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2009年4月

2009年4月30日 (木)

長崎への旅 被爆マリア1

すずめ、先週末、長崎に行ってました。

イロイロ回ったけど、
一番のトピックは、
被爆マリアに会ったこと。


被爆マリア。


この地の大きな存在を感じます。

Naga401009c_17


日本の持つ大きな使命。
それが、原爆の禍を伝えることであろう。

すずめが大学の頃、ある哲学者がおっしゃった言葉。
「ドイツはアンネの日記という、世界中の誰もが知り、誰にも伝わる『財産』を持っている。広島や長崎を持つ日本は、何を持っているだろう。」
「黒い雨」?。。。うーん、違う。だって、おそらく、外国人は知らない。日本人だってどれほどの人が知っているだろう。
その時はそう思ったが、後で思いついた。

「ヒロシマ/HIROSHIMA」という「言葉」だ。
中学のころ、この言葉が英語の辞書にも載っているのを知って、驚いた。
No More Hiroshima
これは、きっと世界中の多くの人が知っている。


しかし、長崎はどうなのだろう。
そうか、
子供の頃読んだ多くの本、永井博士の、「長崎の鐘」
あれは「黒い雨」よりも有名かもしれない。

そんな事を思いつつ、長崎。

浦上天主堂を訪ねる。

被爆マリア

たとえばここに詳しい

http://www.madonnagasaki.org/ja/nakanishi_essay.html


浦上天主堂は、第二次世界大戦前当時、東洋一、東半球一の教会だと言われていた。
その祭壇にあったのが、スペインから来た、マリア像。
ムリーリョの無原罪聖母をモデルにしたという、美しいマリアだった。いろいろな聖母像がある中、すずめの個人的感覚だと、このムリーリョのマリアが一番、可憐で、かわいらしい。少女そのもののようなふっくらとした柔らかな顔立ちをしている。

http://www.joyphoto.com/japanese/abroad/2001spain/madrid/photo/muse08l.jpg

もとは、こんな少女像だったのかと思うと、その痛ましさが胸に響く。


1945年(昭和20年)8月9日、午前11時02分、広島についで長崎に原爆は落とされた。
浦上教会のある場所から、徒歩、5分程のところに爆心地公園がある。天主堂は壊滅的に崩れ落ちた。
教会脇には資料館があるのだが、そこには被爆したいくつかの品々が所蔵されている。金属さえ溶かしてしまう熱線の中、
マリアはその頭部を残していた。

瓦礫の中、それを見つけた野口神父は30年間、手元に置いて保管していた。そして1975年8月、神父は像を長崎純心女子大学の片岡弥吉教授に託し、その後、15年間被爆マリア像は片岡氏のもとにおかれた。
教会にマリアが戻ったのは1990年。資料館のガラスケースの中に展示された。
そして、2005年、長い年月を経て、マリアは礼拝堂に安置される。


すずめの去年書いた日記

http://mixi.jp/view_diary.pl?id=899493858&owner_id=12848274


続きは明日。


Naga0411b_8


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