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2011年1月11日 (火)

新成人:身の丈のスケール感


日曜日のサンデーフロントライン
今年の新成人がテーマ。


彼らは、バブルが弾けて生まれ、以来、日本経済は失われた20年という時を経て来た。
インタビューアのサンジュン氏(って生姜みたいな名前の日曜美術館のヒト)は

身の丈

ってコトバを揚げる。


成長が無い。そういわれるかもしれないけど、
彼らのようなデフレの中で育った人たちの生き方を見ていると、
身の丈にあった形での日本の成長があるのではないか。と。

ってコトですずめ的に考えてみる。
20年で何が変わったか。
それぞれ自分の人生の中での変遷はあるだろう。
そういう個人的な事情をさっ引いて、普遍的なものだけを拾うと。。。


20年前、日本の庶民の生活はどうだったろう。
100%オレンジジュースは国産で高かった。今は150円切ってたりする。
牛肉も高かったなあ。
エアコンはどうだろう。
今は多くの家庭で、すべての部屋に付けてるんじゃないだろうか。
でも、20年前はどうだったろう。
1つ位、エアコンの無い部屋もあったんじゃないだろうか?
もちろん、携帯も無かった。
PCだって、デザイン系とか限られた人しか持って無かったんじゃなかったっけ。

って考えてみると、
意外に私たちの生活は豊かになり、それが当たり前になって暮らしてきた。
生活保護でも、エアコンと携帯は使える。それが最低限。
それがあった上での貧困。
こう言うと、「餓死者」が出る。。。というヒトもいるかもしれない。
だけど、制度的に考えたら、最低でも餓死はしないような仕組みにはなっているはずなので、コレは特殊な例と考えても良いだろう。


そもそも戦後できた生活保護は、「生存」が焦点だった。
でも、
今の身の丈は、エアコンと携帯の「丈」なのだ。


草食男子
海外旅行にも車にも興味の無い若者
ニートや引きこもりは問題だとしても、
イマドキの新成人たちは、
全共闘が火炎瓶投げてた時代と比較すると、覇気が無い。
だけど、もしかして、それが彼らの「身の丈」なのかもしれない。
成長しない時代の若者の自らのスケール感は、他の世代とは違っているんだろう。


日本経済がダメダメな問題。
「身の丈」を基準に考えると、また違ったモノが見えてくるかもしれない。

                すずめは身長151cm

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