ。また物流システムの整備によって、大衆とのインタラクティヴな制作がされるようになった。


ファインアートの終焉
それまで、芸術として価値があるとされていたファインアートはマニエリズムとともに終わり、変わって22世紀までも続くデザインの時代へと変遷してゆく。その最初がこのJ-テクニズムであった。

問2

以下の分野の代表作を答えよ

ペーパー雑誌
nonno, TIME, VOGUE

映像 (作家名で答えよ)
宮崎駿 スティーヴンスビルバーグ 

工業製品
Macintosh PC  iPot  携帯電話 
スカイライン(自動車) 新幹線 

ソフトウェア
Adobe Photoshop

サービス/インフラ
グーグル 

その他


100年後の殿堂入り

巨大建築物群(景観としての)上海、NY、ドバイ
微小技術品 ICチップのナノエッチング 血管内カテーテル

ミニスカート
ビキニ


↑ 皆様、補足お願い致します。100年後の教科書に載る今あるモノ。

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