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2010年8月

2010年8月28日 (土)

サンデル教授@東大 すずめの感想 & 妄想

さて、すずめの感想 & 妄想

サンデル先生のいろんな内容。

結局は、


libertarian /libertarianism

VS

communitarian /communitarianism

ってなるのかもしれない。
何か、日本語にしにくいのは、communitarianismって、辞書には共産主義って載ってる気がするから。番組の翻訳でも、
リバタリアン コミュニタリアン とカタカナになってた。(他では分からないけど)


こういう話題になると、結局は誰もが極論を論じる。
5人の命 VS  1人の命


「じゃあ、6人とも全員、死んだっていいのね」
「じゃあ、アンタ、共産主義が良いの?北朝鮮に住みたいってワケ?」

ってな感じになる。

確かに,いろんな複雑な要素を絡めてしまったら、本質が見えなくなってくる。だけど、論点って、そこだろうか?
別に、私たち、ある日突然、全員がコミュニタリズムにハマっても、そんな明日から共産主義になるワケない。みんなが送っている日常生活はもっとアバウトで、刹那的で、温かいはず。


確かに、今、国会で論じられている、医療費や年金の問題の中核には、
個 VS 社会
があって、自らのサスティナビリティをかけて、赤か白か、1万円か、3049403909円(デタラメ)なのか、解答を出さなきゃいけない。
その行為、それから結論は全部、普遍化させて哲学論にまとめることができるだろう。
そして、哲学論には、たとえば、ソクラテスメソッドのような、解答を導くための方法論や、その哲学が持っている、結論への一定の是とする方向性があるんだろう。
だけど、本当に、そこから、解答を導いたとして、それは、みんながハッピーになれるものなのだろうか?
もし、日本が求めた「結論」を哲学が肯定したら、それは
「哲学者さんも肯定するんだし、きっと正解なんだわ。」
って思って良いものなんだろうか?

そういうの、ちょい、疑問だ。
そして、その疑問は、また、後で書く、ちょい怖い危険にまでつながってる気がする。

もうひとつ、
すずめがちょい、気がついた、コト。


サンデル教授の出したどの命題も、答えを出せと言われたら、出し辛いものばかりだ。あそこで意見を「黒です」「赤です」「ヴィリジアンライトチントです」トカナントカ、言った人達も含めて、どちらか一方が「正解」と信じてる人はいないだろう。誰もが、両方の可能性があり、日によって、相手によっては、赤になり、プルシャンブルーになったりする。そして、それを確固たる信念を持ってる風に言う時もあれば、まあ、チョイ、そう思うんだけどね.位のときもある。
だから、少なくとも多数決することに意味が無いのは確かだ。
だけど。。。ちょい、すずめが気がついたのは、
多数決するなら、良いテクニックだってコトだ。


どの命題も確固たる答えは無い。だから、すずめみたくアバウトなヒトは、どっちでも良い。
だけど、
「東南アジアとか韓国に後の世代も謝罪しなさい」
って言われれば、それは、大変だなあって思う。
だけどね、「白村江の頃のまでって言うはず無いんだから。。。なら、いつまで?」
って考えると。。。
何か、答えが出てきちゃう。だって戦後65年。昨今、戸籍上200年生きてるヒトもいるけど、普通は、あと、30年程。お母さんを殺されて,哀しい運命を辿った人をプラスしても、あと50年。しかも、その人口はどんどん減っていく。。。
ってすると、それって、いくら?
って、かなり有限な数字になってくる。
その数字があると、そもそも、どっちでもいっかってすずめみたくアバウトな人には、「じゃ、オッケー」って、言いやすくなる。

極論対極論だと、絶対オッケーできないけど。
この
個 VS 社会
では、「ここまで」っていう線引きをしてやることによって、
劇的に許容度が増す。

ところが。。。
いつも語られるこの論争は「限界」を提示しない。
自由診療を許したら、日本はアメリカみたくなって、みんな死んじゃう
とか
プライバシー侵害法律を作ると、すずめのハダカも全部見放題

みたいな。。。でも、実際、すずめのハダカなんて見たいヒトいるワケ無いし、そういう極論は無意味なんだけど。。そういう反論をしてる。
実際は、一つ許すと、ずるずるどこまでもどこまでも許していく図式が怖いからNOなワケだ.消費税だってそうだったしね。
だけど、この「どこまで」という限界を論理的に担保できれば、
ヤブサカじゃないよ。そういうの、学問の世界ができないモンなんだろうか。


っていうすずめの感想、その1


さて、次はすずめの妄想的感想  


ちょっと前、NHKの番組で
色付きの悪夢

みたいな名前の番組があった(調べれば分かるかもだけど)

これ、要するに。。。
戦時中のいろんな白黒フィルムを画像処理して、カラーにしているのだ。
その当時のいろんな文献や遺物をもとに、「色」をつけていく。
軍服の色は博物館に残ってるのはコレだから、モスグリーンに
みたいな。

そうすると、
わあ、ノーマンロックウェルみたいじゃん。
な〜んて、バチ当たりなすずめは思っちゃう。
あ、ごめんなさい。こういう軽いヤツなんで。。。

そして、
わあ、ヤバっ。っと思ったのが、ナチのフィルム。
誰かについ、口を滑らせたら、
「そんな事、言うべきじゃないでしょ!」っと怒られちゃったけど、
正直、
ヤバっと思うくらい、カッコ良かった。
あの色、単なる赤じゃなく、緋色っぽい、それでいて、ワインカラーのようなコクのある赤。
めちゃめちゃ、イイ。
ナチに対して、いろいろもちろん、知ってるけど、
目に焼き付いてしまった色,カッコ良さは忘れられない。
多くの人が煽動されたのが良く分かる。

つくづく。。。あの時代に生まれないで良かった。。。

さて、サンデル先生はもちろんヒットラーとは似ても似つかないんだけど。


この講義、ホント、魅力的だった。
素晴らしかった。
刺激に満ちていて、感動しちゃった。

こういうの、良いよね。
また、他の人でもやったら、おもしろい。

たとえば、温暖化に関してもいろんな議論があるけど、
こうやって、聴衆を巻き込んでいくのってどう?
マイミクの宇宙人教授がやったら?
あ、宇宙人教授より、
もっと、若くて、イケメンで。。。っていう人選したら、
若いミーハーな女の子も来るかも?

もちろん、イケメン教授にはベテラン教授程の能力無いだろうけど、
だけど、パフォーマーとして訓練させればどう?

こういうの、演出、大きいよね。
聴衆を当てる時の視線とか、切り返しとか、
最初に『アキラ君』みたいな子を用意して。


サンデル先生の授業は、大学の中の、学生へのものだった。
そして、彼は決して、自らの哲学の方向性を学生に押し付ける事無く、学生たちを、自然に、自ら考える人となるよう、育てた。。。
だけど、もし、ここに何らかの意図をもって、恣意的に、構成してったらどうだろう。パブリックミーティングに出て来る政治家さんは、それほど、魅力的じゃないけど、タレント事務所から探してきて。。。
たとえば、消費税上げても良いよねとか、年金チャラにしよう。。。とか。
何らかのテーマを恣意的に訴えていけば。。。

すずめみたく、能天気なお調子モノは、ソッコーで洗脳できちゃう。

最後の鼎談では、
しきりに「大学同士でコラボ」みたいなのを言ってらした。
それを聞いて、
あらぁ〜。大学だけじゃなくて、オトナにも開放して欲しいじゃん。
って、トウのたったオトナたちはみんな思ったはず。
だけど、コレを市民相手に初めて。。。。
そのバックに、電通だのナントカタレント事務所だのが関わってきたらどうなるか。。。


世の中のみんなが理性的で賢いワケじゃなく、
すずめみたいなヒトもいるんだし、そっちの方が人数的にも多いんだし。


なんていう、事が頭をよぎるぐらい、
ヤバい魅力に満ちた、サンデル先生。

ハマってしまいました。


っていう感想でした。

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サンデル教授@東大 レポート


白熱! マイケル・サンデル教授の特別講義に出席しよう

http://www.asahi.com/national/update/0825/TKY201008250419.html


25日のサンデル先生の講義のレポート。


この日、すずめは30分程前に着いた。言わずと知れた猛暑の中、「最後尾」と言っても、1、2m?の列に並んでいると。。。
サンデル先生、ご登場。

受講者と握手をされて廻っている。
ラッキーにも、すずめの所にも。。。
Nice to meet you.
って。。。。
私、デザイナなんです
>じゃあ、こういうディベートとか、どう?
あ、経験したコトありません
>あそこの人達は、どうかな、きっと、すごいよ。
わあ、楽しみですっ!

みたいな。。。


会場は1100人
そのうち、NHKの枠が公募で500人、そこへ8000人の応募があったのだそう。
すずめは二階席の後ろ...残念、応募するの、締切りギリギリだったし、。。会場には、この猛暑の中、キモノを着た女性やお坊さんもいる!
みんな気合いが入ってるのねっ。

という中での講義開始。

「日本人はとってもシャイで、こういうのに慣れて無いって言われたんだけど。」
それだけで、会場から笑。この程度の事で笑わせちゃうっていうのは、彼の魅力なんだろうな。本当のユーモアのある人なんだろう。


ちなみに、彼の放映された講義はここで見られる。

http://www.justiceharvard.org/

この中でも、会場が大爆笑しちゃうシーンなんかもあるけど。


さて、彼の講義の最初は、
この例から始まった。

サンデル先生の著書 “これからの「正義」の話をしよう”の第一章にも出てきた、ボートの話。

早川書房のホームページからダウンロードが可能。
http://www.hayakawa-online.co.jp/product/books/112569.html

海の真ん中で救助を待っている小さなボート。
全員が飢えている。そこで、1人の弱った船員を殺して食べて,生き残ったケースがある。
これはどう、思うか。
是 か 非か


会場からは、『アキラ』君っていう、とってもおもしろい、素朴な?キャラの子が、それに対する反応のティピカルな返答。
その素朴さに、会場が和む。。。

っていう、感じに、ディベートモードに1000人の聴衆が突入してく。


--------

さて、この日記にも質問があったけど。。。
「1人を犠牲にして5人を助ける」
コレと同様の命題。
サンデル先生の授業には、頻繁に出て来る。


ちょい、寄り道して、
http://ja.wikipedia.org/wiki/マイケル・サンデル

サンデル先生をWIKIで引くと。。。


マイケル・サンデル(英: Michael J. Sandel、1953年3月5日 - )はアメリカ合衆国の政治哲学者。アメリカのコミュニタリアン。ハーヴァード大学教授。コミュニタリアニズム(共同体主義)の代表的論者。道徳や正義を強調する点に特徴がある。


って、出て来る。
そう、コミュニタリズムのテーマとして、
個人の事情 VS
みんなの利益

というテーマになってくワケだ。


1人を犠牲にして、
5人が助かることは、是なのか、非なのか。

これには答えがある訳が無い。
しかし、一人一人が多少の主張や方向性を持っているだろう。
それを、オーディエンスから引き出して、双方からの意見を提示させる。

「1人の(弱っている)人を犠牲にして5人が助かることには、社会的に利益がある(もし、食べなければ、6人が死ぬ)」
「人の命はそんな、人数の多さによって決められない。比べられないものだ。」

サンデル先生は、そこまでしかしない。ココから解答を導くことも、進むべき方向性を示唆することも。
しかし、問題の中核がどこにあるか。それをベクトルとして誘導していく。

たとえば、この問題は、
次に、集団と個人における価値とは何かと言う問題につづき、そして、私たち個人に対して、集団はどのような関わりを持っているのだろうか。。という帰属の問題になっていく。
そして、そこまで考えた時、もしかして、その思考の方向性は、何かの非常に現実的な、命題に対する解答に、影響があるのかもしれない。。。

次に出て来たのは、
価値観の問題。

この会場に、先生っていう職業の人たちがたくさんいると思うけど、
彼らの報酬って、いくら位だろう。

じゃあ、一番、高いお金、貰ってる人は?
『イチロー!』
イチローの報酬って、先生の何倍?
オバマはどう?

この、イチローの報酬って、正当?

それに対する意見はすずめが書くまでもない。

大統領の仕事、
イチローの仕事 能力、努力。。。
その価値を支えているもの。
価値と言う概念を作り出したもの。。。。

様々な視点からの意見が出て来る
むしろ。。。
ハーバードでのものよりも、突っ込みが深いのではないだろうか?
(みんなモトネタは聞いてるし。)

ちなみに。。。
一つ前のページでも紹介したサンデル先生の言葉、
とっても分かりやすい。声が良い。
会場では通訳のレシーバも配られたのだけど、ナマで十分分かる。
会場からの答えの多くは、かなり達者な英語でされていた。


授業は、30分の挨拶、紹介
70分の講義が20分の休憩を挟んで2回
だけど、いつのまにか、1時間オーバーして、
結果的に、200分ものぶっ続け講義の場になった。
最後には、30分の鼎談。

さて、ここまでは、
ハーバードでの講義に出てきた内容で、そこそこ誰でも想像できるモノ。
次は、
ちょい、すずめもびっくりした、熱いディベートについて。

--------

さて、

今回のこの講義で非常に,面白かった、ちょい、びっくりのテーマ。


その前に、この講義の環境を言っておくと、
もともと、募集の時から、コレはテレビにとかに放送されちゃうかもしれません。そのコトを了承の上、応募してくださいってコトだった。
だから、もし、ココで当てられて何か意見を言ったら、それが日本中に放送されちゃうばかりか、たった小さな一言でも、そこだけピックアップされて、何度も繰り返し流されるってコトにもなりかねない。。。。周りのヒトたちからは、「あはは、ああいうヤツ」みたいなキャラに仕立てられかねない。っていう環境が前提。


その中での、授業。
サンデル先生の授業は、一つ一つの具体的な事例に対する討論で構成されてるんだけど、すずめ的に解釈すると。。。


1人の利益 VS
集団の利益

ここには答えが無い。では、それを考えるよすがとしては、何か。
一人一人が、そして、集団が持っている、価値観に左右されるんだろう。
そして、その価値観を裏付けするものが、道徳。


ってなカンジになる気がする。

っていう所から、すずめ的にも、「じゃあ、その集団は個人をどう、幸福にしてくれたり、規制したりできるのか。。。」っていう風に疑問が湧いてくる。。。って中での


次の、爆弾的話題。

私たち日本人/個人は、どこまで、社会に対して、責任を取るのか。
たとえば、
戦争中、日本が、東南アジアの人達に行ったと言われる罪に対して、
今の人達は、謝罪すべきなのか。
もし、購うとしたら、どう、すべきなのか。


ちょい、びっくりじゃない?
それって、ある種の人達には、かなり疑問らしく、やっと教科書に載り始めたばかり。それを、オトナが論じて、夜道で刺されなきゃいいけどねえ。

でも、会場の雰囲気というか、サンデル先生の論調には、「疑問の余地無い事実」である。という感じだった。

さて、
いろんな人の意見

「事実は事実として、認めなければならない。だけど、それを今の世代が詫びるということには意味が無い。」
「では、いつまで詫びるべきなのか。」
「それは、被害を受けた人達が痛みを忘れるまで。痛みは決して忘れ無い。」
「僕は日本で育った韓国人だけど、どう考えるべきか。」
「私たちが育ったのは、日本という国の風土の中なのだから、日本という国が集団で冒した罪に関しても責任を取るべき。」
「いつまでに対して:まさか、源平の時代まで遡れという人はいないだろうから、今の世代までで良いのではないか。」


そんな。。。。おそらく、こういう命題を聞くと、誰でも思う所のいろんな意見が出てきた。。。

サンデル先生の挑戦は、更に続く。

「では、アメリカが広島、長崎に対して行った罪に関してはどうか。やはり謝罪すべきなのか。どう、すべきなのか。」

ちょい、びっくりの、この問いに、一瞬、会場も怯んだ気がした。
「謝罪すべき。」
「核の問題として考えるべき」
「誰がというと、オバマさんがということになるかもしれないが、意味があるのか。その時の政府の決断」
「私たちは生まれる場所を選べないのに、過去に前の世代が冒した罪に関して、謝罪しなければならないのか。」
「でも、前の時代があってこその、今の時代がある。」

っていうまさに、白熱。
もちろん、答えは出ない。
サンデル先生も言わない。

最後は、
全,聴衆が立ち上がっての大拍手。
感動的ですらあった。


-------
さて、
メインの授業、
70分 × 2 が一時間以上オーバーしちゃったらしいんだけど。
すんごい、熱気だった。


最後はステージの真ん中に、椅子が3つ並べられて。。。
3人のセンセイが対談。

1人は、東大の哲学者
もう一人は、千葉大の、例の白熱教室の授業のテレビで解説してたヒトね。
名前,調べれば分かると思うけど。

どうでしたか?

いやあ、感動的ですらありました。
こういうの、良いですね.的な会話があって、

もともと、こういうの、
ソクラテス メソッド
って言うんだそう。

要するに、聴衆に何か応えさせて、その反応/意見で何らかの解答を導いていく。だけど、このもともとのソクラテスのやり方も、良いってワケじゃなかった。時として、反対意見の人を糾弾しちゃうような。
千葉大の先生の方は、このサンデルメソッドを授業でもやってるんだけど、
やっぱり、最初は意見が出てこなかったり。。とかイロイロあるそう。
この東大では白熱したけど。。。だけど、ココに来たヒトたち。応募は8000人もあったとか。東大も東大枠の300人ってあっという間に埋まってしまったし、もう、特別な人達の集団。いつも、こうなるなんて思っちゃいけないよね。
なーんてハナシから、
これから、こういう試み、おもしろい。
世界中で、いろんな大学とかとタイアップしてできたら良いね。ウェブとか使えるし。
って、わあ。楽しみ〜。

っていうので熱い時間は終った。


っていうのが、講義のレポートで、
すずめの意見は次の日記に。

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サンデル教授@東大 1/行きました!

■超人気の哲学講義、サンデル教授が東大で語る
(読売新聞 - 08月25日 22:39)
http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=1320699&media_id=20


とっても、刺激的な講義でした。

興味深かったのは、最後のテーマ、東南アジアの人達に前の世代の罪の謝罪をすべきか。。。そして、アメリカ/オバマは広島 長崎の謝罪をすべきか。これをコミュニタリズムVS個人主義の議論の延長で考えていく。。。サンデル/ソクラテス方式は、市民を巻き込んで哲学を作っていく。


あまりに魅力的、サンデル先生の講義。
それだけに、威力もすごい。逆に使えば、市民をある一定の方向に煽動していくことすらできるかもしれない。

これを「学生への講義」としている間は良いけど、
訓練されたパフォーマーがやったら、
それだけでは済まない、力があるかも。

という恐怖を感じるぐらい、
刺激的で、すばらしい講義だった。


ってコトで詳細は次の日記に

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