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2009年9月 7日 (月)

地方都市の姿 1

地方都市の姿


すずめ、イロイロあって10日程、実家のある広島県某福山市に帰省してた。

何十年ぶりだろう。
広島っていうと、尾道とか有名だけど、福山ってのは、あまり聞かないかもしれない。
だけど、人口、規模的には広島県東部では一番大きな市だ。

人口は46万人。中国地方では広島市・岡山市・松山市・倉敷市に次ぐ5番目の人口規模である。日本鋼管の誘致をきっかけに大きくなった。駅前など都市計画にそって整備された道路の形は整然としている。

すずめ的には、駅にどの程度のデパートがあるかってのが、その街の規模を考える一番の参考にしちゃうんだけど、
福山には、
古くからの老舗、天満屋。
駅のショッピングモール、ロッツ、キャスパ。
昔は、もっとあった。そごうとか、ニチイ、ダイエー。。。
ご多分にもれず、郊外型ショッピングモールが、駅から離れた所に巨大な駐車場を擁していくつも点在するようになってから、どんどん少なくなったようだ。

何十年ぶりかに帰った(というより、行った)福山の街。
もしかして、今の日本の地方都市の縮図のようなものがあるのかもしれないと思ってみてた。

すずめの実家は、駅からそう遠くない、市街地の住宅街にある。
ちょっとびっくりなのは、すずめの子供のころから建て替えていない家がいっぱいある事。そして、空き家もいっぱい。駐車場もいっぱい。
要するに、子供がいない、いても帰ってこない。
昔は結構にぎやかだったアーケードもオールシャッターってのもある。
もちろん何本かのアーケードはまだ残っているが。


分析するに。。。

バブルのころ、この街もご多分にもれず、郊外への進出を初めていた。
市街地からバスで15分位の山のそばにニュータウンを作った。
そのころは市街地はものすごく高く、若いファミリーに手が出る値段ではない。加えて、東京と違って、結婚したら賃貸に住むという感覚もあまり無い。
また、駅が市街地の中心ではあっても、ここから電車に乗って仕事場へ行くということもほとんどできない。福山から一駅乗るともう、田園地帯だ。
なので、一家に大人の数だけ車を持ち、どこへ行くのも車。
郊外のニュータウンも車があれば関係無い。

こういうニュータウンのそばには、郊外型のレストランやショッピングセンターができ、中心部よりにぎやかになっていった。市内の中心にある小学校も過疎。すずめがこすずめの頃のすずめのガッコも5クラスあったのが、1クラスしかない。すずめのチューガッコなんて、1800羽いたんだけど、今は500人チョイらしい

でもって、バブルがはじけ。。。
それと同時に、市街地の急速な高齢化が始まった。
市街地の高齢世代に子供世代が戻ってきた所は家を建て直し二世帯住宅になっている。古い街並みの中、ぽつりぽつりとある新しい家がそうだ。しかし、数的にはそんなに多くは無い。そうこうしているうちに、バブルから早くも30年、ワンジェネレーションが経とうとしている。バブル時に郊外に家を買った人たちもアラファイ。50才あたりだろうか。彼等の子供は20代前半。
そろそろ結婚し、家を買いたい年齢に突入しつつある。


さて、ここからはすずめの妄想的推理。
ってのはまた明日。

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