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2011年1月

2011年1月25日 (火)

ロシア自爆テロ/Twitterの臨場感

モスクワの空港で自爆攻撃、最低35人死亡・約130人負傷=露通信社
http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=1479590&media_id=52


イマドキの情報収集法。
記事では、


大統領のtwitterについて記述があった。
興味深いので、早速、検索。

先ず、
空港名をググる。

ドモジェドボ

すると、この空港内で、近くにいたという、日本人のつぶやきが出てきた。

http://twitter.com/#!/Yasuhiko_Kimura/status/29541644999069697

モスクワ ドモジェドヴォ空港で出張者の出迎えをしていたら爆発音が聴こえた。外に出たら全身に肉片を浴びた人が居る。私は無事です。
11時間前 Twitter for iPhoneから


この臨場感。すごい。

さて、では、もうちょっとコアに寄れないだろうか。。。
と、Twitter内で
ドモジェドボ
を検索してみると。。。うーん。コレは単なる情報の横流しと感想。
でも、ひとつ、キーワードを発見。

Kremlin Russsia


コレでリンクを辿ると


http://twitter.com/#!/KremlinRussia

ロシア語。。。
でも、まさに、ドンピシャのクレムリンからのつぶやきみたいに見える。

で、
ちょっと、良い手を考えた。
今まで、時々、海外のページを検索すると、グーグルに「このページを翻訳する」という文字が出てきていた。きっと英語だけだろうと思っていたのだけど。。。

上のURLを入れて、グーグルに。。。

すると、ホントに日本語に翻訳されてきた。
しかも、ちゃんと、ページのデザインもそのまま?
文章はでたらめっぽいけど、
単語の翻訳は当たらずとも遠からずなのだろう、全然分からないワケじゃない。
「翻訳」って始めてやってみたけど、コレって、意外に便利なのかもしれない。もしかして、英語なんかでも。

でも、内容はイマイチ。

で、同様の内容で、
メドベージェフを検索
彼のロシア語のスペリングでTwitterで検索。

簡単に出て来る

https://twitter.com/#!/MedvedevRussia

彼のつぶやき。
同様に翻訳


KremlinRussia 火曜日メドヴェージェフはドミトリーフォーラム世界経済に参加するスイスに延期予定のフライトを。
約10時間前
でretweeted
Web経由で
MedvedevRussiaと53人
KremlinRussiaは ドモジェドヴォ空港で爆発応答するには、緊急会議がhttp://krln.ru/3NZw~~V
約9時間前
でretweeted
Web経由で
MedvedevRussia 、89人
KremlinRussia 大統領はドモジェドヴォ爆発時に発現心から犠牲者の友人や家族に哀悼の意を
前に約10時間
でretweeted
Web経由で
MedvedevRussia 100 +その他


情報内容としては分からないけど、
臨場感だけはすごい。


ここまでの作業、日記を書くのも含めて、30分かかってない。


-------


犠牲となられた方々のご冥福をお祈り致します。

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2011年1月22日 (土)

人口減少「移民で」経団連会長
http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=1476597&media_id=4 (下ヘペースト)

ざっとミクシーの日記を見ると、今でも仕事が無いのにだの何だのって、書いてあるけど、そりゃ、人口が増えれば、かつての高度成長時代を再び演出することができるかもしれない。仕事だって、人口が増えれば、それだけ消費者も増えるワケで、需要も増える。経済も高揚するでしょうよ。
アメリカも中国も、みんな、そうやって人口増加っていう武器で消費社会を構築してきた。ちょっとした産業ベースと、知的財産とがある国の人口が増えれば、そりゃ、経済成長、それも特大のが期待できるのかもしれない。

しかも!
移民ってのはイイ。
何しろ、見た目が純粋日本人じゃないって分かる。
一億総中?流で、同じ顔した日本社会に、「身分制度」を作ることができる。
自然に。
だって、他所の国から入って来たばかりで、子供をそう、簡単に大学に行かせられないだろうし、贅沢な暮らしなんてできないだろう。
そのうちハーフや3世代目が生まれるかもしれないけど、それにはまだ間がある。7割以上が持ち家で育ち、8割高卒以上っていう、平均的ニホンジンには追いついていけないだろう。

よく、欧米では、お手伝いさんっていうのが、いる。別にものすごいお金持ちじゃなくても、結構使われてて、お手伝いさんも雇わないで妻に雑用をさせるなんて。。。っていうワルグチさえ聞いたことがある。
でも、日本でダスキンとかでそういうのを探すと、めちゃくちゃ高い!そりゃそうだろう。
すずめの友達とかんちでも、そういう人をお願いしてて、みんな東南アジアの人。聞くと、な〜るほど、それならいいじゃんって言う位、安い。組織になってなくて、口コミで良いヒトを紹介してもらって。。。っていうコネだから、ウルサくないのだ。

だけど、いくら安くても、実はすずめなんか、やっぱし、嫌だ。
プライベートな所で、そういうのがあると、何か上下関係を感じちゃう。だって、自分や家族が理不尽に汚したものを、片付けてもらったりするワケだし。(ダスキンのだったら、契約って割り切れる気がするけど。。。)
よく、高齢者の家にお掃除でヘルパーさんが行くと、高齢者さんは、ヘルパーさんに恥ずかしくないように、一生懸命掃除して、お迎えするのでヘトヘト。。。なんてのを聞くけど、それが、日本の美徳っていうより、プライベートでの上下関係への違和感なんだろうって思う。


江戸時代まであった身分制度。
すずめたちは、いろんな激動の時代を経て、やっと忘れたのだ。
生まれながらの身分によって、人と人の間に上下関係がある。コレが会社だの組織の中でのものだったら,良い。だって、そこから出れば無効なんだし。
身分制度ほど、政治をやろうとする者にとって、都合の良い魔法は無い。
だって、一部の「下」の者を作るだけで、その他の階層のすべての歪みを解消することができるんだから。医療、介護、福祉、就労。身分制度を導入したら、すべての問題が一挙解決だ。

さて。。。
上の移民。
もし、日本にたくさん来て、
全人口の1割とか2割とか占めるようになったら、
モトモトの日本人にとって、どういう存在になるだろう。


すずめ的には、
違和感を感じずにはいられない。
違和感としか言えないけど。

-----

抜粋


活性化へ移民奨励が必要=技能持つ外国人を受け入れ—経団連会長
(時事通信社 - 01月21日 17:03)

 日本経団連の米倉弘昌会長は21日、都内の日本外国特派員協会で講演した。この中で同会長は、少子高齢化に伴う人口減少で日本の活力低下が懸念されることについて「解決策は移民の奨励だ」と述べ、外国人の日本定住を促す法整備など、移民活用への環境整備が課題、今後は専門技能を持つ外国人を積極的に受け入れることになる。。。との認識を示した。

 日本は2010年の国内総生産(GDP)で中国に抜かれ、世界3位に転落することが確実。経済界には、国内経済活性化に向け移民を積極活用すべきかどうか賛否両論がある。

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2011年1月20日 (木)

不均衡な宇宙

さっき、宇宙人師匠のつぶやきで見つけた記事


http://physicsworld.com/cws/article/news/44795


要するに。。。
化学やいろんなものにある
非対称の形っていうのの紀元が宇宙にあるっていうハナシ。

コレが、
SOLEIL シンクロトロンっていう文系人間にはワケの分からない夢の施設?の実験から分かって。。。っていうのが、なんかおしゃれだ。
理系?(ってコトバはヘンだけど)のカタマリみたいなのから、結局出て来るのが、哲学って感じ?


私たちの身の回りのもの。
対象でないものはあまり見ない(気がする)


っていうのはともかく、

化学の世界では組成までたどると、非対称のものがいろいろある。
記事では、左利き、右利きという非対称が例示されてるけど。。

ふと、思い出すに、
カンブリア紀の生き物たちって、今のロジックでは無く見える。目が5個とか、
鏡像といえばそうだけれど、何か違う気がする。
カンブリアは生命が「爆発」的に豊かになった。それって、もしかして、「不均衡」に鍵があったりしないだろうか?
(これは、かなり妄想的だけど。。)


更に妄想的に、
デザイナ的にはコレって、おもしろい。


画面構成で、シンメトリーは「安定」している。
しかし、安定しているというのは
その画面の中での均衡であり、テンションは閉鎖的だ。
良い意味では、すべてのテンションを中央の軸に集結させて、力を合理的に集約する。力を平均的に分散させるのではなく、一点に集めれば、それだけインパクトが強くなる。
芸大の受験用デザインがシンメトリー構図でインパクトを持たせるという「流行」も分からなくは無い。

しかし、
テンションが画面内部で均衡をとってしまっていると、面積的な広がりを持たせられない。デザインとして、動きが無く、面白く無い。
その「動き」を表現するものとして、「非対称」的な構図を作る。
均衡を破れば、どちらか、左右一方に傾く。
ちょうど、右効きか、左利きか、どちらかが優位であるように、どちらかが強くなり、どちらかが弱くなる。そして強い方から弱い方へ(もしくはその逆に)力のベクトルが生まれる。

そして、そのベクトルが向かうのは、画面の外だ。
一点集約の力
VS
面積的広がり


どちらが、強いか。

でも、
もしかして、
宇宙の基本論理が
ア(ン)シンメトリーにあるとしたら、面白い。

安定/均衡 閉鎖的テンションからは、
広がりは生まれない。
ビッグバンがあるとしたら、
宇宙は力を一点に集約したまま、
軸を中心に均衡を保ってしまうのではないだろうか。

宇宙が
内から外へ
小さなものから
大きなものへと進化したなら、
もしかして、その鍵はこの不均衡にあったのではないだろうか?

という、ロマンティシズムを感じちゃう。
なんか、素敵

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2011年1月17日 (月)

5秒でわかる心臓マッサージ


某氏からの情報。

現在、いろんなスタンダードが変わる局面にあって、
BLS/市民にとっての心肺蘇生法の作法が変わるらしい。

すずめの日記でも何度もご紹介してる、
心肺蘇生法の形、
これに近くなってきてるんだそう。

シツコイかもだけど、
久しぶりなので,もう一度、ご紹介しちゃう。


http://home.r05.itscom.net/bfree/NewFiles/smimark6b.html

5秒で分かる心臓マッサージ

実はこの文言、ピクトの描き方、向き、項目、単語。。。
どれも、そのミチの専門家との議論を重ね、デザイナ的視点でとっても吟味したものだった。

デザイナ的視点とは、

最低限の情報での最大限の効果
間違っても遠からず


心肺蘇生法の普及は

何十人かに1人存在する立派にできる素人が身につけること
素人全員がヘタクソでもアバウトでも良いからできること

このどちらを目指すかという事だと思う。

今までのいろんな講習会は、その前者だったんじゃないだろうか。
なので、すずめは後者を狙った。
なにも前者を否定するワケじゃない。だけど前者の方法論では決して後者はカバーできない。


ってコトで、
すずめ式5秒でわかる心臓マッサージ


試しに,5秒でコレ、見てみて。

http://home.r05.itscom.net/bfree/NewFiles/smimark6b.html


1 2 3 4 5

ハイ、
頭の中に何が残ってる?

文字としては何?
単語は?
絵は?

すずめはこーゆーの、3歩歩いたら半分くらい忘れるけど、
すずめよりか賢いアナタは、明日の朝まで7割覚えてるかもしれない。
でも、1週間後は半分?


その半分の情報がどこまで「使えるもの」であるかってのが、勝負。
なので、いろんなモノを排除して、
シンプルに表現したのだった。


さて
そこで重用なのは、先ず、何を伝えるかというプライオリティになる。


さて、一番重要なのは何だろう。

すずめ式では
「いつ」
だと考えた。

バイタルサインダトカナンダトカ。。。よく分かんないんで、端折る事にしよう。
もっとも大きく、誰にでも分かるコト

「呼吸をしていなかったら」

息をしてるかしてないか。コレは子供でも確かめる方法を知っている。鼻から空気が出ているか。
鼻をつまんでみたり、手を当ててみたり。
ここで間違ってしまうというのは、
息をしているのに、していないように間違えてしまうこと
だけど、息をしていないのに、しているようには、間違えない。
だから、確かめる方法が不適切であっても、最悪、息をしていないように間違えるだけだ。
息をしていないと思えば、次のステップに進む。本当は酔っぱらって倒れていただけだったら、次のステップで本人がむっくりと起きだして気がつくだろう。

だから、わざわざこの方法は書かない。不要なコトを書くと、それだけ重要な事が伝わらなくなるから。
最も重要なのは、
何を書くかではなく
何を切るか
なのだ。

そして、「押す」。
右のピクトは
押す、姿勢、位置関係も示唆している。


で、
次に大切なのは、
その場合、
「あなたが、できる事をする」
と言う事だ。できる事が難しそうだと誰もやろうとしない。
できることが、シンプルで、簡単そうだったら、やってくれる確率が高い。
だから、ココではあえて、マウスtoマウスは書いていない。詳しくはも一度後で書くね。


心肺蘇生法は最近テレビドラマなんかにも出てくるので、知ってるヒトも多いだろう。だけど、テレビドラマで見たことのあるヒトができるとは限らない。とは言うものの、テレビドラマで一度でも見たことがあるというのは、大きな情報だ。テレビの視聴率っていうのを延べ人数にすると、膨大な量の人たちが見ていることになる。赤ちゃんとかを除いて、ほぼ、日本の国民全員と考えて良いんじゃないかと思う位じゃないだろうか。
だから、この人々が、できるようにするっていうのが、最も大きな効果を狙うってコトになる。

というコトは、先ず、カットできるのは、リアルな写真、もしくはイラスト。
胸を押すっていうのは、分かってるんだから。


ドラマで「押す」が分かっている人たちが実際に役に立つように情報をオンするなら、何が必要だろうか。

先ずは「どこ」を押すか。
講習では「ケンジョートッキナンタラ」って教えられる。
ストレートに言えば、乳首の間。
だけど、チクビってコトバがエッチだとか、
タレてるヒトもいるとか、いろんな議論があって、
ケンジョートッキナンタラになってるのだ。
でもって、素人はケンジョトッキなんて言われても分かんないから、別途図なんか表示しなきゃいけない。

でも、コレも、この位置の正確性がどれほど要求されるかということになる。
ちょっとでも間違ったら、台無しか、死んじゃうんだったら、コレは重要だ。だけど、難しそうに書いたら誰もやってくれなくなるんだから、ココはシンプルに言うのが、合理的であるはず。

なので、押す位置をシンプルに表記してるのが、左下のピクト。
本当は手の形も表現してる。(んだけど、そこまで印象に残せるヒトは多く無いだろう)

もうひとつ、
1秒間に2回

これはコトバで入れた。
人が一瞥で読める文字数は5-7文字だと言われる。この程度なら許容範囲だ。
(この件に関してはまた後で)

で、
次は、どれほど押すか?

ということだろう。コレはさすがに映像的記憶では分からないだろう。
なので、5cm凹ませるピクトグラムを入れた。

しかし、実はここには重要なエラーの可能性がある。もし、相手が赤ちゃんでも5cmか?という勘違いを引き起こすこともある得るかもしれない。このような時に、赤ちゃんに遭遇する割合が高ければ、このピクトに並列して、何らかの注意を書かなければならない。しかし概ね、ケースとしては少ない。(統計的に)なので、補足説明として下に入れている。

こういう場合の「ピクトグラム」の効果、イイでしょ。
ダイレクトにそして限定的に、「5cm」「凹ませる」というイメージが記憶に残せる。ちょうど、絵と文字の中間。不要なモノをすべてカットしてるので、訴求効果が高い。イラストや写真ではこうはいかない。


マウスtoマウス

心肺蘇生法っていうと、マウスtoマウスってイメージもある。だけど、
コレって、見ず知らずのヒトに素人ができない。っていうか、コレをやれって言われるかどうかで、勇気が持てるか持てないかが決まる。
すずめレベルのヘナチョコだと、絶対、できない。コレをやらなきゃいけないんだったら、すずめレベルのヤツは逃げちゃう。
だから、あえて、コレを書かなかった。

でも、公的にも、実は,昔は
心臓マッサージ 15回 に、マウスtoマウス 2回
だった。だけど、一昨年だったか、コレが
30回 対 2回に減った。
なぜなら、マウスtoマウスをやってると、その間心臓マッサージが途絶える。途絶えさせないことも重要っていう意味なんだそうだ。
ただ、水の事故なんかだと、酸素が抜けてるので、必要ってコトだけど、でも、実際問題、水の事故を街中で誰かが救助するってシチュエーションはそうそう無いだろう。海水浴場やプールには訓練を受けた監視員がいるはず。だから、ココもすずめ的には「切って」も良いと思った。

コレね。
単純なように見えて、実は難しい。このポスターを作った時点では、15回 対 2回の時代。
教え方/普及の仕方 はキチンとコントロールされてて、誰かがデタラメを広める事はできない。
だから、もしかして本当の専門家はこういうドラスティックな言い方しちゃうと、モメるんだろう。
だけど、このポスターを作った時点で実は、国際的にはもう、30対2回の時代が始まっていた。なので、すずめはエイっヤっと端折ったワケだ。

そして、あれから2年。ネット上にも、マウスtoマウスを省略しても良いというのはたくさん出てくるようになった。

今回、某氏からの情報。
心肺蘇生法のスピード。

1分間に80~100回
乳児の場合は1分間に100~120回、幼児・小児(10歳以下)の場合は1分間に80~100回の速さ

とかって、書いてある。
でも、コレってどうよ。
実際のところ、昔は15回対2回。15回だったら。。。えっと、それを何秒でやれば良いんだっけ?って計算しなきゃなんない。
そんなの、こーうゆーとっさの時に計算できる素人いる?


他にも、アンパンマンマーチのスピードとか、あんたがたどこさとか、歌っていうのもある。
歌は良いと思う。リズムがつくし。だけど、本当にスピードを限定してくれないんじゃないだろうか。歌って意外にゆっくり歌っても速く歌っても気がつかなかったりする。特にスピードを意識しちゃうと、ワケわかんなくなっちゃう。ドンドン早くなったり、遅くなったり。

だから、何らかの、スピードの基準になる分かりやすいものがあるといい。
そこで採用したのが

1秒に2回

正確に言えばコレだと1分間に120回になる。
でも、どっちみち、正確な早さでなんてできない。
正確になんてできない中、どっちにブレるか?
疲れてくると、遅くなっていく。でも、遅くなってくと、効果が低くなる。
だから、最初から低めではなく,多めに設定しておくと、ブレを吸収しやすいんじゃないか。

何よりも良い事は、覚えやすいコトだ。暗算も簡単。
やりながらも、えーっと 100割る60に何を×んだっけ?なんて、計算しなくても良い。
30回でも5回でも数えやすい。

ってコトで、コレ。
(ってすずめが思いついたんじゃなくて、某有名ドクターからのレクチャーなんだけど。。。プロってこういうアバウトなのに、名前出せないのよね)

でも、これを作ったのは何年も前。
今でも最先端かも。


っていうデザイナ的心パイ蘇生法。

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2011年1月14日 (金)

刑法犯8年連続減、しかし高齢者の殺人急増 :統計を見てみる

■刑法犯8年連続減、しかし高齢者の殺人急増
(読売新聞 - 01月14日 06:11)
http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=1468080&media_id=20


こういうのを鵜呑みにしちゃいけないかもっていうことで、
ソースを探してみた。


http://www.npa.go.jp/toukei/keiki/hanzai_h21/PDF/H21_ALL.pdf


この真ん中程の所に、
年齢別検挙件数 ( 総数表 )

ってのが出て来る。

なるほど、確かに高齢者の犯罪件数の多さは驚くベキモノがある気がする。
世間のニュースでは、青少年の犯罪率ウンヌンをイロイロ言うけど、
実体は違う。
(多くの人が知る通り、青少年の犯罪率は年次的にもどんどん下がっている)

ただ、大雑把に「犯罪率」と言うと、どこまでのものを含めるかと言う問題がよく言われる。たとえば、道でおしっこしちゃうってのも軽犯罪。だけど、こういうのが増えるか減るっていうのは、実際に道でおしっこしちゃう人が増えるとかっていう意味じゃない(場合が多いはず)。その程度でも警察官が取り締まる年かどうかっていうのが、大きいのだ。たとえば、サミットとかがあれば、その関連の場所では、おしっこ程度でも(ホントはテロかもしれないし)厳重に取り締まる。もちろんこういう場所には警官がたくさん配備されるし。。。逆に、その他の地域や部門では手薄になったりする。犯罪ってモノに対する基準も変わる。だから、こういう数字の推移とか、鵜呑みにしちゃいけない。

統計の中での「重用犯罪」や「殺人」意外の数値は、この際、考えない。


さて、それでみると。。。
全年齢層で最も刑法犯罪総数、凶悪犯罪が多いのは、
30-39歳
総数109,974件 凶悪犯罪 1,292件 殺人 201件

だれかがこのグラフを人口当たりに換算してくれるとおもしろいんだけど、
この年齢層は確かにいわゆる団塊ジュニアでもあり、そこそこ人口の多い年齢でもある。だけど、まあ、何倍もあったりしないので、やはり、比率としては多いのは確かだろう。社会的活動が活発で、いろな問題と関わる機会の多い年代でもあるし。

どの年齢層も総数としておよそ5万。
40-59才が6〜75000と少し高い。


まあ、いずれにしても、
世間で言う程、
『イマドキの若いモノは。。。』悪く無いってのは確か。
最も分別があり、
ゆとり教育世代でもない、
オトナが一番犯罪を犯してるワケだ。

さて、その中での高齢者。
やはり、高いというべきか。


70歳以上
総数32542件 凶悪犯罪 174件 殺人 88件

ちょっと前に、
日本はどんどん悪くなってるってみんなが思ってるっていうアンケートの日記を書いたけど、
こういう統計に関して言えば、日本はどんどん良くなっている。
特に,若いコは良くなっている。
http://www.chironoworks.com/ragnarok/psychology/log/eid41.html

唯一、
高齢者、オトナだけが、
良くなっていっていない。
その原因は何なのか。
確かに、介護や看病の疲れがあるだろう。しかし本当にそれだけだろうか?
刑法犯罪総数、凶悪犯ともに、この件数。

記事中には

>同庁によると、高齢者による殺人の動機の41%は「怒り」で、「介護・看病疲れ」(17%)、「恨み」(16%)と続いた。配偶者や子など親族が被害者となるケースが7割を占めた。

高齢者のキレやすさが出て来る。
これもまた鵜呑みにして良いかどうか分からないが、
でも、統計的有為差以上のものがあるのは確かだろう。


ちなみに。。。全世代の中で、高齢者が一番お金持ちだ。
貯蓄率、持ち家率ともにとっても高い。
http://www.gamenews.ne.jp/archives/2009/02/post_4497.html

なんと!貯蓄が100万以下は4.9%
平均は2500万(ただし、ものすごくいっぱい持ってるヒトもいる)

いずれにしても、
マスコミが煽る、
「最近の若いモンは」。。。というイメージが、
ちょっと違うコトが分かるよね。

-----

 昨年の65歳以上の高齢者による殺人が前年より32件(22%)増の175件に上ったことが、警察庁のまとめでわかった。

 殺人が前年より27件減の1067件と、戦後最少を2年連続で更新する中での増加だった。

 同庁によると、高齢者による殺人の動機の41%は「怒り」で、「介護・看病疲れ」(17%)、「恨み」(16%)と続いた。配偶者や子など親族が被害者となるケースが7割を占めた。

 また、昨年1年間に全国の警察が把握した刑法犯は158万5951件で、前年より11万7093件(6・9%)減少した。8年連続の減少で、23年ぶりに年間160万件を割り込んだ。知能犯が8639件(16・3%)減の4万4363件と著しく減ったのをはじめ、強制わいせつなどの「風俗犯」を除く凶悪犯、粗暴犯など全項目で前年を下回った。

 ひったくりなど街頭犯罪(14罪種)は、一昨年まで10年連続最多の大阪府を東京都が約4500件上回ってワースト1に。これに大阪府、愛知県が続いた。

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2011年1月13日 (木)

AEDのバッテリーの寿命って。。。?


AEDの信頼性。


WIKIから


2003年になって、ようやく救急救命士に使用(医師の指示なく)が認められ、2004年7月からは一般市民も使えるようになり、空港や学校、球場、駅などの公共施設に設置されることが多くなった。2005年に開催された愛知万博ではAEDを多数配置しており、これによって助かった人が少なからずいる。また2006年7月には大手鉄道事業者の中で初めて、東京都交通局が都営地下鉄全101駅へのAED設置を完了した。2006年にはJR東日本の新幹線全駅にAEDが設置されたほか、JR東海も新幹線全駅と在来線主要駅に設置[3]、小田急電鉄が2008年3月15日から営業運転を開始した60000型電車「MSE」に列車内で初めて設置されるだけでなく、そのほかのすべての特急ロマンスカーにも2008年10月22日に設置完了するなど、鉄道事業者でもAEDの導入が進んでいる。


何年か前も厚労省から通達が流れてたけど、
AEDのバッテリーの寿命は4、5年だそう。

2004年から導入が始まり、
初期に入れた所のものは、すでに5年以上が経過している。
聞くところによると、バッテリーがすっごく高い。5万とか?もっと?
だから、「使い捨てAED」ってのがあって、バッテリー寿命を考えると,そっちの方が得っていうハナシもあった。
(ずっと前に聞いた話)
最近のものは、時々チェックする仕組みになってるそうだけど、
昔のものは、そうじゃないだろう。

もしもの時に、
使えなかったら、
せっかくの機械も無駄。
命に関わる問題だ。

厚労省で通達があったってコトだけど、
その後、実際にはどうなってるのかな。

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2011年1月12日 (水)

マスコミの功績かも:タイガーマスクランドセル

タイガーマスクに続き桃太郎も
http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=1464519&media_id=2


第一報は一週間程前だったろうか。
「タイガーマスク 伊達直人」からランドセルっていう報道。
(1つ前の日記にも書いたけど)

最初に送った人のセンスが良い。

伊達直人って、
ちょっとわざとらしくて、
いかにもっていう名前。でも、昨今のアニメ系の名前じゃなくて、
ほど良くキャラクターが香る。
しかも、タイガーマスクって、意外に多くの世代に認知されてて、
意味合いも、気負いが無くて、
おしつけがましくなくて、良い。
何よりも、語感っていうかゴロが良い。
ニュースで見た若い人たちは、タイガーマスクのマンガを知らなくても、
名前は一発で覚えられただろう。

しかも、
タイミングも良かった。
新年を迎えて、みんながどっちかというと、幸せな時期。
こんなニュースに注目して、
新聞に大きくのせたマスコミの功績も大きいだろう。
寄付といえば、何百万円もの単位が注目される中、
個人がちょっとした遊び心でできちゃう範囲でもあるかもしれない。
ニュースになったからこそ、広まった運動。
コレシキで日本は変えられないかもしれない。
だけどペンの力が人を動かす事ができるっていうのをしっかり見せてくれた。
これからも、ドンドン、ジャンジャン、繰り返し繰り返し、流して欲しい。
エビだのタコだの流すんだったら、
あれに負けないくらい、シツコク、毎日報道して欲しい。

コレシキで日本は変えられないかもしれない。。。。?
でも、ひょっとすると?

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2011年1月11日 (火)

新成人:身の丈のスケール感


日曜日のサンデーフロントライン
今年の新成人がテーマ。


彼らは、バブルが弾けて生まれ、以来、日本経済は失われた20年という時を経て来た。
インタビューアのサンジュン氏(って生姜みたいな名前の日曜美術館のヒト)は

身の丈

ってコトバを揚げる。


成長が無い。そういわれるかもしれないけど、
彼らのようなデフレの中で育った人たちの生き方を見ていると、
身の丈にあった形での日本の成長があるのではないか。と。

ってコトですずめ的に考えてみる。
20年で何が変わったか。
それぞれ自分の人生の中での変遷はあるだろう。
そういう個人的な事情をさっ引いて、普遍的なものだけを拾うと。。。


20年前、日本の庶民の生活はどうだったろう。
100%オレンジジュースは国産で高かった。今は150円切ってたりする。
牛肉も高かったなあ。
エアコンはどうだろう。
今は多くの家庭で、すべての部屋に付けてるんじゃないだろうか。
でも、20年前はどうだったろう。
1つ位、エアコンの無い部屋もあったんじゃないだろうか?
もちろん、携帯も無かった。
PCだって、デザイン系とか限られた人しか持って無かったんじゃなかったっけ。

って考えてみると、
意外に私たちの生活は豊かになり、それが当たり前になって暮らしてきた。
生活保護でも、エアコンと携帯は使える。それが最低限。
それがあった上での貧困。
こう言うと、「餓死者」が出る。。。というヒトもいるかもしれない。
だけど、制度的に考えたら、最低でも餓死はしないような仕組みにはなっているはずなので、コレは特殊な例と考えても良いだろう。


そもそも戦後できた生活保護は、「生存」が焦点だった。
でも、
今の身の丈は、エアコンと携帯の「丈」なのだ。


草食男子
海外旅行にも車にも興味の無い若者
ニートや引きこもりは問題だとしても、
イマドキの新成人たちは、
全共闘が火炎瓶投げてた時代と比較すると、覇気が無い。
だけど、もしかして、それが彼らの「身の丈」なのかもしれない。
成長しない時代の若者の自らのスケール感は、他の世代とは違っているんだろう。


日本経済がダメダメな問題。
「身の丈」を基準に考えると、また違ったモノが見えてくるかもしれない。

                すずめは身長151cm

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2011年1月10日 (月)

素敵な流行:伊達直人のランドセル


静岡市の児童養護施設にもランドセル 「遅くなってごめんね」の手紙付き
2011.1.10 18:55

http://sankei.jp.msn.com/life/trend/110110/trd1101101858013-n1.htm

こういうの、流行るといいね。
日本全国、いろんな所で、
伊達直人のランドセルが、広まってる。


普通の子だったら、
普通に大きくなって、
今頃は、
いろんな人にお年玉をもらって、
おばあちゃんたちが、
競って、
誰が買ってあげようかって、
相談して、
「何色が良い?」
とか聞かれて、
得意そうに答えて。。。
デパートの売り場を通りかかるたびに、
横目で見て、
ワクワクして、
背負った時の自分の様子を頭に描いて、

そんな幸せな子供時代の
1つのランドマークが
ランドセル。


施設の子供たちも、
たくさんの人たちに囲まれて、
きっと楽しい子供時代を過ごしているのだと思う。
だけど、
もしかして、ランドセルは、
誰か、特定の人の「好意」ではなく、どこか、公的な所からの「支給」かもしれない。

だから、タイガーマスクのランドセルっていいな。
だって、これが、まぎれもなく、「伊達直人」って言う人の、
個人的な「好意」の賜物であることは、確かなのだから。
子供たちが本当に欲しいものは、
支給されるランドセルじゃなく、
誰かが
子供たちの未来に思いを馳せてくれること。
その気持ちなんだろうから。

いろんなシガラミやウガった見方とは無縁に、
伊達直人っていうかっこいいお兄さんの好意として。

もっともっと、違う形も良いよね。
ランドセルだけじゃなくて、
手編みのマフラーとか、
手作りの上履き入れとか、ぞうきんとか。。。
あなたの事を思ってますっていうのって、どう?

調べてみると、
伊達直人のカノジョって
若月ルリ子さんって言うのよね。
ルリコお姉さんからのマフラーって良いかも?

(欲しいおじさんたちいっぱいいるかもだけど)
[m:50]

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2011年1月 4日 (火)

サンデル先生の魅力

前に書いたマイケル サンデルのハーバード白熱教室。
お正月、ずっと通しでやってた。

やっぱり、まだ、人気は衰えないんだろう。

ちょっと前、彼の方法を真似た授業を Y市立大でやった番組をちらりと見た。
チラリと。。。というのは、見るに耐えなかったから。
途中からちょっとだけ見て、飽きた。


学生たちに、
自分たちで選ばせたテーマで研究させ、
それを発表させ、
討論しようというもの。

教室の後ろには大人たちが立ち、討論に参加してる。


「環境を大切に」
「例えば、制服をペットボトルで作るなどという方法もあります。」

みたいな。。。

そのまんま、小学生だ。

環境を守るような産業を育てるべき。。。。みたいな。
そんなの、誰でも、小学校低学年でも知ってるハナシだ。
オトナが考えるべきは、それが現実的に、どうしてきちんと回っていかないか。
そこから少しでも良くする道を見つけるべきって言うことじゃないのか。

制服をペットボトルで作る際に、どれだけの環境負荷があるのか、
その負荷を計算したら、本当にそれは正しいのか、
他の方法を考えるべきではないか。。。
その他の方法はうまくいくのか。。。?
そういう議論、すべきじゃないの?
環境を守ろうなんて、いろんな方面からいろんな人たちがイロイロやってて、その成果が現在の日本。
その成果がどれだけあったか(実は、成果的には日本は世界に冠たるエコ産業立国でもある)、どの部分にまだ努力の余地があるか。。。っということのはずでしょ。

なのに。。。
「ペットボトルの制服」に、
誰も反論しない。
まさに小学生の総合学習の発表会並み。


で、思った。

この子たち、
どういう専攻か知らないけど、
考えてみると、上のような反論はある意味で、理系の範疇なのかもしれない。
そこには限界があるかもしれない。


そこから、
ハーバードでの議論を思い出してみる。
議論のレベルの差は歴然だけど、
それは、本当に、学生個人の知的レベルの差なんだろうか?
もしかすると、
ハーバードの子たちにも、こういう方式でやらせてしまえば、
同じようなマヌケさを持ってしまうんじゃないだろうか。
なぜなら、大統領選のディベートでも同じようなマヌケさがあるのだから。

環境問題に対する政治的、科学的なバックボーンをすべての学生が持つべき。。。とは思わない。というか、そういうのがあるかどうかは、本来問題じゃない。彼らの専攻とは関係無いんだし。


ハーバードのクラスと
Y市立大のクラスの差。

これは、
導く教授の差に他ならないんじゃないだろうか。
サンデルは、バックボーン的な知識の差が出るようなものは回避させる。
唯一、哲学の授業であるから、ジョンロック、ロールズなど、哲学系の理解をベースにしているだけだ。
他は、全く問わない。だからこそ、国籍を問わず老若ニャンニャン、あらゆる知的レベルの人たちに楽しめるのだ。
具体的な例として用いるのは、
かなり普遍化させたのみ。

イチローの年収
100年前の船の事故の裁判
親切過ぎる車の修理工。。。


そして、
学生たちの誰もが、
マイケル サンデルの個人的な哲学者としての方向性が、
コミュニタリズムにあり、それはリバタリアニズム VS 社会という軸の上に乗ったものであり、
その軸のベクトルをはずさない「マナー」を持っている。
だから、どのディベートも、サンデル自身の誘導もあるが、
同じ方向に帰結していく。
誰も、例えば芸術論とか言い出したりしない。
もし、そういうのを誰かが出してきたら、きっとそれさえ、「社会との関わり」っぽくまとめられて行くんだろう。
ディベート的能力のトレーニングっていうのは別。
だって、実際、彼らはその議論のゴールがどこか知っていて、(しかも結果的には結論/勝敗を言い切らないのがサンデル先生ってのも知ってて)
反論してる。反論者も、最後は切られると知ってるから、節度を守って(イコール八百長的に)突っ込んでる。
ホントに討論して勝ち負けを決しようと思ったら、大統領候補者対決みたく、機関銃の打ち合いみたいになっちゃうんだろう。


これって、
考えてみると,
たとえば、算数の鶴亀算とかを学生たちに理解させるための、「仕掛け」と同じだったのかもしれない。
ただ、その仕掛けの大きさが壮大だったけで。


ってコトは、
きっと多くのセンセイたちが思ってると思うけど、
同じような哲学や政治学みたいなテーマでやる必要は無い。
全く別のでも良いかも。
例えば、絵とかでも?

あ、そういえば、
学生時代の講評会(作品を提出した後の講評はいつも公開で行われ、ホントはそれが一番勉強になると誰もが知ってる)
ってそういう形に近かったかも。
ただ。。。センセイに突っ込まれて、延々と口先で弁明する度胸があるヤツはいないだけで。
そうそう、
サンデルの次は、ビダイの講評会ってのを公開したらおもしろいかも?

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http://suzume6.cocolog-nifty.com/blog/2010/08/post-4071.html


すずめ、サンデル先生が東大でやった講義に参加しちゃいました。
そのレポートを上の日記から何日か書いてました。
(カテゴリー サンデルサンデルにもいくつか書いてあります)

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