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2010年11月19日 (金)

おいしい商売/蒟蒻ゼリー

こんにゃくゼリーで1歳男児死亡事故 マンナンライフ側の主張を認め両親の損害賠請求棄却
http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=1412113&media_id=85


この商品、
2007年の市場規模は117億円。
それを、マンナンライフ社と小さなメーカーが独占している。しかし、森永や明治などの大企業は参入しない。
特許も切れていてどこでも製造できる。そして、彼らは分かっている。森永や明治などの大企業が参入してこないことを。一種類の商品でこれだけの販売ができれば、そりゃおいしい。さぞ、利益率、高いだろう。急成長したのが分かる。


森永や明治、
もし、死亡事故が出たら大変な事になる。
たしか、初期にはブルボンも販売していたと思うが。。。今は撤退している。
こんな事故、出したら、雪印の二の舞になる。
私たちは、誰かが、「お腹をこわしたかもしれない」ぐらいの事故でも、雪印を許さず、潰した。
私たちはそんないいかげんな製造者を許さない消費者だ。
そして、それだけの力がある。
しかし、この力は、私たちが簡単に手に入れたものではなく、
戦後、多くの消費者運動に関わる人たちが、運動し、投獄までされ、
そして、勝ち取ったものだ。
昔はもっと、もっと、危ない商品がいっぱい売られていたのだ。
何百人も死んでしまうような。
今は、いろんなレベルの安全基準によって、私たちは守られている。
そういう誠実な仕事をしている人たちが、本当はたくさんいる。
そんな事実を、私たちは忘れてしまっている。


今回の判決を受けて、膨大な日記がアップされている。
ざっと何百件?かスクロールでみたが、どれも同じ、親バッシング。
日本の消費者意識は高いと思っていたが、そのレベルの低さに、暗澹たる思いだ。

彼らはなぜ、森永が、蒟蒻ゼリーを売らないのか、
そういう疑問を感じたことが無いのだろうか?
自分がおいしいものは、「正しい」
その発想の幼稚さ。ネットだけの特殊性だろうか?
だけど、彼らの中にも、何らかの分野でプロフェッショナルとして働いている者がいるだろう。そういう人たちは、自分の仕事も、マンナン風なのだろうか?子供が死んでも、無視というような。(実際、この原告が子供の死亡をマンナンライフ社に連絡した時、無視されている)そんなのが、許容範囲なのだろうか。
あまりにお粗末。

彼らの多くは言うのだろう。

自分には、問題無い商品だ。

おそらく、彼らには、点字ブロックの無い駅のホームも、スロープの無い図書館も、自分には問題無いので、無駄だと思っているのだろう。

しかし、
今はそんな時代じゃない。
ユニバーサルデザインの価値を改めて語るまでもないが、
障害者でも、子供でも、高齢者でも、
「安心して」暮らせる社会を目指している。
ことさら便利でなくても良い。
せめて、命までは奪われない設計をすべきだ。
それが、莫大な市場規模の商品を独占販売している企業の、社会的責任であるはず。


消費者庁にはがんばって欲しいものだ。

(蒟蒻ゼリーの設計の瑕疵、その理由に関しては,1つ前の日記に書いております。)

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