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2010年12月19日 (日)

日本人のカン/生存能力

この間、建築系の友人と
いろいろ話していて、
今の日本人って、動物的なカンのようなものがどんどん薄れている
気がする。。。っていうのがあった。

例えば、
蒟蒻ゼリーの話でも、
動物だったら、
赤ちゃんには親が食べてみて、そして、
安全だと確認したら子供にあげる。
ところが、蒟蒻ゼリーのような危険なものを、そのまま赤ちゃんに
渡してしまった。

もしかして、今の日本人。こういう本来動物が持っていたはずの
本能的な危機への感覚が鈍っているのかもしれない。


草食化してると言われてるオトコの子たち。
どんどん、すべてのものが安全で便利になっている。
すずめも、昔は賞味期限を確かめて買ってたけど、
今はそんなコトしない。

そんなコトを話しながら。。。でも、
本当にそうだろうか?
と、思った。

本当に、日本人は、サバイバル力が弱くなっているのだろうか?

ぼーっと考えてみるに、
たとえば、南の島の裸で暮らす原住民の人たちのサバイバル力と
日本人のサバイバル力の差。

確かに、ある日突然、ジャングルの中に置き去りにされたら、原住民さんたちはきっと難なく息のびられるのだろう。
でも、それはサバイバル力だろうか?
もし、彼らが、慣れ親しんだジャングルではなく、寒いロシアのツンドラに置き去りにされたらどうだろう。
日本人のサバイバル力とそれほど、変るだろうか。
コンクリートジャングルの中だったらどうだろう。
そもそも、サバイバル力って、そういうモノだろうか?
私たちにとって、ジャングルの毒蛇と戦いながら食べ物を得て生き延びるとかっていう試練が訪れるなんて、先ず、無い。
よっぽどでなけりゃ。否,よっぽどでも。


本当に日本人は動物的なカンが薄れてきたのか。。。

そもそも、カンって何だろう。
危機回避能力:生き延びる力?
でも、まあ、結果論的に平均寿命は伸びている。これからも大きく下がることは無いだろう。
うーん。。。サバイバル能力をすずめの個人的な感覚じゃなく、事実としてとらえるなら、何だろう?単なる平均寿命の延びではもちろん、違うだろう。疾病なんかをさっ引いて、「不慮の事故及び有害作用死亡統計」だとしても、労働災害なんかも大きいはず。だとすると、個人の動物的カンで回避できるかなんて、分からない。純粋に、生活者としての、生存能力の変遷が分かる数値...確かに、上で友人が言った、「親が食べてみて安全かどうか確かめる事」というのはあるかもしれない。要するに、子供の命を、子供自身が、もしくは親が守るためには、親や子供自身の生活の中でのカンの力が大きいかもしれない。それだけじゃなく、大人の社会的環境と比べて、子供の生活の周りにあるものは、比較的シンプルだ。
子供の(結果的な)生存能力っていうのは、どう、変わっているだろう。

昨今、子供をめぐる哀しいニュースがメディアを頻繁ににぎわせている。
子供も大人も命を守る力が弱くなっている?


ってコトで、ちょい、パタパタ。。。

まず、この統計。
人口動態統計100年の年次推移

http://www1.mhlw.go.jp/toukei/10nengai_8/hyakunen.html

100年の間、緩やかに減りつづけている。

実は数字はすべてマに受けちゃいけない。なぜなら、100年の間にこういう統計の取り方や、不慮の事故と言う定義など、いろいろ変わっているからだ。
だけど、概ね、微妙に減っていることは言えるだろう。

しかし、実はすずめ的には、「防げたはずの事故」はもっとドラマチックに減っているのではと思う。
なぜなら。。。

http://d.hatena.ne.jp/zundamoon07/20100318/1268909917
http://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/jinkou/tokusyu/furyo10/01.html

ここで分かるのは、この不慮の事故というのは、高齢者に劇的に多いということ。
年齢階級別では65歳を超えると、絶壁のように高くなる。
もちろん、高齢者の事故だって、防げたはずのものは多いはず。家の中の段差や階段そのほか、コレさえ無ければ!というのも多いだろう。
だけど、大雑把に言えば、確かに高齢になると、転倒のリスクは上がり、回復力は格段に落ちてしまう。普通だったら、「痛いっ」で済むところが、「事故」ということになる。

ということは、人口構成の高齢者比率が多くなれば、それだけ全体の中で高リスクのヒトの割合が高くなるということでもある。
逆に言えば、他の年齢層の人口あたりの事故数は下がっているはず。

そこで、
子供だけで調べてみた。

http://www.jfpa.or.jp/14-jiko/db/001-11.html

データは平成12年からのもので、10年にも満たない範囲だが、
よく世間で言われる「最近の。。。」という揶揄には該当しているかもしれない。
それぞれの年齢層で、たった10年で半数近くになっている。


そもそも、子供の事故死は減っていて、年間、絶対数としてはそん
なに何人も亡くなっていない。
上のは人口十万対の数だが
もっと、長期に絶対数を見てみると。


死因/年次

昭和 35年 50年 平成2年 17年 18年 19年
全死因 49,293 19,103 5,616 2,958 2,864 2,828

不慮の事故及び有害作用
1,315 919 346 174 149 127

1 平成7年から乳児死因分類が改訂され,必ずしも旧分類か
らの完全な連続性は保たれていない。

http://www8.cao.go.jp/youth/whitepaper/h20honpenhtml/html/b1_sho1_1.html

この昭和35年、日本はもう、すでに充分豊かだったと思うが、1300人を越える子供たちが不慮の事故で亡くなっている。それから幾星霜、
平成19年には10分の1になっている。日本全国で127人しか亡くなっていないのだ。


ちなみに、この間の出生数の絶対値は、
昭和46年あたりの第二次ベビーブームでは200万人を越し、上の統計の35年あたりでは
170万人ぐらいだろうか。
そして、最近、たとえば、2008年は109万人。

要するに、単位人口当たりの子供の不慮の事故数は、50年のスパンで考えると、劇的に、
大雑把に言って5分の1には減ってるということになる。
そしてそれは、50年前の親たちが賢かったのではない。今もって減り続けている。

http://www8.cao.go.jp/shoushi/whitepaper/w-2010/22webhonpen/html/b1_s2-1-1.html

すずめ的に考えると、
35年から50年の減りも大きい。これは、まだまだ、世の中のいろんなモノの整備が行き届かなかった部分もあるのかもしれない。
なにしろ半世紀前なんだから。
だけど、昭和50年から平成2年までの減りも大きい。このころは、バブルに向かって世の中がどんどん豊かになっていった時代。
親が個人として注意深くなるというより、社会の中で危ないものを無くすよう、努力をしてきたということではないかと思う。
って、1つ前の日記の続き

ここでちょっと補足。
いつの世代でも言われ続けてきた、
「近頃の若いモンは。。」という揶揄。
古代エジプトだか?の落書きにもあるそうな。。。

その伝で言うと、
昨今のワカモノも根性が無い。

でも、まあ、昨日の日記の統計で言うなら、それほど結果的生存率に遜色は無い。
。。。って言うと、そんなコトは無い。メンタルな部分で脆弱になってるトカナントカ言う人も多い。
うーん。そういうのは比べられないからねえ。。。
あるとすれば、バロメータとしては自殺率だろうか。


確かに、昨今、自殺が増えていることが問題になっている。

http://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/jinkou/tokusyu/suicide04/3.html

もっと新しいのがあると良いんだけど。。。5年前のもの。
こっちは新しいけど。

http://www.t-pec.co.jp/mental/2002-08-4.htm


これを見ると、大きなスパンではどの年齢層でも下がっている。特に女性は安定している。
しかし、男性の50から54才の増加がものすごい。
この現象に限って言えば、「近頃の若いモン」という問題では無いのは明らか。
他の年齢層ではこの状況は無いことを考えると、この原因は、特に日本人全体が弱くなっているというより、この年齢の男性特有の事情によるものだといえるのではないだろうか。

今の若者たち。
すずめたちの頃は、学校を卒業すると、何らかの仕事に着くことが当たり前だった。
でも、そういうレールが危ういものになって久しい今日、
この厳しい時代を、彼らはどうやら生き抜いている。
単純比較はできないのはもちろん、弱くなったとも言えないんじゃないかと思う。
我々が若者だった時代、我々より年配のヒトたちが若者だった時代。。。
同じような試練があったらどうだったろう。もちろん、それぞれ辛いことも経験してきたろうけど、集団意識として、そんなに強くてりっぱだったろうか。。
確かに、団塊の世代なんかだったら、今だったら、デモとかして火炎瓶とか投げてるかもしれない。だけど、あの当時だって、そんなコトするのは、ほんの一部の大学進学者のそのまた、一部だったのだ。中卒で金の卵になったヒトたちには遠い存在だ。

親が子供を守る力がどう変わったかなんて、
測るすべは無いかもしれない。
でも、少なくとも、社会が,子供を守る力を伸ばしていることは確かだろう。
昨今、屋上は封鎖され、危ない遊具は撤去され、いろんなリスクが
企業や公的機関の努力によって、減らされている。
だから、軟弱になり、何かあると、すぐ訴訟になってしまう。。。
とは言うが、
すずめ的には、これは素晴らしい事で,評価されるべきだと思っている。
なぜなら、そういうリスクからもたらされる死は、プリベンタブル
だったんだから。
防げたはずの死はあまりに哀しい。
それでも、防げない死は依然としてあり、これからもゼロにはできない。せめては、叡智によって救う事のできる命は救うべきだ。

今、ヒトは殆ど、死ななくなった。
もしかして、江戸時代はもっと、親が子供を動物的な本能によって守り、
生き抜いていく力を持っていたという「仮説?」は正しいのかもし
れない。しかし、
それによってもたらされたのは、平均寿命50歳の社会だ。
動物的カンは、ヒトの寿命を50歳までにしかできない。
しかし、私たちが今、生きてるのは、80歳を越える平均寿命を持
つ日本だ。これは人類史上誰も、いかなる国家も実現しえなかったものだ。
この進歩は、乳幼児死亡率と感染症に起因するものだけじゃない。
一人の親が一人のわが子を全力で守ることだけでも達成されない。
施設や製品、社会システムを作る人たちの誠実な努力によるものじゃないかと思う。

確かにすずめは毎日、ぼーっと生きてる。
ボーっとしててもあんまし死なない環境になってきたし。
牛乳を買うとき、スーパーで製造年月日なんて確かめない。
古いものが売ってる可能性なんて、めったに無いんだから。
甘やかしすぎだなんて言うけど、
What's wrong?
私たちは、平均寿命80年をどう、幸福に伸ばすかという微妙で高度な戦いをしてるのだ。
絶対値1300人の死亡数を減らすのはたやすいが、
127人しか死なない事故を減らすのは難しい。
もう、ちょっとやそこらのバカな事で亡くなるヒトはいないんだから、死んじゃうほどの事故っていうと、よほど。。。っていう事になって当たり前だ。蒟蒻ゼリーの事故のように。あんなの考えられないって事になる。

何のカンの言っても、
日本は世界一、ヒトが死なない国なのだ。
これから先、どこまでそれが延ばせるか分からないけど、
幸福に、価値あ人生が送れるように、
たくさんの人たちが切磋琢磨してることを、
本当は忘れちゃイケナイ。
その切磋琢磨の轍から、学びたいと思う。

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