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2010年12月

2010年12月30日 (木)

無保険の子/皆保険崩壊への初期微動かも?

無保険の子救済 条件に批判も
http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=1451792&media_id=2


これは、
大地震の前の
初期微動かも?


って思っちゃうのはすずめだけ?


このニュースに限って言えば、
この場合の「子供」って、
おそらくは多くの自治体では「高校生」もしくは、「中学生」

なぜなら、たとえば東京とかいろんな自治体で、中学生までは医療費が無料になったりするから。
だけど、ぶっちゃけ、普通の高校生だったら、そんなに病院に行くコト無いはず。
インフルエンザだって、放っておいた方が安全に治ったりして?
歯科はちょい、大変かもだけど。
あ、もちろん、頑健な高校生でも病気になる事はあるから、上はもちろん、「統計的に」ってコトなんだけど、少なくとも大多数はそうであるはず。

そもそも、健康保険、彼ら、「なぜ」入らないんだろう?
日本では国民皆保険ってコトで、全員が何らかの保険に入らなければならないと定められている。

ちょっとネットをパタパタしてみる。

健康保険 滞納

で検索すると、滞納してると、後で督促がきて、結果的に差し押さえられたりする。時効は5年。

しかし!
落とし穴がありそうだ。
国民皆保険とはなっているが、どういう「拘束」方法になってるんだろうか。
たとえば、企業を退社して、社会保険が無くなると、
健康保険に自動的に入れられてしまう?
そうではなさそうだ。
国保は自治体によっていろいろ差があるので分からないが、もし、手続きしなかったら、自動的には保険証を送ってきたりしないだろう。
と言う事は、退職したら自動的に無保険になるだけだ。だから滞納じゃない。


だとすると、
若い世代で、
病気をしないなら、
払わないという手もありそうだ。
病院では、全額払えば良い。
何のコトはない。3割負担の3倍ってだけだ。
で、
まとまった病気?をしちゃったら、その時に入れば良い。
でも、その時点で、保険未加入がバレてしまうので、
時効以降の5年分の滞納分を払って。

っていう悪いコトは
きっと誰でも思いつくはず。

そして、しょっ中病気をするような、高齢になってから、
きちんと支払えば良い。

さて、
もちろん、すずめは↑のようなコトになったら、大変だと思っている。
だから、絶対、早めに手を打つべきだと思う。

結果的に、
皆保険って言っても、上のような仕組みでは、
遅かれ早かれ破綻が来てしまうのではないだろうか。
だって、若かったら病気なんてしないんだし、絶対払わない方が得!
そして、若い人に逃げられたら、病気をたくさんする高齢者とかをカバーするっていう、保険の根本的なシステムがダメになるのは、明らか。
コレ、崩れ始めたら、きっと速い。
年金よりか、ずっと。

だとすると。。。
今のような国保、社保、その他の仕組みを
もっと拘束力のある「税」の中に組み入れていくしか無いんじゃないだろうか。


ちなみに。

http://ja.wikipedia.org/wiki/国民健康保険

ココには、もっと細かい国保の問題点がイロイロ出てる。


オマケ:
あ、こういうの書いたからって、すずめは滞納とかしてないし、
これからもそういうつもり無いからね

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2010年12月21日 (火)

子供手当の経済効果を証明してみよう

子ども手当 上積み分は国費で
http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=1445823&media_id=2

なぜ、メディアは財源問題一辺倒なのだ。煽られる方も煽られる方
子供手当ほど、良質な消費を刺激するものは無いはず。少なくとも、必ず市場に撒かれるお金だ。今、一番有効な経済対策は、ちゃんとした消費をする事!

それをデータからすずめが証明してみてあげる。

子供手当の景気刺激効果


まず、この調査から


http://www5.cao.go.jp/keizai3/2010/0115kyufukin.pdf


内閣府の行った定額給付金に関する調査。今年1月に発表されたもの。
(概要を下に貼付けた)


定額給付金が消費として支出された割合は、「100%」とする世帯が50.0%、「80〜
99%」が7.3%、「60〜79%」が5.8%となる一方で、「0%」とする世帯は26.9%
であった。1世帯あたりの平均は、64.5%であった。


というコトは、
6割以上が消費に使っている。
特に、子供のいる世帯の方が消費行動に結びついている割合が大きいとしている。
(しかし、数値的には微々たる差)

この調査、
設問の多くを「何に使ったか」に費やしている。
しかし、お財布のどのお札を何に使ったかなど、誰も分かりはしない。
貯蓄も含めて。

定額給付金が貯蓄以外に使われたかは、結果論として、
貯蓄額が増えたかどうか、
に尽きるはず。

残念ながら、ネットを叩いても、まだ、
日本の家計貯蓄率は2008年までしか出ていない。

http://www2.ttcn.ne.jp/honkawa/4520.html


順調に、下がっている。
コレが、定額給付金で下げ止まるとは思えないのが普通だろう。
みんな、結果的に使っちゃってるって。

この調査のいい加減さは、ここでも分かる。

>定額給付金による消費増加効果
定額給付金がなかった場合と比較して消費が増加した金額は、定額給付金受取総額
に対する割合で、「定額給付金がなければ購入しなかったとするもの」が29.0%、
「定額給付金がなくても購入したとするもの」のうち「定額給付金によって増加し
た支出額」が3.8%となり、合わせて32.8%となった。

実際のところ、ナンノカンノ言っても、一世帯あたり65%は使ってると言っている。30%のギャップは何?

本来だったら、
「貯蓄額が定額給付金でいくら増えましたか?」
その質問一本で良い。
65%どころか、ほぼ100%使っちゃったっていうような結果が出たに違いない。特に子育て世代じゃそうだろう。


でも、まあ、それでも、65%って数字にはなってるんだけどね。

-----


さて、
子供手当の場合はどうだろう。
メディアは
盛んに財源の問題だけを煽る。
子供手当が、消費刺激にならない根拠として、
街角のヒトたちに、
「ウチは貯金します。」
っていうコメントを言わせている。
だったら、こう、聞いてみるべきだ。
「お宅の貯蓄額はいくら増えましたか?」

でも、まあ、定額給付金と違って、子供手当の貯金は、遅かれ早かれ使われてしまう。
中学生を持つ世帯なら、2年以内の高校受験時に。小学生を持つ世帯でも、高学年になる3年以内に。昨今、塾代でも年間100万以上かかるんだからね。
これが高齢世帯だったら、ヘタすると、支出は遺産相続の時。一度も市場に出ずにタンス預金ってコトになりかねない。


誰がどういうリクツを言おうと、
確実に、子供手当は市場に出ていく。
彼らが何に使うか。
食べ盛りの子供、
「おいしい!」って言ってくれる子と家族の団らんのために、
おかあさんはいつもより、ちょっと贅沢なお肉を買うかもしれない。
塾か、洋服か。。。
(って言うと、また、外国人にとかパチンコに使う親がいるだのなんだの言いそうなヒトもいるかもだけど。。。じゃあ、同じように、定額給付金や子供手当でパチンコ業界がどれだけ潤うか、データに出る程か、考えてみると良い。あなたの近所の親はそうかもしれないけど、経済をマクロで考えると、そんなヒトは極々わずかであり、景気刺激的には無視すべき数字であるのは間違い無い。ルールの微調整で良いコトを根本的欠陥のように煽るべきじゃない。また、のせられるのがいるんだから)

財源無いんだったら、増税してでも良い。増税して、ちゃんと(国産)食料品を買ってくれる食べ盛りの世代に再配分すべき。農家さんや企業に、設備投資や運転資金を貸し付けても、売れなかったら、彼らは借金をかかえるだけ。売れないコトが一番の問題なんだから、買いたい人が買えるようにしてやらないかぎり、消費も伸びないし、企業も立ち直れないヨ。


もちろん、こんな日々の消費行動がデータになるまでには、時間がかかるかもしれない。
だけど、のっけからどーよ。
こうやって、
財源だの何だのって、せっかくの方策を台無しにするような報道してりゃ、
世の中,暗くもなるよ。

-----

「定額給付金に関連した消費等に関する調査」の結果について

−概要−


1.調査時期
平成21年4月から9月末までの半年間。

2.調査対象
全国の15,000世帯。有効回収数は9,194世帯、有効回収率は61.3%。

3.主な調査結果
(1)定額給付金の受取状況
家計が市区町村から受け取った定額給付金の金額は、「4〜5万円」とする世帯が
28.2%、「2〜3万円」が17.2%、「3〜4万円」が13.9%、「6〜7万円」が13.7%
などとなった。1世帯あたりの平均は、4万4840円であった。(図表2)

(2)定額給付金が消費として支出された割合
定額給付金が消費として支出された割合は、「100%」とする世帯が50.0%、「80〜
99%」が7.3%、「60〜79%」が5.8%となる一方で、「0%」とする世帯は26.9%
であった。1世帯あたりの平均は、64.5%であった。(図表4)

(3)定額給付金による消費支出の内容
定額給付金がどのような商品・サービスを購入するために支出されたのかをみると、
「教養娯楽」が37.6%、「食料」が11.7%、「家具・家事用品」が10.0%、「被服
及び履物」が8.6%、「交通・通信」が8.3%などとなった。(図表6)

(4)定額給付金による消費増加効果
定額給付金がなかった場合と比較して消費が増加した金額は、定額給付金受取総額
に対する割合で、「定額給付金がなければ購入しなかったとするもの」が29.0%、
「定額給付金がなくても購入したとするもの」のうち「定額給付金によって増加し
た支出額」が3.8%となり、合わせて32.8%となった。(図表11)

(5)世帯構成別にみた定額給付金による消費増加効果
定額給付金による消費増加効果を世帯構成別にみると、「子がいない世帯」では
27.3%となっているのに対し、「子(18歳以下に限る)がいる世帯」では33.8%と
なり、子がいる世帯の方が高くなっている。

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2010年12月19日 (日)

日本人のカン/生存能力

この間、建築系の友人と
いろいろ話していて、
今の日本人って、動物的なカンのようなものがどんどん薄れている
気がする。。。っていうのがあった。

例えば、
蒟蒻ゼリーの話でも、
動物だったら、
赤ちゃんには親が食べてみて、そして、
安全だと確認したら子供にあげる。
ところが、蒟蒻ゼリーのような危険なものを、そのまま赤ちゃんに
渡してしまった。

もしかして、今の日本人。こういう本来動物が持っていたはずの
本能的な危機への感覚が鈍っているのかもしれない。


草食化してると言われてるオトコの子たち。
どんどん、すべてのものが安全で便利になっている。
すずめも、昔は賞味期限を確かめて買ってたけど、
今はそんなコトしない。

そんなコトを話しながら。。。でも、
本当にそうだろうか?
と、思った。

本当に、日本人は、サバイバル力が弱くなっているのだろうか?

ぼーっと考えてみるに、
たとえば、南の島の裸で暮らす原住民の人たちのサバイバル力と
日本人のサバイバル力の差。

確かに、ある日突然、ジャングルの中に置き去りにされたら、原住民さんたちはきっと難なく息のびられるのだろう。
でも、それはサバイバル力だろうか?
もし、彼らが、慣れ親しんだジャングルではなく、寒いロシアのツンドラに置き去りにされたらどうだろう。
日本人のサバイバル力とそれほど、変るだろうか。
コンクリートジャングルの中だったらどうだろう。
そもそも、サバイバル力って、そういうモノだろうか?
私たちにとって、ジャングルの毒蛇と戦いながら食べ物を得て生き延びるとかっていう試練が訪れるなんて、先ず、無い。
よっぽどでなけりゃ。否,よっぽどでも。


本当に日本人は動物的なカンが薄れてきたのか。。。

そもそも、カンって何だろう。
危機回避能力:生き延びる力?
でも、まあ、結果論的に平均寿命は伸びている。これからも大きく下がることは無いだろう。
うーん。。。サバイバル能力をすずめの個人的な感覚じゃなく、事実としてとらえるなら、何だろう?単なる平均寿命の延びではもちろん、違うだろう。疾病なんかをさっ引いて、「不慮の事故及び有害作用死亡統計」だとしても、労働災害なんかも大きいはず。だとすると、個人の動物的カンで回避できるかなんて、分からない。純粋に、生活者としての、生存能力の変遷が分かる数値...確かに、上で友人が言った、「親が食べてみて安全かどうか確かめる事」というのはあるかもしれない。要するに、子供の命を、子供自身が、もしくは親が守るためには、親や子供自身の生活の中でのカンの力が大きいかもしれない。それだけじゃなく、大人の社会的環境と比べて、子供の生活の周りにあるものは、比較的シンプルだ。
子供の(結果的な)生存能力っていうのは、どう、変わっているだろう。

昨今、子供をめぐる哀しいニュースがメディアを頻繁ににぎわせている。
子供も大人も命を守る力が弱くなっている?


ってコトで、ちょい、パタパタ。。。

まず、この統計。
人口動態統計100年の年次推移

http://www1.mhlw.go.jp/toukei/10nengai_8/hyakunen.html

100年の間、緩やかに減りつづけている。

実は数字はすべてマに受けちゃいけない。なぜなら、100年の間にこういう統計の取り方や、不慮の事故と言う定義など、いろいろ変わっているからだ。
だけど、概ね、微妙に減っていることは言えるだろう。

しかし、実はすずめ的には、「防げたはずの事故」はもっとドラマチックに減っているのではと思う。
なぜなら。。。

http://d.hatena.ne.jp/zundamoon07/20100318/1268909917
http://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/jinkou/tokusyu/furyo10/01.html

ここで分かるのは、この不慮の事故というのは、高齢者に劇的に多いということ。
年齢階級別では65歳を超えると、絶壁のように高くなる。
もちろん、高齢者の事故だって、防げたはずのものは多いはず。家の中の段差や階段そのほか、コレさえ無ければ!というのも多いだろう。
だけど、大雑把に言えば、確かに高齢になると、転倒のリスクは上がり、回復力は格段に落ちてしまう。普通だったら、「痛いっ」で済むところが、「事故」ということになる。

ということは、人口構成の高齢者比率が多くなれば、それだけ全体の中で高リスクのヒトの割合が高くなるということでもある。
逆に言えば、他の年齢層の人口あたりの事故数は下がっているはず。

そこで、
子供だけで調べてみた。

http://www.jfpa.or.jp/14-jiko/db/001-11.html

データは平成12年からのもので、10年にも満たない範囲だが、
よく世間で言われる「最近の。。。」という揶揄には該当しているかもしれない。
それぞれの年齢層で、たった10年で半数近くになっている。


そもそも、子供の事故死は減っていて、年間、絶対数としてはそん
なに何人も亡くなっていない。
上のは人口十万対の数だが
もっと、長期に絶対数を見てみると。


死因/年次

昭和 35年 50年 平成2年 17年 18年 19年
全死因 49,293 19,103 5,616 2,958 2,864 2,828

不慮の事故及び有害作用
1,315 919 346 174 149 127

1 平成7年から乳児死因分類が改訂され,必ずしも旧分類か
らの完全な連続性は保たれていない。

http://www8.cao.go.jp/youth/whitepaper/h20honpenhtml/html/b1_sho1_1.html

この昭和35年、日本はもう、すでに充分豊かだったと思うが、1300人を越える子供たちが不慮の事故で亡くなっている。それから幾星霜、
平成19年には10分の1になっている。日本全国で127人しか亡くなっていないのだ。


ちなみに、この間の出生数の絶対値は、
昭和46年あたりの第二次ベビーブームでは200万人を越し、上の統計の35年あたりでは
170万人ぐらいだろうか。
そして、最近、たとえば、2008年は109万人。

要するに、単位人口当たりの子供の不慮の事故数は、50年のスパンで考えると、劇的に、
大雑把に言って5分の1には減ってるということになる。
そしてそれは、50年前の親たちが賢かったのではない。今もって減り続けている。

http://www8.cao.go.jp/shoushi/whitepaper/w-2010/22webhonpen/html/b1_s2-1-1.html

すずめ的に考えると、
35年から50年の減りも大きい。これは、まだまだ、世の中のいろんなモノの整備が行き届かなかった部分もあるのかもしれない。
なにしろ半世紀前なんだから。
だけど、昭和50年から平成2年までの減りも大きい。このころは、バブルに向かって世の中がどんどん豊かになっていった時代。
親が個人として注意深くなるというより、社会の中で危ないものを無くすよう、努力をしてきたということではないかと思う。
って、1つ前の日記の続き

ここでちょっと補足。
いつの世代でも言われ続けてきた、
「近頃の若いモンは。。」という揶揄。
古代エジプトだか?の落書きにもあるそうな。。。

その伝で言うと、
昨今のワカモノも根性が無い。

でも、まあ、昨日の日記の統計で言うなら、それほど結果的生存率に遜色は無い。
。。。って言うと、そんなコトは無い。メンタルな部分で脆弱になってるトカナントカ言う人も多い。
うーん。そういうのは比べられないからねえ。。。
あるとすれば、バロメータとしては自殺率だろうか。


確かに、昨今、自殺が増えていることが問題になっている。

http://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/jinkou/tokusyu/suicide04/3.html

もっと新しいのがあると良いんだけど。。。5年前のもの。
こっちは新しいけど。

http://www.t-pec.co.jp/mental/2002-08-4.htm


これを見ると、大きなスパンではどの年齢層でも下がっている。特に女性は安定している。
しかし、男性の50から54才の増加がものすごい。
この現象に限って言えば、「近頃の若いモン」という問題では無いのは明らか。
他の年齢層ではこの状況は無いことを考えると、この原因は、特に日本人全体が弱くなっているというより、この年齢の男性特有の事情によるものだといえるのではないだろうか。

今の若者たち。
すずめたちの頃は、学校を卒業すると、何らかの仕事に着くことが当たり前だった。
でも、そういうレールが危ういものになって久しい今日、
この厳しい時代を、彼らはどうやら生き抜いている。
単純比較はできないのはもちろん、弱くなったとも言えないんじゃないかと思う。
我々が若者だった時代、我々より年配のヒトたちが若者だった時代。。。
同じような試練があったらどうだったろう。もちろん、それぞれ辛いことも経験してきたろうけど、集団意識として、そんなに強くてりっぱだったろうか。。
確かに、団塊の世代なんかだったら、今だったら、デモとかして火炎瓶とか投げてるかもしれない。だけど、あの当時だって、そんなコトするのは、ほんの一部の大学進学者のそのまた、一部だったのだ。中卒で金の卵になったヒトたちには遠い存在だ。

親が子供を守る力がどう変わったかなんて、
測るすべは無いかもしれない。
でも、少なくとも、社会が,子供を守る力を伸ばしていることは確かだろう。
昨今、屋上は封鎖され、危ない遊具は撤去され、いろんなリスクが
企業や公的機関の努力によって、減らされている。
だから、軟弱になり、何かあると、すぐ訴訟になってしまう。。。
とは言うが、
すずめ的には、これは素晴らしい事で,評価されるべきだと思っている。
なぜなら、そういうリスクからもたらされる死は、プリベンタブル
だったんだから。
防げたはずの死はあまりに哀しい。
それでも、防げない死は依然としてあり、これからもゼロにはできない。せめては、叡智によって救う事のできる命は救うべきだ。

今、ヒトは殆ど、死ななくなった。
もしかして、江戸時代はもっと、親が子供を動物的な本能によって守り、
生き抜いていく力を持っていたという「仮説?」は正しいのかもし
れない。しかし、
それによってもたらされたのは、平均寿命50歳の社会だ。
動物的カンは、ヒトの寿命を50歳までにしかできない。
しかし、私たちが今、生きてるのは、80歳を越える平均寿命を持
つ日本だ。これは人類史上誰も、いかなる国家も実現しえなかったものだ。
この進歩は、乳幼児死亡率と感染症に起因するものだけじゃない。
一人の親が一人のわが子を全力で守ることだけでも達成されない。
施設や製品、社会システムを作る人たちの誠実な努力によるものじゃないかと思う。

確かにすずめは毎日、ぼーっと生きてる。
ボーっとしててもあんまし死なない環境になってきたし。
牛乳を買うとき、スーパーで製造年月日なんて確かめない。
古いものが売ってる可能性なんて、めったに無いんだから。
甘やかしすぎだなんて言うけど、
What's wrong?
私たちは、平均寿命80年をどう、幸福に伸ばすかという微妙で高度な戦いをしてるのだ。
絶対値1300人の死亡数を減らすのはたやすいが、
127人しか死なない事故を減らすのは難しい。
もう、ちょっとやそこらのバカな事で亡くなるヒトはいないんだから、死んじゃうほどの事故っていうと、よほど。。。っていう事になって当たり前だ。蒟蒻ゼリーの事故のように。あんなの考えられないって事になる。

何のカンの言っても、
日本は世界一、ヒトが死なない国なのだ。
これから先、どこまでそれが延ばせるか分からないけど、
幸福に、価値あ人生が送れるように、
たくさんの人たちが切磋琢磨してることを、
本当は忘れちゃイケナイ。
その切磋琢磨の轍から、学びたいと思う。

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2010年12月17日 (金)

毎日毎日エビ、イカ、タコ、カニ。。。

何だか知らないけど、っていうか、ここんとこ、毎日同じニュースを繰り返し聞いてる気がする。
朝の民放でも、昼間に何度か見た、ワイドショーでも、
エビが怪我した?
弁護士?が何か言ったり、
怪我させたヒトが出て来るだの見つからないだの。。。?

毎日毎日、細切れに、イロイロ。
よーく聞けばきっと1つのラインになってるのかもしれないけど、
そういうのって、よーく流れを負っていかないと分かんない。
なにせ、何度も何度も同じようなニュースを繰り返し聞いてるみたいな気がするんだもん。
それって、すずめだけ?

そういうのにあんまし興味が無いと、その流れみたいなの?がつかめないので、毎日、別々のエビが引っかかってる?アマエビ、エビフライ、伊勢エビ。。。?
って勘違い?しそうになっちゃう。
じゃなければ、
エビだのタコだのイカだのが、毎夜酔っぱらってモンダイ起こして、ニュースになってるみたいな。


どの記事も、エビの好きなヒトにはとっても重用な問題で、
詳細な経緯を知りたいって思うのかもだけど、
すずめみたく、そういうのよく分かんないヒトには、右から左へスルー。
よく分かんないので、大勢のエビが問題を起こしてるように見えちゃうワケだ。

でも、コレって、エビ事件に限らず、
いろんな問題に言える。
殺人事件が起こると、
今日はナイフが、明日は目撃者が。。。っと、連日報道されて、
もう、毎日毎日、イカだのタコだの、殺人事件が起こりっぱなしみたいな気になっちゃう。

だから、
みんなが、
最近は殺人事件が増えてるだの、
子供の凶悪事件が多いだのって勘違いしてって、
イマドキの若者は。。。ってハナシに変遷してく。


平和なニポン。
まあ、いいけど。
ホントに、周りに危機が無いなら。
ウスウス、ヤバって気がするけど、
一応、海の向こうだから、考えてもしょうがない。
近海モノのエビの話で盛り上がっていようってのは、正しいかも。

ーーーー

ニュースから

 歌舞伎俳優、市川海老蔵(33)が殴られ重傷を負った事件で、加害者グループ側の代理人のひとり、高安聡弁護士が16日、都内で取材に応じた。海老蔵に先に殴られたとするグループのリーダー格の男性(29)について、「被害届を出ししぶっているようだ。理由は分からない」などと語った。

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蒟蒻ゼリーの問題への補足

昨日、友人たちと話をしている時に思い出したこと。

この祖母の場合、40代だったという。
20年以上前は、ミニカプゼリーは非常にポピュラーなお菓子だった。同様の形状だが、寒天で作られており、50個入りのものなどが、普通に売られていた。特に小さな子供専用のようなもので、クマさんなど動物のイラストが描かれたりしていた。たしか、ブルボンなども作っていた。(現在でも売っている)また、このころも、コレを凍らせるとおいしいという口コミがあり、すずめも冷凍して食べた事がある。当時は、ネットなどの情報網は無く、ゼリーを凍らせて食べると言う発想は無かったが、誰かから母(当時60代)が聞いてきた気がする。
ファミリーレストランなどのお子様ランチのオマケにもついていた記憶もある。


そういう子育てをした者にとって、ミニカップは危険なものには思えないはず。メディアでいくら危険を訴えようと、なめてかかっても不思議ではない。


-----

この間、職場で携帯の電源が切れてしまった。
帰りに100円均一ショップへ寄り、電池式の充電器を買った。
説明書には、
「データが消えても責任は持ちません。あらかじめ、データを別に書き留めておいてください」
と書いてあった。
携帯を充電する時に、いちいちすべてのデータを書き留めるヒトがいるだろうか?
もちろん、メーカーはそんな事はありえないと知っている。ユーザももちろんだ。
「説明書に書いてある」は、単なる方便であることは、誰でも知ることだ。


蒟蒻ゼリーについて書いた日記

http://suzume6.cocolog-nifty.com/blog/2010/11/post-c537.html
http://suzume6.cocolog-nifty.com/blog/2010/11/post-b5dc.html
http://suzume6.cocolog-nifty.com/blog/2010/11/post-75ae.html

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2010年12月16日 (木)

死亡と誤判断 救急隊引き揚げ /これが煽られると。。。

死亡と誤判断 救急隊引き揚げ
http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=1440758&media_id=4

確かにあってはならないことなんだろう。
そして、
いろんな事情があって、こういうことになってしまったのかもしれない。

高齢者で
身体が冷たくなっていて。。。
誰もが想像するように、
近所の男性が朝に発見したということは、
もしかして、もう、相当時間が経っているのかも?
って思ってしまうのかもしれない。
一人暮らしだし。

こういう事を二度と起こさないようにしなきゃいけない。
そうするためには、
自分たちが明らかに亡くなっていると思っても、
一応、病院へ運ぶ方が良いっていうことになるんだろう。
もちろん、運ぶ先は、死ぬ程重症なんだから、
3次救急。
軽症用の病院がいくら混んでパンクしても、
そのせいでタライ回しにされて、死ぬヒトは出ないかもしれないけど、
こういう病院が混んじゃったら、そりゃ、問題かも。

どうするべきなんだろう?


 山口県の岩国地区消防組合消防本部の救急隊員が14日、119番で駆け付けた現場で、生きている高齢男性を死亡と誤判断し、引き揚げていたことが15日、同消防本部への取材で分かった。検視に来た県警岩国署員の指摘で生存が判明。同消防本部は再度救急車を出動させ、岩国市内の病院に搬送した。

 男性は低体温症と診断され、搬送先の病院で治療を受けていたが、14日以降意識は戻らず、15日夜に死亡した。

 同消防本部などによると、14日午前8時55分ごろ、同市玖珂町の一人暮らしの男性(83)宅で「亡くなっているのではないか」と近所の男性から119番があった。駆け付けた救急隊員は脈がないなどとして、死亡と判断し引き揚げた。

 その後、岩国署員が検視の際に男性の体が動いたことを確認したため、「生きているのではないか。もう一度、来てほしい」と要請。約1時間後、救急隊が再び男性宅に駆け付け、脈がわずかにあることを確認した。 

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2010年12月13日 (月)

北ニモマケズ/ 朝鮮半島ヲオモヒツツ


雨ニモマケズ
風ニモマケズ
北ニモ南ノ経済ニモマケヌ
丈夫ナ産業ヲモチ
慾ハナク
決シテ瞋ラズ
イツモシズカニワラッテヰル

一日ニ雑穀米一合ト
肉と少シノ野菜ト菓子ヲタベ
アラユルヒトヲ
カンジョウニ入レテ
ヨクミキキシワカリ
ソシテワスレテ
都会ノ私鉄沿線ノ
小サナウサギ小屋ニヰテ

東ニ激安スーパーアレバ
行ッテバーゲンヲアサリ
西ニデパ地下アレバ
行ッテソノ列ニナラビ
南ニ楽天市場アレバ
買ッテレビューヲ書キ
自分ハソンナデモ

北ニケンカヤセンソウガアレバ
ツマラナイカラヤメロトイヒ
失言シタトキハナミダヲナガシ
基地問題デハンタイサレレバハオロオロアルキ
ミンナニデクノボートヨバレ
ホメラレモセズ
クニモサレヌ
セイジカガイル
サウイフクニニ
ワタシハスミタイ

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2010年12月11日 (土)

本当の危機は/性描写作品の表現の自由

1つ前の日記の続き


性描写漫画規制、成立の公算
http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=1435356&media_id=4


本当の危機は、こういう問題が「政治的」テーマで語られることではないだろうか。表現の自由は死守されなければならないが、実は作り手の側も、昨今の過激になっていく風潮には苦しめられているはず。
本当は、このまま良いと、一番思っていないのは、作り手側ではないだろうか。
だとしたら、歩み寄る事もできるのでは?

だけど、これが政治的対決構造の中で語られてしまっている中では、
それが歪められてしまう。すずめでも、イシハラの味方はしたくない。したくないだけで、この法制化には条件反射的に反対したくなってしまう。

でも、
それで良いのか?


昔、チャタレー夫人の恋人 という本があった。
多くの人が知るとおり、


チャタレー事件(チャタレーじけん)とは、イギリスの作家D・H・ローレンスの作品『チャタレイ夫人の恋人』を日本語に訳した作家伊藤整と、出版社社長に対して刑法第175条のわいせつ物頒布罪が問われた事件。わいせつと表現の自由の関係が問われた。/wiki

http://ja.wikipedia.org/wiki/チャタレー事件

「チャタレー夫人は私だ!」
ってヤツ。

すずめが高校のころは、まだ、コレが岩波文庫だか新潮文庫だかで売っていた。
そして、「その部分」がXXXXXXってなっていた。
だけど、それって、当時ネンネだったすずめにでも、意味が分かっちゃうし、しかも、大した部分じゃ無かったと思う。森の中でオトコとイチャイチャ。。みたいな?
その後も伊藤整じゃなく、別の訳で出てるんだろうけど、きっと、今のヒトが読んでもどうってコトの無いものだろう。

しかし、当時は、こんなものでも、ものすごいインパクトがあったワケだ。

その後、いろんな「過激さ」で話題になったものがいっぱいある。
どんどん「過激」になって行き、今や、誰も少々のコトでは驚かない。
特にネットでは、いろんなモロ画像が溢れ、メールにまで添付されて送りつけられて来る日々
私たちの感覚は日々、麻痺していく。

そんな時代、
実はすずめは昔からマンガって苦手で、ほとんど読んだ事無かったし、アニメも一部を除いて全く見て無い。だから、こういうコトに詳しいワケじゃない。
でも別にそーゆー趣味が無くても、検索の途中で、いろんなのが出てくる。
だから、「当該」作品ってのが、どういうのか、概ね分かる。
子供たちが好奇心でこっそり探して行くエッチ情報の先には、どこまでもどこまでも、トコトン下品で下劣な物がいっぱいあってしまう。
現実的に。

下品で下劣
上品で高尚


確かに、コレは線引きが難しいものもある。
しかし、
大きいのは、作品としての質の差だ。

3つ程前の日記にも書いたけど、
エッチなのがいけないとは思わない。
上村松園だって北斎だって春画を描いていた。今や芸術作品なんだろう。
上質なエロティシズムなら、小学生に見せても良いと思う。
上質なものなら、感覚は麻痺していかないから。
だけど、
質の劣悪な、
単に売れるから、儲かるからという事で作られた商業主義的エロ作品は見せたく無い。誰でも知る通り、世の中にはいっぱいある。
そして、誰でも分かる通り、上質なものと、劣悪なもの。厳然と明らかな差がある。誰でも分かるよね!

それを、政治上で分類すると、
パンツが見えてるか見えて無いか
ってコトになってしまう。
でも、そういう問題じゃない。


概ね、たとえば子供の見る時間帯に出て来るようなテレビ番組のものは、
そこそこ、オッケー。下品なコトするとスポンサー(この時間帯はおもちゃや食品など会社の信頼度が大きい業種が多い)が降りてしまうので、自主的に規制されてく。だけど、そうじゃないモノには今、何のストッパーも無い。


一昨年はフトモモが見えたらNG
去年はパンツが見えたらNG
今年はパンツはオッケー。
じゃあ。。?

みたいな、そういう昨今。
今やチャタレー程度じゃお笑いにもならない。

これに、一番、危機感を持つべきは誰か。
クリエーター自身であるはず。

チャタレー程度じゃ誰も振り向かない時代。
本当は、「ここまで」やるヒトじゃなかったけど、そこまでやらないと、売れない...読者の感覚が麻痺してるから。
それって、同じ意味で、表現の自由が歪められていないだろうか?
規制されてできないのだったら、抜け道を探せば良い。
だけど、相手の感覚が麻痺してしまってたら、自分も過激にするしか、方法が無い。それって、創作にとって、ものすごく大きな不自由さのはず。

政治の回路を外れて、
歩み寄れないものだろうか。
だって、一番危機感を持つべきは、作り手なのだから。


っていうのの、解決策を
いくつか前の日記にも書いた

http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1636139104&owner_id=12848274

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2010年12月10日 (金)

青少年育成条例の改正案/歩み寄れない?

角川書店、「東京国際アニメフェア」出展取りやめ 社長「都の姿勢に納得できない」
http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=1432834&media_id=32

こういうコトを
自治体とかが「法」としてやるから、
反対が出ちゃう。


表現の自由に関してはやはり死守すべきっていうのは厳然とある。
上村松園も春画を描いてたっていう。今になれば、きっと芸術作品なのだろう。
今の時点で、都議会がエッチだと決める作品に、そういう先見性があるのだろうか。
その一方で、
商業活動として確かに子供が食い物にされている現実はある。
何よりも、
若いヒトたちに蔓延させたくないのは、
「センスの悪いもの」だ。
そりゃ、キワドくエッチならば売れるだろうという商売として作られたものは、センスが悪いのは多いだろう。

良心的企業は、社内での基準があるはず。
クリエーターの中にも、
下品でも儲かれば良いというスタンスをどこまで許すか、
自分自身の中にもボーダーもあるはず。
客観化ができないだけで。


だけど!
ホントは、理屈にできないけど、
分かる。
ココと言う風にボーダーを引くのは難しいけど、誰でも、松園レベルの枕絵とエッチなマンガの違いは分かる。
しかも,明らかに。
今までだって、18歳未満禁止っていうのもあったんだし。

確かに、このボーダーの位置は、人によって違うのだろう。
また、作品の中に占める割合や必然性も、解釈によって大きく違う。
だから、難しい。更には、ココに、表現の自由を死守しようという、いわゆるプロ市民が登場しちゃって、ますます、コトは複雑になって行く。


まずは。。。
どうだろう。


こういう流れ。
表現の自由の侵害と言う意味ではもちろん、
商売至上主義的下劣な表現の横行っていう意味でも、
本当のクリエーターたちにとっては、危機感があるはず。
今までは、チラリと見せただけでインパクトがあったのに、
イマドキは読者が麻痺しててバッチリ見せないと誰も振り向いてくれない。。。から、しょうがなく、ここまで描くみたいな。

まずは、どうだろう。
歩みよれないだろうか。

歩み寄りの具体的方法として、
規制以前の評価機構を作ること。

世の中には、アニメヲタクみたいなヒトたちがいっぱいいる。
アニメやマンガ、膨大な量を見る事は、ものすご〜い時間が必要だが、
彼らはそんなコト、厭わない。
なので、
彼らをネットワーク化、組織化して、
評価基準を作って、
いろんなデータを蓄積することから始めては。
(もちろん、コレはよくある『優良図書』推薦団体さん系じゃなく、もっと、ディープなメンバーをボランティアで募って)

それは、データ収集なので、最終的評価とは別にする。
評価を「許容に対する」是と否のボーダーの為に考えるから,難しい。
複雑で些末な問題も孕んでしまい、目が曇る。
だから、先ずは、純粋に評価(スコア化)を目的にする。
視点ごとに細かくセグメントを作って。
また、評価に関しては、何人もの判断を並列にデータ化するなど。。。
イロイロ方法はありそうだ。


まずは。。。それを何年かやって、
見えてくるデータをもとに、
どういう部分が問題なのか、
コンセンサスを得ること。

そして、
最終的には、
法による規制ではなくて、
こういうNPOレベルの、民間,出版、書籍販売関係の自主規制によって、
考えて行ければ良いのではないだろうか。

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2010年12月 4日 (土)

渋谷パルコの裏の広告/忘れられない技術

何年か前までの話だけど。

渋谷のパルコパート1とパート3の間の道。
(下に貼付けたけど)

あんまり通る人いないような道、
大きな白い壁があって、
そこに大きな広告が描かれてる。

グーグルマップのその位置を、
ストリートビューでみると、まさに、その広告が見える。
今、すずめが見たのでは
アフタースクールっていうピンクの広告が描かれている。

何年か前、
8年位かな。

よく、ここを通り道にしてた頃があった。

ある日、通りかかったら、まさに、この広告を描いている所だった。
驚いた。
だって,そのころもう、こんなモノ、コンピュータで出力できて、
簡単に貼付けることができる時代だったから。

その後も何度もその作業をしてる所に遭遇することがあった。
余りに面白くて、興味津々で見飽きなかった。
「すごいですね。こんなの見せていただけて、感激です。」
「そうですか。ありがとうございます。」
そんなやり取りをした。画材についても聞いたっけ。アクリル系。

下書きの絵を見て、
それを実に原始的に、まさにすずめたちが学生時代にやってたように、
鉛筆(コンテ)で、線を書き、そこへただ,描いていく。

画力はハンパじゃない。
いわゆる「職人」なんだろうど。(当時、30代位だったろうか、若い人だったけど)いつも二人。
小さな文字も正確に、描き取り、
人物もきっちり、描いていく。
動きに無駄が無い。
すごい。
すごいものは、すごい。

本当は、デザインの世界、
こういう作業系の仕事は下に見られてしまう。
デザイナは、指示をしたら、
外注とかのイラストレータさんに指定するだけ。
「職人」であって、描いたモノを売ってるだけ。
描いたものは、「作品」ではなく、「品物」と同じ。
彼らもデザインの原画を写していくだけ。
だからか、謙虚な受け答えだった。


今、ストリートビューで見えている広告も、
これが手描きかどうか分からないけど、
普通に見たのでは、PCの出力の写真からなのか、手描きだか、
分からない。
そばに寄って始めて、微かな筆跡によって分かる。


先週だったっけ、
久しぶりにこのそばを通ったので、
見に行った。
そしたら、
同じような広告があった。

って思って、
そばで見たら、PC出力だった。

ホント、そばに寄らないと分からないクオリティなので、
ストリートビューで見ても、
分かんないんだよね。

手描きの広告が、PCになったのはいつ頃だったんだろう。
ああいう技術、
生き残って欲しかった。
どこかでやっていないかな。


ネットでいろんなキーワード引いたけど
出て来ない。

きっと、誰も気がつかなかったんだろう。
だれも、日記に描いて無い。
あんなすごいモノが、
誰にも気づかれることなく、
まさに、街の片隅で生まれ、
消えて行ったこと。
誰も記憶してないのかもしれない。


でも、
すずめは、ちゃんと覚えてるからね。
ずっと忘れ無い。


-------

誰か、
知ってたら、教えて欲しいな。

http://maps.google.co.jp/maps?f=q&source=s_q&hl=ja&geocode=&q=%E6%B8%8B%E8%B0%B7%E3%80%80%E3%83%91%E3%83%AB%E3%82%B3&sll=36.5626,136.362305&sspn=36.428389,59.414063&brcurrent=3,0x60188ca91be8c94f:0x48e0c2c3bd525d97,0&ie=UTF8&hq=%E6%B8%8B%E8%B0%B7%E3%83%91%E3%83%AB%E3%82%B3%E3%83%91%E3%83%BC%E3%83%88%EF%BC%93&hnear=%E6%B8%8B%E8%B0%B7%E3%83%91%E3%83%AB%E3%82%B3%E3%83%91%E3%83%BC%E3%83%88%EF%BC%93&ll=35.662134,139.698586&spn=0.001142,0.001813&z=19&layer=c&cbll=35.662056,139.69861&panoid=FvGUN3jGvHQ8tQ5sIN-mWg&cbp=12,69.65,,0,0.98



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