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2009年8月28日 (金)

警報は鳴らなかった 1

2、3日前、夜の報道番組の特集で、原爆投下の時、警報がならなかったという事を問題にしているのがあった。
初めて知ったので、驚いた。

ネットをさがしたら、ここにあった。

http://www.youtube.com/watch?v=CLZA19h9LII


詳細はこの中にあるが、
B29が襲来しているにも関わらず、
空襲警報は鳴らなかった。原爆は全く無防備な市民の上に落とされた。


これを見て、もうひとつ気づいたことがある。
4月、
長崎に被爆マリアに会いに行った時、
街の片隅にあった、昔の防空壕の後を見た。
いろんな観光スポットがある中、普通の民家の裏にあったこの防空壕は、
あまりに地味。

しかし、ここでもそうだった。
長崎の原爆が投下された時、
ここで難を逃れたのは、遊んでいた小さな女の子だけだったのだ!

要するに...
長崎でも、警報は鳴らなかったのではないだろうか。

なぜ、鳴らなかったのか。
広島で、
そして、すずめの個人的な連想が正しければ、
長崎でも。

上のニュースは示唆している。

エノラゲイは、
広島上空を通ると見せかけて...
フェイントのように一旦、迂回し、
そして、戻って落とした。

なぜなら...

二つ想像できる

広島上空を通る時、敵機にみつけられて攻撃されるのを避ける。
無防備な市民の上に落としたい

前者は、おそらくレーダーで確認できただろう。
フェイントをかける程もない。

だとすると、後者?


と書いたが、誰もが確信を感じるだろう。
結果的に、
無防備な普通の市民の上に落とされたのだ。


そして、これが、
長崎でも意図的に行われたとすると、
彼等は、同じキリスト教徒の、無防備な身体の上に落とした事になる。


彼等とは、
今の世代、
オバマでも、アメリカ人という概念的集団でもなく、
64年前の
あの、作戦に関わった一握りの人たちであり、
そして、それは彼等個人の罪では無い。
それをはっきりさせた上で、
この問題、
もう一度、知るべきかもしれない。


広島原爆の日 英語で平和宣言
http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=921122&media_id=2

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