« マスコミ批判の批判2 | トップページ | »

2009年6月14日 (日)

マスコミ批判の批判3:謝るしくみ

さて、ここの所書いてるマスコミ批判の批判の続き。


-------

あやまる仕組みをもっているもの。

先ず、考えると、その「仕組み」とは何だろう。
要するに
「受け」(クレーム等の情報の窓口と集積システム)
「謝罪」
の両方に、具体的なシステムなり、部門、形を持っているか否かということになるだろう。
先ずは「受け」が無ければ、謝罪もへったくれも無いわけだけど。

さて、のっけから余談。


たまたま昨日、すずめは
医療の良心を守る市民の会
ってのに行ってきた。

この会、いろんな医療事故の被害者が中核になってこうせいされている。
血管の中に消毒薬を入れられての死亡事故広尾事件
G医師が2年後に手術室であったミスについて告発した日医の事故
イレウスの男の子が放置されて亡くなった事故
。。。。
さまざまな悲しみを乗り越えた人たちが中心になって立ち上げた会だ。
それを支える、「良心」を持つ医師たち。


っていうので、いろんな事例が紹介されてくんだけど、
その中で必ず言われることがある。

「真実を知りたい。お金はいらない。」
それが中心なのだ。だから、みんな和解を拒否して戦う。
そして、一言でいい、謝罪をしてほしい。

考えるに、医療には、「真実を教えて欲しい」と言われた時に、答える仕組みができていない。
カルテは開示されないし。
もひとつ、こういうシステムができていない機関に、「教育」がある気がする。「受け」の方は、教育委員会があるかもしれないが、おいそれと普通の生徒自身が行くことはできないだろう。
でも、こういう物は、他にもいろいろありそうだ。あ、警察もそんな気がする。「受け」はあっても、謝罪の回路は無い。無実の市民の人生を台無しにしても、謝る「形」を持っていないので、彼等にも謝りようが無い。


さて、では、一般の企業はどういう仕組みになっているのか、考えてみたい。
もちろん、これは、「仕組み」としてであって、こういう仕組みができていてもなお、隠蔽はしてしまうし、蒟蒻畑みたいに、信じられない対応をする会社だってある。でも、最低限、構造/システムができてないコトにはおハナシにならないので、ここでは、「最低限度」の話として。世の中には、上に書いたようにこの最低限度が無い種類のモノがいっぱいあるんだし。


ある程度大きな企業であれば必ず、クレーム処理の部門がある。専門の人間を置いて、対応する。
不良品を見つけた人はラッキーだ。それ、パッケージの裏に書いてあるここに送ってみるといい。どっさり、いろんなお詫びの品が届く。たかだか200円の商品に対しても。
それだけじゃない。もし、彼等の対応に疑問があったら、各地の消費者センターへ届け出ると良い。コワイおばさんたちが、企業にしかるべき形で対応するように言ってくれる。
それでも改善されない企業は、いろんな形で制裁を受けてしまう。
リコールという制度もある。

さて、マスコミ。
彼等が、
「謝罪をしない」
というのは、本当だろうか。
ズバリ、嘘だ。

彼等程、早くからこういう仕組みを作ってきた企業は無いと思う。

新聞に誤字があると、ドッと投書が来るそうだ。
もちろん、記事に対しても大量の投書が来る。
これは悪い部分に関してだけでなく、いろんな意見、賛同や反論も含まれている。
こういうのは、記事に対して、ある意味でのバロメーター。
だから、投書の多い記事っていうのは、アーギュメンティティヴということになる。
もし、おもしろい、こういうテーマをやって欲しいと思っていることがあって、その関連の記事なり、放送が出たりした時は、是非、みんなで「投書」すると良い。またやってくれるかもしれない。
そういう「受け」のシステムはちゃんとある。
そして。。。
もし、その報道に、歴然とした間違いがあった場合、新聞は
「謝罪広告」を出す。
テレビのニュースでも、きちんと姿勢を正した人たちが誤る。
この謝罪広告、今の始まったコトじゃなく、大昔からある。

マスコミの報道が間違ってるという人たち、
是非、投書し、間違いを正すよう、謝罪広告を求めるといい。
そして、それをマスコミが無視しないよう、内容証明なんかにしなくても良いから、
投書した時点で、どっかに、残しておくと良い。
たとえば、ネットのブログに貼付けておくとかね。

ただし、
「最近のマスコミの態度は悪い」誤れ。
って言ったって、誤るワケないよ。
それって、のび太に対するジャイアンのセリフであって、あまりに論理性を欠いている。
何月何日のどの報道のどの言葉は、どういう理由から、間違っている、もしくは誇大であり、かかる理由によりその社会的影響が大きい。
ってな感じに、きちんと論理的に指摘しなきゃね。
それが、誰の目にも明らかで、社会的影響力が大きいなら、謝罪文は出すだろう。
今までやってる通り。

もちろん、取材には正確を期すことは非常に重要。スクープよりも。
世の中の誰もが、ミスをしたいと思ってやるワケじゃない。
新聞だって紙面にのらない、ものすごーーーっく大量のゴミを作りながら、何日もかけて取材し、作られている。
大目に見てあげようとは言わないけど、
努力はしているのが分かる。
そして、一度、そういう事故が出ると、マスコミの記事はがらりと変わって臆病になるのも分かる。
面白い位に。


マスコミへの批判。
流し手の問題より、受け手の問題の方が大きい気がする。
ミソもクソも同じにしちゃいけない。
2チャンネルで暴走する人たちや、アヤシイ記事を書く人たちもいる。
あれも含めてマスコミって呼んで、
だから新聞もテレビもみ〜んな悪いってのは、あんましにも短絡過ぎる。
彼等に、2チャンネルをコントロールするすべも、方法も無い。
読み手の方が、
アヤシイ記事は、報道ではなく、サブカルチャーか何かだと思って、真に受けないで楽しむ姿勢が大事なんじゃないだろうか。

|

« マスコミ批判の批判2 | トップページ | »

異議有り!」カテゴリの記事

コメント

こっちでもこんにちは〜。

ところで私の記憶が確かならば、カルテは現在は個人情報保護法で開示されてると思いますが。

ところで2チャンネルで暴走する人たちまでマスコミに含めるというのはかなりマスコミを広くとらえる考え方と思いますが、そこまでいくともはやマスコミ批判とは離れちゃう気がします。

マスコミ批判というのは個々の記事に対してだったら私も結構自分のブログでやってます。
良質な報道もそうでないのもありますが、昔は何が正しいか検討する方法がなかったのが、今はわりと検証できるようになったが故の批判という面が大きくて、正しい方向に向かう過渡期なのかなと思います。
インチキ記事書いたら淘汰されるってなれば健全かなと。

投稿:  沼地 | 2009年6月17日 (水) 21時44分

沼地さん
こっちでもありがとうございます。

> カルテは現在は個人情報保護法で開示されてると

はい。でも、マスコミでも誰でも開示が認められるわけじゃなくて、「本人が流してない」と証言してる以上、
また、他に夜中に泥棒が入ってナンテいう被害届も出させてない以上。。。普通に考えると、病院の人が流したと推理しちゃいます。
(そこら辺を時間とともに証明してるのが鳥集氏の本です)

>ところで2チャンネルで暴走する人たちまでマスコミに含めるというのはかなりマスコミを広くとらえる考え方と思いますが、

ところが。。。
今の上の情報も含めて、こういうのに本当のマスコミに含まれる記事も「影響されてる」っていうのが、上の本に書かれています。
書かれてるって、この時期に、この情報は、どこから出たのか、これを流せるのは、コレとコレとコレだけど、その中のコレは違う。。。っと、潰していくような形でですので、彼の勝手な思い込みってワケじゃなく、証明とともに、ですけど。


それと、この本からとっても分かったのは、医師の意見って言っても、大野病院の件で、多くの医師たちでフレアしたの一辺倒じゃないってことでした。本当はちゃんとした社会的認知も高い人たちが、きちんとした見解を発表してるんですよね。だけど、フレアしたヒトたちは、そういうのは取り上げないので、みんな同じように思ってる!って言ってますけど。

投稿: すずめ | 2009年6月25日 (木) 11時51分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/1210811/30097386

この記事へのトラックバック一覧です: マスコミ批判の批判3:謝るしくみ:

« マスコミ批判の批判2 | トップページ | »