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2010年10月11日 (月)

放射能の臭い/第五福竜丸

最近、すずめは自転車エクササイズに凝ってる。
ここ何年か、
重くなっちゃって、
今のすずめは、世を忍ぶ仮の姿。
早く仮の姿を辞めたいと思うんだけど、
ハーゲンダッツとか
ぶどうパンとか
茂蔵豆腐とか、
丸彦のおせんべ。。。(以下自粛)
イロイロ諸処の妨害があって、ナカナカ。。。

で、

昨日は、お天気で、心置きなくお出かけ日和だったんで、夢の島まで行っちゃった。
これはすずめ史上最高の快挙。


って、
ホントは何で行きたかったかというと。。。
夏のニュースで
ビキニ環礁が世界遺産に登録されたってのを聞いて、
第五福竜丸、見に行きたかったんだった。


ほとんど人のいない、
夢の島の一画。

第五福竜丸の展示館がある。
人知れず。


誰もいない大きな建物の
ドアを開けると。。。
或る、臭いがする。
これは。。。長崎の原爆資料館で感じたのと、同じ臭いだ。

比喩的な意味ではなく、
ホントに物理的に同じ臭い。
何なのだろう、
古い木を保存するための、防腐剤?
それとも、ペンキ?

そうは思っても、
その臭いはとても異質で、
どうしても、
これは、放射能の臭いなのだと、
思ってしまう。
そんなこと、もちろん、あり得ないけど、
だけど、
肉体的に、訴えられる臭いって、
理屈とは別個に、
感じるものがある。
どうしても。


家へ帰っても、
なぜか、私の周りはこの臭いで包まれてる気がした。
手のひらを鼻に近づけると、
あの臭いがした。
比喩ではなく、
本当に物理的に。
もしかして、
手すりのペンキの臭いなのかもしれない。

だけど、
身体の中に一瞬に浸透して、
自転車で25キロの道のりを走っても、
飛び散ることなく、
手のひらでハンドルの中に包み込んで
家まで持って帰ってしまった。

----

以下、ウィキからの抜粋

1954年3月1日、第五福竜丸はマーシャル諸島近海において操業中にビキニ環礁で行われた水爆実験(キャッスル作戦・ブラボー(BRAVO)、1954年3月1日3時42分実施)に遭遇し、船体・船員・捕獲した魚類が放射性降下物に被爆した[1]。実験当時、第五福竜丸は米国が設定した危険水域の外で操業していた。危険を察知して海域からの脱出を計ったが延縄の収容に時間がかかり、数時間に渡って放射性降下物の降灰を受け続けることとなり第五福竜丸の船員23名は全員被爆した。後に米国は危険水域を拡大、第五福竜丸以外にも危険区域内で多くの漁船が操業していたことが明らかとなった。この水爆実験で放射性降下物を浴びた漁船は数百隻にのぼるとみられ、被曝者は2万人を越えるとみられている。。。。。。

第五福竜丸の水爆災害。。。。「水爆や関連する開発への日本人の好ましくない態度を相殺するための米政府の行動リスト」。。。。「日本人患者の発病の原因は、放射能よりもむしろサンゴのちりの化学的影響とする」と明記。。。日本人医師団は死因を「放射能症」と発表したが、米国は現在まで「放射線が直接の原因ではない」との見解を取り続けている。。。。

第五福竜丸は被爆後、救難信号(SOS)を発することなく他の数百隻の漁船同様に自力で焼津漁港に帰港した。これは、船員が実験海域での被爆の事実を隠蔽しようとする米軍に撃沈されることを恐れていたためであるともいわれている[4]。


http://ja.wikipedia.org/wiki/第五福竜丸

より。
上はすずめの勝手で恣意的な抜粋のため、原文をどうぞ。


Yume1008h_8


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コメント

原発の水素爆発があった次の日に

空気がすっぱい匂いがしましたけど

放射能の匂いなのでしょうかね?

投稿: | 2011年4月12日 (火) 16時09分

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