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2011年5月11日 (水)

地域主権のゆくえ

朝、流れていたNHKのニュース。


原発の再開に対する調査
原発を持つ県の答え:国の判断にゆだねる 7割
近隣の県の答え:国の判断にゆだねる 4割

驚いた。
近隣の県はともかく、
原発を持つ県自身が
なぜ、こういう問題の決定を国にゆだねたいのだろう。

これは国の問題ではなく、地域住民の問題とするべきものではないのだろうか。
逆に、この問題の決定権を地域ではなく、国に持たせてしまったことが、基地の問題では無かったのか。

メディアは、震災以来、様々な問題に対して、国/総理のリーダーシップを批判する。

避難地域/強制退去のこと
学校の放射線基準
中電には「要請/お願い」

これらに共通しているのは、「国の強制力の弱さ」だ。
でも、それは
イコール、住民/個人の意思判断の余地を残すことでもあるはず。

たとえば、今、20キロ圏の人たちが被っている措置、あれはもっと早く「命令」するべきだったんだろうか?農機具などでローンを組んでいる人は即刻、破産だろう。家畜は全員屠殺。人生が変わってしまう。そんなコトを、東京や他の地域に住む人たちの世論によって動かされた「国」に「強制」して欲しいだろうか?
世論/多数決って言ったら、私たち東京都民の世論の方が絶対に数的には大きい。都市に住んでエアコンの使い放題をしたいのが私たちの本音なのだ。今はまだ涼しいから良いけど、ホントに暑くなってきたら、やっぱり、遠いどこかの県の原発を無理してでも動かして欲しいと思うだろう。
私たちは、彼らが愛して育てた牛の体温も手触りも知らない。だから、彼らがどんな思いで牛たちをと殺させるかなんて、分かっていない。それなのに、放射線の数値をみて、逃げれば?って思う。漠然と。
そんな「国民の世論」に、彼らは本当に従いたいんだろうか?


ニュースでは、自衛隊のお兄さんが、20キロ圏の中にまだ残っている高齢夫婦を訪ねるシーンをやっていた。
「私たち、ここにいたいんです。見逃してください。」
電気も水も無く、食料も来ない。そんな所にいたいと思う人たち。だけど、自衛隊のお兄さんも、彼らを「連行」することはできず、「また、来るからね。」と言って去った。

原発の問題、退避の問題には、人それぞれの人生がかかっている。それを彼らは本当に国に「強制」して欲しいのだろうか?そんなワケは無いだろう。メディアはなぜ、彼らの本当の気持ちを報道しないのか。

原発を再開させるかどうかの問題も、
なぜ、国に判断して欲しいのだろうか。
国の判断を住民がどう、受け入れるかという問題にすべきでは無く、
むしろ、国が介入できない形にすべきではないのだろうか。(実際法的にはそうだ)


国がすべきことは、
強制ではなく、支援。
それが基本で、他の多数の人に迷惑がかかってしまう場合にのみ規制する。
それが望ましいと思う。

強制退去も、学校の安全基準も、うんと緩く。
ただし、それが「安全ではない」という情報はきっちり。
インフラも合理的に決めれば良い。
人には安全では無い場所に住む自由もあって良い。
もちろん、そこに留まることを選択しない人には、暖かい支援を十分に。

これって、今までは普通の感覚では無かったろうか?
原発の稼働も地元知事の範疇だったし、
道州制だの、地域主権だの、住民のための政治だの。。。
全部そういうポリシーだった。
それが、今、なぜか、正反対の方向をみんなが主張してる。

一人一人が、今一度、思い返してみるべきじゃないだろうか?

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