« 2009年8月 | トップページ | 2009年10月 »

2009年9月

2009年9月25日 (金)

多摩川駅の事故 どう、防ぐ?

一つ前の日記の続き。


昨日、事件のあった多摩川駅で電車を乗り換えた。

多摩川駅。
一つ前にも書いたが、閑静な所にある。多摩川沿いにあるのはもちろんだが、古墳もある多摩川台公園に面していて、もう片方は、田園調布、公園が広がっている。
地下は横浜方面、地上2階は渋谷方面の、目黒線、東横線ホームになっている。
地下はともかく確かに2階は屋根があるとは言うものの、強い雨なら吹き込むわけで、それを排水しなければならないのは当然だろう。

事件があったのは、ここ?
というのを発見した。

東横線の渋谷方面ホーム。
どういう意味か分からないが、白いマジックインキで、
点字ブロックの外、ぎりぎりの所に、



4 +

の文字が書かれていた。

どういう意味なのか分からない
だけど、真新しい書き跡だ。


ホームの様子を改めて見てみる。
真っ平らで広々している。床はグレイのコンクリート。
誰もここに傾斜が付いてるなんて、想像できない。
近くにはスイミングスクールもあるので、ベビーカーで子供を送るお母さんなども良く見かけるが、ベビーカーが滑り出したような光景は見た事が無い。
たぶん、ベビーカーじゃ滑らない。

傾斜の度合いを良く見てみる。
と言っても、傾いているかどうかなんてほとんどわからないので、単なる印象だが。。。

多くの駅と同じく、ホームの端には点字ブロックが敷かれている。
特に、この部分に傾斜があるように見える。
ホームの真ん中はそれほどの傾斜が無いが、点字ブロックを境に斜めになっている感じだろうか。点字ブロックは多少なりとも滑り止めの効果がありそうだが、その外なので、そのまま線路だ。

そして、この駅、広いことも不運だった。
この点字ブロックから線路までの幅は、駅によって違う。狭い駅だと怖い位ぎりぎりに敷設してあったりする。視覚障害を持つ方は、この上、もしくはこの斜め横を歩かれるわけだが、ぎりぎりだと怖い。だけど多摩川駅は結構広いので、適度な余裕を持たせてあるように見える。
それだけに、傾斜を持つ部分は広く、また、傾いているのかどうか、わからない。


もっとも惜しいことは、
ホーム柵が無かったことだ。
多摩川駅は目黒線と東横線。
向かい側ホームの目黒線側だったら、決して起こらなかった。

多くの方が指摘しているように、
床面に傾斜を付けない構造にするのは無理だ。
だけど、ホームに柵を付けることはできる。

目黒線のように、電車のドアに合せて開く構造にしようとすると大変だ。
だが、概ね、この位置。という場所に、簡単なフェンスを付けることはできないだろうか。将来、ホームドア化した時も使え、車両の構造が変わった時には対応できるような工夫はできるだろう。


すべての駅への対応は資金的に大変だと思う。
だが、たとえば、このような事故のあった駅に、
今、バリアフリー化と称して建て替えをしている駅に「ついでに」
「モデル」として、やっておく価値、無いだろうか。



-------



さて、
上記の、

「ベビーカーでは転がらない」
「車椅子では転がる。。。どの程度?」
という実験を、

http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1286092412&owner_id=14668647

でされている、貴重な日記があります。
-----
駅の転落事故 どう、防ぐ?

2009年09月22日12:48

多摩川駅の転落事故の続き。
二つ前の日記から3つめ。


さて、
こういう転落事故、どう、防いだら良いか。


今まで危ないのは、酔っぱらいと視覚障害者だと思っていたが。。。
それだけじゃない。車椅子もそうだ。

もっと広げれば、子供も危ない。駅で戯れて...しつけの問題って言えるんだろうが、躾が悪ければ、命が無いなんて社会は間違ってる。


こういうのを防ぐには、
駅のホームに人員を配置するのが一番だ。
今までもビデオ何かで監視してたんだろうが、そんなのじゃ対応しきれないのは自明。やはり、人が立つベキ。

しかし。。。
朝夕のラッシュ時、無理。1人や2人、立っていたところでどれほど防げるか。でも、無いよりマシなので、
常時駅のホームに立つ駅員さんを増員して欲しいモノだ。
多摩川駅なら朝夕は二つのホームに2人ずつ、4人。
空いてる時間帯なら2人で良い。


ってね。
すんごくお金かかりそうだよね。
良い雇用促進にはなるかもだけど。

で、
本来なら、ここまですべきだけどって、事で
もうちょっと、安上がりになりそうなすずめ的提案。


駅のホームの一番安全そうな位置に、
「優先待ち合ポジション」を作る。
ここの位置だけ、部分的に固定の柵を付ける。

たとえば、子供連れの人、もちろん高齢者、車椅子。。。
そこを乗車ポジションにしてもらう。
可動式のホームドアを全駅にというのは高価だが、ほんの何メートルかで良い。

ホームドアで最もネックになってるのは、車両によってドアの幅など違う。遠くまで何種類かの鉄道会社の車両を使って乗り入れしている路線などは、難しいと言われている。
ホームドアはここ何年かの間に日本中の多くの路線で整備される予定にはなっているが、でも、実はそんなに多くは無い。全部は無理。

だけど、部分的な柵だったらできるのではないだろうか。
一カ所だったら、そこに合せて、車両を停車すれば良いだけだ。

優先席の次のアイデア

「優先待ち合い」(もうちょっと良い名前欲しいね)

各駅にほんの、2、3メートルの普通のフェンス。
将来、ホームドアが設置される時に流用できるよう計算して、設置できれば合理的だ。

っての、どうだろう。
ちょっと、宣伝してみよっかな。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2009年9月17日 (木)

駅傾斜ホームで車いす女性転落死


すずめの行動半径の中の駅。

傾いているとは言っても、きっと誰もわからないだろう。車椅子が動いてしまって初めて傾斜があるんだと分かるんじゃないだろうか。


(引用)
東京都大田区田園調布の東急東横線多摩川駅で今月13日、川崎市の無職女性(81)の乗った車いすがホームから線路に転落し、翌日に死亡していたことが16日、分かった。
-----


世の中には、かなりごちゃごちゃした駅もあるが、多摩川はそんな程でもない。構内は広く、結構、すっきりとしている。ホームは2階。急行は止まらないし、朝夕でもそんなに混雑しない。
記事によると、事故は今回で二度目だということだが、前回のも95才の高齢者だった。
若ければ、自分でとっさにブレーキをかけることもできたかもしれないが、むりだったのだろう。

(引用)

事故が起きたのは13日午後4時30分頃。同駅1番線ホームのエレベーター前で付き添いの長女(61)が車いすから手を離した直後、車いすが勝手に約4・7メートル動いて、約1・2メートル下の線路に転落した。女性は駅員に救助されたが、頭を強く打っており、14日午後7時過ぎに、亡くなった。


----

このニュースでも、本人だけでなく、介助者も61才。
そんなにとっさの瞬発力が働かないだろうというのも無理無い。
だって、もし、くしゃみをしたら、それだけで手が離れてしまうのだ。

傾斜の度合いは

(引用)

通常、駅のホームは排水のため線路方向に向かって1メートル当たり1センチの傾斜がついているが、今回の事故現場はホームが緩いカーブになっており、1メートル当たり2・5センチの傾斜となっていた。

-----

とのこと。これがどの位の「坂」なのか。。。
建築家さんにお聞きしたいなあと思いつつ。


実のところ、何度も利用しているこの駅に、こういう傾斜があったとは気がつかなかった。
一般的に駅構内には、増築や修繕をしてる部分など多くあり、時々こういう「坂」に気づくことがある。また階段やエレベータなどの脇などはとても狭く、且つ、勾配もあって、見るからに危険そうな所も多くある。
が、この駅は、そこそこ新しく、すっきり整備された駅である印象の場所だ。

それにしても。。。
駅で車椅子が乗降する場合、駅員さんがサポートしていないのだろうか。
車両と駅ホームの幅がぴったりで、慣れているなら、1人で大丈夫だということだったのだろうか。


東急多摩川駅は目黒線、東横線が通っているが、目黒線側にはホームドアが設置されている。確か横浜方面が地下、目黒、渋谷方面が2階。
おそらく、事故はこの2階の渋谷方面、東横線側で起こったのだろう。
もし、ホームドアのある、目黒側だったら起こらなかったはず。


これから、ますます高齢化が進む。
特に地方においてはこのような危険は大きくなるだろう。
バリアフリー化と称して、駅にはエレベータが設置されるが、ホームからの転落に関しては無防備なままだ。
これを機会に、もっと、ホームドアの設置を進める方向に動けば良いと思う。

----

ホームの転落事故については、
2年前も日記に書いていた


http://mixi.jp/view_diary.pl?id=710475015&owner_id=12848274

■駅傾斜ホームで車いす女性転落死、2年前も事故
(読売新聞 - 09月17日 03:09)
http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=963511&media_id=20

--------

駅の転落事故関係について、2年前にもミクシー日記に書いていた。
(何日か分なので長い)

朝起きて、テレビをつけたら、そんなニュースをやっていた。ミクシーのニュース欄を見ても、まだ入っていない。そのうち、どこかに出たら、リンクしよう。

男性は47歳の針灸師。同僚と食事に行った帰り。ホームから転落し、這い上がろうとしたらしい。電車の運転手はそれを見て緊急ブレーキをかけたが、間に合わなかった。駅にいた他の人たちは、男性が落ちたことに気がつかなかった。
これが何時のでき出来事であったか、聞きのがした。しかし、遅い時間ではあるのだろう。
おそらくは、家か、仕事場の最寄り駅。いつもの勝手知ったる駅のはずだ。ゴミ箱の位置、電車のドアの位置、何でも頭に入っていたろう。それでも事故は起こった。


もし、自分がそうであったら、ものすごい、恐怖の瞬間だったろう。駅の写真が流れていたが、もちろん点字ブロックは設置されていた。しかし、何かのかげんで逃して、もっと先に床があると思っていた。酔っていたのかもしれない。ふらりとなった時、真っ暗な闇の中で方向感覚を失ったのかも。そして、身体に大きな衝撃が走った。転落。電車が来る音がする。落ちた方の壁を手探りで探し、這い上がろうとした。電車が急ブレーキをかける音が聞こえる。47歳。まだ働き盛り。子供はいたろうか?何歳だったのだろうか。電車の前面の角が男性の頭蓋を押しつぶす瞬間、彼の脳裏にうかんでいたのは、誰への想いだったのか。
そして、本当の闇。

誰も気がつかなかったそうだが、誰かが気がついていたとしたら、助けられただろうか。おそらく、無理だったろう。

これは、防げない事故だったのかもしれない。
しかし、彼の最寄り駅が、たとえば、東京のメトロ地下鉄の駅だったら、起こらなかった。ホームには、柵があり、電車が着き、ドアがあくと、その柵も自動的に開く。いくつかの私鉄の駅もそうだ。
どこかで統計を見たが、年間、結構な数の転落事故がある。視覚障害の人が恐れるのもそれだ。
柵が有れば、無かった事故。


確かに、すべてのJRの駅に柵をつけるのは大変な大事業になるだろう。だから、全部できるか、ひとつもできないか。。ということで、今のところ、一つもできない。
でも、もっと臨機応変にできないだろうか。
視覚障害者の方が使う最寄り駅はある程度限られている。そういう人が集まる駅もそうだ。だとしたら、そこへ、自動ドアが付くやつでなくてもいい。単純な柵でもできないものだろうか。
全部につけるというと、何年後に成るか分からない。
だから、全国の視覚障害の生活者の人たちが、それぞれ、自分勝手に、最寄りの駅に、「柵を作れ!」を要求してってもいいんじゃないだろうか?きっと、切実なものがあるだろう。

そういう形の声、もっとあげていってもいいんじゃないだろうか?

昨日のつづき。


駅の転落事故、どの位あるんだろう。
ネットをぱたぱたやると、まず、出てきたのが、これ、

http://www.unyuroren.or.jp/home/horitsu/horitu/h034.htm

法律の視点で、転落事故の責任のあり方を説明している。以下は抜粋。

-------
駅ホーム転落事故について

JR東日本管内で起きた駅ホーム事故の件数は97年54件、98年34件、99年50件、00年50件と年間約50件の事故が起きており、事故にまで至らなかった転落事故は年間約400件に達しているとのことです。

利用者の中には、病気の人もいれば、身障者、特に目の不自由な人、子供やお年寄りなどもいます。「事故が起きても責任は本人にある、事故に遭うのが嫌なら利用するな」と言えません。また酩酊者の事故の場合でも、酔っているからというだけで鉄道会社が免責されるとはいえません。....大量輸送を行っている鉄道会社には乗客に対する以前に比べて遙かに高い安全配慮義務が課されている、といえます。......被害にあったら泣き寝入りしないで鉄道会社の責任を明らかにしていくことはもとより、実際の被害が生じなくても利用者としての意見を積極的に述べていくことがより安全で、より快適な公共輸送機関をつくり上げていく要諦です。

--------

もうひとつ、昨日、コメントを寄せてくださった方が、ニュースを案内してくれた。

http://www.chugoku-np.co.jp/News/Tn200802100222.html
http://www.chugoku-np.co.jp/News/Tn200802110015.html

以下、抜粋すると、

2/10の記事では

-------

線路に転落、視覚障害者死亡
'08/2/10
 9日午後7時35分ごろ、廿日市市前空5丁目のJR山陽線前空駅下り線ホームで、山口県和木町和木、病院職員で視覚障害者の片岡義也さん(47才鍼灸(しんきゅう)師)が、広発南岩国行き下り普通列車にはねられ即死した。

線路からホームへ上がろうとしていたところ、到着した列車にはねられた。運転士が非常ブレーキをかけたが間に合わなかったという。

ほぼ全盲で白いつえを利用。同日は勤務後、同駅近くの飲食店で同僚と酒を飲んだ後、1人で帰宅していた。

------

翌日の続報では、

事故は、駅職員が不在で乗客もまばらな中で起こった。点字ブロックなどハード整備が、人の介助にとって替わるバリアフリー社会の「死角」を浮き彫りにした。駅は2000年開業。身体障害者用のエレベーターやホームの端を知らせる黄色の警告用点字ブロックなど備え、「バリアフリーが進んだ橋上駅」として知られる。

 男性は通勤に利用していた。「駅員に手を引いてもらうなど、親切にしてもらっていたようだ」事故当時も駅員2人のうち1人が、男性を改札から階段を経由して、ホームへ降りるまで見届けた後、改札へ戻った。改札から現場は見通せない。その後、線路に転落したとみている。ホームに居合わせた他の乗客数人も転落に気付いていない。

駅では昨年12月14日未明にも、忘年会帰りの男性会社員(26)が線路上に横たわり、貨物列車にひかれ亡くなった。駅は午後8時以降は無人となり、JR西広島駅(広島市西区)から防犯用カメラで監視している。

------

ここでは、「人の介助」がモノに勝るという視点に立っている。そうかもしれない。

現場の写真を見ると、上下線二本の線路の幅は十分だ。男性は落ちたホームの上に上ろうとしていたが、もし、彼が目が見えていたら、(もしくは、うろたえていず、冷静な判断ができていれば)反対側に逃げられたかもしれない。誰かが見ていて、それをアドバイスすることができれば、それができた可能性もあるのではないだろうか。

もちろん、人の介助、有るに越したことはない。しかし、男性は働き盛りの47歳。慣れている駅であれば、そんなもの煩わしいと感じることがあってもおかしくないだろう。もちろん、駅員が2人しかいない駅で、いつも、介助が保証出来ると言えないはず。

続報の記事では、モノよりも「人」という視点だが、この場合、「モノ」があれば、起こりえなかった事故でもある。しかも8時以降、無人になる駅で、昨年も26歳の男性が亡くなっている。
人ではない、モノで防ぐとしたら、
やはり柵でしかなく、思える。

しかし、こういうページも見つけた。

http://www.nhk.or.jp/heart-net/fnet/arch/thu/40415.html
視覚障害の方が、駅のホームでどのような危険に向き合っていらっしゃるか、非常に分かりやすく説明されている。
その中で、柵を設置する場合の具体的な問題点に対しても述べられている。

1.車両扉の不一致
2.幅が狭いホーム
……狭いホームに柵を取り付けることによって、よけい狭くなり、危険が増すのではないかという指摘。
3.混雑路線
4.輸送力の低下
……開け閉めに時間がかかると、過密ダイヤの輸送力が低下するのではという声。
5.定位置停止
6.費用対効果

--------

うーん。
1が最も問題だが、車両の規格統一と古い車両の寿命を考えれば、「いつ」それが全国で実現可能になるか、分かるのではないだろうか。が、そういう提示が無いということは、そういう方向性で進んでいないのではないのかもしれない。
もうちょっといえば、新幹線の新型車両で東京/大阪間の時間短縮に血道をあげるなら、全国で使われている、古い車両をどうにかする方に力を入れてもいいのでは?と思えてしまう。どうせ、遅かれ早かれ、変えなければならないはずだ。


今回、この事故でとても感じたのは、緊急性だ。これは、視覚障害や高齢の方々の問題じゃない。本当に、一番危ないのは、飲んで遅くなるお父さんたち。若く、働き盛りで、家族もいる人たちではないだろうか?視覚障害者の方の中でもそうだろう。

東京でも、メトロなど、いくつもの駅で簡便な柵や自動ドアのついたものはつけられつつある。だから、何年かの後には全国のすべての駅に装備されるのかもしれない。でも、それまでに、何件の事故が起こるのだろうか?

今回の犠牲者は、視覚障害の方。

これを期に、「自分の利用する駅に柵をつけてくれ!」っと、全国の視覚障害の方が言い初めてもいいんじゃないだろうか?もちろん、組織にして、みんなで、全うなルートで要請するのが良いに決まってるが、そんな大変なこと、誰でもできるわけじゃない。じゃあ、頭を切り替えよう。うんと将来できるかもしれない、完璧なものより、明日にでもできる、そこそこのモノの方が良いかもしれない。たとえば、明日の仕事の帰りに、駅員さんを捕まえて、「この駅は自分が利用するんだから、こうしてくれ!」って言ってみるのはどうだろう。相手にされなかったら、そういう要望はどこに出せばいいか、聞いて、電話してみるとか。

全国で、こういう「自分勝手キャンペーン」起こせたら、変わるかもしれない。みんなでやれば怖くない?

こういうの、どこで提案すればいいんだろう。

すずめの最寄り駅は、利用者には一人、白杖を使ってらっしゃる方がいる。そういうこと、言ってみてもいいかもしれない。今度東急にメールしてみよう。


すずめ日記では、いろんなウェブなどのページを引用させていただいていますが、
一応、全文コピーアンドペーストはしないようにしています。あくまで「引用」なので、
本文の量の方を多くし、内容にとって、必要な部分だけを掲載するという、著作権云々というルールを守っているつもりです。
でも、その引用の方法、抜粋箇所によっては、元の著者さんの意図を曲げてしまう可能性もあるかもしれません。
なので、出典のURLを是非、ご覧ください。


-----------


駅の転落事故のことが気になったので、もうちょっと調べてみた。
そんな中で、こんな記事をみつけた。


http://www002.upp.so-net.ne.jp/HATTORI-n/878-2.htm

点字ブロックは不要と言うより弊害そのもの(日本の付け方に問題)

「副題」駅ホームの点字ブロックは危険を増すだけ、安全基本に違反し危険、


トップページに行っても、表題が書いていないのだが、いろんな社会問題について、突っ込んでいるページだ。よく見ていないが、内容量は相当ありそうだ。興味深いので、一部、抜粋してみる。


--------

(以下、引用)

米国ではホームの端全集に巾の広い点字ブロック(日本の約2倍)を取り付けブロック上は立ち入り禁止にしている。すなわち危険区域の表示として点字ブロックを利用しているので全ての人の安全に役たつ、
日本では問題はホームの端は危険なのに立ち入り禁止の表示がないのは安全の基本に違反し全ての人に危険

◆日本では点字ブロックは歩く目的のために付けられている、

視覚障害者がガイドなしで一人で歩く目的のために点字ブロックを付けている、だからガイドを申し出ることは不要と言っているのと同じ。(誘導ブロックと危険を示すブロックの目的には余り差がない、どちらも上を歩いてよい)

(引用ここまで)
--------

なるほど、賛同できる部分がある一方で、疑問を感じる部分もある。
それは、視覚障害者に対する、あまりに画一的な視点だ。彼らを、誰かの介助なしでは行動出来ない人にみなしている。そういう人もいる。しかし、そうでない人も多いはずだ。(働いている人はそうではない人の方が多いだろう)
もし、視覚障害を持っている人が、駅のホームでは介助されることが、マストであるとすると、相当不便だろう。彼らだって、みんなと同じに通勤する。いちいち、駅員を呼んでこなければならないのか。地方には無人駅もあるが、そういう駅は使えないとするのか?もしくは、毎朝、介助の人を頼み、どこかで待ち合わせして、いっしょに通勤してもらうのか。
もしくは、視覚障害者に限り、ラッシュを避けて通勤できるよう、企業は配慮すべき。というのか。
それも、バカにしてはいないだろうか?そういう選択がみんなにあって、視覚障害であっても、享受できるならいい。だけど、彼らだけ特別扱いされたいと思っているだろうか?もちろん、思っている人もいるだろう。だが、思っていない人もいるはずだ。彼らだって、仕事にはプロフェッショナルなのだ。障害の有無に関係なく。
視覚障害には幅があり、いろんな人がいる。そういう視点が抜けている気がする。

しかし、こういう意見、「弱者への保護」を唱うと、無条件に賛同する人が多い。困ったことに、そういうのに反論する人は悪者になってしまう。

---------
(以下、一部抜粋、引用)

▼米国では日本と点字ブロックの利用の仕方が全く違うのです。

点字ブロックは視覚障害者のためというよりむしろ健常者の安全のために付けられていると見て良いのです。

アメリカでは、駅ホームの端ぎりぎりに点字ブロック(巾が今の2倍)を設置しブロックの上は立ち入り禁止なのです。
(中略)
駅ホームでの歩行は点字ブロックに頼るのではなくガイドが必要なのです(盲導犬を含めて)なのに、日本では何の理念もなく単に付けさええすればこと足りと無駄なことしているのです。駅ホームの点字ブロックは不要と言うより危険なのです。

(中略)

◆延々と続く歩行用の誘導点字ブロックも不要

誘導ブロックがあっても慣れた通路でなければ利用困難でもあり、特に人的ガイドが完備している成田空港などの誘導ブロックは必要ないばかりかむしろ弊害とすら思うのです。

(引用ここまで)
----------


以前、ロービジョンの友人と旅行した時、この空港の介助の問題で、友人がモメていた。日本の空港は、視覚障害者が一人で行動することを許さないそうだ。介助を断れないという。(海外では、断れば付いてこないそうだ。)彼女は、旅慣れていて自由に行動したいので、どうしても付いてきて欲しくないのだ。いつもモメるらしい。彼らにもプライバシーがある。当然だろう。


確かに、介助を必要とされる方には、誰もが手を貸そうという気持ちを持つことは、大切だ。日本はそういう気持ちの部分が抜けているのかもしれない。
しかし設備に関してはそれは、別。社会のベースは、それが無くても、行動できるインフラが作られて行くべきではないだろうか?

駅の問題に関しては、介助を期待するより、ドアのついた柵。
階段以外の「選択肢」として、「便利な工夫のされた」エスカレータやエレベータ。障害者に限らず、普通の人も、命を失うような危険と接しないで良い方策。
介助を求めれば、手が借りられ、嫌なら、自分で行動できる。
そういう国が最も進んでいると思う。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2009年9月16日 (水)

インフルワクチンは魔法の薬

■新型インフルワクチン接種、医療機関を限定
(読売新聞 - 09月07日 03:07)
http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=953152&media_id=20



なーんて言われると、ものすごーい、魔法の薬のように思えちゃうワクチン。
だけど、
インフルエンザワクチンって、
実は打っても打たなくてもそんなに変わりはない。正確には4%の差。




よく効いた年でも、

インフルエンザ発生率は

ワクチン接種群が5・9%、
ワクチン非接種群が1・9%

と4%の差というデータがあるんだそう。


っていうハナシを小耳にはさんだ。


でも、推進派は「4%といっても、1億2千万人の4%は大きいんだ!」と主張してるんだそう。



そうなんだ。。。って思ったので、ぐぐってみた。
上の方に出て来たデータの一部を引用しておくね。

実はさあ、みんな去年までは「インフルエンザのワクチンは別に効くワケじゃない」っていうのは、ウスウス知ってたよね。だから、そんなにマジで受けようなんて思ってなかった。

ところが、今年、「ワクチンは誰に優先」だの「不足」だのって報道されてる。そういうのを見ると...
新宿南口で2時間並ばなきゃ買えないクリスピークリームドーナッツみたく、
どーしても、欲しくなる。めちゃくちゃおいしそうに見えちゃう。
もう、欲しくて欲しくて、たまんなくなる。。。

あああ、ドーナッツ。
あ、ダメダメ、
ワクチンのハナシだった。

ワクチンもドーナツ気分にさせられてる気がするんだけど。



以下、引用集です。
すずめがテキトーに拾ってますので、
原文/全文はURLをご覧下さい。

--------


日本臨床内科医会のHPから
http://japha.umin.jp/

2005年から2006年にかけて、ワクチンを接種しない人のインフルエンザ罹患率は7%で、接種した人では3%でした。このうち15歳未満では非接種者の罹患率は18%、接種者では11%でした。→ワクチンは6~5年前はよく効いていましたが、4~3年前と効果が落ち、一昨年は少し持ち直しています。 つまり現在使われているワクチンには予防効果はあるのですが、それでも罹る場合があるので過信は禁物です。
なお、基礎免疫の少ない13未満では原則2回接種が勧められています。65歳以上は1回接種でもよいようです。




オランダの研究

小児喘息に対するインフルエンザワクチン接種: QOLと症状への影響

http://minds.jcqhc.or.jp/stc/0003/4/0003_G0000044_S0022246.html
(結論より引用)
小児喘息に対するインフルエンザワクチンの接種は,インフルエンザウイルス感染を伴う喘息悪化時のQOL低下を抑制したが,インフルエンザ流行時期を通じた喘息悪化時のQOL,呼吸症状には影響を及ぼさなかった。



日本での調査
小学校の欠席率によって見たワクチン効果

http://www.kangaeroo.net/D-maebashi-F-view-no-23C.html
(本文より引用)
「非接種群」「一回接種群」「二回接種群」の順で罹患率は低くなり,もしも一般に広く行われているごとく,「非接種群」を対照群としてワクチン有効率を計算して見れば,高崎市,桐生市,伊勢崎市の順に,1984年度は29%,24%,16%となり,1985年度は40%,29%,36%となる。確かに接種率80%以上の高崎市は有効率が高いが,接種率が60%以下と低い桐生市,伊勢崎市については,接種率や流行規模と一定の関係は認められない。だが公称70%以上と言われるワクチン有効率と比較して,何と低い値ではないかと言わざるを得ない。


ワクチンの有効率とは

http://www.futaba-cl.com/main10-15.htm


インフルエンザワクチンの有効性に関するエビデンス

http://www.futaba-cl.com/main10-15.htm


Thomas A. Reichert Ph.D., Norio Sugaya, M,D, et al: The Japanese experience with vaccinating schoolchildren against influenza. N Engl J Med 344(12) 889-896, 2001 Mar 22

(本文引用)
 2001年3月22日、ワクチン有効性についての日米共同研究の結果が発表されました。国立感染症研究所、日本鋼管病院小児科の菅谷憲夫氏らの発表で、1949年から1998年までのインフルエンザおよび肺炎による死亡についての統計をみたものです。1962年までは、日本は米国の3倍以上の死亡率がありましたが、学童の集団ワクチン接種が行われた1962年から1994年までは米国以下の死亡率となりました。ところが、集団接種を中止後は、死亡率が再上昇したというものです。このことより、学童のワクチン集団接種は、社会全体のインフルエンザ関連の死亡を年間.3.7万人から4.9万人も減少させたと結論しています。(流行が縮小するという意味でしょう。)ワクチンが個人の発症や重症化を防ぐというだけでなく、社会全体のインフルエンザ関連の死亡を減らすということは、以前より言われていましたが、このようなはっきりした形で証明できたのは、初めてかもしれません。ワクチンの有効性を示す、貴重な資料となりそうです。


効かないインフルエンザワクチン 

http://alter.gr.jp/Preview.aspx?id=1787&cls=
日本小児学会では、OR=0.75という結果から、乳幼児にワクチンを推進しようという動きが見られます。主観に主観を重ねたにもかかわらず、せいぜい有効率で25%(4人に1人しか有効でない)、NNT(ある治療を行なって、目的の治療効果を1人に及ぼすために、何人に同じ治療を行なう必要があるかを示す数字)では、12~14(12~14人に接種してやっと1人の罹患を防げる)程度でしかないワクチンです(消費者リポート1218号)。



(読売新聞 - 09月07日 03:07)
http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=953152&media_id=20
-------
昨日の、インフルワクチン魔法の薬の続き


ホントはすずめの疑問の本題は、
今回のワクチン騒ぎ、専門的、疫学的にどーこーじゃなく、
毎回、「足りない」「誰が優先」って騒ぐことによって、みんながパニクって、ワクチンがいかにも魔法の薬のような錯覚を覚えてしまってるんじゃないかというところ。
デパ地下でも、並んでるメロンパンは売れるので、わざとレジでモタついて行列を作る。
新宿南口のクリスピークリームドーナッツは並ばないと買えないってので、みんな欲しくなっちゃう。(ちょい、古いけどね)

ってなコトで、メロンパン•ドーナツ化とすずめは名付けたい。専門的には、ムズカシイ言葉で、
ルノートルメロンパンクリスピークリームドーナッツ化 

って思ってるだけど、
今日は、その「気分」を作り出してる数字について、ちょい、すずめ的に考えてみる。



先ず、この4%のデータ。日本臨床内科医会によると、
インフルエンザ罹患率は

非接種者 7%
接種者 3%

15歳未満では
非接種者 18%、
接種者 11%

ここにはおそらく、どういう人が接種しているかということや、もともとの母集団がどうだったか。データを取った年のウイルスの性質、気候などの特性など、いろんなバイアスがかかってることと想像しちゃうけど、そういうの、チャラにして考える。

さて、これを実数で考えると、
4%の違いだから、12000万人っていう日本の人口のうち、4%っていうと、480万人。
コリャすごいじゃん。

。。。?
でも、ちょい、違うかも。
昨日のニュースでは、インフルワクチンは、
「医療関係者、高齢者など1900万人に優先的に」
というものだった。
ということは、この1900万人が接種した場合としなかった場合の差っていうことになる。
だから、4%の母数は 1900万人。
で、実数は 76万人

うん。大きな数字分かんないすずめにゃ、どっちも大きい数字に見えるんだけど。
じゃ、この、76万のラッキーなインフルエンザにかからなかった人は、全人口中、どれだけの集団免疫の力になってくれるか。。。
この場合の母数は12000万人
76万人ってのは。。。。。全人口比の 0.63%

え?すんごく小さい数字に見えるんだけど。
シューダンメンエキなんて論外じゃん。
国力の粋を尽くしてワクチン買い集めて、国家事業としてワクチン接種を行って、
その成果は、1%に満たないインフルエンザの人を減らすだけ??

すずめの計算、間違ってる???

なんか、このデータ、面白く無い。
ってか、フツゴウなんで、別のデータに行ってみよう。



昨日の日記で列挙したけど、いろんな角度からの集計があるのだ。
先ず、インフルエンザワクチンは
効き目は「公称 7割」って。
このエビデンス、ソースはどこなんだろう。(どなたか教えてください)
もし、そうだとしたら、相当、効果がある。
でも、他のデータとの乖離が激しすぎ。何かアヤシイ。

次。


2001年国立感染症研究所、日本鋼管病院小児科の菅谷憲夫氏ら
ワクチン有効性についての日米共同研究

1949年から1998年までのインフルエンザおよび肺炎による死亡
1962年までは、日本は米国の3倍以上の死亡率
1962年から1994年までは米国以下の死亡率となる。
(実数では年間.3.7万人から4.9万人の減少)
これは学童の集団ワクチン接種の時期と一致しており、集団接種を中止後は、死亡率が再上昇

ただ、これ、そのままワクチン接種の効能にできない気がするなあ。
ターニングポイントは1962年ってコトだけど、この時期、他の意味でも公衆衛生的に大きな変換があったって考える方がフツーなんじゃないの?その公衆衛生上での変換の一つがインフルエンザ集団接種プロジェクト。他にも同時期に栄養学的にとか、他の猩紅熱だのチフスだのってのの他の感染症減らしや医療インフラの整備なんてイロイロありそうじゃん。

やっぱ、怪しい気がするのので、次。



小学校の欠席率によって見たワクチン効果
(モトネタは昨日の日記の下の方)

数値は高崎市,桐生市,伊勢崎市の順

「非接種群」を対照群としてのワクチン有効率
1984年度は29%,24%,16%
1985年度は40%,29%,36%

このうち高崎市は接種率80%以上
桐生市は接種率が60%以下

http://www.kangaeroo.net/D-maebashi-F-view-no-23C.html

大雑把に考えて、有効率は3割チョイ。
ただし、母集団は「小学校」で摂取率80%なんて状態を作り出すことのできる限られた閉鎖空間。ホントの実社会じゃありえないかも。
だから、この数値を母数12000万にして実数を出しちゃったりしたらウソになるよね。



もっと、他にもあるのかもしれないけど。。。
うーん、やっぱ、4%ってやつが、一番信憑性ありそうだなあ。。。



さて、こういう数字。
大きいと考えて良いんだろうか。
最終的には個人の判断に帰結するにしても、
私たちは、これを「大きい」と判断すべきか、
大きく無いと考えるべきか。
いろんなデータがあってしまうだけに、
どれが正しく、どういう解釈をすべきか、誰かちゃんと説明して欲しい。
(すずめ試算じゃウソっぽいよね)


そこをすっとばして、
ルノートルメロンパンクリスピークリームドーナッツ化させてはイケナイんじゃないだろうか。
--------
ワクチンは病院によって値段違うんだろうけど...高いよね。

国は「推奨しない」っていうけど、受けても受けなくても4%の差。


----

この8000円がどれほどの価値のある8000円なのか、
きちんと、データ出すべきだと思うんだけど。
値段決める前に、それが先じゃん。

どれほど効くか分からないのに、
8000円

どれほど効くか分からないってのが、周知されてれば良いけど、
今年の場合、みんなが「魔法の用に効く」って信じてそう。

もし、ワクチンは魔法の薬だと思ってて、
我先にと思うみなさま、
ちょっと考えてみようよ。

昨日、一昨日の日記に書いたけど、
ワクチンを接種してる人と接種してない人、
インフルエンザにかかる確率の差は、

4%

という研究がある。

もちろん、この4%は、1900万人もの人たちのうちの4%なんであって、大きな数字だと言う事も言えると思う。
また、自分自身が罹らない可能性が4%も違うのは大きいかも。

上のは、あくまで、とある「研究」であって、それを鵜呑みにしていいのかってのもあるけど。。そういうのも含めて、売る前に「公式に」どういうバックデータがあるのか、どういう根拠に基づいて、この事業に取り組むのか、もっときちんと教えて欲しいんだけどな。



ちなみに、こんなのもめっけ。

http://www5.ocn.ne.jp/~kmatsu/seijinbyou/148infuruenzawakutinn.htm

最後の方に、おもしろいデータが載ってる。

ワクチン接種によって、
目先の罹患を無くせても、
将来的には抗体を持たない身体になる。。。


これもまた、「説」のひとつかもしれないけど。

ここでの論は

ワクチンは有効だが無用
以下、引用。



------

まず74年春に生じたAポート型の流行では、
 ①以前にAイングランド型に自然感染していた子の発症はゼロなのに
 ②A型ワクチンをうけてきた子の発症率は高かったのです。

ワクチンが72年の流行時にインフルエンザ発症数を減らしたため、Aポート型に対する低抗力を獲得せずに終った子が増えたからでしょう。つまりワクチンが有効でインフルエンザを発症せずに終ると、十分な低抗力がつかないわけです。

つづいて76年春には、Aビクトリア型が流行しました。すると、
 ③以前Aポート型に自然感染した子の発症率は、やはりゼロ
 ④以前Aイングランド型に自然感染した子の発症率は2%
 ⑤それ以外の子の発症率は(A型ワクチンを打っていても)20%前後

にのぽりました。
全期間を通じてみると子どもらは、都合三タイプのA型ワクチンのうち、どれか一種だけをうけた、二種うけた、三種ともうけた、一度もうけなかった、という四グループに分かれますが、どのグループも、
 ⑥三回の流行をつうじての累積発症率が40~50%の範囲におさまり、ワクチン歴による差がみられませんでした
 ・・・・「Lancet」1巻33頁・1979年、

------

近藤誠氏らしいといえば、そうなんだけど。
それと古い。


単なる一つの「説」にすぎないんだけどね。
だけど、「新型」として、今後の社会的影響を考えるなら、こういう視点も必要かもしれない。


二つ前のなとろふDr.
一つ前ののりぴーDr.
この下のベースDr.


いろんな視点がある中、
確かに、否定も肯定もできない。

だけど、今の世の中、
ちょっと、勘違いしてそうな感じがする。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2009年9月15日 (火)

インフルデータ

インフルエンザ、毎年、夏でも結構あるんだよね。
こんなデータがある。(すみません。宇宙からのデータを無断拝借。)

hhttp://yoshiyuki-mizuno.hp.infoseek.co.jp/Flu-jp-byWeek-log.png

33−38週あたり。ここでももちろん、ゼロじゃない。

で、今回の状況で思うのは...
みんな、今の時期、ちょっと熱が出たり、調子が悪かったりすると、即、病院行くよね。
で、検査もする。
今まではどうだったろう。
毎年、「夏風邪」の中には、熱が高くてインフルエンザみたいな症状のものもあったはず。でも、すずめみたく、病院キライな鳥は熱が高くて辛い時なんかに、服着替えて歩いて病院に行って。。。なーんてのをするガッツは無い。ふてくされて寝てるだけ。それでも冬なら、「魔法の薬」タミフル求めて行くかもしれないけど。
だから、すずめみたいなヒトが夏風邪をひいてもカウントされない。

冬にインフルだったら瞬く間に蔓延して学級閉鎖。乾燥して寒い日には広がりやすい。だけど、夏は熱くて湿気ってるからそれほどの感染力は無い。もひとつ言うと、普通の日にインフルエンザになると、届ければ学校は欠席にならない。だから、みんな「インフルエンザでした」って届けをしようとする。。。でも、夏休みに夏風邪にかかって、これがインフルエンザの疑いがあっても別に何のメリットも無いから検査しない。。。
例年はそうだよね。


それだけじゃなく。。。

ググてみると、
今、死亡、7人?
で、死亡原因、

名古屋:誤嚥性肺炎
鹿児島:消化器系癌の肺転移後
兵庫:てんかんの既往症有り(不明?)


ということ。

鹿児島県のケースは最初、インフルエンザかって検査したけど、陰性。
その後、陽性であることが判明。
兵庫のケースはタミフルを処方されてるんで、最初からインフルだって事だったんだろうけど、死亡後に新型だったと特定されてる。


今年は、春からずっと世間はインフルインフルで大騒ぎ、市民だけじゃなく、国も医療機関もインフルには厳然と対処してきた。例年になく。

で、上の3例だけど。。。

誤嚥性肺炎 とか、消化器系癌の肺転移後 とかっていうの、インフルエンザによる死亡って今までカウントしてた?それより以前に、インフルエンザかどうかっていう検査をこんなにしつこくしてた?陰性であってももう一度。死亡してからも更に?

今でも、日本人の死亡統計の上位に肺炎がある。
http://www.ipss.go.jp/syoushika/tohkei/Data/Popular2009/T05-22.htm

でもって、こんな面白い記事めっけ。


http://blog.goo.ne.jp/kohay/e/0b3bf7b999e73fb3606ed30bd821726d

これによると、インフルエンザの流行によって、どれだけ肺炎等による死亡が増えたかという事を調べて初めて、インフルエンザによる死亡数が分かるってコトだ。


もひとつ、妄想的に重ねると...
宇宙からのデータ(すみません。宇宙の先生、もし、すずめの無断使用ダメでしたら、おっしゃって下さいませ)

http://yoshiyuki-mizuno.hp.infoseek.co.jp/Flu-jp-byWeek-Spain-log.png

ちょい、おもしろいのは、
スペイン風邪。

インフルエンザの患者数は季節的に減ったり増えたりしてるけど、この死亡者数はそんなに変化無い。

ってコトは、素人すずめが妄想するに、
夏でも冬でも、合併症を起こしたら死んじゃいそうな重病の人の数はそう、変わらないはず。だから、そういう死亡者数も、それほど変わらない。。。
ってコトかも?
(もちろん、これは元々の持病のある人はうんと注意しなければならないってコトでもある)


さてさて、

今年、
インフルエンザの猛威って騒いでる。
死者も出たって。

これ、この騒ぎによるバイアスが相当かかってないだろうか?

平たく言えば、
もともと、毎年、この位の「猛威」はしてたけど、
カウントされてなかった。
だから、今年だけ「猛威」してるって、思っちゃうけど、ちょい違う。
これが本当に死ぬ程恐ろしい病気の「猛威」だったら、日本人の平均寿命に何らかの影響を与えるだろうけど。。。それはフタを開けてみなければ分からない。


もちろん、かつてのスペイン風邪やナントカ風邪。
戦争よりかもっと死亡者が出たってのは、ウソや勘違いじゃ無く、ホントだろう。
今年の「新型」も同じような未経験ウィルスなんで、そりゃ、これから冬にかけて蔓延するだろうけど。。。
だけど、今は時代が違う。
特に公衆衛生に関して、日本は全然違う。(だってさ、100年近く前だよ)
もっと、冷静になっても良いんじゃないの?


って、以上、デザイナすずめの妄想でした。

新型感染の30代死亡 死因不明
http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=945003&media_id=2

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年9月10日 (木)

高齢車ドライバー:すずめんちの場合


さて、家族にとっては、どう、おじいちゃんに運転を辞めさせられるかっていう事に尽きる。


すずめのケースをご紹介。

すずめのパパは昔、車の運転がうまかった。世の中の人がほとんど車なんて持って無い時代から運転してた。今でも2ミリの隙間を残して駐車したりすることができる。
だから、自信満々。
車はずっとクラウンだったけど、去年だか、「自主的に」ジムニーに乗り換えた。大きい車は危ないって、本人もウスウス分かってるんだろう。

でも、
こすずめや周りの人たちが、「注意力が落ちてる」っていろいろ注意しても聞く耳持たない。すずめの目の前では信号無視したことさえあって、ことあるごとにその事を指摘しても、「今はもっと注意して運転してる」だの何だの。
どこでもみんな同じような事情だろう。


幸い、すずめのパパのお宿は地方の市街地のど真ん中にあって、本当なら車なんて無くてもどこでも行ける。


さて、すずめの作戦。
実は癌の手術をして、イロイロあった。
これを機会にやめさせよう。
東京へ来てたので、お宿に帰る直前に、親戚の家の人に車を「借りて」持ってってもらった。要するに、帰って、車の無い状態にした。

で、「借りて」貰った。

要するに...
本人だって寂しいのだ。分かってても、「今日」諦めることはできない。
だから、親戚の人が借りたいって言ってくれて、今は病み上がり/治療中で運転できない。っていう、期間限定っぽいのだったら、まあ、ぎりぎり、本人も許容範囲のはず。
でも、もし、本人の目の前で車を持って行かれると一悶着、大悶着ありそーだし、だから、本人の目の前から車を消した。

で、
作戦、その2
病院に通院、その他、バスを利用。
タクシーや、「送ってあげよう」っていう親戚のありがたーいお言葉を辞退して、
バス。
おそらく車を運転する高齢者は、人生で路線バスなんか乗った事無いんじゃないだろうか。
すずめパパもそうだった。

で、時刻表を綿密に作り、バスがいかに簡単に乗れるかアピール。バスカードも買って、小銭ジャラジャラってのも回避。
そしたら、意外に気に入ってる。めずらしモノ好きのパパは今まで乗った事の無い、バスで結構、楽にどこでも行けるって理解。率先して、「バスで行こう」と言いだした。

もちろん、本人は車を諦めたワケじゃない。
今も治療が一段落ついたら、車は「返して」貰って...っと思っている。
そうなったら、親戚の家には、のらりくらりと逃げて欲しいって、お願いしてる。
車は差し上げたいので、どういう風にしてもらってもオッケー。でも、名義だけはパパのにしといてって。

以上、今のところ、作戦はここまで。
こうやって、1年か2年。ずるずる車の無い生活をして、車を一度も運転しなければ、そのうち運転を諦めるんじゃないか。
そう目論んでるんだけどね。

それにしても...
こういうの、理屈じゃないのだ。
「家族の協力」って言ったって、本人のプライドという壁は巨大だ。
ちょっとやそっとでは切り崩せない。


で、
お願いだから、
高齢者の免許更新、もっと厳しくしてくれないかなあ。
注意力のテストなんかあっても、みんな通っちゃうんだよね。
これが、本人に自信を持たせて、プライドの壁をますます高くする根拠にもなっちゃう。

もうひとつ方策があるとすれば。。。
保険をうんと高くして欲しい。
今でも年齢でリスク細分されてるだろうけど、もっともっと。
もー、こんな高かったら、ムリっていうぐらい、高額にして欲しい!
テストで落としてもいいし。テストはうーんと難しくして欲しい。
そういう実質的なモノが無いときっかけも無い。

それから、もっとバスのアピール。
地方にいると、どこへ行くにも親戚の誰かが「送ってくれる」って言う事を申し出てくれる環境にいる人も多いだろう。だけど、それじゃダメ。プライドの壁は乗り越えられない。自分で解決できる方策が無いと。

これからますます、この問題、大きくなって行きそうだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年9月 8日 (火)

地方都市の姿 2

さて、ここからはすずめの妄想的推理。


これからどうなるか。

アラファイの郊外に住むかつてのニューファミリーたち。確かに10年前はおう盛な消費活動を行っていただろうけど、今はそれほどでもないはずだ。子供たちは巣立ち、都市部の大学へ通ったりしている。
ここへ子供世代が戻ってくるだろうか。
ニュータウンとは言え、田んぼの真ん中ににょっきりできた小規模な一画だ。
しかも昔から住んでいたわけではないので、住居の敷地面積もそんなに大きいわけじゃない。これが、田んぼを持ってた農家だったりすると、何百坪もあって一族がそこに自由に家を建てられるのだろうけど。
駅のそばの市街地にはいっぱい土地が余ってる。かつては親世代もここに住んでいたのだ。東京では「都心回帰」というのが始まっている。地価が下がって都心でも住宅が買えるようになって、人が戻りつつある。同じ現象が地方でも始まりそうな気がする。

さて、そうなったらどうなるだろう。

次の世代は市街地に戻ってくる。
同時に人口の減少。

郊外の古いニュータウンには子供世代は戻って来ない。
子供世代がいないと消費は減る。郊外にたくさん建っていたショッピングモールも減っていくはずだ。もしかして、これは、地方都市の車依存の生活を変えるチャンスかもしれない。今は市内の中心に住んでいても、わざわざ車で郊外のショッピングセンターまで出かけて行く。しかし、郊外型店舗が減っていけば、車じゃなくても歩いて、自転車で、駅のそばのデパートや大型店へ行ける。
しかも、今、駅のそばは、昔、そごうやダイエーやいろんな大型店舗があった跡地がそのまま空き家になってる。駐車場さえ作れる程の土地だってある。

さて、その後のニュータウンはどうなるか。。。
東京の多摩ニュータウンの姿を引用すると、高齢化し、ゴーストタウン化していく。
東京はそれでも人口規模が大きく、産業も、公的インフラもあるが、地方の郊外にはそんな体力は無い。

福山ではこんな話も聞く。
ちょっと郊外にある親の家。
値段が下がって売れない。値段の問題じゃない。売るってのは買い手がついてはじめて売れるのであって、どんなに値段を下げても買い手がいなければ売れない。
家を壊すのも昨今は環境問題/リサイクルですんごく高いので、壊せない。空き家のまま、放置しておくしかない。
そこそこの値段がつく市街地でさえ、空き家がたくさんある。郊外になると、もっと顕著だろう。


そうなった時の街の形。
人が住む範囲は、もっと小さくなる。
郊外店が潰れていけば、その反動で余計郊外が寂しくなる。

郊外のニュータウンがあった場所には、農業従事者もいただろうが、ニュータウンの誕生とともに、三ちゃん農業になり、跡継ぎが来ず、同時に住宅地への変換があって、農業も潰れていった。ゴーストタウンは農地にさえ戻らない。市街地を出ると、荒野。

人口減少と連動して、コンパクトシティが実現する。
すずめ的にはそれはそれで良い気がする。
自然に害毒であるニンゲンは固まって住んだ方が良い。
固まって街の中だけを汚してるなら、まあ、許せるだろう。
医療や介護のインフラも、固まって住んだ方が良い。
あとは、...農業をどう、守っていくか。
別の形で解決策を考えるしかないのかもしれない。個人レベルじゃなく、産業レベルで。

福山。
ちっちゃな地方都市だが、
もしかして、全国、いろんな所で、規模の差さえあれ、同じようなことが起こってないだろうか?


さて、地方都市、どうなるか。

福山の現在の姿から妄想した、将来。


もし、同じ事がいろんな所で同じように起こっているとしたら。
もひとつ、妄想を重ねてみた。


地方自治。
道州制。。。
こういうのが良いんだか悪いんだか分かんない。
今まで中央が決めていた事をどんどん地域に委譲していく。
それは大賛成だ。だって、歩けばコンビニでも何でもある東京と、一番小さな集落まで10キロっていう地方の暮らし。同じ尺度で決めてるのはおかしい。何よりも、生活者の感覚がう。

でも。。。
表面的には良さそうに見えても、全然ダメダメだったり、いろいろありそうだ。切り込んでいくと複雑怪奇ないろんな問題も出てきそう。
そういうのって、うんと詳細に検討した上でなければ分かんないだろう。だから誰かの口車に乗せられて、サンセイだのハンタイだのって、すずめは言うつもりもない。そもそも分かんないんだし。

そう、お断りした上で妄想してみると。


前の日記に書いたように、地方都市はバブルの時、郊外にたくさんのサテライトを作ってきた。でも、これから次の世代はそこを切っていくのではないだろうか。いくつかの大きな街に集中して住む時代が来るのでは。

さて、そうなった時、地方の形はどうなっていくんだろう。
福山からもうちょっと広く視点を変えると。。。


今、中国、四国地方で福山は5番目に大きな都市である。
それでも46万人都市。

中国四国地方に大きな都市がいくつあるか。

先ず、中国地方

• 政令指定都市
広島市(1,169,648人)・岡山市(703,396人)
• 中核市
倉敷市(473,665人)・福山市(461,754人)・下関市(282,339人)
• 特例市
呉市(243,818人)・鳥取市(198,321人)
• 上記以外の県庁所在地
松江市(194,458人)・山口市(192,107人)


四国地方のトップ10

• 松山市(515,476人・愛媛県・県庁所在地・中核市)
• 高松市(418,504人・香川県・県庁所在地・中核市)
• 高知市(340,901人・高知県・県庁所在地・中核市)
• 徳島市(264,613人・徳島県・県庁所在地)
• 今治市(168,973人・愛媛県)
• 新居浜市(122,872人・愛媛県)
• 西条市(111,713人・愛媛県)
• 丸亀市(110,695人・香川県)
• 四国中央市(90,834人・愛媛県)
• 宇和島市(84,800人・愛媛県)


30万人以上クラスの都市がいくつあるかというと。。。
7つ。中国に4つ。四国は3つ。

四国には政令指定都市となる要件である、70万を越えるというものは一つも無い。

もし、これから、すずめの妄想の通り、地方の小さな街が限界集落となり、近隣の大きめの街に吸収されていくなら、こうした都市に集まっていくことになる。

上記の数値を見ても分かるように、広域合併等の要素もあるので一概に言えないが、
大きな都市と小さな都市との数値の格差。
四国8位の都市でも10万に満たない。
県庁所在地の山口市でも20万に満たない。
何よりも大きいのは地理的な偏在の問題だ。四国のトップ10都市のうち、6個を有する愛媛は良い。だけど、高地、徳島には建った一つの30万都市(徳島市は30万にも満たない)があるだけ。

さて、今、いろいろもてはやされてる道州制だけど、
もし、本当にそうなったら、どうなっていくか。
今存在する

東京 vs 地方

の問題が、

地方の大都市 vs 小さな町/村

にシフトしていく。だけど、地方の小さな街に、10倍もの人口を抱える地方の都市へ対抗する力、結束力があるだろうか。

よく、テレビなどでは大阪知事なんかが道州制を褒めちぎっているが、それはよく分かる。大阪のような大きな「地方」都市は、必ず勝ち組になれる。何せ、全国3位の人口を有する都市。その中の小さな区の一つが、地方の県庁所在地の人口を上回るんだから。

じゃあ、小さな市町村はどうしたら良いんだろう。もっともっと合併を繰り返して、大きくなって行くしかないんじゃないだろうか。

九州から「博多」の地名が消えたように、各地で、その土地の歴史ある地名が消えていく。すでに、平成の大合併でそういう事例がたくさんある。
地名って、文化じゃないだろうか?
どことひっつくかによって、文化圏的にもいろいろあるんじゃないだろうか?
福山はもともと岡山の文化圏だった。だから今も、何となく岡山の方が親しみやすい。
兵庫も、もとはいくつかの文化圏。。。。
地方の街、それぞれに、伝え守ってきたテリトリーがある。そういうのが、経済的事情で吸収されていき、どんどん消えていく。


地方に自治権を委譲してくのは非常に賛成だ。
だけど、そこでも、生存競争が始まる。
地方で生き残っていけるのは、どこだろう。


それって、良いことなのかどうなのか。
結構、言えそうなのは、東京や大阪、大きな町にはメリットが高そうだ。
すずめはヒトは固まって住む方が良いって、何となく思ってるんで、道州制の結果、小さな街が淘汰されちゃえば、それはそれでしかたが無いのかなって、ヒトゴトとしては思えないワケでもないけど、本当にそれが良いんだかどうだか、ホントは分からない。
だから、大阪知事さんとかの口車に乗って賛成したり、別のヒトの理屈に乗って反対したりしたくない。議論だけは必要だと思ってるんだけどね。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年9月 7日 (月)

地方都市の姿 1

地方都市の姿


すずめ、イロイロあって10日程、実家のある広島県某福山市に帰省してた。

何十年ぶりだろう。
広島っていうと、尾道とか有名だけど、福山ってのは、あまり聞かないかもしれない。
だけど、人口、規模的には広島県東部では一番大きな市だ。

人口は46万人。中国地方では広島市・岡山市・松山市・倉敷市に次ぐ5番目の人口規模である。日本鋼管の誘致をきっかけに大きくなった。駅前など都市計画にそって整備された道路の形は整然としている。

すずめ的には、駅にどの程度のデパートがあるかってのが、その街の規模を考える一番の参考にしちゃうんだけど、
福山には、
古くからの老舗、天満屋。
駅のショッピングモール、ロッツ、キャスパ。
昔は、もっとあった。そごうとか、ニチイ、ダイエー。。。
ご多分にもれず、郊外型ショッピングモールが、駅から離れた所に巨大な駐車場を擁していくつも点在するようになってから、どんどん少なくなったようだ。

何十年ぶりかに帰った(というより、行った)福山の街。
もしかして、今の日本の地方都市の縮図のようなものがあるのかもしれないと思ってみてた。

すずめの実家は、駅からそう遠くない、市街地の住宅街にある。
ちょっとびっくりなのは、すずめの子供のころから建て替えていない家がいっぱいある事。そして、空き家もいっぱい。駐車場もいっぱい。
要するに、子供がいない、いても帰ってこない。
昔は結構にぎやかだったアーケードもオールシャッターってのもある。
もちろん何本かのアーケードはまだ残っているが。


分析するに。。。

バブルのころ、この街もご多分にもれず、郊外への進出を初めていた。
市街地からバスで15分位の山のそばにニュータウンを作った。
そのころは市街地はものすごく高く、若いファミリーに手が出る値段ではない。加えて、東京と違って、結婚したら賃貸に住むという感覚もあまり無い。
また、駅が市街地の中心ではあっても、ここから電車に乗って仕事場へ行くということもほとんどできない。福山から一駅乗るともう、田園地帯だ。
なので、一家に大人の数だけ車を持ち、どこへ行くのも車。
郊外のニュータウンも車があれば関係無い。

こういうニュータウンのそばには、郊外型のレストランやショッピングセンターができ、中心部よりにぎやかになっていった。市内の中心にある小学校も過疎。すずめがこすずめの頃のすずめのガッコも5クラスあったのが、1クラスしかない。すずめのチューガッコなんて、1800羽いたんだけど、今は500人チョイらしい

でもって、バブルがはじけ。。。
それと同時に、市街地の急速な高齢化が始まった。
市街地の高齢世代に子供世代が戻ってきた所は家を建て直し二世帯住宅になっている。古い街並みの中、ぽつりぽつりとある新しい家がそうだ。しかし、数的にはそんなに多くは無い。そうこうしているうちに、バブルから早くも30年、ワンジェネレーションが経とうとしている。バブル時に郊外に家を買った人たちもアラファイ。50才あたりだろうか。彼等の子供は20代前半。
そろそろ結婚し、家を買いたい年齢に突入しつつある。


さて、ここからはすずめの妄想的推理。
ってのはまた明日。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年9月 4日 (金)

1945年 二度と辿ってはいけない道

1945年
日本にとって一番長い年だった。

ウィキで1945年を引くとものすごーっくいっぱい出て来る。

http://ja.wikipedia.org/wiki/1945年


引用するにはあまりに長いので、もうちょい、短いものを。
すずめが勝手に抜粋。


1月25日 最高戦争指導会議、決戦非常措置要綱を決定。 
2月4日 ルーズベルト、チャーチル、スターリン、ヤルタ会談。ソ連の対日参戦密約。
3月6日 国民勤労動員令公布。 
3月9日 B29が東京を夜間大空襲。 
3月14日 大阪大空襲。 
3月17日 硫黄島の日本軍全滅。(戦死 23,000人) 
4月1日 米軍が沖縄本島に上陸。 
4月7日 鈴木貫太郎(海軍大将)内閣成立。 
4月7日 呉から沖縄に出撃の戦艦大和が九州南方で撃沈される。 
4月12日 ルーズベルト米大統領死去。副大統領トルーマンが昇格。 
4月16日 ソ連軍がベルリン攻撃開始(〜5月2日)。 
5月7日 ドイツが連合国に無条件降伏。 
5月14日 最高戦争指導会議で、対ソ交渉方針決定(終戦工作始まる)。 
5月30日 ヒトラー自殺。 
6月8日 天皇臨席の最高戦争指導会議、本土決戦方針採択。 
7月17日 トルーマン、チャーチル、スターリンがポツダム会談。
7月26日 ポツダム宣言発表。 
7月28日 鈴木首相、ポツダム宣言黙殺を表明。 
8月6日 B29が広島に原子爆弾投下(死者約15万人)。 
8月9日 長崎に原子爆弾投下(死者約7万人)。 
8月9日 ソ連が、日本のポツダム宣言拒否を理由に、対日宣戦布告。 
8月10日 政府が中立国スイス、スウェーデンを通じて米英中ソにポツダム宣言受諾を申し入れ。 
8月13日 御前会議・閣議が連合国の回答をめぐり紛糾。 
8月14日 天皇裁決で、ポツダム宣言の無条件受諾を決定。 
8月15日 天皇の「終戦の詔書」録音放送。日本が無条件降伏 鈴木内閣総辞職。 
8月17日 東久邇稔彦内閣成立。臨時戦闘行為停止、降伏の命令。 
8月28日 連合国軍総司令部(GHQ)を横浜に設置。 
9月2日 ミズーリ号艦上で、降伏文書調印。マッカーサーが、北緯38度線を境に米ソによる南北朝鮮の分割占領を発表。 
9月6日 米が「降伏後における米国の初期の対日方針」を決定。 
9月17日 枕崎台風、死者・行方不明2400人。 
9月27日 天皇がマッカーサーを訪問。 
10月4日 GHQが政治的・民事的・宗教的自由制限の撤廃の「公民権指令」覚書。 
10月9日 幣原喜重郎内閣成立。 
10月11日 マッカーサー、教育の自由主義化および人権確保など5大改革を指令。 
10月13日 中国で蒋介石が国民党各部隊に内戦を密令、解放軍と各地で衝突。 
10月15日 治安維持法など廃止。 
10月24日 国際連合発足。 
11月6日 GHQ、持株会社解体に関する覚書(財閥解体)。 
11月6日 柔道・剣道・弓道などの授業禁止。 
11月9日 日本自由党結成。総裁・鳩山一郎。 
11月16日 戦後初の大相撲が東京国技館で開幕。
11月17日 チャンバラ映画禁止。 
11月21日 治安警察法を廃止。 
12月6日 GHQが近衛文麿、木戸幸一ら9人の逮捕を命令。16日近衛は服毒自殺。 
12月9日 GHQが農地改革を指令。  
12月15日 GHQが国家と神道の分離を指令。 
12月17日 衆議院議員選挙法改正公布(大選挙区、連記制、女性に参政権など)。 
12月18日 衆議院解散。 
12月22日 労働組合法公布。 
12月29日 農地調整法改正公布(第1次農地改革実施の基準)。
12月31日 GHQが修身・地理歴史科の授業停止を指令。


すずめたちが歴史年表で見る時、
1945年というと、原子爆弾、ポツダム宣言ぐらいしか出てこない。
だけど、こんなにもたくさんの出来事があった。

一つ一つを見て行くと...
何だかストーリーが分かる。
最大のポイントは2月のヤルタ会談じゃないだろうか。
4月16日 ソ連軍はベルリン攻撃。あっけなくドイツは降伏。2週間程の戦闘活動でソ連はドイツに対して戦勝国になれた。
日本は、7月26日 ポツダム宣言が発表されるも、即座に(2日後)拒否。
原爆が落とされ...ポツダム宣言拒否を理由にソ連は参戦。土壇場でのソビエトの活躍は手際が鮮やかだ。
でも、もちろん、悪いのは、戦争をした国。しかもそれをズルズルと長引かせ、のっぴきならない所まで引っ張ってしまった政府だ。1、2週間しか戦闘行為をしてない国の罪は軽い。


なーんて書くと、そのミチの方には
「自虐的」って言われちゃいそうだけど。事実は事実。
自虐じゃない。二度と、辿ってはならない道だ。


さて...
ここから、「今」の問題に頭を切り替えると...

この間のイラク戦争、湾岸戦争...そして、今もまだ、続く戦争。
彼等の「終戦の年」はどういうものだったのだろう。
日本に伝えられる形とは違った「ストーリー」もあるのかもしれない。
彼等の視点から。
そして、その中で、日本はどういう役柄を演じているのだろう。

終戦記念日 平和への貢献誓う
http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=930309&media_id=2

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2009年9月 3日 (木)

すずめ、広島から/上関原発と原爆と

いろいろあって。。。

すずめ、日曜日からずっと広島にいます。


で、
いろいろあって、
昨日、山口県・上関原発系の運動をされてるちゃびんドクターに会っちゃった。
で、ちょい、考えたコト。


山口県・上関原発

山口県の話。
東京のすずめたちにはどういう風に見えてたかと言うと。。。。
遠い話だった。

すずめの印象では。。。

そういえば、選挙の話が出てたなあ。。
あと、ナントカっていう、アマミノクロウサギっぽい名前の動物が裁判起こしたって?
その程度の情報しか無かった。

温度差以前に、伝わって来た情報はその程度。
(その程度でさえ、原発系のニュースってワリと好きなすずめはまだマシな方かもよって、思ってるんだけど)


今回、調べてみた。

http://ja.wikipedia.org/wiki/上関原子力発電所

そうか。

原告は

カンムリウミスズメ

なのね。お友達じゃんひよこ

茶瓶先生に
「でも、アマミノクロウサギ訴訟は、ウサギだからダメでしたよね。」
って申し上げたら、
「だからここでは、原告にはニンゲンも加えてるんです」
でも、ニンゲンの場合、原告になるには25000円とかお金もかかるし、イロイロ大変なんだそう。スズメだったら、ナミダ程度でもオッケーなのかな。


瀬戸内海にこんなの作っても良いのかっ
って思うんだけど。
それ以前に、
何で、新しい原発、作んなきゃいけないの??

山口県ってのが、なーんかアザトイ。
広島だったらやんないでしょ。
ビミョーに隣。

広島のヒトは反対して欲しい。

原爆:
人類はヒロシマの悲劇を伝えていかなきゃいけない。
アメリカが悪いってんじゃなく、
人類のこれからの問題として
二度とあやまちを繰り返さないために。

私たちの未来に暗雲を落とすもの。
二度と繰り返しては行けないあやまとしての、「核」
それは、水爆もチェルノブイリも同じだ。

平和利用なんかじゃない。
だって、
間違ってしまったら、「平和」なんて永久に無くなる。
そんなの平和利用なんかじゃない。


だけど。。。


原発は打出の小槌。
お金がザラザラ出て来る。
だから、この地元でも、抱き込まれた人たちはいっぱい。
その中で、
地元で素朴にがんばってるおばちゃんたちが、
地道に反対して来たんだそう。

自分たちが普通に暮らす普通の場所を普通に守りたい。
そういう普通の願い。
潰さないで欲しい。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

« 2009年8月 | トップページ | 2009年10月 »