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2009年9月 8日 (火)

地方都市の姿 2

さて、ここからはすずめの妄想的推理。


これからどうなるか。

アラファイの郊外に住むかつてのニューファミリーたち。確かに10年前はおう盛な消費活動を行っていただろうけど、今はそれほどでもないはずだ。子供たちは巣立ち、都市部の大学へ通ったりしている。
ここへ子供世代が戻ってくるだろうか。
ニュータウンとは言え、田んぼの真ん中ににょっきりできた小規模な一画だ。
しかも昔から住んでいたわけではないので、住居の敷地面積もそんなに大きいわけじゃない。これが、田んぼを持ってた農家だったりすると、何百坪もあって一族がそこに自由に家を建てられるのだろうけど。
駅のそばの市街地にはいっぱい土地が余ってる。かつては親世代もここに住んでいたのだ。東京では「都心回帰」というのが始まっている。地価が下がって都心でも住宅が買えるようになって、人が戻りつつある。同じ現象が地方でも始まりそうな気がする。

さて、そうなったらどうなるだろう。

次の世代は市街地に戻ってくる。
同時に人口の減少。

郊外の古いニュータウンには子供世代は戻って来ない。
子供世代がいないと消費は減る。郊外にたくさん建っていたショッピングモールも減っていくはずだ。もしかして、これは、地方都市の車依存の生活を変えるチャンスかもしれない。今は市内の中心に住んでいても、わざわざ車で郊外のショッピングセンターまで出かけて行く。しかし、郊外型店舗が減っていけば、車じゃなくても歩いて、自転車で、駅のそばのデパートや大型店へ行ける。
しかも、今、駅のそばは、昔、そごうやダイエーやいろんな大型店舗があった跡地がそのまま空き家になってる。駐車場さえ作れる程の土地だってある。

さて、その後のニュータウンはどうなるか。。。
東京の多摩ニュータウンの姿を引用すると、高齢化し、ゴーストタウン化していく。
東京はそれでも人口規模が大きく、産業も、公的インフラもあるが、地方の郊外にはそんな体力は無い。

福山ではこんな話も聞く。
ちょっと郊外にある親の家。
値段が下がって売れない。値段の問題じゃない。売るってのは買い手がついてはじめて売れるのであって、どんなに値段を下げても買い手がいなければ売れない。
家を壊すのも昨今は環境問題/リサイクルですんごく高いので、壊せない。空き家のまま、放置しておくしかない。
そこそこの値段がつく市街地でさえ、空き家がたくさんある。郊外になると、もっと顕著だろう。


そうなった時の街の形。
人が住む範囲は、もっと小さくなる。
郊外店が潰れていけば、その反動で余計郊外が寂しくなる。

郊外のニュータウンがあった場所には、農業従事者もいただろうが、ニュータウンの誕生とともに、三ちゃん農業になり、跡継ぎが来ず、同時に住宅地への変換があって、農業も潰れていった。ゴーストタウンは農地にさえ戻らない。市街地を出ると、荒野。

人口減少と連動して、コンパクトシティが実現する。
すずめ的にはそれはそれで良い気がする。
自然に害毒であるニンゲンは固まって住んだ方が良い。
固まって街の中だけを汚してるなら、まあ、許せるだろう。
医療や介護のインフラも、固まって住んだ方が良い。
あとは、...農業をどう、守っていくか。
別の形で解決策を考えるしかないのかもしれない。個人レベルじゃなく、産業レベルで。

福山。
ちっちゃな地方都市だが、
もしかして、全国、いろんな所で、規模の差さえあれ、同じようなことが起こってないだろうか?


さて、地方都市、どうなるか。

福山の現在の姿から妄想した、将来。


もし、同じ事がいろんな所で同じように起こっているとしたら。
もひとつ、妄想を重ねてみた。


地方自治。
道州制。。。
こういうのが良いんだか悪いんだか分かんない。
今まで中央が決めていた事をどんどん地域に委譲していく。
それは大賛成だ。だって、歩けばコンビニでも何でもある東京と、一番小さな集落まで10キロっていう地方の暮らし。同じ尺度で決めてるのはおかしい。何よりも、生活者の感覚がう。

でも。。。
表面的には良さそうに見えても、全然ダメダメだったり、いろいろありそうだ。切り込んでいくと複雑怪奇ないろんな問題も出てきそう。
そういうのって、うんと詳細に検討した上でなければ分かんないだろう。だから誰かの口車に乗せられて、サンセイだのハンタイだのって、すずめは言うつもりもない。そもそも分かんないんだし。

そう、お断りした上で妄想してみると。


前の日記に書いたように、地方都市はバブルの時、郊外にたくさんのサテライトを作ってきた。でも、これから次の世代はそこを切っていくのではないだろうか。いくつかの大きな街に集中して住む時代が来るのでは。

さて、そうなった時、地方の形はどうなっていくんだろう。
福山からもうちょっと広く視点を変えると。。。


今、中国、四国地方で福山は5番目に大きな都市である。
それでも46万人都市。

中国四国地方に大きな都市がいくつあるか。

先ず、中国地方

• 政令指定都市
広島市(1,169,648人)・岡山市(703,396人)
• 中核市
倉敷市(473,665人)・福山市(461,754人)・下関市(282,339人)
• 特例市
呉市(243,818人)・鳥取市(198,321人)
• 上記以外の県庁所在地
松江市(194,458人)・山口市(192,107人)


四国地方のトップ10

• 松山市(515,476人・愛媛県・県庁所在地・中核市)
• 高松市(418,504人・香川県・県庁所在地・中核市)
• 高知市(340,901人・高知県・県庁所在地・中核市)
• 徳島市(264,613人・徳島県・県庁所在地)
• 今治市(168,973人・愛媛県)
• 新居浜市(122,872人・愛媛県)
• 西条市(111,713人・愛媛県)
• 丸亀市(110,695人・香川県)
• 四国中央市(90,834人・愛媛県)
• 宇和島市(84,800人・愛媛県)


30万人以上クラスの都市がいくつあるかというと。。。
7つ。中国に4つ。四国は3つ。

四国には政令指定都市となる要件である、70万を越えるというものは一つも無い。

もし、これから、すずめの妄想の通り、地方の小さな街が限界集落となり、近隣の大きめの街に吸収されていくなら、こうした都市に集まっていくことになる。

上記の数値を見ても分かるように、広域合併等の要素もあるので一概に言えないが、
大きな都市と小さな都市との数値の格差。
四国8位の都市でも10万に満たない。
県庁所在地の山口市でも20万に満たない。
何よりも大きいのは地理的な偏在の問題だ。四国のトップ10都市のうち、6個を有する愛媛は良い。だけど、高地、徳島には建った一つの30万都市(徳島市は30万にも満たない)があるだけ。

さて、今、いろいろもてはやされてる道州制だけど、
もし、本当にそうなったら、どうなっていくか。
今存在する

東京 vs 地方

の問題が、

地方の大都市 vs 小さな町/村

にシフトしていく。だけど、地方の小さな街に、10倍もの人口を抱える地方の都市へ対抗する力、結束力があるだろうか。

よく、テレビなどでは大阪知事なんかが道州制を褒めちぎっているが、それはよく分かる。大阪のような大きな「地方」都市は、必ず勝ち組になれる。何せ、全国3位の人口を有する都市。その中の小さな区の一つが、地方の県庁所在地の人口を上回るんだから。

じゃあ、小さな市町村はどうしたら良いんだろう。もっともっと合併を繰り返して、大きくなって行くしかないんじゃないだろうか。

九州から「博多」の地名が消えたように、各地で、その土地の歴史ある地名が消えていく。すでに、平成の大合併でそういう事例がたくさんある。
地名って、文化じゃないだろうか?
どことひっつくかによって、文化圏的にもいろいろあるんじゃないだろうか?
福山はもともと岡山の文化圏だった。だから今も、何となく岡山の方が親しみやすい。
兵庫も、もとはいくつかの文化圏。。。。
地方の街、それぞれに、伝え守ってきたテリトリーがある。そういうのが、経済的事情で吸収されていき、どんどん消えていく。


地方に自治権を委譲してくのは非常に賛成だ。
だけど、そこでも、生存競争が始まる。
地方で生き残っていけるのは、どこだろう。


それって、良いことなのかどうなのか。
結構、言えそうなのは、東京や大阪、大きな町にはメリットが高そうだ。
すずめはヒトは固まって住む方が良いって、何となく思ってるんで、道州制の結果、小さな街が淘汰されちゃえば、それはそれでしかたが無いのかなって、ヒトゴトとしては思えないワケでもないけど、本当にそれが良いんだかどうだか、ホントは分からない。
だから、大阪知事さんとかの口車に乗って賛成したり、別のヒトの理屈に乗って反対したりしたくない。議論だけは必要だと思ってるんだけどね。

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