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2009年6月

2009年6月29日 (月)

誰のため?:産科医無過失保証制度

産科医無過失保証制度


この問題、もしかして、あまり誰も反対しないのかもしれない。
そして、福祉関係者はあまり気にしてないのかもしれない。


ちょっと前、
産科無過失保証関係のシンポジウムに行ってきた。

実はこの問題、すずめはちょっと疑問を感じていた。

この制度、というか、保険。
産科で分娩する時、3万ほどの掛け金で、もし、赤ちゃんに障害があって生まれてしまっても、保証されるというもの。今まではその障害が医療行為に起因するものであった場合、訴訟になって、それで病院なり、産科医が保証してきた。しかし、この保証金額がものすごく、昨今、産科医がいなくなると日本中が騒いで、結果、この保険ができたわけだ。この時、医療者側に過失があったかどうかは問われない。

保険は、民間ではあるのだが、制度として作られている。

主に、脳性麻痺の赤ちゃんを視点にいれたもので、
生まれて5才までは請求できる。
最初に一時金として600万。その後、20才まで毎年、120万。およそ3000万。

1月に制度が発足したので、そろそろ、例がでてきそうだ。
脳性麻痺を持った赤ちゃんのご両親の負担はいかばかりかと思う。その負担を少しでも減らすことができたら。。というのには、誰も反対しないだろう。。。。。


誰も反対しないのかもしれないと思ってはいたが。。。なるほど、ネットをひくと、結構、反対者はいるっていうか、結構、反対してる人が多い。


http://medical.nikkeibp.co.jp/leaf/mem/pub/opinion/mric/200902/509571_2.html

(ざっくばらんに言って、「過失が無くても」ってことは、産科医は過失を問われないということになる。。。一応制度的には、その調査を含んではいるが、この制度の場合、過失があったとしても、患者側の利益と病院側の利益が一致してしまうんで、過失を隠蔽するようなことがあっても不思議じゃない)

でも、すずめの視点はちょっと違う。


このシンポジウム、偶然N新聞の記者さんの隣に座った。

この制度の対象って、どの位いるの?


さっすが記者。その場で、
脳性麻痺はおよそ出生率に対して0.03%
実数で2500〜3000人。っと、即答。
なーるほど。


そこで、質疑応答でこの制度で想定されてる対象人数を聞くと。。。
(どうせ、想定してるんでしょっと突っ込むと。。。。分かってないけどと、言いながら、厚労省系のヒトが)
およそ、500〜800人。

おおっ。おもしろいじゃん。
って問題じゃないけど。


ということは、
脳性麻痺で生まれる赤ちゃんのうち、およそ、3〜4人に1人はこの制度の恩恵を受けられる。3000万をもって。
それそのものはいい。

だけど。。。

これが福祉のマーケットを壊してしまうことになりはしないか。

4人に1人は、毎月、10万の予算を持っている。
3人は持っていない。


いつもロービジョンの問題を見ながら、不思議に思ってることがある。
なぜか、たとえば拡大読書器は198000円が多いのだ。
不思議ってわけじゃない。当然かも。だって、福祉で198000円が補助されるのだ。
だから、この価格がターゲットプライス。
そういう風に、この手のものって、いろんな「事情」を反映した価格設定がされることがある。

もし、
4人に1人の子が10万という予算をターゲットにした価格設定が広まると。。。というか、現実的に存在してしまう中、この価格をターゲットにした福祉の市場ができてくるはずだ。

貰える子は良い。だけど、もらえない子もいる。
同じようなサポートを必要としていても、
脳性麻痺の子だけが予算を貰ってる。
その大きな格差の中で、福祉のマーケットが作られていくとしたら。。


この制度、
結局、「子供たちのため」のものじゃないのだ。
「産科医」のためのものなのだ。

それって、何か歪んでないだろうか?
その歪みが福祉市場まで浸食して、
結局は子供たちの未来を暗くしてしまわなければいいけど。

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2009年6月28日 (日)

中国、日本の地名商標獲得:日本だって恥ずかしいじゃん

これ、ずっと前に書いてたんだけど、アップしそこねてた。
もう、リンクさせてた所は終っちゃってたので、別を載せとくけど。

http://www.recordchina.co.jp/group.php?groupid=31343&type=1&p=0&s=no#t


>「松坂牛」「青森」など、海外での無断商標登録対策に本腰—日本

以下、抜粋の上、引用。

----

2009年5月13日、農林水産省は、日本の地名が無断で商標登録されるなどの一部国外の状況に対して、監視および対策強化のため各都道府県や業界団体と協力し、今年6月に協議会を設立することを決定した。

(中略)

しかし、「青森」や「松阪牛」などの産地名や有名ブランド名を無断で商標申請している例が中国などで散見されており、政府は今後の輸出拡大政策などに支障が出るとして、協議会設立に踏み切った。

(中略)


産地名などの無断登録は、03年に中国で、現地企業が「青森」を商標として申請していることが発覚し、大きな問題となった。事態を知った青森県は、リンゴなどに「青森産」の名称が使用できなくなることを恐れ、中国商標局に異議を申し立てた結果、問題企業の申請の一部を阻止することに成功した。また、三重県の「松阪牛」が中国企業によって1字違いの「松坂牛」として登録されていたことが発覚するなど、問題は広がりを見せている。

日本貿易振興機構(JETRO)の調査によると、中国では07年末までに、日本の県名や政令都市名約30件が商標申請されており、一部はすでに登録が完了しているという。(翻訳・編集/HA)
2009-05-14 07:21:23 配信


-----

この記事、読んだすずめの第一印象。
「日本、ずるい」
だ。

「無断」ってナンだろね。
誰にコトワルんだよっ。
日本は断って来たのかさ。


なんか、こういう記事を見ると、中国の狡さって感じちゃうけど、
皆様、ご存知?日本もいっぱい、いっぱい、海外の地名、商標登録してんの。

今、特許庁の商標検索って、簡単にできちゃうんで、ざっとやってみると。。。


北京  26件
大連  11件

ワシントン 20件
アメリカ 240件

(この言葉を含むという検索)

ちなみにこれは平成5年以降の公開公報から検索で、江戸時代とかのもんじゃないからね。
これはすずめが適当に引いただけで、こんなのザクザクいっぱいある。
不二家のニューヨークってチョコとクッキーの詰め合わせはすずめの大好きアイテムだったし。

それなのに、日本、恥ずかしいじゃん。


これと、別に、中国は日本の浜崎歩とか、あのロゴとともに申請しちゃってる。
意図もミエミエでさすがにすずめ的にもあまりに下品って思うけど。


でも、
日本では、人名に関しては登録できないはずなんだけど、
孔子とかって、8件あったりする。

中国さん、日本にもモンク言いに来なさい。


もひとつ、ちなみに、「キリスト」だって登録されてて、10件ほどある。


さて、これって、どういう問題なんだろう。
要するに、日本、ワキが甘かったよね。ってコトに尽きると思う。

企業さん、新製品を出す時には、ずっと昔から、各国での商標を調査して、その上でネーミングも決めてた。それだけじゃなく、もし、家電の企画だとしても、その周りの商標、たとえば、おもちゃや遊技場、教室のような分類の所でも押さえて。
場合によっては買い取ったりして、全部、独占してた。
(商標はいくつもの役務に分かれてて、一つの商標はそこでしか登録できない)
そうしないと、たとえば、パナソニックと関係無い所が「パナソニックのPC教室」とかってできちゃったりするのだ。
同時に、アメリカなど各国の特許も押さえてた。国によっては言葉の違いでそれがエッチな意味を持つ言葉だったりすることもあって、全く同じ名称を使うことはできないのもあったりするけど、とにかく視野に入れてた。

上で言う、「青森」なんかは、この視点に欠けてたっていうにすぎない。
今までは良い。「青森」なんてブランドにしようと思ってなかったし。だけど、今、それをこっちの都合で「ブランド」として訴求したくなっちゃったから問題になってきたわけだ。
これからは、自治体さんも、自治体名を「ブランド」として使いたかったら、そういう当たり前の視点を持ちなさい。ってことだ。

少なくとも、私たちもいっぱい、中国名独占しちゃってるんだから、
中国のワルグチを言う権利は無いってことだよね。

-------

オマケ:


特許庁も最近は賢い。

ずっと前、AED/自動体外式除細動器が話題になり始める直前、
どこかが、コレを商標登録しようとしてた。
ハイ、もしかして、お詳しい方は、この団体とアノ団体、その戦略ガラミ?
ってのが頭をよぎられたかもしれないけど、
ハイ、そんな気がします。他にもこの言葉の周りは長年にわたってイロイロおさえられていて。。。アハっとか。

こういう商標は、申請して1年間、これを登録していいですか?と、世間に公示して、その間モンクを受け付けるんだけど、すずめがその公示を発見したのは、この期間内だったんで、「どうしよう。。。言いに行こうか」って思って誰かに相談したら。。。まさか、今、ネットだって調べるんだし、大丈夫だよ、って言う人もいたし、放置してた。。。。そしたら、結果的に却下(拒絶)だったんでよかったけど。


油断もスキもあったもんじゃない、今日この頃。

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2009年6月27日 (土)

もったいないにすり替え?:セブンイレブン

このニュース


セブン店主ら「胸痛んだ」廃棄
http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=875739&media_id=2


「もったいない」っていう問題にすりかえちゃいけないじゃん。
だって、廃棄を減らす手はもっと、別にあるべきだし。
顧客の情報を細かくつかんで発注するとかね。


ずっと前、
西のダイエー
東のヨーカドー
で競ってたころの話。今は変ってると思うけど。
ヨーカドーは「質の経営」って言われてた。なぜかというと、この廉価販売しなきゃいけない率がとっても少ない。
ヨーカドーに行くと、見切り品のワゴンがあるんだけど、ほんのちょっと乗ってるだけ。しかも誰もその割引品を魅力と思わないらしく、みんなスルー。
棚の商品もどれも新しい。。。

これって、一昔前はできなかったし、びっくり仰天の革命的改善。
特にヨーカドーみたいな巨大組織でそれをやろうとするのは、難しかったはず。
まさにPOSってその武器だった。


っていう企業さんの努力があって、私たち消費者は、イマドキ、スーパーで買い物する時、賞味期限なんて確認しないようになっちゃった。新しいの当たり前だし。(これって、ホントはすごい事なんだよね)

っていう努力をしてきた会社がヨーカドー。(よいしょしてるけど、すずめは関係者じゃないからね)

で、

セブンイレブンにしても、そう。

そのイメージを維持するために、
何十年もかけて、システムを作ってきた。

そして、
そのイメージを維持するために、
今もなお、テレビコマーシャルだの、いろんな部分に企業さん、お金を使ってる。

フランチャイズになったということは、
そういう事を享受したいためでしょう?

もし、それが不要なら、「個人のよろずや」にすればいいじゃん。
その地域でやっていけないのは、
もともとの出店の時の勘定が甘かったんじゃない?

ブランドイメージって
誰かが努力して汗水流して作ったもの。
それを全国のフランチャイズが支えてるわけじゃん。
安売り店に勝手に変えるのは、それを全部壊しちゃうってコト。


目先の事で、
長年かかって培ったものを
壊すべきじゃないって、当たり前じゃん。

「もったいない」に答えるためには、
もっと違う努力によって(発注のための情報収集とか)
変えるべきじゃないの?
もともと、余るものは仕入れないって工夫で。

----

この後のニュースでちょっと分かった。
なぜ、「もったいない」にすり替えたのか。

この店主も支部長で、
コンビニ店主のユニオンを発足させたのね。
それでマスコミさん、応援したかったワケか。

まあ、社会の流れとしては分かるけど。


だけど。。。

もし、セブンイレブンが、ものすごーっくいろんな対応が良くなったら、
その他の、対応は良くても、規模が小さいからコマーシャルかけられない小さなコンビニブランドは、絶対負けちゃう。逆の独占になっちゃう。
もひとつは、周りの商店はセブンイレブンみたいな所が安売り始めたら太刀打ちできなくなる。。。
そこでもまた、別の独占につながってくよね。

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2009年6月25日 (木)


さて、マスコミ批判の批判の続き


確かにイマドキ、マスコミ擁護なんてするヤツは無謀。
そりゃひどいのもある。確かに。
コドモでも言う、マスゴミって。
一億総マスコミバッシング時代。

しかし、そういうことを言う人たちの視点に入っているマスコミの形って、どうなんだろう。
確かに、報道管制があったり、恣意的な政治的誘導が入ったり、
子供レベルのアバウトさで見ても、政治評論家レベルで見ても、確かに突っ込みどころはいっぱい。
しかし、そんなモノ、形を持つものには何でも言える。
肝心なのは、ミソもクソもいっしょにしないこと。
今のマスコミ批判、彼等の「中身」に関してではなく、全否定。
一つの不祥事をもとに、人格否定である。
今やコドモでも言うマジックワードがマスゴミ。
「マスコミがバカだから」っていうだけで、何も考えなくても、何でもシタリ顔で批判できちゃう。

すずめ的には、
ミソはきちんと情報として対峙すればいいし、
クソは犯罪的でないかぎり、楽しめばいい。

ってコトでそのミソとクソのボーダー。
許容範囲はどこか。

新聞、テレビのきちんとした報道番組、心あるプロのジャーナリストの著作。。。辺は許容範囲内であると思う。
彼等の流す意見、すずめはもちろん、すべてに賛同じゃない。
だけど、賛同できないものがあってこその、メディアだと思う。
すべてがすべての人に異論の無い形にしようと思うと、
何も言わないか、
戦時中の日本の大本営発表にするかしかない。

さて、
ここの所、すずめの目からは、マスコミは『がんばってる』と思う。
特に医療に関して、それが見える。
こういう「誘導」をしてもいいかいけないか。。。賛否が分かれるところだが、
医療/福祉の国でのポテンシャルを高くしたいという命題に対しては「是」であるんだろう。
(ここが間違ってたら、マスコミは業界あげて大間違いをやってるコトになる)

がん基本法を達成させたのは、マスコミの力大きい。。。というより、一つの到達点だったのかもしれない。
その他、医療がらみで、具現化したもの。そのかげに、ジャーナリスト有り。

誰が、どう?
っていうのをすずめ的にバラせないけど。。。

たとえば、こうやってみるとわかる。
がん対策法をやったのは、誰か。
彼が、どういうシンポジウムや集まりで講演してたか。そこには他の演者でジャーナリストがいなかったか。(こういうの、ググってみると分かる)
その会の発起人にジャーナリストの名前は無いか。。。。彼等が単に「お飾り」で名を連ねていないのは、分かる。なぜなら、彼等は、他の医療問題の場にも同じ形で名を連ねている。
同じような、いろんな医療系の問題のシンポジウムをググってみると分かる。あっちにも、こっちにも。。。シンポジウムだけじゃなく、同じメンバーが厚労省なんかの部会にもいたり。その他のメンバーにも同じ名前が出てくる。そして、彼等の中には、自らが癌患者だったりする人もいる。家族がそうで、戦いの様子を発信した経緯がある人もいる。
もっと、分かりやすいのもある。そういうシンポジウムへ行くと。。。
必ず受け付けの所とかに親しそうに記者たちがいる。その飲み会にも。。。。お店が全部閉まっちゃって、カラオケメンバーで残るのも。。。そして、そこで、「次」の相談がされてる。そこにはアサヒだのヨミウリだのフリーだの。。っていう垣根は無い。(みんな同じ酔っぱらい)
他にも...こういう問題の推進者になってるキャラ、今の商売は大学のセンセイだったりするが、彼等の前歴、ジャーナリストだったりする。
それから、なぜか、いろんな現場でバリバリやって目立ってるヤツがいる。(ネットに名前が出てくるような)彼等の出身は組織(大学の講座とか)は、いくつかの同じ所で。。。そこには彼等がいたりする。


今、次の命題は医療費をいかに確保するか。でも、医療なんて、普通の健康な人は興味なんて無い。
それより、減税や定額給付金の方がうれしかったりする。だから、それを、どう、形ができるよう、シフトしていくか。。。

そういう熱い想い、
限られた人にしか伝わっていないのかもしれない。
彼等は、黒子でいるべきで、こんな恣意的な流れを作ってるなんてバレてはいけないのだから。

だけど、確実に結果はついてきてる。


---
独り言


これ、すっごく有効で、パワーがすごい。
実感しちゃうのは、
こういうパワーが、たとえば、すずめが凝ってるロービジョンなんかの分野には無い。医師、コメディカルと現場の誠実さだけで変えようとしてる。だから、なかなか形にならない。どうにかならないかなあ。。。

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2009年6月14日 (日)

マスコミ批判の批判3:謝るしくみ

さて、ここの所書いてるマスコミ批判の批判の続き。


-------

あやまる仕組みをもっているもの。

先ず、考えると、その「仕組み」とは何だろう。
要するに
「受け」(クレーム等の情報の窓口と集積システム)
「謝罪」
の両方に、具体的なシステムなり、部門、形を持っているか否かということになるだろう。
先ずは「受け」が無ければ、謝罪もへったくれも無いわけだけど。

さて、のっけから余談。


たまたま昨日、すずめは
医療の良心を守る市民の会
ってのに行ってきた。

この会、いろんな医療事故の被害者が中核になってこうせいされている。
血管の中に消毒薬を入れられての死亡事故広尾事件
G医師が2年後に手術室であったミスについて告発した日医の事故
イレウスの男の子が放置されて亡くなった事故
。。。。
さまざまな悲しみを乗り越えた人たちが中心になって立ち上げた会だ。
それを支える、「良心」を持つ医師たち。


っていうので、いろんな事例が紹介されてくんだけど、
その中で必ず言われることがある。

「真実を知りたい。お金はいらない。」
それが中心なのだ。だから、みんな和解を拒否して戦う。
そして、一言でいい、謝罪をしてほしい。

考えるに、医療には、「真実を教えて欲しい」と言われた時に、答える仕組みができていない。
カルテは開示されないし。
もひとつ、こういうシステムができていない機関に、「教育」がある気がする。「受け」の方は、教育委員会があるかもしれないが、おいそれと普通の生徒自身が行くことはできないだろう。
でも、こういう物は、他にもいろいろありそうだ。あ、警察もそんな気がする。「受け」はあっても、謝罪の回路は無い。無実の市民の人生を台無しにしても、謝る「形」を持っていないので、彼等にも謝りようが無い。


さて、では、一般の企業はどういう仕組みになっているのか、考えてみたい。
もちろん、これは、「仕組み」としてであって、こういう仕組みができていてもなお、隠蔽はしてしまうし、蒟蒻畑みたいに、信じられない対応をする会社だってある。でも、最低限、構造/システムができてないコトにはおハナシにならないので、ここでは、「最低限度」の話として。世の中には、上に書いたようにこの最低限度が無い種類のモノがいっぱいあるんだし。


ある程度大きな企業であれば必ず、クレーム処理の部門がある。専門の人間を置いて、対応する。
不良品を見つけた人はラッキーだ。それ、パッケージの裏に書いてあるここに送ってみるといい。どっさり、いろんなお詫びの品が届く。たかだか200円の商品に対しても。
それだけじゃない。もし、彼等の対応に疑問があったら、各地の消費者センターへ届け出ると良い。コワイおばさんたちが、企業にしかるべき形で対応するように言ってくれる。
それでも改善されない企業は、いろんな形で制裁を受けてしまう。
リコールという制度もある。

さて、マスコミ。
彼等が、
「謝罪をしない」
というのは、本当だろうか。
ズバリ、嘘だ。

彼等程、早くからこういう仕組みを作ってきた企業は無いと思う。

新聞に誤字があると、ドッと投書が来るそうだ。
もちろん、記事に対しても大量の投書が来る。
これは悪い部分に関してだけでなく、いろんな意見、賛同や反論も含まれている。
こういうのは、記事に対して、ある意味でのバロメーター。
だから、投書の多い記事っていうのは、アーギュメンティティヴということになる。
もし、おもしろい、こういうテーマをやって欲しいと思っていることがあって、その関連の記事なり、放送が出たりした時は、是非、みんなで「投書」すると良い。またやってくれるかもしれない。
そういう「受け」のシステムはちゃんとある。
そして。。。
もし、その報道に、歴然とした間違いがあった場合、新聞は
「謝罪広告」を出す。
テレビのニュースでも、きちんと姿勢を正した人たちが誤る。
この謝罪広告、今の始まったコトじゃなく、大昔からある。

マスコミの報道が間違ってるという人たち、
是非、投書し、間違いを正すよう、謝罪広告を求めるといい。
そして、それをマスコミが無視しないよう、内容証明なんかにしなくても良いから、
投書した時点で、どっかに、残しておくと良い。
たとえば、ネットのブログに貼付けておくとかね。

ただし、
「最近のマスコミの態度は悪い」誤れ。
って言ったって、誤るワケないよ。
それって、のび太に対するジャイアンのセリフであって、あまりに論理性を欠いている。
何月何日のどの報道のどの言葉は、どういう理由から、間違っている、もしくは誇大であり、かかる理由によりその社会的影響が大きい。
ってな感じに、きちんと論理的に指摘しなきゃね。
それが、誰の目にも明らかで、社会的影響力が大きいなら、謝罪文は出すだろう。
今までやってる通り。

もちろん、取材には正確を期すことは非常に重要。スクープよりも。
世の中の誰もが、ミスをしたいと思ってやるワケじゃない。
新聞だって紙面にのらない、ものすごーーーっく大量のゴミを作りながら、何日もかけて取材し、作られている。
大目に見てあげようとは言わないけど、
努力はしているのが分かる。
そして、一度、そういう事故が出ると、マスコミの記事はがらりと変わって臆病になるのも分かる。
面白い位に。


マスコミへの批判。
流し手の問題より、受け手の問題の方が大きい気がする。
ミソもクソも同じにしちゃいけない。
2チャンネルで暴走する人たちや、アヤシイ記事を書く人たちもいる。
あれも含めてマスコミって呼んで、
だから新聞もテレビもみ〜んな悪いってのは、あんましにも短絡過ぎる。
彼等に、2チャンネルをコントロールするすべも、方法も無い。
読み手の方が、
アヤシイ記事は、報道ではなく、サブカルチャーか何かだと思って、真に受けないで楽しむ姿勢が大事なんじゃないだろうか。

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2009年6月13日 (土)

マスコミ批判の批判2

マスメディアの批判の批判の続き

3つ前の日記の続きやっと。

昔は新聞に載ったらタイヘンな自体だった。
今も、新聞の中の情報量はさして変わっていない。文字が減った分、文章量としてはものすごーっく少なくなっている。
ユニバーサルデザイン的には良いかもしれない。
だけど、読者としては何か不満足が残る。
昔、字が小さかったころは、一つひとつの文章から、narrativeなものを感じた。
だけど、今の記事には、そんなものを含ませる物理的余裕が無い。

narrative
物語性だろうか
わざわざアファベットにしたのは、
evidence
と対語にしたかったから。
たとえば、Evidece based メディシン に対して、
NBMもあっても良いかも?
って。
報道にもそれがあっても良いかもしれない。
ただし、もちろん、それにはものすごーい危険が潜んでいる。
暴走したら、止まらない。そして、その暴走とは、ズバリ、「感情/情緒」が核になり、尾ひれがゴージャスに付いてしまう性格のものだ。

だけど、EとNのバランスを取っていることができたのが、新聞の良いところだなと思っていた。

だがしかし。。。

ここ何年か、
普通の人はみんな、

「朝日の報道」というと、新聞の紙面を指さない。
テレビ朝日のニュースと、ニュースステーション他、いろんな報道番組、
果ては、お昼のワイドショー、ニュースネタの娯楽番組、お笑いでしゃべる芸人さんの言動まで含む。
それに、ネットという尾ひれまでつく。
たとえば、朝日のニュースをタイトルにした2チャンネルのスレッドの下まで全部。

前の日記にも書いたけど、
時系列にそって何度も報道されるパラパラ漫画の一枚ずつの報道だけじゃなく、
ネット上で何度も何度も星の数ほど引用され、その一つ一つが全部、「朝日の報道」であり、
1万回引用されれば、私たちは何となく、朝日は一万回も報道してるかのような錯覚を覚える。

「朝日」という限定が付かなかったら、どんな、膨大なものになるか。

これを称して我々は

「マスコミの煽り」

と呼ぶ。もちろん、そのモトネタになるのが「煽り」だったりする部分もあるんだけど。


さて、この「煽り」って、どういう形をしているのだろうか?

たとえば、
「モンスターによる医療崩壊」
たしかにこういう記事があり、これは正しい部分もあるだろう。
だけど、上記のような増幅が行われると、すべての病院はモンスターでごったがえし、
クレームを言おうモノなら、全部モンスター。。。のような勘違いを生み始める。

ここから私たちはミスリードされる。

以下余談---

モンスターによって、医療が崩壊されたのだったら、国はお金出さなくても良いよ。
だって、患者がお行儀よくすれば解決するんだから。
そんなのにお金はいらない。「お行儀よくしましょう」ってポスターで足りる。

余談ここまで----


本来、エビデンスがベースになるべき所が、なぜか、誰かの鬱憤をnarrativeに語る場になってしまってくる。
そして、このアクション活劇風勧善懲悪お涙ちょうだい物語は、バランスを取ることなく、世間を席巻する。
声の大きい人が言う物語だけが、日本を支配。
これが、煽りの結果。

そして、私たちはこの「結果」の原因は
マスゴミに有りと、
真ん中をすっ飛ばして、最初と最後だけで理解しちゃう。


でもね、これって、本当に「報道」のせい?
確かに、発端は報道かもしれない。
そして、そこをもっと控えめにすることによって、増幅効果は半分に、もしくはもっと減らせたのかもしれない。
でも、それって、良いんだろうか?
ペンの正義の力、そんな事に気を使って弱めるべき??

年金問題だって、ペンの力が無けりゃ、そのまんまだったんだよね。
何十年もそのまんまだったように。

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2009年6月 7日 (日)

足利事件:驚愕の経緯

菅谷さんの供述、驚いた。


今、テレビのサンデープロジェクトを見ながら書いている。
ちょっと驚いた。

裁判所批判があったが、本当に、批判できるだろうか。

後で、もう一度よく調べてみたいが...
番組を見た限りで書くと。


実は仕事しながら見ていたので、最初の何分かは分からなかった。私が見たのは、
まず、菅谷さんが女の子をパチンコ屋さんで誘って、河川敷まで連れて行くという
菅谷さんの言葉だ。

私はバイクで通ってたんですよ。
女の子がパチンコ屋さんにいて、
「乗るか?」と聞くと、うんと言うので
河川敷っていうのは、。。ってなってるんですよ。。。
(できるだけ記憶に沿って書いているが、間違いはあるかも)


一瞬、すずめは耳を疑った。

この人、女の子を連れ出してるじゃん。

すると、隣の弁護士さんが、
「これ、本人がやってるわけじゃないんです。でも、本人はこういう風に裁判でも言うんです。」

要するに...上の本人の言葉は、警察検察で、何度も何度も言わされつづけ、本人の頭の中にプリントされてしまった「空想」なのだった。それをあたかも,実際に本人が行ったかのような言葉で話している。なるほど、分かる。
連日の取り調べが、このように人の精神を歪めてしまったのだ。

歪められた跡が分かる気がするのは、本人の説明が、言葉はたどたどしくても、時系列にそってきちんと記述され、それを一生懸命語る表情。確かにそこには違和感があった。

これを裁判でも本人は供述した。
これが、検察によって行われた洗脳の結果なのか、本当の本人の言葉なのか、その差を裁判官が見きわめるのは難しい。

そればかりではなかった。

本人が「やった」というのは、弁護士さえ、事実として認識してしまっていた。
だから、裁判で主張したのは、本人の無実ではなく、「量刑としての情状酌量」
弁護士さえ、やっていたことを前提の弁護。
その上、この供述。

裁判の争点は量刑にしかなくなるのは、当然に見える。

しかし。。。


本人は警察に対しては自白していたが、家族には手紙を書いていて、それには無実と書いていた。
が、それを弁護士は知らない。
何回目かの公判で初めて、
「私はやっていない」と菅谷さんは翻す。

これには弁護士もびっくりだった。
否認を貫くなら辞任するという弁護士

しかたなく、再び、菅谷さんは「自分がやった」と証言を覆す。

しかし、番組に出ていた佐藤氏は、それを知り、面会の際
DNA鑑定をもう一度やってみたいから、自分への手紙の中にこっそり、髪の毛を抜いて入れてくれと言う。
その毛を日大に持って行き、鑑定したところ、検察の根拠となったDNA鑑定に間違いがあるかもしれないという結果が出る。それが7年後。そのころなら、まだ、時効まで7年を残していた。
しかし、本当はこのDNA鑑定は裁判所に証拠として保存されているものと、きちんとした正式の鑑定がされなければならない。佐藤氏は裁判所に再鑑定を請求する。


しかし、驚いたことに、この後の
2000年、最高裁は無期懲役の判決を下す。
理由は、
最高裁は事実の認定には口を挟まない方針。制度上、一審二審でこれを片付けるということになっているというもの。
なので、
弁護士が主張する、DNA鑑定を再度行って欲しいというのは聞き入られなかった。
その後、時効まで来てしまう。

時効になって、DNAの再鑑定は更に難しくなってしまった。
しかし、このサンデープロジェクトで事件を取り上げたことがきっかけで裁判所の方針が変わる。

結果、今回の誰でも知る動きとなった。

一審、二審で裁判所が事実を間違って認識したことは、しかたが無いように見える。
しかし、再鑑定請求から先の司法のあり方には疑問を感じずにはいられない。


謝罪を求める菅谷さん

検察や警察は検討するという事を言っているが、裁判所は司法の独立性があるため、謝罪はしないだろうとのこと。

裁判所には、何もできない。
コメンテータは「人間として謝るべきだ」というが。。。


司法に対する憤りは私も大きく感じる。
しかし、謝罪にどれほどの意味があるのか。裁判官は「個人として」判決を出したわけではない。
司法という国のシステムとして、彼の人生を奪ったのだ。この暴力に対して、
「個人として」の謝罪がどれほどの意味があるだろうか。少しでも癒されるとしたら、それは良いけれど。
そんなのが、購いの一助になるような生易しい暴力では無いだろう。

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もうひとつ、
これはすずめ個人の妄想


この事件、鍵になったのは、DNA鑑定だった。
犯人と決めつけたのも、無罪だとした決定的証拠も。

それにしても、20年前といい、800人に一人しか間違えないはずというDNA鑑定がなぜ、間違い、というか、800人に一人の1人側に入っていたのだろうか。
ものすごい確率としか言いようがない。


さて、ここでオマケの妄想。

グーグルアースで「足利市」を見てみた。
見てみるまでもなく、誰でも知るように、足利は関東平野のはずれ。
すぐ山が広がる。住民の多くは、関東の都会へと転出したかもしれない。しかし、もしかして、遠くから転居してくる人はいなかったのではないだろうか?
多くの地方都市と同じように。
だとすると。。。

もしかして、土地の人は、みんな似たようなDNAを持っていたのではないだろうか。
他の地域では、800人分の一の確率であったかもしれないが、
ここではどうだったか。
400分の1? 200分の1?
50分の1だったりしないだろうか?
もっと大きな確率だった可能性は無いだろうか?

だれか、そういう統計、取っていないだろうか。
島のような所であったら、もっと極端ではないだろうか。

この犯罪のように、
限られた地域内での事件には、そういう可能性も考えてみるべきではないだろうか?

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2009年6月 4日 (木)

マスコミ批判の批判1

昨今、二言目に言われるコト、
マスゴミのバカ


これ、すずめが斬ってみる。

ところで、まず、コレ。
素敵。


http://www.youtube.com/watch?v=elWf8nI6ivw&feature=related

ヒュンダイのCMだそう。
集団の影絵。

さて、マスコミの話にもどると。
先ず、聞きたい。
「マスコミ」って、誰?
アサヒ新聞?
NHK?
週刊誌?
Hな雑誌?

そして、その、どれが間違ってる?
NHKだったら...間違ってるのはどれ?9時のニュース?NHKスペシャル?クローズアップ現代?週間こどもニュース?その誰???

何か、勘違いしてないだろうか?
もし、どれかの報道が間違っていれば、私たちは、
何時何分の、どの番組の、どのシーンの漢字の表記が間違ってました!
とかって、投書すればいいのだ。それを受ける部署もあって、訂正文を受け付けるシステムもちゃんと稼働してる。


私たちが
「マスコミ」と呼んでるものは、実はマスコミじゃない。
「大衆の意識」だ。
ちょうど、上の影絵の画像のように。人なのに、車に見えてしまう。
その車の形が間違っていると言っているのだ。


さて、その原因は何だろうか。
影絵のメンバーだろうか。
違う。


昨今、私たち大衆が、大挙してレミングみたいに(レミングの話ってディズニーが仕掛けたウソなんだってね)大暴走しちゃう現象。確かにそれはある。たとえば、猫もシャクシも、カエルもブタも、マスクを求めて走ったり。
そう、このきっかけになってるのは、マスコミ報道だった。
彼等は繰り返し、繰り返し、インフルエンザ報道を流した。

くりかえし?
何を繰り返したんだっけ?

インフルエンザの患者がどっかで出た。
アメリカで日本人がかかった。
日本で日本人がかかった。
神戸で一人出た
マスゾエさんがナンタラ言った。
ハシモトさんがカンタラ言った。
...
それぞれ、いろんなのを一個ずつ。
全部数えると、きっと、大手新聞一社につき、30本か、もっと?
大きな新聞社が5社?ざっと、150コの記事が、ネットじゃ並んだ事になる。
これに、速報を入れると、すんごい数だろう。


でも、これって、間違ってるだろうか。

昔、私たちがあまり性能の良く無いメディアしか持っていなかったころ、
彼等の配信量は限られていた。
だから、一つのニュースは、「結果」として配信されていた。

「インフルエンザが流行ましたとさ」

だけど今、メディアは時系列にそって、刻々と変わる情報の「流れる」様子を配信する時代になった。
流れの画素をひとつひとつに割っていくと、パラパラマンガのように、膨大になる。
それを私たちは、「量」と解釈してしまっている。飲み込みきれなくて。


でも。それ自体、間違ってるだろうか?


すずめ的には間違って無いと思う。
なぜなら....

また明日

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2009年6月 1日 (月)

児童ポルノ、強制遮断を(ニュースから)

ニュースから


http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20090531-OYT1T00850.htm

ネット上にあふれる児童ポルノ対策として、警察庁は、ネット利用者が違法なサイトを見ようとしても接続できなくする「ブロッキング」制度を民間のプロバイダー(接続業者)が自主的に運用できるよう、6月2日にプロバイダーなどと協議会を発足させる。

 違法サイトの画像がネット利用者に次々にコピーされ、他のサイトに転載される現状に歯止めをかけるのが狙い。来年度にも官民共同で実証実験を始め、技術的な課題などを検討する。法整備の遅れから、児童ポルノ対策の「後進国」と国際的に批判されている汚名を返上できるか注目される。

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コレ、警察庁が音頭取ってるみたいだけど。。。
勘違いしちゃいけないのは、

これは「法による規制」
じゃないコト。
だから、表現の自由って問題じゃないよね。

もし、本当にプロバイダーさんが賛同しての
自主規制システムが働くんだったら、
それは一番良い形かもしれない。


うまくいくとしたら、
あくまで、プロバイダーさん、もしくは業界団体さんなどの自主的な規制であって、商業行為の延長。映倫とかその他のものもみんなそうだよね。


もともと、企業さんにはちゃんとした、
社是とか理念があるはず。
その理念の中には、
多くの会社が
儲け主義に走る事無く、自分たちの独自の正義感を大切にするっていうようなことだって盛り込まれてるよね。

もし、
上記会議に参加したプロバイダーさんが、
「ウチはそういうポルノって社風に合致してる」
って言うんだったら、それは仕方ないかも。
だけど、普通に考えたら、そういう大企業、まあ、少ないでしょ。


今までも、いろんな問題が起きると、
「国は規制すべき」
っていう論が出ていたけど、
すずめ的にはそうは思わない。
こういう、企業が自らの理念によって、自分たちのポリシーに合ないものを自主的に「儲けの対象にしない」っていうのが、正しい形だと思うし、それだけで充分機能する社会であるべき。
社会に支持されない方針を持つ企業は、消費者の賛同も得られないというように、私たちもリテラシーを持っていたい。

今回、検討対象は児童ポルノだけど、
その他、違法な薬品の販売、詐欺的なサイトなど、同じような方法論でフィルタリングしていくことができるかもしれない。
もちろん、いたちごっこではあるだろうけど、イタチを追いかけているうちに、企業も社会も強くなるはず。

■児童ポルノ、プロバイダーは強制遮断を…警察庁が協議会

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