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2010年11月 7日 (日)

死刑のあり方

mixiに9月10日に書いた日記


死刑のあり方で勉強会、存廃の意見を聴取
http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=1337318&media_id=88

それでも、尚、私は、廃止の方向に向かうべきだと思う。

死刑の問題。
ナガヤマノリオやヒラヤマ(帝銀事件の)を頭に描くだけじゃなく、

マツモトチヅオや
オオクボキヨシ
ミヤザキツトム(女の子を何人も殺した)
ああいう、本当に、誰もが許せないと感じる存在を皆が頭に描いた上で、
そして、尚、死刑は撤廃したいと思うまで、死刑は存続させるべきだと思う。
私は、個人的には、
その上で、死刑は撤廃しても良いと思える。

法という社会が作った方便が、人の人生を失わせる力を持つべきなのか、
「死」には、もっと、哲学的に、尊厳を持たせるべきだと思う。
社会が、人を罰する事ができるのは、
社会の中、社会的存在としての人の環境の範囲内であって、

は、不可侵であるべきじゃないだろうか。

ただし、
「人権」も社会が与えたものだから、
社会として、それを剥奪しても良い。

その具体的方法としては、
記事にも出て来ている、
「終身刑」をきちんと整備すれば、自ずと、死刑は減るだろう。
そして、それを死刑撤廃への一里塚として、
長い時間をかけて、でも、撤廃の方向へ、
もって行くというのに賛成だ。

現在の、いろんな事件、死刑を巡っては、何か不自然な現象が散見している。
司法が、絶対的なものではなく、大衆の感情におもねているような。
たとえば、山口県光市の殺人への判決。
被害者にもし、マスコミのバックアップがなければ、差し戻しはあり得ただろうか?もし、そうだとしたら、それは、マスコミによる、リンチとは言えないだろうか。

オウムのマツモト死刑囚は今、本当に、正常な精神を維持できているのだろうか。伝えられる異常な様子は、単に本人が演じているのか、そうでないのか。。。キチンと、公平な診断がされているのだろうか。
本来は、精神に異常を来した状態での死刑は行えない。
だけど、どうなのだろう。
ああいう、誰もが憎む存在には、法務大臣も判を押しやすい。
精神疾患を持つ犯罪者を死刑にして、私たちは満たされるのだろうか。

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